【徒花】其は紅白の花の如く

<オープニング>


 静寂に包まれ、空がすっかり目を閉じた真夜中。
 表を歩むことは許されぬはずの存在が、ふらりと現れる。地の下より這い上がった彼らは、霧が漂う暗がりの中を進み、何処かへと辿りつく。
 そこは空き地だった。
 漸く立ち止まった20もの影だが、まるで何かを待ち続けるかのように動かない。
 そして、じっと身を固めたままの彼らを迎え入れたのは、濃霧だ。
 濃霧へ静かに影が浮かびあがっていく。揺れ動く影は、そう時間を置かずに全貌を明らかにした。
 空き地だったはずの場所に佇む、一軒の古民家。どっしり構えた歴史を思わせる家から、ぴょこんと奇妙な生物が数匹飛び出してくる。
 からだだけ見れば空飛ぶ魚だ。しかし生えているのは蜻蛉の羽と、百足の脚。異形としか言い表せない生物たちは、来客を知るとすぐさま民家へと踵を返した。
 先導する生物に訪れた影たちが続き、戸の向こう側へと消えていく。

 草臥れた窓枠に挟まれ、紅白の花が揺れている。
 空虚を思わせる民家の壁で、寂しそうに。


「下水道から出てきたゴーストの群れを、倒してほしいんだ」
 待ちあぐねる能力者たちを見回し、井伏・恭賀(運命予報士・bn0110)は彼らの望む話を口にした。
「東京の秋津ってとこに現れたんだ。群れはある場所へ移動してるんだけど……」
 一度言葉を区切った恭賀は、宮崎県などで発生している古民家の事件を知っているかと、能力者たちへ唐突な問いを投げかける。
 勿論と一人が返せば、
「あっちが消える家なら、こっちは現れる家なんだよねー」
 と、またもや前置きも無く話す。
 どういうことかと尋ねる能力者に、恭賀は順を追って説明を始めた。
「群れが向かう先に、空き地があるんだ。ガランとして、ホントに何も無い空き地だよ」
 そこでは、霧の発生と共に、あるはずの無い古民家が出現すると彼は言う。
 最近多発している、古民家事件との関連性を疑うのもおかしくない。怪訝そうに顔を見合わせる能力者たちへ、しかしそれまでの事件と異なる部分もあるのだと恭賀は続きを口にする。
 家が消えるのではなく現れるというのも『違い』のひとつだが、もうひとつは。
「今回の民家の中にはね、魚に百足の脚と蜻蛉の羽をつけたっぽい妖獣がいるんだよー」
 魚でもなければ百足でもなく、蜻蛉と呼ぶにはあまりにチグハグなからだをしている。
 妖獣らしいといえば、そうなるだろうか。
 ここまでの話で察したのか、能力者の間から納得の声がこぼれる。
「……そう、つまりね。調べてほしいんだ」
 恭賀もまた、そんな彼らへ予想通りの頼みを向けた。
「もちろん群れを倒した後に、だよ。古民家がなんで出現したのか、家の中の妖獣が何なのか」

 先ずは、下水道から這い出てくる群れの撃破が目標だ。
 幸いにも目的地は判明しているため、空き地へ向かう道中で群れを待ち伏せ、迎撃する形となる。待ち伏せできる道も、両側を林と茂みに挟まれた人気の無い場所だ。四人ぐらいまでなら、横一列に並べるぐらいの幅もある。
 待ち伏せできる状況ゆえ、こちらが有利な状態で戦いへ縺れ込めるだろう。
 とはいえ相手はゴースト。しかも20体と明らかに数が多い。
「殆どは弱めの妖獣やリビングデッドだよ。もちろん油断しちゃダメだけどね〜」
 意味ありげに並ぶでもなく、時折立ち位置が入れ替わるなどして、彼らは歩き続ける。統制がとれているとは言えないが、だからといって余りに身勝手に動くわけでもない。
 強敵となるゴーストを支援するように、他のゴーストが暴れまわるのだ。
 強敵になるのは、鉄パイプを持った人型リビングデッド2体と、水かきのついた猫型妖獣3体。
 鉄パイプでの殴打は衝撃が重たく、叩かれた後も全身に痺れが残る。運が悪いと暫くマヒが残ってしまうため、侮れない。近づいて一人を殴るだけの単体攻撃だが、だからこそ威力も高めだ。
 そして、水かきのついた猫妖獣は、その水かきをバタバタと振り回し、近くにいる敵全てへ水飛沫を浴びせる。この飛沫を浴びると、焼けるような痛みが走るのだ。
 またこの水かきは、飛沫以外にも水鉄砲を放てる。遠くにも届く水鉄砲は、痛みが無い代わりに、相手が持つすべての術を封じる恐ろしいものだ。
「で、この強敵って呼べるゴーストを支援するように動くのが、15体いるね〜」
 首輪が無い犬のリビングデッド5体と、巨大化したネズミ型の妖獣が10体のみ。
 犬もネズミも、主な攻撃手段は体当たりや噛み付きといった、単調な攻撃だ。
 しかし、犬の体当たりはまともに食らうと吹き飛ばされ、巨大ネズミが吐き出す粘液は、ターゲット一人の足へ絡まり、移動ができないようにしてくる。
 数が数なだけに、取り囲まれたり、行く手を阻まれるなども考えられる。かなり面倒だ。

「油断しなければ大丈夫だよ〜」
 恭賀は緩く笑うと、気になることは多いが群れの殲滅が先だと念を押す。
「群れを倒せなかったら、調査どころじゃないしねー」
 群れを殲滅し、先述した民家の中の奇妙な妖獣を倒せば、いよいよ調査開始だ。
「……そこからは、現場での能力者さんたちの判断に任せるから、頼んだよ」
 頬を掻いた恭賀は、最後ににっこりほほえみながらこう告げた。
「いってらっしゃい、能力者さん。ちゃんと『ただいま』を聞かせてよ〜?」

マスターからのコメントを見る

参加者
北野・菜奈(紅桜を継ぎし者・b02110)
ウィルベル・アヤツジ(人造天稟・b05068)
ルナリス・フェルメール(ラピスラズリ・b25270)
霧峰・灰十(漆黒の牢獄・b26171)
紅月・レイアス(オルクス・b37451)
時任・篠(朧夜の藍氷華・b58875)
ユウ・メルフィージ(金煌虎が奮迅鬼・b59264)
四季・紗紅(白虎拳士・b59276)



<リプレイ>

●始まり
 カラカラカラン――。
 静寂を破った鳴子の音が、まだ肌寒い空気を一層冷たく張り詰めさせる。
 夜空独特の薄い明るさが辺りを覆い、両脇を木々に挟まれて道はのびていた。ピークに達した緊張が、手汗となって滲む。
 ここまでくれば、姿も気配もしかと捉えることができる。行く手を遮るべく道に並んだ能力者たちからも、訪れるゴーストの群れからも。
 ただ一つ異なったのは、能力者たちは彼らをじっと待ち受ける側で、妙にざわつき始めた彼らは突き進む側であること。
「きた……」
 黒き蟲を武器に纏わすユウ・メルフィージ(金煌虎が奮迅鬼・b59264)の呟きと、ウィルベル・アヤツジ(人造天稟・b05068)の照らした白燐蟲による明るさが、開戦を報せた。
 遠距離攻撃がぎりぎり届くか否かの距離を、辛うじて目測する。四季・紗紅(白虎拳士・b59276)は赤くチラつく弾を水掻きの付いた猫へ撃ち出した。
 怒りに囚われた猫の妖獣が一体駆け出すより早く、妙に賑やかだった群れの全てが、能力者たち目掛け突進する。
 木々に張りめぐらせたロープには目もくれず、まるで興奮したかのように、只管道を真っ直ぐ。
 その間、北野・菜奈(紅桜を継ぎし者・b02110)、ルナリス・フェルメール(ラピスラズリ・b25270)、霧峰・灰十(漆黒の牢獄・b26171)や紅月・レイアス(オルクス・b37451)、時任・篠(朧夜の藍氷華・b58875)が己の能力を高めるための術(すべ)を用いた。
「一手先に打つことは、できなかったか」
 懐中電灯を点けながら、篠が怪訝な声を漏らす。能力者たちが自己強化に励む頃は既に、ゴーストの群れは駆け出し間合いを詰めてきていた。その時にはもう、遮る敵がいると彼らは感じ取っていたのだ。
 灰十が眉根を寄せる。
「……鳴子で感付かれたか」
 敵との距離を測るべく設置した簡易鳴子ではあったが、静かなこの通りで彼らを出迎えたその音に、群れも異様な空気を察したのかもしれない。
 だが、やるべきことは何も変わらないのだ。
「とにかく、いまはゴーストを倒さなきゃね!」
 くるりと投げまわしたナイフをキャッチし、ルナリスが術式を編みこむ。炎を模り飛べば、水掻き猫の頭部を焼いた。けれど猫は怯みもせず、鋭い水鉄砲でルナリスのナイフへ絡みつき、駆動音を鈍らせて。
 彼女の後ろでは、レイアスがミサンガを指の腹でそっとなぞり、願いを逞しい意志へと変えていた。体内に眠る微弱電流が、レイアスの掌へと収束される。
「さあ、行こう! ヴァイパー!」
 膨大な量の電流が集い、一直線に解き放たれた。総勢20体となるゴーストの群れが、獲物を狙う蛇にも似た一撃に、より一層騒がしくなる。
 首輪の無い犬のリビングデッド5匹が、一斉に前衛として立ちはだかるルナリス、篠へと力任せに体当たりしてきた。よろめき吹き飛びかけた彼ら三人だったが、すぐ後ろに立つユウとウィルベルにぶつかり、遠くまで吹き飛ばされずに済んだ。
 同じ前衛の菜奈が、迫り来る群れをねめつけ、その中で鉄パイプを握るリビングデッドを狙い定めた。突きつけるは闘気で成した鎖だ。
「あなたの相手は私です!」
 菜奈の挑発が鎖を伝い、鉄パイプのリビングデッドを近くまで引き寄せる。
 柔らかい幻夢の力を招き、ウィルベルが自身や仲間達へ加護を注がせる頃。後方から距離が短くなった群れを見遣り、灰十は影から生まれた腕を伸ばす。腕は猫を引き裂いたものの、まだ倒れずにいて。
 ――現れる家、か……何かの関係性を疑ってしまう、な。
 緩く振ったかぶりは、目の前に集中しようと考える、彼の決意を物語った。
 何故こうも古い家ばかりなのか。その謎に迫りたい好奇心の塊が、ユウの胸で疼く。
 ――早く種明かししてみたいものだ……。
 誇り高き虎を模した紋様が、彼の全身へ刻み込まれる。そんな彼へ、猫の水鉄砲が飛ぶ。呪髪が水滴に阻まれ威力を失った。
 狭い道に広がり波のように寄せるゴーストの群れをじっと見つめ、紗紅は合間に見つけた猫へ不快な点滅ばかり繰り返す弾を放つ。猫がオトリ弾に翻弄される最中、篠は回転により生まれる鋭利さで、自らを取り囲む犬とネズミを蹴散らした。
「数が多いなら、纏めて引き裂くまでだ」
 これだけ確りと能力者が陣取っていては、ネズミの粘液が齎す足止めも、犬やネズミに阻害され鉄パイプの届く距離まで近寄れない人型リビングデッドも、成す術は無い。
 不意に風が吹き抜ける。
 それは、まだ前兆でしかなかった。

●迎撃せよ
 オトリ弾で引き寄せられた水掻き猫が、前衛陣を前にして我に返る。
 猫へ攻撃を集中させる能力者たちの思惑は功を奏し、あっという間に一体の猫を横たわらせていた。その猫をも踏みにじるかのように、鉄パイプを握ったリビングデッドが間合いを詰める。場所が空く隙を狙っていたのだろうか。
 ルナリスの描き上げた魔弾の炎が宙を舞い、2匹目の猫を焦がそうとした。しかし身軽に跳ね除けた猫が、静かに着地すると同時水鉄砲で反撃に出る。
「うわっ、ぷぷ!」
 撥ねた雫さえも嫌味なほどに詠唱兵器へ絡まり、重たく唸り始める。
 そしてネズミの噴出す多量な粘液が、容赦なく能力者たちの足を惑わせた。元々狭い道ゆえ、固まっている彼らは格好の標的と化す。犬が篠と菜奈へ噛み付く。次々飛び掛る様は、飢えた野獣そのものだ。
 そんな犬の牙を振り回した得物で押し返す頃には、全身に疼痛が走っている。
 すかさず、すぐ後ろのウィルベルやユウが、蟲が齎す癒しを施していく。だが数を重視したゆえに傷の塞がりはある程度しか保てず、自己強化による回復を重ねる必要もあった。もちろんそうなれば、回復に手を裂くわけで、攻撃には回れない。
 尤も、前衛三人は敵の攻撃を防ぐか避けきるのを念頭に置き、注意を払っていたため、致命傷にはならずにすんでいるが。
 ゴーストの群れを抑えるには頼もしいが、「壁となり群れを抑える」という役目は、それ相応の覚悟が要る。
「っくそ、猫はあと何匹だ……!?」
 錆び付いた味を唇に覚えながら、篠が問う。彼が今し方、自らを軸に回転しネズミを二匹葬ったことで、今まで攻撃が届かずにいたほかのゴーストが、わらわらと穴を埋めにくる。
 連携など、彼らゴーストにはない。呼びかけによる攻撃の連鎖さえ。
 けれど、確かに能力者たちは感じていた――押されている。
「まだあとニ匹だよ! まったく、しぶとい!」
 熱に任せ叫んだレイアスが、電撃の粒子を解き放ち、直線上を叩く。その電撃をひょいと避けた猫が、毛を逆立て威嚇し、水鉄砲を撃つ。優しさの欠片も無い水鉄砲は、レイアスのブラックボックスをいとも容易く無力化してしまう。
 強敵と称された鉄パイプのリビングデッドと、水掻きのついた猫型妖獣。彼らはレイアスの言葉通り、実にしぶとかった。
「交替できそうか?」
 灰十の呼びかけに、詠唱動力炉の力が抜けたままの篠が、僅かながら首を横へ振る。
 彼だけでなく――確実に数は減っているものの、まだ大量と言える――ネズミから仕掛けられる粘液で、仲間の殆どがその場から動けずにいた。
 前衛の状態に異常が見られれば、或いは体力を激しく消耗しているなら、交替で間を繋ぐ。前衛から順に三人、二人、三人の陣を組んだのも、移動できる幅に余裕を持つためだろう。しかし位置取りを移すということは、足の自由が利かなければ難しいことだった。
 ――なんとか隙間が空けば、前衛の方の前へ出られるでしょうに。
 嘆きにも似た溜め息を、紗紅が落とす。足止めするべく纏わり付いた粘液を踏み、蹴り、どうにか逃れようと試みかけた刹那。
 痛みを拭うため菜奈の振りかざした黒き影が、武器と共に振り下ろされ、眼前の猫の命を絶った。その隙を、紗紅は見逃さない。
「体力にお気をつけ下さい」
 菜奈の前に立っていが猫が倒れたことにより、紗紅がその枠へ飛び込んだ。そして、優雅な身からは想像付き難いしっかりした様子で、大地を踏み締め、衝撃波で駆け寄ってきたネズミや犬を蹴散らす。
「何かよからぬことの前触れだと、より強く感じますね、これですと」
 頬を伝う汗が冷え、 菜奈は粟立った肌をさする。得体の知れぬ世界を垣間見、悪い不安が募っていく。
「ほんとだよねぇ。でも、まだまだ戦いはこれからだよ!」
 魔法陣を前方へ描き直し、ルナリスが肩を竦めた。二人のやり取りを耳にしたレイアスも、頷きながらライトニングヴァイパーの制裁を、ゴーストの群れへと加えて。
 長丁場へと縺れ込いかけた戦いも、やがて日の出を迎えることとなる。
 その日の出が勝利か敗北かは、今の彼らはまだ知る由もない。

●逼迫
 明かりを遮っていた身体が、けたたましい音を立て倒れた。共に鉄パイプが転がる。
 空を仰ぐ形で人型リビングデッドが二度目の死を迎えたのだ。
 相討ちとなりかけ強か打った肩を、篠が苦痛に顔を歪ませ押さえる。鉄パイプで強打された際の痺れが、未だ抜けない。
「一旦下がる。ここは任せ……、っ!」
 マヒに侵されたなら、後退して体勢を整えれば良い。判断こそ適切であったが、刹那、足にぬぷりと纏わり付いた粘液が、彼の考えを躊躇いも無く両断する。
 ふらりと、揺らいだ身体が戦の音が駆け巡る中で崩れた。霧影を生もうにも手足に余力は無く、篠は長槍を支えに辛うじて、横たわらず済んでいる状態だ。
 湿った、不快な音が混じる。
 腐った肌を露出させ、人型リビングデッドが鉄パイプを振りかざす。錆びか血痕か区別できない赤黒の斑模様を塗った鉄パイプは、天をも味方につけたかのような傲慢さを連れ、篠へと振り下ろされる。
 しかし、その一撃は少年ではなく別のものを叩ききっていた。
「こっから先は一歩も通さねぇ!」
 咄嗟に彼とリビングデッドの間へ割り込んだのは、ルナリスだ。気魄の一撃と仲間の得意不得意を鑑み、気を配っていた彼女の肩口を、鉄パイプが深々と抉っている。
 仲間を庇うため飛び出した少女へ、ユウとウィルベルの蟲が、白黒の曲線を奏で向かおうとする。だが一瞬間に合わず、前のめりに倒れた少女は、真夜中の道へ身を沈めた。まだ身動きの叶う能力者の生命を啄ばもうと、犬が中衛をにらみつけた、その時――。
「通さねぇって……言った、だろ……ーが」
 大海原か、或いは晴れ渡った空を思わせる色の眼差しが、犬を射抜く。
「テメェらはここでブッ潰す!!」
 這い上がったのは、ルナリスだった。何の前触れもなく立ち上がった彼女に動揺したのか、犬の耳がピクリと震える。しかし相手がまだ傷ついていると判り、噛み付こうと飛び掛れば、ルナリスが篠を庇ったように、前へ既に出ていた紗紅が彼女の盾となる。
 両手で夜露を垂らす逆鱗が、主の意志を受け輝いた。そして練り上げた気を衝撃波へ変え、紗紅は今し方飛び掛ってきた犬を仰臥させる。
「あと少しです。気張ってまいりましょう」
 紗紅の呼びかけに、口を閉ざしていたウィルベルも細々と喋りだす。
「全て、撃破しましょう……謎を解くためにも」
 二人の声に発破をかけられ、応じる声が響く。
 仲間達を包み込んだのは、不穏な気配を吹き払うがごとき心。亡者には無く、彼らにあるもの。
「……今、癒します」
 か細いウィルベルの指先が、淡い光の蟲をルナリスへ這わせる。優しく覆う癒しは、見ている仲間達の心をも励ました。
「敵が多いのは厄介だ……」
 群れと呼ぶには既に心許ないゴーストたちを一瞥し、ユウがぽつりと呟く。そして彼が結い上げたのは、黒燐蟲の塊だ。全てを喰らい尽くすほどに膨れ上がった塊を、ユウは前衛の眼前目掛け放る。
「だから、一掃するに限るな」
 短い言葉に、想いは託された。
 着弾した黒燐蟲たちが、ネズミと猫を巻き込み辺りを貪る。逃げ場の無い影が遅い来るかのような感覚ゆえにか、ネズミたちや猫の鳴き声が、渇きから悲痛なものへ一変した。
 それでもなお、鉄パイプのリビングデッドと犬が一匹、生き抜いていて。
「何とか道を切り開きたいものですね」
「任せろ」
 唸るようにひとりごち顎へ手をそえた紗紅に、灰十が言い残し地を蹴る。渇きに満ちた吐息をリビングデッドは漏らし、その執念に眉根を寄せた菜奈も飛び掛る。灰十の双眸が一度だけ瞬き闇を知った直後、菜奈が扱く黒影の一太刀と共に、灰十の鎖剣もまた、真夜中を背負った影を纏いリビングデッドを切っ先で裂く。
 二つの刃に切り裂かれれば、さすがに無事でいられるはずもない。リビングデッドは膝を地に着き、そのまま重たい衝撃と音を轟かせ、転がってしまった。
 すかさず、レイアスがブラックボックスを指で弾く。くるくると回転が付いた小箱は、「行け」というレイアスの意志に副って、最後のゴーストを昇華させる。
 跳梁する悪意を許さぬと、そう訴えるかのように。
 標的の肉体を終わりへ導いたのは、夜に溶けそうなブラックボックスであった。

●後編へ
 確かにそこは空き地だった。
 しかし、佇む能力者たちを出迎えた霧が、空き地に長い歴史を感じさせる姿を浮かびあがらせる。
 そしてゆっくり現れた影はやがて、彼らの望むものへと変貌した。
「本当の問題は、次だな……」
 ユウの一言が、皆の視線を重ねたきっかけとなる。八人の意識は今、真っ直ぐに目の前の古民家へと向かっていた。
 ここで立ち止まることは許されないのだと、ウィルベルが胸奥に秘めた決意を改め、ぎゅっと拳を握る。彼女だけではない。誰もが、同じ意志を持って民家に向き合っていた。
「井伏先輩にただいまを言う為に……行こうか」
 レイアスが伏せた瞼を押し上げ、軋んだ古戸が揺らいだのを知る。
 各々が得物を構え、その時に備えた。
「はい。行きましょう。奇妙な道先案内人の元へ」
 紗紅が言い終えるや否や、窺うことも知らずに何かが飛び出してくる。蜻蛉の羽と百足の脚が生えた魚の妖獣だ。しかも一つだけでなく、幾つも。
 一度は止んだはずの音が、彼らの手によって再び鳴り響いた。

 戦いという名の、荒々しい音が。


マスター:鏑木凛 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/06/03
得票数:楽しい1  カッコいい15  知的1 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。