対人狼情報封鎖作戦:夢追い闘牛士と


<オープニング>


 ハーブの鉢を蹴りそうになりながら、少年がドアベルの音と共に一軒のバルへ飛び込んだ。
「あ、ディノちゃんおかえり。オリビアもう食べ始めてるわ」
 平らげた一皿を脇へ滑らせ、褐色肌の少女が幼さの残る口調で来客に声をかけた。
「観光客の話聞いてたら時間かかっちゃったよ。オリビア、隣いい?」
 ディノと呼ばれた銀髪の少年に、オリビアがこくんと頷く。返事を確認したディノは少女の隣へ立ち、見慣れた店内を見回した。
 彼やオリビアと同じカウンターには、闘牛士の衣装を纏った青年がいる。顔を伏せたまま微動だにしない。そんな青年へ、小さくしたトマトと生ハムをフランスパンに乗せて、カウンター越しに店主が差し出した。気配と匂いで気付いたのか、黒髪の青年が気怠げに顔をあげ渡されたパンを頬張る。
「むぐむぐ。フアン、酒くれ。あいつら俺様をバカにしやがって! こうなったら飲んでやる!」
 店主が微笑んで置いたワインを、黒髪の青年は一気に胃へ流し込む。
「まだその歳で見習いかとか、学校行かずに正闘牛士になれるわけねえとかよぉ……」
「おっさんならなれるって! そしたらおれ、助手やるからさ」
「なんだいカルロス、珍しく弱気じゃないか。腹が減ってはなんとやらだよ、これ食べなっ」
 黒髪の青年を宥めるディノに続き、バルの奥から筋肉質ながらも細身の女性が出てきて声をかけた。両手で持った大きな鉄鍋からは、もくもくと湯気が立ち上っている。
 不貞腐れていた青年カルロスは、それまでの表情が嘘のように瞳を輝かせた。
「待ってたぜギャビー。おいお前ら、パエージャは俺様が一番に頂くかんな!」
「カルロスの旦那、今日も絶好調っすなぁ」
「ガブリエラ、結社長にさっさと食わせて黙らせてやってくれー」
 店内に響く笑い声は、今日も賑やかだ。
 そして、パエリア鍋が空になった頃、店主のフアンがBGMをオフにする。同時にディノとオリビアがカウンターを離れ、シエスタシエスタ、と手を取りくるりと舞った。
「おっさん! 皆で一緒におれんちでシエスタしよ」
「おおお俺様の家がシエスタ禁止一家だと知ってるだろおお!」
「あ、忘れてた。じゃあまたあとでね! オリビア、皆、行こう」
 ディノは満面の笑みでそう言い残し、オリビアの手を引いて店を飛び出した。
 年少組の微笑ましい姿を目に焼きつけ、店内にいた客も次々外へと出て行く。
 不意に、カルロスの肩をガブリエラが撫でるように叩いた。
「あたしの嘗ての夢も、アンタが一緒に連れてってくれるんだろう?」
 ああ、と瞳を眇めたカルロスにガブリエラは歯を見せて笑う。
「なら、頑張りな。試合なんて山ほどあるんだ。あたしはあたしのやり方で応援するよ」
 片づけを済ませたガブリエラも、カルロスの頬に付いた米粒を指で摘むと、軽い足取りでドアへ向かった。
「では、僕も失礼します。カルロス、明日も明後日も、その次もまだありますよ」
 優しく落とした言葉の返答も聞かず、フアンは店の裏口へ姿を消す。
「……わかってるっつの。何歳からでも夢は見られるんだからな!」
 誰にでもなくひとりごちて、カルロスは頭を掻く。
 つい先ほどまで賑わっていたバルのドアを押し開ければ、意気揚々と鳴るベルの音だけが、人のいない店に響いた。


「フェンリルとの決戦お疲れ様〜。おかげで人狼勢力のヨーロッパ侵攻が不可能になったんだ」
 井伏・恭賀(運命予報士・bn0110)は、そう報告すると順を追って状況を確認した。
 これまでの活動により、処刑人やヤドリギ使い、狼使い・ローラといった頼もしい協力者も存在する。
 機は熟した。
 すべての人狼騎士を、ネジの支配から解放する大作戦の決行が迫っている。
「ただ、準備が整うまでちょっと時間が要るんだよー」
 その間、『処刑人やヤドリギ使いたちが、銀誓館側に手を貸そうとしている』という情報が人狼勢力へと伝わってしまう恐れもある。準備が整うまでは、情報が露見するのを防がねばならない。
 人狼騎士の多くは拠点にいるが、全員が拠点に篭っているわけではない。情報収集などを目的とした結社が、ヨーロッパ各地に点在しているのだ。その結社を制圧するのが、今回の任務となる。
「だから能力者さん。ヨーロッパへ渡ってほしいんだ」

 場所は、スペインの首都マドリード。
 喫茶店とも軽食屋とも呼べる店『バル』が欠かせないスペインの日常生活ゆえか、バルは一つの町に何軒も存在する。そのうちの一つ、『Aullido』という看板を掲げている街角の店が、今回向かう結社の拠点だ。
 街中のため通りには人も多い。地元の住人や観光客も時折訪れるが、基本的に店内の殆どを占めているのが結社員――つまり人狼騎士ばかりとなる。
「能力者さんが到着するのは、シエスタ……昼寝の時間に当たるお昼過ぎなんだよ〜」
 シエスタの時間、通りの人影が忽然と消える。
 全くいなくなるわけではないが、昼食を楽しむために帰宅したり、気心知れた仲間と開いている店で過ごす人が多いのだ。近年はそうでもないが、実際に昼寝をする人もいる。
 結社員たちも思い思いの場所へ出ているため、バルにも人はいない。
 結社員たちがバルへ戻るのも時間差があり、店の近くに住むフアンとガブリエラが真っ先に戻り、少ししてから、ディノの自宅で一緒に昼休みを過ごしていたオリビアたち結社員が入店。
 シエスタの後、一番遅れてくるのは結社長のカルロスだ。
 得た情報によるとカルロスは見習い闘牛士で、皆がシエスタでゆっくりしている間、人知れず特訓に励んでいるため、一番戻るのが遅れるようだ。人知れず、というのはカルロス本人が思っているだけで、仲間は全員それを把握しているのだが。
「シエスタの時間に店へ入って待ち伏せるか、全員が店に揃ったあと客として入るとかが良いかもだね〜。その辺の作戦は能力者さんに一任するよ。あ、でも戦いに入る前に感づかれて逃げられないよう気をつけてね」
 結社員は全部で8人。全員クルースニクだ。
 真クルースニクは、名前の挙がったカルロス、フアン、ディノ、ガブリエラ、オリビアの5人のみ。
 結社員は皆、人狼騎士の誇りを持っているため、アビリティも武器もクルースニクのものだけを使う。
「あ、結社の人達は全員拘束してね」
 全員捕らえる必要がある。だが、やむを得ない場合は最悪、殺してしまっても仕方が無いだろう。
「捕らえた人狼騎士は、ヨーロッパの巡礼士の人達が預かってくれるから大丈夫だよ」
 そこまで話し終えると、恭賀は集まった能力者たちの顔を見回す。
「いってくるですよ! ちゃんとお仕事してくるのです」
 大人しく聞いていたセタ・オルティス(西の六花・bn0299)が、拳をぐっと握り答える。
 頷いた恭賀は、最後に笑顔で彼らを見送った。
「いってらっしゃい、能力者さん。ただいまを聞かせてね、必ずだよ」

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参加者
観月・咲夜(炉心・b00323)
不利動・明(大一大万大吉・b14416)
円・未都(不撓不屈ハンドメイド手袋娘・b20117)
皇・紅蘭(シニカルムーン・b40928)
桐真・響(アゲート・b56476)
八重垣・日鷺(中学生符術士・b62091)
四紀・更紗(番犬命の真狐・b74691)
サナ・ライフコート(フェイタルムーブ・b77145)
NPC:セタ・オルティス(西の六花・bn0299)




<リプレイ>


 春を待つ空は澄み渡り、塗りたくられた晴れやかな青が、街の日常を当たり前のように見下ろしている。
 スペインの首都マドリード。
 銀誓館学園の能力者が訪れたのは、観光地としても人気の高い街だった。
「この雰囲気がたまらないよねぇ」
 鼻歌交じりに街を歩く桐真・響(アゲート・b56476)は、脇に挟んだ旅行本を時折開きながら、町並みを堪能していた。
 日常会話の本を手に辺りを見回し、携帯カメラで景色を撮るのは円・未都(不撓不屈ハンドメイド手袋娘・b20117)だ。
「やっぱりというか、通りには人があまりいないね」
 シエスタと呼ばれる、いわゆる『昼寝』の時間。首都だというのに通りは静かなもので、たまに地元住民や観光客とすれ違うぐらいだ。恐らく殆どの人は家か開いている店で、家族や気心知れた仲間と過ごしているのだろう。
 人気こそ少ないが、目的のバル『Aullido』の看板を発見するのに、然して時間はかからなかった。
「こじんまりとしたお店ね」
 皇・紅蘭(シニカルムーン・b40928)が思わずそう呟くほど、決して大きいとは言えない街角の建物だ。
 ふと現地時間に合わせた腕時計を見遣り、八重垣・日鷺(中学生符術士・b62091)はそろそろシエスタが終わると仲間に知らせた。
「シエスタが終わり次第、入るとしよう」
 客として入る班の不利動・明(大一大万大吉・b14416)が、同班の仲間を振り返り告げると同時、店の裏側を子どもらしい好奇心で周っていた四紀・更紗(番犬命の真狐・b74691)と、彼女に腕を引かれたセタ・オルティス(西の六花・bn0299)が戻る。
 息を切らした二人に、サナ・ライフコート(フェイタルムーブ・b77145)が首を傾いだ。
「大丈夫でしたかぁ?」
「あのね、フアンさんに会った!」
「会ったです!」
 目を輝かせる二人に対し観月・咲夜(炉心・b00323)は心配そうに目を細め、それで、と尋ねる。
「開いていた窓があったから覗き込んでたらね、ちょうどお店に戻ってきたみたいで……」
「……みたいで?」
「こんなとこに子どもだけでいたら危ないですよ、って!」
 親元へ戻るよう促されたらしい。フアンはそのまま裏口から店へと姿を消したようだ。
 そのとき、バルのドアに人影が映った。店主のフアンだ。シエスタの時間を記した紙をドアのガラスから剥がし、店の奥へと戻っていく。開店時間を迎えたのだ。
「では行こうか」
「はい、先生」
「大事な作戦ですから、がんばりますよぉ」
 引率役である明の後を、紅蘭とサナが真っ先についていく。結社員が七人揃ってからと思ったけど、と口元に手を添える未都や響も、すぐに彼らを追った。
 ドアベルが来客を知らせる。橙の灯りが降り注ぐ店内は、優しいダークブラウンの家具で統一されていた。カウンター越しに来客へ挨拶を向けた青年は、見慣れぬ顔に目を瞬かせた。
「おや、観光の方ですか」
 しかし怪訝そうな様子もなく、時折いらっしゃるんですよねぇ、と至って穏やかで。
 見晴らしの良い席を確保した未都が、仲間を手招く。物珍しげに店内を見回し、携帯カメラで次々撮影する観光客に、店主は苦笑した。
 そして手書きのメニューをフアンから手渡された明の元に、店内を撮っていた仲間達が集う。
「お勧め料理がいいね」
「甘いもの食べたいんだよ!」
「一番美味しいお茶をお願いしますぅ!」
 次々と口から出る子ども達の要望を受け、フアンが厨房へ幾つか言葉を投げた後、カウンター内で手を動かし、テーブルへ飲み物を持ってくる。カカオの香りが漂う温かいチョコレートドリンクと、日本ではカフェラテで馴染んでいる飲み物だ。
 お好きなものをどうぞ、と微笑むフアンに重なり、再びドアベルが鳴る。
「……ねえディノちゃん、オリビアの知らない人」
 仲良く揃って入店してきた五人は、雰囲気からここの結社員であることが見て取れる。
「観光客じゃん、よくつかまえたね!」
「つかまったですぅ?」
 躊躇いなくテーブルに近づき、顔を覗きこんできた少年ディノに、サナが首を傾げた。後ろで「また始まったぞ」と笑っている三人の男性が、ルシオとパンチョ、ラファエルだろう。
 何処の人、いつからこっちにいるの、などと質問をマシンガンの勢いで投げてくるディノに、紅蘭や響が観光客らしい答えを返していると、パエリア鍋をテーブルに置いた女性――ガブリエラがディノを小突く。
「ごめんなさいね、好奇心旺盛な子で」
「良いことだ」
 そう返しながら、明はメールの送信ボタンを押下した。


 一方の後詰め班は、増える人通りの中で過ごしていた。
 地図やパンフレットで辺りを確認する姿は観光客そのもので、興味を示したらしい黒髪の男性が声をかけてきた。
「ニホン人か?」
 日鷺たちが頷くと闘牛士姿の彼はニヤリと笑う。不敵な笑みに思わず警戒すると。
「ギャビーの料理目当てか? それともフアンのチョコラータ狙いか?」
「「え?」」
 自信たっぷりな様子で胸を張る男性に、後詰め班はきょとんとした。
「何にしてもここを選んだのは正解だぜ。なんたって俺様が好きな店だからな!」
 話が長くなりそうなので咲夜が、もうすぐ集合時間だと話を切り上げると、男性は少しばかり残念そうにバルへと入っていった。
「今のがカルロス、さん……?」
「だと、思う」
 日鷺の問いに咲夜が不安げに呟く。
 直後、彼らの元へ届いたメールは店内からの報せだ。顔を見合わせ頷いた能力者たちは、バルが入っている建物の横道へ入った。咲夜はモーラット、日鷺はケットシー、更紗はケルベロスベビー、セタは蜘蛛童を呼び出し、物陰や窓の下に隠して。
「外と中だけど一緒に戦うよ、お願いね、ケルベロス!」
「セタ。裏口へ」
「はいです」
 咲夜とセタは裏口へ走り、日鷺と更紗がタイミングを見計らって店のドアを押し開けた。
 彼らの突入と同時に、店内にいた仲間がイグニッションカードを掲げ起動する。それまで日常の波に呑まれていた結社員たちも反射的に構え、漸く事態を把握した。
「……なんだテメェら。何しにきやがった」
 闘牛士の衣装を纏った青年カルロスが能力者を睨み付ける。
「突然でごめん! 僕は桐真響、訳あって君らの邪魔しに来たよ!」
 響が窓を背に声を張り上げる自身を強化する間に、更紗が幻楼七星光で仲間を援護する。
「出てきて! げんえいへいだ〜ん!」
 戦旗を振り回したサナが幻影兵を呼び寄せ、紅蘭の呼び寄せた幻夢のバリアが仲間を包む。そして未都の生み出した魔法の茨は、クルースニク三名に食らいつく。締め上げる力に苦痛を訴えるルシオたちを振り返り、ディノが獣爪を構え雄叫びをあげる。
 真っ先に飛び掛ってきたディノの一撃を受けながらも、明はクルースニク三名の元へ駆け寄り、黒き影を纏った長ドスを振り下ろす。
 ――この作戦が成功すれば、一大作戦も可能となる。しっかり決めねばな。
 決意を新たにぶつけた力は、詠唱ライフルを持つラファエルをふらつかせる。裏口から突入していたセタが氷雪の竜巻で戦場を覆い、咲夜はわき目もふらずにラファエルを赤い影で引き裂いき、膝を折らせた。
 ――少し、強引ではあるけれど。
 人狼たちが自身を強化するのを見つつ、日鷺は殺傷能力の高い呪符を手に取る。能力者として全力で努める。その意志は、揺らがない。
「誇り高き人狼様方、一勝負お願いいたします」
 投げられた呪符は、パンチョに容赦なく痛みを与えた。


 日常が一変したバルの店内に、戦の音が散らばり始めてから、そう時間は経っていない。
 猛攻に耐えかね倒れたパンチョとルシオを庇うように立つガブリエラ目掛け、未都の森王の槍が飛ぶ。
「もうすぐ、ネジの呪縛から解き放ってあげられるから」
 何言ってんだい、とガブリエラが彼女を十字架型の文様で追尾し、弾丸を撃ち込む。響き渡る銃声が真クルースニクの凄まじさを見せ付ける。しかし能力者たちとて、力では負けていない。
 明の蒼の魔弾が、ライフルで仲間を苦しめてきたガブリエラを叩く。全身を伝う痛みに、手近な椅子を支えにし損ねてガブリエラが尻餅をついた。手足に力が入らない彼女に、もう余力は残っていない。
 同じ戦場でないと祈りも通じないため、建物の外から窓から覗き込んで主人を援護する使役ゴーストたちを一瞥し、ガブリエラは思い出したように結社長の名を叫んだ。
「カルロス、アンタは退避して……ッ」
 しかし嗄れた叫びは、ぶつかる武器や技の音に掻き消される。
「メア君、蹴散らして!」
 白きナイトメアを紅蘭が疾走させれば、狭い店内の人狼たちが次々なぎ倒していく。紅蘭に続く形でセタが氷雪を巻き起こし、蜘蛛童のパレハが糸でフアンの腕を絡めとろうとする。
 粘り気のある糸を易々と振り払い、フアンは魔氷の脅威を這わせた長槍で明を突く。続けて明へ飛び掛ったカルロスの一手を、間に割り込み引き受けたのは響だ。両手の電光剣で、同じ二刀流であるカルロスの剣を抑える。
「僕が相手じゃ不満かい?」
 摩擦で生じる甲高い音が転がる中、不敵な笑みを響が向ければ、カルロスも負けじと口角を吊り上げた。
「嬢ちゃんこそ」
 睨み合う二人の脇、オリビアが窓から見える使役ゴーストたちをじっと見つめていた。徐にあげた腕で窓辺を指差し、近くにいたフアンの袖を引く。
「……フアンさん。オリビア、もふもふ欲しい」
「駄目だよっ」
「あげられませんね」
「ああ」
 もふもふに該当する使役ゴーストの主、更紗、日鷺、咲夜が彼女の要望を却下した。えー、と不満そうに褐色の頬を膨らませて、オリビアはフロストファングで更紗を狙い定める。
 ケルベロスベビーの祈りを受け、更紗は狐の耳と九つの尻尾を生やした。滾る妖力は制御できぬままフアンを追撃する。止め処なく注ぎ込まれる痛みは、それまで表情を歪めることもなかったフアンに、敗北の味を知らしめる。
 ガブリエラ、フアンという結社の中でも年長に分類される二人が倒れたことで、ディノとオリビアに衝撃が奔った。
「カルロスのおっさん! ここは一旦引こ!」
 明を獣爪で引っかきながら、ディノが叫ぶ。そんな彼らを見て日鷺が馳せるのは、仲間を庇い、思いあう結社員たちの姿。
 ――私達と同じ、どこにでもある景色のはずなのに。
 それを気付かないうちに利用するネジという存在、そしてネジを埋めた存在への憤りを、日鷺が露にする。主の感情を察したのか、ケットシーが落ち着き払った様子で魔力を供給し、傷ついた明を癒すべく日鷺は治癒の祈りを込めた呪符を生み出す。
 引くことを提案したディノに、身動きの取れないルシオたち結社員も同意を示した。
「さすが賢明な人狼、命さえ足し算引き算か」
 咲夜が、倒れた仲間の未来を示唆するように言い放てば、ディノはキッと彼をねめつける。だが咲夜は怯むことなく、真の願いを胸の内に秘めたまま表情に冷徹さを浮かべ続け、カラミティハンドでカルロスを引き裂く。
「きゅ、きゅ!」
 咲夜のモーラット、ムースもカウンターの陰から顔を覗かせ、うんうんと頷くように鳴いた。
 できれば殺したくない。
 それは、ここにいる能力者の誰もが願うことで。
「カリストさんたちにも報告しなきゃ! そうだろ!?」
 少年の口から聞き覚えのある名を耳にした途端、能力者たちは苦みを噛むように顔を歪める。
 ――カリスト、か。
 明は一瞬だけ瞼を伏せ、未都はフェンリルの脅威を退けてここまできたのだと、ぐっと拳を握り締める。
 だが、まずはこの作戦を成功させなければと皆すぐ我に返り、咄嗟に響が機転を利かせた。
「お仲間見捨てて逃げるかい? 騎士の志を見たかったけど、ざんねーん」
 誇りをもつ相手へ向けるには、あまりに酷な言葉だ。それが解っているからこそ、響は諦めたような顔色で告げ、セタも「残念なのです」と同意しながら氷雪を呼んだ。
 言いたくはなくとも仕事だ。やるべきことを優先する響の態度に迷いはなく、ゆえに人狼たちも彼女の言葉に苛立ちを覚えた。
 すかさずサナが口を挟む。
「……本当は仲間を置いて逃げたくないですよねぇ?」
 逃げろと迫るディノたちとは反対に押し黙っていたカルロスが、サナが投げかける真っ直ぐな想いに眉根を寄せる。
「心に嘘付くのは駄目ですぅ。夢や誇りはその先にあると私は思いますよぉ」
「ふ、ははははは!」
 いきなりのけぞり笑い出したカルロスに、結社員たちが目を見開いた。
「嬢ちゃんの言う通りだぜ。それにな、俺様は正闘牛士になる男だ!」
 握った長剣をかざし、カルロスは魔氷の力を添えて未都を斬る。裂けた痛みに目を細めながらも、未都は彼の言葉を耳にして心なしか安堵を覚えた。
「闘牛士が戦う相手に背を向けたんじゃ話にならねぇ!」
「ふーん、殊勝なことを言うのね」
 紅蘭が緑の瞳を眇め、カルロスの発言にそう呟いた。
「嬢ちゃん、素直に俺様がかっこいいと言え!」
「そこまでは別に思ってないんだけどねぇ……」
 えばったカルロスに、紅蘭がナイトメアを召喚しながら答える。そして直後には白き馬が駆け抜けた。
 これだからおっさんは、と愚痴を零しながらも嬉々としてディノが明へ襲い掛かり、反撃とばかりに明が黒影を纏った刃でディノを討つ。崩れたディノを庇うように立ちはだかったオリビアが、響と得物を交えるその後ろで未都が護符を手に、祈りを集める。
「大自然の宿木の慈悲と棘の拘束の力、私達に貸してね……!」
 そう告げ模った植物の槍は、躊躇いなくカルロスを貫く。
 だがそう簡単には倒れない彼へ、ケルベロスベビーの祈りにより封術から解放された更紗が天妖九尾穿を放つ。叩きつける九尾の勢いに押されながらも、カルロスは退路となる裏口方面へは目もくれない。
 サナが腕を広げ幻夢の守りで仲間を癒す中、咲夜の振りかざした黒影剣が、カルロスに辛うじて残っていた体力を奪い取った。
 床へと落ちるカルロスを目の当たりにし、オリビアが眉尻をさげる。地を蹴り、獣爪にありったけの想いを込めた少女の一撃を、濃緑の榊が受け止め威力を削ぐ。それでも伝わった痛みは激しく、やや表情を歪めながら榊の持ち主日鷺は、禍々しい呪符をオリビアへと突きつけて。
「先へ進むためにも、今は」
 呪殺符が最後の人狼から、立ち上がる力を戦意もろとも消し去った。


 すっかり身動きの取れなくなった人狼たちを拘束した能力者は、ヨーロッパの巡礼士が来るのを待つ間、散らかり荒れてしまった店内を片付けだしていた。
「無事に役目も果たせたかしら。早く学園へ報告に帰りましょう」
 椅子を起こした紅蘭がそう促し、ある程度元の姿を取り戻したバルを後にする。
「全部済んだら一緒にお茶飲みましょうねぇ〜」
「ネジ抜き終わったらパエージャ食べさせてほしいな!」
 サナと更紗の言葉が届いたのか否か。
 カランコロンと鳴ったドアベルの向こうで、人狼たちは無言のまま招かれざる客を見送った。


マスター:鏑木凛 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2011/03/17
得票数:カッコいい4  ハートフル10 
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