黄金の記憶〜微笑みのアル・ルーフ


<オープニング>


 春も近いというのに、ピラミッド内は酷く冷え切っていた。それは静寂の所為か、携わる者達が発するオーラゆえか。誰が疑念を抱くでもなく、老人達はせっせとその細い手で、石を運んでいく。
「金髪のお嬢さん」
 一体の老人が、蒼白い唇を控えめに動かし、仮面をつけたリリスを呼んだ。呼ばれた少女は、艶やかな自らの褐色の肌を撫でつつ、その老人へと振り返る。
「先ほどからずっとぐるぐるしとるようじゃが、わしら何かまずいことをしたかのう?」
 金色の長い髪をさらさらと揺らし、リリスは老人の心配を否定した。
 建設作業の休憩中、老人たちは三箇所に分かれ腰を下ろしていた。
 作業場入り口付近にある瓦礫の山。ここは丁度良い椅子を探すのにも良く、ひとつの石を巡る言い争いが、今も行なわれている。そのうち飽きるだろうと、作業場中央のグループが肩を竦めた。
 誰からも目につきやすく、だからこそ注目され難い作業場中央だ。座っているメンバーの入れ替わりも激しく、休憩中にあちこち行き来するような老人が集まりやすい。ふらふらと、今し方一人の老人が席を立った。
「ちょいと若いの」
 その老人が、作業場の奥へ続いている道からやってきた二人の仮面リリスへ、そう声をかける。頭を軽く掻いた後、老人は「通してくれんかの」と頼み、少女たちが退くのを待って作業場の奥へ消えていく。
 そう、休憩グループの三つ目は、作業場奥のもう一部屋にいた。
 作業場に比べると、人数も四人しかいないため控えめだ。そこにいる仲間達と談笑を始めた。
 思い出した頃にふと視線をあげれば、先ほどすれ違った少女達が、もう一人、同じように仮面をかぶった仲間を連れて、最奥の部屋へ続く通路から現れた。
 一つの通路で繋がっているのだ。最奥から現れても、おかしくはない。
「ずっと回っておって、疲れはせんか」
 老人の質問に、三人のリリスは仮面越しにくすくすと笑う。
「「平気」」
 似たトーンの声が、重なった。


「聖杯戦争、お疲れ様〜。その直後で何なんだけど、能力者さんに頼みたいことがあるんだ」
 井伏・恭賀(運命予報士・bn0110)は緩く微笑み、集まった能力者たちを見遣る。
 そして、戦争の直前に飛び込んできた情報について、確認を取り始めた。
 仮面をつけたリリスと、古代エジプト風の衣装を纏ったリビングデッドの群れ。彼らが岐阜県の山中で、ピラミッドのような建造物を造っているということだ。
 そのピラミッドらしきものの建造を阻止する。それが、今回の任務となる。
「ピラミッドのリビングデッド達、マアトの羽事件の時に倒したリビングデッドなんだー」
 つまり、ここで労働するリビングデッド達は、倒してもピラミッドの力で蘇ってしまう。ピラミッドを攻略する上で、戦いになれば面倒なことこの上ない。
 ならば彼らとの戦闘を避け、仮面のリリスのみを殲滅する。
 潜入に必要な包帯を能力者たちへ差し出しながら、恭賀はそう告げた。
「仮面のリリスを倒せれば、ピラミッド攻略もできるかもだしね〜」
 しかも、潜入については先日の捜査である程度の情報が得られている。
 包帯を巻いて老人リビングデッドのふりをすれば、容易に潜入できることだ。内部への潜入は容易いだろう。
 問題はその後だ。迅速に仮面リリスを倒して、脱出しなければならない。
「似た背格好のリリスなんだけど、髪の色で見分けられるよ〜」
 褐色肌の三人娘は、それぞれ金髪、黒髪、赤髪をしている。
 金髪娘は、腕に巻きついた猛毒を持った蛇を噛み付かせる他、抱きついた相手を魅了するのが得意だ。体力的にも三人の中で最もタフ。攻撃こそ単調だが、油断は禁物だ。
 黒髪娘は、投げキッスを衝撃波に変え、部屋の中にいる全ての敵を攻撃できる。まともに喰らうと身体が締め付けられ、身動きがままならないだけでなく、じわじわと体力を削られてしまう。
 そして、赤髪娘は爪で引っかいてくる。爪の威力も侮れないが、その素早い一撃は目にも留まらぬ速さで、回避や防御が困難となる。能力者でいうと、クレセントファングみたいなものだと、恭賀は補足した。
「リビングデッドたちもいるけど、倒しても蘇っちゃうから、彼らを倒す必要はないよ〜」
 部屋と部屋を繋ぐ通路は、人一人通るぐらいで狭い。
 入ってすぐの部屋――作業場では、多くのリビングデッドが休んでいる。その作業場から右奥へ続く通路を進めば、もう一グループが休んでいる奥の部屋に。左奥へ続く通路を進めば、最奥の部屋へ到達する。
 最奥の部屋からは、作業場はもちろん、休憩所にもなっている奥の部屋へも進める。
 つまり、三つの部屋が円を描くような形で繋がっているのだ。
 そしてリリスたちは、三人で各部屋を時計周りに巡回していると、恭賀は言う。
「戦うなら、最奥がいいかもねー。最初はリビングデッドもいないしさ」
 もちろん、騒ぎを聞きつけ、別の部屋からリビングデッドたちが集まってくる可能性は、充分にあるが。
「作戦がうまくいったら、各ピラミッドで同時に騒ぎが起きることになるんだよー。その混乱を利用して、強行突破もできるかもしれないんだ。逆に言うと、タイミングを逃したりして取り残されちゃうと、脱出が難しくなるから……そこは気をつけてね」
 敵の本拠地に乗り込み、ターゲットを暗殺し脱出する作戦だ。
 決して、簡単な仕事ではない。
「どの仮面のリリスも、能力者さんを感知する力は無いから、その辺は安心してね〜」
 そこまで話し終えると、恭賀は能力者ひとりひとりの顔を見て、にっこり微笑んだ。
「いってらっしゃい、能力者さん。ちゃんと『ただいま』を聞かせてよ〜」

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参加者
九曜・沙夜(神韻・b01823)
梶原・玲紋(アトミックブレイン・b03595)
乾・玄蕃(魔法使い・b11329)
不利動・明(大一大万大吉・b14416)
冴羽・涼子(剣狼・b20895)
粟野・つづき(小学生ヤドカリ使い・b33160)
アルステーデ・クロイツァー(葬闇のシュヴァルツェナハト・b35311)
小野崎・穂乃美(夢の杜・b53780)



<リプレイ>

●アル・ルーフ
 息吹き。
 それは人々が生きる世の中にちりばめられた、時代を思わせ、或いは今尚生き続ける当たり前のもの。
 しかし、当たり前であるその息吹きを捨てた場所は、確かに存在する。
 ――古代の王墓を模した建造物、か。
 アルステーデ・クロイツァー(葬闇のシュヴァルツェナハト・b35311)の溜息が、口元へ巻いた包帯に吸収されていく。
 同じような話に明け暮れるリビングデッドたちの声に比べれば、本当に小さい溜息だった。
 溜息を吐きたい気持ちは乾・玄蕃(魔法使い・b11329)も同じらしく、三角帽子とローブを懐かしむように指先が泳ぐ。
 酷く冷え切ったように感じて、冴羽・涼子(剣狼・b20895)は包帯だらけの腕を擦った。肌どころか髪さえも隠したその仕草だけ見れば、同じ休憩所内のリビングデッドと何ら変わりない。目立ってはいけないと、リビングデッドの動きを彼女は悉く真似てきた成果だ。
 ピラミッドを思わせる建造物の中。彼らは作業場を抜けた狭い通路の先、休憩所を訪れていた。
 殆ど口を開くこともせず、談笑するリビングデッドには判らないであろう緊張感を、それぞれが帯びている。周りにいるのはゴーストばかり。潜入したことが知られれば、どうなるかは想像に難くない。だからこその緊張でもある。
 そして、息を飲む瞬間がやってきた。
 仮面をかぶった三人娘が、休憩所へ足を踏み入れる。労働者を見張っているのか、或いは暇つぶしの散歩か。いずれにせよ奇妙な姿と行動に、能力者たちは目を合わせぬよう視線を外す。
 やがて三人の少女は、誰へ気を向けるでもなく休憩所を過ぎていく。彼女達の向かう先にあるのは、作業場だ。
 休憩所に腰を下ろしていた能力者たちは、のろのろと立ち上がり作業場とは反対の通路――ピラミッドの最奥へと足を進める。
 機敏な動きは警戒されると察した九曜・沙夜(神韻・b01823)は、まるで足が痺れたかのようにふらつきながら歩き出していた。念の入った演技だ。
「なんじゃお主ら、じっとしておれなくなったかの」
「奥がどうなっていたか、気になって」
 一人の老人がカッカと渇いた喉で笑うのを、アルステーデが軽い口調で流した。

 一方、多数のリビングデッドたちが骨を休める作業場では、不利動・明(大一大万大吉・b14416)が完成前の天井を仰いでいた。
 ――心が躍るじゃないか。
 沸き起こる好奇心や知識欲に、口元が緩む。本物のピラミッドではないにしても、気分が上がらずにいられない。
 もし、明の周りに佇むすべてが、嘗ての息吹きを思わせるピラミッドそのものだったなら。荘厳さや悠然とした佇まいに、強く揺れ動いたものもあったのだろうか。
 現実を見れば、すっかり息吹きを忘れたリビングデッドたちの社交場のような雰囲気だが。
 緊張を拳で握り締め、小野崎・穂乃美(夢の杜・b53780)は今か今かとそのときを待ちあぐねていた。
 ――しっかり終わらせるよう、気合を入れないと。
 喉から飛び出しそうな意気込みを飲み込み、穂乃美が休憩所から続く通路へ視線を投げる。
 すると。
 来た。
 誰がそう言ったわけでもないのに、仲間達のそんな声が聞こえた気がする。
 三人の少女が、侵入者に気づいた素振りも無く前を過ぎていく。粟野・つづき(小学生ヤドカリ使い・b33160)もまた、目の前を通った少女達を遠慮がちに見上げ、作業場から立ち去るのを確認した。
 行こう、と促すように梶原・玲紋(アトミックブレイン・b03595)が仲間へ目配せし、真っ先に立ち上がる。
 間合いをある程度取りながら三人娘を追う彼らへ、リビングデッドたちから時折呼びかけがかかった。けれど足を止めるわけにもいかない。耳が遠く聞こえ難い振りでつづきが気を逸らしながら、彼らはリリスたちを軌跡を辿っていく。
 最奥の部屋までそう長くはなかった。
 三人のリリスが、待ち伏せする人影に気づくまであと十秒。
 三人のリリスが足を止め、異変を察知し振り返るまであと五秒。
 二つの班が再会を祝うときまで、あと一秒。

 こうして戦端は開かれた。

●リリス
「誰」
「何」
「人」
 三人娘が、開口一番に戸惑いを映す。
 予告なき侵入者たちが見事に息を潜めていたため、今の今まで全く感付くことができなかったのだろう。
「どーぞお手柔らかに」
 きょろきょろ辺りを見回す少女達へ、玲紋が口角を上げ軽く言い放つ。語尾が相手へ届くか否かのタイミングで、彼の身体は黒髪の少女へと迫り、両手の独鈷杵で渾身の一撃をぶつけた。
 びりびりと体内を駆け巡り壊していく衝撃に、黒髪の少女が不敵な笑みを浮かべる。
「素敵」
 ふわりと浮かんだ甘い声の直後、彼女は投げキッスを衝撃波に変え、能力者たちの身を締め付けた。
 自由が利かすにもがく仲間達を救うべく、神聖な舞いを披露したのは、玲紋が手助けに招いた遠座・繭だ。優しく撫でるように、舞いの力が仲間達を締め付けから解放していく。
 そうそう、と不意に思い出した言葉を紡いだのは、玄蕃だ。
「九曜。君の婚約者が宜しく頼むとさ」
 編みこんだ術式を炎に変えながら、他愛もない話をする。
 それに、植物で象った槍を放った沙夜が小さく笑い応える。
「あら。じゃあ、玄蕃先輩が殴り飛ばされない様に、無事帰らないと、ね」
 軽々しく言ったようにも聞こえる声の端々に、彼女なりの想いが見え隠れする。
 そのころ、明は通路を塞ぐように立ちながら、掌から電撃ビームを放出していた。固まっていた三人娘たちを巻き込めば、彼女たちもさすがに距離を置くことを覚える。
 常に変化し続ける戦場を把握するべく、つづきは戦場が見えやすい位置を取り、ケットシー・ワンダラーのおねこさまへ微笑みかけた。彼女の表情に頷いたおねこさまは、早速リリスたちを踊りへ誘う。けれど、それをリリスたちは悠々と跳ねのけて。
 そして、目にも留まらぬ速さで涼子の懐へ飛び込んだ赤髪の少女は、爪による鋭い一撃をお見舞いした。じわりと滲む痛みは徐々に大きくなる。
 抗う力を高めるべく、穂乃美は白燐蟲の籠を自らへ宿し、アルステーデに手助けに招かれた木村・小夜も、白燐蟲の力を自身へ添える。
 ――一ピラミッドのリリス共か。何を企んでいるのやら。
 やれやれとかぶりを振って見せれば、涼子の漆黒の髪がさらさらと流れるように揺れた。そして考える間も与えず、気合と共に黒髪の少女を狙い澄まし、重たい一撃を浴びせる。
「どのみち、微塵に打ち砕くまでだが」
 油断も隙も零さぬ凛として顔で、涼子が言い切った。
 そして、光り輝くコアで自らのガードを固めていたアルステーデは、金髪の少女が腕に巻きついた蛇を伸ばしたと気づく。
 しかし蛇が来ると口にするよりも早く、獰猛な牙は玲紋へ噛み付いていた。あっという間にしみこんだ猛毒が、彼の全身を容赦なく貪る。
「「死」」
 三人のリリスが、同時に同じ言葉を重ねた。
 単純ながらも真っ直ぐな声と、突き刺すような少女達の眼差しに、能力者たちは一瞬だけ息をのんだ。
 けれど恐れではない。彼らの胸に湧き上がる、この感情は。
 飛びかかってきた蛇を押し返し、玲紋は二度目となる衝撃を黒髪の少女へ与えた。だが狙い澄ました一撃を少女はその細腕で防ぎ、威力を削いでしまう。
 すかさず明が、防御の姿勢を解こうとしていた彼女を捉えた。明の足元から這い寄った影が、静かに少女を引き裂く。苦痛にか、漸く少女が喉を無防備に晒し、声にならない悲鳴をあげた。
 穂乃美は見た。白燐蟲の癒しを玲紋へ施す間に、黒髪のリリスが口付けを放るのを。衝撃波が能力者たちを蝕み、締め付けから滲む痛みを刻み込んだ。
 身体の自由さえも奪う締め付けに眉根を寄せ、それを振り切った玄蕃は魔弾へ炎の加護を乗せる。
「ピラミッドの中に眠るのは本望だろう?」
 不敵な笑みを共に撃ち出した赤が、黒髪の娘を焦がし覆う。
「ピラミッドはろまんですね!」
 焦げた匂いさえ感じそうな熱の向こう、つづきは少女を見据えた瞳をきらきら輝かせていた。広げた腕が、魔法の茨で戦場を蹂躙するのを、しかと見届けながら。
「あれは砂漠に立ててこそカッコイイのです」
 だから、このような場所には要らない。
 少女の小さな身には、過ぎたる望みだろうか。否。
 つづきの放った茨がリリスたちを絡め取れば、彼女に動きを合わせていたケットシー・ワンダラーのおねこさまが、手にした杖をくるりと華麗に回し、エネルギーの塊で黒髪のリリスを討つ。既に弱りきっていた彼女に抗う術も無く、黒髪の娘は仮面ごと消滅してしまった。
 おねこさまの主であるつづきが、誇らしげに胸を張る。
 一方、沙夜は回復の手が充分足りていると感付き、その手へ再び植物の槍を生み出した。
「妙なモノを呼び出されては、困るのよ」
 目的も、呼び出すものも明確ではないけれど。沙夜だけではなく、誰にでも想像できることだ。
 リリスたちが起こす行動は、碌なものではないと。
 沙夜の放った槍が金髪のリリスを貫くと同時、手を持て余していた赤髪の少女が、能力者たちの勢いを遮るかのように爪を振るった。涼子を掻いた爪が引き戻される。
 ここで黙っていなかったのは涼子だ。
「後回しだ! 消えろ!」
 赤髪のリリスへ向かうと思われた彼女の剣だが、迷いも躊躇いもなく金髪の少女へ飛ぶ――能力者たちが優先する撃破順は、黒髪が最優先。その次が金髪の少女だったからだ。
 あまりの素っ気無さにか、赤髪の少女が拗ねたように腕を組み、そっぽを向いた。
 ――墓は好きじゃない。
 そう考え細い息を吐いたアルステーデの指先へ、光が集っていく。
「行為の理由は如何でも良いの」
 アルステーデの言葉に、金髪のリリスが「何」と不思議そうに呟いた。
「ただ消えて頂くわ。早々に」
 結い上げた光が、アルステーデの手を離れ、金髪のリリスを射抜く。
「死」
「生」
 生き残った二人のリリスが、口々に単語を吐く。
 金髪のリリス当人は、まるで槍など痛くないとでも言うかのように、余裕を態度に浮かべていた。
 三人の中で最もタフというのは、存外厄介なものだ。

●微笑むのは
 建造物の中にいては、空の色も、風の匂いも、どれだけ時間が経ったのかもわからない。
 回復手も多く、攻撃の威力も充分だった。集中攻撃ゆえ、思いのほか黒髪のリリスも迅速に撃破できて。
 その上、通路も塞ぐ陣形のため、騒ぎに気づいた数体のリビングデッドは部屋へ入ってくることもできず、ぎゅうぎゅうに詰まるのみだった。
 そこへ、能力者たちが魔法の茨を次々生み出し、リビングデッドの動きを鈍らせる。その隙にリリスへと攻撃を仕掛ける。この連続で。
 通路に仲間でふたをするという策は、他の仲間のうまいフォローもなければ、危険と隣り合わせだったであろう。
 金髪の少女が、健康的な褐色肌を滑る蛇を唸らせながら、玲紋へぎゅっと抱きついた。冷たい抱擁が齎すのは、魅了だ。すぐに繭の舞いが放たれ、玲紋は一気に脱力感のようなものを味わう。魅了が抜けた証拠だった。
「大丈夫です、すぐに癒しますね」
 前衛陣を手早く援護する穂乃美は、先ほどから駆け回るような忙しさで、白燐蟲の加護を皆へ与え続けている。
 刹那。
 やや形の定まらぬ床を影が走り、金髪のリリスと重なった。
「散れ」
 明の鋭い眼差しも、影と同じようにリリスをねめつける。そして彼の言葉に違わず、伸びた影がリリスの命を完全に引き裂いた。
「あとは一体だけね」
 仲間の動きに合わせて、沙夜が魔法のヤドリギを掲げる。くるりとハートの形を描けば、柔らかい温もりで仲間の傷が癒えていく。
 治癒の力が巡る合間にも、攻撃の手は休むことを知らない。玄蕃がピラミッドに隠れた真実を照らすかのごとく、赤く滾った炎で赤髪の少女を焼いた。自らの髪と同じ色に煽られながら、少女は一向に現れない援護――行く手を阻まれたリビングデッドの群れ――に、苛立ちを隠せずにいる。
 まだ、まだ、と何度も繰り返して。
 目障りだ、と叫びながら涼子が得物で最後のリリスを斬る。しかしすんでのところで避けきった少女は、仕返しとばかりに涼子へ荒々しい爪を振り下ろした。
 肩を上下させているリリスの息差しに、終わりが近いと悟り腕を掲げたのはアルステーデだ。集うのは、ピラミッドの頂点をも嘗ては飾ったであろう、眩い輝き。唇を震わせることもなく、創りあげた光の槍で、リリスを貫いた。
 胸にずきりと滲む痛みさえ、しまいこんだまま。

「一番体力に余裕のある人が殿を」
「私が行こう」
 玲紋の提案に明が応じ、異変を察知しやってきたリビングデッドでごった返した通路を突破するべく、布陣を整える。
 明と玄蕃の撃ちだした電撃が、ひしめくリビングデッドを仰臥させ、僅かな時間をも惜しむように能力者たちが駆け抜けていく。
「玄蕃先輩、しっかり花道を作って頂戴ね」
「魔法使いとしてはその願いを叶えてやらねばなるまい」
 唇で笑みを刷いた沙夜へ、玄蕃もまた口角を僅かにあげて答えた。
 不意に立ち止まった能力者たちの中、穂乃美がひょっこりと前方の作業場を覗き込む。戦いの騒ぎにすら気づかない、もっと多くのリビングデッドたちが未だ休憩時間を過ごしていたのだ。脱出するには、彼らをまとめて倒し、起き上がるまでの短い時間で突破しなければならない。
「遠慮なくボコるのみです」
 そう拳を握ったつづきに、見てください、と穂乃美が作業場を指差しながら声をかけた。
 促され、気づかれぬよう作業場を見遣れば、不思議な光景がそこに広がっていた。
 他のピラミッドが襲撃されたと、連絡でも受けたのだろうか。慌しく駆け出したリビングデッドたちは、そのまま何処かへと走り去ってしまったのだ。
 すっかり主も創り手も失ったピラミッドを脱し、能力者たちは恐ろしいほどに静かなその建造物を見上げた。
 長い歴史も、過去の栄光さえもなく、ゴーストによって生み出されたピラミッドのような存在。だからこそ、それは頼もしい能力者たちの姿を焼付け、見送ったのかもしれない。

 息吹きを忘れたものたちに、勝利の女神は微笑まないからだ。


マスター:鏑木凛 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/04/14
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