<リプレイ>
●放課後 夏との距離を報せる湿った風が、放課後の廊下を吹き抜けていく。足音も賑やかさも、風が連れていってしまったかのようだ。想いと不確かな命だけを、残したまま。 通りゆく学生たちも、同じ制服を纏った者達を不審に思うことはない。人を待つ素振りと、鞄や携帯を弄る仕草はごく日常的な行動だからだ。 神崎・亮(明と黒・b33884)の袖を、森澤・羽美(光彩陸離・b18545)がぎゅっと握った。九歳の幼さがふわりと夕風に煽られ、その色に気付いた女子生徒たちが、微笑ましげな視線を向けては過ぎる。 好きになった人を食べる。異常な行為を続けてまで没頭していた折り紙に、どんな願いをくるみは添えたのだろう。羽美はそんな想いを胸にあふれさせた。 ウィル・アルトリオス(灯理樹・b29569)が、携帯電話を開け閉めしながら仲間の様子を窺う。彼の持つ鞄の中では、狭い空間の心地にじっと耐える猫――カイ・ティンタジェル(終節・b15618)の姿がある。 ――折っていたのは鶴か、花か。 それとももっと別のものか。カイは息を潜めながら、くるみが折っていたものへ想いを馳せた。 特別騒がしいわけでもなく、その教室はまるで人がいないかのように静かだ。けれど確かに人はいる。じっと何かを見つめる少年と、只管に指を動かす一人の少女。 そこだけ切り取った絵だ。邪魔を許さぬ空気は近寄りがたいのに、注ぐ外の光は柔らかい。そんな世界の扉を開いたのは、ティアリス・ベルンシュタイン(月虹トロイメライ・b06127)だ。 「トシユキさんって方はいますか?」 特に急く様子もなく告げれば、少年が戸惑うように視線を彷徨わせ、俺だけど、とやや控えめに返事をする。 ティアリスが抱えた鞄の口から、応じた少年の顔を一匹の猫が見据えた。闇に埋もれる黒猫のユリア・カールソン(月無の闇龍姫・b32291)は、じっと機会を窺っていて。 「呼んでくるよう、先生に頼まれたのですけれど」 「えっ、でも……」 当然のようにトシユキは渋り、クラスメイトを振り返った。黙々と紙を折っていた少女の意識が、トシユキと訪問者へ向けられている。顔色こそ優れぬものの、表情も決して良いとはいえない。 ティアリスの後方、くるみに悟られぬよう教室は覗かずに香澄・綾女(山間を渡る颯・b29624)がその気配を知った。纏った闇ゆえにかその本能ゆえにか、綾女はくるみの放つものが殺気に酷似していると感じる。 けれどまだファンガスの力を発揮するには早いと、喉元に詰まった息を飲み込む。 「急ぎの用みたいなんです」 「あー、す、すぐ行くよ。教えてくれてありがと」 話を続けるティアリスへ、半ば面倒くさそうな声が返った。すぐ、と答えた割りに移動の前兆は無い。 何せ相手は、これから一世一代の告白に挑む少年だ。それ以外の優先順位は、病人や怪我人が出たなどの緊急事態でもなければ低くなるだろう。 暮れかかった教室の色が、雲に遮られ沈む。入り口から立ち去る気配の無いティアリスを見遣り、トシユキは深いため息を吐いた。 「……わかったから、もう帰っていいってば」 「職員室まで一緒にいきましょう」 彼女の誘いにもトシユキは渋る。 その時、音もなく彼らの間を赤が飛び去った。赤は抜けていく風に乗り、廊下へ出てすぐ落ちる。待機していた能力者達も一瞬身構えたが、床へ不時着したそれを知ると、目を瞬かせた。 ――紙飛行機? スポーツバッグからひょっこり外を除き見、猫へと姿を変えていた氷冴・紫月(月夜に彷徨う迷い猫・b63543)が首を傾ぐ。彼の入ったバッグを抱く近藤・翔太(天然ハイスピード・b21769)も、不思議そうに同じ仕草をする。 そして、何の変哲もない紙飛行機を放った人物が、椅子を鈍く唸らせて席を立つ。 「後で行く言うとるやろ?」 怒りを含んだ声で少女は言い捨てた。 難航する誘導に、闇を纏ったままの綾女は潜伏する場所を変えるべく壁を伝う。教室へ侵入した綾女の軌跡をしかと辿り、咎めたのはくるみだ。 「何こそこそしとるん?」 彼女の問いかけが終わるか否か、動いた綾女を合図に廊下で時を待っていた仲間達が、教室へ突入する。 途端に慌しくなった状況下、一番混乱したのはトシユキだった。何なんだよもう、と今にも泣き出しそうで。 しかし、そんな彼の意識もすぐに閉ざされることとなった。彼の身体に呪符が貼り付き、膝を折らせる。まぶたを閉ざしたトシユキが崩れる様を目の当たりにし、くるみが呼吸を忘れ見入った。 呪符を放ったのは、羽美が手伝いに招いていたラクシュリ・スィフニールだ。結社での鍛錬が役に立つわ、と片目を閉ざし熟睡の成功に微笑む。 一瞬で教室を覆う、張り詰めた緊張感。窓に映る雲影さえも、それを悟り黒ずんだように見えた。 ユリアがトシユキとくるみの間へ割って入り、身軽さを活かした紫月がくるみの眼前で道を阻む。彼らだけではない。トシユキを守るべく、盾になると前へ立ちはだかる者が多かったのだ。 能力者達の行動は、必然的にくるみの移動を妨げる形にもなった。 「……こんなん、嫌や」 くるみの呟きが床へ零れる。 「後は任せた」 「ああ、トシユキを頼む」 纏っていた闇を解き放ちトシユキを抱えあげた綾女へ、白い逆鱗を構えながら亮が応じた。 踵を返した綾女へ、待って、と叫んだのはくるみだ。縋るように、壁と化した能力者達を退けようとする。けれど彼らにも譲れないものはあった。だからこそ少女を通さぬよう、押し返す。 「何処連れてくん!? トシユキくんに何したんや!」 何処へとも答えず、現実を離れた少年は教室から離れた。日頃と変わらぬ音を鳴らし、教室の戸が閉ざされる。何も日常と変わらないのだ。 ただ一つのものを除いて。 「ねえ、くるみさん。もしあなたが……」 ユリアが胸の内を投げかけ、すぐにかぶりを振った。これから訪れる月夜を思わせる銀が、はらはらと彼女の肩を撫でる。 ――リビングデッドになる前のあなたは、応じたのかしら。 リビングデッドの性質とは無関係に、普通の女子高生としての彼女が、トシユキの告白を受けたとしたら。問い質したい心を引き戻し、ユリアは拳を震わせる少女を見つめた。 「……今のあなたに聞いても、きっとわからないわね」 外から差し込んだ光を受けて、くるみの拳が輝く。はさみが、迷わず能力者達を狙っていた。 「奪わんといて」 指先も声も、苦しそうに揺れる。 「これ以上、うちから何を奪う気なん?」 少女から飛び出した願いは、窓から入り込んだ猫の鳴き声に掻き消される。 それで掻き消えてしまうほどに、彼女の言葉は掠れていた。
●現実 教室だけが刳り貫かれた空間のように、戦の音を連ねる。 両手で流すナイフの残光が尾を引き、ティアリスの前方へ魔法陣が浮かぶ。 「恋は応援したいですが、くるみさんがトシユキさんを傷つけてしまう前に」 必ず止める。その意志は能力者達の秘める強き想いでもあった。 跳ね回る猫は、腐った己の肉体にこだわりもせず爪を立て、能力者達を引っ掻く。猫とくるみを交互に一瞥し、カイは指先に魔を打ち滅ぼす矢を生む。 ――血を得ている分、くるみの方が強いだろうしな。 最も負担がかかるのは前衛だろうと考え、カイは射出の先を猫へ定めた。猫を射抜いた矢が消滅した直後、紫月の蹴りが同じ猫を床へ叩き伏せる。 「オマエらだって、化け物とか呼ばれるのヤだろ?」 澄んだ双眸が標的を映し、不敵な笑みを口角へ微かに添えて。 彼の足が着地する頃、羽美は一度伏せたまぶたを押し上げ、その眼差しへ呪いを乗せる。視線が突き刺さった猫が、注がれる苦痛に喘ぎ悶えた。痛がる様子に、羽美は瞳を濡らす。 「猫さん、痛いかもしれませんけれど耐えてくださいませね……!」 正しき場所へ導くためにと掲げた腕も、決意も、幼い身体から満ち溢れんばかりに滾る。 仲間と共有する意識に照らされ、亮もまた眠っていた情熱を毒と化し、逆鱗へ孕む。 「恋は今、終わらせなくては」 亮の前から駆け出した蜘蛛童・爆が、そんな主に背を押され猫へ噛み付く。固い顎で砕くのは、既に失われたはずの命。重ねた亮の刃が宙を舞い、月のような美しさで猫の命を断つ。 温かく優しい橙の世界が、悲しい赤へ変わらぬうちにと。 不意に、くるみの振り回したハサミが翔太を突いた。 「邪魔せんといてっ」 しかし、蒼き空の色に染まった蟲笛が見透かしたかのようにハサミの軌道を逸らし、傷を最小限にとどめる。それでも走る痛みは鋭く、油断は禁物だと改めて思い知らされて。 流れを殺さず、翔太は自らへ白燐蟲の淡い輝きを這わせた。 「良くも悪くも世界の色が変わるすごいことだけど……これ以上はダメなんです」 恋という名の病を、蘇った存在にまで抱かせ続けることは許されない。否、許すか許されないかなど本人達にとって関係のないことでも、いつかは破綻してしまうのだ――リビングデッドと、それを愛してしまった人間の関係は。 だからこそ能力者達は戦い続ける。運命に翻弄された絆を、救うために。 一方、ユリアは爪で容赦なく引っ掻いてきた猫をねめつけ、愛用している魔道書を開いていた。漆黒の皮表紙が威厳を保ち、重々しい恨みの念を凝縮していく。 そのまま魔を退かせる怨念が猫を叩きのめし、息を吸う暇も与えぬうちにカイの手から破魔の矢が撃ち出される。 ――二人の出会いが、違うものであったら……。 紙が様々に形を変えるように。過ぎ去りし過去へ戻れぬことを、やり直せしたい後悔が誰にでも有り得ることを知っていても。 ――死人だなんて、信じらんねえよな。 ああ、と嘆くようにウィルも息を吐き、吹雪を呼び起こす。 そう、現実がいかなるものかを判っていても、また違う形で彼らに幸せがあればと、願わずにいられない。 当たり前すぎる光景だから。何処にでもある放課後の。 「一緒におったら、なんであかんのっ?」 だから彼女の質問に、能力者達は一瞬喉を詰まらせてしまった。
●彼女が笑ったら 「せんせー、この人具合悪そうですー」 普段と異なる素振りなど微塵も晒さずに、綾女が保健室の戸を開いた。 今頃戦場がどうなっているのか、不安はなくても気になってしまう想いは残る。けれど託し、そして託された役目を全うするべく、綾女は飛んでいこうとする意識を引き戻す。 保健室にいた先生へトシユキを引き渡し、後を任せるよう頭を下げ、静かに戸を閉める。廊下の彼方からは、放課後の校舎内で戯れる学生達の声が届く。 ――平和、だな。彼女の魂も、安らかに眠ってくれるといいんだが。 戦いからは遠い世界で闇を纏い直し、保健室前の壁へ背中を預けた。
「悲しい恋の終わりを告げにきたんです」 ティアリスの言葉にくるみは首を傾げ、「悲しい恋?」と聞き返す。頷いた少女は話を続けず、宙へ描いたスケッチをくるみへと放つ。 ちらりと机上から落ちた折り鶴を見下ろし、そこへくるみがどんな願いを篭めたのか、よぎった疑問にティアリスは胸を痛める。 「……貴女が笑った顔、見てみたかった」 その呟きに、くるみの眉がぴくりと釣りあがった。けれど何も告げず、くるみは振りかざしたハサミで紫月の腕を裂く。 熱を帯びた痛みに眉根を寄せ、紫月はすぐさま三日月の軌跡を描く蹴りでくるみを叩いた。衝撃に歪んだ少女の顔は青白く、今し方蹴りを入れた紫月を睨む。 「オレができんのは、これだけだ」 綺麗なまま終わる物語が、現実ではありえないのだと鼻を鳴らし、紫月は禍々しさを帯びたくるみの表情を哀れむ。 「いつか、遠い先の思い出の中だけでも笑ってられりゃ、それでいい」 くるみの唇が戦慄く。しかし吐き出そうとした声は飲み込まれたままで。 「鶴に願いを託すのはロマンチックですけど……」 直後、羽美の眼差しが呪いの力に染まり、くるみの命を削った。 「次に生まれたら、自分の願いは自力で叶えられるよう頑張ってくださいですの!」 「そんなん、関係あらへんっ」 かぶりを振ったくるみは、先ほどと同じ主張を繰り返す。トシユキと一緒にいたい。彼の傍にいたいのだから邪魔をしないでくれと。幾度も、幾度も。 懇願とは異なる抗いを見ながら、戦場を舞う吹雪を起こしたウィルは、鶴を折り続けたという彼女の話を思い出す。 ――もしかして自身の病のためだったのかな。 快癒を祈って作られる折り鶴。その疑念は、ウィルに限らず仲間達も考えていたことだ。 猫が二体とも倒れたことを再度確認し、翔太は床を蹴り上げ素早くくるみの眼前へと駆け込む。 ――畳み掛ける! 笑ったら告白しようと、トシユキが想っていたぐらいだ。そんな彼女へ傷はなるべくつけたくないと、わき腹へ鋭利な蹴りを叩き込む。 そこへ、カイがきゅっと唇を結び解き放った破魔矢を飛び込ませた。悲しんだ後でいい。彼が、トシユキが笑顔を取り戻せるようにと強き願いを矢羽へ篭めて。 そして貫通した矢の余韻が残るうちに、亮が口を開く。 「もう、鶴は折らなくていい。……童」 呼びかけに応じたのか、蜘蛛童・爆がカサカサと地を這い始める。その動きに沿って、亮も逆鱗を放った。 蜘蛛童の牙が、逆鱗と重なりくるみを仰臥させる。立てかけてた物が倒れたかのように、少女は力なく四肢を伸ばした。 霞む意識の中、少女が誰かへ救いを求める。消え入る声を聞き届け、亮は短く謝った。 ごめんトシユキ、と。
●笑顔の在処 横たわったくるみの傍ら、戦闘で散らかってしまった環境を整え、痕跡をできる限り消す。これで元の日常風景だ。今にもチャイムが鳴り、生徒たちが着席しそうな平穏だ。 能力者達の中には、トシユキへ謝罪の念と応援を手向ける者も少なくなかった。それぐらいの時間はあると、それぞれの心を床へ散らばせる。 そして、来た時と同じように猫へ姿を変え鞄に滑り込む仲間を確認し、互いの顔を見合わせ、頷いた。 「カイさん、よろしく」 ウィルの一言に彼女は浅く首を縦に振り、物陰へと身を寄せる。片手に握った携帯電話を、保健室前の綾女へ繋げて。 ぐったりしたリビングデッドの猫を新聞紙で包み、人目につかぬよう皆の足が教室から遠ざかる。戦いの残り香さえ残らぬ足音 陽の当たる場所へ猫を埋めたいと、ティアリスが言った。猫たちに与えられた優しさを、仲間達も既に掬い取っている。 帰ったら鶴でも折ってみようか。そんな声さえ、能力者達の間からこぼれていく。 その時、くるみとトシユキが長く過ごした教室から、悲鳴が響いてきた。もうすぐ、猫へ姿を変え教室を飛び出してくるカイとも合流が叶うだろう。能力者達は、それ以上振り返らずに校門へと歩み続ける。 残された少年が、また誰かの笑顔に胸躍らせ、誰かの胸を高鳴らせてくれる日がくることを祈りながら。
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参加者:9人
作成日:2009/05/23
得票数:笑える7
泣ける2
カッコいい1
怖すぎ1
ハートフル1
せつない24
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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