仲間を招く手


<オープニング>


「でもよ、この間、木村が3人で行ったらしいけど、なにもでなかったらしいぜ?」
「何だよお前、びびってんのか?」
「誰もそんなこと言ってねぇだろ!」
 深夜、4人の青年が歩いている。
 目的地はもう何年も前に廃校になった学校の体育館。
「でもよ、ホントに出るのか? 白い手とかっていうの」
「さあなぁ、見たって奴は聞かねぇし。でもよ、行っとかないと話題に遅れるじゃん?」
 噂では深夜、体育館の入り口に向かって手を振ると、振り返してくる白い手が出るというのだ。
 それを見ると、手に引きずり込まれて戻って来れなくなるとか……。
 だとすれば目撃者が居ないのも納得だが。
「ついたぜ」
 程なくして目的地に着いた。わかりきったことをあえて口に出すのは、やはり恐怖のためだろう。
「んじゃ、……やるぞ」
 手を振る。――が、何の反応もない。
「やっぱこんなもんだよな」
「って、おい。何でお前振ってないんだよ!」
「わ、分かったって!」
 4人で手を振る。――と、体育館の中から音が聞こえた。
 ボールをつくような音だ。それが一つ、二つ、三つ……どんどん増えていく。
「お、おい!」
 腰を抜かして動けなくなった4人は見る。白い手が、体育館の扉をすり抜けて現れ、招いた。

「ん〜、いらっしゃい。んじゃさっそくだけど、依頼の説明に入るぜ?」
 放課後の教室。そこで待っていた運命予報士は、入ってきた能力者達に笑顔を向けた。
「向かって欲しいのはとある廃校、その体育館だ。そこに妙な噂があってな、その真相を探ろうとした4人が、犠牲になった」
 出現する条件が比較的簡単なため、放置しておけば確実に犠牲者が増える。
「だから早めに叩かないとな。でだ、相手をする敵なんだが……」
 敵は地縛霊だ。
 青年の姿をしており、武器は自在に操るバスケットボール。
 ボールは常に1個というわけではなく自在に作り出せるようで、爆弾のように爆発するボールを投げてくることもある。
 さらにリビングデッドが4体。
 こちらは武器を持たないが、異常に伸びた長い腕に鋭い爪を武器にする。
「出現条件は深夜、体育館の入り口に向かって、4人以上が手を振ること。これだけだ」
 だからこそ危険なんだけどな、と運命予報士は付け加えた
「しっかし、深夜にバスケットボールを持った地縛霊ねぇ……。廃校間際は生徒数自体が少なかったみたいだし、チームメイトを集めることもままならなかっただろうな。銀誓館じゃ考えられない悩みだよ。生徒数とんでもなく多いからなぁ」
 言って、クックッと笑う……寂しげに。
「生きてりゃ一緒に遊んでやれただろうけど、もう無理だなぁ。放っとけばもっと多くの人が死ぬ。だから、終わらせてくれよ。頼む」

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参加者
林野・景伍(自然と共に歩む拳・b04813)
岩田・ミツル(闇の決意と戸惑う意志・b17733)
ロビン・スタージョン(ダウジングネスト・b39763)
皆月・弥生(夜叉公主・b43022)
ヒャーリス・シュミット(金糸の断罪姫・b47000)
雛川・優奈(研鑽の術式・b51350)
天摘・祈翠(静かに時を待つ・b62517)
椿・莉緒(いまを生きる・b62544)



<リプレイ>


「この角度かな?」
「良いと思います」
 懐中電灯を微調整していた林野・景伍(自然と共に歩む拳・b04813)に、こちらは自分の体に懐中電灯を固定していた岩田・ミツル(闇の決意と戸惑う意志・b17733)が頷いて見せた。
 景伍が地面に据えた懐中電灯の明かりが、ほのかにそれを照らし出している。
 所々、さびの浮いた鉄の扉。体育館の出入り口だ。
「不思議な雰囲気があるよね」
「こんな場所に来るなんて……良くも悪くも好奇心旺盛すぎます」
「でもさ〜、どっから怖い話が広がったんだろう? 出くわしたら戻れないなら、誰も分からないはずなのにね」
 2人の会話に、椿・莉緒(いまを生きる・b62544)が加わった。
 確かに、怪談や都市伝説などというのはその話の元が分からないものだ。
 今回の一件にしても誰が初めのその話をしたか、それを知るすべはない。ただ、
「とにかく、この話は本当に『出る』話だった、という事よ。ありがちな怪談の一つのはずだったのにね」
 皆月・弥生(夜叉公主・b43022)が目を細めて体育館を見据える。
 じきに夏が来る。そうなれば、より多くの人が訪れるようになるだろう。
 そうなる前に、片付けなければならない。

「ここで、手を振るんだったな。みんな、準備は良いか?」
 頭部にヘッドライトを付け周囲を見渡しながら、雛川・優奈(研鑽の術式・b51350)が問いかけた。
 複数の明かりが心許なくも場を照らす中、7つの返事が返る。
「じゃ、いくわよ」
 ロビン・スタージョン(ダウジングネスト・b39763)のかけ声に合わせ、8人が同じ動作を始めた。
 扉に向けて、手を振る。
「……こんな感じでいいんだろうか」
 少したどたどしくも手を振るのは天摘・祈翠(静かに時を待つ・b62517)。
 深夜、満天の星空の下、ただ手を振る男女が8人。
 そして、それに応じる――白い手。
 祈翠の目が細められる。本当は見たくもないその手。
 だがこの場にいるからには、成さねばならないことがある。
『イグニッション』
 8人が唱和し、戦うための力を手にする。
 白い手は2、3回、招くように手を動かすと引っ込んだ。
 ギギ、ギギギッ、と音を立てながら鉄の扉が左右に分かたれる。
 ヒト2人分ほどの隙間が空き、中から人影が現れた。
 4人。爪が異常の伸び、全身がひどく腐敗し、男女の区分ができるのがせいぜいのリビングデッド。
「犠牲者の、四人でしょうか……」
 ヒャーリス・シュミット(金糸の断罪姫・b47000)がレイピアを持つ手に力を込めた。
 助けて上げられなくてごめんなさい……、胸中で呟く。伏せた視線は、だが次の瞬間跳ね上がり、扉の向こうを射貫いた。
 現れたのは白い人影。バスケットボールをドリブルするこちらは普通の人の姿。
 だが、それが元凶であることを能力者達は知っている。
「さて、試合開始といこうか」
 優奈の声に、地縛霊が笑みを浮かべた。


 4体のリビングデッドが前に駆け出す。
 その後ろから、地縛霊がくりだすボールの投擲攻撃。
「林野!」
 名を呼びつつ振るわれた弥生の長剣。その切っ先に導かれるように、黒燐蟲が景伍の奏甲となって展開した。
「ありがと!」
 感謝の言葉をかけ声に、景伍に虎紋が浮き上がる。
 飛んできたボールを電光剣で外へ弾き、駆け込んできたリビングデッド2体を震脚ではじき飛ばした。
 残る2体、その片割れは唐突に足を止める。
「あまり動かれても困るのでな」
 優奈の発動した八卦迷宮陣が気の流れを乱し、障壁を作り出したのだ。
 止まらなかった1体には、ミツルが応じて前に出た。
 旋剣の構えから、敵が振り下ろす爪に合わせて刃を振るう。
 硬質な音が響き渡り、オレンジ色の火花が散った。
「早く眠りにつくことだ」
 祈翠が手に持つ琵琶を奏でれば、放たれた力が敵を打つ。
 わずか怯んだその敵の懐にヒャーリスは駆け込むと、踊るように剣を振るった。
 遠目に見れば見惚れるような舞踏、だが至近で見れば身を裂かれる薔薇のような一撃。
「こっちも行くわよ。サンド! アンタは前衛で傷付いた仲間がいたら即回復しなさい!」
 ロビンは初手を自身と使役ゴースト、サンドこと真モーラットピュアをヤドリギの祝福で強化することに費やす。
 空に描いたハートマークが消えるより早く2つのホーミングクロスボウを構えるご主人に、サンドも「キュッキュッ」と返事。
 各自初撃を終え、次の刹那に移る中。虎紋覚醒を成した莉緒は新しいボールを作り出した地縛霊を見ていた。
「……で、やっぱりバスケットボールを武器にするんだ。縁があった物だからなんだろうけど……ちょっと腹が立つな。このっ!」
 そういうなり獣爪を備えた両手を前に突き出し、暴走黒燐弾をリビングデッドへ怒りを込めてぶっぱなす。
 何かを成さずに後悔することを嫌うのが莉緒の性分だ。
 後悔の象徴であるボールを武器に人を殺め、それを壁に前に出ようとしない地縛霊。腹が立たないわけがなかった。

「さて、どの組が戦果を多く挙げるか……誰か賭けてみる?」
 弥生の余裕を感じさせる声が聞こえてくる。
 それに笑って答える余裕もある。
 前衛2班の連携と、後衛の援護。作戦は見事に機能し、不安はない。そんな時だった、地縛霊がそれを放ったのは。
「……ッ!」
 飛来したボールがよく見る茶色のそれでなく、黒い色をしていたことでミツルは警戒した。
 体の正面を向け、回避もガードもできる体勢を取る。
 そんな彼女に襲いかかろうとしたリビングデッドは、ミツルの背を護るように剣を振るったヒャーリスに阻まれた。
 礼を言いたいところだったが、まずはこの黒いボールだ。
 実際は地縛霊の手を離れてほんの刹那の出来事。その間に、攻撃を見極めようとしたミツルは、黒のボールの内側に、紅蓮が灯るのを見て取った。
「まさかっ!」
 回避は無理とみて双刃を振るう。
 爆発する黒のボール。襲い来る爆炎を刃で切り伏せ威力を殺す。それでも、すべての痛みを殺すことはできなかった。だがそれ以上に、彼女と、それをみた仲間達の胸中を駆けたのは驚愕という感情だ。
 運命予報士は、地縛霊は追い詰められると『とっておき』を使うといった。
 能力者達は、爆発するボールを『とっておき』とみた。
 なら敵は、そこまで追い詰められているか? 答えは否だ。
 リビングデッドは前衛で奮戦する景伍&弥生ペア、ミツル&ヒャーリスペアで足止めを受け、後衛陣の援護攻撃と回復支援により壊滅状態にある。
 だが、いまだ本格的に地縛霊に攻撃してはいない。範囲攻撃がたまたまかすったか、威嚇攻撃が当たった程度だ。
「とにかく! いまはリビングデッドを倒すのが先だよ!」
 思考が回り出す前に、景伍の声と、彼が繰り出した白虎絶命拳の炸裂音が意識を戦場へと戻した。
 倒れるリビングデッド。だが残りはまだ3体。
「まあ、そうよね」
 思考を切り替えたロビンが、ヒャーリスに肉薄していたリビングデッド2体を纏めて茨で締め上げる。
「よっし、ナイスだ!」
「バスケは苦手だが、こういうのは得意でね」
 莉緒の暴走黒燐弾が放たれ着弾、黒い花を咲かせると同時、優奈の炎の魔弾もその中に飛び込み身動きとれない敵を焼く。
 倒れる音が1つ。続いて、肉を貫く音が2つ。
 深々と突き刺さったヒャーリスとミツルの刃が抜かれると、支えを失ったリビングデッドは倒れこれで3体目。
「はッ!」
 気合い一閃。大上段から振り落とされた弥生の剣はリビングデッドを切り裂き、地面を穿って制止する。これで、4体。
「さて、残るは……」
 祈翠の視線が地縛霊を射貫く。
 地縛霊はどこか楽しげな笑みを浮かべたまま、黒いボールを投げてよこした。
 すぐ足下で爆発して、土煙が上がり、全身に痺れるような痛みが走る。
 それでも閉じなかった視界の中で、地縛霊が後ろへ跳ねるように下がったのが見えた。
「逃がさん! 同情はするが、放置するわけにはいかないのでな!」
 祈翠の攻撃は届くが浅く、他の能力者が追いすがるよりも早く地縛霊は闇の中、体育館の中へと消えた。
「追うしか……ないよね」
 置いておいた懐中電灯を拾い上げ、景伍は苦い表情で呟いた。

 前衛二組が中に飛び込み、左右に散る。
 続いて後衛陣も互いの距離を開けつつ中に飛び込み、ライトを周囲へ巡らせ敵の姿を探った。
「おーいバスケットマーン。早く出て来ーい」
 莉緒の声が響いて消え……代わり別の音が聞こえてきた。
 ダン、ダン、ダン――ボールをつく音だ。
 その音の発信源を探ろうとし、また別の事実に気付いた。
 一つではない、一カ所ではない。複数のボールが、体育館のいたる場所で跳ねているような音。
「まさか……」
 そう言ったのは誰か。
 ライトがやっと、地縛霊の姿を捉えた。
 バスケットゴールの下、微笑む地縛霊。その周囲で跳ね回る複数の黒いボール。
 運命予報士は、犠牲者達が手を振ったあと、体育館の中で跳ねるボールの音が、徐々に増えたと告げた。
 その正体がコレ。彼の、『とっておき』。
 次の瞬間、すべてのボールが爆発した。
 地縛霊にゴールの下は、もっとも因縁深き場所。その威力は、いままでの力を上回る。
 それでも、8人と一匹の人影は健在だった。だが、ロビンと祈翠の負傷は酷い。
 距離を取っていたのも仇となり、近接治療は届かない。
 地縛霊は新たな攻撃の的を祈翠へ絞った。
 悟った前衛陣は、傷を押して前に出る。後一撃くらいなら、なんとか凌ぐこともできる!
「サンド!」
 ロビンの声が響く。彼女はヤドリギの祝福で自身と祈翠を回復するが、それで足りないのは明白だ。
 主に名を呼ばれたモーラットピュアは、傷ついた身で勇ましく飛んでいく。
「クッ……!」
 祈翠も最後まで諦めない。回避、もしくはガード。うまくいけば生き残れる。
 見据えた先には黒のボール。だがそれより早く、白く柔らかなボールが彼を舐めた。
 ボールが爆発する。
 祈翠は……耐えた、黒いボールはない。白いボールも、消えていた。
「椿さん!」
 ヒャーリスが駆けつけ、白燐奏甲で傷を塞ぐ。
 ロビンには弥生が駆け寄り、黒燐奏甲で傷を癒していた。
 景伍の震脚か地縛霊を吹き飛ばし、その間に自己治療アビリティで傷を癒した仲間達が戦線に戻る。
 とっておきも、一度見ればそれほどの驚異ではない。
 薄闇の中、声を出し合い、位置を確認し、適度な距離を取りつつ、攻撃し、回復し、敵を追い詰めていく。
「そっちが爆発するボールなら、こっちは爆発する弾丸だ!」
 莉緒の一撃は突如として現れたボールに阻まれ相殺。
 だがその隙に反対側に回り込んだ弥生が呪いの魔眼を見開いた。
「そう、切り札は取っておくものよね。……こんなふうに!」
 地縛霊の体が衝撃に揺れ、笑みを崩す。
「厄介な攻撃をしてくれたな。だがこれで終わりだ!」
 一気に間合いを詰めたミツルの瞬断撃。
 ボールが正面に立ちはだかった時には、すでに斬った後。胸に一文字の傷が刻まれ、咆哮を上げるその口に、祈翠の琵琶が奏でる音色が撃ち込まれた。
 さらにロビンが放った2本の矢が地縛霊の両肩を射貫く。
 地縛霊が数歩下がり、周囲で跳ねていたボールは力を失ったように転がってかき消えた。
「……良い試合だったか?」
 質問と共に、放たれる優奈の炎の魔弾。
 ヒャーリス、景伍の斬撃も滑り最後の体力を削ぎきる。
 地縛霊は力なく膝をつくと、ゆっくりとかき消えた。


 ヒャーリスは無言のまま十字を切ると、リビングデッドに、そして地縛霊に祈りを捧げた。
 これくらいしかできないが、できることはしたかった。
「んで、なにやってんの?」
 ふと、莉緒の声が聞こえてきたので視線を向けた。
 質問が向けられたのは景伍のようだ。
「ん、体育館の中に一個だけバスケットボールがあってさ、埋めておこうかと思って。……向こうの世界で、誰かと一緒にバスケが出来たらいいと思うし」
「バスケの試合じゃなかったが、気が済んでくれただろうか」
 誰に聞くでもなく、呟く優奈に弥生が答える。
「あれだけ暴れれば、寂しかったってことはないでしょ。まあなにを思えど、死者は最早語らず……だけどね」
「思う存分やりたいことがやれないとは……不憫だな。……ところで――」
「スタージョンさんなら、まだ体育館の中に居たわよ」
 祈翠が言いかけた言葉を、体育館の中での黙祷を終え、出てきたミツルが遮った。
 一礼して、祈翠は体育館へ歩き出した。

「バスケットゴールがあるとね、どーにもサンドを放り込みたくなるの……。だってすごく丸いんだもん」
「……あの」
 ロビンはバスケットゴールを見上げ、立っていた。
 背に声をかけると、彼女は振り返る。少し沈んだ表情の祈翠を見て、ロビンは苦笑を浮かべた。
「いいのよ別に。学園に帰れば復活するし、みんな無事だったんだから。指示を出したのは私だしね」
「……」
「私が思っているのは一つだけ。良いモラを持った、てことだけよ。キスイもそう思うでしょ?」
「ええ」
「それでいいのよ。じゃあ、帰りましょうか」
 それだけ言って、祈翠の横を抜けて去っていくロビン。
 その背中に一礼し、祈翠は拳を固めた。
「強く、ありたいものだな……」
 心から、そう思った。


マスター:皇弾 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2009/05/05
得票数:カッコいい10  せつない3 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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