<リプレイ>
●残り ピピピピピ――。 鳴り響くアラームが、彼らの肌と心を震わせた。居合わせたヴァンパイアも驚いたのか、目を見開き音の源をねめつける。 アラームの理由を知らぬヴァンパイアの一人が、くつくつと笑った。 タイムリミットがきたのだ。能力者達の中で定めた最善までの、刹那とも言える時間。 音が止めば、現実を思い知らされるというのに。
●残り10分 遡ること十分前。 夜が見下ろす館は、息を殺す生物のにおいを感じ取っていた。 喉さえ鳴らすのを躊躇い、狩夜・刹那(緋水・b19026)が潜入する仲間達の先を進む。従属種の女がいるという、ベルの置かれた部屋。そこを探して、見つからないよう息を潜める。 従属種ヴァンパイアの姿は、そこにない。通路を伝う靴音も、外から流れる木々のざわめきに紛れそうだった。 リラ・リエンダ(妖艶なる女豹・b28374)もまた忍び足で進み、地下に最も近い部屋へ身を潜める。 ――救いたい。非情になることが大切なのも、知ってる。 葛藤が宙を彷徨い、リラはふと手首を見下ろした。制限時間が判るようセットされた時計のアラームが、腕で息づいている。別の班にいる仲間へも、同じものを渡していた。 正面玄関を通らなかったのは、伴・童瑠(ガラドリエルの使い・b26731)と八伏・弥琴(空と紡ぐ・b01665)も同じだ。足音が届くようにと、隠れた部屋の扉は閉めたまま聞き耳を立てる。 ――僕は欲張りだから。 心配してくれた井伏先輩には悪いけど、と弥琴がかぶりを振る。 最善を目指す。その目標を抱くのは、皆も同じだ。
「だから、足挫いたから少し休ませてほしいだけで……」 神凪・円(守護の紅刃・b18168)が二度目となる用件を告げるものの、相手の女は「ふーん」と素っ気無い。 潜入する仲間とは別に、玄関の扉を叩いていたのは彼女たちだ。本眞・かいな(動物好き・b15714)がノックで訪問を報せ、灯りを腰に結わえたまま黒田・桜子(インヴォーカー・b00762)が困ったように視線を彷徨わせ、迷った素振りを見せる。 傍から見れば、人気のない場所へ迷い込んだ一般人だ。その所為か、女も扉全開で警戒する気配もなく。 けれど女は、少年らしさの欠片もない彼女達を、嬉々として迎え入れはしない。ちょっとでも男の子っぽさがあればイケるのに、とぶつくさ零すのみだった。 しかし、館へ招き入れるのを拒んでいるわけではないようで。 「ま、いっか。紳士君なら好きそうだしぃ」 吐息で笑った女の頬が、うっとりと恍惚の色に染まった直後、やや錆びついた高音が鳴り響き、館中へ異変を知らせた。ベルだ。 弾かれたようにの女が周りを見回し、怪訝そうに眉根を寄せる。 「やだちょっと、なんで鳴ってんのぉ?」 「これからわかります」 緩く目を細めた桜子が、真っ先に床を蹴る。彼女の視界に、ベルのある部屋から飛び出した刹那が映った。彼女と、そして円やかいなと共に、アトリエに続く階段とは反対の方角へ走る。 キビキビと走り出した彼女たちをなめるような視線で追い、女も思い出したように追った。 「逃げないでよ、紳士君にサボってるのバレちゃうでしょぉ!?」 ベルはまだ止む気配も無い。それもそのはずだ。すぐに止んでしまわぬよう、刹那が石を括り付けてきたのだから。 廊下を突き進んだところで、不意に円が振り向く。 「さぁ、私達と遊んでもらおうか!」 空気を震わせた宣言に、女は欠伸をかみ殺した。 「かわいい男の子なら文句ないんだけどー」 「そういうのばっかりなんですね……」 黙っていたかいなが、呆れるあまり苦笑を零す。 突然、地下への階段から遠ざかった彼女達の耳朶を、自分たちのものではない足音が打った。音は間近。そしてすぐに姿を現す。急ぐ素振りもなく、悠々と。 「……何だその者達は」 至極最もな質問を、タキシードを纏った男が紡ぐ。不愉快か否かで表現するならば、何処となく愉しげに。そんな彼の反応を知ってか、女従属種も心なし嬉しそうだ。 そして彼の後方から、今度は複数の足が混じる。ベルや騒々しさに飛び出してきた潜入班と、微かに息を切らした体躯の良い男。そう、従属種ヴァンパイアが三人、ここに揃ったのだ。 しかし、そこに貴種であるデージーの姿はない。たとえば、デージーに「可愛い男の子がきた」といった情報が伝わっていれば、意気揚々と一階へ上がってきてくれただろうか。 欲望の赴くまま動く存在は、なるほど厄介だ。 しかし、デージーがアトリエへ篭もったままであろうことは、能力者達も既に予測していた。 駆けつけた仲間達との挟撃が、従属種の三人を追い詰める。 「ジャマしにきたんだろ」 素朴さを乗せ、ホームランバットを掲げた男が能力者達に敵意を向ける。 「エモノを横取りする奴は、嫌いだ」 ――悪いこと。 拗ねるような彼の言葉に、刹那は胸の内で呟いた。 仲間の様子に肩を竦めたタキシード姿の男も、袋を放り投げ巨大鋏を振りかざす。ぱさりと落ちた袋は、中身を捨ててきたところなのか空っぽだ。 臨戦態勢に突入した仲間やヴァンパイア達を見回し、桜子はそっと細い指を重ね折りたたむ。 ――少年を、お願いします。 祈りが地に沈んでいく。
貴種ヴァンパイアのデージーが居座る地下は、彼女好みのアトリエと化していた。幾つもの顔が整列した壁と天井。 棺だ。顔は人一人分の棺から、淡く浮かび上がっている。アトリエで新たな芸術を作り、飾り、鑑賞する。芸術品はもちろん――貴種のお眼鏡に叶った少年たち。 柔らかな緑の瞳を動かし、童瑠が入り口に佇む。リラが後背で見守る中、大人しそうな表情を変えぬまま、童瑠が彼女へ言葉をかけた。 「おばさーん、何してんの?」 思いがけぬ台詞だったのか、デージーの眉がぴくりと震える。 「……よくできた挨拶じゃない?」 鈍い音を立ててデージーが床を蹴った。ひるがえしたマントから刃が飛び出し、鋭さで童瑠を切り裂く。痛みを光輝くコアで減らし、童瑠はすぐさま踵を返した。 「っ、強いよ」 童瑠の告げた一言に、リラが頬を引きつらせて。 「なら退却だ!」 「逃げられると思って?」 リラと童瑠の背を、デージーが長い髪を振り乱して追いかけた。よほど「おばさん」と呼ばれたのが気に食わなかったらしい。しかも、彼女のコレクション対象でもある『少年』に。 埃が舞う程の賑やかさで駆け抜けた存在が、地上へと這い出ていく。代わりに静寂で包まれたのはアトリエだ。人影は多いというのに、生きるぬくもりが殆ど無い。 「こっちがおかしくなりそう」 これがデージーの愛情だなんて。 アトリエへ踏み入った弥琴は、知った光景に眉根を寄せた。 鍵鏡・鷹(冥府の死神・b58445)もまた、彼と一緒に円形状の室内を見回し、優しげな眼差しへ憤りを乗せる。片手に取り出した携帯電話が、ライトの機能で眩く前方を照らした。懐中電灯に比べれば心許ないが、部屋を照らすには充分だ。 「薙ぎ払いたいところですが……」 「うん、今はこれが僕のやるべきこと」 床と壁。双方を見遣る二人の手が、少年を求め動きだした。
●残り5分 「あんたみたいに出来る奴が、誰かの下にいるなんて勿体ないぜ!」 凛とした眼差しで円が射抜いたのは、体格の良い男従属種だった。振り回したバットが円の仕込み杖によって軌道を変えられ、威力を削がれる。バットを引き抜いた男は彼女の言葉に、一瞬意味が判らなかったのか首を傾いだ。 けれどすぐに「ああ!」と納得したのか手を叩く。 「誉めてくれるからな」 「上につく方がもっと誉めてもらえると思うけど」 胸を張った男へ、円が諭すように口角を上げてみせる。指先で、白きナイトメアを召喚しながら。 「あんたの一番新しい獲物は、何処にしまってあるんだ?」 「棺の中だ」 自信に満ち溢れた表情で男が返し、疾走したナイトメアがヴァンパイア達を叩きつける。その答えにか、タキシードの男が仮面越しにくすくす笑う。 悠長に構えている彼を、飛び込んできた刹那の掌が襲った。注がれたエネルギーが、細身の彼から体力を喰らう。 ほぼ同時に、かいなの振るった日本刀が、闇を連れた一撃となって男を追撃した。 「止めさせる。こんな、ひどいことは」 零れた想いは独り言のように、しかし空を飲み込むほどに大きい決意だ。 そんなかいなへと、けたたましい駆動音と共に女がチェーンソー剣を向ける。鳴り響くチェーンソー剣に、細身の男が浮かせた置物が重なった。置物に生えた無数の棘が、続け様にかいなへ痛みを与える。 荒げた呼吸を整える間もなく、リラと童瑠が地上で戦う仲間と合流を果たす。もちろんデージーも一緒だ。 「待っていました。このときを」 ぽつりと、まるで最初の雨粒もように桜子がひっそり呟く。桜子の願いに沿って、魔法の茨が覆い尽くす。覆ったのはデージーの足元だ。伸びゆく茨が、驚愕に拉がれたデージーから自由を奪う。 「ふ。随分強引ね」 「貴女だけは逃がしたくないの。絶対に」 強き意志に塗れた、桜子を含む能力者達を眺め、デージーは臆することもなく笑う。 いいわ、素敵。そんな嬉々とした感情を何度も。 「見たいわ。その顔が、恐怖に、絶望に包まれるとこが!」 ――狂ってる。 吐き捨てたリラに、仲間達の同意が重なった。
「残酷です」 狂気にか状況にか、嘆きを溜め息に変えた鷹が、感覚を研ぎ澄ませて少年を探す。いつでも掘り起こせるよう、薙刀をしかと握ったまま。 作戦や流れでいっぱいな頭を切り替え、弥琴も次々棺を覗き込んでいく。黒髪に黒目。合致する色をひたすらに。 もし、少年に意識があるうちだったなら、「聞こえるなら、何処でもいいから周りを叩いて」など呼びかける手もあっただろう。耳を澄ませば、彼の出す声か音が聞こえたかもしれない。 直後、「あ」と呻きに似た吐息を漏らしたのは弥琴だ。鷹を呼びながら、ピックハンマーで棺を叩く。叩くのは顔周り、外から見えるガラスの部分だ。黒髪に黒目の少年は、瞼を閉じ、唇だけ薄っすらと開けた状態だ。 ここでふと、顔を傷つけてしまわないかと不安に駆られる。しかし躊躇っている暇は無い。 「慎重に、慎重に」 そう自分へ言い聞かせハンマーを振るう。鷹も彼と並んで地を掘った。漸く辿り着いたふたを鷹が薙刀でこじ開け、弥琴が開いていく隙間から手を伸ばす。 肩を掴み、ぐったりした身を引きあげた。
●シャスターデージー ピピピピピ――。 アラームが、ベルの叫びに混ざり肌と心を震わせた。 ヴァンパイアも驚いたのか、目を見開き音の源をねめつける。 「緊張感の無い連中ね」 アラームの理由を知らぬデージーが、くつくつと笑う。 リラが腕時計を弄り、アラームを止めた。階段の方を見遣っても、まだ仲間は戻ってこない。 「変わらないさ。アタシ達にできる全てを」 朽ちることなく、リラが獣爪で細身の男を掻っ切る。そして仕返しとばかりい突き出された巨大鋏が、彼女の腕を裂いた。 矢継ぎ早、童瑠がデージー目掛け悪夢の塊を撃ち出す。塊はターゲットにぶつかって散らばり、魘されるほどの夢をもたらす。ふらついたデージーが眠りに陥るのを知り、細身の男が仮面を整えた。 「楽しめなくなるじゃないか」 鼻を鳴らして嘲笑し、転がっていた置物の像を浮かす。棘が生えた像の矛先は、先ほどから魔法の茨で行動を制限し続ける桜子だ。 見事に従属種たちを抑え込んでいた茨を忌々しく思ったのだろう。真っ直ぐに突き抜けた先、しかし像は桜子に直撃しなかった。 「やらせないぜ!」 彼女を庇うことも頭に入れていた円が、桜子の眼前で盾になったのだ。 「ありがとうございます……祈りを、どうか」 そんなまどかを支え後押しするべく、桜子が古よりの祖霊を招き、彼女の得物へ宿す。 癒しを目の当たりにした男へ、かいなが黒影の異名を持った一太刀を浴びせる。 「……絶対、逃がしません」 アトリエという名の悪趣味な世界も、危害を加える存在も。 鋏で受け損ねた刀が、細身の男を断った。結局、愉悦に満ちた笑みを崩さぬまま、男は膝を折ったのだ。 「あぁっ、紳士くん!」 悲鳴混じりに喚き、女従属種がチェーンソー剣を振り回す。幾重にも連ねた刃が刹那を痛めつけ、その苦しみから逃れるべく刹那は霧を生んだ。 「タイヘンな戦い……でも……負けたくない」 自らの姿を映した霧が、痛みを拭っていく。 最優先目標だった細身の男が倒れたことで、数名の次なるターゲットは定まっていた。女従属種へと、彼らの矛先が集う。
優しく撫でる手が、背中から恐怖を退けていく。 「落ち着いて、深呼吸して」 弥琴の腕の中、しゃがみこんだきりの少年は促されるままに呼吸を整えた。少しでも落ち着きを取り戻した頃、そんな少年を鷹があやすように抱える。 彼へ少年を一任し、よろしく、とだけ告げて弥琴は地上への階段を蹴った。 残された少年に、鷹が続けて声をかける。 「……もう大丈夫ですよ。お家にお帰りなさい」 館の外まで送ってあげると話せば、状況を理解しきれていない少年も、ただただ頷くばかりだった。
リラが一撃を加え引いた瞬間、刹那の生んだ水の流れが手裏剣を模り女を裂く。集中攻撃を喰らい続けたためか、女の息も絶え絶えだ。 「い、いい加減消えて!」 苛立ちを隠さぬ女のチェーンソーがかいなを刻もうとした刹那、轟いていた駆動音が静まり、その威力を失った。 「待たせてごめんね」 地下より舞い戻った弥琴の手から、超越した力を蝕む霧が漂う。霧が、ヴァンパイア達から力を奪ったのだ。 「貴方達は……陽の下に戻らないと」 告げた弥琴の想いも重ねた童瑠の指先へ、光が集う。槍と化した光が女を貫けば、悲鳴も上げず女はその場へ倒れこんだ。 「……幼き彼の者達の嘆きを力に、滅っ!」 やや遅れて駆けつけていた鷹が、呪符をデージーへ放る。秘められた力が凄まじいだけにまともには当たらず、しかし確実にデージーの体力を削っていた。 唇をきゅっと結び闇の手でデージーを引き裂いたかいなが、桜子と円を振り向く。 円の仕込み杖が、気高く咲きデージーへ切りかかる。間髪いれず、桜子もまた、舞うような仕草で軽やかに破魔矢を編んだ。怒涛の勢いで注ぎ込まれた一撃が、デージーから意識を飛ばす。 「私の……芸術、が……」 乞うように伸びた手も、夢と共に床へと崩れ落ちた。 体力ゆえか、狙われてもなお最後まで立っていたバットの男が、デージーの様に血の気を失う。 「もう、誉めて……もらえない」 彼が降伏を訴えるまで、時間はかからなかった。
やがて、館の人工池を白き花が埋め尽くした。 能力者達の手によって地下から救われた白が、風に遊ばれ、水面で艶やかに咲き誇っている。 狭く息苦しい棺から解放された、少年達の傍らで。
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参加者:8人
作成日:2009/07/20
得票数:笑える1
カッコいい17
知的5
せつない2
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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