● 奇跡が起こった日

 コートの襟元を締め直し、モルバは空を見上げた。
 時刻は夜。夜空には、星達が美しく瞬いている。
「やっぱり、来ない……ですよね」
 少し諦めも混ざったため息が、モルバの口からこぼれた。
 ランララ聖花祭のこの夜、モルバは一人の女性を誘っていた。
 けれど、彼女は多忙の身。だから、諦めかけていた。
 そのときまでは。

「ごめんごめん、遅れちゃった?」
「え?」
 聞こえた声に振り返り、モルバは声に驚きを乗せて呟いた。
「オウ……カ……さん?」
「あら、私、あなたに誘われたから来たんだけど?」
 瞳を細める待ち人……オウカの言葉に、モルバは慌てたように手を振ってみせる。
「い、いえいえ、そういうつもりでは。それにその……私も先ほど来たばかりですし」
「そう? ならよかったわ」
 モルバの答えにオウカは笑みを浮かべる。
 一方、モルバはというと。
(「お誘いはしたけれど……ほ、本当に来て下さるなんて……っ!」)
 驚きと嬉しさと、そして緊張。
 それらに身を固まらせたモルバに、オウカは軽く一息つくと声をかける。
「ねえ」
「あ、はいっ」
「ちょっと座らない? 眺めも綺麗だし、ずっと立っていると足も疲れるし」
「そ、そうですね。ええ、座りましょうか」
 程よい場所を見つけ、二人は並んで空を見た。多忙ゆえに会っていなかった二人が話すのは、自然近況のこととなる。
「……そういえば、モルバ君は今、何をしているの? ある旅団の団長をしてるって聞いたけど」
「そうですね、私は今……」
 近況を報告し合う二人。どうやら変わらぬ日々を過ごしている様子だ。
「そっか……元気にやってるみたいね」
「オウカさんも」
 くすりと微笑みあい、二人はまた空を見上げた。
「オウカさんと一緒にいると、傭兵大隊のことを思い出します……」
「あら、懐かしいわね。あの時は、ホント大変だったものね……」
 思い出話にも華を咲く。

 どのくらい話しただろう?
 待ち望んだこの一時が、モルバにとっては短いようにも長いようにも感じられた。
「オウカさん、遅くなりましたけど……これを受け取ってもらえますか?」
 言いながら差し出したのはモルバが用意した美味しいクッキーの詰め合わせ。
「ありがとう、モルバクン。……なんだか、いつも貰ってばかりね」
 さっそくその場で、と封を開いたクッキーを堪能したオウカは、はにかむような笑みを見せた。

 プレゼントを渡すというランララ聖花祭らしい行いが終わったのをきっかけにして、二人は連れ立って丘を後にした。
 近況を話したり、思い出話をしたりして、恋人らしいことは何一つ無かったけれども。
 いつの間にか、家路に向かう二人の手は、しっかりとつながれていた。

イラスト:しろ