<リプレイ>
●奇しきクラリネットは黄昏に響く 音楽室を目指して、能力者達は夕暮れの校内を進んでいく。 夏至までまだ一月以上有る五月。夕暮れ時ともなれば、校内の人影は少なくなって当然。能力者達は、更に人影が少なくなる方へと向かって進み続ける。 皆が皆、事件現場である高校の制服を身に纏い、最短経路を一直線。 「本当に、学校の七不思議のようですね」 空木・紫唖(氷討ちし白刃・b22801)が、誰に問われるでもなく零した。高校の制服は、例え他校のものであろうと、卒業して間もない身にとっては少々気恥ずかしい。 ならば、零れた台詞は照れ隠しか。 「音楽室の神隠し。巣くうのは、妄執の行き先を間違えた迷子ですわね」 ぴしゃりと言い放つのは、桜賀・蓮里(白妙夢見る淡紅・b54593)。ゴースト達を迷子と例えたくせに、語気のみならず表情にも同情の色はない。制服にもこれと言った感慨を抱かないのは、中学校に上がりたての身だからではなく、生まれゆえのことだろう。 典雅と峻厳の四字こそが、蓮里が常に意識すべきものなのだから。 続く言葉は、二人の頭一つ上から降ってきた。 「ままならないものですね。過去は、現在を上書きするものではないのに」 声の主は鳴神・盟華(建御雷神の巫女・b75641)。古の祖霊を奉る身は諦観する。未熟な身であっても、要諦を把握していないわけではない。これから行く先に待ち受けるのは、敬意を持たぬ者に怒り狂う荒ぶる御霊ではない。道をはき違えた邪なモノだ。 だからこそ、ままならない。特殊区間に飲み込まれた辻宮少年も、特殊空間に飲み込んだ地縛霊も、同じ想いを持っていたはずなのだから。 ままならないからこそ、足を止めずに進む意味がある。音楽室まではあと僅か。長身の盟華が紫唖たちと歩幅を合わせている現状であっても、余計なタイムロスは発生し得ない。 「はい、到着っ」 先頭に立つ水田・えり子(スターライトティアラ・b02066)が、音楽室の扉を開けた。侵入と同時のイグニッションは、念には念を入れた警戒の証。――振り返り、皆に促す。 「お部屋のチェックとか、先に済ませてしまいましょうね」 実のところ、潜入直後からえり子の胸は高鳴りっぱなしだった。当然のように当然のことを済ませていくだけなどと言う向きもあるだろうけれど、彼女にとっては毎回が特別なのだ。例えば、同じ曲でも歌い方一つで大きく印象が変わるように。 「流石に大教室クラスの広さはないようですね。辻宮さんを守りながら、ということになりますか」 音楽室の広さを確かめていた片桐・彩音(ドミナントノート・b05423)が、皆に告げる。地域的にというレベルではあれ、有名な吹奏楽部を抱えていたとあれば、音楽室も相応の広さがあるか、と踏んではいたのだが。こうならこうで、手の打ちようはある。 この程度、障害になどなるものか。 皆が下準備を終えた頃を見計らって、演奏組が各々配置についた。えり子はピアノへ向かい、彩音はギターを準備する。ピアノはつい先程まで誰かが演奏していたかのように、鍵盤の蓋は開いたまま。幾つか鍵盤を叩き、調音が為されているかどうかを確かめれば、椅子に腰掛け、瞼を閉じて一度、深呼吸。 (「今回も頑張りますね、お父さん」) 閉ざした視界の内で、側に控える真スカルロードに想いを馳せ。 瞼を開くと同時に、指が旋律を紡ぎ出す。心をテーマにした、えり子オリジナルの曲。彩音のギターがアドリブで追随し、音楽室に音が満ちていく中。 どこからともなく、クラリネットの音が聞こえてきた。 細く高く神経質で、聴衆の気を無理矢理急かすような音使い。 ――暗転。 能力者達は、特殊空間に飲み込まれた。
●思い出せ、と彼は告げた 団十郎の説明通り、特殊空間内もまた音楽室であった。 「(間にあいましたか……!)」 転移直後、神那岐・キリト(クルーシフィクス・b30248)が思わず呟く。 ゴーストの配置に狂いはなく、能力者達の位置取りもまた、思惑通り。室内に流れている曲がえり子オリジナルの曲ではないと言うことは、被害者は、まだピアノを弾き続けられる程度の力は残されているということ。 事実、えり子の隣に、特殊空間に飲み込まれた少年――ピアノを弾き続ける辻宮孝史の姿があった。相当に憔悴しているように見えるとは言え、彼は追い立てられるように鍵盤を叩き続けている。キリトはえり子に目配せし、 「僕たちは君を助けに来ました。演奏を、止めないでください」 孝史へと声を掛ける。ここから先は、全てえり子に委ねるとキリトは決めていた。 「もう少し頑張ってください。私もご一緒しますから」 連弾。転移直前まで弾いていた曲を中断し、孝史の曲に合わせる。幸か不幸か、彼が演奏していたのはえり子も知る練習曲。放って置いても勝手に指が動いてしまう程度には、身体に染みついている。 (「片桐さんが言ってるとおり、音楽は楽しくないと。……お父さんも、そう考えてましたか?」) 孝史がこちらを見る余裕なんて無くてもいい。身体に触れたり余計な言葉をかけ続けたりと、無用な刺激を与える必要なんてない。重なり、連なる音と雰囲気が伝わればそれでいい。音は熱を伝播させるのだから。 孝史が演奏に集中でき、かつ、身体で能力者達が彼の味方だと把握してくれれば幸いなのだ。 クラリネットの音が乱高下する。地縛霊が、能力者達の登場に不快感を示しているのだろう。 「ラッパ吹きは、黙示録の天使だけで十分なんですよ!」 体内に光を溜め込みながら、ルシア・バークリー(リトルウィッシュ・b28515)が吼えた。クラリネットを捕まえてラッパ扱いは自分でもどうかと思うが、吹いて鳴らす楽器で笛と呼べないモノならば、ラッパと無理矢理呼んでも問題あるまい。むしろ、トランペットでない分黙示録の天使との差別化が出来て良いとも言えるはずだ。何より、銀誓館の制服と違って、大見得を切っても何も心配要らない。閉じればいいとは言え、年頃の少女にとっては、あのスリットの存在は地味に大きいのだ。 ――後は、貫くのみ。溜め込んだ裁きの光は、ルシアの背に十字架様の光背を形成。 「言祝ぎなさい。空に戻る日が来たんですから……!」 光背がはっきりと形を成した直後、黄金の光がルシアの眼前から放たれる。ゴースト達の背後から放たれた光の奔流は、見た目ほどの威力を持ち得なかったとは言え、鏑矢の役は存分に果たすことが出来た。 奔流がまだ止まぬ中、使役ゴースト達へと下知が飛ぶ。 「オメガ!」 「お父さん!」 「頼むぜ、ヤイバッ!」 リビングデッド達が動き出していたのだ。手にした楽器を振り上げて、狙うはルシア。腐敗が進んでいるとは言え、集中攻撃を仕掛けられれば浅からぬ傷を負うだろうことは明白。回復のために、支援手の手を煩わせるまでもない。 死神の鎌が切っ先にリビングデッドを引っかけて動きを遮れば、ケルベロスオメガの炎が追撃する。更に、別方向から迫る鎌が炎を耐えたリビングデッドを両断する。 火力の出し惜しみはない。短期決戦を挑まねばならない以上、初期に確保できている優位を崩すような遅延は起こしてはならないのだから。 数的優位を確保できている以上、戦力の運用さえ間違えなければ難なく終わる。だからこその全力。 「おいたする前に手を打つのも、私の役ですので。奪わせて、いただきますわね?」 蓮里が指先をくい、と動かした。貴種吸血鬼のみに許された神秘の技が、リビングデッドの活力を容赦無く吸い上げる。あれなる不浄は牙を突き立てる対象に非ず、触れることさえ慎むべき。指一つ触れずに、ただただ戒めを与え続けるべきものなり。徹底して仕込まれた心得の通りに、哀れな起き上がりを処理していく。 「楽器は人を殴るものじゃないですし、完璧は究極的に目指すべき先でしかない。……楽しさのない音楽は、自然と消えていくんですよ?」 彩音の瞳に無数の文字列が浮かぶ。脳神経の機能を最適化するプログラムを起動した状態でも、『完璧』であると自惚れることはない。完璧は無限に努力を積み重ねた先にあるのだから。容易に辿り着けないからこそ、いつか辿り着けると信じていられる。 常識外の存在を強制停止させる常識外の兵器と化した音叉を手に、彩音は矛盾を叩き付ける心算でいた。 「師匠が言ってたぜ、完璧な人間なんていないってな。必要なのは協力することで、強要じゃねえ。思い出せ、思い出してくれよ。あんたら、先輩だったんだろっ!」 暗都・魎夜(熱き血の覚醒・b42300)が叫ぶ。自身の使役ゴースト、ヤイバが道を切り開く中、魎夜は、耐久力の都合上、後方での援護を行うことが多い使役使いにしては珍しく、積極的に近接攻撃を試みていた。背に生えた蜘蛛の足をリビングデッドに突き立て、蓮里とは違うやり方で活力を奪い取って行く。俗に言う『事故死』はありえないと踏んでの動きは、完璧を目指して足掻く不安定な姿に近く。 「未熟を悔いたのか、未熟を許せないのか。今となっては知る術もありませんが」 リビングデッドの密集地点へと、盟華が雷光を打ち込む。制圧射撃にも似た乱れ撃ち。未熟さを理解し、成長の必要性を感じているのは自身も同様。 「あなた方は、勇者たり得なかった。それだけは、未熟な私でも理解できます」 残心を取る。効果範囲を重視した乱撃は命中率に劣る。正射必中の教えのとおりとは行かぬものの、一矢ごとに魂を込めた雷矢は死神の鎌に劣らぬ威力を誇る。 自己強化組の時間を稼ぐための初手としては上出来。目を眇め、ゴースト達の動向を確かめながら、盟華は小さく頷いた。
●永遠の光は誰の胸に ゴースト達の反撃を受けてもなお、能力者達の優位は揺るがない。 長期戦にも対応できるほどの支援態勢に裏打ちされた攻勢は勢いを減じることなく、地縛霊の性質を利用することで、一般人の安全もまた、確保できている。 結果として、時を追うごとにリビングデッドは数を減じ、地縛霊もまた、存在感を希薄にしつつあった。 「歌もいけるのか、アンタ」 「えへへ、ちょっとだけですけど。辻宮さんの根性には敵いません」 「ソナタに即興で詞を付ける人が言うことかよ」 孝史と連弾しながら、えり子は催眠による行動阻害と治癒を使い分ける。同じ旋律、同じ歌で違う効力。その程度の小細工を弄せずして何が銀誓館の能力者かと言わんばかりに、えり子は戦局の安定に寄与し続けていた。 「あなたの夢に、もう誰も溺れさせたりはしませんからっ! もう、これで……」 紫唖の吐息が、地縛霊の動きを止める。一つの例外もなく万物を凍り付かせる冷気は、常識外の存在である地縛霊を今度こそ氷漬けにし。 「おしまいに、しましょう!」 双拳が砕く。強化能力のせいで外見が少々コミカルになっているものの、威力は折り紙付き。宣言通り、紫唖の一撃が地縛霊にトドメを刺した。 ――直後、再びの暗転。地縛霊を撃破したことで特殊空間が消失し、元の音楽室へと全員が戻されたのだ。 ゴーストの気配はもう、どこにもしない。ただ、黄金色の西日が、音楽室内に満ちている。 「お疲れさまです。こんなに、長時間」 えり子が孝史を労うと同時に、眠りの歌声の対象に孝史を含めた。終楽章の最終節に合わせた即興詩が、孝史を眠りに導いていく。 目覚めた孝史が、楽器類の埃が綺麗にぬぐい取られているのに気付くのはまた、別の話。 勿論、眠りに落ちた彼にかけられた言葉になど気付くわけもない。時間が経てば、地縛霊に囚われたことすら忘れてしまうのだろう。世界結界の修正力によって。 能力者達はいつもの通りに事後処理を行い、帰路に就いただけ。 勇気ある一般人の夢が叶うように、死者が安らかに眠れるように、と願いながら。 黄金の夕日はだんだんと赤みを増し、光量を落としていく。
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参加者:8人
作成日:2010/05/29
得票数:楽しい12
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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