<リプレイ>
●開館 「入館前に作戦の最終確認をしときましょうかね」 黄楊・スティノークル(罪を負いし解き放つ者・b31841)が集まった仲間達の顔を見回して提案したのは五分前のことだった。 (「これって立派な不法侵入よね」) 皆月・弥生(誰が為にその剣を振るうのか・b43022)は、開館準備を始めた公民館の職員の横をすり抜けて廊下を進んで行く。監視カメラに注意を払いつつ共に進むサーシャ・ロマノヴァ(童姿の白き魔女・b49614)が突き当たりに見えたのは一つの窓。窓の外に車の姿はほとんど無く。最終確認にされた駐車場は白く区切られたアスファルトの地面を惜しげもなく晒していた。 (「能力をこういう方向で使いたくはないのだけど……これも仕事、仕事……」) 入り口にも設けられていた案合図からすれば、地縛霊の潜む展示室は突き当たりを曲がった先にあると言うことだった。すれ違う人も居らず、職員を除けば公民館に入ったのは能力者達のみ。この調子であれば入り口に清掃中の札を設置するだけで済むかも知れない。 「女の子のゴースト……」 「人形と一緒に泣いてる少女の地縛霊ねぇ〜。悲しい想いを断ち切ってやりてぇ所だぜ……なンせひな祭りなんだからよ」 (「泣いてる女の子のゴースト……迷子かな?」) 一方、残る面々は公民館の駐車場で先発組からの連絡を待っていた。清掃員の服装へと既に着替え、アレックス・ザナンドゥ(中学生魔弾エアライダー・b05408)の声に空を仰いだのは防人・雷(月下に佇む天狼の王・b22355)。見上げていた空から偶然舞い降りてきた小さな花びらは桜か桃か。いずれにせよ、何処かで咲いているのだろう。視界に入った花びらから視線を戻し、玉依・美琴(お日様笑顔・b11621)は1人考える。 「なんで合言葉が『お母さん』なんやろ? 悲しい事があったんかな……」 「『お母さん』の言葉と幼い少女のゴーストの関連性は気になるわね」 「キーワードがキーワードだけに何かあったのでしょうけど……」 が、興味の向く方向は他の能力者達も同じであるらしい。ポツリともらした池水樹・菜種(風に笑む若草・b58360)と御佩刀・まほら(レッドエンプレス・b31076)の言葉に続いてシア・ヴィアンシエール(青色鮮花・b51017)は口を開きチラリと窓から公民館の中へと視線を向ける。 「いや、今は戦いに集中せんと……!」 「ひな祭りに泣いている女の子。過去に何があったのか気になるところだけど……お待たせ」 視線を向けたとたんに聞こえたのは二つの声。どちらも仲間の声ではあったが、うち一方は後発組が待ち望んでいた連絡だった。 「じゃ、行くぜ。もし出ていってくれない人が居たら、一花はヒュプノヴォイスを頼むな」 「了解」 清掃員に扮した纐纈・椿旡(紅蓮夜奏・b21473)の声に梅咲・一花(ダンディーの追求者・bn0027)は頷いた。とは言うものの、先発組の準備がこれだけスムーズに行ったとなると、眠りをもたらす風の出番はないかも知れない。 (「この様子でしたら、普通に入り込めそうですね」) 「掃除の時間です。一般の方はご退出お願いします。……この分だとこれは死文になりそうですな」 開館準備が終わったのだろう。入り口から職員が姿を消して。白銀・美雪(白銀の世界に舞う真白き乙女・b45941)は公民館の入り口へと歩き始めた仲間に続いた。
●展示室から (「……こういう展示なら、子供が親と一緒に来て、『お母さん』と言ってしまうことはよくありそうですね」) 家族連れや小学生を想定したのだろう。後発組の面々がたどり着いた展示室は、色画用紙で作られた子ども向けらしい雛人形などの絵が壁に貼られ、説明らしい分が平仮名を多用して書き込まれている。 「女の子の幸せを祝う雛人形が少女の命を奪うなんてあってはならない事だわ」 「……人それぞれ思い出はあるでしょうが、節目の日に不幸な人を増やしたくはありませんなあ」 笑顔を浮かべた色画用紙の雛人形から中央の壇上に飾られた本物の雛人形へと視線を移しながらまほらは呟き、飾られた雛あられへ視線を落としてスティノークルもまた呟いた。 (「泣いてる女の子ってのがちとやりにくい気がするが……やっぱり地縛霊は地縛霊」) 「こっちは完了です、そっちはどうですか?」 人形と地縛霊の凶行を防ぐ為には地縛霊を倒すしかない。続く美琴の声は二班に分かれた能力者達のうち片方の班で地縛霊と戦う為の布陣が終わったという証。 「準備OKなんよ」 「「イグニッション!」」 菜種の答えから一呼吸置いて、能力者達は一斉に起動し、詠唱兵器を身に纏う。 「モコ、終わったらひなあられあげるから頑張ってね」 「もきゅ」 モーラットは主人の指示に、任せるのであると言わんがばかりに鳴くと指示された通り視線を周囲に巡らせる。準備はほぼ終わった。 「被害を出さない為にも……」 「頑張りましょう!!」 「……お母さん」 能力者達は一瞬顔を見合わせ、一つの単語を口にする。とたんに微かな違和感が周囲に広がり、いつの間にか雛人形達の表情が変化する。 「……っく、ひっく」 「もきゅきゅっ!」 しゃくり上げる泣き声にモコの鳴き声が続き。 「あそこなんよ!」 「……いました、行きましょう」 自分達からも別班からもほぼ同じ距離へと出現した地縛霊の姿を認めて美雪は仲間達を促す。 「天狼よ……目覚めろ」 「慎、油断せずにいきましょう」 光のオーラを纏いながら右手前目掛けて距離を詰める雷とそれより手前で泣き続けている地縛霊の少女を視界に収めつつ、主人より真紅のよりを賜った真フランケンシュタインBは挟み討つようにやはり地縛霊へと向かって行く。四隅の内対角の二点は能力者達が陣取っていた。地縛霊が現れたのは、残る角二つの内1つ。 「ゼロ、行きましょうかね」 慎に少し遅れて並走するようにスカルロード……ゼロも地縛霊へと距離を詰める。後方で見守る主人を包むは黒燐蟲による黒く淡い光。 「……わい、助け……」 雪だるまの鎧や前面に展開する魔法陣など半分以上の能力者が自己や他者へ何らかの力を付与する中、つられた訳でもないだろうが地縛霊もまた虚空から呼びだした雛人形を攻撃ではなく守りへと用いる。少女を守るように旋回する人形の顔は泣き顔ではなく怒り顔。サーシャの踏み込みが発した衝撃波を人形はほぼ相殺し、主に危害を加える者は許さないとばかりに能力者達を睨みつけた。 「茨よ、目覚めて……!」 次の瞬間、弾けるように広がった茨に主人と共に茨の中へ隠されるまで。 「やりましたか?」 「……う゛う」 深呼吸を終えたシアの問に答えたのは地縛霊自身。声ではなく、茨に拘束されていない姿を晒すことで攻撃が不発に終わったことを語っていた。茨自体はほぼ確実に地縛霊を捉えていた。幸運の女神の気まぐれが地縛霊を救った、そう言うことなのだろう。 「泣いている女の子に手を上げるのは本意ではないのだけれど」 弥生は仲間へ黒燐奏甲を施しながら言葉を続ける、油断大敵だと。実際に手を下したのは当人ではない、だが。 「それが俺達の仕事、だろ」 「以下同文」 椿旡の撃ち出した光の槍は人形の合間を縫い、地縛霊の少女を確実に貫いていて。直後に炸裂した火球が人形ごと少女のシルエットを飲み込んだ。
●偽りの展示室 「美しい人形をこんな風に扱うなんて作者への冒涜だわ」 「月の牙よ……禍を断て」 盾になった人形ごと慎の拳に打ちつけられた地縛霊をまほらの撃ち出した弾丸が貫く。火だるまになって連係攻撃にふらつく地縛霊へ更に間を置かず刻まれたのは雷の蹴り。 「続きますかな」 「続くんよ」 三連携の最後を締めくくる三日月は新たな二連携の始まり。対象を内より破壊するスティノークルの視線は人形が阻んだが、注意が逸れたのは地縛霊にとって不運か。爆ぜた茨は今度こそ地縛霊を絡め取る。 「チャンスです、後に続いて下さい」 「わかりました」 サーシャの声に答えたアレックスが震脚の衝撃波で壁に叩きつけられた地縛霊へと再び三日月を描き出す。反撃を茨に封じられ、能力者達の一方的な攻撃は更に続く。 「何があったかは知りませんが、手を抜くわけにはいきませんから」 全力で。シアの手にwhite cloverに具現化した妖気が炎と化して、まだ燃えさかる地縛霊へと宿る炎ごと叩きつけられる。雑魚であればこの一撃だけでも倒し得ただろう。 「これだけ戦力が必要な相手に気を抜く訳にはいかないのよね」 だが、旋剣の構えをとる弥生の言通り。 「お母……さん、……いよ」 地縛霊はまだ立っていた。 「貴方のお母さんは、ここにはいないわ。だからもう往きなさい」 向けられた言葉を現実にすべく、光の槍や火球が飛び。 「ゼロ!」 名を呼ばれたゼロが死神の大鎌を振り上げる。斬撃と遠距離からのアビリティによる攻撃。茨に奪い取られて守ってくれる人形は既に無いのに地縛霊はまだ立っていた。更に殴撃。身体を貫くは漆黒の弾丸。 「凍えし牙よ……安らぎに誘え」 具現化した氷を両手と両足の詠唱兵器に帯びて、雷は飛ぶ。フロストファング。篭手と盾に挟まれるように打ち付けられた地縛霊の脳天へ打ち下ろされた一撃は地縛霊を蹌踉めかせるのに充分だった。 「みんな、気張りやぁ……!」 「……凍りなさい……」 「冥府まで、その魂……送り届ける!」 菜種の舞いが一撃の反動を消して行き、美雪の吐息に燃えながら凍り付く地縛霊をスティノークルの視線は内側から破壊する。響いた氷の砕ける音は、そんな音の一部だと思われた。 「これは……」 だが、そうではない時がついたのは誰だったか。炎が消え、氷が砕け。 「嫌……、嫌い……」 満身創痍とはいえ地縛霊は自力で拘束と炎、氷から抜け出したのだ。虚空に出現した扇が回転しながら無秩序に宙を舞い、同時に現れた弓が矢を乱射する。 「きゃあっ」 たまたまか防具の相性に助けられたアレックスは身をかわすことに成功していたが、耳に聞こえた後方の悲鳴は3度の追撃を伴い荒狂った扇と矢の嵐に倒れる仲間のものだった。 「倒れるには早すぎます、戦いはこれからですよ」 「……わかってますわ」 巻き起こる風の中聞こえた声は悲鳴の主のもの。肉体を魂が凌駕したのだろう。とは言うものの、もう一度扇と矢が荒れ狂えば、明らかに攻撃の範囲外で主人に祈りを捧げているモコ以外はどうなるかわからない。だからこそ。 「次が来る前に、倒します」 「どうか 安らかなる眠りを……」 畳み掛ける攻撃は異なる二つの方向から。攻撃を防ごうとあげた腕の上から二度目の紅蓮撃が叩き込まれ、がら空きの背中にアレックスの蹴撃が叩き込まれる。クレセントファング、軌跡は鮮やかな三日月を描いて。 「往きなさい、本来貴方がいるべき場所へ」 「……かぁ……ん」 長剣の一閃。振り抜かれたViolet quartzから闇のオーラが消えて行く。後に倒れ伏した地縛霊を残し。 「……癒しを……」 倒れた地縛霊の骸が光の粒へと変わって乱舞する中、癒えきらぬ仲間の傷を一部の能力者が癒していた。特殊空間の証しだった雛人形の顔も上段から元の人形へと戻りはじめている。 「モキュ!」 相変わらず部屋の隅でモコが勝利のポーズをとりつつ鳴き声を上げ、戦いは終わったのだ。
●元の笑顔 「お母さん、か……。例えもう会えなくても、お互いに生きているだけで幸せだと、そう思うべきなのかも知れないわね」 イグニッションを解き、弥生はひな壇を眺めながら呟いた。結局、地縛霊の少女が何を想いあそこに囚われていたのかはわからない。 「泣いてねぇで逝っちまいな……会いたい人の所によ」 ただ、成仏を祈るシアや美琴の横で雷も言葉を手向ける。思うところは祈る他の能力者達と同じなのかも知れない。 「とりあえず、ひな壇が壊れなくて何よりなんよ」 そう言いつつ菜種は頷くと、清掃中の札を回収する為にドアの方へと歩み寄り。 「おやすみ……」 一言呟いて展示室を後にする。遠ざかる足音が止まったのはひょっとしたら振り返ったからだろうか。もちろん、知るのは当人のみだが。 「綺麗なお雛様ですね〜」 「うん♪ ラブラブで幸せそう♪」 「立派な雛人形ですなあ。私には縁がありませんでしたからね」 一方、展示室の残留組は人形見物を楽しんでいた。アレックスの言葉に美琴が頷き、スティノークルは感心したように人形を眺めやりながらも時折何かを考え込んでいて。 「私もこんな立派なお雛様ほしいですねぇ」 「男の俺には、あんまり関わりないもんだからなー。でも人形って、ちょっと怖いよね……」 椿旡の感想は他のメンバーとは違うようだったが。 「……やはり泣いていない方がいいです」 仲間に混じって雛人形を見ながら美雪は頷いた。 「身寄りのない私には判りませんが……誰かに成長を祝って貰えるのは幸せな事ですね」 「ま、確かにね。ひな祭りの主役は姉さん達だったけど、こどもの日ってのもあるし」 サーシャの言葉に一花が頷く。 「良い機会なので、この前お店で見掛けた小さな雛人形を買いましょうか?」 「折角貰った雛あられ、折角だしお花見にいかない?」 続けて呟く後方から仲間へ呼びかけるまほらの声が聞こえ。 「ああ、私の分の雛あられは玉依さんのモーラットにあげましょう」 「はわ、良いんですか?」 別の方向から聞こえるやりとりも雛あられに関したもの。この後、何人がお花見へと足を運んだのかはわからない。ただ、椿旡の肩にくっついて展示室に来たらしい花びらが、何処かで綺麗な花が咲いていることを告げていた。
|
|
参加者:11人
作成日:2009/03/17
得票数:楽しい1
カッコいい11
せつない3
|
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
|
|
あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
|
|
|
シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|
|
 |
| |