● ランララ聖花祭 〜優しい時間〜

 ランララ聖花祭の夜、アユナは夜の帳の下りた朝露の花園で、ケネスと待ち合わせていた。
 この日の為に心を込めて、頑張って作った生チョコトリュフを綺麗にラッピングして。
 それを、とてもとても大切に抱えながら、アユナはケネスが来るのを待った。

 降り注ぐのは、月明かり。
 小さな星達がまたたいているだけで、周囲はとても、静かで。
 彼に会えるだけでドキドキ緊張してしまうのに、その静寂に、更に胸の高鳴りが強くなっていく。

「アユナさん、お待たせしました」
 やがて、そう現れたケネスに、アユナは首を振りながら、こんばんはと笑顔で挨拶をした。
 本当は今にも破裂しそうなくらい、胸がばくばくしていたけれど、それは気付かれないように隠す。
(「月の灯りに照らされたケネスさんは、一層素敵に見えるみたい……」)
 ぎゅっと、胸を掴まれたみたいに、彼の姿にアユナは釘付け。
 それを、密かに深呼吸して、落ち着かせる。

「あの、これ……受け取ってくださいなの」
 息を吸い込んで、アユナはそう、チョコレートの入った箱を差し出した。
「ありがとうございます」
 彼女の言葉に、ケネスはいつもと変わらない笑顔と共にそれを受け取ると、アユナが見守る中、ラッピングを開いていく。
 中から出て来た箱の蓋を開け、美味しそうですね、と呟いたケネスは早速、一粒手に取った。
「そ、その……お口に合うといいんですけれど……」
 心配で、不安で、アユナの表情がほんの少し曇る。
 胸が痛い。
 どうか、今の私の様子に気付かないで、と願いながら、アユナは彼の反応を見つめ続ける。

 ケネスの為に作ったチョコレートは、甘さ控えめなビター味。
 彼は大人の人だから、きっと、その方が良いだろうとおもったから。
 甘くて、ちょっとほろ苦いその味は……何だか恋の味に似ているような気がすると、アユナは思う。

「……とても美味しいですよ」
 チョコレートを飲み込んで、ケネスはそう微笑んだ。
 その言葉に、アユナは安堵して、嬉しそうに笑う。
 けれども同時に「やっぱり」という想いが浮かび上がる。
(「……ケネスさんは優しいから、きっと……」)
 たとえチョコレートが美味しくなかったとしても、ケネスは美味しいと微笑んでくれる事だろう。
 彼は、そういう人だから。
 だから、本当はどうなのか、アユナには知りえないのだけれど。
 でも……。

(「それでも、すき……」)
 その微笑みはアユナの心を打ち、その旨を高鳴らせる。
 また、彼への想いを深めながら、夜の闇に浮かぶケネスの姿を、アユナはじっと見つめていた。


イラスト:鳥居ふくこ