<リプレイ>
●御用のない者 霞む夜を闇が深く包み込んでいる。果て無き両腕に抱かれ、子守唄に耳を傾ける月だけが彼らを見下ろしていた。 住宅地からぽつぽつと届く灯りも、平穏ゆえにか戦いからは遠く、心許なくも温かい。だからこそ守らなければならないのだと、八代・蛍(最果ノ灯・b53562)は仲間達との間合いを確認する。 「御用があっても……通せないんだ、よ」 か細く零れる決意を、地面が掬う。 「おーし、言う奴は格好良く決めろよー」 日乃元・大和(クリムゾングローリー・b19662)が仲間達へ、笑顔を向ける。 決めてやるぜと言わんばかりに踏み出したのは鹿取・隼人(即興のマイスター・b00602)だ。 「銀誓館随一のスーパーナイスガイとは、俺のことだ!」 突きたてた親指でぐいと自身を示し、高らかに叫ぶ。 「尋常に勝負して、俺の輝ける伝説の1ページにしてやるぜ!」 夜中に響き渡る宣言で、めぐり合えた異形の群れがぴたりと止まった。 そして、群れが名乗りをあげた面々へと向き直ると、牙神・白(牙を持つもの・b05900)が隼人の右隣で声を張り上げる。 「……退魔結社が一、白狼の牙神……推して参る……っ」 彼の愛用する長槍が、月光を帯びた。 此処が街中でなくて助かった、と金・太元(不変の希求・b19166)が細い息を吐く。緩く、けれどしなやかに掲げる剣は朧夢だ。 「其処なる御仁、御相手願おう!」 木の葉たちが道の脇でざわつく。彼方では、天を貫くように伸びた杖が揺れている。シャラン、と鈴の音を落とす彼らの足取りは、能力者達と向き合ったまま、消えることはなかった。 刹那、構えた若者達の矛先がたったひとつの存在を狙い定める。 じりとアスファルトを踏みしめ、前衛よりに立ち備えていた高木・誠(自由猫・b00744)が真っ先に術式を編みこむ。彼と共に、魔弾を模ったのは山之辺・楓(忘れじの赤翡翠・b09415)だ。 「月下の魔女、山之辺楓。いざ参る!」 雷と炎の連撃が、老翁の後背にいる少女へ飛ぶ。 連なりを消さぬようにと、雪村・羽根(ふわり宙に舞う・b22459)もまた、術を紡いだ指先から魔弾を生む。 ――なんで、4体しかいないのに、百鬼なんだろー。へんなの。 その目に映るゴーストだけを見遣り、羽根は首を傾いだ。 一方、大和が名乗った仲間の前で、黒き蟲の群れを招く。 ――これでもオンナノコだから端よりに、って思ったけど。 一陣の風が吹きぬける。大和が腕を広げるのは仲間達よりも敵に近い場所だ。 直後、戦場へ輝きが溢れた。隼人の背負った十字架が悪を滅ぼす光と化し、視界に映る全ての敵を射抜く。 「なんなの、もう!」 飛ばされる猛攻に、リリスと衣である蛇がシャーッと牙をむき出しにする。戸惑う彼女には目もくれず、闇の手が引き裂く。 逞しく対峙する皆を忙しなく眺め、水無瀬・忍(水が無くても水練忍者・b54513)は傍らで機会を待つ真ケットシー・ガンナーのとしまるを見た。 「今回は強敵だけど……私達なら多分、大丈夫だから」 自分に言い聞かせるように話しかける。としまるはと言えば、不敵さに満ちた眼差しのまま、帽子を整えるだけで。いこう、と告げた忍の宣言が合図となり、手裏剣と弾が二人の絆を辿って放たれた。 初手で集中砲火を成すには、それなりの連携が要る。素早く走り出せる仲間とタイミングを合わせる必要があるからだ――彼らはそれをやり遂げた。 慌てたのはリリスだ。意識を辛うじて保ち、老翁に縋る。ただ翁についていくだけだった女の、一変した表情がそこにはあった。 果たして、彼女は振り向いた老翁に何を見たのだろう。助けを乞うとした口を閉ざし、青ざめる。そしてすぐさま能力者達をねめつけ、黒き蟲の威力を知って、大和へ投げキッスを向ける。 続けて、烏帽子をかぶった青年が黒霧を大和へ仕掛け、痛みと猛毒に侵す。 ――しっぽを作って、次はなにをするつもりなの、かな。 息は荒くもしぶとく生き残るリリスを一瞥し、蛍は清らかな風を施錠へ吹かせた。 「祓う者、八代蛍……参ります」 直接妖狐に恨みはなかった。けれど、複雑に絡まる胸の内は隠せない。だからこそこの行列の邪魔をしなければと、蛍が想いを風へ乗せる。柔らかく頬を撫でゆく風が、大和から異常なる力を拭う。 手伝いに招かれた小夜も、彼に続いて舞いを披露した。 先手必勝。そんな呟きが声になるよりも早く、白は老翁の後背、リリスの懐へ飛び込み気を注ぎ込む。触れた指先から、蛇を伝い女へと。一斉攻撃直後の隙を逃すまいと、白は機会を窺っていたのだ。 「……卑怯、卑劣好きに思え。……聞く気はないがな」 だがリリスの武器でもある蛇が盾となり、伝う衝撃を軽減させていた。 敵も黙ってはいない。リビングデッド二体が、リリスに突撃してきた白へ殴りかかれば、にやりと女が笑った。 「私にばかり、気を取られていいの?」 シャラン――。 一部始終を眺めていた老翁が、全てを飲み込むほどに口を開き、白の意識を、咥内に広がる奈落へ突き落とす。 芯から崩すような激痛が駆け抜け、声にならぬ悲痛な呻きが喉を焼いた。強敵だと念を押されていた老翁の奈落が、彼の意識を侵食していく。
●通しゃせぬ 水が夜空を駆けた。ゆらり、ゆらりとうねる水の流れが。やがて水流は刃となり、もはや風前の灯だったリリスの命を絶った。放ったままの体勢から腕を引き、忍は静かにまぶたを閉ざす。耳に届くのは、聞き慣れたとしまるの射撃音だけで。 蛍の身軽さを活かし、大和が女リビングデッドの元へ走った。眼前へ迫った彼女の笑みは、余裕を抱いたまま剣の切っ先で女を裂く。 しかし女は微動だにしない。有り余った体力ゆえだろうか。まるで痛くも痒くも無いとでも言いたげに低く呻き、大和へ反撃の拳を振るった。 「百鬼夜行……」 隼人が苛立ちに目を細める。そして確実に敵から体力を奪うべく、背負った十字架の神々しさで悪意を破っていく。彼の動きに沿って、小夜が赦しを請い、舞った。 知性があるという恐ろしさの源を絶ったことで、誠は一度だけ息を吐き出し、魔法陣を生成する。気を抜くわけではないが、やはりいの一番に倒せたというのは、先へ繋がりやすいものだ。 同じ頃、楓も目の前へ魔法陣を描きあげ、ふと思い出したようにまばたいた。 ――実は「尻尾を掴んだ」って言葉の出所はコレだったりして。 思い出してから肩を竦め、目の前を尻尾が横切るなら放っておく手はない、と矛先をリビングデッドへ向ける。 楓の魔法陣が完成するのとほぼ同時、羽根は柔らかな橙の眼差しで烏帽子の青年を射抜いた。 「なんかほんと、ヤダ」 百鬼夜行のゴーストも、そして自分達も、妖狐に踊らされているような気がする。羽根は抱え込んだ不安やそんなもどかしさを、短い言葉へ乗せた。もどかしさで胸を掻くのは、羽根だけではないだろう。そう考えている者もいるのだから。 だが、表情の窺えぬ烏帽子の青年は、纏った黒霧で顔を更に濃い闇で覆う。おかげで魔眼も思うように貫けなかった。 刹那、鈴の音がけたたましく鳴り響く。老翁が楽しげに跳ねながら、杖を振り回し始めたのだ。浮くような感覚が手足を襲い、能力者達は踊りに誘われてしまう。 離れていたため踊りを免れる蛍だったが、前衛陣の進出に沿って立ち位置を変えざるを得なかった。少しずつ、前へ。位置を変えればその間風は呼べないのだが、それでも。 ――みんなが、範囲に入るように。 健気な心が、蛍の身体を突き動かす。 人それぞれの個性的な動きで、戦場をダンス会場のような空気が支配する中、振り払うように手足を自由を取り戻した太元が地を蹴っていた。リビングデッドの強打が、そして烏帽子の青年がもたらす黒き霧が、白へと一斉に降り注がれる。それを見かねてのことだった。 危険となれば庇う。そう決めていた太元の頼もしい腕が盾となる。自由を根こそぎ吸い取られた仲間達はまだ、攻撃にも回復にも手を出せない。 ――こいつ等を辿れば、奴等に近づけるのだろうか。 太元は武器で守りの構えを取りながら、ふと妖狐の姿を脳裏へ蘇らせた。けれどすぐに、考えてもしょうがないとかぶりを振るう。鋭い視線で敵を刺し、後方を振り返った。 「牙神の回復を頼む」 援護を頼みながら、太元は仲間の壁となる位置のまま、男リビングデッドを薙いだ。刀身が月の光を受け煌くものの、男は腐った身が多少歪もうとも気にせず太元を叩く。体力と力の高さゆえにできる行為だろう。 直後、太元の言葉を聞き届けた誠が、まだ踊りの余韻が残る腕で振りかぶり、白へ栄養ドリンクを投てきする。敵の輪の中、彼が栄養ドリンクを掴み一気に呷れば、それでもまだ危ないと判断した大和が、女リビングデッドと白の間へ割り込むように配置を変える。 彼女も太元同様、技を帯びぬままの得物で女を裂いた。怒り狂ったように、女の殴打が彼女へ返される。 しかし、体力と力が高いと告げられたリビングデッドだ。そう簡単には倒れてくれない。 としまるの小さな祈りが、仄かな明かりを点した。忍は温かいとしまるの祈りに、自らの手足が自在に動かせるようになったと気付く。すかさず美しい水で手裏剣を模り、女へ突きたてた。 隼人は頭を掻き、一気に前衛との間合いを詰めると、間近の老翁をねめつけながら白燐蟲の輝きで、太元を癒す。淡い光に浮かぶ老翁の顔は、不気味な笑顔を漂わせていて、思わず能力者達もぎょっとした。 小夜もまた踊りの餌食になったまま、ひょこひょこと跳ねていて。 不意に、楓は烏帽子の青年へと撃ち出した魔弾越しに、老翁が開口する予兆を知って叫ぶ。 「爺さん殴って!」 前衛陣へ向けられた言葉だったが、今の彼らに余裕はなく。 翁が下がろうとしていた白へ狙いを定める。身ではなく心を飲み込む闇が、今度こそ白から意識を奪った。 「いやなものは……風が祓ってくれるんだ、よ」 老翁との間合いがやや近づいたことに戸惑いながらも、蛍が痛みを取り去る風で仲間達をそっと包み込んだ。 他の前衛とは異なり、魔眼を使いその場から動かぬままでいた羽根は、その風が背を後押ししてくれることを祈りつつ、再び呪いの視線で青年を見据える。 烏帽子の青年が苦しげに身を捩った。そして二度も続けて自分を狙った羽根へ、霧の禍々しさを手向ける。染み入る猛毒が無数の棘のように、肌の内側を、全身の神経を狂わせていく。 「……リビングデッドの攻撃力、侮ったつもりはないんだけどな」 隼人が悔しさを噛み締め、呟いた。 鈴の音に塗れた踊りへの誘いも、何名かは防具の底力を借りることができていた。そしてわざと後手に回っていた蛍の行動力もあり、最初は能力者達に優勢だった。 しかし、今は回復に手を取られる者が多い――それが示すものが何かは、火を見るより明らかだ。
●御用のある者 深い闇へ沈みかけた身体を、大和と太元が気合で起こした。集中攻撃を喰らい続けたのは紛れもなく、仲間を守るべく最前衛へ飛び込んだこの二人だ。 倒れた仲間を庇うことに専念する彼らから、愛しき者の応援を頼りに隼人が白を抱え、後方へ連れて行く。ここまできて漸く、二人の動きにも選択肢が増えた。 羽根が太元たちへ近づき、白燐蟲の加護をもたらす。 じわじわと、リビングデッドと青年の体力を削るものの、青年がその度に癒してしまう。完治せずとも厄介だ。 踏み込んだ太元が己を軸に回転し、今し方自らを襲った男と、傍へ寄ってきていた女を独楽で切り裂く。回転が止む頃には男が仰臥し、けれども女は容赦なく大和へ飛びかかり、その膝を折らせた。 「此方も大盤振る舞いしてるんだ。倒れてくれなきゃ、割に合わないさ」 短い息を吐き、誠が今度は魔弾へ炎を伴う。弾切れとなった雷を惜しみつつ、長期戦に嫌な感じが拭えない。それは、彼に限らないことだった。 炎が女を焦がした刹那、矢継ぎ早に女へと襲い掛かったのは忍の手裏剣だ。水刃が喉もとへ突き刺さり、女は終焉を迎えた。すぐさま続いたのはとしまるだ。足を止めるべく放たれた射撃が、烏帽子の青年から移動の術を奪う。 けれど青年は気にも留めず、余力心許ない太元へ霧をまとわりつかせ、戦い続けた身を深く、もっと深く痛めつける。 だが、青年ももはや無傷ではない。ここまで受けた傷の蓄積は払拭できず、楓が仲間達の合い間を滑らせた炎によって、霧で散々能力者達を苦しめた烏帽子の青年は、霧ごと溶けるように消滅していく。 シャラン――。 最後の一体となったにも関わらず、老翁は嬉々とした顔つきを崩さない。まるで仮面でも被っているかのように。否、一人きりとなった行軍にもはや未練も無いのかもしれない。 真実は、わからないままだ。 荒れた呼吸を整えもせず、垂れる汗を拭いもせず、能力者達の得物が老翁を捉えた。限界に近いと考えていた彼らの、最後の一撃が重なる。 それでも老翁は笑みを絶やさなかった。
消えゆく瞬間もなお、無邪気そうに跳ねる素振りを決してやめなかったのだ。
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参加者:9人
作成日:2009/08/11
得票数:カッコいい20
知的1
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冒険結果:成功!
重傷者:牙神・白(牙を持つもの・b05900)
死亡者:なし
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