<リプレイ>
●滴り、溢れる ───ぴちゃり、ぴちゃり。 蛇口から透明な滴が零れ、溜まった水に幾重もの波紋を刻む。 飛び散り、溢れた多量の水で、体育館脇の水飲み場は、一面水浸しになっていた。 「わっ、水溜まりだらけ!」 念のためにと、防水靴を履いてきた松仲・鉄太(自然児・b53106)は、ピチャピチャと水溜まりの中に入ってみた。 「夏の怪談が現実になった……かどうかは知らないけど、この時期こういった手合いが増えてくるのでしょうね」 「うんうん、特にこの季節は怖い噂話があったら確かめたくなっちゃうよね」 思いというのは何処にでも留まるものなのね……と、どことなく哀しげに、口の中だけで呟く皆月・弥生(夜叉公主・b43022)に、リネット・ノースロップ(ローズドロップ・b76044)が小さな溜息をついて頷く。 一体ここで、過去に何があったのか……。 やはり、水を巡る悲劇だろうか……。 (「きれいな水が飲めることは、今となっては当たり前なんでしょうが……」) 紫之宮・真(高校生真土蜘蛛の巫女・b54552)は、ふと足下にできた水溜まりに視線を向けた。こうして見ているぶんには、何の変哲もないただの水だ。しかし、地縛霊に捕らわれている少年達には、この水がまるで血のように赤く見えていたのだろう。 「蛇口を捻ったら、水じゃなくて血だよ!? 「汗かいた〜」って顔を洗おうとするととか、「喉渇いた〜」って水を飲もうとすると、血が出てくるなんて怖いじゃんっ!」 そう力説する壷居・馨(真スマイル王子・b08122)は、想像だけで恐怖を掻き立てられてしまったのか、先程から鳥肌の立った腕をゴシゴシ強く擦っている。 「確かに血は鉄錆の味がするというが……」 「いやいや、怖いから!」 狗々・狗々狼(天ツ狗・b46699)のそんな他愛のない言葉にすら、背中がビクッとなってしまう。 「しかし錆びた水とは言え……水は命を担う物。この様な物で人を殺められては困ってしまうのぅ」 「うん……。どんな思いが、こんなゴースト、生んだかは、分からない……けど。犠牲が、もう出ないように、しないと、ね」 助けられる命は拾わねばと、口元に扇を寄せる金剛院・空花(澪標・b56447)に、鵠神・氷樹(はじまりの道標・b70701)がやや辿々しい言葉で同意を示す。 「絶対に、無事に助け出してあげようね!」 ギュッと拳を握る彼杵・天羽(高校生クルースニク・b63707)に、強く頷く仲間達。 「さぁてそれじゃ、スピーディーにサーチアンドデストロイといきますか」 そして、皆の準備が整ったところで、リメリア・ツジモト(高校生青龍拳士・b38680)は、徐に蛇口のノブに手をかけた。
●赤い水 ノブを捻ると、軋音と共にガフンと大きな音がして、赤茶色をした水が勢いよく噴出した。どうやら、少年達が使った以外の水道には、まだ多量の錆水が残っていたようだ。 「わっ!」 「水がホントに赤い! 初めて見た!」 鉄錆の溶けた赤茶色の水に、鉄太が驚きの声をあげる。 「こんな水じゃ、とても飲めないでしょうね」 「うん、お腹壊しそう」 そんな事を話しながら、じっと流れ出る水を見ていると、その色は徐々に消えてゆき、ついには透き通った水となった。 だが、いよいよここからが本番である。 いつ水が真っ赤になっても良いように、いつ特殊空間へ連れ込まれても良いように、イグニッションカードを握って身構える。 そして、透明な水が流れるようになって数秒後……。 「───来たっ!」 周囲の空気が突然変わった。 と同時に、水の色が血の赤へと変化した。 「うわ! さっきの色と全然違う!」 水は忽ち水飲み場を赤く染めた。 『……苦シ、ィ……』 「!?」 歪む世界。 「「「イグニッション!!」」」 能力者達が即座に叫ぶ。 『水……飲……』 突如広がる、薄暗い、水浸しの特殊空間。 現れた地縛霊……血塗れの体操服を着た少年は、4匹の巨大ミミズ妖獣と共に、その空間のほぼ中央に佇んでいた。そして見回せば、端の方には先程見たものとよく似た水飲み場らしき場所があり、その手前に少年が2人、折り重なるように倒れていた。 「おにいさん達はゼッタイに助ける!」 鉄太がすぐさま倒れている少年達の方へ走り出す。それに続き、天羽とリメリアもまた、少年達の保護に向かう。 「妾も、多少は盾となるよう動かなくてはな」 やや後方に移動しながら、ゴーストと少年達との距離を測る空花。一応、それなりに離れているようであるが、やはり安全の為にはしっかり引き離しておく必要がありそうだ。 「ミミズ……思った以上に大きいわね……」 「お前らの相手は俺達だ!!」 弥生は巨大ミミズにややげんなりしながら虎紋覚醒を、狗々狼はゴーストの気を引くように雄叫びをあげながら忍獣気身法を使い、壁となるよう進み出る。更に真もリフレクトコアを展開しながらそこに加わり、ミミズの進路を完全に絶つ。 「よし、先制攻撃!」 「そこ、動いちゃ駄目……だよ?」 馨のジャッジメントサンダーが、地縛霊とミミズ2匹を貫いた。更に氷樹の茨が茂り、残るミミズを締め上げる。 『ギュ……』 『ギギギ……』 「……大きいミミズさんはあまり直視したくないので、早々に倒させて頂きます」 そしてリネットは、ミミズから若干視線を逸らしつつ後衛に陣取ると、中空に描き出した魔法陣の力を己の中に取り込んだ。 『ギ……』 『ギュゥ……!』 2匹のミミズが狗々狼と真に襲いかかる。だが2人は慌てずにそれをかわし事なきを得た。 『水、ガ……ッ!』 地縛霊は、まだ立ち位置の確立できていない弥生と真に、錆水の塊を投げつけた。 「……っと!」 真はどうにか、飛沫が少々かかっただけで助かったが、弥生の両手の鷹爪獣爪は、ギシッと軋んでまともに動かなくなってしまった。 (「うまく助けられたかのぅ」) 幻楼七星光を展開し、ミミズを1匹石化させた空花は、ちらりと後ろを振り返った。そこでは丁度、鉄太、天羽、リメリアの3人が、少年達を抱え上げて、水飲み場の陰に避難させているところだった。 「よし、ここなら!」 「わふ。怖い思いしたよね……すぐ倒すからここで大人しく待っててね」 いまだ気を失ったままの少年達にそう告げて、戦う仲間達の方へ視線を向ける。そこでは丁度、狗々狼と真と馨の3人が、流れるような連携をみせ、1匹目のミミズを無に帰したところだった。そして弥生も、爪の錆を削ぎ落とし、突進しようとしてきたミミズに黒燐蟲を浴びせていた。 「だから寄るなって言ってるでしょうが! 黒燐よ、喰らい尽くせ!」 『ギギ……ギュォォゥ!』 無数の蟲に腹を食い破られたミミズは、泥水のような体液を零しのたうち回った。 (「これは……思った以上に……」) もう見たくないと言わんばかりに、隕石の魔弾でミミズを潰しにかかるリネット。生憎、そばに居たもう1匹には避けられてしまったが、弱っていた1匹が、この一撃で消え失せた。 残るミミズは後2匹。その片方が石化している事を確認した氷樹は、すぅっと目を閉じ、特殊空間内に猛吹雪を巻き起こした。 『ギ……ビギーィ!』 また1匹、茨と氷から逃れる事の出来なかった哀れなミミズが、砕け散るように消えてゆく。 『早……水ヲォォ!』 「く、っ」 「空花さん!」 凝縮された錆水が、空花の胸を強く叩く。鉄太が叫ぶが、走りながらでは舞も祖霊も使えない。 「この程度なら、心配無用じゃ……っ!」 空花は崩れかけた膝に力を込めると、再び七つ星を輝かせた。 ミミズと地縛霊を巻き込むように黒燐蟲の塊を投げた弥生だが、今度は惜しいところで外れてしまった。 「鉄錆の匂いをばら撒きたいなら――手伝ってやろう」 『……ッ、ゥヴァァァ!』 狗々狼は地縛霊を挑発するかのように、至近距離で牙道大手裏剣を炸裂させる。その耳に、少年達の避難を終えた天羽とリメリアの声が聞こえてきた。 「みんなーもう大丈夫だよ!! どかんとやっちゃえ!!」 「危険度増々なんで時間もないし早々にキャストオフして貰うよ!!」 「彼杵さん! リメリアさん!」 真は安堵の笑みを浮かべると、光の槍でミミズの胴体を貫いた。そしてミミズがもう虫の息と見た馨は、標的を地縛霊に変更する。 「おとなしく、痺れてなさい!」 『ギャァァッ!!』 「いつまでも、此処に居ちゃダメだよ」 麻痺とまでは至らなかったが、それでもかなり大きな一撃。そこにリネットが隕石の魔弾を重ね、地縛霊を炎に包み込むと同時に、ミミズをぶちりと潰しきった。 「よかっ、た……」 ミミズの最期を見届けた氷樹は、ホッと一息といった表情で、空花の傷をヤドリギの力で癒しにかかった。 『ヴヴ……水、ヲ……』 ひとりきりになった地縛霊は、それでも、哀しげな怨嗟の言葉を吐きながら、虚ろな双眸で能力者達を睨み付けていた。
●魂の雫 ばしゃんと弾けた錆水が、馨とリメリアに襲いかかる。 「わわ。今、癒すね!」 すぐに鉄太が舞を踊り、幾ばくかの体力と詠唱兵器の機能を戻す。 ここからが正念場と、空花は氷雪を吹き荒ばせ、弥生は怨念の隠った瞳で地縛霊を睨み付けたが、どちらも防がれ、思ったような効果を発揮する事は出来なかった。 「この技……僕も嫌いなんだよね…頭痛くなっちゃうから……!!」 駆け込みざま、地縛霊の顎にライジングヘッドバットを叩き入れる天羽。その間に狗々狼は地縛霊の背後に回り込んで一撃。 「……少し愚痴でも聞いてくれるかな」 今の自分は、この場には一番不似合いかも……とぼやきつつリメリアは硬く拳を握り、龍顎拳を地縛霊の腹に叩き込んだ。 「これで私にやられるようならアンタは傑作だ!」 『ヴァァ……ッ』 「いきます!」 ぐらりと揺らめいた地縛霊の脇腹に、真が光の槍を突き刺す。更に馨が雷の魔弾を続けるが、こちらは狙いが逸れてしまった。それならばと、リネットが炎に包まれた隕石を落とすも、惜しいところで魔炎を生じさせるまでには至らない。だが続く氷樹の氷雪地獄が、遂に地縛霊を魔氷で捉えた。 『ッアァ……水、水ガァァァーーーッ!!』 「危ないッ!」 地縛霊は、氷にその身を蝕まれながらも、リメリアに向けて刃のように鋭い錆水を飛ばした。 「……!!」 それは、リメリアの喉を直撃し、彼女はごふりと血を吐き出し、水浸しの地面の上に仰向けに倒れた。 「くそぉーーッ!」 鉄太は唇を強く噛み締めて、まだ戦っている仲間……馨の傷を祖霊で癒した。 「あと一歩じゃ。妾達だけで、何とか!」 「えぇ、終わらせましょう!」 空花の氷が更に地縛霊を包み込み、弥生の瞳が強い毒を注入する。 狗々狼の大手裏剣が炸裂し、前のめりに揺らめいた地縛霊の身体を、天羽のヘッドバットが仰け反らせる。 『ヴ、ァ……苦シ、ィ……ミズ、ガ!』 「水に、どんな辛い記憶があるのかは分かりませんが……」 『────!』 真の放った光の槍が、地縛霊の左胸を貫いた。 「君だって、イツまでもこんなところに居てはダメだ。仲間なんて、欲しがっちゃダメだよ」 血のついた体操服が痛々しいよ……。 崩れ、消えてゆく地縛霊に、馨がそう語りかける。 『水……僕、ハ……ァ……』 「そろそろ還る時間だよ」 「もう、苦しくないといいね」 『………………』 しゅわしゅわと、まるで水が蒸発してゆくかのように。 地縛霊は、遂にこの世から姿を消した。
●水の一滴、血の一滴 気が付けばそこは、じめじめとした空の下だった。 「お休みなさい、ね」 抜け出る直前、氷樹の囁いたその一言は、地縛霊となってしまった少年の耳にも届いただろうか。 「おにいさん達は!?」 鉄太は慌てて、水飲み場の陰を覗き込んだ。 そこには、いまだ気を失ったままの2人の少年の姿があった。しかしその表情は、先程までの苦悶が浮かぶものとは違い、どことなく安心しているようにも見える。 「どうやら、無事に終わったようじゃのぅ」 「あぁ、そうみたいだな」 「わはっ! 本当に良かったね!」 出血のひどかったリメリアは、まだ意識が戻っていないようではあるが、とりあえず命に別状はないだろう。 馨は再度、確かめるように蛇口を捻ってみた。 出てきた水は、はじめの数秒こそ濁っていたが、すぐ透明な水となり、その後暫く出し続けても、赤く染まる事はなかった。 「特殊空間も、もう開きませんね」 「そうね。これで、本当に「ただの噂」になったわ」 真と弥生は安堵の笑みを向けあうと、倒れっぱなしの少年達に歩み寄り、すぐ脇にある体育倉庫の壁に凭れさせた。 「ここなら風通しもいいわよね」 「後は、少しでも早く誰かが見つけてくれる事を願いましょう」 「でもその前に、しっかり拭かなきゃ!」 濡れっぱなしで風邪をひいては大変と、天羽はタオルを取り出して、まずは少年達の顔と頭、そして手足をさっと拭いてあげた。 「君達も、いつまでも此処に居ちゃダメだよ」 リネットも、クスリと笑んで少年達に声をかける。 「好奇心、猫を殺す……って言うよ?」 「うむ。猫に限らず、様々なものを……のぅ」 少年達に昔の自分を重ね合わせ、どことなく愛おしそうにその頭を撫でる馨の姿に、空花もフフッと笑みを浮かべる。 「さて、後は誰かに見つかる前に撤収するか」 周囲に人目がない事を確認した狗々狼は、そう言って、仲間達にこの場からの撤収を促した。 「そうね、帰りましょう」 「あっ、その前に!」 「……?」 皆の視線に、鉄太はにひひと悪戯っぽく笑ってみせると、蛇口を上向かせて指を添え、黄昏の空にまるでシャワーのように水を飛ばした。 「もう、苦しくないといいね」 「そうだね」 能力者達は水飛沫に目を細め、天に昇った魂に祈りを捧げた。
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参加者:10人
作成日:2010/07/31
得票数:楽しい2
カッコいい9
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冒険結果:成功!
重傷者:リメリア・ツジモト(高校生青龍拳士・b38680)
死亡者:なし
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