また、この空の何処かで


<オープニング>


 部室の壁に貼ってある何枚もの写真には、彼が入部する以前からの、先輩達の軌跡が写っている。すっかりくたびれ色褪せてしまった写真。合宿の思い出も、入部したてらしき初々しい姿も、壁は全てを受け入れていた。
 そして自分たちもまた、今日ここに恒例の一枚を飾るのだ。
「よくあんだけがむしゃらにやってこれたよなぁ」
 写真を見つめる少年の後ろで、別の少年が眼鏡を押し上げながら言った。
「笑っちまうぐらい必死だったよな、弱いチームだったのに」
 眼鏡の少年の横に立つ、長身の少年が笑う。嘲笑などではなく、まるで遠い過去を懐かしむような、そんな口ぶりで。
 そんな彼らの言葉に頷いて漸く、卒業式の写真を貼り付けた少年が唇を震わせる。
「大学じゃ、これまでみたいな野球はできないだろうけど、また集まればいいさ」
 行こうぜ、と促し名残惜しむ二人を残して、彼は真っ先に部室のドアを開けた。
 そして、目の前に立つ違和感に気づき、首を傾ぐ。
 見知らぬ少年がいた。沈んでいく夕陽を背にしているため、こちらを向いているその顔は窺えず、少年は思わず覗き込む。
「……したのに」
「え?」
 独り言にしては異様にどす黒い念を帯びていて、無意識に眉をひそめた。
「約束したのに約束したのに約束したのに約束したのに!」
 後ろから、名を叫ぶ友の声が響く。
 しかし声が届いたと気づいたのは、彼が無数の影に全身を貫かれ、意識を閉ざす直前だった。


「この時期だからこそ、なのかもね〜」
 寂しげに告げた井伏・恭賀(運命予報士・bn0110)は、集まった能力者たちへ視線を戻すと微笑んだ。
「ある高校に地縛霊が出てね。このままだと、部室に来ていた生徒さん達が襲われちゃうんだ」
 現場は、何処にでもある普通の公立高校だ。校舎はだいぶくたびれてきているため、今年から改修工事が始まることになっている。それだけ長く、地元の子ども達を通わせてきた高校で。
 地縛霊が現れたのは、グラウンドの片隅に佇む部室棟の、一階右端の部室前だ。部室棟が建って以降、そこは変わらずに野球部員たちを見守ってきた部室の前で。
 この日、この時間、部室に人がいる場合にだけ、野球部部室前へと地縛霊は姿を現す。
「で、卒業後に出来上がった写真を持ってきた元野球部員の三人が、部室にいるわけなんだけど」
 卒業生として羽ばたいた少年三人は、私情で来ることができない同級生部員の想いも連れて、写真を飾りに訪れる。能力者たちが現場へ着く頃にはもう、彼らは部室の中へ入ってしまっている。
 そして地縛霊は、そんな彼らが出てくるのを待っているかのように、部室前にいるのだ。
「彼らは、部室から出てこなければ襲われる心配も無いんだよー」
 彼らを部室に閉じ込めたまま地縛霊を倒すか、或いは彼らを安全な場所へ脱出させながら戦うか。
 どの作戦を取るかは、能力者次第だ。
 広いグラウンドには、他に人気も無い。多少騒がしくしても周囲への影響は無いが、部室の三人がどのように動くかは不明だ。ともあれ戦いに巻き込まれたなら、自分達を襲ってくる異形の存在よりも、能力者たちの言うことを聞いてくれるだろう。
 パニックに陥ったりしなければ。
「最初は地縛霊も一体しかいなくて、戦いになるともう二体出てくるんだ。ぞろぞろと」
 いずれも高校生ぐらいの少年の姿をしていて、野球のユニフォームを纏っていると恭賀は告げた。
 最初からいる地縛霊は、片手に影で作られたボールを握り締めていて、後から出現する二体はそれぞれ、影でできたバットとグローブを持っている。
「……野球部に未練のある思念なの、かしら」
 高城・万里(田舎育ちの野球猫・bn0104)が静かに尋ねるものの、恭賀は「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないね〜」としか答えることができずに。

 ボールを握る少年は、約束したのに、と執拗に同じ言葉を繰り返しながら攻撃してくる。
 全身から伸びる無数の影で、近くにいる相手ひとりを貫いてくる。
 ちなみに、彼の握るボールは武器ではないと、恭賀は言う。
 同じくバットの少年もグローブの少年も、手にしたそれを武器としては使わない。
 彼らの武器は影。それだけなのだ。
「バット握った子は、他の地縛霊に影を分け与えることで、回復することができるんだよー」
 範囲内にいる地縛霊たちの傷を癒し、状態異常も吹き飛ばしてしまう。回復量も侮れない。
 また、彼は味方以外の存在ひとりへ影を分け与えることもできるのだと言う。ただし、もたらされるのは癒しではなく激痛だ。
「遠くにも届くんだ、その攻撃。でも一度戦いになれば、元部員さん達より能力者さんを優先してくるよ」
 厄介な敵から消していこうと、考えているのかもしれない。
 そしてグローブを持つ少年は、直線上へ影の津波を起こす。まるで負の感情を込めたかのような津波だ。
「わかりやすい攻撃ではあるけど、油断はしないでねー」

 そこまで話し終えると、恭賀は一度言葉を区切り、能力者たちの顔を眺めた。
「依頼の話とは関係ないんだけどね、その部室棟、前からちょっとした噂があるんだ」
 部室棟は生きているのだと、誰が言い出したのかそんな噂がその学校にはあった。
 だから、部室棟の近くに願いを込めた物を埋めると、その願いは叶う。部室棟の壁に目標や思い出を書いたり貼り付けたりすると、夢へ近づけるし、離れ離れになった仲間達ともいつしか再会できる。
 心温まる噂で、その高校の生徒の中には、それを信じている者も多い。
「せっかくだから、恩恵に与ってみるのもいいかもしれないよ〜」
「いいわ、ね。今の時期らしい感じで、素敵」
 万里が興味を示し、頷く。
 それぐらいしたって、バチは当たらないだろう。
「油断しなければ危険も少ないと思うよ。いってらっしゃい、能力者さん」
 最後に恭賀は、にっこり微笑んで能力者たちを見送った。

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参加者
高木・誠(廻明・b00744)
九我・綾羽(過去と踊る・b00924)
八伏・弥琴(綴り路・b01665)
瑞沙和・諷(シンリート・b05296)
芥川・行人(やさしい夢の跡・b39577)
清馬・匠(ペガサスは天を目指す・b45270)
宮代・さつき(空色の風詠い・b52693)
犬塚・戦(ディスエンド・b64465)
久慈宮・景蒔(下っ端の下っ端・b67535)

NPC:高城・万里(田舎育ちの野球猫・bn0104)




<リプレイ>


 陽も柔らかな空をゆく鳥が、春を告げて一鳴きした。
 しかし目に映るのは、グラウンドの片隅、部室棟の前に佇む、春からは程遠い影で。
「部の人たちを危険な目に遭わせないよう、終わらせようね」
 ね、と同意を求めて宮代・さつき(空色の風詠い・b52693)がクロを一瞥する。澄ました顔のクロは、手にした杖の先で帽子のつばをくいと押し上げた。
 野球部の部室を見遣り、清馬・匠(ペガサスは天を目指す・b45270)は目を細める。元野球部員としても、彼らと共有できる感情がある。だから尚更、悲劇で終らせたくない。握る拳が、いつの間にか汗ばんでいた。
 影へ駆け寄る能力者たちの中、瑞沙和・諷(シンリート・b05296)は部室のドアを背にするように、地縛霊の前へと飛び込む。同時に久慈宮・景蒔(下っ端の下っ端・b67535)が地縛霊の気を引くため、声を張り上げた。
「オレ達が相手っすよ〜!」
 ゆっくり、野球のユニフォームを着た少年が振り返る。
 邪魔者の到来を察したのか、音もなく二人の少年が姿を現した。それぞれバットとグローブを手にしていて。
 そしてずっと待ち続けていた少年は、ボールを握る手に力を篭め、能力者たちをねめつける。
 不意に、外からの喧騒で部室のドアが開く。しかしすぐに、僅かに出来た隙間を縫って芥川・行人(やさしい夢の跡・b39577)がドアの向こうへ転がり込んだ。ぜえ、と乱れた息を整えながら、後ろ手にドアを閉める。
 それはまるで、日常と非日常を隔てるかのように。
 目を瞬かせている元部員の三人を見上げ、行人は口の端だけで笑みを象った。
「全部終わってる様に頑張るから」
 聞き返す間もなく、卒業生たちが部室の中で崩れ落ちていく。
「目が覚める頃には、全部」
 覚めない夢など、無いのだから。
 一方、外では犬塚・戦(ディスエンド・b64465)が高速演算プログラムを発動していた。文字の洪水が浮かび、その瞳で改めて地縛霊の少年を射抜く。どの地縛霊も、大切そうに野球道具を手にしていて。
 ――野球、好きだったんだね。
 温かくも切ない痛みを胸に抱き、戦は瞼を閉じた。
「白燐、又力を借りる時が参りましたの」
 白燐蟲を得物へ宿すのは九我・綾羽(過去と踊る・b00924)だ。その隙に、高木・誠(廻明・b00744)が部室のドアを針金を駆使してなんとか施錠する。
 誠の傍らには、最初の役目を終え出てきた行人がいた――学生達を眠らせる作戦は、見事に成功したのだ。
 直後、拳に螺旋状のプログラムを纏い、八伏・弥琴(綴り路・b01665)がバットの少年目掛け突撃する。
「チームプレイは得意なんだ。ね、清馬先輩」
 呼びかけた相手を見ることもせず、弥琴が殴りつけた拳を引く。すると丁度そのタイミングで、弥琴の横を植物の槍が過ぎていった。匠のものだ。
 槍の爆発に呑まれたバットの少年が、弥琴へと影を伸ばす。貰った影から齎されるのは、言いようのない激痛で。
 咄嗟に、諷が彼らの動きを止めるべく、魔法の茨をはびこらせた。
 ――影が、求めるのは、果たされなかった約束?
 次々と茨が、影を縫いとめていく。続けざま、オルタが剥きだしの牙で地縛霊へ噛み付いた。
「……誰と、どんな約束を交わしたんだろうね」
 ぽつりと零した戦の想いは、乗った速さに紛れ消えた。身軽に跳ねて近づき、バットの少年を狙い定める。直後、その胸元へ三日月の軌跡を描いて蹴り上げた。
 着地の靴音に重なり、誠がその瞳にプログラムの膨大な文字を映し出す。
「どんな約束だったのか知らないが、新しい旅立ちを迎える人の邪魔をするなよ」
 ぴくりと、グローブを握る少年が肩を揺らした。
 瞬く間に、直線上へ影の津波が起こる。夜の荒波のごとくどす黒いそれは、負の感情のみで形成されたかのようだ。恐怖を知る津波が、誠を襲う。
 じりじりと間合いを詰め、高城・万里は魔法陣を生成し、その波の行方を見守っていた。
「すごい荒れ模様、ね」
 使い手が台風そのものなのかもしれない。そんなことを考えながら、万里が武器を構える。
 ふと、行人はすっかり静かになった部室を見遣り、そしてすぐさま視線を地縛霊へ戻す。
 争いが嫌いな少年は、躊躇いも恐れも置いて、真っ直ぐに敵を見据えた。そして、広げた幻夢の加護で仲間達を守る。
 綾羽が誠へ祖霊の力を寄せると同時、さつきは激しい風を巻き起こし、バットの少年を宙に浮かせた。
 邪魔はさせたくない。野球部の人達の思い出も、これからも。
 願いを乗せた風に煽られ、少年が宙に固定される。
「約束したのに約束したのに!」
 呪文のごとく繰り返し、ボールを持つ少年が全身から無数の影を生み出した。彼が駆け寄ったのは、オルタの前。漆黒の刃がオルタを貫き、苦痛に耐える呻きをオルタが漏らす。
 思わず諷がオルタを呼ぶのと、景蒔が真グレートモーラットの雪丸を呼ぶのは、殆ど同時だった。
「お前の力、見せてやれ!」
「きゅうっ!」
 きりっと凛々しく鳴いた雪丸が、負傷したばかりのオルタへ飛びつき、ぺろぺろと舐め始める。
 景蒔は何気なく、三対の地縛霊を順に見遣った。野球のボールに、グローブ、そしてバット。
 ――もっと野球がやりたかったんでしょうかねぇ。でも……。
 倒さなければならない。人を殺すような奴は。


 影が分裂する。否、正確には千切れて他の影と融合していった。
 バットを握る少年の能力だ。攻撃を積み重ねたところで、影により癒していく。それこそ厄介な。
「それ……そんな姿になっても手放せないほど大切なんだよね」
 弥琴の言葉に反応したのか、少年は己が握るバットを見下ろす。表情に変化は無く、動きが鈍ることもない。ただ解るのは、その想いが誰かを傷つけているという事実。
 そんなの、寂しいよ。
 最後までは音にならず、弥琴の拳がプログラムの力を受けて少年を叩く。
 身軽な弥琴の流れに、戦が続いた。地を蹴り、バットを武器として使わない少年へ、鋭利な蹴りをお見舞いする。深々と少年を抉ったのは、遠慮も同情もない一撃ゆえか。それが最善だと、彼が知るからか。
 叶えてやることは出来ない。改めて告げる必要も無いだろうと、戦は胸の内だけでそう呟くと、
「でも、君達を呪縛から、解き放つ事は出来るよ」
 仰臥し、闇に溶けていった少年へ、緩く手を振った。
「バットのは、倒したよ」
「よし、この勢いのままいくかー」
 戦の傍らを過ぎた誠が応え、今し方戦が放ったのと同じ蹴りを、ボールの少年へ仕掛けた。
 再び少年が嘆く。約束したのに、と。
 怒りや哀しみを含んだ声に、諷が瞳を揺らす。
 ――生きてる部室棟が、強い願いを写して、産んだのでしょう、か。
 だとしたら、優しくて、少し寂しい、話。
 そっと伏せた瞼の向こう、諷の編み上げた茨が、地縛霊へと絡みつく。
 しかし茨を振り切ったグローブの少年が、キッと彼女をにらんだ。
「津波が来ますの!」
 途端に響いたのは、綾羽の注意喚起。
 刹那、全てを無に帰す影の津波が、諷を飲み込む。一瞬で消え失せた津波の余韻を辿り、菊の香りが仄かに過ぎた気がする。行人の投げた、枕から。
「駄目だよ、そんなの」
 約束を破られる辛さも、忘れられてしまう侘しさも、知らぬとは言えない。行人もまたそれを知る一人として、舞い戻ってきた投げ枕を抱きしめた。
「部室にいる人たちは、関係ないんだよ」
 守らなければ。素直でシンプルな意志は、何物にも代えがたい力となる。
 そして、枕と入れ替わり、グローブの少年へ向かったのは、綾羽の破魔矢だ。放った指を引き、無意識に胸元に下げた記憶の欠片を撫でる。宝物は、恐らく誰にでも存在するものだ。もしかしたらあの地縛霊も、あの道具がそうなのかもしれないと、綾羽は瞳を濡らす。
 地縛霊と成り果ててしまってさえも、傷つけたくないほどのもの。
 それを考えて痛むのは、胸か、心か。
「ゴメンね」
 さつきの唇を震わせたのは、そんな一言だった。ただ、それ以上は続けず胸にしまう。主の心を掬い取ったかのように、クロが地縛霊を踊りへ誘う。楽しげにリズムを刻めば、二体の地縛霊もクロの足踏みに合わせだして。
 踊りで自由を奪った隙に、砂ごと巻き上げるような上昇気流を、さつきが発生させる。
「炎の魔球、期待してる……!」
 弥琴のサムズアップに、万里が同じ仕草でやる気を返した。術式が織り成す炎で、グローブの少年を包み込む。炙る魔炎が赤々と燃え、しかし少年はすぐにそれを振り払ってしまう。
 矢継ぎ早に、オルタが炎を飛ばした。寒ささえ忘れさせるような炎に覆われた少年は、窮地に陥っても尚グローブを離さず、抱え込んだ体勢のまま消滅する。跡形もなく、さっぱりと。
「……したのに」
 またもや、呪いの言葉のように繰り返される、嘆きが届く。
「約束したのに約束したのに約束したのに!!」
 二重にも三重にも聞こえる恨みがましく切ない叫びは、ボールの少年から影を生み出すきっかけとなった。踊りからも解放された少年の影は、負の念に塗れた無数の刃と化し、戦を貫く。
「何を約束したか知らないが、きっと行違いがあっただけだ」
 さらりと言ってのけた匠を、少年が振り向く。振り向いた身体を、植物で編んだ槍が突いた。どす、と鈍い衝撃がこぼれる。
「あの世でも野球は出来るさ。次の試合を目指せばいい」
 終わってしまった試合ばかり見るな。そう、匠の目が訴えた。
「そうっすよ」
 二挺のガトリングガンで少年を狙い定め、景蒔が口角をあげる。
「怨む気持ちがあっても、誰かの可能性を奪うことはさせないっす」
 語尾はもはや銃弾の音に紛れてしまった。ばらまかれた魔法の銃弾が、ガトリングガンの威力を物語る。そして、硝煙止まぬ内にとばかりに景蒔の前へと飛び出していった雪丸が、少年の前で火花を散らせた。
 夢や約束は、大切すぎて放したくなくなるものだ。そう、弥琴は考えていた。一緒に持ってくれる相手がいるなら、なおさらだろう。地縛霊を形成した思念の元にも、そういう相手がいたのかもしれない。
 けれど、だからといってそこで立ち止まるのはいけないと、弥琴が少年へ一撃と共に想いを乗せた。本音だ。立ち止まっていたら、約束は果たせないのだと訴えたい、本音で。
「これは終わりじゃないよ」
 声が、思いのほか柔らかくなった。
「手早く済ませて、この出来事が、彼らの卒業式が見せた、一時の夢とさせようか」
 僅かに肩を竦め、誠が踏み込む。目にも留まらぬ速さで少年の懐へ走り、蹴りを入れた。
 そこでオルタが再び炎を飛ばし、その軌跡をなぞり綾羽が破魔矢を放る。
 すると畳み掛けるように、行人も投げ枕で応戦した。
「約束……した、のに」
 寂しげに喉を震わせた少年へ、景蒔が迷わず銃口を向ける。
「頼むぜ、雪丸!」
「きゅ!」
 返事が合図となり、雪丸は駆け出した。ぴょこぴょこ飛び跳ねるように走り、涙さえ流せない少年の眼前で、火花を散らす。
 火花に眩み少年が後ずさったのを見て、景蒔はすかさず引き金を引く。

 少年は、二度と約束を口にすることなく、命を絶やした。


 やがてくる紺青が、色を変えてゆく。
 絵の具を溶かしたような優しい空は、しかしまだ冬の寒さを残していた。
 三人が無事帰宅するのを見送り、能力者たちは恩恵にあやかるべく、部室へ向き直る。
 棚引く薄雲を見上げ、綾羽が部室へと入っていく。幾人かの名と『又何時か』とシンプルに書かれたメッセージカードを、そっと封筒へいれて。
「この空の下の、遠い何処かにいらっしゃる方達がいますの」
 一生懸命に腕を伸ばす。なるべく高いところへ付けたいようだ。
 同じように室内へ入ったさつきは、一枚の写真を手にする。めがねを押し上げ、あの頃の空を思い浮かべる。
 ――いつかまた、あの青空と同じ空の下で……再会出来ますように。
 ふわりと風が吹き込んだように感じ、振り返ってみれば、同じく噂を気にしていた万里の姿がある。
「卒業旅行の写真なの、よ」
 嬉々とした笑みを零し、万里もせっせと写真を貼り付け始めた。
 一方、部室の外では。
 部室棟の端に景蒔が生めたのは、この世でたった一つのボタン。
 今となっては、守ることも守ってもらうこともできない相手だ。だから今度は、自分がそんな相手のようになろうと決心した。誰かを守れるように。
 ――空から見ててくださいね……オレ、頑張りますから。
 泣き言ひとつ零さぬ彼に、まだ少しばかり冷たい風がそっと頬を撫でていった。
 ――今度は、依頼じゃなく、学園内でまた一緒に、遊べますように。
 諷が目を瞑り願いを秘める近くでは、匠も部室棟へ祈りを捧げていた。ずっと良い仲間と一緒に野球を続けていけますように。どんな形であれ、それは素晴らしいことだから。
 願い事に没頭する仲間達を見て、誠は微笑ましそうに表情を緩めた。
「願いとは関係ないけど、それでも」
 こうやって思い出を重ねて行くのは、大切なことだと思うんだ。
 傍らでは戦が、同じように仲間を眺め、笑いに似た吐息へ想いを寄せた。
 ――この空の下に集まったこのメンバーで。また、何処かで会えますように……なんてね。

「皆で写真撮って、飾りません、か? ミコ先輩、お願い、します」
 諷に誘われ、弥琴がどんと胸を張る。
「久慈宮さんと高城先輩は真ん中どうぞ。卒業生として堂々と……!」
 一部、ピースを示す表情が真顔の者もいる中、並んだ顔とピースを漏らさず入れて、弥琴がタイマーを仕掛ける。
 そして、この時間を思い出へ閉じ込めるシャッター音が、鳴り響いた。

「キャッチボールでもどうだ。せっかくだし」
 グローブとボールを掲げた匠に、野球好きな面々が食いついた。少しだけなら、部室棟も文句は言うまい。
 円を描いて立った能力者たちは、思い思いの投げ方で仲間へボールと言葉を投げていく。
「運動したら、寄り道、したくなります、ね。たとえば、銭湯とか」
「銭湯か、いいな」
 諷の呟きに、ボールを投げたばかりの匠が頷く。
「行きたくなったっす」
「……え? 銭湯に行くの?」
 未経験ゆえに一瞬戸惑った行人は、話のために軌道が逸れかけたボールを、誠へと繋ぐ。
「いい汗かいたし、行きたい気分だなー」
「このまま参りましょうか」
「お風呂上がりのフルーツ牛乳、飲んでみたいね」
 さつきに至っては、風呂から上がった後のお楽しみを口にした。しかも同意の声が次々と上がる。
「ちゃんと腰に手を当てて飲むの、よ」
 万里が、個人的に譲れないらしいポージングをして見せる。
 銭湯談義に花が咲く皆を眺め、行人は、銭湯がどんなところなのかと、沸き起こる期待を胸に空を仰いだ。

 ざわめいた風と桜の花弁が、部室棟を後にした若者達を見送る。
 いつかまた、この空の何処かで彼らと会える平穏を、待ち望むように。


マスター:鏑木凛 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2010/03/31
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