深森の黒虎


<オープニング>


「この森を抜ければ、山頂はもうすぐですよ」
 静かで良い森ですねなどと言葉を交わしながら、数名の男女が列を成して歩みを進めてゆく。どうやら登山に着ている一行らしく、それらしい格好にリュックサックを背負っていた。
「きゃっ!」
 女性の一人が声を上げる。男性がそちらに目を向ければ、腹部を食い破られた狸の亡骸が地面に落ちていた。
「これは……何か他の動物にやられたな。みんな気をつけて、野犬か何か居るのかもしれない」
 男が仲間に呼びかけるが……直後、彼はその犯人を目撃する事になる。
 仲間の断末魔と共に。
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
 突如として飛び出してきた黒い影。一行がそれを何であるか認識するより早く、先頭を歩いていた男の体から血が噴き出した!
「きゃ……」
「に、にげ」
「逃げろ!」
 襲われた一人は倒れ、二人はパニックに陥り立ち竦む。残りは振り返って走り出した。
 ――何だ、今のは?
 はっきりとは見えなかったが、黒い獣……としか言いようが無かった。それも、結構な大きさだ。
 逃げろと叫んだ男は、腹を食い破られた狸の死体が脳裏に浮かんだ。あれに捕まったら、自分もおそらく……。
 がざっ!
 その男の目前に、新たな黒い影が現れる! それは、虎……縞模様の黒と黄が逆になり、黒地に黄のラインを走らせたような黒虎だった。
「うわっ!?」
 男が急ブレーキをかけるが、時既に遅し。
 飛び込んできた黒虎の牙が、男の喉を喰い千切るのだった。


「これが、運命予報によって得られた『近い未来に起こる』情報です」
 山本・真緒(中学生運命予報士・bn0244)の言葉に何人かの能力者達は息を吐いた。まだ、犠牲者は出ていないのだと。
「しかしこのまま放置すれば、黒い虎の妖獣は間違いなく人を襲います。それを防ぐために、皆さんの力を貸してください」
 真緒の言葉に能力者達は真剣な表情で頷いた。
「妖獣が現れるのはある山中の森になります。この季節でも多くの木が葉を付けており、視界は悪いですが……森に入って進めば黒虎は向こうの方から襲い掛かって来ます。それを迎え撃ち、倒して下さい」
 それから真緒は敵の能力について説明を加えてゆく。
「黒い虎は二匹居り、獲物を挟み撃ちして仕留めるようです。体格は普通の虎よりも二回りほど大きく、先ほど述べたように黒地に黄色で縞模様を描いたような毛皮をしています」
 特徴はあるし、普通は虎など居ないから敵を間違えることは無いだろう。
「黒い虎は鋭い牙と爪で敵に襲い掛かり、爪は素早い連続攻撃で敵を引き裂きます。また牙をまともに受ければ気絶してしまうこともあるようなので注意してください」
 動きを止められて攻撃を受け続ければ、能力者と言えどタダでは済まないからと真緒は言う。
「それに黒い虎は俊敏で、耐久力も高いみたいですから気をつけて下さいね」

 真緒はそこまで話すと言葉を止め、能力者たちの目を見つめ直す。
「そこは普段は静かな森で、森林浴に訪れる人もいらっしゃるということです。二体の妖獣を倒し、被害を食い止めると共に……静かな森を取り戻せるよう、宜しくお願いしますね」
 真緒はそう言って能力者たちに一礼を送るのだった。

マスターからのコメントを見る

参加者
柊・楓(氷風・b00472)
淵叢・雹(魔術使い・b06055)
柳・深龍(翠龍・b19303)
シルフィア・クロス(白揺花・b19633)
氷上・靜(土蜘蛛・b25686)
皆月・弥生(夜叉公主・b43022)
真姫弥・紗耶(夢幻の魔術師・b52679)
東野・風(銀時計の白兎・b53246)
フィオラ・ラダティス(星天月のグラナトゥム・b57998)
千家・黒百合(くろっくあっぷがーる・b62607)



<リプレイ>

「……近いかもしれません」
 風の流れに耳を傾けるように、声を小さくしてシルフィア・クロス(白揺花・b19633)は呟いた。
「まだ、犠牲者は出ていない。この『まだ』をなくす為にも、皆と協力して解決しないとね」
 この森に現れる妖獣を退治する。その為に淵叢・雹(魔術使い・b06055)を始めとする能力者達は現地を訪れていたのだ。幸か不幸か未だに敵の気配は無く、一行は警戒しながら歩みを進めてゆく。
「自然を楽しみながらゆっくり歩きたい所だけど、これも仕事、仕事」
 敵は何処から来るか分からない。皆月・弥生(夜叉公主・b43022)は後方へと注意を向けながら仲間達に続いてゆく。
「寅年だから虎が出たとか? なんてな」
 運命予報士の情報によれば、現れる妖獣は虎の姿をしているという。柳・深龍(翠龍・b19303)はその言葉を思い出しながら警戒を強めていた。
「この国さんで黒虎さん居るのは不思議だね〜」
 その言葉を聞いてかフィオラ・ラダティス(星天月のグラナトゥム・b57998)が小さく首を傾げる。同意を示すように使役する真ケットシー・ガンナーのチェリオが黙って後に続きながら、後方を警戒する為にこまめに振り返っていた。
 フィオラの隠された森の小路の効果もあって森の中での進行に支障は無い。いつ敵が出てきても良いように、一行は陣形を崩さぬままに歩みを進めていった。
「はいはい、そっちじゃなくてこっちですよ」
 そしてそのまま周囲の警戒を続けたお陰で氷上・靜(土蜘蛛・b25686)は前方から出現した黒虎にすぐに気付くことが出来た。しかし発動させたダークハンドをひらりとかわし、虎が地を蹴って靜に迫る!
 鋭い牙が靜の胸元、喉のやや下辺りに突き刺さった! 衝撃で靜の意識が吹っ飛ぶが、深龍も反応しており呪いの魔眼で睨み付ける。それを察したか大きく跳び退って虎は視線の魔力をかわした。
「虎なんかには負けない、絶対に」
 気圧されぬように気合を込め、深龍は黒虎の動きを目で追って見据える。その間に雹は魔弾の射手を発動させ、術式の力を体内に取り込んでいった。
「来ます!」
 一方の後方では激しい葉ずれの音にシルフィアが気付き、声を上げていた。
「どうやらお出迎えがきたようね」
 弥生が準備した塗料入りの球を投げるが、現れた虎は素早い動きでそれをかわす。べちゃりと地面に塗料が広がった。
「えーいっ!」
 だが続けざまに千家・黒百合(くろっくあっぷがーる・b62607)も球を投げている! それが命中するのと殆ど同時に、シルフィアも間合いを詰める為に突っ込んでいた。押し付けるように胴に直接球をぶつけて、べちゃりと掌の中で塗料が溢れ出す。だがその直後、虎が爪を一閃させた!
 胸と腹とを引き裂かれ、シルフィアの体から血飛沫が散る。
「……何ら傷を与えるものではありませんけれど、その色は貴方を還す始まりの色」
 だがシルフィアは痛みに耐えてその場に踏み留まり、キッと相手を睨み付ける。その間に東野・風(銀時計の白兎・b53246)が浄化の風を発動させ、気絶した靜の意識を取り戻させていった。
「作戦通り手早く片付けましょう」
 柊・楓(氷風・b00472)も黒燐蟲を日本刀の刃に纏わせ、力を高めてゆく。
「いい? チェリオ君。お願いね」
 チェリオの魔力を受け取ってから、フィオラはすっと目を瞑る。
「森の生き物の螺旋から外れし迷い子よ……森の調停者ヤドリギの名に掛けて貴方達を討ちます」
 一呼吸だけの言葉の後に、茨の領域を発生させる! バリバリと伸びる茨が前方の虎に絡みついて動きを封じていった。
「ちょっと怖いけど犠牲者が出るのは辛いから、その前に倒しておきたいよね」
 その間に真姫弥・紗耶(夢幻の魔術師・b52679)が魔弾の射手で力を高めてゆく。
「個人的には、森も虎も好きなのだけれど」
 仕方ないねと言いながら雹は雷の魔弾を撃ち出して前の虎を攻撃する。雷が爆ぜてばちばちと虎の体内で暴れるが……その直後に魔力の茨を振り払い、虎は深龍に飛び掛かる!
「くっ!? おかしな模様をして……縁起も悪そうだしさっさと倒そう」
 突き入れるように腹部に爪がめり込み、肉が抉られる。深龍は痛みに耐えて息を吐き、黒燐奏甲で傷口を塞いでいった。
「まぁ、長くなりそうですし……ぼちぼちやりましょう」
 そこに靜が援護に付き、黒影剣で斬り付ける。斬撃は浅くではあるが虎の肩口を薙ぎ、その力を奪ってゆく。
「被害拡大、阻止させて頂きますですよ」
 雪だるまアーマーを身に纏い、シルフィアは体勢を立て直す。その間に風がジェットウインドを巻き起こして後方の虎を吹き上げるが、相手を足止めすることは出来なかったらしく着地と同時に突っ込んできた!
 狙いは楓! だが楓は退かずに刃を振り下ろし、虎の右前脚に斬り付ける!
 肉を裂く鈍い音と、そこから流れ出る血がぽたぽたと地面に落ち始める。結果は相打ち、楓の刀は虎の前脚に傷を刻み付けたが、虎の左の爪もまた、楓の胸に突き刺さっていたのだ。げほっと楓の喉奥から熱い液体が吐き出される。
「……」
 だがその直後、弥生が呪いの魔眼で虎を睨み付けていた。魔力が内部から体を引き裂くが、虎は僅かに身を震わせただけで耐えていた。
「しかけますー」
 そこに黒百合が突っ込んだ! 炎の妖気を宝剣『兜苦無丸』に凝縮させ、紅蓮撃を叩き込む!
 どぉん!
 轟音と共に魔炎が燃え上がり、流石に効いたか虎が小さく呻いた。その間にフィオラがヤドリギの祝福で楓の傷を塞いでゆく。
 続いてチェリオが狙撃するも相手は小さく跳んで弾丸を避ける。だがそこに紗耶が炎の魔弾を叩き込んだ!
 ごっ! 真っ赤な炎が黒い体を包み込んで燃え盛る。そこに風がジェットウィンドを発動させるものの、虎は辛うじて前に進んで上昇気流を回避した。
「わたしの護符には龍の加護。さて、どちらに軍配が上がりますかしらん」
 だが虎が進んだその先にはシルフィアが構えていた。そっと手にした護符を口づけするように立てて顔の前に差し出し、振り下ろす動きと同時に氷の吐息を放つ!
 パキパキと魔氷が広がる虎に楓も黒影剣を振り下ろすが、相手はガキンと牙で受け止めて防御した。そしてその衝撃から逃れるように小さく後ろに跳び、着地と同時に再び地を蹴った!
「!?」
 黒百合の目前に黒が広がる。まるで立ち塞がる壁のような巨体が迫り、その全体重を乗せた牙が左の肩口にめり込んだ!
 痛みは無い。衝撃で黒百合は気絶し、その場に倒れ込んでしまったのだ。それを援護すべくチェリオが射撃で牽制し、その間に弥生が黒百合の体を引いて下げさせる。
「お願い、少しだけ時間を稼いで」
 弥生が顔を上げて視線を向ける。そこに乗せるのは呪いの力。魔眼から虎が傷を受けている間に紗耶が浄化の風を解き放ち、何とか黒百合の意識を取り戻させた。体に杭を打ち込まれたかのような鈍い痛みに黒百合は汗を浮かべながらも、庇ってくれた弥生と回復してくれた紗耶へ礼を伝える。それから黒燐奏甲を発動させ、体力を取り戻していった。
「ブラックタイガーって言うと海老みたいだよね」
 呟いて風がジェットウィンドを発動させる。浮かび上がった虎の元へシルフィアが駆け込み……落下して地面に着くと同時に氷の吐息を吹きかけた。広がる魔氷の奥でバキンと、何かが砕ける音が響く。
「終わらせる。ために」
 弥生の赤い瞳が黒虎の姿を捉えた。そこに宿されしは黒燐の業、念の視線が黒虎の体内……喉の内側から腹部に掛けてを切り裂いた!
 口からぼたぼたと血を流す黒虎。体を震わせて痛みに耐えているように見えたが、最後の力を振り絞るように跳んだ。狙いは楓、その喉に喰らいつかんと顎を開いて牙を剥く!
(「……恐れない」)
 だが楓は退かず、日本刀『蒼烈』を突き出して構えた。腰を落とし、大地の反動を己の力とするように伸び上がる。闇の気を帯びた刃が、赤黒い血で汚れた虎の喉奥へと突き立てられた。
 細く、鋭く、例えるなら自身を一本の槍の如く。そうして繰り出された一撃が虎の巨体を貫き……その歪んだ生に終止符を打ったのであった。

「返してやるぜ」
 深龍が前方の虎に吸血噛み付きで噛り付くが、相手も黙ってはいない。お返しとばかりに深龍は噛み付かれ、右肩にづぼっと牙で穴が穿たれた。
 その衝撃で深龍は気絶し、がくりと膝を着いて崩れ落ちる。
「フォローするわ!」
 だがそこに速攻で雹が駆け付け、手にしたナイフで斬りかかった!
 ぎぃん!
 虎が突き出した爪と刃とがぶつかって硬い音が響き渡る。だが更に逆サイドからは靜が攻撃を続けており、黒影剣がざくりと虎の体を大きく薙いだ。二人が虎を攻めている間にフィオラはヤドリギの祝福を発動させ、気絶した深龍の傷の治療を急ぐ。
『ガァッ!』
 雹の放った雷の魔弾を喰らいながら、それでも虎が吠えて突っ込んでくる。繰り出された爪が雹の腹部を一条、二条と切り裂いた。
 奥歯を噛み締めて込み上がってくる血の味に耐える雹。そのすぐ後に何とか紗耶から浄化の風が届いて深龍が意識を取り戻した。
「すまない」
 立ち上がって敵との間合いを取り直しながら、深龍は黒燐奏甲で力を高めてゆく。その間も攻撃を続ける靜だが、虎は繰り出される剣の刃に噛み付いて受け止め、振り払うようにして防御した。だがその攻防の間に雹は魔弾の射手で術式の力を体内に取り込み、体力を回復していった。
「皆で力をあわせて〜」
 目を開き、フィオラの発動させた茨の領域が虎の体に絡み付く。その言葉に応えるように、チェリオの二丁拳銃が火を噴いて弾丸を浴びせかけてゆく。
「被害が無いうちに……終わらせよう」
 風から流れる浄化の風が能力者達に活力を取り戻させてゆく。
「取り逃がしたら縁起が悪そうな気がしますからね」
 苦笑を浮かべて靜は剣を振り下ろす。闇を纏った斬撃が虎の体を深々と薙ぎ、僅かに怯んだ一瞬を逃さず深龍も踏み込んだ。
「次はもっと人の居ない場所に生まれ変わって来いな」
 首筋に噛み付いて血を奪う。吸血噛み付きの追撃を受け続ける黒虎に向かい、弥生は呪いの魔眼をぶつけた。視線に刻まれた力がはじけ、胸の中から鋭い刃で斬りつけたようにその身を裂く。ぞぶっと鈍い音が相手の体内から聞こえてきた。
「たおすのですよー」
 手の平から紅蓮の炎を伝えつつ、黒百合が虎との距離を詰める。そしてふら付きながらも迎撃しようと顔を上げる虎の額へ、紅蓮撃を叩き込んだ!
 ごぉん!
 轟音の中で魔炎に包まれる黒虎。痛みに耐えるように、そしてそれを力に変えるかのように低く唸る。だがその力を放たせる訳にはいかない、雹は素早く術式を描き出した!
「押し切らせてもらうわ。平穏のためにね」
 撃ち出された雷の魔弾が虎の胸元に着弾して爆ぜ、雷が全身を貫いた! 黒虎は大きくビクンと身を震わせて地面の上に倒れ行く。こうして妖獣は能力者達によって倒され、森には平穏が取り戻されたのであった。

「冬の山は寒いし危ないですからね。さっさと降りて暖かいものでも……ね」
 仲間達の無事を確認しつつ、下山を促す靜。深龍も「森林浴がてら歩いて帰ろう」と頷いた。
「チェリオ君もお疲れ様だね」
 よしよしとフィオラがチェリオの額を撫でて労うと、チェリオは無言ではあるが気持ち良さそうに目を細めてくれた。
「今は寒いから、もう少し暖かくなったらまた来ましょう。焦らなくても大丈夫。平穏を乱す獣は討たれたのだから」
 そう言うフィオラの言葉に一同は笑顔で頷き、ゆっくりと下山を開始するのであった。

 (おわり)


マスター:零風堂 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2010/01/09
得票数:楽しい3  カッコいい10  知的1  えっち1 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。