<リプレイ>
● 「この角度かな?」 「良いと思います」 懐中電灯を微調整していた林野・景伍(自然と共に歩む拳・b04813)に、こちらは自分の体に懐中電灯を固定していた岩田・ミツル(闇の決意と戸惑う意志・b17733)が頷いて見せた。 景伍が地面に据えた懐中電灯の明かりが、ほのかにそれを照らし出している。 所々、さびの浮いた鉄の扉。体育館の出入り口だ。 「不思議な雰囲気があるよね」 「こんな場所に来るなんて……良くも悪くも好奇心旺盛すぎます」 「でもさ〜、どっから怖い話が広がったんだろう? 出くわしたら戻れないなら、誰も分からないはずなのにね」 2人の会話に、椿・莉緒(いまを生きる・b62544)が加わった。 確かに、怪談や都市伝説などというのはその話の元が分からないものだ。 今回の一件にしても誰が初めのその話をしたか、それを知るすべはない。ただ、 「とにかく、この話は本当に『出る』話だった、という事よ。ありがちな怪談の一つのはずだったのにね」 皆月・弥生(夜叉公主・b43022)が目を細めて体育館を見据える。 じきに夏が来る。そうなれば、より多くの人が訪れるようになるだろう。 そうなる前に、片付けなければならない。
「ここで、手を振るんだったな。みんな、準備は良いか?」 頭部にヘッドライトを付け周囲を見渡しながら、雛川・優奈(研鑽の術式・b51350)が問いかけた。 複数の明かりが心許なくも場を照らす中、7つの返事が返る。 「じゃ、いくわよ」 ロビン・スタージョン(ダウジングネスト・b39763)のかけ声に合わせ、8人が同じ動作を始めた。 扉に向けて、手を振る。 「……こんな感じでいいんだろうか」 少したどたどしくも手を振るのは天摘・祈翠(静かに時を待つ・b62517)。 深夜、満天の星空の下、ただ手を振る男女が8人。 そして、それに応じる――白い手。 祈翠の目が細められる。本当は見たくもないその手。 だがこの場にいるからには、成さねばならないことがある。 『イグニッション』 8人が唱和し、戦うための力を手にする。 白い手は2、3回、招くように手を動かすと引っ込んだ。 ギギ、ギギギッ、と音を立てながら鉄の扉が左右に分かたれる。 ヒト2人分ほどの隙間が空き、中から人影が現れた。 4人。爪が異常の伸び、全身がひどく腐敗し、男女の区分ができるのがせいぜいのリビングデッド。 「犠牲者の、四人でしょうか……」 ヒャーリス・シュミット(金糸の断罪姫・b47000)がレイピアを持つ手に力を込めた。 助けて上げられなくてごめんなさい……、胸中で呟く。伏せた視線は、だが次の瞬間跳ね上がり、扉の向こうを射貫いた。 現れたのは白い人影。バスケットボールをドリブルするこちらは普通の人の姿。 だが、それが元凶であることを能力者達は知っている。 「さて、試合開始といこうか」 優奈の声に、地縛霊が笑みを浮かべた。
● 4体のリビングデッドが前に駆け出す。 その後ろから、地縛霊がくりだすボールの投擲攻撃。 「林野!」 名を呼びつつ振るわれた弥生の長剣。その切っ先に導かれるように、黒燐蟲が景伍の奏甲となって展開した。 「ありがと!」 感謝の言葉をかけ声に、景伍に虎紋が浮き上がる。 飛んできたボールを電光剣で外へ弾き、駆け込んできたリビングデッド2体を震脚ではじき飛ばした。 残る2体、その片割れは唐突に足を止める。 「あまり動かれても困るのでな」 優奈の発動した八卦迷宮陣が気の流れを乱し、障壁を作り出したのだ。 止まらなかった1体には、ミツルが応じて前に出た。 旋剣の構えから、敵が振り下ろす爪に合わせて刃を振るう。 硬質な音が響き渡り、オレンジ色の火花が散った。 「早く眠りにつくことだ」 祈翠が手に持つ琵琶を奏でれば、放たれた力が敵を打つ。 わずか怯んだその敵の懐にヒャーリスは駆け込むと、踊るように剣を振るった。 遠目に見れば見惚れるような舞踏、だが至近で見れば身を裂かれる薔薇のような一撃。 「こっちも行くわよ。サンド! アンタは前衛で傷付いた仲間がいたら即回復しなさい!」 ロビンは初手を自身と使役ゴースト、サンドこと真モーラットピュアをヤドリギの祝福で強化することに費やす。 空に描いたハートマークが消えるより早く2つのホーミングクロスボウを構えるご主人に、サンドも「キュッキュッ」と返事。 各自初撃を終え、次の刹那に移る中。虎紋覚醒を成した莉緒は新しいボールを作り出した地縛霊を見ていた。 「……で、やっぱりバスケットボールを武器にするんだ。縁があった物だからなんだろうけど……ちょっと腹が立つな。このっ!」 そういうなり獣爪を備えた両手を前に突き出し、暴走黒燐弾をリビングデッドへ怒りを込めてぶっぱなす。 何かを成さずに後悔することを嫌うのが莉緒の性分だ。 後悔の象徴であるボールを武器に人を殺め、それを壁に前に出ようとしない地縛霊。腹が立たないわけがなかった。
「さて、どの組が戦果を多く挙げるか……誰か賭けてみる?」 弥生の余裕を感じさせる声が聞こえてくる。 それに笑って答える余裕もある。 前衛2班の連携と、後衛の援護。作戦は見事に機能し、不安はない。そんな時だった、地縛霊がそれを放ったのは。 「……ッ!」 飛来したボールがよく見る茶色のそれでなく、黒い色をしていたことでミツルは警戒した。 体の正面を向け、回避もガードもできる体勢を取る。 そんな彼女に襲いかかろうとしたリビングデッドは、ミツルの背を護るように剣を振るったヒャーリスに阻まれた。 礼を言いたいところだったが、まずはこの黒いボールだ。 実際は地縛霊の手を離れてほんの刹那の出来事。その間に、攻撃を見極めようとしたミツルは、黒のボールの内側に、紅蓮が灯るのを見て取った。 「まさかっ!」 回避は無理とみて双刃を振るう。 爆発する黒のボール。襲い来る爆炎を刃で切り伏せ威力を殺す。それでも、すべての痛みを殺すことはできなかった。だがそれ以上に、彼女と、それをみた仲間達の胸中を駆けたのは驚愕という感情だ。 運命予報士は、地縛霊は追い詰められると『とっておき』を使うといった。 能力者達は、爆発するボールを『とっておき』とみた。 なら敵は、そこまで追い詰められているか? 答えは否だ。 リビングデッドは前衛で奮戦する景伍&弥生ペア、ミツル&ヒャーリスペアで足止めを受け、後衛陣の援護攻撃と回復支援により壊滅状態にある。 だが、いまだ本格的に地縛霊に攻撃してはいない。範囲攻撃がたまたまかすったか、威嚇攻撃が当たった程度だ。 「とにかく! いまはリビングデッドを倒すのが先だよ!」 思考が回り出す前に、景伍の声と、彼が繰り出した白虎絶命拳の炸裂音が意識を戦場へと戻した。 倒れるリビングデッド。だが残りはまだ3体。 「まあ、そうよね」 思考を切り替えたロビンが、ヒャーリスに肉薄していたリビングデッド2体を纏めて茨で締め上げる。 「よっし、ナイスだ!」 「バスケは苦手だが、こういうのは得意でね」 莉緒の暴走黒燐弾が放たれ着弾、黒い花を咲かせると同時、優奈の炎の魔弾もその中に飛び込み身動きとれない敵を焼く。 倒れる音が1つ。続いて、肉を貫く音が2つ。 深々と突き刺さったヒャーリスとミツルの刃が抜かれると、支えを失ったリビングデッドは倒れこれで3体目。 「はッ!」 気合い一閃。大上段から振り落とされた弥生の剣はリビングデッドを切り裂き、地面を穿って制止する。これで、4体。 「さて、残るは……」 祈翠の視線が地縛霊を射貫く。 地縛霊はどこか楽しげな笑みを浮かべたまま、黒いボールを投げてよこした。 すぐ足下で爆発して、土煙が上がり、全身に痺れるような痛みが走る。 それでも閉じなかった視界の中で、地縛霊が後ろへ跳ねるように下がったのが見えた。 「逃がさん! 同情はするが、放置するわけにはいかないのでな!」 祈翠の攻撃は届くが浅く、他の能力者が追いすがるよりも早く地縛霊は闇の中、体育館の中へと消えた。 「追うしか……ないよね」 置いておいた懐中電灯を拾い上げ、景伍は苦い表情で呟いた。
前衛二組が中に飛び込み、左右に散る。 続いて後衛陣も互いの距離を開けつつ中に飛び込み、ライトを周囲へ巡らせ敵の姿を探った。 「おーいバスケットマーン。早く出て来ーい」 莉緒の声が響いて消え……代わり別の音が聞こえてきた。 ダン、ダン、ダン――ボールをつく音だ。 その音の発信源を探ろうとし、また別の事実に気付いた。 一つではない、一カ所ではない。複数のボールが、体育館のいたる場所で跳ねているような音。 「まさか……」 そう言ったのは誰か。 ライトがやっと、地縛霊の姿を捉えた。 バスケットゴールの下、微笑む地縛霊。その周囲で跳ね回る複数の黒いボール。 運命予報士は、犠牲者達が手を振ったあと、体育館の中で跳ねるボールの音が、徐々に増えたと告げた。 その正体がコレ。彼の、『とっておき』。 次の瞬間、すべてのボールが爆発した。 地縛霊にゴールの下は、もっとも因縁深き場所。その威力は、いままでの力を上回る。 それでも、8人と一匹の人影は健在だった。だが、ロビンと祈翠の負傷は酷い。 距離を取っていたのも仇となり、近接治療は届かない。 地縛霊は新たな攻撃の的を祈翠へ絞った。 悟った前衛陣は、傷を押して前に出る。後一撃くらいなら、なんとか凌ぐこともできる! 「サンド!」 ロビンの声が響く。彼女はヤドリギの祝福で自身と祈翠を回復するが、それで足りないのは明白だ。 主に名を呼ばれたモーラットピュアは、傷ついた身で勇ましく飛んでいく。 「クッ……!」 祈翠も最後まで諦めない。回避、もしくはガード。うまくいけば生き残れる。 見据えた先には黒のボール。だがそれより早く、白く柔らかなボールが彼を舐めた。 ボールが爆発する。 祈翠は……耐えた、黒いボールはない。白いボールも、消えていた。 「椿さん!」 ヒャーリスが駆けつけ、白燐奏甲で傷を塞ぐ。 ロビンには弥生が駆け寄り、黒燐奏甲で傷を癒していた。 景伍の震脚か地縛霊を吹き飛ばし、その間に自己治療アビリティで傷を癒した仲間達が戦線に戻る。 とっておきも、一度見ればそれほどの驚異ではない。 薄闇の中、声を出し合い、位置を確認し、適度な距離を取りつつ、攻撃し、回復し、敵を追い詰めていく。 「そっちが爆発するボールなら、こっちは爆発する弾丸だ!」 莉緒の一撃は突如として現れたボールに阻まれ相殺。 だがその隙に反対側に回り込んだ弥生が呪いの魔眼を見開いた。 「そう、切り札は取っておくものよね。……こんなふうに!」 地縛霊の体が衝撃に揺れ、笑みを崩す。 「厄介な攻撃をしてくれたな。だがこれで終わりだ!」 一気に間合いを詰めたミツルの瞬断撃。 ボールが正面に立ちはだかった時には、すでに斬った後。胸に一文字の傷が刻まれ、咆哮を上げるその口に、祈翠の琵琶が奏でる音色が撃ち込まれた。 さらにロビンが放った2本の矢が地縛霊の両肩を射貫く。 地縛霊が数歩下がり、周囲で跳ねていたボールは力を失ったように転がってかき消えた。 「……良い試合だったか?」 質問と共に、放たれる優奈の炎の魔弾。 ヒャーリス、景伍の斬撃も滑り最後の体力を削ぎきる。 地縛霊は力なく膝をつくと、ゆっくりとかき消えた。
● ヒャーリスは無言のまま十字を切ると、リビングデッドに、そして地縛霊に祈りを捧げた。 これくらいしかできないが、できることはしたかった。 「んで、なにやってんの?」 ふと、莉緒の声が聞こえてきたので視線を向けた。 質問が向けられたのは景伍のようだ。 「ん、体育館の中に一個だけバスケットボールがあってさ、埋めておこうかと思って。……向こうの世界で、誰かと一緒にバスケが出来たらいいと思うし」 「バスケの試合じゃなかったが、気が済んでくれただろうか」 誰に聞くでもなく、呟く優奈に弥生が答える。 「あれだけ暴れれば、寂しかったってことはないでしょ。まあなにを思えど、死者は最早語らず……だけどね」 「思う存分やりたいことがやれないとは……不憫だな。……ところで――」 「スタージョンさんなら、まだ体育館の中に居たわよ」 祈翠が言いかけた言葉を、体育館の中での黙祷を終え、出てきたミツルが遮った。 一礼して、祈翠は体育館へ歩き出した。
「バスケットゴールがあるとね、どーにもサンドを放り込みたくなるの……。だってすごく丸いんだもん」 「……あの」 ロビンはバスケットゴールを見上げ、立っていた。 背に声をかけると、彼女は振り返る。少し沈んだ表情の祈翠を見て、ロビンは苦笑を浮かべた。 「いいのよ別に。学園に帰れば復活するし、みんな無事だったんだから。指示を出したのは私だしね」 「……」 「私が思っているのは一つだけ。良いモラを持った、てことだけよ。キスイもそう思うでしょ?」 「ええ」 「それでいいのよ。じゃあ、帰りましょうか」 それだけ言って、祈翠の横を抜けて去っていくロビン。 その背中に一礼し、祈翠は拳を固めた。 「強く、ありたいものだな……」 心から、そう思った。
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参加者:8人
作成日:2009/05/05
得票数:カッコいい10
せつない3
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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