恋に恋する乙女のランララ

● 乙女のちょこれーと大作戦

「あ、あのっ、このチョコを……いえ、私の愛を受け取って頂きたいですのー!!」
 女神の木の下で、エルヴィーネの叫び(告白)が響いた。

 時間はしばらく前に遡る。
 彼女はこっそりと女神の木に近付いていた。
 溢れる恋人たちを潜り抜け、これから遣って来るだろう格好良い殿方に思いを馳せる。
「ああ、もう、緊張しますわ〜……」
 溜息を吐くエルヴィーネ。
 顔を赤らめ、頬に手を当て、ぐねぐねと身をくねらせる。
「だ、ダメですわ〜、そ、そんな、やっぱりお付き合いは交換日記から……」
 馳せた想いが妄想のレベルまで加速した頃、ようやく人波の向こうに彼の姿を見つけることが出来た。いざ尋常に勝負とばかり、ランララ聖花祭の真昼、エルヴィーネは愛を抱えて駆け出すのだった。

「あ、あのっ、このチョコを……いえ、私の愛を受け取って頂きたいですのー!!」
 いきなり声を掛けられたリューは深く沈黙する。
 彼女が差し出したのは「LOVE」と書かれた大型チョコレート。
 エルヴィーネとチョコレートを見比べて、少しばかり顔を引きつらせた。ぐねぐねしている。
 真っ赤になってデレデレしつつグネグネしている彼女を見て、本当に同じセイレーン種族なのだろうか、とリューは少しだけ悩んだ。いや寧ろ、恋愛に心を傾けていると言う面では、とてもセイレーンらしいのかも知れない。
「(いつ見ても格好いいですわ〜、とろけますの〜)」
 ぐねぐね。
 差し出されたチョコ。
 リューは更にしばらく沈黙してから、溜息交じりに呟いた。
「……いや、遠慮しておこう」

 ガーン!!

 あっさり辞退されて衝撃を受けるエルヴィーネ。
「クールですわ……クール過ぎますわ、リューさん!!」
 私はこんなにホットなのに、と彼女は泣きながら駆け出した。
「でも、乙女はこんなことでは挫けませんわ! めげませんわー!!」
 エルヴィーネの泣き声が遠く木霊する。
 転がるような勢いで全力疾走して行く彼女の背を見送って、リューはぽつりと呟いた。
「もう少し、普通に現れて普通に渡せないのか……?」
 セイレーンらしい思考で美しい音楽を求めながら、彼はその場を後にする。
 新しい旋律は浮かぶだろうか。
 先程のおかしな少女のことを思い出し、小さく苦笑を漏らす。
 何やら彼女に触発されたらしい。胸の中に、小さな音が見つかった。
「まあ……エルヴィーネのおかげで、俺の探している音が見つかったと思えば」
 今日の彼女との出会いは、悪くないものだったのだろう。



イラスト: 山本バニラ