紅と白の、小さな楽園


<オープニング>


 紅葉に染まる静かな森の中を1人の少年が歩いていた。
 周りの景色には目もくれずに、ただひとつの場所を目指してずんずんと進んでいく。
 そう、少年がこんなにも急ぎ足なのは――
「お姉ちゃん、こんにちは!」
「……こんにちは」
 その目的の場所にいる、1人の女性に会うためだった。

 少年が女性を見つけたのは、近くの子供達にいじめられた日のこと。
 森の奥まで連れてこられた後に置いていかれた少年は、泣きながら彷徨い歩いた末に倒れていた女性と出会ったのだ。
 紅葉の絨毯に包まれた白いワンピース姿の女性はまるでどこかのお姫様のようで――少年はひとめで心を奪われていた。

「ねえ、今日もお話聞いてくれる?」
 それから1週間。女性とここで話をするのは、もはや少年の日課となりつつある。
 拙いながらも自分の知ることをありのままに語り、女性と僅かながら言葉を交わす……少年はこの時間が大好きだった。
「僕、お姉ちゃんがお友達でいてくれれば、他にお友達なんていらないや」
 不意にそう呟いた少年はすぐに照れ笑いを浮かべてごまかすが、その言葉を聞いて大きく目を見開いた女性は顔をだんだんと曇らせていく。
「そ、それじゃあ、僕、帰……うわっ!」
 少年はそれに気がつかないまま、慌てて帰ろうとし――豪快にその場で転んだ。
「いたた……手、擦りむいちゃったよ……」
「……大丈夫?」
 血が滲む掌に息を吹きかけていた少年に問いかけ、その手を取った女性は傷口に唇を寄せる。
「お、お姉ちゃ……き、汚いよ……」
 少年が慌てる声を頭上に聞きながらも、女性は傷口の血を舐めとり僅かに唇を吊り上げた。
 その瞳に、どこか悲しみのようなものを宿して。

「信じられそうな人に出会えたのに……相手がもう亡くなっているって、そんなのってないですよね」
 祈るように両手を組んで独り言のように呟いた周防・祐理(高校生運命予報士・bn0301)は少しの間だけ目を閉じた後、能力者達に視線を向けて依頼について語り始めた。
「とある田舎町の外れの森に、リビングデッドが出現しました」
 リビングデッドとなっているのは20代前半の女性。どうやら人間関係のトラブルが元で、この森で自殺をしてしまったらしい。
「この女性は今のところ、ある少年から血を貰ってリビングデッドとしての生を続けているようです」
 この少年は小学校高学年くらいだが、体が小さいせいでよく近所の子供達にいじめられているそうだ。2人が出会ったのもいじめられた時らしく、今では自分の話を聞いてくれる女性を心の拠り所にしているようだ。
「もしかしたら互いに近しいものを感じているのかもしれません……が、女性がリビングデッドである以上、このまま放って置く訳にはいきません」
 放っておいた場合、この先に待つのは少年の死。
 いくら2人の間に通じ合うものがあろうとも、死者が生者を引きずり込んでいい道理はない。
「少年の未来を守るためにも、女性を必ず倒してください」
 組んだままの両手をぎゅっと握った祐理は悲しげな表情で僅かに俯くが、すぐに顔を上げると説明を続けた。

「女性は少年と一緒に、森の奥の方にある小さく開けた場所にいます……が、女性も少年も境遇のせいか他者に対する警戒心が強いです。2人の前に姿を見せればまず警戒されると思ってください」
 ただし話は聞いてくれるようなので、突然戦闘を仕掛けたり、突飛な行動を取らない限りは会話をすることも可能らしい。
 しかし、声を掛けて2人を引き離す作戦を行う場合は考える必要がある。よほどのことでなければ少年は近付いてこないし、行動は2人一緒の可能性が高いからだ。
「戦闘になった場合、女性は2つの技を使ってきます。
 ひとつは20m以内の指定した場所で落ち葉を舞わせて、その範囲の中にいる人を切り裂く技。もうひとつは悲しげな瞳で20m以内のひとりを見つめ、ダメージと共に侵食を与える技です」
 能力者達が戦うことになるのはこの女性ただひとり。
 だが、少年と女性が戦闘中も近くにいる場合は、当然少年は女性を守ろうとするだろうし――女性もどういった行動に出るか判らないので十分に注意しなくてはならない。

「たとえ今、2人がどこかで分かり合えているのだとしても……必ず終わりはきます」
 それは女性がリビングデッドである以上逃れられないことであり――そして、時間が経てば経つほど最悪への道筋は確かなものとなってしまう。
「ですから、お願いします。今よりももっと酷い結末になってしまう前に……女性を倒して、少年の命を守ってください」
 祐理はそう締めくくると、深く頭を下げて能力者達を送り出した。

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参加者
鏡・月白(シルバースター・b37472)
皆月・弥生(夜叉公主・b43022)
セドリック・ヘブナー(睡臥・b50715)
ペシェ・ヴァロア(白牡丹の幸・b62655)
舞岳・貴乃子(白茸姫・b63893)
満星・あまね(トゥインクルトーク・b66248)
雉橋・希平(斜に構えて縦に断つ・b68659)
セイルーン・ヴィンテージ(小学生シルフィード・b71922)



<リプレイ>

●崩壊の足音
 秋の深まる、静かな森の中。
 そこは色づく葉に満ち溢れ――時に、終わりを迎えた葉がひらひらと宙を舞う。

「どうして、出会ってしまったのか。なぜ、惹かれあってしまったのか。……神様は、つくづく、いじわるだ……」
 舞い散る葉を手に取り、そう口にしたのはペシェ・ヴァロア(白牡丹の幸・b62655)。その途切れ途切れに紡がれた言葉の中には悲しみと嘆きが秘められている。
「僕にも独りの時があったから、少年の気持ちは、分かるつもりです。分かるからこそ……とても、辛いです」
 セイルーン・ヴィンテージ(小学生シルフィード・b71922)はまるで自分のことのように辛そうな表情で俯いた。
「ようやく見つけた安らぎの場所を奪うことになるのは心苦しいですが、二人の出会いを悲劇で終わらせたくありません」
 複雑そうにしながらも確かな意思を示した鏡・月白(シルバースター・b37472)に、雉橋・希平(斜に構えて縦に断つ・b68659)が頷く。
「確かに、心の傷は簡単に癒えるものじゃない。正直、僕にはピンとこないけど、このまま放っておくわけにいかないのは判るよ」
 そのまま続いた希平の言葉を耳にしてから、セドリック・ヘブナー(睡臥・b50715)は進む方向に目を向け、そこにいるだろう2人のことを思う。
(「人は皆、色んな形で誰かと出会い別れて行くものだから少年の心配は余りしていないんだ。……けど、女性は」)
 女性に同情を寄せながらも、手元のイグニッションカードを見つめたセドリックは、それを持つ指先に少しだけ力を入れた。

 やがて2人のいる場所の傍まで近づいた能力者達は、分散して待機するためにそれぞれが移動を開始する。
「少年も女性もお互いに依存しています。いかに女性に理性が残っていても相手を不安がらせるような事は謹んでくださいね」
 舞岳・貴乃子(白茸姫・b63893)はそうして離れる前に、最初に2人と接触する者達へ注意を促すような言葉を残していった。その姿を見送ってから満星・あまね(トゥインクルトーク・b66248)が近くにいた皆月・弥生(夜叉公主・b43022)へと呼びかけると、彼女は静かに頷きを返す。
(「救うとか、助けるとか。本人達がそれを望んでいなかったらどうなるのかしら。……そんな言葉は私達から見た考えの押し付けになってしまうでしょうね」)
 目を閉じながら思考を巡らせた弥生はそこで姿を消し――代わりに黒い影のようなものがあまねの中へと入っていった。
「誰も悪くなんてないけど、二人の世界を壊します」
 ごめんなさい――弥生を宿らせたあまねは最後にそう呟き、前へ足を踏み出す。
 自らの言葉を、現実にするために。

●進む者、留まる者
「っ!?」
「……誰?」
 草木を掻き分けて現れた希平とペシェ、あまねに対し、2人の強い警戒の視線が向けられる。
「こんにちは。わたしは満星あまねって言います」
 それでも出来るだけ2人を怖がらせないようにと柔らかな口調で挨拶をし、あまねは女性の方を向いて話を切り出した。
「突然でびっくりするでしょうけど……あなたの身体のことでお話があるんです。血液不足の理由について」
 その言葉が発せられた瞬間に女性が小さく肩を震わせたのを見て、あまねはまずは少年を遠ざけようと優しく語りかける。
「……お姉さんだけにお話したいので、少し席を外してもらえますか?」
「この子がお姉さんと話があるんだ。込み入ったことみたいだし、席をはずそう」
 彼女の行動を助けようと希平がさらに言葉を続けるが、突然のことに少年は戸惑うばかりだ。
「え、でも……」
「……大丈夫。その人たちと行って」
 困惑しながら女性を見つめた少年だったが、女性もまた、ゆるゆると首を振ると少年に離れるように言った。
「その間、ペシェとあそぼ?」
「う、ん……じゃあ、行くね?」
 ペシェに促され、少年はまごつきながらも希平や彼女と共に去っていく。
 森の中に姿を消すまで、何度も、何度も女性の方を気にしながら。

「今のところはうまく行っているみたいですね」
 その一連の様子を木々の向こう側から見守りつつ、小さな声でセドリックが呟く。
「このままうまく行けばいいのですが……頑張ってください」
 それを僅かに離れた場所から聞き取ったセイルーンも、祈るように手を握り締めていた。

「それで、話は何?」
 何の感情も映し出さずに問いかけてくる女性の顔を見つめ、あまねはゆっくりと口を開く。
「リビングデッドである貴女を倒すために来ました。今はだいじょうぶでも、心と身体の腐敗が進めば、いつか必ず正気を失って少年を食べてしまうから」
「どういう、こと?」
 女性の問いに、あまねはリビングデッドがどういった存在であるか、最後にどうなるのかを話し始めた。話が進んでいくうちに女性の表情が驚きに染まっていくが、彼女は言葉を続ける――大事な目的を理解してもらうために。
「でも、彼を巻き込むのはわたしたちも本意では無いです。だから、眠らせて遠ざけても良いですか?」
 女性が理性を失わないことを願い、あまねはまっすぐに眼差しを向ける。それを見つめ返した女性は少しの間思案を巡らせていたようだったが、やがて静かに頷くと「ねえ」と逆に問いかけてきた。
「あなたは今、『わたしたち』と言った。でも、さっきの2人はあの子と行ったはず」
 もしかして、他にも誰かいるの?
 女性からのその問いかけにあまねはどう答えるかを考える。
 まだ、女性は推測で聞いているに過ぎない。疑いを深めないために真実を話すべきか、有事のために事実を伏せるか――
「……皆月センパイ、出てきてもらえますか? それからみなさんも」
 しばらくの後にあまねが出した答えは、女性に真実を話すことだった。その声に応え、彼女の中から弥生が現れ、周囲で様子を窺っていた仲間達も姿を現す。
 女性はかすかに驚きに目を見開いたものの、すぐに何事もなかったかのような表情に戻った。だが、その瞳に僅かばかりの悲しみが宿っているのを見た月白は、仲間達より一歩前に進むと彼女に語りかける。
「あなたは外界に心を閉ざす少年の現状と、負の衝動が抑えられなくなりつつある自身の現状を感じ取りこのままではいけないと思っているはず」
 違いますか、という月白の問いかけに女性は明確な答えを返さない。彼に続くように、次は貴乃子が彼女に呼びかけた。
「こういったことは、貴女だけではありません」
 そうして貴乃子は自分が知る悲しい事件を話し、リビングデッドの危険性を訴える。その上で彼女がマヨイガという『可能性』について話そうとすると、女性は「もういい」と話を打ち切った。
「あなたたちの言い分はわかった。……でも、私はここにいたいの。あの子と、この場所は……私が求めてやまぬものだから」
 自らの意思をはっきりと能力者達に告げた女性が彼らを拒むようにその掌を向けると――あまねと弥生の近くにあった紅葉が一斉に舞い上がり、彼女たちを次々に切り裂いていく。

 もう、話し合いで彼女を理解させることはできない。
 それを悟った能力者達が各々の武器を構えたその直後、少年と共に行動していたペシェが戻ってくる。
「……戦うしか、ないんだね」
 傷ついた仲間の姿を見て説得の結末を理解したらしい彼女は、寂しそうにポツリと呟くと両手に結晶輪を出現させてぎゅっと握り締めた。

●人の想い、屍の渇望
 その頃、希平と少年は彼らから離れた場所に留まっていた。ただし、少年は希平の竜巻導眠符によって眠りに落ちてはいたが。
「もう、始まったかな」
 仲間達の元へと戻っていったペシェの向かった方を見つめ、希平は遙か先の戦場を思い――ごめんな、と眠り続ける少年に静かに詫びる。

「この道がまだ未来へと続く道となりうるうちに、すべてを終わらせましょう」
「はあああぁぁぁーっ!」
 瞳に文字列を浮かばせ呼びかけた月白の声と、自らを強化しようと気合のこもった叫びを上げた貴乃子の声を皮切りにして能力者達は一斉に動き出した。
「貴女は既に人の身を外れている、だからあの子とは一緒に歩けない」
 事実を突きつけながら強い視線で女性を射抜く弥生の傍をすり抜け、女性に肉薄したセドリックが剣を握った拳を振り上げる。
「貴女に心があるなら、気持ちを残していくのは辛いだろう。……それでも僕は、貴女を終わらせるために剣を握るんだけどね」
 そのまま振り下ろされた拳はオーラを伴って女性へぶつかり、彼女は衝撃でたたらを踏んだ。それを待っていたかのように、今度はその足元から風が巻き起こる。
「お姉さん、彼はこれからお友達と遊ぶ楽しさを知ることだってできるんです。どうか彼の未来に待つ幸福を、誰よりあなたが信じてあげて」
 あまねの切実な訴えと共に風は強くなっていき、やがては女性を浮き上がらせた。そして、そのさらに後ろから悲しげに女性を見つめたセイルーンもまた、同じように強烈な風を起こして女性の足止めを図る。

 それでもどうにかその強風から逃れた女性は、瞳に深い悲しみを宿すとその目線を貴乃子へと向けた。自身の内部を蝕まれ、顔を歪める貴乃子――だが、その苦しみがふっと和らぐ。
 辺りに視線を走らせれば、ふわりふわりと周囲の落ち葉を共に舞わせながら、赦しの舞を舞うペシェの姿があった。
「ねえ、あの子は無事?」
 同じようにペシェに視線を向け、女性が問いかける。すると、舞を終えた彼女は女性の目を見つめ返して静かに答えた。
「……うん、無事だよ」

 ――ヨカッタ。コレデアノコカラチガモラエル。

「嘘、今のは……」
 その瞬間にせりあがってきた歓喜と衝動に愕然となり、立ち止まった女性に弥生は強い眼差しを向ける。
「同情はする、でもやるべき事は変わらない。貴女を、滅ぼす。それを躊躇って少年や他の誰かが犠牲になれば、私は一生後悔するから」
 鋭い視線に込められた怨嗟の力によって体の内側を強く切り裂かれ、女性の体勢が崩れた。そこにすかさず貴乃子が声を上げる。
「友よ、彼女に寄生しその動きを止めてくれ……」
 その直後に発動したパラライズファンガスが女性の動きを戒めたのを見て、視線を交わした月白とセドリックが動きを合わせて攻撃を仕掛けた。
「貴女に雪ぐ罪などないと思うけど。まだ、大きな傷を残したくないって子がいるんだ」
 先に女性の懐に踏み込んだセドリックは、強い思いを込めた拳に断罪のオーラを纏わせて突き出す。その攻撃で僅かにのけぞった女性に、続いて迫るのは月白の蹴り。
「ごめんなさい。ですが、ここは生者の領域。死者の貴女は在るべき場所へと還らなければいけません。そして、あの少年も」
 言葉とほぼ同時に、蹴りが三日月の軌道を描くように閃き――それを真正面から受けた女性の体は僅かに浮き上がったあと、重力に従って地に落ちた。

「少年は貴女がいてくれたから、笑顔を取り戻せたんですね」
 そのまま起き上がらなくなった女性の傍に駆け寄り、セイルーンは再び命が失われつつある女性へ語りかける。
「でも、彼はこれからも生きていきます。貴女とは……違います。
 だから、少年のこと、天国で見守ってあげて下さい。貴女の気持ちは、きっと少年に届けますから……」
 手をぎゅっと握りながら伝えられた言葉に応えるように、女性はわなわなと唇を動かし始めた。
「それ、なら、あのこに、つたえて――」

●最期に託されたもの
 震える声で言伝を残した女性が完全に沈黙すると、セイルーンは「I appreciate you」と女性に囁いてから立ち上がった。そして、能力者達はその亡骸をセドリックが用意したビニールシートへと丁寧に横たわらせる。
(「もう、少年が出会った時の姿とは全然違うんだろう」)
 女性の傍らにしゃがみこみ、その顔を覗き込んだセドリックはそれでも出来るだけ女性を綺麗にしてあげたいと彼女に付着した血や泥を拭った。その隣に弥生も並び、彼と同じように女性の身支度を整えていく。
「友達を与えられて取り上げられる、か。……これも運命の糸だと言うなら、随分残酷な話だこと」
 続く静かな言葉は恐らく少年を思ってのものなのだろう――冷静な動作の合間には、やりきれない思いのようなものが見え隠れしていた。

 女性の身が整うと、彼らはあまねの『隠された森の小路』に導かれるようにしながら女性の亡骸をさらに森の奥深くへ運び込んだ。
「あとは……時間がどうにか、してくれるはず」
 草木に包まれる女性の亡骸を見下ろしつつ呟いたペシェの横では、月白が『女性が遺族の元に戻れるように』としるべになるような遺品がないかを探っていた。
 だが、女性には特別身につけているものはなく――やがて、彼は探すのを断念する。
「貴女が心を通わせた少年はきっと大丈夫。だからどうか安らかに。そして来世では幸せな生を」
 そして、最後にそう語りかけた月白は少しの間だけ黙祷を捧げてから、彼女に背を向けて仲間達と歩き出した。

 ほどなくして仲間達が希平と合流すると、彼は少年を起こそうと呼びかける。
「こんなところで寝てたら風邪ひくよ」
 声をかけられ、優しく揺さぶられながら目を覚ました少年は、周りをきょろきょろと見回してから能力者達に問いかけた。
「……お姉ちゃんは?」
「心配そうにしていたけど、急用で帰ったわ」
 それに対してあまねが申し訳なさそうに答えると、少年は「どうして!?」と彼女に詰め寄る。
「あの人は勇気を出して、自分の居るべき所へと戻っていったんです」
 セイルーンからそう告げられた少年は衝撃で目を見開き、直後、泣きそうな顔で項垂れた。
 だけど、本当に伝えるべきはここから――と、セイルーンは少年の両肩に手を置き、言葉を続ける。
「でも、お姉さんはあなたに『どんなに離れていても私たちはずっと友達だ』と……『友達を作ることを諦めないで』と伝えて欲しいって、言っていました」
「おねえ、ちゃん……」
 セイルーンに託された、女性の最後の言葉。
 それを聞いた少年の目から、涙が溢れて止まらなくなる。

「男だろ、しゃんとしろ。そんなんじゃモテないぜ」
 少年を慰めるようにそっと背中を叩いた希平は、励ましながらゆっくりと彼を立たせた。だが、それでもまだ涙の止まらない少年に、セイルーンは手を差し出して微笑みかける。
 ――これが彼の希望への一歩になってくれることを願って。
「友達に、なってくれませんか?」
 そう言われた少年はしばらく呆然としていたが、やがて手を差し伸べ続けるセイルーンにおずおずと自らの手を重ねて小さく頷いた。
「ねえ、一緒にかえろ」
 そこへペシェが反対の手を取って少年の顔を覗き込む。
 迷いながらも再び小さく頷いた彼の手を引き、仲間達と共に帰り道を歩き始めたペシェは空を見上げながら祈った。

 神様なんてのが、本当にいるならば。きちんとした形で、ふたりをもう一度――と。


マスター:雪野原幸 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2010/11/18
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