カミサマの贈り物


<オープニング>


 握ったコップが、酷暑に耐えるための水分をもたらす。
 水が美味しいと思ったのは、この国へ来てからだと話す者がいた。熱意に溢れ語るためか、コップはすっかり汗を掻いてしまっている。
 冷房が効いているとはいえ、二十を超えた人数が寝食を共にする一軒家。贅沢は言えないが、デパートやモールに比べれば、暑いと呟いてもおかしくない。それでも、住人たちは幸せな日々を過ごしていた。
 互いの言葉が解らなくとも、相手の持つコップに書かれた名が読めなくとも、彼らにとって、今は充分すぎる程の幸福に満ちている。
「ココ、水飲めル。夜、明るい。湯、沸かせル」
 訥々と話す一人の青年が、削げた頬で笑みを模った。
「この国、入らせてクレタ。カミサマ」
「カミサマ」
「止してくださいよ」
 カミサマと崇められた青年が、照れくさそうに笑う。
 長い金の睫毛を震わせて、浮かんだ照れを押しやると、青年は自らを慕う男達へ腕を広げて見せた。
「僕はそんな皆さんだからこそ、構いたくなるんですよ」
「カマ?」
「カマイタク?」
「世話したくなる、ということです」
 しかし、歓迎と好意を表わしたその口で、青年は次に残酷な現実を告げる。
「けれど、残留思念になる皆さんとは、今日でお別れですね。最期ですから、最高の贈り物をしましょう」
 別れと、贈り物という言葉は知っていた。ただ、彼らはその直前の言葉を知らなかった。
 聞き返そうとした者もいる。顔を見合わせ、キョトンとしている者も。その全てを飲み込むように、青年の懐から無数のコウモリが飛び出した。コウモリが求めるのは血だ。命を生み出す、生きる存在の血。
 耳障りな音が家中に羽ばたき、悲鳴さえも、かき消した。


 吸血鬼株式会社。
 その単語に反応した者も、少なくない。
 井伏・恭賀(運命予報士・bn0110)は、吸血鬼株式会社の手引きで日本に不法入国した人々が、惨殺されてしまった事実を伝えた。不法入国者たちを殺めたのは、他の誰でもない吸血鬼だ。
 とある一軒家に集められた二十数名分の命が、瞬く間に奪われたのだ。
 眉根を寄せ、恭賀は何故そのようなことを吸血鬼がしたのか、説明に入る。
「その家が建ってる土地に、ずーっと昔、強力な地縛霊がいたみたいなんだ」
 嘗て存在した、いにしえの地縛霊。残留思念を使って復活を試みるのは、尋常ではない力を持つ地縛霊らしい。現代の地縛霊と比べても、強敵だと恭賀は言う。まともに戦えば苦戦は免れない相手だ。
 しかし幸か不幸か、吸血鬼が行なう『復活』は完璧でなかった。
「完全な復活じゃないから、何かが欠けた……つまりね、弱点付きで復活してくるんだよ」
 弱点を上手く利用できれば、撃破は充分可能だ。
 だが家の中には地縛霊の他、吸血鬼はもちろん、リビングデッドと化した不法入国者の一部がいる。
 カミサマと呼ばれた金髪の青年――貴種ヴァンパイアだが、彼は従属種ヴァンパイアを二人従えているものの、戦いに加わるつもりなど毛頭ない。用は済ませているのだ。戦いになれば、すぐ逃げ出そうとするだろう。
「多分だけど、臨海学校で話題になってた幽霊船も、吸血鬼株式会社が原因かもしれないよー」
 いにしえの地縛霊の復活実験。幽霊船も実験の産物だとしたら、なかなかに侮れない。そして許されるはずも無い。人間を殺して残留思念にし、ゴーストを作りだすようなことも。
 弱点はあっても強敵であることに変わりはないと、恭賀は念を押した。
「殺された人たちのためにも……倒してね。必ず」
 改めて願いを託した後、彼は倒すべき相手の話を始める。

「復活した地縛霊、見た目は……えーと、古墳時代の人みたいな……」
 長い髪を耳の横で丸めて括った、昔の日本を思わせる、十代後半から二十代前半ぐらいの男性の姿をしているという。衣服も全体的に白っぽく、得物は刀子と呼ばれる――いわゆる剣一本のみだ。
「横か斜めか背後からかは判らないけど、正面じゃないとこから襲われて死んだみたいでねー」
 耳を傾けていた能力者たちが、目を瞬かせる。
 つられて恭賀もキョトンとなり、思い出したように「あ」と呻いた。
「今回の、いにしえの地縛霊だけど……自分が退治されたときのこと、覚えてるっぽいんだ」
 それゆえか、『真正面』以外からの攻撃にかなり敏感だという。しかも、接近戦だろうと遠距離だろうと関係なく。
 平たく言うと、真正面以外から攻撃を試みた相手に、自分が次に動くまでの間、激しい殺意を覚える。そうなると、殺意の対象となった相手は狙われる確率が高くなるため、場合によっては気を逸らす必要があるのだ。
 もちろん、距離を置いているからといって油断はできない。
 反対に、真正面から堂々と赴いた者には、次に地縛霊自身が動くまでの間、相応の態度を返す――技に頼らず、得物を振るう己の力のみで応戦するのだ。刀子は射撃などができないため、この場合、地縛霊に接近されない限り、地縛霊の攻撃は届かない。
「さっき言った、弱点ってのがそれだよ〜」
 不完全ゆえの弱点だ。弱点を上手く突けば、戦いに有利となるだろう。
「地縛霊の攻撃方法も判りやすくてね、真正面以外から攻撃してきた相手の、死角を突くんだ」
 何処からとも無く突如現れた刀子で、めっためたに斬りつけられてしまう。そのため回避も難しい。
 例えばの話。
 複数人が同時に、真正面以外から地縛霊に襲い掛かったとする。この場合、もし攻撃を仕掛けた後に地縛霊が動けるようなら、その複数の人へ同時に、躊躇わず刃が襲い掛かる。奇妙な範囲攻撃と考えると、判り易いだろうか。
「とにかく『真正面以外』ってとこに、すっごく拘るんだよ。充分注意してねー」
 刀子で滅多切りするのみだが、単体にも複数攻撃にもなり、回避も困難ときた。見た目こそ単調だが、油断は禁物だ。

「それと、リビングデッドは4体だよ。カミサマーって呻きながら、地縛霊を守って戦うんだ」
 リビングデッドと化したのは4体のみだ。他の死体に関して、気にする必要は無い。
 リビングデッドは、いずれも殴る蹴るを中心に、抱きついて締め付けてきたりと、地味に厄介な攻撃を繰り返す。
 また、戦場となる家自体は、普通の一軒家だ。
 地縛霊がいるリビングが最も広く、ヴァンパイアもリビングデッドもそこに集まっている。玄関からでも窓からでも、突入場所は好きなようにして構わない。
 玄関からであれば、廊下の先にリビングがあり、すぐ地縛霊とご対面できる。廊下自体は広くないため、並べても二人までとなるが、地縛霊への近道でもある。
 反対に、窓から突入するのであれば、リビングデッドの先に地縛霊がいる形となる。
 廊下などを挟むことなく、いきなり広々としたリビングのため、陣形を整えるには最適だ。
 ちなみに、ヴァンパイアたちは窓からも廊下からも少々離れた、リビングの隅の方にいる。逆に言えばどちらにも近く、またリビングデッドや地縛霊を盾にもできる場所だ。
 いずれにしても、最優先するべきなのはゴーストの殲滅だ。そう恭賀は話し終えると、祈りにも似た声で、こう告げる。
「……いってらっしゃい、能力者さん。頼んだよ」

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参加者
高木・誠(廻明・b00744)
九曜・沙夜(神韻・b01823)
乾・玄蕃(魔法使い・b11329)
不利動・明(大一大万大吉・b14416)
滝川・雅樹(赤黒き白・b16164)
ルナリス・フェルメール(ラピスラズリ・b25270)
四楓院・雛(天衣・b25383)
アイノ・スデンコルピ(白銀の狼姫・b37615)
薪元・ルイ(氷月藍鴉・b67814)




<リプレイ>


「さても非道な連中ですねぇ」
 滝川・雅樹(赤黒き白・b16164)に限らず、誰もが抱いた感情であろう。
 白き蟲の力で明度の上がった一軒家のリビングに、若者達が集う。四体のリビングデッドの向こう、倒さねばならない古墳時代を思わせる装いの地縛霊。そして、窓からの来客にやや目を見開いた、三人の吸血鬼。
「人を招いたつもりは無いんですけどね」
 金の髪を揺らした吸血鬼――貴種ヴァンパイアがくつくつと肩を震わせる。彼も二名の従属種ヴァンパイアも、武器を構え逃亡の隙を窺い始めた。
 吸血鬼株式会社が好む策動に、相変わらずだと乾・玄蕃(魔法使い・b11329)が後方で苦みを噛み締める。指で弾いたブラックボックスがくるくる回り、その間に飛んだ蒼き魔弾がリビングデッドを襲った。
 不利動・明(大一大万大吉・b14416)は、今し方旋剣の加護を得た日本刀を構える。薄く瞼を押し上げれば、カミサマと呻き続けるリビングデッドが地縛霊の前に布陣していた。
 悪を悪と認識したとして、この世には人道という言葉がある。不法入国者なら人道を無視して良い訳が無いと、明は刀を振り上げた。
 ――狂った者のする事の非道さか。
 改めて狂気たる所以を想像しながら、一体のリビングデッドへ黒き影を与える。すると相手も流れのまま明を殴りつけた。
 その頃には九曜・沙夜(神韻・b01823)も、得物に纏う白燐蟲の力を活かし、リビングデッドを白燐蟲で食い荒らしていた。ふと吸血鬼たちへ目をやる。
「あんた達は彼らの命だけでなく、故郷で待っているだろう人から、愛する者を、希望を奪った」
 波立つ気持ちを抑える沙夜に、貴種ヴァンパイアが口角をあげた。
「僕にも待っていてくれる人がいたら、皆さんは一切の傷を僕に与えないでいてくれますか?」
 かぶりを振った沙夜に、然して情が揺れた様子もなく彼は言う。
「ご安心を。僕にはそんなのいませんから」
「そうか、なら、彼らの痛みの万分の一でもその身に刻め」
 答えたのは高木・誠(廻明・b00744)だ。無数の文字列を映したその眼で、貴種をねめつける。彼が撃ち出した雷弾は蒼く、鮮明な光をしていた。
「騙して、何がカミサマだ」
 憤りを孕んだ声が雷音に掻き消える。魔弾を受けても尚、貴種は不敵な笑みを浮かべていて。
 ルナリス・フェルメール(ラピスラズリ・b25270)は勢い殺さぬまま、手近なリビングデッドへ殴りかかる。
 その間にアイノ・スデンコルピ(白銀の狼姫・b37615)が黒燐蟲を、雅樹が白燐蟲を自らへ纏わせた。すると白き光を辿るかのように、雅樹を一体のリビングデッドが蹴りつける。
 ――何事も汝等の思うがままにいくと思うな。
 薄桃の唇を噛み、アイノが悠然と佇む吸血鬼たちを睨む。
 直後、四楓院・雛(天衣・b25383)がナイフでリビングデッドへ切りかかった。嘆きの涙を落とすような、美しく澄んだ線を描き、リビングデッドの肩口を刃が裂く。
 リビングデッドを見つめ、眉根を寄せた。酷いことをする。他人の命を価値が無いかのように弄んで。犠牲者たちへの哀れみを、目の前の吸血鬼たちへの怒りに変える。
「許せない……いや、許さないっ…!」
「どう許さないんですか?」
 神経を逆撫でする物言いで、貴種が鼻を鳴らした。
 魔力を全開にした薪元・ルイ(氷月藍鴉・b67814)が鋭い蹴りでリビングデッドを叩くのとほぼ同時、金髪の貴種ヴァンパイアは、従属種を連れて脇を横切る。
 しかし、能力者たちは彼らを後追いしない。それが方針だった。だが、叫びたい想いも言葉も、滝のように溢れ出てしまうものだ。
「一発カチ喰らわしてやりたい所じゃが……」
「まずは地縛霊を倒さないとね」
 吸血鬼を目で追うアイノに、ルイが頷き、迫るリビングデッドを押し返した。
「まことに癪だがな」
 玄蕃が僅かに肩を竦めてみせれば、リビングデッドにしがみつかれながらも、ルナリスがびしっと吸血鬼たちを指差して。
「クソ野郎ども、テメェらのツラは忘れねぇ!」
 叫ぶ彼女を振り返り、貴種は臆面も無く告げる。
「憶えていてもらえるんですか、ありがたいですね」
「ああ、見つけだして絶対にブッ潰すからな!」
 ルナリスが怒りの拳を示すと、貴種は至極穏やかに目を細めた。
「期待しておきます」
 そうして、吸血鬼たちの姿は廊下の先へ消えていった。


 月のような優しさを秘めて、雛の足がリビングデッドの胸を強打する。三日月の軌跡が痛みの余韻を残すのか、カミサマ、カミサマと悶えるリビングデッドを見遣った雛は、静かに眉を寄せる。
 ――もっと早く。早くに助けてあげられればよかったんだ……!
 叶わぬことと知りつつも、震える舌が喉に痞えた言葉を紡ぐ。
「ごめんね。今はもう、少しでも早く安らかに……眠ってほしいんだ……!」
 死者の群れがのたのたと揺らめく。その向こうで、若そうな男が能力者たちをじっと窺っていた。長い髪を耳の横で丸め括ったその容貌は、歴史の教科書に出てくる古き時代の日本人を思わせる。武装だけを見れば強そうではないが、曲がりなりにもいにしえの地縛霊。
 油断できぬ相手の出方を窺いながら、ルナリスはリビングデッドへ雛同様、三日月にも似た跡を落とす蹴りを与えた。
 ――舐めた真似しやがって、クソ吸血鬼どもが!
 治まらない憤りに拳が震える。その拳へそっと視線をやり、ルイは藍の瞳を眇めた。怒りや哀れみに暮れる仲間達と共に立ち、そして敵を迎えている自分。ここは戦場なのだと改めて知れば、平素なら振る舞える豊かな感情表現も、一気に心の奥へと押しやられた。
 気に食わない。そう咥内でのみ呟いて地を蹴る。
 ――吸血鬼の企みも、カミサマって呼ばれ方も、気に食わない。
 閉ざした口は多くを語らずただ只管に、その足でクレセントファングを叩きこみ、握ったレイピアで、斬り続ける。爛れた肌を食い破った刃が、相手を死に至らしめるべく傷を生む。
 ぜえ、と大きく息を吐いたルイの眼前で、リビングデッドは成す術なく崩れ落ちた。
 前衛と後衛の間を行き交うアイノが、リビングデッドに直接当たり、次々傷を作っていく仲間達へ、黒燐蟲の輝きを施す。黒き蟲がざわつき仲間達へ這えば、殴られた跡も蹴られた跡も、柔らかく取り除いていく。
「……苦しまずに死なせてやることが、妾なりの慈悲じゃな」
 ふと上げた視線の先、アイノは生気を失ったリビングデッドたちを直視し、そして目を逸らした。赦してくれとは言わぬ、と己にかかった黒燐蟲の加護越しに、もう一度彼らを見つめる。
 すると、地縛霊と視線が重なった。刀子を構えたまま、気難しそうな様子でこちらを睨みつける地縛霊と。
「奴らの目論見だけは、潰さねばなるまい」
 既に姿を消した吸血鬼たちの顔を思い浮かべ、玄蕃は蒼の魔弾を編みこんだ。犠牲者に神の慈悲は与えられん。そう言い掛け飲み込んだ想いも寄せれば、乗じて沙夜が放った白燐蟲の弾丸が連なる。
 不穏な気配を吹き払うがごとく、白い輝きと蒼の雷が天を翔けたのだ。
 二つが同じリビングデッドを葬ると、その眩さに動揺したのか、残る二体のリビングデッドの呻き声が大きくなった。
『カミ、サマ』
『カミサマ……』
「そんな姿にされてしまったのに……それ程まで」
 彼らが貴種ヴァンパイアの青年をどれほど慕い、感謝していたか。計らずとも知れる想いに、沙夜は胸が詰まるのを感じた。
 赦せない。そんな感情が、心のどこかを支配していく。
 道が出来たと、玄蕃が告げた。リビングデッドが二体退いたことで、地縛霊へ辿り着く道はすっかり空いてしまっている。矢継ぎ早に、足止めを担う雅樹と明が飛び込んだ。
 明の振るう日本刀が鋭利に風を切ったような音を響かせ、その音が止む頃には刀を斜めに垂らしていた。真正面から与えられた一撃に、地縛霊にも漸く活力らしきオーラが映って見えた。それは理不尽な殺気や憎悪とは異なる、けれど生きる全てを死に追いやる戦いのオーラ。
 真正面からの攻撃ゆえだ。方向が異なれば、また届くオーラも変貌してたに違いない。
 直後、それを為した明めがけて刀子が突き出される。切っ先が掻いた傷は、獣が食い散らかすように付けるそれと異なり、乱れも迷いも無い太刀筋を示していた。思わず明も、そして傷をすぐ近くで見た雅樹も、感心するように息を吐いた。
「では、痛みを和らげるとしましょう。体力がもたなくなりそうなら、言ってください」
 そして、足止めとなる自分たちが倒れぬようにと、雅樹が懸命に黒燐蟲を明へ放つ。輝きを受けながらも、明は自らの体力を値踏みし、
「まだ幾分か余力はある」
 そう答えた。
『カミサマ、カミサマ』
 地縛霊へ向かった明と雅樹を喰らおうと、二体のリビングデッドが踵を返す。
 その動きを、誠とルイ、雛がすかさず止めに入った。誠の指先が紡いだ魔弾は、パチパチと弾けて一体を無へと沈殿させる。腐りかけた肉の塊が、蘇った命を吐き捨て倒れたのだ。
 ――可哀想に。
 異国の地で散った命に、誠が唇をきゅっと結ぶ。
「此処には、神様なんていない。だから……もう……」
 おやすみ。
 最後までは声にならず、ただ思いのほか優しい音となって死者へと降り注いだ。
 カミサマ、カミサマと救いを求めるかのような、或いは崇めるかのようなリビングデッドの鳴き声に、ルイは耳を塞ぎたくなる衝動を抑え、見ていて哀れだと瞼を落とした。そして、邪魔なんだ、と至って低く言い切る。
「そこをどけ」
 色の薄い服を纏った地縛霊を視界の隅に映し、ルイが三日月の軌跡を宙に描けば、ずんと重く圧し掛かったリビングデッドの身に、バランスを崩す。受けた蹴りも厭わず、リビングデッドは彼を地へ押し込めようと抱きついてきたのだ。
 咄嗟に、雛がリビングデッドの頭部をクレセントファングで鋭利に一蹴し、ルイを解放する。暫く締め付けの感覚が残る身体を解しながら礼を述べたルイに、雛は微笑みを返した。
 今し方の一撃が効いたのだろう。蹴り飛ばされたリビングデッドは、先に倒れたリビングデッドと重なるようにして、死した身を横たわらせていた。
「あとは地縛霊だけだね」
 雛の言葉に、真っ先にアイノが頷く。
「しかと並べるよう、声を掛け合うのじゃ!」
 地縛霊から少しばかり後ずさり、アイノが皆へ呼びかける。威勢の良い返事をしながら、ルナリスが前衛から中衛となる位置まで下がり、地縛霊との戦いに備えて仲間達も配置を変更する。
「とにかく向きに注意しないと!」
 ルナリスが再確認するように口にする間にも、縦に長い布陣は整い始めていた。
 体力を鑑み、明が雅樹と位置交換する。癒しの手もそれぞれ止めない。
 彼らの予想通り、戦いは長期戦へ縺れ込むはめになった。


 雛の鋭い蹴りが正面から地縛霊へと入る。一度移動してしまえば、接近でのみ正面からの攻撃に当たれない面々は、後方で様子を窺う他無い。長期戦になることを充分予想して、攻撃手段も回復方法も備えていた。
 けれど、地縛霊も動くのだ。
「じっとしてくれればいいのに……」
 ぽつりとルイがひとりごちた。ノーブルブラッドの魔力を開花させながら、対象の側面に回ろうとしている様子の地縛霊を凝視し、位置を変える。
「ホントだよね、ここからだと正面にならないし!」
 ぷりぷり頬を膨らませて、ルナリスも改めて配置を整える。
 遠距離攻撃を主体に地縛霊を肉迫しようと考えていた面々は、地縛霊が歩くたびに移動しなければならなかったのだ。
「正面以外からだと、過度な攻撃は受けてしまうけど……」
 沙夜が白燐蟲の癒しを齎すと、明が瞼を伏せて唸った。
「案外、正面以外から攻撃することも加味しておけば、もう少し時間を縮められたかもしれない」
 それもまた、一つの策でしかない。けれど位置調整にばかり時間を費やすよりかは――少々荒い手段ではあるが――短時間で済ませられただろう。それはそれで仲間へのフォローが重要になってくるが、ここにいるメンバーなら可能だったはずだ。
 もちろん、時間を要した分の痛みは、しっかり地縛霊に与えられている。窓から覗く空の色が変わろうとも、今回の作戦は確実な方法で、しかも各々がやり遂げている。
 地縛霊の時代に何があったのか、そこへの興味が尽きない明の目に、歴史の神秘が浮かび上がった。
 ふと、漸く方向転換や移動の足を休めた地縛霊へ、玄蕃が蒼の魔弾を解き放つ。
「現世に戻った早々で悪いが、黄泉の国に帰って頂こう」
 古人への供養代わりに、無念ごと討ち払ってやる。
 玄蕃の宣言は誓いにも聞こえ、地縛霊のからだを打つ。
「後ろの方々、体力は問題ありませんか?」
「大丈夫だ。前を頼む」
 雅樹の振り向かぬままの問いかけに、誠が答えた。それを聞き頷いた雅樹が、地縛霊の眼前で刀子に滅多切りにされた雛の傍らへ寄り、癒しを招く。
 再び地縛霊が雛へ得物を向けようとした瞬間、誠が魔弾をぶつけ、アイノの怨念に充ちた眼差しが地縛霊を射抜く。
「妾より永き眠りより目覚めし者よ、その無念、妾達が引き受けようぞ……」
 アイノの魔眼に射抜かれて漸く、地縛霊がもがき苦しみだす。この場にいる誰もが守り続けた、正面からの攻撃だ。向きにより湧き出る憎しみとは、また異なるだろう。
 ああ、と納得したかのように玄蕃とルナリスが手を叩く。そして両者の考えは見事に一致した。
「あとちょっとで倒せるはず!」
「暫しの辛抱ということだ」
 いくらいにしえの強敵といえど、積み重ねられた痛みや傷には耐えられない。
 互いに顔を見合わせ、能力者たちは疲労もそっちのけで武器を構える。
「もう一度、退治されて貰うわよ」
 沙夜が、白燐蟲に地縛霊を食らわせてみれば、やはり先ほどと同じ反応が出た。強張った肩、命など無いのに乱れたように映る息。
 充分な量と過度な回復にならぬよう声をかけあい、配慮しあえる能力者たちと、ゴーストは異なる存在だ。
「俺は無神論者なんだ。でも、正面からの一騎打ちは好き」
 大人しく温厚そうな顔つきの中に、ルイが戦いへの衝動を秘める。
「……全力で潰してやる。奴等の企みを食い止める為にも」
 夜空にも似た色のコートが翻った。そして地縛霊のいた空間が夜と同じ静寂に包まれる。
 躊躇わず注ぎ込んだ三日月の蹴りが、不完全に蘇った地縛霊を跡形も無く消し去ったのだ。

 助けられなかったと項垂れるルナリスに、今回の神は本当にいけすかない、とルイも口を微かに尖らせた。
「吸血鬼株式会社……ね」
 沙夜の呟きを耳にし、仲間達の決意と意思が繋がる。
「この悪行のツケは何時か必ず払わせてやるぞ」
「まぁ、何を企もうと叩き潰すだけですね」
 玄蕃と雅樹が首肯した。
 開けっ放しの窓から、秋を呼ぶ風が吹き込んだ。
 疲れ果てた戦士達の頬を撫でていくそれこそが、神様からの贈り物かもしれないと、柄でもないことを思いついたと溜息に笑いを含んで、誠が瞼を伏せた。


マスター:鏑木凛 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2010/09/10
得票数:カッコいい10  知的5 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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