妖獣イノシカチョウ


<オープニング>


 4本の足が力強く地面をける。獣道を疾走するのは体長2mを超えるイノシシ。だが、その頭からは枝分かれした2本の角が伸び、背には黄色と黒に塗り分けられた蝶の羽が揺れていた。
 ひづめが石をけり、角が邪魔な木の枝をなぎ払う。山の静寂を打ち破って走りついた先は川辺。獣道より開けたぶん走りやすいのか、妖獣は川沿いをさらに走り続ける。その行く手にうごめくものを見つけ、妖獣はうなり声をあげた。
「え? う、うわああぁっ!?」
 手にしていたカメラを落とし、悲鳴を上げる初老の男性。震える足で後ずさるよりも早く、男の胸は肉迫した妖獣の角に貫かれていた。

「萩に猪、紅葉に鹿、牡丹に蝶」
 花札の中でも有名な札だ。3枚そろえて猪鹿蝶。山本・真緒(中学生運命予報士・bn0244)は教卓の上に1枚ずつ並べると、集まった能力者たちを見渡した。
「皆さんに倒してもらいたいのは、こんな妖獣です」
「……えーと?」
「詳しく説明しますね」
 首をかしげる能力者に向けて、真緒がうなずいた。
 とある山に妖獣が現れた。その姿がイノシシの体にシカの角をはやし、さらには背中からアゲハに似た蝶の羽を生やしているのだという。
「というわけで、仮にこの妖獣をイノシカチョウと呼びます」
 イノシカチョウがいるのはめったに人の立ち入らない場所なのだが、タイミングの悪いことにバードウォッチングにきた男性が一人、山に登っているのだという。このままでは彼が餌食となってしまう。さらには人を襲うことを覚えた妖獣が山を下りてくることになりかねない。
「ですから、男性がイノシカチョウと接触する前に倒してきてください。今から行けば、ここで男性より早くイノシカチョウに会えます」
 そう言って真緒は地図を差し出した。山の中腹に赤い丸がついている。
「印をつけたのがイノシカチョウのやってくる場所です。幅2m程度の川があって、その周囲は木もなく戦うのに十分な広さがあると思います。川のそばではありますが、足元はしっかりした場所ですので落ちたりする心配はないでしょう」
 上流、すなわち山の上のほうからイノシカチョウは走ってくるらしい。進路に立ちふさがる人間を見ればそのまま襲いかかってくるだろう。
「戦闘になると緑色をした鶴のような妖獣が2体現れますから、全部で3体の妖獣を倒してもらうことになりますね」
 追加で1枚、鶴の描かれた札を机に置く真緒。
「能力の説明をしますね。イノシカチョウは、3つの攻撃をしてきます」
 1つめは、近接の対象への頭突き。鹿の角で刺すと言ったほうが正しいかもしれない。当たるとかなり痛そうだ。
 2つめは体当たり。頭突きほどのダメージはないが命中すると吹き飛ばされるらしい。
 最後の3つめは蝶の羽をはばたかせて鱗粉をばらまくというもの。視界内のすべてに届き、ダメージこそはないが体をマヒさせてしまうという。
「緑の鶴は近くの敵にはくちばしでつつく攻撃を、遠距離には刃物のように鋭い羽根を飛ばしてきます。耐久力は低いので、こちらは簡単に倒せるでしょう」
 妖獣についての解説をひとしきり終えた真緒は、「そうそう」と呟いてさらに1枚の札を指にはさんだ。絵柄は菖蒲。
「この山のふもとに大きくはないけど菖蒲園があるんだそうです。ちょうど見頃の季節ですから、帰りに寄ってみるのもいいと思いますよ」
 にこりと微笑んだあと、真緒はぺこりと頭を下げた。
「それでは皆さん、どうか気をつけて」

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参加者
鳳雛寺・美空(お気楽極楽能天気の大馬鹿野郎・b07658)
高宮・夜宵(誘惑の女狐・b16424)
真下・一生(イレブンソウル・b17507)
高宮・琴里(天つ風・b27075)
皆月・弥生(夜叉公主・b43022)
城崎・弓場白(澱ム椿・b46540)
マクシミリアーネ・ヴィッテルスバッハ(水面に映る虹・b50361)
桜井・和花(中学生黒燐蟲使い・b51251)



<リプレイ>

●こいこい!
 木々が途絶え、雑草の生い茂るゆるやかな斜面。かたわらでは涼やかな音を立てて川が流れている。地図に示された場所に到着した8人は、やってくるであろう妖獣を迎え討つべく、イグニッションをすませた。さらにイノシカチョウのマヒ攻撃を警戒し、なるべくばらけるよう、各々に位置を確保する。
 マクシミリアーネ・ヴィッテルスバッハ(水面に映る虹・b50361)も、サキュバス・ドールのシェッツヒェンに離れて戦うよう指示を与える。静かに頷いて離れるシェッツヒェン。その背中を見るマクシミリアーネの瞳は川面のように揺れていた。
「猪鹿蝶に、鶴の妖獣か。元は動物の残留思念らしいから、この組み合わせは偶然のはずだけどどんな未練があったのかちょっと気になるところね」
 何しろ花札を狙い澄ましたかのような取り合わせである。皆月・弥生(夜叉公主・b43022)が小さく肩をすくめた。
「そうねん。捕えて見世物に出来れば面白かった……かも」
「どんな敵でも人に害を成すなら倒す」
 口元に指をあてて小さく笑う高宮・夜宵(誘惑の女狐・b16424)に、真下・一生(イレブンソウル・b17507)が低い声をあげる。ちらりとそちらに視線をやった城崎・弓場白(澱ム椿・b46540)が小振りの鬼面を持ち上げた。
「猪鹿蝶たァ景気がイイねェ、赤短青短に比べりゃ点は低いけど見栄えするンで取れると気分イイ」
「麻雀は知ってるが花札は知らん! あたしのようなうら若き乙女に花札のようなおじん臭いカードゲームは全く無縁!」
 胸を反らせて高らかに宣言するのは鳳雛寺・美空(お気楽極楽能天気の大馬鹿野郎・b07658)。腰にあてた手にはひよこ色のボクシンググローブがはまっている。
「やった事も無い! よって、五光だの、四光だの、雨四光だの……」
 流れるように紡がれる花札の役名。猪鹿蝶の名前くらいしか聞いたことのない桜井・和花(中学生黒燐蟲使い・b51251)がぎょっと瞬きして美空を見るが、彼女の言葉は止まらない。
「……だの、七短だの、六短だの、全く知らん! 聞いた事も無い!」
 ――嘘をつけ。
 と、誰が思ったかはわからぬが。
「まァ花札の話は今ァ置いといて」
 弓場白が、鉄傘を一振りし、前方に視線を向けた。地面を蹴るひづめの音が能力者たちの耳に届く。近づく妖獣の姿を認め、目を細めて弓場白は笑った。
「……ま、ボタンにモミジといやァ鍋のタネ。軽く平らげてこうかィ」

●いざ勝負!
 ――フゴオオオォッ!
 土煙を上げて向かってくるイノシカチョウが、立ちふさがる人間に気づき鼻を鳴らした。名も知らぬ木が大きく揺れる。枝の奥から緑色をした鶴が2羽、大きな音を立ててイノシカチョウの両翼へ並ぶ。
「俺の名は真下一生。悪を断つ剣なり!」
 愛刀『武御雷【志】』を構え、一生はせまりくる妖獣を見据えた。包囲するために回り込むタイミングを計る。
「姿は可愛いのに……困った子なのです」
 高宮・琴里(天つ風・b27075)が呟いた。掲げた純白の杖の先に魔法陣が展開し、力を高める。
「可哀そうな迷子……ちゃんと送ってあげないと、なのです」
 同意するように、真モーラットピュアの空が隣で跳ねた。
「お前ら妖獣に言っても無駄だろうけど、花札よりも麻雀の方が面白いぜぃ」
「強化方陣展開♪」
 鋭く腕を突き出した美空と、宙をなでるように腕を振った夜宵の前にも魔法陣が描かれる。
「……シェッツヒェン」
 腕を交差させたマクシミリアーネを守るようにリフレクトコアが輝いた。彼女の姿を写すかのように、シェッツヒェンのドレスが純白へと変化する。前に立つ弓場白もまた深く息を吸い、木々の息吹を体に巡らせ、自己を強化する。
「死んでからも苦痛に狂うか…哀れなこと。悪いけど、力尽くで祓わせてもらうわ」
「こっちもいくぜ」
 黒燐蟲を武器にまとわせ弥生が右に動けば、和花は左に位置を取り、詠唱兵器を掲げる。回復役を担当する2人が同時に鱗粉を食らわないように事前に打ち合わせたのだ。
 突進してきたイノシカチョウは、能力者たちの思惑など知る由もなく包囲の中央へ走り込んだ。一生と美空がすかさず後方へと回り込む。
 全方位を囲まれたことに気づいていないのか、気にしていないのか。イノシカチョウはひたすらに前を向き、邪魔だといわんばかりに背中の羽を羽ばたかせた。黄色い鱗粉が宙を舞い、夜宵と琴里を襲う。
「このくらいじゃ、私をしびれされることはできないわねん」
 長い髪を揺らし、まとわりつく刺激を振り払う夜宵。だがその後方で琴里が苦悶の表情を浮かべる。
「もきゅっ」
 しびれて動けない琴里に、すかさず空がつぶらな瞳を閉じて祈りを捧げた。温かな気配が琴里を包み、全身の痺れを消していく。
「ありがとう、空」
「いきなりやってくれるな。次はこっちの番だ!」
 叫ぶ一生が突き出した刀の先から生まれるは炎の蔓。蛇のように襲いかかる炎はイノシカチョウの巨体をからめとり、その動きを封じることに成功する。
「ならこっちは鶴に攻撃だぜぃ!」
「さぁ、びりびりしびれちゃってねん♪」
 美空と夜宵がそれぞれ両脇の鶴に向けて雷の魔弾を放つ。かわしきれずダメージを受けた鶴2羽は、怒りを表すかのように大きく翼をはためかせた。
 雷によるマヒを与えられなかった。夜宵はわずかに目を細めて布槍をひるがえす。
「あら、残念」
「くるぜ!」
 叫ぶが早いか。深緑の刃のごとき羽が身構えた和花と美空の肌を切り裂いた。黒燐蟲を呼び出しながら和花は美空へと視線を投げる。一番近くにいるのが自分だが、同時に2人は癒せない。大丈夫かと聞こうとした相手は、傷口をぬぐいながらどこか遠い目をした。
「あたしこの依頼が終わったら、菖蒲園で焼肉弁当腹一杯食べるんだ……」
「まだ余裕だな」
 一言のもとに切り捨て、和花は自らを癒した。弥生もまた予定していたとおり、虎紋覚醒で自己強化を重ねる。
 いささか緊張感に欠けるやりとりを横に、弓場白が踏み出し獣撃拳を繰り出した。鉄傘の叩きつけられたイノシカチョウの横腹から血があふれる。
「獣よく獣を制す……なんてね」
 その後ろから、マクシミリアーネが両腕を広げた。唸り声をあげるイノシカチョウと騒がしく羽ばたく緑の鶴を視界に収める。光が十字架を形作り、周囲に浮かぶリフレクトコアが輝きを増した。
「わたくしをいくら恨んでもかまいません、わたくしにも守るものがありますから……」
 囁くような声とともに解き放たれる光の奔流が3体の妖獣を焼く。収まった光の中から姿を見せた妖獣は、一層激しくいなないた。

●とってみせよう猪鹿蝶
「もっきゅー!」
「凍え散りなさい!」
 羽根をはばたかせて火花を散らす空に続けて夜宵が胸の前に掌を突き出した。
 紫の髪が風をはらんで広がり、湧き上がる竜巻に氷雪がきらめく。凍てつく刃と化した風はイノシカチョウと2体の鶴を切り裂いた。甲高い声をあげ、鶴の1体が地面に倒れる。
「さぁ、このまま猪鹿蝶まで取るわよん」
 赤い唇に笑みを浮かべる夜宵の前で全身を震わせるイノシカチョウ。鱗粉攻撃を嫌い、集中して攻撃を浴びせた妖獣の毛皮は、すっかり血と泥にまみれていた。追い詰められたイノシカチョウがひときわ大きく唸りを上げる。呼応するかのように巻きついていた炎の蔓がはがれおちる。イノシカチョウは怒りもあらわにそばにいた弓場白へと角を振るった。
「おっと……!」
 生半可な武器よりも強力な突きを見せる鹿の角。弓場白は広げた鉄傘を盾替わりにするが、イノシカチョウの攻撃はそれを紙の如くに退けた。弓場白の脇腹に角が刺さり、鮮血が下草を濡らす。
「今、治すわ!」
 弥生が駆け寄り、手をかざす。現れた黒燐蟲が傷をなでるように淡く輝いた。とめどなくあふれるかと思われた血が収まっていく。
 攻撃が重ならないよう、マクシミリアーネとシェッツヒェンがイノシカチョウを攻撃して注意をひこうとする。
「そっちは任せるぜ!」
 弓場白の傷を完全に癒しきれていないのは見てとれたが、彼までは距離がある。イノシカチョウが動いている以上、回復役が固まるのは危険。和花は攻撃を選択する。
 燐光を放つ黒い弾丸がイノシカチョウに着弾し、ぶわりと黒燐蟲が周囲をむしばんだ。
 続けて琴里が術を編み込み炎を生み出す。
「もう迷わない様に、貴方の行くべき場所へ送って差し上げますね」
「フゴオオオオォッ!!」
 一直線にイノシカチョウをとらえた魔弾がとどめとなった。炎にまかれ、激しく土をかいた脚はそのまま地面につかず、ドウッと土煙を上げて巨体が倒れる。
「あとはお前だけだ。動くんじゃねーぞ……外れるからな!」
 ただ1羽残った緑の鶴に向け、一生の刀が上段から振り下ろされた。ひらめく白刃が翼を両断する。後には何も残らない。
「武御雷に断てぬ物なし」
 汚れを払うように刀を一振り。戦いは、それで終わった。

●花見で一杯
 爽やかな風が吹く。静かに揺れる紫の花弁。先ほどまで激しい戦いがあったことなど嘘のような穏やかな風景がそこにあった。
「ん〜、綺麗ね、これだけでも来たかいあったかしらん」
「そうだな」
 咲き誇る菖蒲を前に、夜宵と和花が微笑みを浮かべる。隣の弥生は笑みこそないが静かな表情で風に揺れる花を眺めていた。
「折角だから写真にでも残しとこうかねェ」
 呟いてデジタルカメラを取り出すのは弓場白。パシャリという電子音が周囲に響いた。
 その後ろ、休憩用に用意されたスペースに腰を下ろす一生と美空。座るなり美空はいそいそと弁当箱を取り出した。先刻立てたフラグのとおり、中身は焼き肉弁当である。
「菖蒲なんか見ても腹は膨れないからな」
「私もお弁当作ってきたんですよ」
 琴里が荷物を広げながら周囲を見渡した。時間がよかったのだろうか、周囲に他の客は見当たらない。これなら空をイグニッションカードから出しても大丈夫だろう。
「頑張ったご褒美に沢山食べていいからね」
「もきゅー♪」
 広げられた豪華な弁当を見て、空が嬉しそうに翼を揺らした。
「菖蒲の花言葉は、優しい心、忍耐、勇気、諦め、嬉しい知らせ、貴方を信じます……。さて、この場合はどの言葉が適切なのかしら」
 揺れる紫の花を見るともなしに眺めながら、弥生がぽつりと呟いた。振り返れば共に戦った仲間たちの笑顔。
「そうだ。マイ花札を持ってきたから、おいちょかぶでもやらない?」
 そこに聞こえたのは「花札は知らん」と言い切ったはずの少女の声。少し離れた場所で、何事かシェッツヒェンに囁いていたマクシミリアーネも振り返る。誰からともなく、小さな笑いが漏れた。弥生の赤い瞳が瞬いて、口元に笑みが浮かぶ。
「……ああ、それから、『信じる者の幸福』という意味もあったわね」
 今の光景を幸福と呼ぶならば、それは確かに己と互いの力を信じ、力をつくした故に得たものなのだろう。
 まるで彼らを祝福するかのように、暖かな風が頬をなでていった。


マスター:柚井しい奈 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2009/06/03
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