末期の水


<オープニング>


 淡黄褐色の毛衣に散った斑点が、目玉のように辺りを睨みつけていた。
 殺気を放ちながらも崩れない堂々たる佇まいは、獣とも人とも取れる姿を二つの色で飾る。獲物を狙う獣の色。そして戦士としての色で。
 獣人と呼ぶに相応しい、豹を思わせる群れが奇妙な武器を持ち、山麓の森を闊歩する。草花を惜しみなく踏みにじり、彼らを恐れ隠れてしまった動物たちには目もくれない。
 先頭に立つ黒豹の獣人が、突如歩みを止める。葉から零れた露が、黒豹の鼻先にかかったのだ。垂れる雫を舌で掬い、黒豹はくいと顎を動かし、群れの方向を転換させる。
 唸り声すら漏らさずに、群れは歩み続けた。黒豹が導くままに。


「北海道の大雪山に向かった能力者さんたちから、連絡が入ったのは聞いてるね〜?」
 常と変わらない様子で井伏・恭賀(運命予報士・bn0110)が口を開いた。
 鳥頭の人狼騎士は、息を潜める原初の吸血鬼を討伐するため大雪山にいた。人狼騎士が探していたその原初の吸血鬼は、配下がすべて抗体ゴーストになっているらしい。
 それだけならまだしも、銀誓館学園への対策として拠点の守りを固め、同時に天人峡温泉の宿を制圧して利用するつもりでいるようだ。
 なんとしてもそれを食い止め、元凶である原初の吸血鬼を倒さなければならない。
「俺から君達に頼むのは、大雪山の麓ら辺を警戒してる獣人の群れなんだ」
 原初の吸血鬼の配下でもある獣人。抗体ゴーストというだけでも強敵になるが、今回の敵は、リーダーを中心に群れを作り連携してくる。戦うには厄介な相手だ。
「原初の吸血鬼を倒しても、配下のゴーストが消えてくれるわけじゃないんだろう?」
 神谷・轟(真ゴーストチェイサー・bn0264)の質問に、恭賀が静かに頷く。
「なら尚更、群れを放っておくわけにはいかねぇな」
 そういうこと、と答えた恭賀は次に獣人の群れについて説明を始める。

「群れは全部で六体。うち五体が黄色い豹で、一体が黒豹の獣人だよ」
 先頭を歩く黒豹が、群れのリーダーだ。
 そのからだに埋もれてしまいそうな漆黒の槍を持っているのだが、この槍からは止むことなくぽたぽたと黒い水が垂れ続けている。攻撃を受けると同時、傷口から染み入るこの黒い水は、相手の身体を侵食してしまう。
 他に、槍を頭上へ掲げてくるくると振り回し、衝撃波にこの侵食する液を乗せて飛ばす技も使う。衝撃波は、彼を中心に広範囲へ散る。侮ると痛い目を見るだろう。
「それ以外に攻撃方法はないけど、リーダーを守ろうとする部下の群れも面倒かもだねー」
 部下である黄褐色の豹の獣人たちは、二体が斧、三体が剣を所有している。
 斧使いは敵と遭遇すると最前線に立ち、リーダーや仲間を守る壁と化す。
 また、群れの中でも動きが荒々しく、力任せに斧を振り回して攻撃してくる。自らを軸に独楽のように回転し、斧で近くの敵複数を切り裂く技は、追撃を伴うため油断ならない。
「あとガオーッってものすごい咆哮も厄介だよー」
 斧使いの豹は鳴き声も荒々しく、咆哮は一直線に戦場を駆け抜け、そこに立つ者すべてを痛めつける。直撃を受けると、気絶してしまうので注意が要る。
「咆哮で気を失っちゃった人がいたら、剣を持った豹に気をつけてね」
 剣を握る豹の獣人は、目にも留まらぬ速さで振るった剣から、鋭い旋風を放つ。
「旋風の風圧で傷がたくさんできるんだ。僅かに遅れて痛みがくるよ。まるでかまいたちみたいに」
 傷だけならまだしも、この旋風は暗殺の効果も持ち合わせていると恭賀は言う。
 先ほど「気絶したら気をつけて」と彼が話したわけは、ここにある。
 この旋風は、近しい相手一体にのみ向けられる。威力こそ高いものの、範囲の狭さは幸いといったところだろうか。
「……で、万が一こっちがやられそうになった場合なんだけど」
 恭賀は、能力者たちの形勢が不利になった状況のことを話し始めた。
 獣人の群れは、逃げ出す相手を追いかけることがない。撤退は難しくないだろう、と。
「今回の獣人は強敵だし連携もするけど、能力者さんたちだって強いし連携じゃ負けないよ!」
 ぐっと拳を握り、恭賀は能力者たちを見回した。
 彼らの連携を上回る連携を行えば、勝機は見えてくる。敵を侮らなければ大丈夫だ。

 そこまで説明を終えると、ここからは戦闘後の話だけど、と前置きをして恭賀は再び口を開いた。
「できればでいいんだ。余力があったら、原初の吸血鬼の警戒活動に当たって欲しいんだよ」
「……警戒活動?」
「うん。拠点で原初の吸血鬼を撃破できてたら問題ないんだけど、逃げてくる可能性もあるし」
 或いは、最初から拠点にいない可能性もある。
 いずれにせよ、原初の吸血鬼は何処かへと逃走を試みるだろう。ここで逃がしてしまうと意味が無い。なんとしても逃亡を阻止し、原初の吸血鬼も倒さなければならないのだ。
「大変な任務だけど、能力者さんたちにしか出来ないことだから、頼んだよ」
 一人ひとりの顔を確認し、恭賀はにっこりと笑みを浮かべた。
「いってらっしゃい、能力者さん。ちゃんとただいまを聞かせてよ」

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参加者
九曜・沙夜(神韻・b01823)
梶浦・暁(焔の刀狼・b06293)
青神・祈赤(凶剣・b15162)
如月・棗(焔超克・b17829)
加賀・功貴(パシクル・b28520)
芽野・孝宏(巡礼士・b32010)
志村・かなえ(虹に降りる小さな虫・b45052)
蕪木・久遠(紅蓮の戦姫・b52234)
宮代・さつき(空色の風詠い・b52693)

NPC:神谷・轟(真ゴーストチェイサー・bn0264)




<リプレイ>

●対面
 風が夜を駆け抜ける。
 若き戦士たちの足が森を覆う闇を切り開き、徐々に異質な場所へと迫っていた。
 山麓に広がる森は時折粗いもののなだらかな傾斜を描き、山と森が繋がっていることを感じさせる。各所を抗体ゴーストが闊歩しているとはいえ、犠牲者が今すぐに出ることもない。火急とはいえ、戦場を見定める猶予はあるだろうと踏んで、青神・祈赤(凶剣・b15162)は仲間にこう促した。
「勾配のある地形なら、守るにせよ攻めるにせよ、高所に陣取ることが肝要となる」
 辺りを見渡せるのは戦いにおいて有利だと話し、群れと遭遇するより先に少しでも高い場所へ陣取ろうと続ける。戦局の見極めにおいても、重要だと。
「それは、確かにそうですけど」
 突然の提案に、梶浦・暁(焔の刀狼・b06293)が目を瞬く。すぐ横では加賀・功貴(パシクル・b28520)が、奇襲されないならいーんじゃないか、と頷いた。
「奇襲されないように気をつけていればいいんスよ」
 芽野・孝宏(巡礼士・b32010)は薄い笑みを浮かべ、方角を確認する。
 周囲への警戒は緩めぬまま、能力者たちの足は山麓に近い側、群れと遭遇するであろうと思われる地点をやや迂回するように駆けた。
 そうして草葉を掻き分けて走る間に、息を殺し、或いは洞に隠れ異形の存在が過ぎるのを待つ動物たちを見た。植物たちもまるで、恐れているかのようにしな垂れていた。
 ――このようなこと、まかり通ってはなりません。
 そこに息吹くものを踏み荒らす獣人の群れに、如月・棗(焔超克・b17829)が歯を噛み締める。憤りは、棗だけが擁くものではなかった。
 すっかり沈んでしまった太陽の影を追うように視線をあげ、志村・かなえ(虹に降りる小さな虫・b45052)が唇をきゅっと結ぶ。誰かを傷つけるようなことは良くない。そう胸の奥で呟く。
 ――止めなきゃ、ね。
 宮代・さつき(空色の風詠い・b52693)もまた、どこかにいるであろう原初の吸血鬼へ想いを馳せていた。
 そんな、横顔さえも大人びて映る少女たちを見遣り、九曜・沙夜(神韻・b01823)は同調するようにまばたく。逃がすものですか、と決意を新たに。
 芯にある部分だからこそ、幾つもの想いが少女たちを戦いへと向かわせる。
 不意に、先頭を走る能力者から順に立ち止まった。自身へ添える強化の力を各々が灯し、真っ直ぐに前を見つめる。
「お出ましじゃな」
 蕪木・久遠(紅蓮の戦姫・b52234)が口角を上げて笑う。
 視線の先、浮かび上がる揺らめきは次第に輪郭をあらわにした。多くの者は、淡黄褐色の毛衣に斑点を散らした豹を思わせるからだで、能力者たちの前へ立つ。
 そして奇妙な行軍の頭を彩る黒豹は、相まみえた能力者たちを睨みつけると、動揺も恐れも知らぬ素振りで、引いた顎をくいと突き出した。
 無駄のない動作が合図なのだろう。
 抗体兵器を握り締めた獣人たちが、警戒しながら歩いていた時よりも荒々しい殺気を連れ始めた。
「さて」
 祈赤が、獰猛の色を宿した瞳で敵を見据える。
「ぼちぼちやるか」
 能力者たちへ吹いた追い風は、森からの後押しか。
 容易くは戻って来れぬのだと、平穏が告げた別れか。

●激闘
 沙夜が紡いだ音の無い歌声は、眠りを知らぬ獣人への贈り物となっていた。
 相手もなかなか眠り続けてはくれないが、それでも僅かなりとも敵が連携するタイミングを外せている。
「連携はタイミングでもあるもの」
 そう沙夜が笑ってから、既に十秒が過ぎた。
 眠気により出鼻を挫かれた獣人に対し、能力者たちの猛攻は見事に重なる。
 つい先程幻夢の守りで仲間を包んだ孝宏が、続いて生み出したのは幻影の兵士。
「いきますよ!」
「よし、コイツから叩こーか!」
 跳ねるような勢いを乗せて暁が宙を切り裂き、功貴が詠唱停止プログラムを拳に纏う。暁の黒き影を連れた一振りが成されれば、功貴の拳が妥協を許さず叩きのめす。ダンスにも似た流麗な動きで祈赤が同じ斧の使い手を斬る間、神谷・轟(真ゴーストチェイサー・bn0264)が、炎を纏った銃弾を降らせ、手助けに招かれた矢車・千破屋の祖霊が、仲間へ降臨していく。
 抜かりは無い。
 幻影兵の助力により、射程を気にする必要が無くなった前衛の彼らは、その場から次々と攻撃を仕掛けていく。元々最前線に立っていた彼らに、斧使いの獣人もまた容赦無い。一体が力任せに斧を振るえば前衛が攻撃を喰らい、もう一体が轟かせた咆哮は一直線に戦場を駆け抜ける。
 沙夜は気合と共に白燐蟲の大群を放ち、我が物顔で森をゆく獣人の群れを食い荒らした。痛みに呻く豹たちの声を耳にしながらも、能力者たちの手は止まらない。斧使いの後背から顔を出した三体の剣の使い手が、動かぬ前衛を更に阻むよう位置取り、えげつない旋風の餌食にする。
 盾となり壁となり刃ともなる前衛を援護するべく、かなえは黒燐蟲を解放した。仲間の得物へそっと寄り添えば、蟲は脅威の元となって敵を脅かすのだ。
 しかし、ゴーストとて黙ってやられているわけではない。
 能力者たちの連携に一瞬の合間が出たのを見計らったかのように、或いは連携を断ち切るかのように、黒豹が掲げた槍を振り回し、辺り一帯へ衝撃波を飛ばす。槍そのものが持つ水のような黒が、まるで生き物のように衝撃波と共に飛び散った。
 黒き水は、躊躇なく若き戦士たちの身体を蝕む――侵食だ。
「……強いのは解っていたのじゃが、解っていても厄介じゃな」
 久遠が目を細めながら、黒燐蟲の加護を自身へ宿した。
 夜に紛れる闇の手をにゅっと地へ這わせながら、棗もまた、時間の流れを感じて「ええ」と久遠を振り返る。その僅かな時間に棗の伸ばした闇の手が、集中砲火に耐えかねた斧使いの身を掻き切る。闇色の手は、森の奥へと手招くかのように獣人の命をも奪った。
「斧一体、倒せたねっ」
 浄化のサイクロンを巻き起こし、ぐっと拳を握り締めたさつきの前方で、ケットシー・ワンダラーのクロが得意げに帽子を整え、華麗な踊りを披露し始めた。
 踊りにつられた剣の使い手、黄褐色の獣人を見てくすりと笑み、沙夜がさやかに音無き歌を口ずさむ。
 ――速攻で斧使いを落とせたら、相当楽になると思ったけど。
 中衛から仲間の様子も見ていた孝宏は、案外しぶとかった斧の戦士に眉根を寄せる。
 壁と称される所以を考えれば、最初に全員で攻めに回っていれば、もっと早く落ちたかもしれない。せっかく連携を繋げたのだ。互いに繋いだ絆を最大限活用すれば、もしかしたら。
 緩く振ったかぶりとは反対に、孝宏は派手になびかせた戦旗を非物質化させ、もう一体の斧使いを内側から叩いた。そして苦しげに呻き、言葉など知らぬ口が歯を剥き出す様を、棗は見逃さない。
「来ます、構えて下さい!」
 注意喚起と重なって、激痛をバネにしたのか斧使いの咆哮が重みを増したように祈赤と孝宏、そしてクロを襲う。ぐらりと傾いた身体は祈赤とクロのものだ。気を失う彼らに感付き、慌てて動ける者から地を蹴る。
 僅かに早く、剣を握った豹たちが駆けていた。旋風により齎した風圧が、かまいたちのように嫌な音を立てる。しかし真っ向から旋風を受けたと思われる祈赤は、崩れることなく意識を取り戻す。
「っ、おい! 無事か!?」
「大丈夫?」
 はっきりとは覚めきらぬ彼に、功貴と沙夜が呼びかけた。呼びかけた彼らの腕には、疎らに切り傷が刻まれている。気を失った仲間がいればと常に気を張り詰めていた二人は、祈赤を庇い、剣士たちとの間に割り込んだのだ。
「原初の企み潰す為にも先ずは目の前の敵、きちっと片付けよーか」
「……ああ」
 そう言葉を交わす功貴たちに皆も安堵し、間髪入れず暁が日本刀で斧の使い手を斬る。
 ――全て斬り伏せてみせます! 必ずや!
 意志の募った瞳が睨む先、剣士の獣人と視線が合う。冷酷とは呼べぬほどに野獣の猛々しさがあると知り、暁はぞくりと背に走る感覚をも知った。
 人に似通った影は、姿さえ捉えなければ人そのものだ。能力者たちは、改めて獣人と向き合い理解する――抗体ゴーストの恐ろしさを。
「これはこれは、至れり尽くせりじゃの。それ!」
 旋風にかまけて一箇所に集ってきた剣士たち目掛け、久遠は黒燐蟲を仕掛けた。着地と同時に弾けた蟲たちが、獣人たちを貪る。
「連携ならばこちらとて負けません!」
 続けて棗が巨大なギロチンの刃を生成し、射出した。ギロチンが消えるのとほぼ同時、轟の撃ち出したバレットインフェルノは敵を赤く染め上げたように浮かび上がらせる。
「そっちにはねぇもんが、こっちにはあるからな」
 同じように連携すると言っても、抗体ゴーストと人は同じ土俵に立たない。だからこそ轟はサングラスを押し上げて不敵に笑った。
 クロが獣人を踊りに誘う背を見守りながら、さつきが再び激しいサイクロンで痛みを浄化させていく。じわじわと染み渡る優しさは、接敵して戦う者達を勇気付ける。
「絶対に負けない!」
 勝機を見出すための心を前面に出し、かなえが黒燐蟲の癒しを前衛へ施した。
 かなえの言葉を継いで、暁も「負けません!」と叫び得物を振るう。今、天と地を埋め尽くす闇と酷似した色の残像を落とし、刀は黒影を冠する一太刀で、斧使いの獣人の命を絶った。

●死闘
 長きに渡る死闘は、能力者たちに浮かぶ疲労の色を濃くさせる。
 ちらつく火花は目の前で散ったものではなく、己の内側で散ったものだ。あまりの眩さに暁と功貴がふらつく。今し方切り伏せた剣士の姿はそこに無いのに、対峙していた時の余韻が消えない。
 そうして疲労に息を切らす能力者たちを、群れを先導していた黒豹は哀れみも笑いもせず、見つめていた。
「尋常ではないですね……ッ」
「ここから少しは楽になるって」
 前衛への負担は重く、暁と功貴が話しながら頷く。
 疲れか妙な夜の寒さにか、同じく前衛として佇む棗は額に手を当て、そこに確かに存在する熱を感じ取った後、漆黒の影を帯びた刀と菊理でもう一体の剣士を追い詰める。
「これ以上、この山を汚すことはなりません!」
 彼女の訴えに応じたかのように、木々がざわめく。
 風だ。強風が葉を震わせ、残っていた露で生きとし生けるすべてを撫でた。
「原初の吸血鬼の目的など、見当もつかないが……」
 死の気配と見紛う静けさを背負い、祈赤が両手に握った剣を掲げる。切っ先が虚空を掻き、夜空の淡い明るみに照らされ舞う。
「いずれにせよ、剣技刀術の餌食にしてやるだけだ」
 ――眼前の獣人と、同様に。
 棗によって追い詰められていた剣の使い手へ、祈赤が決定打を浴びせる。目にも留まらぬ速さで振るった剣による抗いで、傷つけられようとも構わずに。
 受けた傷の痛みを、仲間の回復に頼りつつ、祈赤は目の前で溶けるように消滅する剣士を短い間だけ眺める。そしてすぐさま逸らした視線の先、久遠が三体目の剣士へ真紅の剣を向けていた。轟の放った大量の銃弾が、炎の雨のように注がれる中、幻影兵団により伸びた射程が久遠の生み出した一撃をしかと剣士へ届ける。
「どうじゃ。これが妾が扱う武器の味じゃ」
 弧を描く唇と瞳は得意げに、久遠は胸を張り消えゆく剣士を見送った。
 戦いが始まった頃と、今とでは戦況が異なるにも関わらず、黒豹は相変わらずの悠然とした態度を崩さない。人のような心も、言葉もそこには無いというのに、まるで誇り高き戦士のように。
 揺るがぬ殺意と黒豹の姿勢のまま、獣人はたった一人になっても、能力者への攻撃をやめない。
 槍を頭上へ掲げて回せば、引っ切り無しに黒い水と衝撃波が届く。泥とは似ても似つかない黒豹の毛と同じ色の水が、能力者たちの身を侵食し、体力を奪っていく。
 咄嗟にクロが、さつきへ祈りを捧げた。そんなクロの頼もしさに目をやると、クロが杖で帽子をくいと持ち上げ振り返る。祈りによって復活したさつきは、深く頷いた。広げた腕に、ぬくもりのように集うのはさつき自身の決意と気持ちだ。
 彼方へ願いを届ける名。そして、春告げの風をもたらす名。その二挺の詠唱銃をぎゅっと握り、さつきは風を呼ぶ。
「皆を苦しめる不浄な水……全て吹き飛ばしてみせるよ」
 訪れた風は、初夏の爽やかさを思わせ、また春の到来を報せる優しさをも連れて、仲間達を黒き水から解放する――この風は、その為に在るのだから。
 不浄の力より脱した千破屋とかなえが、更なる一押しにと祖霊と黒燐蟲の加護で前衛陣を守っていく。
 ――みんなを助けたい……だから、虫さん!
 かなえの想いに応えた蟲たちの凄まじさが、より強固たる力となって詠唱兵器を這う。
 懲りずに漆黒の槍を掲げる豹を一瞥し、ニヤリと孝宏が口角をつりあげた。
「そうはさせませんぜ。侵食は厄介ですからね」
 ばたばたと風に遊ばれる戦旗を翳せば、孝宏の手元を離れた戦旗が黒豹の命を内部から破壊していく。神霊を名乗る力を前にすると、豹とも言えどその身を屈折せずにいられない。
 足掻きはせずとも苦痛に呻く黒豹へと、胸元のバッジにそっと触れた暁が刀を握りなおす。先の戦争での死闘は、こんなものではなかったと想起する。蘇る記憶を吹っ切ることはせず、記憶と共に敵を瞳へと焼き付けて。
「勝ってみせる! この一撃が狼の咆哮です!」
 バッジが湛えた誇りをも乗せ、刀が槍越しに黒豹の肩口を裂いた。
 黒いとはいえ水に変わりはなく、その水を使う豹に指を鳴らし、功貴は手の平に水を編んだ。
「……負けらんねえ。人を傷つけるだけのその刃、ぜってー止めてやる」
 傷つけるだけの刃を用いるならば、彼が投げたのは誰かを守るための刃。水の流れで模った手裏剣が、迷うことなく飛び標的へ突き刺さる。
 冷たい水流が途絶え、黒豹の毛を濡らすと同時、すかさず沙夜が凝縮させたのは、白燐蟲の群れで。白き光は闇に映える色のまま、夜に埋もれてしまいそうな豹の胸元へ一直線にぶつかった。そして荒ぶる蟲たちが、漆黒を容赦なく喰らう。
「どちらが先に喰らい尽くすか……負ける気は、ないわよ」
 くずおれていく黒豹の鼻先を、己の武器が垂らすものとは異なる、葉から零れた露が伝う。
 命の火を鎮めるかのように、露は消えゆく獣の舌を濡らしていった。

●末期の水
 身体も気持ちも既に温泉街へ向かっている能力者たちの足が、戦の余韻を落とす木々の合間を縫っていく。
 不意にかなえが「あっ」と声をあげた。風に煽られてか、黒豹にそうしたように新緑の葉か彼らへと冷たい露を飛ばしたのだ。まるで礼を述べるかのように、そっと。
 戦いで高ぶった熱を鎮めるように、唇を湿らした露を孝宏が指の腹で拭う。
「……あの黒豹は、最後に受けたこの雫に何か感じたのかな」
 獣人の最期を想起してさつきが呟く。
 そして、口に出さずにはいられなかった彼女の想いを、傍で棗が掬って瞼を伏せた。
「何も感じなかったとしても、この山と森の優しさは変わりませんよね」


マスター:鏑木凛 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:9人
作成日:2011/05/25
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