<リプレイ>
●こうかんにっき 日常にありふれる学校は、喧騒の跡を色濃く残し闇に覆われていた。 昼間であれば行き交っていたであろう温もりもなく、疎らに月明かりが差し込むだけの冷たい廊下が伸びる。目的の教室まで訪れた能力者達は、おにぎりと紅茶を口へ放り込んだ。 おにぎりは華神・御守(石段の先の微笑み・b00282)が緊張を解すべく、そして紅茶は降魔・散人(自称器用貧乏な吸血鬼・b52388)が身体を温めるべく用意してきたものだ。 偵察へ出ていた十束・御魂(御雷の剣聖・b45696)が、闇を纏ったまま当直室の教師に動く気配が無いことを戻り報せる。 闇を纏った魔剣士たちが先行することで、校内へ残っていた教師たちに怪しまれる気配は無かった。猫に姿を変えていた泉野・流葉(目指せ未来の大富豪・b17892)も、安心して変身を解く。 交換日記か、と息を整え唸ったのは虎森・一(守護する銀のティーガー・b37584)だ。 「あんまりやった事ないな……やっても三日坊主だったし」 手繰る思い出の呟きを聞き、御影・ありす(漆黒薔薇の娘・b30953)が天井を見上げる。 「……やってみたら、楽しいでしょうか?」 日記をつけた経験も無いが、光景を想像してみると、ありすも興味を示さずにいられなかった。 教室の扉を開けながら、華月・麗音(新人ヴァンパイア・b33431)は嬉々として声を弾ませる。 「心の交流を深めるのに打ってつけだし。友情育んでるぜ! っつぅ気分にならね?」 限られた仲間でのみ交換しあう日記帳。そこへ日頃の想いや、口に出せぬ言葉を秘めたのなら、それを共有する興奮や喜びもあるのだろう。ナイスなツールだ、と麗音が言葉を付け足した。 大人しくついてきたルリナ・ウェイトリィ(無情なる銀月・b22678)は、そんな仲間達の会話に先ほどから首をかしげずにいられない。 「日記は個人的につけて、人に見せるようなものではないと聞いてます」 理解しがたい交流方法は、ルリナの頭上に疑問符を浮かばせてばかりいる。 交換日記、と聞いてぐるぐる視線を彷徨わせていたのは神栖・真弥(クリムゾンロア・b39876)だ。 ――書きたい時に勝手に書き込むノートなら、結社にあるな。 あれは楽しい、と思い返しては笑い声を零す間、御守は真っ白な交換日記へさらさらと文字を並べていく。 みんなで悲劇を終わらせる。お薦めの甘味屋さんの紹介。 日常と、非日常が背中合わせになった交換日記帳が、彼女の手によって閉じられる。 「みんな……いい?」 御守が尋ねれば、御魂が頷きイグニッションカードを掲げる。 「準備OKです。皆さん、無事に勝って帰りましょう」 はっきりした御魂の意志に仲間達も応じ、起動を済ませる。そして御守は、手にしていた交換日記を手を差し出していたルリナの手へ乗せた。 一度まばたいただけで景色が一変する。正確には殆ど変わらぬ教室だが、まるで鏡に映したかのようだ。左右が逆転した教室の違和感を警戒し、能力者達は彼の者を待つ。 「つぎ……あたしの、ばん」 少女の声のはずなのに、酷くしわがれて聞こえた。黒く伸びた髪で顔は窺えず、青白い指先や髪からは途切れ途切れに水が滴る。その指先が、誘うように手招いた。 侵入者を、日記を交換しあった者達をねめつける少女の瞳は、赤い。
●教室で こうして積極的に攻撃するのは初めてだと、アリスは呪われた銃弾を生み出しながら想いを馳せる。少女の地縛霊めがけ撃ちだせば、その勢いにつられチョーカーが仄かな桜の香りを漂わせてた。 穢れを招く銃弾が地縛霊を射抜く頃、麗音は無数のコウモリを放出し、それこそ嵐のように飛び交わせる。地縛霊の少女も、共に現れた制服姿のリビングデッド三体も、容赦なく巻き込む。 「天誅くだしてやるんだぜー!!」 ぐっと握り締めた拳を振り上げ、そう宣言しながら。 敵との間合いを取る能力者は多く、散人もまたその一人だった。手際よく指先で編むのは術式。 「炎よ、理外れしゴーストを焼き清めたまえ」 祈りにも似た言葉を発し魔弾を飛ばせば、炎を連れた弾は悪意に満ちた少女を炙る。けれど悲鳴は一切届かず、少女は真っ直ぐ標的を視界に捉えたままだ。 腕にしかと交換日記を抱いたまま、ルリナがそこで彼女を蹴り上げる。体躯の近い少女を叩き着地すると、近くへ寄った夏服のリビングデッドがルリナを殴打した。 ――交換日記、なぁ。楽しいのか? 風見・隼人(喪失者・b03643)は首を傾げつつ、背負った蜘蛛の足を地縛霊へ突き立てる。侵食する足が生気を奪い、その命を喰らう。 その時、冬服姿のリビングデッドが身体を独楽のように回し始めた。隼人を叩きつける腕の連打が、躊躇いもなく痛みを与えていく。 バンダナを結び直し、よし、と気合を篭め直した一が地縛霊の少女を見つめる。 「女の子のささやかな楽しみらしいし、執着するのは、わからなくもないけど……」 大自然の恩恵、生き生きとした植物を結い上げてできた槍を手の平へ乗せ、一が狙いを定める。 「生きてる人を妨害するのは、良くないだろ」 戦の最中に見せる凛々しさをまとい、槍を放った。地縛霊を中心にはじけた槍は、鋭利な植物を散らばせて傷を生む。 そこへ飛び込んだのは御魂だ。長剣で風の抵抗を受け流すように駆け抜け、黒き力の残像を落とす一太刀を地縛霊へ浴びせる。そんな御魂を、近くまで迫った夏服姿のリビングデッドが殴って応戦した。 込み合う戦場で、流葉はこの地縛霊が見せる性分について、首を傾げていた。 ――このクラスで、交換日記も回してもらえないほど仲間外れにされていたとか。 想像は果てなく、終わりを知らない。それ以上の考えは一先ず置き、流葉はその手に呪符を挟み込む。治癒の願いを秘めた呪符は、彼の手から休まず投げられた。 だん、と強く踏み込み御守が斬馬刀を振りかざす。 ――想い出になるはずの交換日記で悲劇なんて……絶対終わらせなきゃ! 強い意志を紅蓮の滾りへと変え、少女を叩き斬る。地縛霊は仕返しとばかりに、そんな彼女の首へと噛み付いた。寄せた顔を間近に、彼女は思わず、雫を垂らす地縛霊へ問いかける。 「……ずぶ濡れで、何があったの?」 見開かれた血の色を帯びた地縛霊の瞳が、質問を投げた少女を捉える。しかし答えは返らない。 交換日記も、書きたい時に好き勝手書き込むノートも、楽しむものだ。 そう考える真弥は、交換日記に囚われたままの地縛霊をびしりと指差した。 「だから、さ。ソレに縛られるって悲しいだろ」 終わりにしてやるぜ、と意気込み足元から伸びたのは影。真弥の決意を伴い腕を模した闇が、少女を迷わず引き裂く。宣言通りに実行するため。 縛られもがき続ける少女を、その全てから解放するために。
●交戦 揺るがぬ悪意と哀しみが、戦場へノートを撒き散らす。真紅の色で濡れた無数の紙束が、独特の鋭い傷を次々と能力者達へ刻み込んでいった。それは少女の嘆きか、怒りか。 戦いの中で知るには、余裕が無いのかもしれない。 何度目になるだろう。厄介そうなリビングデッドへ向け、ありすが穢れを象徴する弾を発射した。止まぬ毒が、腐敗に怯えるリビングデッドの身体を蝕む。 ――どちらもしぶといですのね。 長く波打つ銀の髪を遊ばせ、ありすは咥内でのみ呟いた。 刹那、麗音の広げたコウモリの群れが、ゴーストたちから体力を奪っていく。垂らした硝子のレイピアで床を引っ掻けば、透き通った音が奏でられる。 胸の内で回るもやもやは未だ拭えず、散人は大きく息を吸いこんだ。 地縛霊が、交換日記を渡した者を執拗に狙う、その理由。苛めに遭っていて、その輪に入れてもらえなかった少女か。或いは、交換日記を楽しみにしていた想いが、確かな念を取り残し亡くなってしまったのか。 少女の原因がありそうな身目を思えば、なおさら。 「……未練はひとまず考えないことにしましょう」 巡る思考を自ら遮り、炎に塗れた魔弾で地縛霊を焦がしていく。熱さはしかし、その少女が散らかすノートに阻まれ、威力を殺がれた。 そんな最中、ルリナは再び走ってリビングデッドへと飛び込む。地縛霊を最優先とする気持ちが失せたのではない。リビングデッドの威力も侮れぬと判断し、夏服の少女を三日月の軌跡を残し蹴り上げた。 よろめいた少女が、体勢を立て直しながらルリナへ突撃する。生前の名残であろう細腕も、リビングデッドと化した今では充分すぎる兇器で。 「あ、危ない!」 仲間達から痛みを拭うべく、そう叫んでから一は唇を震わせた。優しく漂う歌声が和らぎをもたらし、苦痛に喘ぐことさえ忘れる。 くるりとすぐさま振り返ったのは御守だった。 「ありがとっ! 心の温もりも感じるわっ」 満面の笑みで礼を述べ、再び敵へ向き直る。 不快な言葉とやらを聞けば分かるだろうか。僅かな疑問が沸き起こったのを感じ、流葉が黙り込む。地縛霊が寄せる無数のノートは、己を強化していると深刻な被害をもたらすとされている。 そして、同時に届くのは不快な怨念。けれど強化をせず身では風音のようにさらりと流してしまうため、注意深くせねばうかがい知ることもできない。結局、指先に挟んだ呪符を飛ばし、知ることを諦めた。 「犠牲はかえりませんが、繰り返させるわけにもいきません!」 御魂の流した刃が、黒影の異名を持つ技を地縛霊へ浴びせる。 間髪入れず御守の寄せた紅蓮が地縛霊へと注がれた刹那、冷え切った腕を伸ばし御守にしがみつくと、少女は首筋へ牙を立てた。鈍く重たい痛みが全身をかけめぐる。 同じ頃、隼人は殴りかかってきた夏服の少女の腕をまともに受け、そのままの流れで踏み込み背へ生やした蜘蛛の足を向けていた。貫く足が衝撃を与える頃、彼のすぐ横へ迫っていた冬服のリビングデッドが腕を高速で回し、隼人を叩き伏せる。 「ちょい油断していたか」 眇めた瞳で呟き、そのまま意識を閉ざした。 その隙を縫うように、真弥が闇色に染まった腕を足元から伸ばしていく。 「……やっぱり前出てぇよなぁ」 距離を取っての戦いが不慣れなのか、真弥は苦そうに眉根を寄せひとりごちる。しかしすぐに思い直して、無茶できぬ身でもできることはある、と己を戒めた。 ――その分、いつも以上にできることを頑張ってやるんだっ! 敵を引き裂いたばかりの影を招き戻し、真弥は次のタイミングをうかがう。 地縛霊の少女が青白い腕を広げ、再びノートを散らす。教室内ではばたく赤き群れは、能力者達の肌へ疼痛と擦り傷を無数に施して。 穢れの弾丸が宙を切り裂く。何にも囚われず疾駆した弾の行く先は、リビングデッド。 ――回復手段が限られているのは辛いですの。 今回の地縛霊は、強化をしていると猛毒を呼び起こす。毒とはいえ侮れぬ存在に、ありすは難しそうに目を細め、結果を見守った。夏服のリビングデッドがなかなか倒れぬことを危ぶみ、照準を定めた弾の行方を。 「貫いてくださいですの」 ありすの凛とした願いを乗せ、弾丸はリビングデッドの眉間に穴を開ける。そのままゆっくり天を仰いだリビングデッドは、床へ伏せ二度と起き上がることはなかった。 優勢へ運ぶべく、麗音が瞬時に吸血コウモリを舞わせる。 「お前らからの傷は、お前らに償って貰うし」 満たされる感覚に舌なめずりし、笑む。 そこへ散人は、邪なるものを破るべく得物を手に、術式を編みこみ魔弾を浮かべた。幾度と無く向けた炎を操り、地縛霊へ浴びせる。 リビングデッドを振り返り、一が手を構える。 「よし、そこだな!」 植物で編み上げた槍は、一の許を離れリビングデッドへと着弾する。温かそうな冬服をも裂いて崩れた植物は、床へと相手を横たえ静かな死をもたらした。 御守の体力を案じたルリナは、その間に交換日記を差し出していた。僅かな迷いに見回した後、ルリナが手向けたのは――。 「これをあげます」 愛らしいデザインの日記帳を、嘆き悲しむ地縛霊の少女へと。 「……ば……」 赤くちらつく咥内から、濡れた声が零れる。 ほんの少しばかりの時間、少女の動きが止まった。 「あたしの……ば、ん。あたしの……っ」 恐る恐る伸びた少女の両手が、交換日記へ触れた――瞬間、少女は今までと異なる狂気を帯びて、否、引っかかっていたものを外したかのように声を張り上げる。叫ばれたのは悲鳴か雄叫びか。 唸り声とは思えぬ絶叫の後、少女はルリナへ抱きついた。まわした腕で狙いを定め、日記を差し出したままの彼女へ寄り添い、首筋を噛む。 「ッ、う……っ」 視界が暗闇に閉ざされるのを感じながら、ルリナが倒れた。 すかさず御魂、地縛霊へ切りかかる。 「眠りなさい、地獄の淵で!」 黒き影が残像を落とし、少女の命を断ち切った。 途端に、教室を形成していた特殊空間がぐにゃりと歪む。
気付いたときには、静寂が広がる元の教室に彼らは立っていた。 「終わった……お疲れ様ー」 真弥の一言で、ハッとしたように仲間達も互いの顔を確認する。 よほど強い思い入れがあったんだろうと、一は唇を結んだまま踵を返す。彼女が求めた交換日記も、もうここには無い。床へ落ちた日記帳を拾い上げ、御守は細く息を吐いた。 やりきれないですね、と御魂も意識せずうつむき呟く。 しんみりと物思いに耽る仲間達を眺めて、麗音は交換日記に抱き始めた興味を、胸の内で燻らせる。 不意に、御守が冷えた空気を取り払うように声を弾ませた。 「明日、この日記の甘味屋行ってみる?」 日記、と聞いて仲間達の視線が彼女の手にある日記帳へ集う。真っ先に言葉を返したのは真弥だ。 「えっ。御守先輩、日記書いてたのか?」 小さく笑いながら、彼女は日記帳を開いて見せる。 覗き込んだ仲間達の笑い声が、幾つも重なって響く。
気の所為か、笑い声が少しだけ多く聞こえた。
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参加者:10人
作成日:2009/02/19
得票数:笑える2
カッコいい2
ハートフル3
せつない16
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冒険結果:成功!
重傷者:風見・隼人(喪失者・b03643)
ルリナ・ウェイトリィ(無情なる銀月・b22678)
死亡者:なし
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