<リプレイ>
● 春がくると、よく観る夢だった。
手の平へ舞い降りた薄桃色をそっと包み、溢れんばかりの愛おしさに彩華が目を瞑る。 このまま時が止まれば良い。すべてが桜で染まった世界なら。 髪を滑る花弁を目で追い、彩華は漸く、前に立つ予報士へこう切り出せた。 「能力者について、お聞きになりたいとか?」 語り始めるまで、時間はかからなかった。 各々の想いを胸に夢へ訪れた能力者たちは、まず目の前に広がる景色を堪能していた。桜の雨を楽しむ者、花弁のじゅうたんへ転がる者、一面の桜景色にほうと息を漏らす者。 白と薄紅の混じった世界は、そんな彼らを拒むことなく迎え入れる。 「轟クン……コチラはちゃんとモーラットさんに見えますでしょうか?」 花弁をまとめボール状にしたジングルが、何やら突っ立っていた轟を呼んだ。 「ああ。あいつも喜ぶ」 飾り気の無い真っ直ぐな返事を聞き、ジングルは恭賀の元へ急いだ。 そして、時折愛する音楽を戦いに用いるのが辛いと困ったように笑う。音楽への誠意に満ちた言葉を聞き、恭賀は「大好きなんだね」と微笑み、桜モラを大事に両で包み込んだ。 ふらふらと、様々な感情を求め彷徨い始めた恭賀は、そこでルシアを発見する。 空へ伸ばしたルシアの指先が、ひとひらの花を添える。 「実家が牧場なんですけど、小さい頃に牧草地で迷子になっちゃって」 引き戻した指先に優しく乗る花を見つめ、今でも暗闇に一人ではいられないのだと瞼を伏せた。 「一人じゃ、ないよね。今は」 たとえ闇に覆われても。 そう言葉を返した恭賀へ、ルシアは優しく目を細めた。 いつまでも引き止めてはと見送られ、恭賀は名を呼ばれ足を止める。読んだ主である龍麻が徐に話し始めたのは、昔の話。平凡を脅かしたゴーストのこと。 二度と大切な者を失いたくないと、拳の中で彼は決意の熱を滲ませる。 「俺は色々なところへ行って、大切なものをいっぱい作りたいと思っているよ」 空を仰ぐ龍麻の笑顔に、先程の陰がかかった色は無い。 「それらを守りたいと思う心が、俺に力を与えてくれる」 瞼を閉じ、大切なものを思い浮かべていく横顔を、恭賀はただただ見つめて。 静寂を破ったのは龍麻だ。まだ他も回るだろうからと手を振られ、反射的に振り返しながら再び歩き出した恭賀は、ふと、桜の絨毯に埋もれる何かを知った。 眠気が残る目尻を擦り、埋もれていた弓矢はむくりと起き上がる。顔を覗き込んだ恭賀と目が合った。腰を下ろした彼が話を聞かせてと頼めば、弓矢は小さく頷いて。 「自覚は遅かったな……。それまでずっと檻の中だったから」 何も知らなかったからこそ、今あらゆる体験や現象が楽しいのだと、弓矢が歯を見せ笑う。途端、その明るさを称えるかのように、辺りの花弁が渦を巻いた。
● 主に名を呼ばれたケルベロスのレンが、尾を振り鈴の前へ跳ねてくる。遊んであげて、と鈴に言われ、恭賀はそろりと無邪気なレンの顎を撫でる。巨体ではあるが無垢そのもののレンに、撫でる方の眼差しも優しさに染まりそうだ。 そこへ、軽やかな足音と共に八重とポメが走ってきた。驚く恭賀に構わず背を確保した八重は、追いかけてきた止水をじっと見つめながら、以前の自分を思い出していた。 「気が付いたら使えていて、昔は怖い物ばっかり見えてたけど」 横を一瞥すれば、自分の足元に寄り添うポメの姿がある。 「今は、自分で意識して使えるから、この力は怖くないって思えるんだ」 そう話す八重を、止水は優しい兄の目で見守っていた。 不意に、花吹雪が待った。散らせた花の中で、レイアスは能力者としての話をどう切り出そうか悩み、恭賀へこう告げる。 「戦い方とかは神谷君が見てたから、聞いてみるといいんだよー」 「えっ!」 思いがけなかったのか、恭賀がびくりと肩を震わせた。 「あ、やー、うん。まあそうなんだけどねー」 妙に歯切れの悪い態度だ。 そんな彼に、レイアスは苦笑して過去に赴いた戦いのことを、ゆっくり語り始める。
強くなりたいと願い続けてきた萩吾の声は、たった一つの迷いのために揺らぎ始めていた。 強さとは何か――単純だからこそ複雑な疑問が解らないのだと、萩吾は額に手の甲を押し当てうつむく。独り言にも似たそれに、恭賀は背を向けたまま空を仰ぎ、呟いた。 「解らないまま自分らしく突っ走るのも、ある意味強さかもだよねー。ひとつの考えだけど」 それこそ、独り言のように。 恥じるように頬を掻いた萩吾はやがて、恭賀と、そして見かけた轟を声を弾ませ、一緒に転がろうと誘う。 「たまには悪くない」 口の端で笑みを象り近寄ってきた轟へ、期待の目を向ける萩吾とは反対に、恭賀は慌てて別の能力者の元へと走っていってしまった。 広大な夢の中、そんな恭賀が行き着いたのはテーオドリヒの元だ。 弱さを思い知らされることは多いと、己の力と現実に広がる脅威を対比し、テーオドリヒが瞳を眇める。 「でも最後まで諦めちゃだめだってことも覚えたんだ」 あどけなさの残る顔が見つめる先は、自らの拳。小さな拳に、今まで諦めてしまったことを包み、そのすべてを自身の内側へ浸透させていく。 そんな彼を見遣り、恭賀は頼もしいねと微笑んだ。不意に、テーオドリヒが思い出したように辺りを見回す。 「轟先輩は……」 「あ、おお。あっちにいるよー」 会釈の後、示されたほうへ向かうテーオドリヒを、恭賀はひらひらと手を振り見送る。 そこへ、絨毯を堪能してきたらしい桜色のぐーちゃんを連れて、ホーリィが綻んだ笑顔で祝辞を述べに訪れた。 「あはは、ホーリィさんもついてるついてる」 前髪に絡まる桜をつまみ取る恭賀へ、少女は静かに切欠について打ち明け始めた。体験を経て知った強さも、言葉に代えて。 待っていてくれる人が居る心強さ。みんなの強さに守られているのだと、改めて実感した少女は、 「ありがとう」 突然の礼を告げ、目を瞬かせる恭賀を見た。 「……ただいま」 大人びた表情を向けた少女へ、口癖のように返す。 おかえり、と。
● 絨毯に転がった翔太は、座り込んだ恭賀へ視線を移す。 「今日で二十? えっ大人!」 「そうだよ俺すっかり成人だよー」 「そんな成人の恭賀さんへお話!」 自分は、能力者の側からは遠い気がしてきた。他愛ない日常の方が重要に思える。ある意味学生らしい感覚だ。 恭賀は逡巡する彼へ、それは大切だよ、と迷わず答えた。戦う力を持ったことに困惑しようと、或いは誇ろうと、また或いは甘えようと関係なく。 「その気持ちは、忘れないであげてね」 思いのほか、必死さが声に篭もってしまった。 突如、視界の片隅で湧き上がった桜の渦は、そこへダイブした弓姫と小夏、そして小夏のケルベロスオメガらおーにより出来たものだ。 「こなちゃん、らおーっ。ほらほら水鉄砲ならぬ桜でっぽうー!」 「わぷっ!?」 顔面に柔らかくぶつかった桜鉄砲に、小夏とらおーもも負けじと目を輝かせて。 「こっちもお返しーっ!」 「がう!」 賑やかな声が弾み、桜の花と同じように、明るさと幸せを辺りへ散らしていく。 照らされた明るさは、そうして夢の世界をよりいっそう彩った。 そして。 「……物心ついた時には拳士だったですよ?」 目が泳ぐロロに小さく笑った恭賀は、腕をつつかれた気がして見下ろせば、サキュバス・ドールが押し花を差し出していた。彼女の後背に立つ、主である司が日頃と変わらぬ表情で頷く。それを見て、恭賀は少女の頭を撫でつつ、思いを受け取る。 恭賀はそこで、司にも考えを問うた。 「全てのゴーストが悪と断定できればと、たまに思います」 細めた瞳が揺れる。 「でも最近割り切れてきました」 帰りを待っていてくれる人達がいる。それは何物にも代え難い力なのだと、口にせずとも司の瞳が語った。 彼の横から、話を聞きたがった予報士に悩みならあるかもと弥琴が顔を覗かせる。似合うジョブが判らないと眉根を寄せた彼に、花嫁はどうか、白いイメージが、とロロや司がイメージを口に出す。 頬を掻いた恭賀は、少しばかり真面目な眼差しで弥琴を捉える。 「風っぽさでシルフィードとか、後は妖狐が合いそうだよ〜」 「妖狐……耳と尻尾?」 「う、うん。尻尾とか苦手じゃないなら。俺も見る分にはいいけど自分が付けるのはヤダし」 さりげなく本音が紛れ込んだ。
桜の中で佇む乙姫の、絵になる様を微笑ましく眺めた克乙は、気が狂いそうになったこともあったと、恭賀に話し始める。 「この世界の中から疎外されているとかの感覚に、しばしば襲われて」 困ったように頭を掻く克乙の話に、恭賀は息を呑む。しかし、学園に入り乙姫と縁を持つことでそれも無くなったのだと聞き、漸く安堵の息を零して。 「そういえば、神谷さんが能力に目覚めた切欠は何なのでしょう」 浮かんだ克乙の疑問に、空を見上げた恭賀が「なんだろねー」と心なしか寂しげに呟いた。 何処から吹くのか知らぬ風が、そんな桜の夢を抜けていく。 寂しくて、悲しかった。 事故当時を思い出し、明彦が握った拳を見下ろす。ノルウェと出会ったのもその頃だと話せば、名を呼ばれたと勘違いしたのかノルウェが「何何?」と言いそうな顔で彼を覗き込む。そんなノルウェを撫で、明彦は現在の心境を包み隠さず話す。 「能力者として後悔はしていない。今は誇りに思っている」 暫し間が空き、今度はフィデルタが口を開く番だった。 「母は普通の子が欲しかった。親戚に預けられた僕は、12歳には小さな家で暮らし始めました」 さらりと話せる程、あの時のすべてが遠い思い出と化したのだろうか。それとも。 「桜をイタリア語で何と言うか知っていますか?」 フィデルタの問いに、聞いていた方が目を瞬かせる。 だから照れも恥じらいも無く口にした。チリエージョと言うのだと。 それは、彼の初恋の花――。 永遠に桜舞うこの世界は、その時の感情も、情熱も、湧かせるようで。 耳を傾ける識と恭賀へ、訥々と零すのはフュリアスだ。幼い少女が秘める想いを、寄り添い手を繋ぐスカルロードのティアマリアも受け止めている。 辛いことも苦しいこともいっぱいあった。けれど、数え切れない出逢いはそんな感覚をも悠々と越えてしまう。誰かと過ごす温かさも、生きているという幸せも。 ぴとっとくっつくフュリアスとティアマリアを眺め、識は、 「ああいう絆も素直に受け入れられるようになれたし、な」 薄い笑みを浮かべた。感激の溜息が溢れる。 自らの運命は、このためにあったのだと。
● 更紗は相棒と共に、恭賀と使役話に花を咲かせていた。そして思い出したように更紗が「予報士」という存在への想いを紡ぎだす。 「待ってるだけって、胸がぎゅーってなるでしょ?」 少女が投げた直球の質問に、恭賀は思わず頷く。お礼にと更紗が掲げた手の隙間から、パラパラと桜雪が降って。 「よーし、俺もお礼返しだ〜」 照れ隠しのように目を瞑り、恭賀は桜雪をやり返した。 そして、ひょこひょこと跳ねるように寄ってきたアンナと真夏が、そこで恭賀の願いでもある話を口にする。 「ケルベロスさんは、私たちに心を開いてくれました。それが嬉しくて」 少女の祈りひとつひとつに、恭賀が相槌を打つ。 「そういう幸せを、この世界にもっともっと降らせたいんです」 「その気持ちがあれば大丈夫だよー。俺も協力するし」 殆ど置いただけのようにアンナの頭を撫で、彼は笑う。 「大切な人の笑顔と、皆を護りたい気持ちが私に勇気を与えてくれる。私は弱いけど、何か役に立つはずだから」 「役に立たない人はいないしね〜」 紛れもなく真夏自身が帯びた、陽光のような温かさを浴びて、恭賀が微笑む。すると真夏は、嬉しそうに口角をあげて。 「みかんを好きなだけもふもふしていいからね」 「も、もふもふ……!」 得た許可を最大限活用するべく、恭賀はモーラットピュアのみかんをそろそろと抱きしめてみた。だらしない程に頬が緩んでいる。 その間、真夏は何処かへと駆け出してしまって。 そこへ、優生が恭賀へ挨拶をしにやってきた。銀誓館に来れて良かったと血色の良い笑顔を映し、唐突に優生は、物思いに耽る轟をいきなり呼び手招きする。 「轟さん! こっちで皆と一緒にお祝いしましょうよ」 すると、恭賀が慌ててかぶりを振った。 「そ、そんないいよ別に……っ」 「何言ってるんですか、せっかくですし」 優生がそう告げた直後、突撃してきたのは真夏だ。しっかり連れてこられた轟は、肩を竦めて驚きに固まった恭賀を一瞥し、 「来ないわけにもいかないだろう」 そう口角をあげて話す。連れてきた当人はと言えば、躊躇いも無く胸を張っていて。 ここを訪れたすべての存在が持つ温かさに中てられ、恭賀はくすぐったそうに唇を結び、脳裏へ描いた大きな桜の樹を、彼らの前に生み出した。 ざわめく樹から、訪問者をもてなすように雨が降る。途切れることのない、桜雨が。 「寂しかったり、ハラハラしたり、そういうのはあるけど、でも……」 殆ど独り言のように零し、恭賀はそっと樹を撫でる。最後の方は、自分でも聞き取れない程で。 やがて、果てしなく続く絨毯が、柔らかい光をまとい彼らのために煌いて。
夢で観たすべてを白き花へ秘め、漸く眠りにつく。 以来、ひとりきりで佇んでいた桜の世界を、夢に見ることはなくなった。
何故なら、そこにはいつも――。
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参加者:28人
作成日:2010/04/08
得票数:ハートフル23
ロマンティック3
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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