● ある夫婦の日常〜女神の木の下で〜

「あ……ロヴィ!」
 ランララ聖花祭の日、マーシャは女神の木の下で待っているロヴィリスの姿を見つけると、一直線に彼の元へと駆け寄って、その勢いのまま抱きついた。
「っとと」
 マーシャを受け止めて、その腕で抱きしめるロヴィリス。そんな彼を見上げて、マーシャは嬉しそうに笑う。
 ……ちょっと前に結ばれたばかりの旦那様。
 これまで、一緒にお外でデートって、あんまりした事が無かったから。
 だから、こんな風にランララ聖花祭を過ごせるのが、マーシャはとっても嬉しいのだ。
「ちょっと待っててね」
 彼から離れて、その手で取り出したのはピンクの小箱。
 中身は、ちょっぴりビターな生チョコレート……。
 マーシャはそれを、一度女神の木の前に奉納してからロヴィリスへ渡す。
「ありがとな、マーシャ」
 彼は美味しいと言ってくれるだろうか……そんな、少し不安げな視線を向けているマーシャに礼を言うと、ロヴィリスはチョコレートをひとかけら口に運んで「ん、うまいぜ」と歯を見せた。

 それから、二人は身を寄せ合いながら、女神の木の下に並んで座った。
 その間を吹きぬけていく風は、今が冬と春の合間である事を知らせるように、まだ冷たくて。
「……マーシャ」
 ロヴィリスはマントの端を掴むと、マーシャの体を引き寄せるように抱きしめた。
 ふんわりと、彼女の体をマントの内側に迎え入れれば、その、ほのかな温もりが伝わって来る。
「こうすれば、二人ともあったかいだろ?」
「そうですね……」
 冬の寒さも、こうしていれば凌げるような気がすると笑い返すマーシャ。そんな彼女の顔を見ていたら、ロヴィリスは不意にドキッとしてしまい。
「……なんか照れるよな、改めてこうして会うと、さ」
 顔が赤くなるのを誤魔化すように、そう囁くロヴィリス。
 心臓がドキドキいっている。
 一瞬、自分が何をどうしているのか判らなくなるくらい、緊張しているのが分かる。
「なんつーか、俺、口下手だからさ……うまいこと言えねぇけど」
 それでも、そうマーシャに告げて。ロヴィリスは、そっと彼女にキスをする。
 言いたいけれど、言葉では言い表すことが出来ない……そんな感情を、行動で示すかのように。

「……これからもよろしくな、マーシャ」
「ええ、よろしくね……大好きな大好きな、旦那様……」
 ロヴィリスの言葉にそう微笑むマーシャ。そんな彼女に、ロヴィリスはもう1度キスをした。
 彼女の体を大切そうに、ぎゅっと抱きしめながら……。


イラスト:永緒 ウカ