<リプレイ>
●夜が見下ろす 夜の郊外は肌寒かった。人通りの絶えたアスファルトの道を、ぽつぽつと建つ民家の明かりが鈍く照らしている。 そんな家の一つに、能力者達は集まっていた。 屈み込み玄関の鍵を覗き込む真月・沙梨花(死門封殺の呪を操る者・b56331)と浅葱・悠(星黎の紡ぎ手・b01115)を背にし、須賀・義衛郎(天を取る者・b44515)は、橋田家から零れる明かりに目を向けた。 この家の住人は、既にリビングデッドとなっている。それでも夜に明かりを点けるのは、彼らがまだ人間らしい生活にしがみ付いている証のようにも思えた。 「男の子の事もあるし、どうにかしてあげたいってのはあるけど……私たちが出来るのは倒すことだけなんだね」 魔道書を胸に抱き神崎・満(鳴鈴の魔弾術士・b38260)が呟くと、黒瀬夜・由樹翔(鬼兎・b19672)は微かに目を伏せた。 「今日は来ていませんでしたけど、きっとまたチカちゃんに会いに来るでしょうしね」 彼と沙梨花は早めに橋田家の周辺を訪れ、チカの幼なじみの少年がやって来ないか見ていた。幸いにもその心配は杞憂に終わったが、次に少年が橋田家を訪れた時、彼を待つ運命が死である事に変わりは無い。 「開けるのは難しそうですね」 「壊した方が早いな」 「それなら手伝おう」 端的な悠の言葉を耳にして、山田・太郎(その迷いを断ち斬るために・b01914)が幅広の長剣を手に進み出た。 刃が軽い音を立て、すぱんと錠を叩き切った。緩やかに開く扉を、能力者達は足早に潜る。 全員が家の中に入った後、雪積・桜紅楽(春を待つ優雪・b67470)は火御守・和司(剣樹の継者・b11316)から受け取ったワイヤーで扉を固定し、ドアチェーンを掛けた。万一にも、他者が家に入らないようにするための用心だ。 上がり込んだ廊下に、窓から漏れていたものと同じ明かりが射している。扉を開け放したままの部屋から、室内の照明の光が零れているのだ。 足音を殺しそちらへ歩を進めた悠は仲間を振り返り、視線でこの先が目的地だと告げた。 体に緊張を走らせた能力者達が、素早く廊下を進む。 居間に入り込んだ彼らが最初に見たのは、目を丸くしたチカだった。突然の侵入者にチカは見る間に表情を強張らせ、彼らから距離を取る。 「パパ! ママ!」 娘に呼ばれた両親は、彼女とは逆に能力者達との距離を詰めて来た。二人の後ろに隠れるような位置に立ったチカの更に後方、居間と一続きになったダイニングとの境に、うっすらと汚れた白い冷蔵庫の姿。竜宮の玉手箱のメガリスゴーストだ。 「何なの、あなた達」 能力者達を睨め付ける母の手には、大型のカッターナイフが握られている。隣の父は既に包丁を持っていた。 「ちょっとそこの冷蔵庫を叩き壊しに来たよ」 何でもない事のように言って、義衛郎は仲間の前に立つ。 家族の後ろで冷蔵庫がほんの少しだけ浮かび上がり、前に進む。扉がまるで凶暴な牙を生やした口のように、ばくんと開いて閉じる。それはメガリスゴーストが、能力者達を敵と認めた証だった。 「もうすぐこーちゃんが遊びにくるの! ジャマしないで!」 両親の陰から除くチカの青白い肌を見て、桜紅楽は真紅のパイルバンカーをきつく握り締める。彼女の後ろで、由樹翔も表情を硬くした。 こーちゃん、は恐らくチカが追い返し続けて来た少年の名だろう。 少女がリビングデッドとなった今、いつ食らわれてもおかしくなかった少年。 この家族を救う事は出来ない。それでも―― 前衛を担う能力者達が床を蹴り、戦いが幕を開けた。
●救われない家族 カッターナイフを持った母の横に回り込むと、義衛郎は深く息を吸い込んだ。取り込まれた大自然の息吹が、彼の力を高めて行く。 沙梨花は3人の家族とその後ろに控える冷蔵庫とを、改めて見据えた。 竜宮の玉手箱のメガリスゴースト。それはある意味では、生命讃歌の代償と言えるのかもしれない。 しかしそれが詮無い感傷である事を彼女は理解していた。すっと感情のこもらぬ目を細め、逆鱗を秘めた手甲を構える。まっすぐに飛ぶ衝撃波が、母親もろともチカを貫いた。 「貴様らに安息をくれてやる……それがせめてもの手向けだ」 母に接近した悠が純白の剣に闇を纏わせる。黒く煙る斬撃が腹を真横に切った。リビングデッドに肉迫する仲間との距離を測り、由樹翔は少しだけ前に出る。 鋭い長剣を頭上で旋回させる太郎を守るように、進み出た真サキュバス・ドールの恋歌が母に絡み付いた。青白い足元がふらつく。 父がぐるりと向きを変え、妻に近接した義衛郎へ包丁を振り下ろす。刃先が腕を切り、仕込まれた毒がじわりと広がった。母は胸元に手を当てて、自らの傷を癒す。しかし、集中して受けたダメージを回復し切れるほどではない。 ダイニングへの進路を遮る位置に立ち、桜紅楽は母の脇腹に押し当てたパイルバンカーの杭を渾身の力を込めて打ち込んだ。金属の芯と共に穿たれた衝撃が、母の体内を破壊する。 大きめの学ランに包まれた桜紅楽の肩に、チカがアイスピックを投げ付けた。一瞬の痛みと衝撃が過ぎ去った後も、アイスピックは肩に刺さったままだった。楓が祈りを込めて緩やかに舞い、小さな凶器を取り去る。 かたりと冷蔵庫の扉が開いて、影に似た腕が溢れ出る。鞭のようにしなるそれは、漆黒の斬馬刀を構える和司を戦装束の上からぎちぎちと締め付けた。満は魔道書を掲げ、自らの前方に魔法陣を生成する。 義衛郎の獣爪が、獅子の如き鋭さで母の胸元を抉る。ひゅっと、喉から笛のような音を漏らして倒れた母は、そのまま動かなくなった。 死が救いであるなどと、彼は考えていなかった。在るべき姿へ還す。ただ、それだけのこと。 沙梨花は母が倒れたのを見届けると、標的を変更しリビングデッド達に接近する。同じく攻撃目標をチカへと変えた悠が、横に回り込んだ。包丁を構えた父と目が合う。 由樹翔の歌が居間を優しく満たし、仲間の傷を塞ぐ。太郎の足元から腕の形をした影が伸び、チカの足を引き裂いた。 父が包丁を振る。胸元を切り裂かれた悠に、チカからアイスピックが飛ぶ。楓の舞いも、刻み込まれた毒と癒しを阻む力を取り去る事は出来ない。冷蔵庫の扉から勢い良く伸びた腕を、沙梨花の手甲が受け止める。 「固まってるとどうなるか、思い知らせてあげるよ!」 満は父娘の間を見据え、魔道書を鋭く真横に振り抜く。生み出された巨大な槍が居間の床に突き刺さり、電撃となって爆ぜる。駆け巡る雷に打たれ、チカが声も無く倒れた。 和司が斬馬刀に闇を纏わせ、父の肩から腹を斜めに切る。桜紅楽はパイルバンカーを振り上げ、猛毒を伴う一撃を気合いと共に叩き込んだ。包丁を握る手が惑うように揺れる。 「戻ってもらうよ。そっちに行かれると厄介なんでね」 ダイニングに下がりかけた父の背を、ロケット噴射の勢いを乗せた義衛郎の爪が柔らかな地のように抉る。よろけた体は押し戻され、冷蔵庫の側面に当たって止まった。 「在るべき場所に還れ」 手刀の形に伸ばされた沙梨花の手が鳩尾を突き刺し、父もまた床に倒れ伏す。 冷蔵庫の扉が、歯噛みするようにばくんと開いて閉じた。
●砕くもの 「皆さんあまり無理しないで下さいね!」 前線を往く仲間を鼓舞するように、由樹翔は癒しの歌を響かせる。恋歌が冷蔵庫に絡み付き、精気を貪った。太郎の伸ばした影は、ばくんと開いた扉に防がれる。 桜紅楽のパイルバンカーの杭が、轟音と共に冷蔵庫の側面を傷付けた。このアビリティも残り少ない。 満が魔道書を構え、雷を編み込んだ魔弾を放つ。爆ぜたような音が鳴った。義衛郎の爪が扉を抉る。沙梨花はその場に立ち止まり、逆鱗を飛ばした。毒を含んだ小さな鉄片が、滑らかな冷蔵庫の表面を傷付ける。 真横に直線を引く斬撃は、楓から祖霊の力を受けた悠のもの。 冷蔵庫のままであったなら、これは人に恩恵をもたらすものだった。家族から必要とされ、大切にされるその様は、さながら玉手箱のようであったろうに。 抑えた感情の奥で、ふとそんな風に考える。 「しぶといですね」 金属の杭が打ち込まれる確かな手応えを感じながら、桜紅楽は眉を寄せた。能力者達の攻撃の幾つかは、強力な毒を孕んでいる。重なる毒に蝕まれながらも、冷蔵庫はまだ倒れなかった。開いた扉の隙間から伸びる影の腕が、太郎に巻き付き締め上げる。恋歌が祈りを捧げ、主を苦痛から救い出した。 由樹翔の歌は、もう何度目になるのか分からない癒しの旋律。自らの役割を癒し手と決めた彼の力は、まだ余裕があった。満の魔弾が、ばちりと雷の残滓を散らす。 「そろそろへばって欲しい所だけどね」 獣のオーラを宿した爪を突き立て、義衛郎は冷蔵庫を見据える。術を封じる反動を振り払った沙梨花が、篭手をはめた手で側面を串刺しにした。闇を纏う悠の長剣が、扉から零れた腕に受け止められる。 恋歌の飛ばす口付けに合わせ、太郎が足元から影を伸ばす。冷蔵庫がかたりと揺れた。荒々しく叩き込まれた和司の斬馬刀が追い討ちをかける。 冷蔵庫は扉を開け、固めた拳を勢い良く満の脇腹に叩き付けた。軽く息が詰まる。 彼女がお返しとばかりに撃ち込んだ魔弾は、冷蔵庫の扉を鋭く穿ち、その身を痺れに落とした。 穏やかな、優しい声で、由樹翔は仲間を癒す歌を歌い上げる。その歌声に背を押されるように、桜紅楽は最後のインパクトを叩き込んだ。 ひくりと痙攣するような動きを見せた後、冷蔵庫はがしゃんと後ろに倒れ込む。 まるで、玩具が壊れたような音だった。
●救われたもの 戦いが終わり静まり返った居間に、能力者達が箪笥の中の物を引っ繰り返す音が響く。 橋田家で起こった事を強盗の仕業に見せかけると決めていた能力者達には、室内を荒らす作業が残っていた。 「あんま気分の良いもんじゃあないけど、ちゃんとやっとかないとね」 引き出しを床に落として中身をぶちまけながら、義衛郎が呟く。 世界を守る結界のために、これは必要な事なのだ。 黙々と手を動かしていた沙梨花は、ふとその手を止めて楓を顧みた。 「後味の悪い件に……付き合わせてしまいましたか」 ちらと向けられる眼差しに、楓は気にしないでと微笑む。彼女の力添えに感謝しているのは、沙梨花だけではないだろう。 室内をあらかた荒らし終えた後、悠は家族の亡骸に向かって目を伏せ、頭を垂れた。和司もその後ろで、同様の仕草を取る。 「ごめんね、せめて天国で安らかに……」 長く伸ばされた金の髪を揺らし、満もまた祈るように頭を下げる。 「こんな痛ましい姿で残していくしかなくて、ごめんなさい」 桜紅楽の悲しげな眼差しは、うつ伏せに倒れたチカに向けられていた。 リビングデッドとなってからも、残された人の心で幼なじみを守ろうとした少女。手酷い言葉を投げ付けられても、彼女を訪ね続けた少年。 本当に、大好きだったのだと、大切だったのだと、そう思わずにはいられなかった。 由樹翔は伏せていた目を開け、物言わぬ家族を改めて見詰める。 神様というものを信じているわけではない。だが、もし天国が存在するのなら、そこで幸せになってほしい。 「そろそろ引き揚げよう。あまり長居するわけにも行かないからな」 太郎の言に頷いて、能力者達は帰り支度を始める。 家族の亡骸はさほどの日を置かず発見され、悲報はやがて少年の耳にも届くだろう。それは彼の中に傷となって残るに違いない。 しかし、少年は一家に起こった出来事を知らずに済んだ。チカは彼の中で、最後まで大好きな幼なじみのままでいられたのだ。 能力者達によって守られたものは、救われたものは、確かにあった。
|
|
|
参加者:8人
作成日:2010/05/16
得票数:楽しい1
カッコいい1
せつない19
|
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
|
|
あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
|
|
|
シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|
|
 |
| |