● Post tenebras lux.

 美しい花園。色とりどりの花が人々を迎える。
 その中で、イドゥナは様々な喪失感を消しきれぬまま、その華やかな地に足を踏み入れていた。
 一瞬、ここと似たような場所での優しい記憶がよみがえる。
 思わず笑みを浮かべると、イドゥナはそっと腰を下ろした。

 あの時から二年、多くが変わり、失い、そして得た僅かなもの。
 そして、今宵、この場所に来る彼女の事を思う。
 多くをさとった上で、包み込んでくれる彼女。
 情を知りえぬ自分、そんな自分が彼女に何を伝えられるのだろうか?

 そうこうしているうちに、彼女が、ロザリーがやってきた。
「こうして来て下さって嬉しいですよ。とても」
「……間違った?」
 悩んでいそうな表情を浮かべていたイドゥナにロザリーは首をかしげて尋ねる。
「あの手紙で間違いようがあったとしたら、私の手落ちです。どうぞお気になさらず」
 隣にロザリーを座らせ、二人の時間が始まった。

 心を伝えたかったはずなのに。
 そのひとつでも洩らせば全てが崩壊するような、言い知れぬ危惧。
 それが邪魔をして、声が出なかった。
 伝えれば、両者が安堵することも知っているというのに。

 手を伸ばし、ロザリーを抱き寄せた。
 夜気で冷えた身体と気付けば、熱を与えるように強く抱き締める。
 それだけでは足りぬと、空いた手を握り、指を一本一本確かめるように絡めていく。
 言葉を出そうとしても叶わぬまま、彼女の深海のような蒼い瞳を見つめていたときだった。
「……大丈夫だから」
 思いがけないロザリーの一言。それはイドゥナの頑なな心をも溶かしていく。
「……与えられてばかりだ」
 イドゥナの言葉にロザリーは、彼の耳元に、流れるような髪の上から口付けをする。
「私は、とても幸せなの。溢れてしまいそうなくらい、幸せ。……でも、だから、貴方を幸せにできる」

 彼女の言葉に、どれだけの想いを返せばいいのだろう。
 どのように返せるのだろう。
 幸福を知らぬこの身が、それを望んでも許されるのなら、その願いを叶えたい。
 その場でイドゥナは、ロザリーのぬくもりを感じながらも、言葉で伝える術を知らずにいた。

 けれども伝えずにはいられない。
 ならばと、イドゥナは行動に移した。
 ロザリーの眉間に口付けることで伝えようと。
 微笑み合い、熱を確かめ合った、この夜の想いをこめて……。

イラスト:花々