<リプレイ>
● 平野部の山に特有の、夏の盛りの蒸し暑さ。せめて風があればと、周囲を囲む緑のキャノピーを恨めしげに見つめながら、八人の能力者達は草木に浸食された登山道を峠へと急ぐ。山中を進むうち、自然と口数は少なくなり、沈黙が続いていた。少し、皆の気分を変えておいた方がよいかもしれない。皆月・弥生(夜叉公主・b43022)は、こうしたことを口に出す柄ではないのだけれどと内心思いながら、口を開いた。 「こう暑い上に草木が繁って邪魔だと、自分の長い髪が鬱陶しい…」 一人、小学生の身で皆の後を健気に追っていた姫咲・ルナ(ピンクの月夜は仔猫の想い出・b07611)がこの会話の糸口に飛びつく。黙っていればお人形、口を開けば……などと言われることもあるルナだが、お人形のイメージをたもつより、お話がしたい。 「えー、弥生ちゃん、綺麗な黒髪なのに、切っちゃうなんて絶対やめたほうがいいの!」 「短気は、損気です」 「わたしも、同感だ」 穂乃村・翠(常磐の符術士・b01094)がおっとりと口を開き、超然とした雰囲気を漂わせていたクローディア・ヴァーミリオン(高校生クルースニク・b60775)も意外なことに会話に加わる。三人とも髪は長く、弥生と同じ鬱陶しさを感じていたのだろう。勿論、切るつもりはないとの返答を聞きながら、皆、少し足が軽くなったような気がしていた。
「皆月はんに感謝やね。この湿気、暑さ、わいも何か影響されてたようや」 後ろで女性陣の雰囲気が軽くなったのを感じ、冴樹・戒璃(蒼銀の断罪者・b50973)が呟く。 「そうだね… アツいけど、暗くなってもいいことないしね…」 結城・彼方(椿鳥霞・b20667)が応じ、秋枝・昇一郎(屑鉄遊戯・b00796)も賛意を示す。 「だな。カブトイノシシに会う前なのに、この暑さ、意外な伏兵だぜ」 「ところで、拙者、今回のロマンに満ちておられる妖獣のことは、カブトシシと呼びたいでござりますね」 今江・雅鼠(高校生貴種ヴァンパイア・b32445)が明るい口調で会話を紡ぐ。能力者達は自分達のペースを取り戻しつつ、対決の場へと歩を進める。
少し緑が薄れ、風が流れ始めた。峠が近い。戒璃は軽く合図をし、皆を止めると双眼鏡を手にした。 「先手を確保しておくにこした事はないんよ」 「俺達は、ペアの組み合わせ、確認しておくか?」 相談で決めてから随分時間もたっているしとの昇一郎の言葉に皆が頷く。運命予報士からの情報と過去の経験から能力者達は今回の敵、カブトシシとアリイノシシに有効な戦闘計画を練り上げている。お互いの認識にずれがないことを確認。そして、戒璃が目標の発見を告げた。 「イグニッション!」 カードを手にしての唱和。忽然と現れる詠唱兵器を手に、能力者達は戦いの待つ峠へと最後の数歩を踏み出した。
● 前衛に雅鼠、昇一郎、クローディア、弥生が位置し、少し離れた後衛に彼方、戒璃、翠、ルナ、そしてルナの使役イヴが控える。この陣形で能力者達はカブトシシを迎え撃つ。カブトシシは両脇に援護のアリイノシシを二体づつ従えて迫りくるが、準備は万端。カブトシシと相対する位置の昇一郎が手にするガラクタノコンパクの漆黒の刀身は黒燐奏甲により強化され、ぼんやりとした光を放っていた。彼の隣で雅鼠が構える湾刃ノ鋩と白絶も昇一郎により強化され、同様の光を帯びている。クローディアは愛用の銀剣"silver Cross"で旋剣の構えを完遂、弥生の肌には虎紋覚醒の証が浮かび、その髪は先程までの蒸し暑さに抗議するかのように舞っている。後衛に控えるルナの体内には魔弾のエネルギーが満ち溢れ、攻撃の時を待っていた。
「陣形は崩せないけど… 接近されるまで待つこともないね…」 カブトシシに、彼方の水刃手裏剣が放たれる。真夏の太陽の下、刹那の虹色の軌跡を描き、命中。カブトシシの怒りの呻き声は、その虫の頭部に似合わぬ獣のような遠吠えだった。彼方の攻撃に他の者も続く。 「結城はん、それ大正解や!」 「黒燐よ、喰らい尽くせ!」 戒璃と弥生の息の合ったコンビネーションによる同時攻撃。黒い爆発、そして、黒燐蟲の群れがカブトシシとその両脇のアリイノシシにまとわりつく中、戒璃のクロストリガーにより放たれた十字架の紋様達がカブトシシの兜を穿つ。普段は風のみが渡るような寂しい峠に、異形達の咆哮が響き渡った。
攻撃を受けてなお、妖獣達は地響きをたて前進を続ける。そして、能力者達の前衛を吹き飛ばすべく、波状の突進が敢行された。カブトシシの左側を走っていたアリイノシシ二体が続けざま、雅鼠を狙う。彼は、二刀流で片方の攻撃を迎え撃つも、次のアリイノシシの突進にはクリーンヒットを許してしまう。 「拙者、こう見えても体力には自信がありまする。それに、アリイノシシ殿程度を相手には、飛べませぬ」 その場にとどまり、ダメージを受けてなお、明るくハイテンションな様子は変わらない。見守っていた彼方が安堵の息を吐いた。その健闘に吹き飛ばし対策は杞憂だったのかとの思いが後衛に流れる寸前、カブトシシのタックルを受け、昇一郎が宙を舞った。しかし、備えはある。後ろで気を配っていた戒璃が、しっかりとその身体を抱きとめた。 「悪りっ、受け止めさんきゅー。助かったぜ」 昇一郎は頭を軽く振り、能力者でなければ何回死んでいたことかとカブトシシの力を体感して、気を引き締めた。 「……交通事故ってレベルじゃねーな」 言葉とは裏腹に、口元には不敵な笑み。 「秋枝さん!」 翠がすかさず治癒符を飛ばし、失われた体力を回復させる。会心の治癒符、それでもカブトシシの一撃により削られた全てを埋めるには、まだ足りない。だが、その程度で彼が役割を果たすのをとめることはできない。実際、彼の強靭な体力はあと数回、その交通事故を超える攻撃を受けたとしても耐えきるだろう。 「さって、文字通りのカブト割りと行くか!」 ガラクタノコンパクを力強く握りしめ、カブトシシに一撃を見舞うべく、走り出す。 前衛の壁役に復帰した昇一郎の横で、クローディアも果敢にカブトシシに黒影剣を見舞う。しかし、長いツノに巧みにガードされ、思うようにダメージを与えられない。さすがに、強いな。先ほどの突進を自分が受けていたらどうなっていたか。プライドの高い彼女であるが、人狼騎士の誇りが冷静に事実を認めさせる。即座に倒れることはないが、かなり危険な状態になっていただろう。では、カブトではなく、アリイノシシの攻撃では、どうか。カブトシシの右翼に控えていたアリイノシシが、彼女に迫る。避けられるか、五分五分の際どいところだったが、今回はアリイノシシに運が向いていた。束の間の滑空、そして、翠に抱きとめられるクローディア。ダメージはある、しかし。 「大丈夫、私は戦える」 心配そうな翠に、彼女は確信を込めて、淡く微笑みを返した。やられてばかりいる能力者達ではない。二体のアリイノシシの攻撃を受けた雅鼠も反撃を開始していた。 「拙者の舞、とくとご覧あれ♪」 スラッシュロンドによる華麗な攻撃は、自分に向かってきたアリイノシシ達のみならず、カブトシシにも届き、確かなダメージを刻んだ。カブトシシを挟んで反対側では、最後のアリイノシシが前衛の壁の左端になる弥生へと向って走り出していた。その動きを弥生は冷静に見極め、避ける。吹き飛ばし対策のパートナーが華麗にアリイノシシの攻撃をかわしたのを見届けたルナは、イヴに素早く指示を出した。位置取り的にも問題はない。 「クローディアちゃんを!」 心配げに傷をペロペロなめる真モーラットピュアの癒しの心がクローディアの体力を完全に回復させた。一方、ルナはカブトシシに雷の魔弾を放つ。その直撃を受けてなお、カブトシシは健在。 「まだ足りない? さすが見た目通りタフなのね」 能力者達の前衛と5体の妖獣達が激突し、お互い一歩も譲らない戦いが始まっていた。
攻防が続き、カブトシシの隣で能力者達の範囲攻撃を受けていたアリイノシシ二体が既に倒されていた。しかし、能力者達の表情は厳しい。追い詰めたがゆえに、カブトシシは体力の回復を図るとともに、その力を強化した。 「これで先ほどのツノの舞のご披露は、勘弁でござりまする」 雅鼠の声にはまだ余裕が感じられるが、そこには他者のための心配もあった。 カブトシシは、追い詰められ、その持てる力を全て出しに来ている。攻防のうちに、未強化のその一撃を味わっているからこそわかること。力を増した巨体から繰り出されるツノを振り回しての攻撃は、接近している者達への深刻な脅威となる。カブトシシの周りの壁役を絞る、あるいは、傷を負っていない後衛と前衛のメンバーを入れ替える。しかし、それらの選択肢を能力者達が模索する必要はなかった。 「やっと、私の雷で、真っ黒コゲになってくれたのね♪」 この戦い、これまで放った雷の魔弾になかった手ごたえにルナが喜びの声をあげた。会心の魔弾の力の前に、カブトシシの強化は失われ、その巨体は一時的に自由を失っていた。 「アツいのに御苦労だったな…」 彼方の狙い澄ました水刃手裏剣が放たれ、カブトシシに引導を渡す。止めを刺した彼方の関心は既にカブトシシにはなく、残るアリイノシシに油断なく向けられていた。その二体も満身創痍。勢いに乗った仲間たちの攻撃が続いた。間を置かずして、峠には能力者達の勝利の喜びの声が轟く。
● 前衛の四人は、妖獣のプレッシャーからの解放感を戦い終わった場所で座り込みながら堪能していた。先程の戦いの屋台骨として回復で皆を支えた翠が、僅かに残っていたダメージを治癒符で癒して回る。終わってみれば、誰も倒れることなく、完勝といえる戦いだった。 蝉時雨と風が戦いの余韻を吹き流していく。ふと、顔を上げたクローディアは空の近さと眩しさに驚く。周囲をみると、皆、それぞれの楽しみを見出し始めている。その様子を目に、彼女はホッと胸を撫で下ろし、静かに帰路についた。日常の中へ、そして次なる戦いに備えるために。 雅鼠は皆の無事を確認すると即座にスケッチに入っていた。カブトシシに、野の花、いつもより少し近い空。描きたいものは沢山ある。ルナは本物のカブトムシを探して周囲の木々を見て回っていた。翠と弥生は、そんな少女を微笑ましく思いながら後を追って歩き始める。山の景色を楽しみ、流れる雲を見送る翠の姿もとても楽しそうだ。 「おっ、おでましや」 時がたつのも忘れ、雅鼠のスケッチに見入っていた昇一郎は戒璃の楽しげな声に顔を上げた。登山道から、男性が一人現れる。 「こんにちは!」 峠に残っていた皆からの元気な挨拶に男性は驚くが、すぐに笑顔になると挨拶を返す。この登山道も、まだ捨てたものではないな。陰ながら彼の生命を救った若者達を前に、男性の心は上空に広がる青空よりも晴れやかだった。
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参加者:8人
作成日:2009/08/12
得票数:カッコいい14
知的1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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