荒れ果てた楽園に見る夢は


<オープニング>


「あぁ……」
 打ち捨てられたかつての楽園。けれどそこは、彼にとっては今でも楽園だった。
「なんだ、荒れ果ててるって言われたけど、鉄骨はしっかり残ってるからあとはビニールを掛ければいいし、案外苗も残ってる。いいところじゃないか」
 小さなスコップ一つ頼りに、少年は土を掘り返す。
「あと4人部員を集めて、顧問になってくれる先生を探せば……わぁ、ベラドンナリリーにオキザリスもある。こんなところが放っておかれたなんて、もったいないなぁ」
 無心に花を慈しむ少年。だから、気付かなかった。
 いつの間にか温室が消え、花と彼のみが残されていたことに。そしてその背後に、花束を持った三人の少女が、今にも彼に花の一本を突き刺そうとしていたことにも。

「これは未来のことです。今から行けば、確実に間に合う事件です」
 教室に集まった能力者達に、藤崎・志穂(運命予報士・bn0020)ははっきりと告げた。
「地縛霊が現れるのは、ある学校の温室です。十年以上前に打ち捨てられて以来、世話をする人もおらず、荒れ放題だったのですが……園芸部を復興しようと言う志を持つ少年が現れてしまったんですね」
 きっと花が好きで、荒れ果てた温室を放っておけなかったのだろう、と志穂は語る。
「すでに何度か温室を見に訪れてはいますが、『温室で作業をしている人を特殊空間に引き込む』という地縛霊の性質から、まだ襲われてはいません。けれど今日、彼は温室の掃除をするために、温室にやってきます」
 彼がやってくる前に、地縛霊を倒してしまってほしい。それが、今回の依頼である。

「先ほども言った通り、地縛霊は、温室で作業をしている人を、特殊空間に引き込みます。作業は本格的に道具を使うものでなくても、雑草取り程度で構いません。しばらく続けていれば、いつの間にか特殊空間に引き込まれています」
 私服校であることもあり、温室までの潜入中に怪しまれるようなことはないだろう。特殊空間が発動すれば、温室にいる人間は、問答無用で巻き込まれる。
「特殊空間には、温室内と同じように、荒れ果てた花壇が広がっています。ただし、どこまでも果てがなく」
 特殊空間に現れるのは、三人の少女の地縛霊。
「見た目は、小学生くらいでしょうか。全員が、花や植物を使った攻撃をしてきます」
 一人は、植物を急速成長させ、爆発範囲にいる者を締め付ける攻撃を、一人は特殊な花びらを撒き散らし、20m以内の味方にはダメージとバッドステータスの回復を、敵にはダメージを与える攻撃を。
「そして、一番力も体力も強い地縛霊。彼女は、さまざまなバッドステータスを与える花を使いこなします」
 マヒを、眠りを、毒を。全て、広範囲に撒き散らされる攻撃だ。
「また、三人とも近くにいる敵への攻撃手段も持っています。手に持った花束から花を抜き、突き刺してくるという攻撃です」
 見た目は綺麗だが、ダメージは低くはない。十分に注意して戦ってほしい。

「以前園芸部が廃止されたのには、何か女の子たちが巻き込まれるような事故があったのかもしれませんね」
 それはそれとして、と志穂は告げる。
「無事に戦闘が終われば、しばらくした頃に少年がやってくるでしょう。温室掃除を手伝ってあげてはどうでしょうか? 小中高一貫の私服校ですから、興味を持った生徒だとも、OBやOGだと言っても、温室は学校の外からでも良く見える位置にありますから、何でしたら通りすがりで興味を持った、とでも言えば、怪しまれることもないでしょう」
 たまには土いじりも楽しそうですね、と、志穂は学園までの地図を渡しながら呟いた。

「まだ幸い被害者は出ていません。皆さんの力で、命を守れる依頼です。だから、どうか……」
 能力者たちもその生徒も、誰もが無事で帰れるように。
 そう言って、志穂は能力者たちを送り出した。

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参加者
加藤・風雅(首売六郎兵衛・b11769)
月乃・星(永遠の欠食児童かも・b33543)
皆月・弥生(夜叉公主・b43022)
白凪・悠菜(白亜の暴走突撃娘・b49077)
セドリック・ヘブナー(まあ良いじゃないですか・b50715)
御影・頼子(蜘蛛護りの言霊使い・b56529)
土御門・泰花(風待月に咲く菫・b58524)
霜月・瑠樹(金色の狼は月夜に唄う・b63208)



<リプレイ>

●枯れかけた花を踏み分けて
「荒れた温室ってのは寂しいもんだな」
 姿を隠す闇をまとったまま、加藤・風雅(首売六郎兵衛・b11769)は呟いた。
 温室を覆うはずのビニールは破け、雑草に覆われた土はすでに固くなってしまって。
「一体……何をどうすればこうなるのかな?」
 悲しげに呟きながら、御影・頼子(蜘蛛護りの言霊使い・b56529)はそっと草をかき分ける。雑草の間からは、まだ命を保っている花の株が覗いていた。
「こんな場所を一人で手入れしてるなんて、健気な子じゃないか。守ってやらないとな」
 風雅の言葉に全員が頷く。まだどうにか生きている温室と、それを蘇らせようとする少年。けれどそこに巣食うのは、ただ命を刈り取るだけの者。
「花を愛する心を踏み躙る様な行為、少々許しがたいものがございますね……」
「けれど……なんで彼女たちがこうなってしまったのか、少し気になるな」
 雑草を抜きながら、土御門・泰花(風待月に咲く菫・b58524)と霜月・瑠樹(金色の狼は月夜に唄う・b63208)が言い交わす。
「怨みなのかそれとも仲間を増やしたいのか。どちらにしてもきっと花が好きな少女達だったんでしょう……悲しいですね」
 セドリック・ヘブナー(まあ良いじゃないですか・b50715)が悲しげな瞳を向けて嘆息する。白凪・悠菜(白亜の暴走突撃娘・b49077)も、日当たりの良い温室の片隅から、草むしりの手を止めて頷いた。
「十年。今となっては何があったのか知る術も無いけど、そろそろ開放されてもいい頃でしょう」
 無垢な命を失わせるわけにいかないから、と皆月・弥生(夜叉公主・b43022)が呟くのに、能力者たちは頷き、作業を再開する。黙々と石や木々を取り除いていた月乃・星(永遠の欠食児童かも・b33543)が、バケツの中身をぶちまけようと……
「……って、月乃さん! ミミズばら撒いちゃ駄目ですー!」
「? 土を肥やすには、これを」
「せめて許可取ろう、許可!」
 きょとん、と首を傾げる星を、必死で止める一同。一気ににぎやかになる温室。
 ふと空気が変わったのを感じ、周りの様子に気を配っていた弥生が顔を上げる。
「来たわよ、みんな……」
 見渡せば、そこは一面の荒れ果てた野原。
 ふわり、と白いワンピースが揺れる。抱えた花束が震える。三人の少女が能力者たちに歩み寄る。
 その一人の手から、ざあぁっ、とまき散らされた白い花びらが、能力者たちの血に濡れる。
 それが、戦闘開始の合図となった。

●舞い散る花を仕留めに
「花壇に女の子、ね。どうもやりにくいな……」
 風雅が旋剣の構えをとりながら、後衛の面々を守る位置へと動く。悠菜がその後ろで魔法陣を描き、魔弾の射手の力を呼び出す。
「……っ」
 星が発勁手袋を一番強い地縛霊に向け、バッドステータスの危機から仲間を引き離そうと、衝撃波を叩きつける。けれど、地縛霊は吹き飛ばされることはなかった。花束で衝撃を受け流し、赤い花びらをばら撒く。それは毒となり、能力者たちに染み渡った。
「相手をしてもらいましょうか。……無理矢理でもね」
「僕も行きますよ……」
 何とか毒を振り払い、また堪えつつ、弥生とセドリックが前に走り出ながら、武器に黒燐蟲をまとわせる。その後ろから頼子が、赦しの舞での癒しを送った。
「以前何があったにせよ、許されることではありません……参ります」
 旋剣の構えをとりつつ、泰花も地縛霊の前に立ちはだかる。
「過去に何があったにせよ、被害者が出る前に止めないとね」
 瑠樹が詠唱ライフルを向け、範囲攻撃を行ってきた地縛霊を打ち抜く。
 地縛霊たちが花をばら撒き、枝を突き刺せば、能力者たちが剣を、衝撃を、弾丸を、魔弾を返す。互いに癒し手がいる戦いは、長引く。
 今もまた、地縛霊の一体が空色の花びらをばら撒き、地縛霊たちの傷を癒していく。
「っ!」
 続いて、隣の少女が黄色の花びらをまき散らす。マヒの力を秘めた花びらは、次々に能力者たちを行動不能に追い込んだ。
 前衛の能力者たちが動けないその隙に、いくらかガードが甘かったもう一体の地縛霊が、後衛へと近づく。
「行かせないっ!」
 マヒを打ち破り、風雅が地縛霊の行く手をさえぎる。繰り出された紫の花を避け、黒影剣で斬り返す。
 星はそれに続こうとしたバッドステータスの地縛霊に、静かに瞬断撃で斬りかかった。
「清めの舞にて彼の者につきし汚れを祓え……!」
 頼子の舞が、仲間たちのマヒを払い、癒していく。マヒから立ち直った弥生が、さっそく呪いの魔眼を地縛霊に向け、毒を流し込む。同じ相手に悠菜がすかさず雷の魔弾を叩き込んだ。
 なおも花をちぎって散らそうとする地縛霊の前に、セドリックが大鎌を、泰花が二振りの剣を構えて立つ。
「これで……終わりに!」
「破邪顕正――墨染桜花!」
 抜群のコンビネーションで左右から叩き込まれた黒影剣に、地縛霊は花束を取り落とし……地面へと落ちる前に、もろともに消えて行った。

 少女が花で能力者たちを指し示した途端、足元から何本ものツタが能力者たちの体を這い上った。
「くぅっ……」
 ツタにからめとられ、頼子がうめく。回復を司るはずの彼女は、締め付けから抜け出すことができないでいた。
 後衛が動けないでいる間に、もう一体の地縛霊が星に花を突き刺す。臆することなく星は攻撃を叩きつけるが、何度も攻撃を受けた体はかなりの傷を負っていた。
「黒燐蟲よ……月乃さんに!」
 弥生が黒燐奏甲をかけ、星の傷を癒す。
「頼子さん……! 急急如律令――治癒符、改!」
 泰花がからめとられた頼子に、癒しの力を込めた符を放つ。
 いくらか乱れた戦線を、セドリックと風雅が押し戻し、ツタを放った地縛霊に打撃を与えていく。
「っ! これで……行けます」
 ツタを振り払い、頼子が舞う。積りつつあった能力者たちの傷を、赦しの舞が癒していった。
 悠菜が魔弾の射手を掛け直し、次の攻撃に備える。瑠樹が詠唱ライフルを構え、確実に地縛霊を撃ち抜く。
「どうせ偽物の世界なら、花の咲き誇る花壇を作れば良かったんだ……」
 風雅が、影からダークハンドを呼び出し、地縛霊に向ける。
「その鎖に縛られてるせいで出来ないのか? なら……俺達が、解き放とう」
 闇色の手に引き裂かれた地縛霊は、風雅が見守る中、声もなく消えて行った。

 少女の手から散っていく薄桃色の花びらが、安らげぬ眠りに能力者たちを誘う。
 一度膝をつきながらも、能力者たちは立ち上がり、攻撃を続けた。
「撃ち抜きますっ!」
 悠菜が雷の魔弾を放ち、地縛霊を打ち据える。
「これで……」
「行きますよ!」
 セドリックが、続いて泰花が黒影剣を振りかぶり、地縛霊に斬りつける。二人ともこれが、最後の黒影剣。
 弥生が、荒れ野にわずかに咲く花を、踏み荒らすように踏み出す。繰り出された花でつけられた傷を、呪髪と長剣で受け流して耐えた。
「あの世にも、花の一つは咲いているでしょうに……」
 悲しげな視線に乗せられた呪いの魔眼が、地縛霊の体に、傷とともに毒を流し込む。
「連綿たる土蜘蛛の祖霊よ……彼の者に力を授けよ!」
 頼子が弥生に祖霊を降臨させ、傷を癒していく。
「さて……当たってくれよっ!」
 瑠樹がクロストリガーを繰り出そうと、ライフルを掲げる。二挺のライフルから何発もの弾丸が吐き出され、地縛霊の体に食い込んでいく。
 最後に立ちはだかったのは、星。
「…………っ」
 目にも止まらぬ速さで繰り出された一撃に、一瞬遅れて地縛霊の動きが止まり――白い服の少女は、消えて行った。
 同時に、能力者たちの周りに温室の鉄骨が姿を現す。特殊空間が解除されたのだ。
「ここでどんなことが起きたのかわからないけど……新たな犠牲は出さずに済んだ……」
 ようやく舞の手を止めて、頼子はほっとした顔で呟いた。

●息づく花をよみがえらせて
 庭仕事の道具を手に、温室に姿を現した少年は、大勢の先客の姿に目を丸くした。
「昔は綺麗だったのに、今じゃこうなってたのか。ちょっと寂しいな」
「あ……あの、OBの人ですか?」
 恐る恐る声を掛けた少年に風雅は頷いて、良かったら手伝わせてくれないか、と申し出る。
「あ、でも、手が結構汚れますよ? それにしても、OBの方がどうして……」
「花が咲くのは嬉しいものだろう? 何か理由がいるかな?」
「……自宅でも家庭菜園やってる。ここ見つけて興味湧いたから」
「土いじりってやった事がないから、どうすれば良いのかよく分からないけど……やり方を教えてくれないかな?」
 穏やかに言う風雅の隣で星が、瑠樹が、そして全員が次々に手伝いを申し出る。
 少し戸惑っていた少年は、けれど満面の笑顔で「お願いします!」と頭を下げた。

「長期間放置されていたから……一度苗はポットに植え替えて、土を作るところから始めるのでしょうか?」
「ええ、そうです。雑草を抜いて、花の苗を探し出して……」
 土いじりの好きなセドリックや頼子、それに少年が、雑草に埋もれた花の苗を探し出し、どれを選り分けるか指図する。
「酷い荒れ様……これを一人で何とかしようだなんて、余程花の世話が好きなのね」
 苗を植え替えながら話し掛ける弥生に、少年はにこりと微笑んで。
「ええ、大好きです。一人でも何とかしようと思いましたが……こうして手伝ってくれる人がいて、すごく嬉しいんです」
 あなたも花の世話はお好きですか? と問われ、弥生は少し考えて、
「私はそこまで興味があるわけではないけど、でもそうね……土の匂いというのも悪くはない」
 どこか照れたように笑って、言った。
「そういえば……夕化粧、オシロイバナの花言葉はご存知ありませんか?」
 こちらにも、照れている少女がもう一人。
 薄く頬を染め、泰花はそっと苗を掘り出しながら少年に尋ねる。
「オシロイバナですか……『内気』『柔和』『あなたを思う』、それに『不思議な気持ち』……といったところでしょうか」
 お好きなのですか、と尋ねる少年に、泰花はさらに頬を赤くする。
「大切な恋人の誕生花なのです。知っておきたいと存じまして……」
「恋人の誕生花、ですか……記念日にまつわる花など知っていると、とても素敵ですよね」
 つられて赤くなった少年に礼を言い、泰花は掘り出した苗を手に、そっと立ち上がる。
 苗を選り分け、雑草を取り除き、さっぱりした花壇に肥料を撒いて。
 綺麗になった花壇にまいてほしいと、悠菜はコスモスの種を差し出す。
「コスモス、可愛いですよね。お好きなんですか?」
「ええ。来る前に買ってきたものなのですけど」
「ありがとうございます! せっかくだから、皆でまきましょうか」
 嬉しそうにコスモスの種を受け取る少年に、今度は星が大きな籠を差し出した。
 ワイルドストロベリー、しそ、かぶ、大根、スイートバジル、タイム……野菜や果物、ハーブなどの苗や種の詰め合わせだ。
「……今の時期、植えるといい」
「うわあ、すごい……調理実習なんかに使えるかな? それに、野菜や果物の花も、とても綺麗なんですよね」
 喜ぶ少年に頷いて、さらに差し出すのは小さなバケツ。……先ほどばら撒こうとしたものと、中身は同じ。
 けれどバケツの中を覗き込み、少年は笑顔を見せた。
「ありがとうございます! ちょうど土を柔らかくしてもらったから、ミミズも住めますね」
 良い土を作ってくれるミミズは、園芸好きにとっては大事な存在。
 それを素直に喜ぶ少年に、星はわずかに笑顔を見せた。

「「お疲れ様でした!」」
 夕闇に辺りが沈む頃。ようやく花壇らしい形を整えた温室を前に、能力者たちと少年は、会心の笑みを浮かべた。
「大変だろうけど、これからも頑張って」
「頑張って、綺麗な花を咲かせてください」
「はい! みなさん、ありがとうございました!」
 何度も礼を言う少年に見送られ、能力者たちは温室を後にする。
 皆で整えた花壇には、やがてまた花が咲き誇り、命の息吹が溢れるだろう。
 ここはもう悲しい枯野でも死の空間でもなく、華やかな命が息づく場所となる。
 能力者たちはそれを確信し、心地よい疲れに身を任せながら帰途に着くのだった。


マスター:旅望かなた 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2009/09/07
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
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