<リプレイ>
●美食娘の館 鈍い音を立てて、裏口の戸が開いた。 澄み切った外気とは異なり、かびたような匂いと埃っぽさが鼻腔をくすぐる。恐らくリリスは、自分が使う部屋以外、放置したままなのだろう。口を開けた個室を覗き込めば、それは容易に知れた。 肝試しに来たみたいだと胸を弾ませる素振りで、宮村・雛乃(愛色ドルチェ・b36890)が館内を忙しなく見回す。 ――逃げられること考えると、色々難しそう……っ。 胸の内を漂う不安を抱きつつ、少女はそれを顔に出さぬよう、視線を彷徨わせることを忘れない。 「とりあえず、一階を探索するか」 真っ先に告げたのは如月・優馬(天国と死と闇・b33928)だ。頷き踏み出す少年少女の姿が九つ、豪勢な嘗ての香りを色濃く残す館内を歩き回る。カーペットは裏口から続かず、ある程度進んだところでその姿を見せた。 足音が聞き取り難い。明鏡・止水(白燐蟲使い・b06966)は天井を仰ぐ。何処からか足音がしないか耳を澄ますものの、それらしき気配は無い。 恐らく、既に能力者達を感知したリリスが身を潜めているのだろう。わざわざ様子を窺いにくるほど、相手の警戒も緩やかではない。 「こんな埃っぽい所で食べるなんて、正気の沙汰じゃないわね」 時折舞う埃の塊を吸い込まぬよう払い、御子神・キサラ(八極龍拳師・b09475)がひとりごちた。 確かにと納得するように辺りを見遣り、嬉々とした気分を捨てぬまま神栖・真弥(クリムゾンロア・b39876)が仲間達を振り返る。 「終わったらみんなでうまいもん食いに行こうなー!」 気軽さを現す、その声音。館内を響いた発言を、果たしてリリスは聞いていただろうか。
能力者達の探索は、一階を回り終えた頃に一度区切りがつく。 慎重さも警戒心に満ちた言動も然して見当たらず、まるで郊外の館へ遊びに来た学生一行という雰囲気だ。その雰囲気を保たねばならぬ理由があった。 ちらりと、観月・咲夜(炉心・b00323)が携帯電話で時間を確かめる。その一瞬のうちに、優馬が「俺達は二階へ行く」ときっかけを生んだ。既に彼の足は、その一歩を踏み出していて。 「俺達はもう少し細かく探してみる」 「じゃ、俺はまだ一階調べてるー。何かあったら知らせろよな」 咲夜と真弥が立て続けに言葉を放り、二階へ昇る面々を見送る。階上へ向かうのは、橘・悠(白き霹靂・b45763)と止水、月乃葉・優生(命を刻む懐中時計・b45954)に雛乃、そして言い出しっぺの優馬だ。 軋みに古さを覚えながら、更に暗さを増す闇へと上がる。一切の灯りを点けずにいる彼らは、月明かりのみを頼った。ゆえに暗がりへ挑む様は、はたから見れば肝試しに勤しむ若気の至りとも思えるだろう。 彼らの背が消えぬ間に、黒葛・藤王(朔・b34763)が手足を放り出すような歩き方で、やる気無さを醸し出す。 同じくサボるように屈みこみ、適当な椅子へ息を吹きかけたのは咲夜だった。そして椅子から離れた埃が落ち着くのを待ち、ぞんざいに腰をおろす。 「どうせ何も居ないだろ。皆なら些細なことで騒ぎそうだけど」 これぐらいどうってことない。強がっているというより、心底そう思うかのように吐き捨てる。 「何処から来るのかしら……巧く引っかかってくれると良いんだけど」 廊下にのみ聞こえる声で、キサラが口角を上げた。 窓から疎らに振り注がれた月明かりだけが、彼らの表情を知っている。
●作戦 階段を上がってすぐにそびえる扉は、少々大袈裟な飾りで縁取られていた。最も、この状況下では派手さよりも禍々しく思える錆びた装飾だったが。 耳障りな鈍い音を奏で、扉をが能力者達の手によって押し開けられる。月明かりに拠り真の闇とはいえぬ光景が、目に飛び込んできた。ぬいぐるみや各地の土産物が転がり、壁を這うように本棚が備え付けられている。 書斎だ。寝転ぶためのスペースやベンチもある。優雅な読書の時間を、かつての住人は味わっていたのだろうか。 「……ふん、怖くも何ともないわ」 半ば失望を、半ば安堵を滲ませて悠が息を吐く。 二階へ上がった面々が書斎の奥へと進みかけ、ふと足元に、開けられたまんじゅうの箱を見つけてまばたく。破られた包装紙を微かに蹴ってどかすのとほぼ同時、世界が悪意に歪んだ。 書斎奥に佇む不気味な影――地縛霊がゆらりと浮かび上がり、そんな地縛霊よりも前へ這い出てきたのは、二体のリビングデッド。 咄嗟に、止水が白燐蟲の力で視界の難をなくし、優生が目を丸く見開いた。驚愕を顔に浮かべながらも、その足は前衛として立ちはだかり、秒針を模した長剣で腐肉を裂く。 呪奏琵琶を掻き鳴らしたのは悠だ。琵琶から放たれた衝撃波が、遠く地縛霊を叩く。 「歯痒いのぅ」 まるで効いていないとばかりに言葉を吐き捨てた。 そんな侵入者達を地縛霊が襲う。眩く直線上を駆け抜ける衝撃波が、完全に散らばっていない彼らを容赦なく喰らった。 雛乃が慌てて光り輝くコアを浮かばせて、自らを守る盾tなるべく旋回させる。 「ちっ、やりにくい!」 後衛に立つ優馬は、今し方受けた痛みを拭い去るように、清らかな風を吹かせた。 止水も癒しを絶やさぬよう、出現させた白燐蟲を仲間達へ添えるべく、戦場を行き来する。 緩やかに、戦いが紡がれていく。
同じ頃、一階で待機する能力者達は、荒々しい戦いの音を聞き逃さぬよう耳を傾けていた。意識を二階へ集中し、まばたきさえ忘れて。 静寂に包まれた一階を、低く呻くような振動が伝う。 「もう時間だ」 ポケットへ突っ込んでいた手を引き、咲夜が口を開いた。取り出した携帯電話のアラームを切り、戦いが始まってから三十秒が経過していることを報せる。
地縛霊とリビングデッドとの戦いは、それほど長く続かなかった。 物陰にあった棚が蹴飛ばされ、部屋の最奥から、隠れていたらしき少女が姿を現したのだ。同時に、能力者達から悲鳴に似た叫喚がこぼれる。 「これでもキツイのに、リリスまで出てくるの!?」 響く声は優生のものだ。外へも轟きそうな音量に、リリスが眉をひそめた。しかしすこぶる機嫌が良さそうに、ふふんと鼻で笑ってみせる。 「やぁだもー、そういう顔だぁいすき」 そんな優生へ、リリスは転がしておいた土産物を拾い上げ、投げつける。地縛霊と共に能力者達へ襲い掛かっていたリビングデッドもまた、彼女へ抱きつき締め付ける。 悠は、リリスが強化されるのを待つか、思い切って呪詛呪言で攻めるか一瞬悩んだ後、撃破を優先し、呪いの言葉を呟く。射抜く痛みに、リリスが「あら?」と不思議そうに首を傾いだ。 すかさず雛乃が、魔法の茨を編み上げリリスの手足を封じた。 「折角逢えたんだもん、逃げないで相手してよね……!」 「ちょ、何よ苦戦してたんじゃないのー!?」 喚きが書斎に木霊する。そう、何の策もなく探索していたら、守りを固め逃げることを優先する今回のリリスは、これほど早く姿を現さなかっただろう。作戦は功を奏していた。 不意に、地縛霊の放った衝撃波が後衛まで一直線に打ち抜き、傷を生ませる。しかし地縛霊にばかり構っていられない。 待っていましたとばかりに優馬が気流を呼び起こし、リリスを高く打ちあげにかかる。しかしリリスはその上昇気流を、ひらりと軽やかにかわしてみせた。見遣れば、いつの間にか手足へ巻きついていた茨が消えている。 しかし、能力者達も猛攻を止めない。止水の唇が繋ぐ、心鎮まる温かな歌。 ――せめて、リビングデッドだけでも寝てくれればいいのですが。 思惑に違わず、二体のリビングデッドが立ったまま船を漕ぎ始める。 「助太刀参上ーっ!」 その時、地震にも似た震動を乗せて、一階にいた仲間達が書斎へと飛び込んできた。 第一声を響かせた真弥は、前衛へ大鎌を振り上げ、旋風を巻き起こす力を宿す。 続けて飛び込んできた藤王は、腕を模った影を伸ばそうとするものの、しかと足を止められず、そのまま前衛へ走る。突貫しリリスへ一太刀を浴びせれば、そんな藤王へリリスが蛇を噛みつかせて。 仲間が全員突入したことを確認し、咲夜は扉を塞ぐように立った。真モーラットピュアのムースと並び立ち、高々と得物を掲げ旋剣の加護を得る。 キサラはそこで、邪魔になっているリビングデッドを、火を噴くガントレットで殴りつけた。 「食事をするなら、もっと清潔な格好をして来なさい!」 地縛霊とリビングデッドを交互に見遣り、叫ぶ。目を覚ましたリビングデッドが、仕返しとばかりにキサラへ抱きついた。
●甘い舌 騒々しさに包まれた書斎は、荒れ狂うゴーストの悪意と、能力者達の意気込みで長く溢れかえっていた。 傷む傷口を押さえながら、藤王が力を高める構えを取り、癒しを招く。 地縛霊の懐へ抜けた真弥が、ぐっと握り締めた大鎌へ闇を添える。 「うまそうな飯はいいけどな、リリスに加担するんじゃねぇよ!」 にやりと口角を吊り上げ、斬り上げた。刃が食い込み深く地縛霊を抉る。連れた黒き影により、真弥は体力も奪い取った。 リリスから視線を外さず、優生が魔を退ける恨みの念で、相手を突く。その一撃を蛇で受け止めたリリスへ、ほぼ同時に、雛乃が指先へ集う光で槍を模り投てきした。少女から、楽しげだった余裕が消えて。 部屋には大抵、扉と窓がある。しかし、窓や扉を塞ごうと考えていたのは、咲夜ただ一人。その彼が扉を背にしている現状、書斎の窓はがら空きとなる。 リリスが参戦してしまう前に、窓の前へ陣取るなどして逃走経路を塞げたら良かっただろうか。真っ直ぐ窓枠へ飛び乗ったリリスは、引っかけてあったロープを手に取ると、能力者達へウインクする。 「じゃあね。今度はおいし〜お土産持参でよろしく」 窓枠を蹴り、少女のぽっちゃりした身体が消えた。 能力者達は、そんな彼女を追走しない。悔しさはあれど深追いはしない。能力者達の方針は、地縛霊とリビングデッドを最優先とすることで。 窓際に最も近い地縛霊へ、藤王が黒影を纏った刃を仕掛ける。力強い一撃が敵を抉るのと重なるように、それは轟いた。
甲高く、絶望に満ちた断末魔。
地縛霊と向き合っていた優生が、反射的に窓から地上を覗く。そして広がる光景に、零れてしまう程に目を見開いた。 「優生先輩どうかし……」 青く澄んだ刀身を引き、真弥が同じ方向を一瞥する。 今し方ロープを伝い窓から逃げたはずのリリスの姿が、そこにはなかった。 書斎では、二人が何を見たのか理解できぬ仲間達が、攻撃を続けている。止水の歌声が力強くリビングデッドを葬る頃、無意識に真弥が口を震わせた。 「……あの人……なんで、ここに……」 呟きが聴こえたのか否か、ちょうど顔を上げた男と目が合う。 「何、よく聞こえなかった……どうかしたのか?」 窓際から離れない優生と真弥へ、声を荒げず咲夜が呼びかけた。寄り添っていたムースが、温もりある舌でぺろぺろと皆を舐めて回る。 リリスが降り立ったであろう場所に、突き立てられていた巨大な杭。素早く定位置へ得物を引き戻す男が抱えているのは、見覚えのあるパイルバンカーで。 「ねえ、ゴーストチェイサーのリーダーやってた人だよねっ?」 身を乗り出しすぎてバランスを崩す優生を、真弥が掴んで支えた。彼女が発した言葉に、他の能力者達も驚愕する。 地上に佇む男の顔が、月光の溜まりへ浮かぶ。サングラスで瞳こそ窺い難いものの、固く閉ざした唇と強張った表情から、たぎる意志を秘めこちらを睨んでいるとわかった。 問い詰めたくなるのを、能力者達がためらってしまうほどに。 男はそのまま踵を返す。弾かれたように能力者達が呼びかけても、応じる素振りは無い。一度も振り返らず、彼の背は夜の闇へ沈んでいった。 残された能力者達は、すぐに気持ちを切り替え、眼前のゴーストへ意識を注いだ。 「……いい加減、妾の目前から消えよ」 悠が滑らかに舞い、仲間達を後押しする癒しをもたらす。彼女から受けた加護を受け、雛乃が槍と化した光で地縛霊を貫いた。 続けてキサラがリビングデッドを追い立て、重ねた優馬の射撃が土産物の山へリビングデッドを沈める。 「回復するからね、どんどんやっちゃって」 明るく仲間へ黒燐蟲の加護を向けるのは藤王だ。招かれた黒燐蟲が武器を這い、苦痛に苛まれていた仲間達を励ます。 残った地縛霊が動く暇さえ与えぬよう、止水が魂の歌声を紡ぎ叩く。苦悶の呻きを漏らした地縛霊へと、それまで仲間を舐めていたムースが、火花を散らしに駆け寄る。 跳ねたムースの火花の合い間を、足元から伸ばした咲夜の影が縫う。 想いは音に乗せず、ただ相手を引き裂く衝撃だけが書斎に響きわたった。
●再会は 館の周囲を軽く辿ってみるものの、戦闘中に見たゴーストチェイサーのリーダーは当然、見当たらなかった。 これで良しかな、とキサラが服にまとわりついた埃を払う。リリスも倒れたことで、これ以上の悪さは行われない。何より地縛霊とリビングデッドも倒すことができたのだ――気になるのは、あの男のことだけ。 「なんか、お腹減っちゃったなぁ」 腹部を撫でながら優生が溜め息をつく。 すると、作戦前に宣言していた通り、真弥が仲間達へ「飯食いにいこうぜ」と弾む調子で提案した。 「あ、真弥真弥ヒナもご飯行きたいーっ! ね、皆で行こーよ! 」 ぴょこぴょこと跳ねながら雛乃が挙手する。黙り込んでいた仲間達も、無邪気な彼女たちの様子に表情を緩めて。 「食える物なら相伴に預かり……いや、何でもない」 途切れるように語尾を強く言い切る悠だったが、そんな彼女自身を笑うかのように腹の虫がぐぅと鳴ってしまう。思わぬ恥ずかしさに呼吸するのを忘れかけた悠へ、仲間達が微笑ましげな視線を向けた。 すっかり思い出した平穏は愛おしいもので、それを逃さぬよう彼らの足が帰路へつく。 空腹を充たすため、或いは疲れを癒すために、今はただ。
脳裏に焼きつく姿も、浮かぶ疑問さえ、今日ばかりは置き去りにして。
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参加者:9人
作成日:2009/04/26
得票数:楽しい1
泣ける1
カッコいい95
怖すぎ1
知的10
せつない3
えっち1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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