無銘の剣


<オープニング>


 とある骨董店。
 手狭な店内には、刀関連の品が多い。店主が特に力を入れているのが日本刀なのだ。
 数日前、ある男が店主の青年に日本刀を預けた。
 今日はその結果を伝える約束の日だった。
「あの、どうでしたか」
 鑑定の結果を訊ねた男を、店主の青年が振り向く。その手には、鑑定を依頼した刀を、何故か、抜き身で持っていた。
「これね……贋物でしたよ。あの有名な刀工の作ではありませんでした」
「えぇっ!?」
「刀自体の出来はとても良い。しかし、作者の名が通っていないと高くは売れない。そこでね、心得の悪い人が、上手く作者の銘を削って、偽の銘を……高く売れる、有名な刀工の名を、後で刻み入れてしまうことがある」
「そんな!」
 男は青年の言葉に肩を落とした。がっかりするのに忙しくて、青年の目が危うい光を帯びていることに、男は気がつかない。
「…………この子が可哀想です。この子の本当の作者は、もう誰にもわからない。……無銘の剣に、されてしまったのですよ……」
 ゆらり、青年は刀を振り上げた。落ちた影に、男がやっと顔を上げる。
「せめて、僕が……この美しい子にふさわしい使い方を、してあげたい……」
 驚愕の形に開いた口から、悲鳴が迸ることはなかった。代わりに響いたのは、一刀のもとに断ち落とされた首が床に落ちた、ごとりという重い音だけ。
「……他愛がなさすぎるなぁ……」
 吐息して、青年は血刀を一振りして露を払った。
「そういえば、近くに道場があったっけな……」
 ぽつりと呟き、彼は血塗れの骨董店を後にする――。

「皆様、いらっしゃいませ」
 志之宮・吉花(中学生運命予報士・bn0227)が扉を開け、教室に能力者たちを迎え入れた。
「大帝の剣のメガリスゴーストが出現いたしました」
 まずはそう告げて、吉花は小脇に抱えていたメニューブックを開く。
「今回メガリスゴーストが宿っているのは、日本刀です。所持者のお名前は津森・靖(つもり・やすし)。新たな血がその剣を染める前に、メガリスゴーストの破壊を。……よろしくお願い致します」
 吉花がページをめくる音が教室に響いた。
「津森青年はその刀の美しさに魅入られるあまり、血を求めるメガリスゴーストの意志と自分の意志とを混同してしまっているようです。そして、できるだけ強い相手と戦い、倒すことを望んでいます」
 そのため、津森は最初の犠牲者を出した後、徒歩で行ける距離にある剣術道場へ向けて出発する。
「残念ながら、今すぐに出発なさいましても、1人目の犠牲者となる方の救出は間に合いません。剣術道場へ向かっている途中の彼を囮作戦で補足する、という流れになるでしょう」
 時刻は黄昏時。ちょうど、夕方の稽古をしている時間帯なので、津森を道場に行かせてしまっては大変なことになる。
 吉花はメニューブックから1枚の地図を取り出すと能力者たちに渡した。
「幸い、刀を下げた格好で人目につくと面倒なことになるという意識はあるようで、津森青年は大通りを避け、人気のない道を選びます。そうすると、必ずこの公園を通り抜けることになります」
 地図の中の印のついた部分を、吉花は指さす。
 そこは公園なのだが、寂れていて人気がない。広さは充分で、水銀灯の他は滑り台やブランコといった遊具がある他は特に障害物もない。
「この公園で、何か……強さをアピールできるようなことをすれば、津森青年は必ず足を止め、皆様を標的にしてくれるでしょう」
 津森に正面切って戦いを挑んでも良いし、仲間同士で非公式試合のふりや、ケンカのふりをしているとか、とにかく「戦闘ができる人間であること」がアピールできれば何でも構わない。囮として姿を最初から見せておく人数も、作戦によって変えれば良いだろう。
「敵の能力は、通常の斬撃と、カマイタチのような衝撃波。また、力を溜めて非常に強力な一撃を繰り出してくることもあります」
 それと、と吉花はメニューブックのページをめくった。
「戦闘になりますと、件の道場へ行く途中の男子高校生が2人、メガリスゴーストの力で操られて援護にやってきます。攻撃は竹刀による打撃と、応援による回復と攻撃力アップとなっております」
 メガリスゴーストによって操られている一般人は、魔法的な力で守護されるため、戦闘不能になるまでダメージを受けることはない。
 今回の場合、高校生たちは戦闘終了後気絶してしまい、目を覚ました時にはその間の記憶を失っている。
 使い手である津森は、自分がやった事を覚えているが、記憶は世界結界の効果で曖昧になる。彼の骨董店の惨状については、強盗によるものとして処理されるだろう。
「一般人相手は、やりにくさがあるかとは思いますが、メガリスゴーストは操り手を戦闘不能にして初めて破壊することが可能となります。……これ以上の犠牲を出さないためにも」
 よろしくお願いします、と、吉花は深々と頭を垂れた。

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参加者
天宮・奈月(自己矛盾・b01996)
武田・克己(梟雄・b22518)
ルリナ・ウェイトリィ(無情なる銀月・b22678)
風魔・姫耶呂羅院(誘凪・b26286)
皆月・弥生(夜叉公主・b43022)
九頭竜・真貴名(終末の黒騎士・b45575)
花鳥・嵐月(ハードブレイク・b53073)
黒菱・涅雅(アンリミテッドアンビション・b62200)
水岸・烈(二刀竜・b62418)
異邦刃・トキハ(封されし原初の吸血鬼・b72503)



<リプレイ>

●求められし強者
 空に夕日の色が残る黄昏時、刻一刻と暗くなる公園。
 ――男が1人、現れた。
 公園に散った能力者たちの間に、緊張が走る。男の手には、鞘に収められた日本刀。
(「絶対に止める。取り込まれた彼が壊れてしまわないように」)
 遊具の陰に屈んで身を潜めた皆月・弥生(夜叉公主・b43022)は、痛ましげに眉をひそめた。大帝の剣のメガリスゴーストに関してトラウマじみた過去があるぶん、津森を操っている刀への視線は強く厳しくなる。思いを堪えるように、膝の上で濃紺のロングコートの裾を握った弥生の手に、1匹の猫が身を寄せた。猫変身した天宮・奈月(自己矛盾・b01996)だ。
(「やりにくい、なんて生温いことは言ってられないのですよ」)
 奈月は髭をぴりぴりさせながら、津森のほうを覗う。
 ちょうど、公園の中央にさしかかった津森に、囮役の4人が接近するところだった。
 まるでタイミングをはかったかのように、水銀灯が灯る。
「刀を思う心を付け込まれたか……。それで刀に使われていれば世話がない」
 水岸・烈(二刀竜・b62418)が立ちふさがり、愛刀をこれ見よがしに肩にかついで見せつけた。鋭い牙を思わせる刃紋が、水銀灯の青白い光に浮かび上がる。
「……刀」
 津森の視線が、烈の刀に注がれた。興味を引くに充分であったようだ。
「強敵との闘争こそ戦場に生きる者の誉れ、お相手願うとしましょう」
 紅眼のゴーグルを光らせ、九頭竜・真貴名(終末の黒騎士・b45575)が、すっと横につける。その腕を覆うのは、数多の武器を鋳造した、歪な鉄塊のような赤手。
「強い奴とやりたいんだろ? 来いよ」
 コキコキと肩を鳴らしながら、武田・克己(梟雄・b22518)が刀を抜く。鞘から現れるのは、洋の東西を融合させたような刀身を持つ大刀だ。
「君たち……強そうだ。よかった……良い相手が見つかったよ……」
 津森は瞳にどろりとした光を浮かべながら、柄を握り抜き放つ。メガリスゴーストである日本刀を。
 その刀は、確かに、美しかった。業物と呼ぶに相応しい。刀は人を切るための物だ。血と強者を求めるのも致し方ないことなのかもしれない、けれど。
「(じゃが剣に魅入られるは剣士としては三流以下。ましてや丸腰の相手を殺めるとはな)」
 異邦刃・トキハ(封されし原初の吸血鬼・b72503)は一般人を装って様子を見ながら、小さく呟く。呟きは木陰に隠れている花鳥・嵐月(ハードブレイク・b53073)に届き、嵐月は頷いた。
「(殺された男にも家族がいるんだろう? 可哀想にな……)」
 嵐月の視線は、メガリスゴーストの刃に注がれている。ついさっき、あれは血に濡れたのだ。これ以上の犠牲を出すわけにはいかない。
「さあ、刀狩りだ!」
 黒菱・涅雅(アンリミテッドアンビション・b62200)が津森の背後につき、愛刀を振りかざす。
「刀狩りか……! いいなぁ、それはいい。僕のこの子に、狩られておくれ!」
 津森はが振り向き、燃え盛る炎を連想させる深紅の刀身を目にしたことで、闘争本能に火をつけられたように叫んだ。
「ああ……しあい……死合だ……」
「……俺らも参加しないと……」
 公園にふらふらと入ってきた男子高校生が2人、竹刀を手にする。既にメガリスゴーストの力によって操られているのだ。
「新手が来たでござるよ!」
 件の道場側に近いほうの入り口あたりに潜んでいた風魔・姫耶呂羅院(誘凪・b26286)が皆に声をかけ、高校生たちを牽制するように前に立つ。
(「この配置……吉と出るか凶と出るか」)
 ラジカルフォーミュラを発動させた瞳で状況を素早く確認しながら、姫耶呂羅院は胸中で呟いた。
 津森と高校生たちに対し、能力者たちは2手に分かれて対峙している。
 敵の戦力を分断できたことになるが、津森班と高校生班、お互いがしっかり抑えないと、片方から不意打ちを食らわされてしまう可能性が出てくるだろう。吉凶は、能力者たちのこれからの立ち回りにかかっている。
 水を打ったような一瞬の静けさは、命を賭けたやりとりの前の緊迫。
 津森は4方を囲まれた状態だが、楽しげに笑っている。血を求めるメガリスゴーストの意志に感応しているのと、刀に魅入られるあまり、判断力が狂っているのだろう。
「どうした。死合う相手を欲しているのだろう? かかってこい」
 旋剣の構えで牙竜と絶竜を頭上に掲げた烈が津森に投げかけた言葉で、緊迫は破られた――。

●仕合い、死合う
 腹に響くような奇声と共に、津森が刀を大きく振りかぶった。そのまま踏み込み、振り下ろす。
「おっと! ……おーし。上等」
 克己は前髪を剣風で乱されたのみで回避すると、余裕の表情で大刀を頭上に掲げ旋回させた。
「次こそは屠ってあげますよ!」
 津森は再び高く振りかざす。
「戦場を駆け、強敵と死合う……或る意味においては、あなたの心境には共感できますが……」
 虎紋覚醒を行いながら、す、と真貴名は目を細めた。満ちた気で、漆黒の髪が微かに逆立つ。
「じゃあ、この剣に君の赤をおくれ!」
 振り下ろされた刃を、真貴名もまた髪を揺らしたのみで避けた。
 当たれば確かに痛そうだが、本当に見え見えの大振りだ。来るのがわかれば、回避は容易だった。
「俺らも……」
「死合、しなきゃ……」
 囮役に囲まれた形の津森を手助けするべく、高校生たちが竹刀を手に駆ける。
 その前に立ちふさがったのは、青ざめて見えるほど冷たく光るナイフを構えた、奈月。猫変身の解除直後にイグニッションした彼女はまるで突然現れたかのようだった。
「刀に操られてるなんて……お兄さん達、まだ修行が足りないな」
 言い放った奈月の眼前に、描き出された魔弾の射手の魔法陣がぼうと光る。
 竹刀を構えた高校生たちを、直線上に走り抜ける電撃が貫いた。
 赤いエアシューズの車輪を鳴らし滑り込んできたルリナ・ウェイトリィ(無情なる銀月・b22678)が、ライトニングヴァイパーの残滓が燻る手を握り、アームブレードの刃を高校生たちに向ける。一般人相手でも、容赦をするつもりはもとよりないらしい。
「邪魔するな!」
 矢面に立った奈月たちに、高校生たちの竹刀が振り下ろされる。面打ち。パァン、と竹刀が鳴る。
「誰も倒れさせはしねぇ!」
 すかさず、嵐月のヒーリングファンガスが飛んだ。
 竹刀の音は派手だが、ダメージは低い。とはいえ、連続で受ければ危ないだろう。
 シッ、と短く呼気を鳴らし、姫耶呂羅院が奈月を援護すべく水刃手裏剣を投げた。透き通ったその刃を腕に食らい、高校生が竹刀を握りなおしながら数歩引く。
(「あまり強くはない……戦闘不能後に追撃をしてしまわないように注意が必要だな」)
 姫耶呂羅院は状況を分析しながらも、次の水刃手裏剣を構えた。
(「俺がついてるから安心して前のめりで行ってこい!」)
(「……ありがと!」)
 白いキノコを受け取った奈月に、ファンガスを介して嵐月からのテレパシーが届く。心の声で応じながら、奈月は崩れた体勢を立て直した。
 見れば、攻撃を受けても、メガリスゴーストの魔法的な力で守られている高校生たちの身体には、直接傷がついている様子はない。
「傷つける心配は無いのは、慰めだね」
 奈月の遠慮も完全に消え、踏み出した脚はクレセントファングの軌跡を軽やかに描く。
「端役はさっさと退場せい。無駄に五月蝿いし目障りじゃ」
 トキハが名刀鈴木を頭上に、旋剣の構えからダークハンドを放った。蹴り上げられた高校生を、更に影の手が引き裂く。
 1人目の端役が、それで退場となった。
「ちょこまかと!」
 時を同じくして、当たらないことに業を煮やした津森が、動きを変える。津森自身が何がしかの剣術をかじっていたのか、メガリスゴーストによって操られている故かはわからないが、大振りにこだわらなくなれば、それなりの使い手だった。
 ギンッ、と金属同士のぶつかり合う音が響き、薄闇の中に火花が散る。幾度も、幾度も。
「刃には刃を……ってとこか」
 涅雅が旋剣の構えから斬撃を受け流した。返す刀で、黒影剣を打ち込む。津森は刀の峰で受けた。バギン!と鉄が鳴り、激しく火花が散る。日本刀の弱点とされる部位で、真正面から、力で強引に弾き返したにも関わらず、メガリスゴーストには傷ひとつつかない。
「やっぱり、使い手を倒さねえと破壊は無理、か」
 涅雅は再び剣を構え直した。ジャケットのモチーフである黒鬼が、鬼炎斬刀の深紅の刀身に映える。
「じゃ、俺らが相手してやるよ。満足するまでな!」
 克己の赤いロングコートが翻り、大刀が唸った。津森はその一撃を弾こうとして、しかし弾ききれず肩に受ける。
「いいね。君たちは強い。この子の相手に相応しい」
 津森のふるった刃から、カマイタチが走った。近接攻撃ばかりだったところにいきなり動きを変えられて、烈がまともに食らう。
「くっ……。油断ならぬ力だ」
「ふふふ。そうだろう? この子の使い手である僕は強い」
 赤いメッシュの入った白い前髪に、もう一筋の紅が滲んだのを見て、津森が顔を歪めて笑った。
「貴様のそれは刀を使っているのではない。使われているだけだ」
 烈は頭を振り、津森の言葉を否定する。出血が多い。後方に引いて体勢を立て直すことを考えたが、それには及ばなかった。
 烈の牙竜と絶竜が、ぼうと黒い燐光をまとう。弥生の黒燐奏甲だ。
「……いい気なものだな。だがこれ以上勝手な真似はさせない」
 低い声は、津森の手でぎらつくメガリスゴーストに向けて。虎紋覚醒の紋様を肌に浮かび上がらせた弥生が、黒い燐光の尾を引く蟲籠を掲げた。二重の強化を済ませた弥生のバックアップは心強い。
「使われている、大いに結構! この子の力は素晴らしいだろう!? ハハ、……カハッ、ハハハ!」
 次々とカマイタチを放ち、津森は笑っている。涅雅のダークハンドで受けた毒に蝕まれて息を切らしながらも、哄笑する。
「悪っぽい! かっこいいッス、痺れるッス!」
 間の悪いことに、残った1人の高校生からエールが飛び、津森のダメージが回復する。同時にカマイタチの威力が目に見えて増したのがわかった。
 カマイタチをかいくぐって接近しても、大振りを食らったら厄介だ――津森を囲む者たちの間に緊張が走る。
「おっと。これ以上はさせないぜェ」
 重ねがけさせては面倒なことになるので、嵐月がひとまずは高校生にキノコを投げた。
「食らうかっ!」
 白いキノコは、儚く叩き落とされる。しかし、竹刀を振り下ろして生まれた隙に、長い銀の髪をなびかせた小柄な影――ルリナが飛び込んだ。無言で顎に叩き込むのは、詠唱停止プログラムの螺旋をまとった拳。
「……がっ!?」
 高校生は仰け反り、そして倒れた。舌を噛んだような声を出していたが、やはり傷はなく無事だ。
(「残るは――」)
 戦闘不能になった高校生たちを安全なところに移しながら、姫耶呂羅院は視線を走らせた。
 今や津森は1人で、能力者たちに囲まれている。
「よい刀じゃな。汝には勿体無い」
 ダークハンドを放ちながら、トキハが呟いた。引き裂かれながらも、津森の目が輝く。
「そうだろう? この子は美しいだろう? この美しさは、血の花を咲かせる力があるからこそのもの……素晴らしいだろう?」
 カマイタチが飛んだ。
「これがお前の望みか。力で他者を嬲れるからお前は刀に惹かれたのか」
 黒い燐光のこぼれる虫籠で顔を庇いながら、弥生が問い掛ける。正気を取り戻す事を期待してはいない。でもそれでも声をかけてはあげたい。
 虫籠を下ろし、弥生はその思いを視線に乗せて、真っ直ぐに津森本人を見詰めた。
「違うはずだ。思い出せ、お前の心を。そして抗え。私達が手を貸してやる」
「心…………?」
 津森の動きが止まった。手の中のメガリスゴースト……否、心惹かれた日本刀に、津森は視線を落とす。
「無銘の剣だけれど、本当に、この子は美しくて……なのに、価値に相応しい鑑定をしてあげられないなんて……」
「おい、靖、しっかりしやがれっ! その【美しい】刀を血で染めさていいのかよっ! ゴーストなんかの好きにさせるなっ!」
 嵐月の声に、狂った色しか浮かべていなかった津森の瞳に、正気の光が戻る。しかしそれも一瞬のこと。
「血で……そうだね、僕はせめて、この美しい刀身を、赤で飾ってあげなくちゃ」
 再び、津森の瞳がどろりと濁り、強者を屠ろうと刀を振り上げた。嵐月は舌打ちし白いキノコを投げる。
「ちょいと卑怯な気もすんが……。いやいや違うな。人を操って殺しを行わせるヤツに卑怯もクソもないな」
 津森の頭にピョコリと生えたキノコが、彼の運動能力を奪った。
「殺らせてもらう!」
「名もなき剣と嘆く無かれ、元より剣に名など不要!」
 克己の大刀と、真貴名の無骨な赤手が、紅蓮を纏って叩き込まれる。
「斬り捨て、ご免ッ!」
 マヒで動けないまま魔炎に燃え上がった津森に、烈が上段からの袈裟懸けを一気に放った。
「刀は使うだけでも、使われるだけでもダメだ。刀と使い手が一体とならなければな。貴様にはそれが足りなかった」
 烈に語りかけられながら、ゆっくりと津森が倒れる。
 その手から、日本刀がすべり落ちた。

●無銘の剣
「結構な業物じゃなぁ。壊さんといかんのか……勿体無いのぉ」
 静かに水銀灯の光を照り返す刃を見下ろし、トキハが呟く。
 せめて刀工の名が知りたかったが、これはもう、メガリスゴーストと化して時と時代に合致した『在り方』ができなくなってしまった剣。
「刀は人殺しの道具。だが、だからといって人を殺していい道理などあるはずもない。確実に完璧に容赦無く徹底的に破壊しましょう」
 弥生は容赦なく刀身を踏み割った。 
「せめて、安らかに眠れ……」
 真貴名が目を伏せ、更に赤手を叩き下ろす。
「小細工なしの真剣勝負、楽しかったぜ」
 涅雅の言葉に送られながら、日本刀は粉々に砕けた。最後に聞こえた軋むような音は、最後の抵抗だったのか、それとも最後の戦場を与えてくれたことに対する礼だったのか。
 どちらにしても、これで、この事件は終わり。
「ここなら少しは暖かいかな」
 奈月が、巻き込まれた一般人たちを、姫耶呂羅院と協力して茂みの影にあるベンチに移している。
「……酷い目にあっちまったな。今日のことは悪夢だと思って忘れちまいな。あんたのせいじゃない。もう大丈夫だからな」
 津森に向けて、嵐月が声をかける。津森は目を閉じて動かないが、すぐに気がついて帰宅するだろう。
「彼は人を殺めた記憶を抱えて生きることになるんじゃな」
「しかし、後は拙者らに出来ることはなし、世界結界の成り行きに任せるしかないでござる」
 物憂げなトキハは、姫耶呂羅院の言葉に頷いた。上手く折り合いをつけて生きてくれることを祈るしかない。
 イグニッションを解けば、北風が肌に染みる。
 夕闇の中に白い息を吐きながら、能力者たちは公園を後にした。


マスター:階アトリ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2010/02/05
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