<リプレイ>
●掲げる力 草葉を擦って走り抜ける音を、耳の端で聞いた気がする。 丸い瞳を鋭く細め、少女は構えたガトリングガンをけたたましく暴れさせた。 「吹っ飛べこの色白ワニ公ッ!」 銃弾を撃ち出す音が、虚空に散らばる。白い巨体を押さえていた仲間の少年が、腕へ巻きつけた包帯を撫でながら少女へ礼を述べた。 祈りか覚悟か。包帯へ篭めた想いを秘めて、少年がその身体に見合わぬ杭打ち機を掲げる。間近で瞬時に打ち込まれた杭は、白いワニを身悶えさせた。 そして苦痛の勢いを殺さずに、小柄な彼を尾で叩く。弾かれた身体がふらついた刹那、その背を支える温もりを知り、少年は振り返った。 自分よりも頭一つ分背の高い少年――元宮・虎次郎(清めの音・b22423)がそこには立っていて。 何を告げるでもなく、先ず虎次郎は黒燐蟲の加護を彼へともたらした。 困惑の眼差しが返る中、敵との距離を見定めた楠木・みさき(弓弦羽・b50130)が古より祖霊を召喚する。 「ボクたちみかたなんだよ! あんしんしてたたかって!」 みさきが向けた祖霊は、ワニと対峙する少年へ注がれた。 他の敵へ向かっていたゴーストチェイサーたちも、突然の訪問者に気付き心ばかり振り返る。何か言いかけた彼らの意識は、しかしすぐにゴーストへと引き戻されていく。 今は、余所見をしている余裕など無い。 「チェイサーさん、こちら銀誓館だヨ」 所属を名乗ったのは白蜘蛛・命(白き幻蟲の姫君・b54871)だ。許しを乞う舞いが、戦場を清らかに包み込む。 「……こっちも結構、消耗してて……協力しよう」 訥々とした喋りの中へ篭めた命の提案に、ゴーストチェイサーの一人、体格の良い男が声を張り上げた。 「俺らだけで倒せる! 余計なことすんなッ!」 とどろいた大声に一瞬びくりと身体を震わせ、在灯・淘汰(唐獅子・b46202)は屈みこんで真蜘蛛童の望月を撫でる。囁くように、けれどしっかりと指示を伝えれば、望月は了承の意でも示すかのように尻を揺らし、歩き出した。 先ほど虎次郎に支えられた少年も、唇を結んだまますっくと立ち上がり、真っ直ぐ妖獣を見据える。そして、ゴーストチェイサーの腕部を覆うパイルバンカーが、重たそうな見目にも関わらず軽々と敵へ向けられていく。 対する二体のアーマードタートルは、ずっしり居座り硬い守りを崩すことなく、ゴーストチェイサーたちの攻撃を受け続けていた。 自由気ままそうに跳ね上がり、ブタポッドが女ゴーストチェイサーへ突撃する。彼女は突き出したガトリングガンで ブタポッドの猛打を辛うじて退けた。 「少年の消耗が激しい。タートルは抑えるからこちらに援護を」 虎次郎がガトリングガンを抱える少女へ黒燐蟲を寄せながら、ゴーストチェイサー達に呼びかける。ワニへと攻撃が集中するよう促す作戦で。アーマードタートルの近くにいた大柄な男と、リーゼントの男が仲間を案じるように僅かながら振り返る。 「山坊主、ゲンさん、僕は大丈夫です! 自分の相手を優先してください!」 しかし、それを拒んだのはワニへ突撃した少年だった。 ふと、虎次郎は嫌な予感に駆られ眉根を寄せる。 「かたまったらだめだよ! 妖獣のいないほうにとんで!」 みさきもすかさず叫び、広げた蜘蛛の糸で妖獣たちを絡め取る。数え切れないほどの糸が群れの動きを鈍らせても尚、ゴーストチェイサ―は耳を傾けようとしない。 頭に血がのぼって聞こえないのだろうか。いやそんなことはないと、みさきは考えを巡らせる。 先ほどから、こちらの訴えも指示も跳ね返すかのように、ゴーストチェイサ―は我武者羅に戦っていた。技を使い切っても退かずに妖獣へ挑んでいると、予報士も告げていたほどに。 それほどまで死闘を繰り広げる彼らは、何を想い、何を願い、ここへ立っているのか。 ――受けた恩は、必ず返す。 胸に秘めた決意で喉を潤し、淘汰はゴーストチェイサーたちを誘導しようと口を開く。 アーマードタートルからなんとか遠ざけるように。けれど誘導するべく言葉も届かない。否、確かな想いを言葉にできなければ届くことはなく、もどかしさが募るばかりだ。 蜘蛛の糸からもがき逃れたブタポッドへと、淘汰の連れる望月が息を継ぐ間も与えず、吐いた糸を巻きつかせる。動きを封じるべく用意した術が、順調に効いていた。 その時、アーマードタートルの撃ち出した弾が、山坊主とゲンさんと呼ばれた二人へ炸裂する。巻き上がる粉塵が、その威力を示して。 「無茶しすぎだヨォ……」 ゴーストチェイサー達をはらはらしながら見守る命は、かぶりを振り再び舞い始める。 「で、でも、みんながいたから、勝てたんだよネ……」 祈りを篭めた舞いの癒しが、仲間も、ゴーストチェイサーも救っていく。 彼らの切なる願いを、その熱意を乗せて。
●援護 「オラオラァ! くたばれ妖獣!」 山坊主と呼ばれた筋肉質な体格のゴーストチェイサ―が、パイルバンカーをアーマードタートルの頑丈な肌へ突き立てる。もう一体のアーマードタートルへは、葉を咥えたリーゼント頭の男が抉るように杭を打ちこんで。 そんな二人へ、虎次郎が駆け寄り黒燐蟲をまとわせた。帯びる癒しは、確かに彼らへ注がれる。一先ずそのことに安堵し、虎次郎は同じ言葉を繰り返した。 「こいつらは俺達で抑える。あの少年の援護を」 念を押すように紡がれた虎次郎の声に、山坊主とゲンさんが振り返る。 視線の先、ワニと対峙する小柄な少年は、一人黙々とその白い悪意へ飛びかかっていた。山坊主たちが歯を噛み締め、みさきが幾度となく伸ばした土蜘蛛の檻に囚われたアーマードタートルから、漸く気を逸らす。 虎次郎へ何か応えるでもなく、彼らは小柄な少年の許へ走る。 「マメシバ! そいつ先倒しやしょう!」 葉を咥えたままゲンさんが叫び、白いワニへパイルバンカーを照い定めた。蜘蛛の糸を物ともせず動き回っているワニを前に、マメシバと呼ばれた少年が二人へ向けカッと目を見開く。 「僕は大丈夫って言ったの聞こえやがらねーですか、この木偶の坊!」 「き、聞こえやしたって!」 「そうだそうだ!」 怒声を散らしたマメシバに、二人の男がやや腰を低くした。 そこに奇妙な人間関係を垣間見た気がして、能力者達は顔を見合わせ苦笑する。互いの視線が重なり、ようやく感じたのは僅かな余裕だ。油断ではなく、当初の目的を果たせたことに対する、小さな。 ――うーん、上手くばらけて欲しかったけど簡単にはいかないね。 距離があろうと、固まっていればアーマードタートルが放つ技の餌食となりそうで、みさきは肩を竦めた。 「自分で言うのもなんだけど……後方支援は十八番だヨ!」 片目を瞑った命が、休む間もなく舞い続ける。漂う癒しを受けて、淘汰は虎次郎へ呼びかけた。 「元宮さん、オトリ弾、いきます……お願い、します」 控えめながら凛とした淘汰の声を耳朶に受け、虎次郎が深く頷く。直後、どれに向けようか僅かに彷徨った淘汰の目線が定まった。戦場を駆け抜けたのは赤く点滅する弾だ。 不快な赤で染め上げた揺らぎを仕掛け、アーマードタートルはその弾に煽られ怒りに囚われる。 しかし、ゴーストチェイサーの少女は周りの状況に気付かないのか、或いは流されずにいるのか、自らに迫ったままのブタポッドへ射撃を繰り返すばかりで。 「あのひとたちを、手助けしないの?」 小首を傾げみさきが少女へ問いかけるが、邪魔しないで、とにべもなく一蹴されてしまう。今の彼女の瞳には、眼前の敵以外映っていないのだろうか。 踏ん張った少女のガトリングガンが火を噴き、銃弾でブタポッドの身体を射抜く。苦痛に呻く妖獣をねめつけ、少女はこう吐き捨てた。 「総長の無念は晴らす! テメェラ地獄の底へ落としてやるから覚悟しな!」 彼女の言葉を聞き、能力者達は瞳を眇める。 少女だけに限らない。傷も痛みも背負ったまま、生き延びたゴーストチェイサー達がゴーストへ挑む理由は、紛れも無くそこにあったのだ。 ああ、と虎次郎が嘆きに似たため息を落とす。他のゴーストチェーサーを一瞥すれば、一斉にワニへ杭を打ち込む背が見えて。 ――やはり何も応えることができないようでは、気持ちが治まらん。 あの戦で知ったゴーストチェイサー達の行動を、その覚悟を思い浮かべ拳を震わせる。
●守り抜く意志 虎次郎が淘汰へと繋がる道に立ちはだかり、怒りに駆られたアーマードタートルの行く手を阻んだ。 しかし山中で完全に道を塞ぐには、人数が足りなさ過ぎる。 淘汰は、のしのしと足音重たく迫り来る亀をよそに、もう一体のアーマードタートルへ不快さで形を成した弾を撃ち出す。主へ妖獣が迫るのを見て、真蜘蛛童の望月が戸惑うように彼を見遣っていて。 「望月、指示通りきちんと、やるんだよ」 返された言葉に、望月は再びアーマードタートルへ糸を吐き出す。 そんな淘汰の影へ別の影が重なり、咄嗟に飛斬帽を構えた。叩きつける一撃を耐えた視界の隅、女ゴーストチェイサ―がブタポッドの強打にふらつくのが見える。 慌てて命が祖霊を招き、彼女のガトリングガンへ這わせていく。けれど、命へ意識を投げかけることもなく、少女はただ目の前の敵のみを撃つ。整わぬ呼吸も、渇いた喉も気にせずに。 「うちらは負けないッ、総長の、総長たちのためにも……!」 丸みを帯びた巨体を左右に揺らすブタポッドを射抜いた銃弾は、そのまましぶとい相手を虚空へと掻き消していった。 緑溢れる山中へ、無数の蜘蛛糸が網を張る。みさきはその糸に獲物を封じ込めようとするが、我に返っていたアーマードタートルが一体、その呪縛より逃れた。 望月が吐き出した糸さえ取り払い、疲弊した少女へ迷わず走っていく。虎次郎が彼女の前で盾となり、その片手で黒燐蟲を少女へ添えた刹那。 「らあぁぁッ!」 大地を揺るがすような雄叫びと共に、山坊主が妖獣へと飛んだ。しがみつき突きたてたパイルバンカーが、肥えた堅い守りをも打ち砕き息の根を止める。 「や、山坊主ゴメンっ」 僅かに弱々しい音を含んだ少女へ、山坊主は口角をあげて笑むのみで。 能力者達も彼女と同時に気付いた。ワニの姿は既になく、集中砲火で倒した三人のゴーストチェイサーが、漸く彼女との合流を果たしたことを。 能力者達による回復で体力こそ保てているものの、彼らに溜まった疲れは計り知れない。それでも、彼らが武器を収める気配は無く。 「しぬかくごでたたかえるなら! いきてしあわせになるかくごだってできるんだよ!」 みさきの叫びを背に、山坊主とゲンさんが地を蹴った。緩くかぶりを振り、みさきは幾度目になるか判らぬ蜘蛛の糸を生み出す。 タイミングを合わせ、淘汰が点滅を繰り返す弾を放ち、糸を掻い潜ったアーマードタートルを憤りの感情で侵食する。 ここに集った能力者たちも同じだ。悔やみもあるし、悲しみも抱いている。 けれど今は。今目に映っている光景と人々を護ることが、今は何よりも。 ――生きてたら……いいことあるんだよ。 揺れた瞳をまぶたで隠し、みさきはもう一度光を受け入れた。彼の、そして能力者達の瞳に、しかと見えている。 「行きやしょうマメシバ!」 「おおですよ! 総長の仇、僕達でがっつり取りやがります!」 ゲンさんとマメシバが、杭の発射機構の駆動音を揃えた。痺れで身動きの侭ならないアーマードタートルの肌を、容赦なく食い破る。貫通した杭の跡が生々しく残った――かと思えば、余韻すら残さずアーマードタートルが溶けるように失せていく。 闘志の色が、ゴーストチェイサー達の顔から抜けていくのが見えた。
●行く末は 静寂が終わりの名残に浸る暇などなかった。 ゴーストチェイサ―達は手を取り合い、互いの無事を確認していて。 「ゴチさん……あ……ゴーストチェイサー、な」 恐る恐るといった様子で淘汰が呼びかけると、自力で歩ける四人の少年少女が一斉に振り返る。 眼差しは疲労こそ露わにしているものの、遭遇当初とほとんど変わらないように思えて。 「ふぇぇ……ボクもう限界……」 力なく座り込んだ命を見下ろし、山坊主が鼻を鳴らし言い捨てる。 「礼とか期待してんなら……他所当たれよ」 言い終えるや否や、彼を始めゴーストチェイサーは皆さっさと踵を返してしまった。端から会話を却下されたようにも感じ、能力者達は目を瞬かせる。 違う、と真っ先に唇へ想いを刷いたのはみさきだ。 「……ずっとね、ごめんなさいと、ありがとうしたかったんだよ」 大きな戦いの後、みさきが紡ぎたかった言葉だった。訴えたい気持ちも、知りたい願いも多くあれど、みさきはそれ以上首を突っ込もうとしない。 無理には引き止めない。それが彼の方針でもあったから。 「先の戦いでの借り、返せてよかった」 徐に頷いた淘汰が、穏やかな調子で述べて。 「またあいたいよ。だよね、虎次郎」 「ああ。また……逢えるか?」 みさきと虎次郎の投げた問いには応えず、マメシバが一度だけ立ち止まる。 そして、能力者達を振り向くことなく口を開いて。 「一応、ですけど。お礼は言っておきます」 ――ありがとうですよ。 微かに零したマメシバの小柄な姿もまた、他のゴーストチェイサーを追い、暗くそびえる木立の向こうへと沈んでいった。 交わる術もなく姿を眩ませた彼らを見送り、淘汰は傍らに寄り添う望月へと屈みこんだ。 「……生き急がなくとも、良いじゃないか」 望月は、艶を帯びた漆黒の頭を主へ擦り付けるだけで、何も応えずに。
耳を澄ましても、彼らが奏でる戦の音が響いてくることは、二度となかった。
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参加者:4人
作成日:2009/02/24
得票数:泣ける2
カッコいい11
ハートフル1
ロマンティック1
せつない43
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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