彼女が笑ったら


<オープニング>


 不機嫌なわけではないらしいが、表情の乏しい少女だった。
 友人とはしゃぐ様子もなく、ただ窓の外をぼーっと眺めては、今時珍しく折り紙を丁寧に折って休み時間を潰す。少々変わっているからか、なおさら目に付いた。
 声をかければ応えてくれるし、人を避けるような素振りも無い。人嫌いというわけではないのだろう。ただ愛想笑いをせず、喋り方が淡々とした少女だ。
「あかんあかん」
 突然あがった声に、チョークを握る手に力が入ってしまった。ガリッと鈍い音がして、歪な線が流れる。せっかく書いた明日の日直名が台無しだ。
 恐る恐る振り向くと、悪気などなさそうな様子でこちらを指差す少女の姿があった。
「なっ、何?」
「字、間違うとるよ」
 指摘されてから、苗字に棒線が一本足りないことに気付く。
 恥ずかしさに赤面した少年が名前を書き直す間、彼女の笑い声が耳をくすぐった。思わず少年も息を止め、固まってしまう。
「トシユキくん、可愛いとこあんねんなー」
 年頃の少年としては好ましくない評価だが、むずがゆい感覚が底から湧き上がる。
 直後、少女はそんな彼の手を取り、チョークの粉にまみれた指先を見下ろす。
「爪割れとるやないの」
「ちょ、何す……っ!?」
 制止の言葉を言い切るよりも早く、少女は割れた爪へ舌を這わせた。爪と指の合い間に滲んだ僅かな血を、その身へ取り入れる。
 違和感よりも何よりも、酷く冷たい少女の舌に、少年は走る熱に襲われて。
 彼女が笑ったら、告白しようと決めていた。


 リビングデッドが現れたと、井伏・恭賀(運命予報士・bn0110)が開口一番に告げる。
 高校二年生の少女くるみ。元々関西に住んでいたらしく、東京へ越してきてまだ一年しか経っていない。そんな少女に何があったのかはわからないが、リビングデッドと化してしまった。
 頻繁に喋るでもなく、陽気に皆へ絡んでいくでもなく、大人しくマイペースに日々を過ごす少女のようだ。元からそういう性格なのか、引越しの影響かは不明だが。
 そんな彼女へ血肉を与えているのは、クラスメイトのトシユキという少年だった。
「このままじゃ彼、食い殺されちゃうから、止めてあげてね〜」
 血をあげてからまだそう時間は経っていない。しかし悠長にはしていられないだろう。
 トシユキはくるみへ好意を寄せている。下手に刺激すると暴走しかねないため、彼と接触するならば注意が要るだろう。
 一方のくるみも、自らとトシユキの仲を引き裂く存在がいると知ったら、容赦はしない。

 くるみは放課後、静かな教室で折り紙を紡ぐのが好きだった。人の目を気にせず済むし、暗くなってから帰宅する方がリビングデッドとしても良いのかもしれない――人目や明るい場所を、彼らは避けたがる傾向にあるのだから。
 もちろん、折り紙も居残る性分も、生前から彼女が持っていたものだ。死してなお受け継がれる何かがあるのだろう。ひたすら鶴を折り続けるくるみが、何を考え、何を想っていたのかは謎だ。
 そして、トシユキはそんな彼女を眺めることが多かった。
 橙色の優しさが包む教室で、教科書や参考書をめくりつつ、くるみの様子を窺う。くるみもそれを嫌がる素振りは見せず、トシユキもまた、眺めるだけでそれ以上距離を縮めずにいた。
「能力者さんが向かう日も同じことしてる。廊下や他の教室には、まだ何人か生徒もいるよ」
 とはいえ、大騒ぎしなければ他の一般人から注目を浴びることもないだろう。
 恭賀は能力者達へ、侵入する学校の制服やジャージを差し出した。
「ジャージは必要なら。基本的にこの制服で侵入してもらうことになるよ」
 制服かジャージさえ着ていれば、校内を歩き回っても怪しまれない。
 しかし、くるみとトシユキと対面する場合は警戒が必要だった。
「この日、トシユキって子、彼女に告白するつもりみたいなんだー」
 つまり、くるみからすれば血肉をくれる存在との時間を邪魔され、トシユキからすれば告白の機会を邪魔されることとなる。いずれにせよ、普通に教室へ入っても良い顔はまずされない。
 もちろん優先するべきはゴースト退治のため、強行策としてはそれもありだ。
「告白にリビングデッドは応じる。で、また血をもらおうとするから……」
 ――今度こそ、殺されちゃうよ。
 そう、恭賀は念を押した。
 告白する際、トシユキはくるみのすぐ傍へ近づく。能力者が教室へ到着するのはそれより少しばかり早い。扉を開けて食い止めるなり、問答無用で突入するなり、別の策を講じるなりできるだろう。

「リビングデッドは他に、空いてる窓から猫が二体出てくるよ〜」
 くるみを庇うように現れた猫のリビングデッドは、爪で引っ掻いてくるのみだ。くるみ自身も、手近なハサミを振り回すか、殴る蹴るといった単調な攻撃を行う。
 しかし、いずれも立派なゴーストだ。その力は侮れない。
「……トシユキって子の願いも解るんだけど、やむを得ない状況だしね」
 フォローの有無に関しては能力者さんに任せるよ、と恭賀は微笑み、深く頭を下げる。
 次に能力者達を見て彼が告げたのは、「いってらっしゃい」と紡がれる、見送りの言葉だけだった。

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参加者
ティアリス・ベルンシュタイン(月虹トロイメライ・b06127)
カイ・ティンタジェル(終節・b15618)
森澤・羽美(光彩陸離・b18545)
近藤・翔太(天然ハイスピード・b21769)
ウィル・アルトリオス(灯理樹・b29569)
香澄・綾女(山間を渡る颯・b29624)
ユリア・カールソン(月無の闇龍姫・b32291)
神崎・亮(明と黒・b33884)
氷冴・紫月(月夜に彷徨う迷い猫・b63543)




<リプレイ>

●放課後
 夏との距離を報せる湿った風が、放課後の廊下を吹き抜けていく。足音も賑やかさも、風が連れていってしまったかのようだ。想いと不確かな命だけを、残したまま。
 通りゆく学生たちも、同じ制服を纏った者達を不審に思うことはない。人を待つ素振りと、鞄や携帯を弄る仕草はごく日常的な行動だからだ。
 神崎・亮(明と黒・b33884)の袖を、森澤・羽美(光彩陸離・b18545)がぎゅっと握った。九歳の幼さがふわりと夕風に煽られ、その色に気付いた女子生徒たちが、微笑ましげな視線を向けては過ぎる。
 好きになった人を食べる。異常な行為を続けてまで没頭していた折り紙に、どんな願いをくるみは添えたのだろう。羽美はそんな想いを胸にあふれさせた。
 ウィル・アルトリオス(灯理樹・b29569)が、携帯電話を開け閉めしながら仲間の様子を窺う。彼の持つ鞄の中では、狭い空間の心地にじっと耐える猫――カイ・ティンタジェル(終節・b15618)の姿がある。
 ――折っていたのは鶴か、花か。
 それとももっと別のものか。カイは息を潜めながら、くるみが折っていたものへ想いを馳せた。
 特別騒がしいわけでもなく、その教室はまるで人がいないかのように静かだ。けれど確かに人はいる。じっと何かを見つめる少年と、只管に指を動かす一人の少女。
 そこだけ切り取った絵だ。邪魔を許さぬ空気は近寄りがたいのに、注ぐ外の光は柔らかい。そんな世界の扉を開いたのは、ティアリス・ベルンシュタイン(月虹トロイメライ・b06127)だ。
「トシユキさんって方はいますか?」
 特に急く様子もなく告げれば、少年が戸惑うように視線を彷徨わせ、俺だけど、とやや控えめに返事をする。
 ティアリスが抱えた鞄の口から、応じた少年の顔を一匹の猫が見据えた。闇に埋もれる黒猫のユリア・カールソン(月無の闇龍姫・b32291)は、じっと機会を窺っていて。
「呼んでくるよう、先生に頼まれたのですけれど」
「えっ、でも……」
 当然のようにトシユキは渋り、クラスメイトを振り返った。黙々と紙を折っていた少女の意識が、トシユキと訪問者へ向けられている。顔色こそ優れぬものの、表情も決して良いとはいえない。
 ティアリスの後方、くるみに悟られぬよう教室は覗かずに香澄・綾女(山間を渡る颯・b29624)がその気配を知った。纏った闇ゆえにかその本能ゆえにか、綾女はくるみの放つものが殺気に酷似していると感じる。
 けれどまだファンガスの力を発揮するには早いと、喉元に詰まった息を飲み込む。
「急ぎの用みたいなんです」
「あー、す、すぐ行くよ。教えてくれてありがと」
 話を続けるティアリスへ、半ば面倒くさそうな声が返った。すぐ、と答えた割りに移動の前兆は無い。
 何せ相手は、これから一世一代の告白に挑む少年だ。それ以外の優先順位は、病人や怪我人が出たなどの緊急事態でもなければ低くなるだろう。
 暮れかかった教室の色が、雲に遮られ沈む。入り口から立ち去る気配の無いティアリスを見遣り、トシユキは深いため息を吐いた。
「……わかったから、もう帰っていいってば」
「職員室まで一緒にいきましょう」
 彼女の誘いにもトシユキは渋る。
 その時、音もなく彼らの間を赤が飛び去った。赤は抜けていく風に乗り、廊下へ出てすぐ落ちる。待機していた能力者達も一瞬身構えたが、床へ不時着したそれを知ると、目を瞬かせた。
 ――紙飛行機?
 スポーツバッグからひょっこり外を除き見、猫へと姿を変えていた氷冴・紫月(月夜に彷徨う迷い猫・b63543)が首を傾ぐ。彼の入ったバッグを抱く近藤・翔太(天然ハイスピード・b21769)も、不思議そうに同じ仕草をする。
 そして、何の変哲もない紙飛行機を放った人物が、椅子を鈍く唸らせて席を立つ。
「後で行く言うとるやろ?」
 怒りを含んだ声で少女は言い捨てた。
 難航する誘導に、闇を纏ったままの綾女は潜伏する場所を変えるべく壁を伝う。教室へ侵入した綾女の軌跡をしかと辿り、咎めたのはくるみだ。
「何こそこそしとるん?」
 彼女の問いかけが終わるか否か、動いた綾女を合図に廊下で時を待っていた仲間達が、教室へ突入する。
 途端に慌しくなった状況下、一番混乱したのはトシユキだった。何なんだよもう、と今にも泣き出しそうで。
 しかし、そんな彼の意識もすぐに閉ざされることとなった。彼の身体に呪符が貼り付き、膝を折らせる。まぶたを閉ざしたトシユキが崩れる様を目の当たりにし、くるみが呼吸を忘れ見入った。
 呪符を放ったのは、羽美が手伝いに招いていたラクシュリ・スィフニールだ。結社での鍛錬が役に立つわ、と片目を閉ざし熟睡の成功に微笑む。
 一瞬で教室を覆う、張り詰めた緊張感。窓に映る雲影さえも、それを悟り黒ずんだように見えた。
 ユリアがトシユキとくるみの間へ割って入り、身軽さを活かした紫月がくるみの眼前で道を阻む。彼らだけではない。トシユキを守るべく、盾になると前へ立ちはだかる者が多かったのだ。
 能力者達の行動は、必然的にくるみの移動を妨げる形にもなった。
「……こんなん、嫌や」
 くるみの呟きが床へ零れる。
「後は任せた」
「ああ、トシユキを頼む」
 纏っていた闇を解き放ちトシユキを抱えあげた綾女へ、白い逆鱗を構えながら亮が応じた。
 踵を返した綾女へ、待って、と叫んだのはくるみだ。縋るように、壁と化した能力者達を退けようとする。けれど彼らにも譲れないものはあった。だからこそ少女を通さぬよう、押し返す。
「何処連れてくん!? トシユキくんに何したんや!」
 何処へとも答えず、現実を離れた少年は教室から離れた。日頃と変わらぬ音を鳴らし、教室の戸が閉ざされる。何も日常と変わらないのだ。
 ただ一つのものを除いて。
「ねえ、くるみさん。もしあなたが……」
 ユリアが胸の内を投げかけ、すぐにかぶりを振った。これから訪れる月夜を思わせる銀が、はらはらと彼女の肩を撫でる。
 ――リビングデッドになる前のあなたは、応じたのかしら。
 リビングデッドの性質とは無関係に、普通の女子高生としての彼女が、トシユキの告白を受けたとしたら。問い質したい心を引き戻し、ユリアは拳を震わせる少女を見つめた。
「……今のあなたに聞いても、きっとわからないわね」
 外から差し込んだ光を受けて、くるみの拳が輝く。はさみが、迷わず能力者達を狙っていた。
「奪わんといて」
 指先も声も、苦しそうに揺れる。
「これ以上、うちから何を奪う気なん?」
 少女から飛び出した願いは、窓から入り込んだ猫の鳴き声に掻き消される。
 それで掻き消えてしまうほどに、彼女の言葉は掠れていた。

●現実
 教室だけが刳り貫かれた空間のように、戦の音を連ねる。
 両手で流すナイフの残光が尾を引き、ティアリスの前方へ魔法陣が浮かぶ。
「恋は応援したいですが、くるみさんがトシユキさんを傷つけてしまう前に」
 必ず止める。その意志は能力者達の秘める強き想いでもあった。
 跳ね回る猫は、腐った己の肉体にこだわりもせず爪を立て、能力者達を引っ掻く。猫とくるみを交互に一瞥し、カイは指先に魔を打ち滅ぼす矢を生む。
 ――血を得ている分、くるみの方が強いだろうしな。
 最も負担がかかるのは前衛だろうと考え、カイは射出の先を猫へ定めた。猫を射抜いた矢が消滅した直後、紫月の蹴りが同じ猫を床へ叩き伏せる。
「オマエらだって、化け物とか呼ばれるのヤだろ?」
 澄んだ双眸が標的を映し、不敵な笑みを口角へ微かに添えて。
 彼の足が着地する頃、羽美は一度伏せたまぶたを押し上げ、その眼差しへ呪いを乗せる。視線が突き刺さった猫が、注がれる苦痛に喘ぎ悶えた。痛がる様子に、羽美は瞳を濡らす。
「猫さん、痛いかもしれませんけれど耐えてくださいませね……!」
 正しき場所へ導くためにと掲げた腕も、決意も、幼い身体から満ち溢れんばかりに滾る。
 仲間と共有する意識に照らされ、亮もまた眠っていた情熱を毒と化し、逆鱗へ孕む。
「恋は今、終わらせなくては」
 亮の前から駆け出した蜘蛛童・爆が、そんな主に背を押され猫へ噛み付く。固い顎で砕くのは、既に失われたはずの命。重ねた亮の刃が宙を舞い、月のような美しさで猫の命を断つ。
 温かく優しい橙の世界が、悲しい赤へ変わらぬうちにと。
 不意に、くるみの振り回したハサミが翔太を突いた。
「邪魔せんといてっ」
 しかし、蒼き空の色に染まった蟲笛が見透かしたかのようにハサミの軌道を逸らし、傷を最小限にとどめる。それでも走る痛みは鋭く、油断は禁物だと改めて思い知らされて。
 流れを殺さず、翔太は自らへ白燐蟲の淡い輝きを這わせた。
「良くも悪くも世界の色が変わるすごいことだけど……これ以上はダメなんです」
 恋という名の病を、蘇った存在にまで抱かせ続けることは許されない。否、許すか許されないかなど本人達にとって関係のないことでも、いつかは破綻してしまうのだ――リビングデッドと、それを愛してしまった人間の関係は。
 だからこそ能力者達は戦い続ける。運命に翻弄された絆を、救うために。
 一方、ユリアは爪で容赦なく引っ掻いてきた猫をねめつけ、愛用している魔道書を開いていた。漆黒の皮表紙が威厳を保ち、重々しい恨みの念を凝縮していく。
 そのまま魔を退かせる怨念が猫を叩きのめし、息を吸う暇も与えぬうちにカイの手から破魔の矢が撃ち出される。
 ――二人の出会いが、違うものであったら……。
 紙が様々に形を変えるように。過ぎ去りし過去へ戻れぬことを、やり直せしたい後悔が誰にでも有り得ることを知っていても。
 ――死人だなんて、信じらんねえよな。
 ああ、と嘆くようにウィルも息を吐き、吹雪を呼び起こす。
 そう、現実がいかなるものかを判っていても、また違う形で彼らに幸せがあればと、願わずにいられない。
 当たり前すぎる光景だから。何処にでもある放課後の。
「一緒におったら、なんであかんのっ?」
 だから彼女の質問に、能力者達は一瞬喉を詰まらせてしまった。

●彼女が笑ったら
「せんせー、この人具合悪そうですー」
 普段と異なる素振りなど微塵も晒さずに、綾女が保健室の戸を開いた。
 今頃戦場がどうなっているのか、不安はなくても気になってしまう想いは残る。けれど託し、そして託された役目を全うするべく、綾女は飛んでいこうとする意識を引き戻す。
 保健室にいた先生へトシユキを引き渡し、後を任せるよう頭を下げ、静かに戸を閉める。廊下の彼方からは、放課後の校舎内で戯れる学生達の声が届く。
 ――平和、だな。彼女の魂も、安らかに眠ってくれるといいんだが。
 戦いからは遠い世界で闇を纏い直し、保健室前の壁へ背中を預けた。

「悲しい恋の終わりを告げにきたんです」
 ティアリスの言葉にくるみは首を傾げ、「悲しい恋?」と聞き返す。頷いた少女は話を続けず、宙へ描いたスケッチをくるみへと放つ。
 ちらりと机上から落ちた折り鶴を見下ろし、そこへくるみがどんな願いを篭めたのか、よぎった疑問にティアリスは胸を痛める。
「……貴女が笑った顔、見てみたかった」
 その呟きに、くるみの眉がぴくりと釣りあがった。けれど何も告げず、くるみは振りかざしたハサミで紫月の腕を裂く。
 熱を帯びた痛みに眉根を寄せ、紫月はすぐさま三日月の軌跡を描く蹴りでくるみを叩いた。衝撃に歪んだ少女の顔は青白く、今し方蹴りを入れた紫月を睨む。
「オレができんのは、これだけだ」
 綺麗なまま終わる物語が、現実ではありえないのだと鼻を鳴らし、紫月は禍々しさを帯びたくるみの表情を哀れむ。
「いつか、遠い先の思い出の中だけでも笑ってられりゃ、それでいい」
 くるみの唇が戦慄く。しかし吐き出そうとした声は飲み込まれたままで。
「鶴に願いを託すのはロマンチックですけど……」
 直後、羽美の眼差しが呪いの力に染まり、くるみの命を削った。
「次に生まれたら、自分の願いは自力で叶えられるよう頑張ってくださいですの!」
「そんなん、関係あらへんっ」
 かぶりを振ったくるみは、先ほどと同じ主張を繰り返す。トシユキと一緒にいたい。彼の傍にいたいのだから邪魔をしないでくれと。幾度も、幾度も。
 懇願とは異なる抗いを見ながら、戦場を舞う吹雪を起こしたウィルは、鶴を折り続けたという彼女の話を思い出す。
 ――もしかして自身の病のためだったのかな。
 快癒を祈って作られる折り鶴。その疑念は、ウィルに限らず仲間達も考えていたことだ。
 猫が二体とも倒れたことを再度確認し、翔太は床を蹴り上げ素早くくるみの眼前へと駆け込む。
 ――畳み掛ける!
 笑ったら告白しようと、トシユキが想っていたぐらいだ。そんな彼女へ傷はなるべくつけたくないと、わき腹へ鋭利な蹴りを叩き込む。
 そこへ、カイがきゅっと唇を結び解き放った破魔矢を飛び込ませた。悲しんだ後でいい。彼が、トシユキが笑顔を取り戻せるようにと強き願いを矢羽へ篭めて。
 そして貫通した矢の余韻が残るうちに、亮が口を開く。
「もう、鶴は折らなくていい。……童」
 呼びかけに応じたのか、蜘蛛童・爆がカサカサと地を這い始める。その動きに沿って、亮も逆鱗を放った。
 蜘蛛童の牙が、逆鱗と重なりくるみを仰臥させる。立てかけてた物が倒れたかのように、少女は力なく四肢を伸ばした。
 霞む意識の中、少女が誰かへ救いを求める。消え入る声を聞き届け、亮は短く謝った。
 ごめんトシユキ、と。

●笑顔の在処
 横たわったくるみの傍ら、戦闘で散らかってしまった環境を整え、痕跡をできる限り消す。これで元の日常風景だ。今にもチャイムが鳴り、生徒たちが着席しそうな平穏だ。
 能力者達の中には、トシユキへ謝罪の念と応援を手向ける者も少なくなかった。それぐらいの時間はあると、それぞれの心を床へ散らばせる。
 そして、来た時と同じように猫へ姿を変え鞄に滑り込む仲間を確認し、互いの顔を見合わせ、頷いた。
「カイさん、よろしく」
 ウィルの一言に彼女は浅く首を縦に振り、物陰へと身を寄せる。片手に握った携帯電話を、保健室前の綾女へ繋げて。
 ぐったりしたリビングデッドの猫を新聞紙で包み、人目につかぬよう皆の足が教室から遠ざかる。戦いの残り香さえ残らぬ足音
 陽の当たる場所へ猫を埋めたいと、ティアリスが言った。猫たちに与えられた優しさを、仲間達も既に掬い取っている。
 帰ったら鶴でも折ってみようか。そんな声さえ、能力者達の間からこぼれていく。
 その時、くるみとトシユキが長く過ごした教室から、悲鳴が響いてきた。もうすぐ、猫へ姿を変え教室を飛び出してくるカイとも合流が叶うだろう。能力者達は、それ以上振り返らずに校門へと歩み続ける。
 残された少年が、また誰かの笑顔に胸躍らせ、誰かの胸を高鳴らせてくれる日がくることを祈りながら。


マスター:鏑木凛 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2009/05/23
得票数:笑える7  泣ける2  カッコいい1  怖すぎ1  ハートフル1  せつない24 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
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