<リプレイ>
●十の月 光明呪言が古の石段を照らしてゆく。光源は二つ、霧雨・慊人(夜舞閃星・b04803)と奈那生・真咲(シスターリトルデビル・b58733)。二人に否定された闇は視界の向こうへと凝り固まり、更に深い澱を為した。 「話には聞いていたけど、凄い石段ね」 振り返る真下は今にも吸い込まれてしまいそうだ。小鳥遊・歌戀(真雪女・b07854)の呟きに奈那生・真咲(シスターリトルデビル・b58733)が肩を竦める。不遜な輩を前に見得を切るような仕草だった。 「津々浦々より神々が集い、十月を神『在』月と呼ぶ地に陣取るとは……。敵は文字通り神仏をも恐れぬ武士ぶりですわね」 「死してなお、この世に留まる念は未練なのか――」 それとも、他に理由でもあるのか。 きっかり四百段を数えた所で霧雨・慊人(夜舞閃星・b04803)は歩みを止めた。障害物はなく敵味方が一塊になって戦える戦場だ。ランプは無くても支障無い。渕埼・寅靖(虎憑きの鬼蜘蛛・b20320)は用意していたランプの電源を落とした。この手の本業能力による効果は、例え本人の意識が途絶えようとも持続する。 「――皆、覚悟はいいか」 寅靖が尋ねれば、返る返事は十。 この地のみ神在月と呼ぶその月と同じ数だ。 銀の錫杖を鳴らし、アルステーデ・クロイツァー(葬闇のシュヴァルツェナハト・b35311)が唇を開く。 「構わないわ。任せたわよ、トラヤス」 「ええ。よろしくお願いするわ」 「いつでもどうぞ」 皆月・弥生(夜叉公主・b43022)と黒瀬・和真(黒のレガリス・b24533)が同様に促した。彼女達は寅靖と反対側、石段の左側前衛に布陣している。その後ろ――前衛寄りの中衛と言っていい場所に時任・薫(黒霆・b00272)、橡・刻遥(闇檻・b61837)、歌戀が足並みを揃え、後衛には慊人と真咲、そしてアルステーデが立ち塞がる。アルステーデの要請によって援護する小夜は最後方から戦闘に加わる形だ。 石段の頂上にそびえる鳥居を見上げた刻遥は軽く身震いする。それは肌を切り裂くような夜の冷気によるものか、それともあの鳥居の先に通じているであろう神の地への畏怖だったのか。 であればこの長石段こそこの世とあの世を分ける堺。 恐ろしい力を秘めた思念が淀み留まるのも無理はあるまい――。 「では、ゆくぞ」 「はい。現に在ってはならぬ者等をお送り致しましょう」 隣に並び立つ白神・千羽耶(唄片・b36321)の返しを受けて、寅靖の手から輝く詠唱銀が振り撒かれた。 景色が一層の闇を増し、空気の重さが変わる。そして幾ばくも経たぬうちに仰々しい人影と馬のいななきが現実のものとして具象化された。
●月光戦〜上〜 「失敗は許されない、か。久方ぶりの大物相手、気を引き締めていかないとね」 弥生の凛とした声が夜気を震わせる。 雲居を割って姿を現した月光の元、二人の武将が剣を激しく振り回しながらこちらへ突っ込んで来た。 「白神千羽耶、推して参る」 同時に迎撃する右壁の片翼、千羽耶は虎紋を呼び覚ます寅靖の代わりに第一手を放つ。冷えた指先が武将である男の首筋に触れる――瞬時に迸る魔氷が敵の動きを封じた。そこへ迸る薫の闇手。 「相当な手練のようですが、災厄の元となるものを放ってはおけません」 漆黒の外套が風を孕んではためき、夢幻泡影がその名の通り一夜の夢を絶つ。 そう、彼らの蘇りは夢幻でしかないのだ。何百という時を越えて顕現した想いの残滓に慊人は胸が詰まるような何かを感じ取った。 「本人達に知性無き現状で、真実は解らん――が……」 「いずれにせよ、彼らをここへ縛り付ける鎖は断ち切りませんとね」 もしかしたら、この神社に対する恩があるのかもしれない。侵入者を守ろうとしているように見えなくもないと歌戀には思えた。 真白の雪を思わせる結晶輪に七つの星光が宿され、光明の中を舞う。それは馬の一頭を石へと変える魔の力。 「小鳥遊の魔道の力を味わうのはいかがかしら?」 そしてもう一筋、刻遥の操る茨が針金のように馬列へ迫った。 「過ぎた過去に支配され、今を奪わせるわけにはいかない――」 それは中央の馬を捉えて支配するが、すぐにそれを振り切った妖獣は甲高くいなないた。途端に全身を寒気が襲い生気が吸い取られていく。 「もう少しくっついてくれていればよかったですのに……!」 歌戀の舌打ち。 通路は5、6人が裕に並んで戦える程度の幅だ。横並びになった3頭の馬はちょうど等間隔で離れている。――つまり、爆発範囲の攻撃は1頭しか巻き込む事ができない。 「面倒なことね」 だが、アルステーデはあっさりと森槍を諦めて光槍を生み出した。錫杖が抱く黒水晶から異質な光が導かれる。それは一条の白光となり、寅靖と斬り結ぶ武将の1体を貫いた。続けて紅蓮を纏った黒の宝剣が鎧ごと男を叩き斬る。 そこへ、敵の後方より霊魂のような揺らめきが舞い降りた。 「今ですわ……!」 霧の巨人を従えた真咲の口元に笑みがひらめく。 唱えられた呪詛が敵の神経を麻痺させ、自由を奪う。 「やるじゃない」 和真と共にもう1人の武将を抑えに回っていた弥生は、薄紅の長剣に宿していた黒燐蟲を解き放った。 「黒燐よ、喰らい尽くせ!」 群れる蟲は闇のように敵を堕とす。飢えた狼のように貪り尽くす様を見て、和真が口笛を吹いた。自らは目の前にいる武将の注意をひきつけるように拳を繰り出す。太陽のように燃え盛る拳と、近付くもの全てを薙ぎ払うかのような刀との激突。 「さすがに硬いですね」 「ああ――」 薫に頷きつつ、栄養ドリンクでの強化を果たした慊人は天輪を提げる指先で敵の姿を写し取る。だが、女将軍はいとも簡単に武将の傷を癒してしまう。 それでもアルステーデが光槍を放ち、千羽耶の指先が別れを告げる事でひとりめを無へと帰した。それと同時にやや後方に控えていた女武将が動きを見せる。 「来るわよ」 「気をつけろ」 後方より戦況を注視していたアルステーデと慊人が短く告げた。脇から薙刀の一突きを受けた和真が慌てて身を翻す。そこへ武将の衝撃波が襲いかかった。 「うわっ……」 吹き飛ばされた身体は真後ろに待機していた歌戀にぶつかる事で事無きを得る。 「さんきゅ」 「またこの階段を登るのはつらいですものね」 高くつけておきますわよと冗談めいた台詞を返しながら、再びの七星光。 「こちらは足止めできました! そちらをおねがいします!」 「任せて」 刻遥の放つ茨はもう三度を超えている。 足止めは有効に働いているものの、代わりに殲滅力を犠牲にしている。生まれる膠着状態を破ったのはやはり、この場で最も強い力を秘めた女武将だった。
●月光戦〜下〜 和真に突きを入れた女武将は次の獲物を探して視線をさ迷わせる。長い髪は一つに結ばれ、兜の下から一筋を背中に流していた。 「一筋縄ではいかないようですね」 呟いて、千羽耶と寅靖が駆けつけるまでの時間稼ぎを薫が引き受ける。薙刀のと刺し違えるように突き刺された黒影剣が女武将の脇腹を掠めた。 薫の肩を貫いた傷は千羽耶の黒燐蟲が癒す。 「持久戦は避けたかったけれど――」 已む無し。彼らが選んだ作戦は電光石火の激突では無く足止めを多用した長期戦。せめてもう少し多く茨や星光の範囲に捉える事が出来ればもっと容易に事が運んだのだろうが――憎々しい馬達だ。 「そろそろ終われよ……!」 和真がたなびかせる黒のリベルタスは黒燐蟲によって更に闇色を深めている。 拳を突き入れられた男武将は体を傾がせるも、倒れるには至らない。 「しぶといですわね。巨人さん、やっておしまいなさい♪」 ガラスの剣を手に舞うような真咲の動きを、霧の巨人がそのままトレース。当たり具合を確かめて攻撃属性を神秘に絞った。弥生もそれに倣う。多少攻撃力は劣るが、後は運任せだ。和真と連携する形でひたすら斬撃を繰り出す。 「敵に惑わされず、当初の作戦通り攻撃を集めていくわよ」 「ええ。浮き足だっては勝てるものも勝てないもの――」 冷静に頷いたアルステーデの視線は男武将から離れない。宙を滑走した光槍が武将の喉元を貫いた。慊人の描くスピードスケッチと競い合う形で遂に二人目を撃破。 「腹を切られようと、この首はやれんさ……!」 寅靖は宝剣を斜めに傾ける事で薙刀を受け流そうと試みる。切り裂かれた皮膚から血が迸り、足元まで滴り落ちた。 だが、それでも引けない。 後方より小夜の祖霊が降臨する。千羽耶の黒燐蟲が寅靖の宝剣を包み込み、血を止めた。戦場を一瞬別次元へと誘ったのは刻遥による十絶陣だ。 敵には容赦無く傷を与え、味方には癒しを与える空間へ跳躍。 「――……勝の機を手繰り寄せる為にも……攻めの手は弛めん」 「だな。強敵を前にして倒れるのは最悪だ」 慊人と強かな笑みを交わし合った和真は弥生と馬を挟み撃ちにし、一気に勝負をつける。取り囲んでしまえば造作の無い相手だ。瞬く間に1体を屠り、残る2体にも歌戀の呼ぶ氷雪の嵐が切迫する。寅靖は敵に合わせて攻撃属性を切り替えたものの、やはり格上相手には通用しない。もう一度紅蓮撃を構え直した。 (「志を失ったその刃が無辜の民を殺める前に、この手で介錯仕る」) 女武将と寅靖と千羽耶に任せ、旋剣の構えを取りつつ妖獣へと接近した薫が2体目の首筋をかっ切った。血潮はいつしか霧のように消え失せ、妖獣ごとこの世のくびきから解放されてゆく。 「残り、二」 「ここからは小細工無しですわよ!」 「気合入れて行きましょうか」 歌戀と弥生に負ける気などさらさらない。 結晶輪が封印を解かれたかのように宙を疾駆、刻遥の十絶陣によって塗り替えられた世界を思うさま舞い飛んだ。弥生の長剣は薄紅の軌跡を描いて楕円の尾を引く。足を、腹を裂かれた妖獣は雄叫びを上げて消滅。雄叫びすら上げる暇を許さない。 「戦も、遺された想いが紡ぐ仮初めの命も、ここで終わらせよう」 「栄枯盛衰・諸行無常、兵どもが夢の跡。さ、落ち武者狩りと参りましょうか」 真咲は肩にかかった髪を払い除け、霧の巨人に命令を下すかのように指先を伸ばした。紡ぎ出される退魔の呪言。 「盛り上がった所に何ですけれど、大人しくして下さる?」 薙刀を振りかざしていた女武将の動きががちり、と静止する。隙有り。それまで防戦一方だった寅靖が一転攻勢に出た。背後に回り込んだ薫と機を合わせ、紅蓮の剣撃と闇の刺突が女武将を追い詰める。 「静かにお眠り」 「貴方達の戦場はもう無いの。囚われた其の命は、此処で終わらせましょう」 慊人の、アルステーデの慈悲に似た攻撃が敵を撃った。胸を、眉間を貫く絵と森槍。今、二度目の終わりが彼らに齎される。技を使い果たした千羽耶は女武将と同じ得物を突き出した。それはただ全てを真白へと還す、手向けの儚き花。 「今のこの地にあるのは戦ではなく、安寧。だからもう、貴方達の戦う理由は此処に在らず」 理を説く声は届いただろうか。 心の臓を薙刀に貫かれ、右肩には紅蓮の剣を、脇腹には炎の拳を。 そして背に刀傷を負った女武将はそのまま前のめりに倒れていく。その唇に薄ら笑みが浮かんだように見えたのは気のせいだろうか。 まるで、自分の往くべき場所を見つけたかのように。彼女は揺らめく陽炎の如くその身を散らした。
「この長い階段を降りるのってちょっとうんざりしますね」 歌戀のため息に、なだめるような寅靖の微笑み。 短い黙祷の後彼らは帰途へ着く。アルステーデは振り返る事なく、けれど胸の内に願いを秘めて石段を下り始めた。 「そうだ、名物のお蕎麦でも頂いてから帰りませんこと?」 「まだ店開いてるかな」 真咲の提案に意外と刻遥は乗り気のようだ。 神在月の終わりに解き放たれた魂、縛り付けられた思念達。かつてはこの地を守るため戦ったのであろうそれらが狂い人の命を奪う事無く往けた事を、今はただ、嬉しく思う。
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参加者:10人
作成日:2010/11/04
得票数:カッコいい12
えっち1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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