シャスターデージー


<オープニング>


 穢れを知らない白き花が、そこには敷き詰められていた。
「いいわ、美しい、美しい光景よ」
 三十を過ぎた頃合の女が一人、黒いマントを羽織り眼前の光景に見入っている。
 立てかけるような形で、棺が幾つも壁へ埋め込まれた部屋だ。床下に埋まった棺もあり、いずれも顔周りが見えるのみ。ある程度掘らなければ、密封したふたさえ開かない。
 黒き棺に沈み、ガラス越しに映る人肌。無数の表情。
 彼らの姿は、女にとってどんな芸術よりも素晴らしいのだろう。
「い、嫌だ、放してくれ!」
 不意に、彼女の耳朶を打つ新たな響きがあった。
「連れてきたぞデージー。今度のは黒髪黒目だ」
 少年をしかと捕まえ、体格の良い青年が勝ち誇ったように女へ告げる。もう一人、細身の青年も、見せびらかすように少年の顎を掴み、持ち上げた。
 十代半ばらしき少年の顔が、絶望の色に染まる。
「カオが好きね」
 一言目は短く淡々と。
「そのまましまってあげて。息苦しさで、もっといい顔してくれるはずだから」
 二言目には、愛情を篭めて。


「ギリギリ十分ってところだねー」
 井伏・恭賀(運命予報士・bn0110)は、最初にそう告げて説明を始めた。
「黒髪の男の子が、息できる時間は十分が限度だ。助けるなら、それまでにね」
 更なる被害が出てしまう前に、最低でも貴種ヴァンパイアを捕縛したい。
 少年を救出した上で、ヴァンパイア全員を殺さず捕縛するとなれば、当然相応の作戦や動きが必要となる。もちろん、不可能ではない。
「貴種ヴァンパイア、名前はデージーって言うんだけど、壁や床に埋めた棺を鑑賞してるんだ」
 棺に入っているのは人間、それも十代の少年ばかりだと言う。髪や瞳、肌の色も様々にとにかく少年だ。
 中でも、幼さの残る年頃の少年が好みなのか、貴種が佇むアトリエには、彼らの棺ばかりで。

 ヴァンパイア達の拠点は、山奥――真上から見るとU字型をした館だ。中庭部分に人工池を作ったため、このような形となったらしい。
 部屋や通路には明かりも巡回も無いため、悟られるか警戒されない限り、侵入と探索は容易だ。
 反対に、館の正面扉を叩けば、近くの部屋で休む従属種ヴァンパイアが、『迷い込んだ人間』と思い応じてくれるだろう。もちろん、警戒されていない状態なら。
 この従属種ヴァンパイアもデージー同様、三十路過ぎの女性だ。一階の警備を担っているが、先述したように巡回はしていない。平たく言うとサボっているのだ。
「この人も可愛い男の子が好きみたいだ。で、常にチェーンソー剣を持ってるよ〜」
 また、連絡用らしきベルを部屋に置いている。ベルが鳴れば、他の吸血鬼たちに異変を感付かれるが、わざと鳴らすのも手だろう。そこは作戦次第だ。

 従属種は彼女の他に二人、捕まえた少年をデージーの許へ連れて行く男性がいる。
 一人は、体格も良くいかにも力が有り余っていそうな従属種で、ホームランバットの扱いに長けている。ただ少々頭が弱く、純粋で真っ直ぐゆえの狂気を持つ。獲物を誰かに盗られることを好まぬ性格で、貴種に少年達を捧げるのも渋々のようだ。
「誉められるのが嬉しい人なんだよ〜。渋々ながらも従ってるのはその所為かもだ」
 大きい子ども――彼のことを、恭賀はそう称した。
 もう一人、細身の青年は仮面で目元を完全に隠し、タキシードを着ている。手にした巨大鋏を駆使し、ジャンクプレスがお気に入りだ。殆ど喋らない彼は、少年達にも一切の興味が無いらしく、ただ刻んだり潰すのを好む。
「連れて来た子をデージーが気に入らなかった場合……その少年のことは、彼に任されてるんだよ」

 能力者の到着時、デージーと男性従属種二人がアトリエとなる館の地下にいる。
 しかし到着間もなく、タキシードの従属種は人工池へ向かうため、一階へ上がる。池へたいそうな袋の中身を捨てた後、すぐ地下へ戻ってしまう。
 ただ、何やら女性従属種が彼を気に入っているようで、異変を察知されていなければ「見回りしてるのぉ」などと嘯き、彼を一階に留まらせてくれる。
 バットの従属種は、仲間の指示に従うか、無邪気な本能によって動く。
 肝心のデージーだが、彼女に関しては欲望の赴くままとしか言えない、と恭賀が肩を竦めた。

「ごり押しでアトリエへ突撃もいいんだけど、地下室は一室だけだし男の子捜してる余裕無いと思う」
 地下のアトリエは円形状だ。そして、U字で言うとやや右上、部屋と部屋の間に地下への階段がある。
 部屋はU字の外側に並び、人工池のあるU字の内側は通路になっている。窓越しに見遣れば眼前に池が横たわる通路だ。
 アトリエで戦闘になれば、少年の入った棺を探して掘り出す余裕も無いだろう。掘り起こすとしても、時間がかかる可能性もある。
「彼らの性格を上手く利用するとか、何かしら方法はあると思うんだ」
 恭賀はそういい終えると、一度息を整え、こう話した。
「ヴァンパイア、捕縛して欲しいけど、やむを得ない場合は……死なせちゃっても仕方ないよ」
 何せ向こうはこちらを殺す気で襲ってくるだろうから。
 また、捕縛したヴァンパイアは学園ゆかりの病院などに収容するため、事後に関しては一切気にする必要も無い。
 少年についても、館の外へ連れ出してあげれば、後は自力で何とかしてくれるだろう。
「厳しい任務だけど、頼んだよ能力者さん。いってらっしゃい」

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参加者
黒田・桜子(インヴォーカー・b00762)
八伏・弥琴(空と紡ぐ・b01665)
本眞・かいな(動物好き・b15714)
神凪・円(守護の紅刃・b18168)
狩夜・刹那(緋水・b19026)
伴・童瑠(ガラドリエルの使い・b26731)
リラ・リエンダ(妖艶なる女豹・b28374)
鍵鏡・鷹(冥府の死神・b58445)



<リプレイ>

●残り
 ピピピピピ――。
 鳴り響くアラームが、彼らの肌と心を震わせた。居合わせたヴァンパイアも驚いたのか、目を見開き音の源をねめつける。
 アラームの理由を知らぬヴァンパイアの一人が、くつくつと笑った。
 タイムリミットがきたのだ。能力者達の中で定めた最善までの、刹那とも言える時間。
 音が止めば、現実を思い知らされるというのに。

●残り10分
 遡ること十分前。
 夜が見下ろす館は、息を殺す生物のにおいを感じ取っていた。
 喉さえ鳴らすのを躊躇い、狩夜・刹那(緋水・b19026)が潜入する仲間達の先を進む。従属種の女がいるという、ベルの置かれた部屋。そこを探して、見つからないよう息を潜める。
 従属種ヴァンパイアの姿は、そこにない。通路を伝う靴音も、外から流れる木々のざわめきに紛れそうだった。
 リラ・リエンダ(妖艶なる女豹・b28374)もまた忍び足で進み、地下に最も近い部屋へ身を潜める。
 ――救いたい。非情になることが大切なのも、知ってる。
 葛藤が宙を彷徨い、リラはふと手首を見下ろした。制限時間が判るようセットされた時計のアラームが、腕で息づいている。別の班にいる仲間へも、同じものを渡していた。
 正面玄関を通らなかったのは、伴・童瑠(ガラドリエルの使い・b26731)と八伏・弥琴(空と紡ぐ・b01665)も同じだ。足音が届くようにと、隠れた部屋の扉は閉めたまま聞き耳を立てる。
 ――僕は欲張りだから。
 心配してくれた井伏先輩には悪いけど、と弥琴がかぶりを振る。
 最善を目指す。その目標を抱くのは、皆も同じだ。

「だから、足挫いたから少し休ませてほしいだけで……」
 神凪・円(守護の紅刃・b18168)が二度目となる用件を告げるものの、相手の女は「ふーん」と素っ気無い。
 潜入する仲間とは別に、玄関の扉を叩いていたのは彼女たちだ。本眞・かいな(動物好き・b15714)がノックで訪問を報せ、灯りを腰に結わえたまま黒田・桜子(インヴォーカー・b00762)が困ったように視線を彷徨わせ、迷った素振りを見せる。
 傍から見れば、人気のない場所へ迷い込んだ一般人だ。その所為か、女も扉全開で警戒する気配もなく。
 けれど女は、少年らしさの欠片もない彼女達を、嬉々として迎え入れはしない。ちょっとでも男の子っぽさがあればイケるのに、とぶつくさ零すのみだった。
 しかし、館へ招き入れるのを拒んでいるわけではないようで。
「ま、いっか。紳士君なら好きそうだしぃ」
 吐息で笑った女の頬が、うっとりと恍惚の色に染まった直後、やや錆びついた高音が鳴り響き、館中へ異変を知らせた。ベルだ。
 弾かれたようにの女が周りを見回し、怪訝そうに眉根を寄せる。
「やだちょっと、なんで鳴ってんのぉ?」
「これからわかります」
 緩く目を細めた桜子が、真っ先に床を蹴る。彼女の視界に、ベルのある部屋から飛び出した刹那が映った。彼女と、そして円やかいなと共に、アトリエに続く階段とは反対の方角へ走る。
 キビキビと走り出した彼女たちをなめるような視線で追い、女も思い出したように追った。
「逃げないでよ、紳士君にサボってるのバレちゃうでしょぉ!?」
 ベルはまだ止む気配も無い。それもそのはずだ。すぐに止んでしまわぬよう、刹那が石を括り付けてきたのだから。
 廊下を突き進んだところで、不意に円が振り向く。
「さぁ、私達と遊んでもらおうか!」
 空気を震わせた宣言に、女は欠伸をかみ殺した。
「かわいい男の子なら文句ないんだけどー」
「そういうのばっかりなんですね……」
 黙っていたかいなが、呆れるあまり苦笑を零す。
 突然、地下への階段から遠ざかった彼女達の耳朶を、自分たちのものではない足音が打った。音は間近。そしてすぐに姿を現す。急ぐ素振りもなく、悠々と。
「……何だその者達は」
 至極最もな質問を、タキシードを纏った男が紡ぐ。不愉快か否かで表現するならば、何処となく愉しげに。そんな彼の反応を知ってか、女従属種も心なし嬉しそうだ。
 そして彼の後方から、今度は複数の足が混じる。ベルや騒々しさに飛び出してきた潜入班と、微かに息を切らした体躯の良い男。そう、従属種ヴァンパイアが三人、ここに揃ったのだ。
 しかし、そこに貴種であるデージーの姿はない。たとえば、デージーに「可愛い男の子がきた」といった情報が伝わっていれば、意気揚々と一階へ上がってきてくれただろうか。
 欲望の赴くまま動く存在は、なるほど厄介だ。
 しかし、デージーがアトリエへ篭もったままであろうことは、能力者達も既に予測していた。
 駆けつけた仲間達との挟撃が、従属種の三人を追い詰める。
「ジャマしにきたんだろ」
 素朴さを乗せ、ホームランバットを掲げた男が能力者達に敵意を向ける。
「エモノを横取りする奴は、嫌いだ」
 ――悪いこと。
 拗ねるような彼の言葉に、刹那は胸の内で呟いた。
 仲間の様子に肩を竦めたタキシード姿の男も、袋を放り投げ巨大鋏を振りかざす。ぱさりと落ちた袋は、中身を捨ててきたところなのか空っぽだ。
 臨戦態勢に突入した仲間やヴァンパイア達を見回し、桜子はそっと細い指を重ね折りたたむ。
 ――少年を、お願いします。
 祈りが地に沈んでいく。

 貴種ヴァンパイアのデージーが居座る地下は、彼女好みのアトリエと化していた。幾つもの顔が整列した壁と天井。
 棺だ。顔は人一人分の棺から、淡く浮かび上がっている。アトリエで新たな芸術を作り、飾り、鑑賞する。芸術品はもちろん――貴種のお眼鏡に叶った少年たち。
 柔らかな緑の瞳を動かし、童瑠が入り口に佇む。リラが後背で見守る中、大人しそうな表情を変えぬまま、童瑠が彼女へ言葉をかけた。
「おばさーん、何してんの?」
 思いがけぬ台詞だったのか、デージーの眉がぴくりと震える。
「……よくできた挨拶じゃない?」
 鈍い音を立ててデージーが床を蹴った。ひるがえしたマントから刃が飛び出し、鋭さで童瑠を切り裂く。痛みを光輝くコアで減らし、童瑠はすぐさま踵を返した。
「っ、強いよ」
 童瑠の告げた一言に、リラが頬を引きつらせて。
「なら退却だ!」
「逃げられると思って?」
 リラと童瑠の背を、デージーが長い髪を振り乱して追いかけた。よほど「おばさん」と呼ばれたのが気に食わなかったらしい。しかも、彼女のコレクション対象でもある『少年』に。
 埃が舞う程の賑やかさで駆け抜けた存在が、地上へと這い出ていく。代わりに静寂で包まれたのはアトリエだ。人影は多いというのに、生きるぬくもりが殆ど無い。
「こっちがおかしくなりそう」
 これがデージーの愛情だなんて。
 アトリエへ踏み入った弥琴は、知った光景に眉根を寄せた。
 鍵鏡・鷹(冥府の死神・b58445)もまた、彼と一緒に円形状の室内を見回し、優しげな眼差しへ憤りを乗せる。片手に取り出した携帯電話が、ライトの機能で眩く前方を照らした。懐中電灯に比べれば心許ないが、部屋を照らすには充分だ。
「薙ぎ払いたいところですが……」
「うん、今はこれが僕のやるべきこと」
 床と壁。双方を見遣る二人の手が、少年を求め動きだした。

●残り5分
「あんたみたいに出来る奴が、誰かの下にいるなんて勿体ないぜ!」
 凛とした眼差しで円が射抜いたのは、体格の良い男従属種だった。振り回したバットが円の仕込み杖によって軌道を変えられ、威力を削がれる。バットを引き抜いた男は彼女の言葉に、一瞬意味が判らなかったのか首を傾いだ。
 けれどすぐに「ああ!」と納得したのか手を叩く。
「誉めてくれるからな」
「上につく方がもっと誉めてもらえると思うけど」
 胸を張った男へ、円が諭すように口角を上げてみせる。指先で、白きナイトメアを召喚しながら。
「あんたの一番新しい獲物は、何処にしまってあるんだ?」
「棺の中だ」
 自信に満ち溢れた表情で男が返し、疾走したナイトメアがヴァンパイア達を叩きつける。その答えにか、タキシードの男が仮面越しにくすくす笑う。
 悠長に構えている彼を、飛び込んできた刹那の掌が襲った。注がれたエネルギーが、細身の彼から体力を喰らう。
 ほぼ同時に、かいなの振るった日本刀が、闇を連れた一撃となって男を追撃した。
「止めさせる。こんな、ひどいことは」
 零れた想いは独り言のように、しかし空を飲み込むほどに大きい決意だ。
 そんなかいなへと、けたたましい駆動音と共に女がチェーンソー剣を向ける。鳴り響くチェーンソー剣に、細身の男が浮かせた置物が重なった。置物に生えた無数の棘が、続け様にかいなへ痛みを与える。
 荒げた呼吸を整える間もなく、リラと童瑠が地上で戦う仲間と合流を果たす。もちろんデージーも一緒だ。
「待っていました。このときを」
 ぽつりと、まるで最初の雨粒もように桜子がひっそり呟く。桜子の願いに沿って、魔法の茨が覆い尽くす。覆ったのはデージーの足元だ。伸びゆく茨が、驚愕に拉がれたデージーから自由を奪う。
「ふ。随分強引ね」
「貴女だけは逃がしたくないの。絶対に」
 強き意志に塗れた、桜子を含む能力者達を眺め、デージーは臆することもなく笑う。
 いいわ、素敵。そんな嬉々とした感情を何度も。
「見たいわ。その顔が、恐怖に、絶望に包まれるとこが!」
 ――狂ってる。
 吐き捨てたリラに、仲間達の同意が重なった。

「残酷です」
 狂気にか状況にか、嘆きを溜め息に変えた鷹が、感覚を研ぎ澄ませて少年を探す。いつでも掘り起こせるよう、薙刀をしかと握ったまま。
 作戦や流れでいっぱいな頭を切り替え、弥琴も次々棺を覗き込んでいく。黒髪に黒目。合致する色をひたすらに。
 もし、少年に意識があるうちだったなら、「聞こえるなら、何処でもいいから周りを叩いて」など呼びかける手もあっただろう。耳を澄ませば、彼の出す声か音が聞こえたかもしれない。
 直後、「あ」と呻きに似た吐息を漏らしたのは弥琴だ。鷹を呼びながら、ピックハンマーで棺を叩く。叩くのは顔周り、外から見えるガラスの部分だ。黒髪に黒目の少年は、瞼を閉じ、唇だけ薄っすらと開けた状態だ。
 ここでふと、顔を傷つけてしまわないかと不安に駆られる。しかし躊躇っている暇は無い。
「慎重に、慎重に」
 そう自分へ言い聞かせハンマーを振るう。鷹も彼と並んで地を掘った。漸く辿り着いたふたを鷹が薙刀でこじ開け、弥琴が開いていく隙間から手を伸ばす。
 肩を掴み、ぐったりした身を引きあげた。

●シャスターデージー
 ピピピピピ――。
 アラームが、ベルの叫びに混ざり肌と心を震わせた。
 ヴァンパイアも驚いたのか、目を見開き音の源をねめつける。
「緊張感の無い連中ね」
 アラームの理由を知らぬデージーが、くつくつと笑う。
 リラが腕時計を弄り、アラームを止めた。階段の方を見遣っても、まだ仲間は戻ってこない。
「変わらないさ。アタシ達にできる全てを」
 朽ちることなく、リラが獣爪で細身の男を掻っ切る。そして仕返しとばかりい突き出された巨大鋏が、彼女の腕を裂いた。
 矢継ぎ早、童瑠がデージー目掛け悪夢の塊を撃ち出す。塊はターゲットにぶつかって散らばり、魘されるほどの夢をもたらす。ふらついたデージーが眠りに陥るのを知り、細身の男が仮面を整えた。
「楽しめなくなるじゃないか」
 鼻を鳴らして嘲笑し、転がっていた置物の像を浮かす。棘が生えた像の矛先は、先ほどから魔法の茨で行動を制限し続ける桜子だ。
 見事に従属種たちを抑え込んでいた茨を忌々しく思ったのだろう。真っ直ぐに突き抜けた先、しかし像は桜子に直撃しなかった。
「やらせないぜ!」
 彼女を庇うことも頭に入れていた円が、桜子の眼前で盾になったのだ。
「ありがとうございます……祈りを、どうか」
 そんなまどかを支え後押しするべく、桜子が古よりの祖霊を招き、彼女の得物へ宿す。
 癒しを目の当たりにした男へ、かいなが黒影の異名を持った一太刀を浴びせる。
「……絶対、逃がしません」
 アトリエという名の悪趣味な世界も、危害を加える存在も。
 鋏で受け損ねた刀が、細身の男を断った。結局、愉悦に満ちた笑みを崩さぬまま、男は膝を折ったのだ。
「あぁっ、紳士くん!」
 悲鳴混じりに喚き、女従属種がチェーンソー剣を振り回す。幾重にも連ねた刃が刹那を痛めつけ、その苦しみから逃れるべく刹那は霧を生んだ。
「タイヘンな戦い……でも……負けたくない」
 自らの姿を映した霧が、痛みを拭っていく。
 最優先目標だった細身の男が倒れたことで、数名の次なるターゲットは定まっていた。女従属種へと、彼らの矛先が集う。

 優しく撫でる手が、背中から恐怖を退けていく。
「落ち着いて、深呼吸して」
 弥琴の腕の中、しゃがみこんだきりの少年は促されるままに呼吸を整えた。少しでも落ち着きを取り戻した頃、そんな少年を鷹があやすように抱える。
 彼へ少年を一任し、よろしく、とだけ告げて弥琴は地上への階段を蹴った。
 残された少年に、鷹が続けて声をかける。
「……もう大丈夫ですよ。お家にお帰りなさい」
 館の外まで送ってあげると話せば、状況を理解しきれていない少年も、ただただ頷くばかりだった。

 リラが一撃を加え引いた瞬間、刹那の生んだ水の流れが手裏剣を模り女を裂く。集中攻撃を喰らい続けたためか、女の息も絶え絶えだ。
「い、いい加減消えて!」
 苛立ちを隠さぬ女のチェーンソーがかいなを刻もうとした刹那、轟いていた駆動音が静まり、その威力を失った。
「待たせてごめんね」
 地下より舞い戻った弥琴の手から、超越した力を蝕む霧が漂う。霧が、ヴァンパイア達から力を奪ったのだ。
「貴方達は……陽の下に戻らないと」
 告げた弥琴の想いも重ねた童瑠の指先へ、光が集う。槍と化した光が女を貫けば、悲鳴も上げず女はその場へ倒れこんだ。
「……幼き彼の者達の嘆きを力に、滅っ!」
 やや遅れて駆けつけていた鷹が、呪符をデージーへ放る。秘められた力が凄まじいだけにまともには当たらず、しかし確実にデージーの体力を削っていた。
 唇をきゅっと結び闇の手でデージーを引き裂いたかいなが、桜子と円を振り向く。
 円の仕込み杖が、気高く咲きデージーへ切りかかる。間髪いれず、桜子もまた、舞うような仕草で軽やかに破魔矢を編んだ。怒涛の勢いで注ぎ込まれた一撃が、デージーから意識を飛ばす。
「私の……芸術、が……」
 乞うように伸びた手も、夢と共に床へと崩れ落ちた。
 体力ゆえか、狙われてもなお最後まで立っていたバットの男が、デージーの様に血の気を失う。
「もう、誉めて……もらえない」
 彼が降伏を訴えるまで、時間はかからなかった。

 やがて、館の人工池を白き花が埋め尽くした。
 能力者達の手によって地下から救われた白が、風に遊ばれ、水面で艶やかに咲き誇っている。
 狭く息苦しい棺から解放された、少年達の傍らで。


マスター:鏑木凛 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2009/07/20
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