<リプレイ>
●不幸せの王子 夏の緑に覆われた林を、幾つもの影が風とともに抜けていく。建物側から奥へと追い込む風は、彼らの生きる音と匂いを乗せて、林を緊迫感で包んだ。 美崎・曜子(人形小町・b15178)が、身を低くしながら仲間達へ手を振る。それが、ターゲット発見を報せる合図だった。 不幸せの王子の近くには、俊敏な動きを魅せる影もある。小さなケルベロスだ。ケルベロスが爪で硬い身を引っ掻き、不幸せの王子が痛みを拒むように腕を振り、ケルベロスを強打する。 扇状に広がった能力者達の中、右翼先端に位置する蘇芳・沙那(鎮めの花・b31261)は、歩みを速めた。 彼女だけではない。相手を取り囲めるようにと、能力者達は静かに配置につこうとしている。扇状から徐々に包囲し、輪を狭め敵を追い込もうとする流れは見事だ。しかし物音を立てぬよう静かにそれを成すのは、急ぎであれば尚更難しく、やや手間取っていた。 戦闘は数だと再認識し、空知・麦丸(てなもんだ人生・b18308)がのっしのっしと歩く岩の身体を一瞥する。 「こっちは総勢14の戦力やしな」 使役ゴーストを連れているメンバーが、今回は多い。包囲にさえ成功すれば、容易く逃すこともないだろう。 しかし、『不幸せの王子』とゲーム中で名づけられていた相手は、木々の合い間から近寄る姿に一瞬動きを止めた。そしてまるで怯えるかのように身を揺らし、得物を手に次々姿を現した若者達を見て、踵を返した。すぐさま奥へと踵を返してしまう。 こちらから敵が見え、しかも仲間同士が視認できる距離なら尚更、敵からもこちらが見える可能性が高かった。ゆえに、全く気付かれず包囲網を完成させることは、余程上手くやらない限り難しい。 「行ったぞ!」 雪だるまを身にまといかけたウィル・アルトリオス(灯志樹・b29569)の叫びが、林に響く。 同時に、曜子の広げる白燐蟲が視界の難を払った。良好となった視界に後押しされ、麦丸が真ケットシー・ガンナーを振りむく。 「ジゲン、ガンナーの出番やで!」 頷く仕草の後、ジゲンが不幸せの王子を足止めするべく撃つ。太くどっしりした足が、その射撃に翻弄される。 突然の襲撃に驚いたのは小さなケルベロスも同じだろうか。能力者達へ攻撃する気配は今のところないが、その獰猛な眼差しが、いつ彼らへ牙を剥いてもおかしくない。 一部始終を眺めながら、ユゼン・クロイラ(瓦礫の国のもったいないお化け・b35092)は強固なる鎧で真フランケンシュタインBのラピエサージュの守りを固めた。自分に似た体格ゆえか、その行動にか、王子の意識がユゼンたちへと向かう。 光り輝くコア越しに、藤井・アンナ(ドルンローシェン・b40518)が王子を見つめた。仲間との間合いが開きすぎぬよう注意を払って、ふと――自分のような行動が叶う、そんな相手のいない存在を。 自らの能力を高めるのは、黄泉野・空穂(此岸と彼岸の狭間・b18905)も同じだ。長杖を掲げ、次の機会に備える。 「彼らは、脅威ですから」 手ごわい相手となるならば、尚更。空穂は戦う術を持てた現実に目を細め、祈るように魔布陣を生成する。 腰に下げたランプが鈍く鳴る。高月・世良(ハティ・b24657)は、杖で帽子のつばをくいと押し上げたベルと顔を見合わせ、ベルが王子を踊りに誘う間、魔法陣で力を高めた。 しかし王子は誘いに乗らず、ただベルをねめつけるだけだ。 ルゥ・シルヴァン(三日月を駆るケモノ・b47794)も続けて、得物を掲げ旋剣の加護を得る。押し隠していたため息を紛らせて。 「ゲームから出てきたりしないでよね」 レベル上げに没頭していた先日を思い出す。本当につい先日のことだ。慣れないことをするものではないと、ルゥが緩く肩を竦める。 ともに戦場へ立つフランケンシュタインFWの龍鬼を見上げ、沙那は瞳を濡らした。 ――とても、悲しいことです。 道具としてのみ生み出された命を、少女は伏せた睫毛を震わせてまで嘆く。主の心情を感じ取ったのか、龍鬼がちらりと沙那を振り返る。思いがけず縋りつきそうになったその腕で、沙那は漆黒の弾丸を放った。 龍鬼も彼女の一手に重ね、渾身の力で王子を殴る。 「涙石くるで!」 刹那、予備動作を警戒する麦丸の叫びが木霊した。 聞き届けるか否かの、一瞬の出来事。不幸せゆえにか、恐怖にか王子がぽろぽろと雫を流す。雫は真っ黒な石と化し、自由の中へ羽ばたいた。けれど羽ばたきはすぐさま地へ落ち、ルゥを襲う。 飛び立った涙石の素早さに歯を噛み、麦丸は幼いなりに堂々と構え、両手のロッドから魔法陣を生み出す。 ――人の業、っちゅーと格好付けすぎか。 人造ゴースト。その響きに、麦丸は嫌な汗を浮かべた。人の手で創られたのならば、後始末も人の手で。己の手と王子を交互に眺め、麦丸が決意を新たにする。 そのとき、ガツッと鈍い衝撃が王子に走った。跳ねて飛び込んだ曜子の角兜と蟲笛が、猛々しい獣の力を乗せ王子を掻いたのだ。普段の運動神経など何のその、素早い曜子の一撃に、王子の関節が悲鳴をあげる。 「痛そうですし、すぐ止めてあげます」 その歩みを。その涙を。 曜子の宣言が宙を駆ける頃、アンナは魔法の茨で王子を捕えようとした。だが、王子は精一杯の抗いを、茨を振り払うことで見せ付ける。 ウィルはふと、今自分たちが立っている場の冷たさに眉根を寄せた。 「……寂しいトコだな」 王子は自分の存在も、周りにある存在も理解できないのだろうか。彼の疑問に答えは返らず、ただ熱を冷ますためだけに吐息を吹きかけた。 「また泣きそうだ、気をつけて、ケルも」 涙の素振りを世良が察し、呼びかける。僅かに、ケルベロスが世良を見遣った気がした。
●不幸せの涙石 ――なんてもったいない。 含んだ意味は言葉に変えず、創造主の許を離れても尚不幸な相手を、ユゼンが哀れむ。指先で、ラピエサージュへ施す闘気を練り上げながら。 彼には帰る場所も、頼る相手も無い。ならばせめて安らかな眠りをと、沙那も呪われた弾で王子を射抜く。矢継ぎ早、龍鬼が王子を叩いた直後を曜子の一撃が降る。獣の加護を得た一撃は重い。 仕返しとばかりに、片方だけになった腕を王子が振りかぶる。咄嗟にウィルが前衛へ注意を促すものの、僅かに間に合わず風を切って腕が振り回された。 ――わけもわからず生み出されて、こんな場所を彷徨って……。 世良は喉が渇いたのに気付く。息が荒いのは自分だけではない。消耗とは違う粘りつくようなもどかしさが、そうさせているのかもしれない。 編みこんだ術式に世良の惑いが重なり、炎を伴って王子を叩く。炎が消え去る頃には、ベルが誘う踊りの世界へ王子も一歩足を踏み入れていて。 ――ボクは詫びんよ。 むしろ恨め。滾る想いは声にせず、麦丸が魔弾の雷撃で王子の体力を削る。 徐々に、徐々に王子の足取りが鈍くなっていく。何処へ行くでもない、彷徨い人の足取りが。 ジゲンの射撃が標的を狙い定めるのとほぼ同時、ふと振り向いた麦丸の目に、傷つきながらも敵へ突撃するケルベロスの姿が映った。 「ちびそっち行った! フォローよろしゅう!」 「ちび、危ねえから下がってろよ」 真っ先に応えたウィルの呼びかけに、ケルベロスは首を傾いだものの留まる気配もなく、不幸せの王子を引っ掻く。 王子が悶えるように身を揺すった。哀しみと苦痛に苛まれてか、或いは。 ――まさか、居場所が無えことを知って怯えてるのか? 全身から血の気が引くのを感じ、ウィルは腕をさする。 覚えた寒さも拭い去るように、アンナが優しい祝福をケルベロスへ飛ばした。描かれたハートが、アンナの愛情をたっぷり含んで、自身とケルベロスを癒す。 作られたゴースト、しかも設定されていたであろうデータから生まれた彼に、心はあるだろうか。アンナは繊細な指先で唇を撫で、紡ぎかけた疑問を音にせず空気へ溶かす。 「解放して差し上げましょう」 もし、その涙が悲しみによるものなら。 その間、痛みが引いていくのに気付いてか、ケルベロスは王子へ意識を移したアンナをじっと見つめる。 直後、宙を切り裂き走った魔弾が、纏った雷で王子を追い立てた。悲鳴のひとつもあげず、ただ苦しげに王子がもがく。空穂が放ったものだ。 「嗚呼、嘆きの王子様……何をそんなに嘆いていらっしゃるのです?」 舞台に立った彼女の言葉が、王子へと突き刺さる。間髪いれず、スカルロードの宵闇が死神の大鎌で頑強な身体を切り裂いた。 すかさずルゥも黒き影の異名を持つ一太刀を浴びせるが、王子のたくましい腕に防がれ、威力を削ぐ。 いくら猛攻を与えられても、不幸せの王子から速さと力は奪えない。豪腕が曜子めがけ翳される。反射的に曜子が身を屈め、丈夫な角兜で重たい一撃を防いだ。 「その哀しい運命から……解き放たれるのじゃ!」 続け様に沙那の意気込みを乗せた弾丸が、ラピエサージュの拳と、ユゼンが撃ちだした弾丸に重なり、王子を叩く。 「仲間が、あなたの仲間に助けられたから……」 不意にユゼンが向けるのは、王子ではなくケルベロスへと。 「今度は、わたしが助ける」 凛とした声に、ケルベロスが耳をそばだてた。まるで内緒話でも聞くように。 そして、痛みを退けるべく曜子が呼吸を整えた刹那、世良が真夏の太陽に酷似した熱き魔弾を放つ。逃げる隙さえ与えぬほどの、猛攻だ。 ――涙ごと蒸発させる。悲しい運命に終止符を。 そんな世良へと、不幸せの王子が涙石を飛ばす。まるで春先に見る漆黒の鳥のように、涙石は世良の足元へ低空飛行し、直撃と同時に飛び散った。 負傷した主を心配そうに窺い、ベルが魔力を躊躇いなく供給する。 涙石の行方と、涙石の生まれる敬意を眺めた所為か、麦丸は術式を編みながら叫びたい衝動を抑えきれずにいた。 「つか泣くなや! ……ほんま、やりにくいなっ」 「くるぞ!」 ルゥの声が響き渡る。 再び、涙石が息吹いて空を駆けたのだ。ウィルの傍らへ着弾し、彼と、すぐ近くにいたケルベロスをも巻き込む。 悲しみが深くなっていくほど、強さが増すように強力だった。そんなはずはないのだが、消耗が激しいのもまた、能力者達が敵の攻撃を「脅威」と感じる所以かもしれない。 相手はたった一体だが、たった一体ゆえに強い。 「……悲しい物語は、涙は、ここで終わりにしましょう」 アンナが再びヤドリギのもたらす祝福を虚空へ浮かべ、ルゥがこれ以上ケルベロスを攻撃させはしまいと、小さなケルベロスを後背にして立ちはだかる。 「せっかく共闘してるんだしね。馴れ合うのは苦手だけど」 不敵な笑みが、微かにルゥの口角を模った。 ふと、空穂がスカルロードの名をここで呼ぶ。指先で魔弾を結い上げながら。 「宵闇様、せめて、嘆きの王子様に、安らかな終焉を」 空穂の動きに乗った宵闇が、主の意志とともに戦場をゆく。大鎌が涙もろとも王子を断ち、並んで突き進んだ魔弾が王子を覆う。帯びていた雷が能力者達の決意を束ね、餌食にする。 大きく仰け反り、王子は曇り空へと残った腕を伸ばした。 分厚い雲に隠された果てしない大空を、求めるかのように。
●幸福の教え 幸せを教えるべき存在は、もうひとつ。 小さなケルベロス――ケルベロスベビーだ。 能力者達は攻撃の手を止め、彼の者へと向き直った。低く呻きこちらを威嚇する様は立派なケルベロスだ。少しでも手を出せば、相手も容赦なく襲い掛かってくるだろう。 しかし、ベビーは能力者達に戦う気が無いと知るや否や、剥きだしにしていた歯を隠す。戦いの最中に、ベビーを援護したのもまた、「戦う気が無い」と判断する基準となったのだろう。 「先程の王子の様に傷つけたくはないんだよ……」 ぽつりと零した世良の言葉に耳を揺らし、戦意を喪失したベビーがくるりと身を翻す。 歩きだすベビーへ、咄嗟にルゥが一緒に来ないかと呼びかけた。 ――ボクもコイツには興味有るし。 共闘した理由を知りたい。だから、ついてきてくれれば。 そんな湧き上がる希望を胸の内に抑えたまま、ルゥは相手の反応を待つ。しかしこれだけでは、彼の者を呼び留める理由にならなかった。 「わたし達が戦う必要はない。戦う以外の道も、ある」 続けてユゼンが唇を震わせ、想いを紡ぐ。 「……ここにいるわたし達とラピ達が、誰よりもそれを証明してると思うから」 ぴたりと、ベビーの足が止まる。引き寄せられたように振り返り、寄りそって主と並ぶ使役ゴーストたちを見回していく。 沈黙が流れた。 様々な姿の使役ゴーストと、彼らが慕う主の表情に、ベビーが首を傾げる。そしてか細く「くぅん」と漏らす。 説得にあたる彼らの言動と、戦いの最中に見せた態度が、行動が、ケルベロスへ何かを芽生えさせたのだ。 「出生が何だろうが生命として完成しているなら」 まるで乞うかのように、諭す想いがはらはらと曜子の口から溢れてくる。 「どんな形でも、生き続けるべきです」 生きているのだから。生まれてこれたのだから。 義務や権利といった単語を使わずとも、伝わる心はある。ベビーは恐る恐る、否、興味を示し能力者達へゆっくり近寄った。 「ほーら、餌やでー?」 麦丸が干し肉で餌付けを試みる。駄目元のつもりだった彼だが、大人しくなったベビーは拒みもせず干し肉を噛み、初めての味と感触ゆえか不思議そうに尻尾を振る様子は、動物の赤ん坊のようで。 そんなベビーをウィルがバッグへ手招き、優しさで撫でる。 「よしよし、一緒に帰ろーな」 この調子ならば締め付けずとも大丈夫だろうと、アンナも胸を撫で下ろし安堵感から息を吐いた。 そしてアンナが教えたのは、未来へ繋がる帰途。 「大丈夫ですよ、すぐに新しいおうちに着きますからね」 「ガウッ!」 能力者の想いに応え、小さなケルベロスは元気に鳴いてみせた。 澱みも迷いも、吐き捨てて。
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参加者:9人
作成日:2009/07/30
得票数:知的1
ハートフル16
せつない10
えっち1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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