踏み抜けば地の獄


<オープニング>


 全ては偶然の産物だった。
 友人3人でドライブに出かけ、その途中でたまたま見かけた崩れかけの家。
 好奇心で中に入ると、所々痛みが激しかったが、なぜか家具の類は残されており、タンスを開けば衣服の類も残っていた。
 さすがに不気味に思い、外に出ることにする。その時だった、
「うわっ!?」
「どうした!?」
 突然の声に驚いて振り返ると、最後尾を歩いていた友人が片足を床にめり込ませていた。
 どうも床板が相当痛んでいたようで、踏み抜いてしまったらしい。
「大丈夫か?」
 手を貸して引き上げようとする。
 安堵した様子の友人。が、その表情が再び強ばった。
「どうした?」
「……なんか、足を引っ張ってる」
 驚きで腕を引っ張る力が緩んだ。
 その反動か、床板が一気に抜けて、友人が下に落ちてしまう。
 慌ててのぞき込むと、痛そうに腰を押さえている友人。
 下にはマットのようなものがひかれていたようで、大した怪我はないようだ。
 ただ、
「女と……赤ちゃん?」
 居るはずのない人が、居る。
 冷たいコンクリートが剥き出しの地下室に、裸の赤ちゃんと、ボロ衣を纏う女性。
『出して……』
 女のすがるような視線がこっちをみた。途端――左肩が弾け飛んだ。

「来たな、ご足労感謝する」
 昼休みの屋上で、その運命予報士は待っていた。
 それまで手にしていた分厚い本を鞄にしまい、代わりに取り出すのは黒革の手帳。
「ではさっそく依頼の説明だ。今回向かって貰いたいのは、とある寒村。その外れに放置された廃屋だ」
 見えたのは未来。このまま何もしなければ、3人が死ぬ。
「場所は地図に記しておいた。この場所に向かい、まず床をぶち抜いてくれ」
 内部は廊下の一部分が腐食しており、壊すことで地下への道を造ることが出来る。
 放置されている椅子などを使えば、簡単に壊せるだろう。
 他の部分はまだ強度もあり、下手に手を出せば家屋が倒壊しかねない。
 また本来の地下への入り口は、使用できない状態のようだ。
「地縛霊の出現条件は、地下空間に人が侵入することだ。体の一部分でも空間に入れば、反応して出現するぞ」
 地下空間の広さは高さ3メートル、横は20メートル弱。
 コンクリート剥き出しの特に何もない場所で、穴はそのほぼ中央に開ける事になる。
 そこに現れるのが女と、赤子の地縛霊。
 女は視線に怨嗟を込めて放ち、子守歌で赤子の傷を癒すと同時、こちらには眠りの効果を与えてくる。
 赤子は非常に素早く、通常攻撃に加えてブレイク効果を持つ鳴き声、魅了効果のある遠距離攻撃を行ってくる。
「……なぜこんな場所に思念が残されていたのか。おそらくは不幸な境遇にあったのだろう。だが、それが存在容認の理由にはならない」
 手帳を閉じた運命予報士は、視線を上げると能力者達の顔を見回した。
「打ち倒してくれ。3人の人間を不幸にしないために。2つの報われぬ思念をこれ以上辱めないために。宜しく頼む」

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参加者
姫咲・ルナ(ピンクの月夜は仔猫の想い出・b07611)
乾・玄蕃(魔法使い・b11329)
幸田・泉水(琥珀色の夢・b22961)
犀遠寺・限(黄泉津の楔・b26238)
片瀬・斎(白蓮仙弓・b35202)
岸和田・十(ロジカルブレイカー・b40005)
美袋・侑香(あどけない瞳・b56259)
天風・唯鶴(黄泉路の冥狼・b64220)



<リプレイ>


「おじゃましまーす……」
 恐る恐る、という風に姫咲・ルナ(ピンクの月夜は仔猫の想い出・b07611)が玄関をくぐった。
 犀遠寺・限(黄泉津の楔・b26238)が不思議そうな顔をして振り返るのに、ルナは苦笑で返す。
 ここは廃墟だ。
 人が住めるはずもないほどに朽ちた家屋。
 入ることを断る相手など居ない場所だが、それでもルナ的に勝手に入るのは気が引けた。
 限は僅かに肩をすくめると、おもむろに手を横へ払った。
 と、彼の体から光りが溢れ出す。その正体は限が体内に宿す白燐蟲だ。
 カーテンが閉め切られ、薄暗い室内が見通せるようになった。
「では始めましょうか。踏み抜いて落ちてしまわないよう、充分に注して下さいね」
 能力者達は幸田・泉水(琥珀色の夢・b22961)の注意に各々の反応を示しつつ、慎重に探索を開始した。

「……ん、えと。ここでしょうか?」
 片瀬・斎(白蓮仙弓・b35202)が足を伸ばして踏む床が、やや湿った感じのミシミシという音を立て、僅かに穴が空く
 他の床とは明らかに違う反応だ。
「よし、広げるぞ」
 近くの部屋から薄汚れた椅子を持ってきた乾・玄蕃(魔法使い・b11329)が、腐食した床へと一撃を叩き込む。
 それだけで、広がる穴。腐食は相当酷いようだ。
 そこからは皆で出来る限り広げ、怪我をしない程度に出っ張り等も取り除く。
 闇色の穴が、ぽっかりと口を開けた。
 能力者達が持ち寄った光源が中を照らすが、見えるのはマットと、コンクリートの床と壁。
「出して……かぁ」
 ルナが悲しげな表情を浮かべる。
「どれだけ外に出る事を切望していたんだろうな……」
「光差さぬ地の底に二人きり。さぞや地上へと出たかった事でしょう」
 限の言葉に、岸和田・十(ロジカルブレイカー・b40005)も同意の頷きを見せる。
 こんな場所に閉じ込められたら、正気ではいられまい。
「な、なんだかホラーでミステリーな感じがしますっ」
 緊張で上擦った声を上げる美袋・侑香(あどけない瞳・b56259)。
「確かに、如何な経緯があってこんな場所に母子の地縛霊が出るのか、気になるな」
 天風・唯鶴(黄泉路の冥狼・b64220)の疑問は、皆も思うところだが、
「何があったのか、今更問うのは詮無い事のように思えます」
「今は俺たちの務めを果たさねばな。今を生きる者の為に」
 泉水と玄蕃が目的を明確にする。
 そう、ここに8人が在るのは、近い未来に起こる悲劇を阻止する。その為なのだ。

「ほわぁ……」
 斎が思わず声を上げた。
 彼女の前には、白桃色の小さなペルシャ猫に、白い子犬のような実は狼の2匹がいる。
(「……迫力ないなぁ我ながら」)
 斎の反応にため息をつく狼もとい、十。猫の方はルナだ。
「犀遠寺さん、少しの間失礼しますね」
 泉水はその身を無数の黒に変えた。
 黒燐憑依法。自身を黒燐蟲に変え、他者に憑く能力。
 限はその黒を受け入れ、穴へと向き直った。
 彼の横に並ぶのは、猫を腕に抱え、狼を肩に置いた斎。
「く、暗いので気をつけてくださいっ」
 侑香に声をかけられ、玄蕃と唯鶴に見送られながら、本来ならば3人入るのが限界の穴の中へ、2人と1人、そして2匹は飛び降りた。


「けほっ。すごい埃……」
 薄汚れたマットの上に着地した途端、埃が舞い上がる。
 咳き込む斎の傍らで、限は白燐光の光量を増し、部屋の隅々までをカバーする。そして一言、
「幸田、着いた」
 聴覚以外の感覚を失っていた泉水は、それを合図に憑依を解除。
 十、ルナは穴を抜けたタイミングで変身を解いていた。
「イグニッション」
 力を解放する言葉を口にし、全員の視線が室内を巡る。
 そして、同じ一点で止まった。
『出して……』
 声が聞こえる。
 俯き、肩を落とした、白装束の女性がそこにいて、一歩前へ踏みだす。
「援護する……行け」
「了解です」
 敵の次手を待たず、限と泉水が前に出た。
 限の白燐奏甲が泉水に宿り、泉水は旋剣の構えを取って、女性へと一息に間合いを詰める。
 女性の顔が持ち上がた。乱髪の隙間から充血した眼がこちらを射貫いてきた。
 右肩に激痛。熱い感覚に襲われるのを耐え、闇を纏わせた刃を振り下ろす。
「この刃を以て忌まわしき魂の拘束から解き放ってみせましょう」
 刹那、再びあの視線、だが泉水は押し切る覚悟を決め踏み込む。その眼前に幻夢のバリアが展開し、傷を和らげ、敵の攻撃を削いだ。
 斎のサイコフィールドだ。
 心中で感謝を捧げ、振り下ろした刃を女の腕が止める。傷は付けたが、浅い。
 その間に、肩の傷は完治した。限の白燐奏甲、加えてルナが前線に出してくれていたモーラットピュアのおかげだ。
 泉水は女と一瞬視線を絡ませ、刃を押して僅かに間合いを取ると、再び斬り込む。

「見つけました」
 十は、限達とはやや違う方向へ飛び出していた。
 女の横、少し離れた位置。そこで凄まじい速度で四肢を動かし、女の元へ向かおうとしている赤子を見付けたのだ。
 全力で駆けながらライカンスロープを発動。身体能力の高まりを実感しつつ、赤子の前へ踊りでた。
 赤子は自身の勢いを殺すことなく、身を丸めて十へ飛びかかる!
 二振りのナイフで受け止める。と、その衝撃と、見た目に反する堅さに思わず唸り声が出た。
 だがその攻撃に屈する事なく、押し返す。
「さあ鬼さん此方、手の鳴る方へ」
 腕に僅かな痺れを覚えつつ、叩き込んだクレセントファングが赤子を後退させる。
 しかし堪えた様子もなく微笑む赤子。
 次撃に備える十。その眼前で、赤子の足下から無数の茨が沸き立った。
「少し、大人しくしていろ」
 地下室に響いたのは唯鶴の声。第二陣が穴から中へ飛び込んできたのだ。
 彼の放った茨の領域が赤子を包み込み、締め付けんとして――、
『あぁ―!!』
 鼓膜を叩くような大音声の鳴き声が、それを打ち払った。
 その様子を横目で見た玄蕃は、僅かに視線を落とし呟く。
「許せとは言わんよ……さあ、征くぞ」
 使役せしゴースト、ケットシー・ガンナーであるレイの魔力供給を受け構える黒のロッドに雷の力が宿る。
「いっくよー!」
 ルナが合わせて、月型のロッドを振るう。放つのは同じく雷の魔弾だ。
 魔弾の射手により強化された一撃は、射撃時に風を起こし、ルナの長いリボンをなびかせた。
 2つの雷弾は絡み合うように飛び、女の地縛霊を穿つ。
 衝撃に僅かのけぞり、しかし立ち直った女に泉水と限、さらに雪だるまアーマーを纏った侑香が迫る。
「安らかに眠ってくださいっ」
 決意を込めて叫ぶ侑香を、女は恨みに満ちた視線で射貫いた。

 留まる事を嫌い、動き続ける泉水は細く、しかし堅い女の手刀をかいくぐり一撃を叩き込んだ。
 黒影剣は敵の胴に。手応えはあるが、その堅さには顔をしかめる。
 と、女がこちらを見ていることに気付き再び動く。
 視線に捉われれば、痛みが体内より生じるのは泉水も経験済みだった。
「熱いだろうがな……」
 女の視線が他方に逸れている間に、紅蓮を腕に灯した限が接近。
「わ、私は、こっちからっ」
 限の動きに合わせて、女を挟み込むように走る侑香。
 打ち下ろされる限の紅蓮撃が高温で、吹き出された侑香の氷の吐息が低温で女を苛む。
 嫌がるように両腕を振り、視線を周囲に散らせた女はその最中、自身の赤子を視界に捉えた。
「え?」
「なに……?」
 ルナと玄蕃が放った双の雷弾、その隙間を細い体ですり抜け、2人の驚きの声を無視して我が子を見る。
 玄蕃のケットシーを従えた十と交戦状態の赤子は、笑っていたが僅かに傷をおっていた。だから、女は歌を歌った。

「と……?」
 赤子と何度目かの一撃を交えた十は、ふと意識が遠のきかけるのを感じた。
 女の睡眠攻撃と気付くも、意志に反してまぶたが落ちる。
「わ、わ、ダメですよ!」
 引き戻したのは斎の声と、赦しの舞の力。
 頭の霧が晴れたように意識が覚醒し、目を開いた十は、目を見開いた。
 触れるほど近くに、赤子の顔がある。その顔が、満面の笑みを湛えた。
「斎、もう一度だ」
 唯鶴が牽制の森王の槍を赤子へ放つのと、十がケットシーに斬りかかったのは同時だった。
 赤子の持つ力、魅了に囚われたのだ。
 反撃するわけにもいかずケットシーは銃身でガードするが、十の攻撃は早く鋭い。
「レイ卿……」
 玄蕃は呟くが、己の使命を曲げはしなかった。
 ケットシーに、もし自身が魅了されてもその指示に従わぬよう言い含めたように、自身も己を見失うわけにはいかない。
 真に手助けをしたいならば、今やるべき事は1つだ。
 女に対しての射撃攻撃。術式に優れるらしい女はよく避けるが、牽制にはなる。
「い、いきます」
 斎の赦しの舞が再度発動し、ハッとした様子で頭を振った十は戦線に戻った。

 女の子守歌も厄介だが、地味に面倒なのが赤子の泣き声だ。
 地下室中に反射し響く音が、女に斬りかかろうとした泉水の旋剣の構えと、斎による祖霊降臨の加護を解いた。
 今までより浅くなった一撃を凌ぎ、女は別方向から攻めた侑香に槍が如き右の突きを繰り出す。
 その先端が突き刺さり、侑香の雪だるまアーマーが砕けた。次いで、女の視線により脇腹が裂ける。
「わ、私は大丈夫ですっ」
 慌てて飛び退き、雪だるまアーマーを再使用。それでも癒せないぶんは、モーラットピュアが舐めて治す。
 それを確認した限は、紅蓮を灯した腕を振り上げる。
 さがる女。しかし玄蕃の雷弾が追い縋り、捉えた。
 金色の光が迸り、女が震える。そこにルナの炎弾が追い、打つ。
 痺れ、燃え上がる女に、
「眠れ……俺にはこうすることしか、出来ん!」
 限が全力の紅蓮撃を叩き込んだ。
 頭部を強打された女が石床に顔をたたき付けられる直前に――消えた。

「今治療する。しばし、待っていろ」
 赤子の泣き声が止んだ合間に、唯鶴が十に白燐奏甲を施す。
 腕に白光の装甲を纏った十は、横のケットシーに目配せして、再度発動した斎のサイコフィールドに包まれながら駆け出した。
 ケットシーの射撃で赤子の動きを抑え、二振りのナイフが二本の軌跡を生む。
 赤子が小さな腕でガードするや、クレセントファングを叩き込んだ。
 僅かに弾かれた赤子は、愛くるしい笑みを浮かべた。己を護るための笑顔を。
 だが、今度は十に届かない。
「……今、眠らせてやる」
 玄蕃の声が告げ、十の肩越しに炎弾と雷弾が赤子を直撃した。
「もうすぐ、終わるから、いい子にしててね……」
 ルナの言葉を果たすべく、十の横を仲間達が駆け抜け赤子へ肉薄する。
 赤子は笑顔だ。対して能力者は努めて表情を消すか、痛そうな表情を浮かべていた。
 得物を構える。
 救いようのない者を救うため、この力を振るうのだ。
 赤子が十に飛びかかる。それが最後だ、
「……眠れ。永久なる安らぎが、お前たちを包むように」
 十の斬撃が赤子を拒み、唯鶴の森王の槍が炸裂した。
 魔弾が飛び、刃が振るわれ、息吹が小さな体を凍らせ、
『あー』
 最後に小さな声を1つ残し、小さな地縛霊は消滅した。
「一緒に行ったんだよね……ずっと一緒だったママと。だから、きっとまた巡り会えるよ」
 俯くルナに、モーラットピュアがそっと寄り添った。


 穴の周りに、廃墟に似つかわしくない物品が並んでいた。
 ルナ、斎、十に唯鶴の4人が花を。
 加えてルナは小さなヌイグルミを置き、限はペットボトルの飲み物を傍らに置いた。
 静かに、祈りを捧げる。
「……祈る事しか出来ないのは切ないものですな」
 しばしの静寂を、十が皆の気持ちを代弁することで破る。
 地縛霊は想いの残滓に過ぎず、すでに救うことは出来ない。
 そう分かっていても、納まらない想いはある。
「後から3人が、悪戯に踏み荒らさないでくれたらいいですね……」
 斎にはそんな想いもあった。
「……もう少し、時間をもらえるか」
 唐突に、唯鶴がそう口にした。
「どうかしたのか?」
 玄蕃が尋ねると、唯鶴はひとつ頷き、
「どのような悲劇であれ、事件であれ……悲劇は必ず、終わりがあるものだ。終わりを知るためにも、始まりの手がかりを見付けたい」
「それならワタシも手伝うよ!」
 ルナが賛同する。
「ふむ……」
 泉水は返事こそしなかったが、再度、穴の中へ身を投じたのだった。

 結局、手がかりになりそうなものはなかった。
 地下にあったものは薄汚れたマットと、アルミ製の器が幾つか。それだけだった。
 後日、限が調べた限りでも、それらしい事件の話は見あたらなかった。
 ただ現場近辺で、身元不明の白骨が2人分発見されたという情報のみが確証のないレベルでヒットした程度だ。
 一応、事件に関わった仲間達にもその情報を流す。
「じゃあ、ご遺体は見つかってたんですか?」
「おそらく、な」
 侑香の問いに、限は歯切れ悪く返す。だが、侑香は少しだけ嬉しそうな声でいった。
「よかったです。じゃあ、ちゃんとお墓も作ってもらえたんですね」
「……そうだな」
 最後は他の人たちと同じように、2人でお墓に納まることが出来たならせめてもの幸いかもしれない。
 限は頷きながら、そんなことを思った。


マスター:皇弾 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2009/11/28
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