花と灯


<オープニング>


 都会の真ん中で緑が手入れされ、今でも現存する江戸時代から続く庭園。四季折々の花が咲き、時期によりその顔を変えるのはどこと無く日本人の心に語りかけるものがある。
 時期は春、桜を始めこぶしに椿、山茶花などが冬から春への移り変わりを花を通して語りかけてくる。
 この公園で一際目を引くのは、年齢を感じさせる大きなしだれ桜。咲き誇る小さな花々はそれを宿す枝さえも見えないほどにたわわについている。
 普段は日が空にあるときにしか開放しないこの公園だが、このしだれ桜が花をつけるその限られた時期だけ夜に開放される。
 普段は見ることのできない小さな灯に照らされる花々は、昼とはまた違った美しさをそこに見せる。この機会に見てみるのはどうだろうか。

 ということみたいですよ、御鏡・更紗(白き娘・bn0014)は嬉しそうに話す。
「しだれ桜だけじゃなくて色々な花も咲いてるみたいですし、行ってみようと思うんです。良ければ一緒に行きませんか?」
 笑みを浮かべる更紗。
「花を見るだけじゃなくて、軽い食事を出してくれる所もあるみたいですよ。あとは庵で風景を見ながらお茶をいただくこともできるみたいです。中を歩きながら庭園や花を見て回るのもロマンチックでいいかもしれませんね」
 聞きかじりの情報を伝える更紗。ロマンチックと言う言葉から察するに耳年魔になりつつある。
「庭園の真ん中には池があって、その周りに色々な木が植えてあるんです。道を歩けば色々な風景を見ることができるようですよ」
 もともとは昔の藩主が作った庭園なので、そういうのも考えながら見るのも一興だろう。
「きっとぶっ殺したくなる程きれいだと思います。誰かを誘ってみるのもいいかもしれませんね」

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参加者
NPC:御鏡・更紗(白き娘・bn0014)




<リプレイ>

 夜天に雲はでしゃばらず、風の踊りもつつましい。まるで花と明かりを引き立たせるために自ら身を引いたようで。
 気を利かせた天気の中、今宵はどのように時間が流れるのだろう。


 美鬼が庭園の中心にある池に飛び込もうとすると、すかさず警備員が取り押さえ連れ去っていく。色々叫んでいた気もするが、警備員達は無言で彼女を連れてどこかへ行ってしまった。今日は静かに風景を楽しみたい者もいるだろう、そう判断しての行動だった。
 彼女らの喧騒を尻目に千怜は目の前に広がる池に茫洋とした意識を傾けていた。まるでそれは黒い鏡のようで、光や闇で彩られる種々のものを映し揺らめいていた。変わらぬところにあって変わりゆくその情景を心に写し取るように千怜は見入っている。
 うつらうつらとする彼女の後ろを、ゆったりとした足取りで紫弦が歩いている。彼女の足は思いついた方向へあっちへ行ったりこっちへ行ったりと。庭園内の花々を小さな笑みと共に楽しんでいる。彼女がしだれ桜の前で足を止めれば、かくも立派な威容を呈示して佇んでいた。呆けるようにそれを見上げていた彼女は不意に吹いた気まぐれな風に身を縮こませる。

 しだれ桜の周りには見物にと彼女以外にも訪れていた。転智は地面に新聞紙を敷いて茶と団子を楽しみながら佇んでいる。ちょっと根付いている感じもしないでもない。誰か周りにないかと周りを見回せば更紗があっちへこっちへと。彼女と何人かがグループとなって歩いていた。彼女らもまたしだれ桜を見上げて感嘆の表情を浮かべている。
「桜っていいですよね。咲いて愛されて。散って惜しまれて」
「白くて……触れると容易く落ちてしまう……儚げなところが……とても可愛いと……思うよ……」
 りりすと白蛇の言葉は、ただ美しさに心奪われるということに加えて若干憂いの色を帯びていた。
「ところで更紗ちゃんは花が好きなのかな?」
 「はい、お花は結構好きですよ」更紗が笑いながら答えれば、高斗も同じような笑みを浮かべて「女の子らしくて良いと思うぞ」と返す。彼女らが談笑していると近づくのは夏美。おずおずと近づいて更紗たちに近づいてくる。どうやら先ほどから後ろを付いて来ていたようだ。更紗が彼女に気付くと恥ずかしそうに夏美が口を開く。
「す、すみませんごめんなさいっ。一緒に回っていいですか!?」
 「私でよければ」と更紗は嬉しそうに応える。そこへふらりと近づく別の姿。今度はマナが彼女に話しかけてくる。
「初めましてでこんばんは、御鏡さん。アナタ、この庭園のことに詳しいようですわね。宜しければ周りながら色々教えてくださるかしら?」
「詳しいという程ではないですけど……、こちらこそお願いします」
 人数の多い一行を通り過ぎるようにして雄利が、すれ違いざまに更紗に一言を残していく。
「誕生日、おめでとう、な」

 フランクは友人と来る予定だったようだが、生憎とその姿は見えず。若干のハプニングはあれども花の美しさは変わらず彼の目を楽しませる。
 ルナは静かに咲き誇るしだれ桜に思いをはせる。たまたまここへふらりと寄っただけなのに、これを一人で楽しむのはもったいないと今度は誰かを誘ってみようかと思い浮かべる。都会の真ん中に美しい空間が残っていることに雪智は感嘆と感謝を思い浮かべながら目に焼き付けようとする。
 庵においては茶と共にしだれ桜を見ている者。玲は器から感じられるじっくりとした熱を手に感じながら、茶と花を楽しむ。器の中がなくなるまでしばらくの時間が必要となりそうだ。
 遥は更紗たちに茶を振舞おうと、庵を訪ねる。皆が暖かなものを受け取れば、肌寒さも幾分か和らぎ穏やかな雰囲気が広がる。このような雰囲気を壊すのはどうかと遥は思っていたことを胸の中に秘める。
 龍麻は庵から覗く風景を見て一句。
「庵にて しだれ桜を 楽しめば ピンクの花が 雲にも見える」
 一句を口にした後恥ずかしそうに茶に口をつけた。
 団子やら花を楽しみながら木の下で周りを眺めている歌戀は、ふと居心地の悪さに気付く。
「周りにカップルがたくさん……」
 なんだか切なくなるけれど、耳年増の本領発揮かとりあえず観察してみる。とりあえず空しさは脇に置いておいて。


 池のほとりでは志紀と俊吾が座りながら仲睦まじく話をしている。それを見守るしだれ桜はまるで頷くようにゆったりと枝をしならせている。志紀はその動きによって舞い落ちる花びらに心奪われていた。花びらの洗礼は誰彼構わず降り注ぎ、見入っている彼女にもそれは例外ではなかった。
「ふふ……花びらが髪についているぞ……」
「その花びら、くーださいっ」
 理由を俊吾が問えば、桜の花びらを地面に落ちる前に拾えばお願い事が叶うんですよ、と答える。
「それで、志紀はどんな願い事をしたんだ……?」
「えーっとねぇ……あ、双海先輩だっ」
 手を振る彼女のほうへ護が挨拶がてら歩いてくる。結局彼女の願い事は分からずじまい。俊吾は護の登場に舌打ちしたとかなんとか。

 准は庭園で出される軽食を腹にいれ、咲き誇る花々を眺め身も心も満ち足りた状態。この催しを満喫している。そんな中彼は一方的に見知った姿を見て狼狽する。それは彼が密かに思いを寄せている日向その人であり、これは彼にとっては千載一遇のチャンスであろう。まるでぜんまい仕掛けの人形のように彼女のもとへ歩み寄ると、意を決して話しかける。
「あ、あの、っごご一緒してっ……!」
 けれど彼の必死のアプローチは途中で途切れる。誰かの声がしたと思い、日向が振り向けばそこには猫(結菜)が倒れた彼の頭に乗っかっていた。日向はしゃがみこんで猫に話しかける。
「桜はみんなのものや、遠慮なさらずにどうぞぉ」
 猫は「にゃぁ」と一鳴きすると背の高い桜の木を見上げていた。

 薄暗い夜道を甕速とブラッディは共に歩いていた。普段ならやや過激な、言い換えればそれなりに親密なやり取りがあるものの二人の間にはそのような雰囲気は感じられない。
 花々の姿に見とれながらも、いつもとは違う空気を保ち続けながら歩む二人。彼らがしだれ桜の前に来た時、意を決してブラッディが甕速に向かって口を開く。
「ヒハヤにはいっつも苛められるけぇど、やっぱり一緒だと嬉しいしたのしいかぁら……、その……好きになってぇもいい……?」
 言ったそばから恥ずかしさに耐え切れなくなって、その場を逃げ出そうとするブラッディ。けれどその腕を甕速は優しく掴む。
「なぁ、ブラッディ……さっき言った山桜の花言葉は知ってるか? ……『あなたに微笑む』……だそうだ。それが答えだと思って構わないよ。……もうこれからは一人で泣くな」
 人の影は一人分の大きさの影となる。

 迷わないように手を繋ぐというのは建前だ。本当は相手の温もりを感じたかったから。遥斗の手は夜那としっかりと結ばれていた。心なしか互いの手から感じられる鼓動は早く、思ったよりも熱を持っていたけれど。
「……綺麗なのです……」
「……綺麗だな……」
 不意に重なる二人の言葉は互いの存在が近くにあることを示しているようで。ついなんとなく笑みがこぼれる。別れの時が来て、その手を離す。それと共に語られるのは謝辞。
「……団長、有難うです……」
「楽しかった、また来れると良いな」
 離れた手は翻り、彼女の頭に載せられる。それは別れを惜しむようにも見えた。

 月明かりが桜を照らすと同時に、庵にいる夜月と桜也も照らしていた。彼らの両脇には中身の残っている茶器とそれに合わせるように茶菓子が置いてある。夜月のほうには桜餅、桜也のほうには羊羹だったはずだが、羊羹の置いてあった盆の上には桜餅の葉が残されている。
 二人の間ではゆるゆると時が流れ、それが二人にとって価値のある時間である。
「これからも一緒にいてくれる?」
 隣の人物から問われた桜也は、その言葉を聞くと同時に滞ることなく首を縦に振る。奇妙な沈黙が流れる。少し周りを見回したかと思うと桜也は彼女に唇を寄せていった。

 また別の庵、久遠と御鏡も静かな時間を満喫していた。御鏡が持ってきた料理の前に、久遠の密かな野望は簡単に瓦解する。とりあえず野望は脇にやり、一緒に料理を楽しもうとする。
「たまにはこういう風に誰かとゆっくりと食事をするのもいいですね……」
 二人で食事を取りながら、久遠の目が御鏡の指に留まる。指先に張られた絆創膏が真新しい。久遠が問えば御鏡は応える。
「あ、これですか? ……料理中にちょっと切っちゃいまして……やっぱり料理は難しいですね……」
「ありがとう、ございます。御鏡さん」
 感謝の言葉を述べつつ、食事とその後の時間を二人で過ごす。夜桜は変わらずに二人の前で揺れている。
「……来年もまた来ましょう……御鏡さん」
 呟くように紡がれた問いは、庵の壁に響き御鏡の元へ届いた。

 征十のピンク色のパンキッシュな髪が闇夜に踊る。その少し離れた所から純和装のてふ子が続く。むしろ征十が意識して距離を取っているようでもあるが。彼はしきりに周りを見渡しながら、なるべく気になる所……例えば照明の当たらないところとか……から目をそらそうと必死だ。その動きを面白く感じたのか、てふ子が征十に話しかける。
「ぶっ殺したくなる程真面目にお尋ねしますけれど……桜はご覧になっていますの?」
 彼の気にかけているところに目をやりながらてふ子が問えば、彼からは怒号が返ってくる。
「う、うるせぇ! ぶっ殺したくなるくれぇに俺とお前には不必要な話題だ!」
 どこかの誰かさんの口癖が混ざりながら、二人なりにこの催しを楽しんでいるようであった。

 小さくしつらえられた木製の椅子とテーブルに、蟲毒と穂乃花は温かな料理を挟んでかけていた。
 とりあえず、色々頼んで持ってきたらしく何を食べるかで会話は弾む。庭園を巡り、少し疲れた体を休めながらの食事は安らぎの時間を生み出していた。
 ささやかな食事も食べ終えると、二人の口から先の土蜘蛛との戦いについての事が発せられる。
「こうして当たり前に過ごす日々がとても大切なものだと実感します……」
 蟲毒はそれを聞き届け、生き残れたことに祝杯でもと器を差し出す。穂乃花も同じように器を差し出す。
「その……これから先も一緒に……お願いします」
「私達のえにしと、この日常に―――乾杯、です」
 二つの器は、今ここにあることを主張するように心地よい音を立てた。


 結社Sephirotの面々は連れ立って花を見に来ていた。友紀と隼人の作ってきた弁当は本当に大量で男手がなければ運べないほど。その役も隼人が引き受けたようで、さらに彼は場所をとった後和菓子をとりに行く。何かと面倒見のいい性格のようだ。
 弁当を広げた所で友紀がテロメアに声をかける。
「そういえばテロメアちゃんもお弁当をつくったんですよね?」
「うん……、これ……ちょっと不恰好だけど……」
 テロメアの手には狐色に色づいているピロシキが。友紀は優しそうに目を細め持ってきた弁当とともに並べる。テロメアが隠している手の火傷の痕には目を向けないで食事を楽しむ。
「テロメアちゃん、よければ今度、料理を一緒に作ってみませんか?」
 二人が料理の話をしているのを横目にしながら、響は少し離れた所から彼女らの様子を眺めていた。思い浮かべるのは土蜘蛛との戦い。彼は当初それに意味を見出せなかった。だがしかし、彼が力を使うことで誰かの命を助けられるかもしれない。一方では別の誰かの命を奪うことになろうとも。
「結局……戦う能力があるからには、戦わなければならないのかな……」
 目の前では直貴がテロメアを肩車してしだれ桜を見上げている。それはどちらがが欠けても存在しない光景で、少なくとも戦いを無事に切り抜けられなかったら見ることのできなかったものだろう。
 テロメアが直貴の背中でまどろむ中、名残惜しいように彼らはしだれ桜を見上げていた。

 更紗が周りを眺めながらゆっくりと歩いていると、不意にベンチに座っている少年から声をかけられる。
「よっ元気? 女子ってのはこういった感じのとこが好きなのか? こういう雰囲気が似合うようなかっこいいオトナなったらもてるようになるか? なぁ彼女はどこに行っちゃったんだと思う?」
 立て板に水を流すが如く問いかけ続ける彼は、答えを求めるようではなくむしろ自分に問いかけている様だった。更紗は答えを求められていないと知ると、再び歩き出す。

 園内の人間も大部分が帰宅の途へ付き、ますます静かさが際立つ。成章は静かになった園内を歩きながら、過ぎ行く花々に目を奪われ、そしてその美しさには言葉を奪われる。特にしだれ桜と相見えたときにはそれは顕著であった。脳裏を少し現実的なことがかすめたけれど。
「こんな夜は……引き寄せてしまいそうですね」
 夏月は皓々と浮かぶ月から生じる影を見て思う。うかつな不安を口にすれば、影がそれを象ってしまうかもと。そういうもの見えぬ『ナニカ』に心を傾ける。
 夏月が畏怖を月影に抱いているその場所とはまた違う所で、里奈はそっと桜の花びらを拾い上げる。おもむろにその花弁を天にかざして見る。摘んだ花びらを下に落とし、同時に彼女の視線も下に降ろす。
「髪……また伸ばそっかな……」
 彼女の呟きは月の光と影に呑まれていった。

 閉園の音楽が鳴る。警備員が巡回をしていると、一人の男がベンチに座ったまま一本の桜を見上げている。警備員が声をかけるが彼は微動だにせず、気付いているかと彼の肩を叩けばやっと気付いたようで、すっとそこから立ち上がる。彼はそのまま警備員に声も視線もかけないままに静かに立ち去って行った。

 静かな桜月夜はこれにて暫しお別れ。しだれ桜は去り行く人々を見送るように、花を散らしながら小さく揺らいでいた。


マスター:西灰三 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:45人
作成日:2007/04/15
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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