狂乱戦舞


<オープニング>


 ざあざあと滝が流れ落ちていた。
 水しぶきは滝壺周辺を白く霧のように包んでおり、肌にしっとりとまとわりつく。ただ滝の流れに身を託しながら、ワダツミは二刀を見下ろしていた。
 水しぶきをしたたらせる刀は、何よりも美しい……。
「皆どうしている」
 ワダツミは、背後に立ったショートカットの少女に声を掛けた。少女は背を向けたままのワダツミに驚きもせず、静かに膝をついて頭を垂れる。
「お楽しみのようでございます」
「享楽と言えば一つしか思いつかぬ、相変わらずの乱痴気さわぎじゃな」
 大刀を河床にどんと突き、シラヌイが吐き捨てるように言った。水を受けながらも、その手にある大刀は炎のようなオーラを放っていた。
 ざんばらの髪も目も、赤くぎらぎらと光っている。ワダツミは荒々しいシラヌイが発する文句を聞きながら、そっと上を見上げた。
「享楽とは我らの核だ。それを否定するな、シラヌイ」
 ワダツミがショートカットの少女を振り返ると、彼女……ナルカミはうっすらと微笑んでうなずいた。
 ただこの武器をふるう事、この剣技をひたすら磨くこと……それが我らの喜びであり享楽であればこそ。
 どこかで戦いを求めてしまうのだ。
「ワダツミ様が存分に戦えますように、このナルカミが支えております故」
「頼りにしている」
 答えたワダツミと背中合わせに、いつの間にか長身の女が立っていた。すらりとした体つきの、どこか中性的な女であった。
 黒い手甲をつけ、滝に打たれていた。
 ナルカミは眉を寄せ、彼女を睨みつける。
「森が騒がしいな」
 何かを期待するように、カムドはにやりと笑った。

 5月も半ば、日差しが強くなる頃。
 扇・清四郎は険しい表情で集まった能力者達を、静かに見回した。手にした扇子に描かれたのは、水流……。
「大雪山に向かった仲間からの情報を元に、原初の吸血鬼の居場所が判明した。君たちは急いで現地に向かい、拠点を攻撃して欲しい」
 万色の稲妻を受けた原初の吸血鬼達は配下のゴーストもすべて抗体ゴーストと化しており、今までよりも更に強力になっているという。
「すでに彼らは銀誓館への対策を練っていて、拠点防衛と天人峡温泉宿制圧の為に動き出している」
「温泉?」
 いぶかしげに、毒島・修二が聞いた。
 温泉の制圧というのがピンと来なかったらしい。この辺りは別の班が動いているから、特に修二達が気にする必要はないと扇は言う。
「毒島達は拠点である羽衣の滝近辺に配置された、リリス達と原初の吸血鬼を倒すのが目的だ」
 羽衣の滝の近くにある小さな滝壺に、リリスが四人待機している。この付近に原初の吸血鬼の姿ははっきりと捉えられなかったが、リリスが多数配置されている以上近くに潜伏している可能性は低くはないという。
「リリス四人はそれぞれワダツミ、ナルカミ、シラヌイ、カムドと名乗っている。全員パフュームという特殊な力を持っていて、この力は周囲に居る者を魅了するものだが、彼女達が戦っていても勝手に発揮されるから十分注意が必要だ。この力に囚われると、彼女達の『戦い』に魅せられる」
 ワダツミは二刀流で流れる水のような剣技。水や氷の力には多少強いが、雷にはやや弱い。沈着冷静な、4人のリーダー格である。
 ナルカミはワダツミを尊敬してやまぬリリス。弓を持ち、爆発範囲に雷撃を落として攻撃をする。その身はいつも、ワダツミの側に。
 シラヌイは明明と燃える火を纏った大刀を振り回す、剛の者。ひたすら敵に突撃し、周囲の者をなぎ払う。
 カムドは素手での戦いを得意とし、シラヌイとともに敵陣に突っ込む斬り込み隊。追い詰められる程に興奮し、攻撃力が高まる。
 これら4名のリリスを撃破すると、周囲の探索を安心して行えるようになるはずだと扇は言った。
「その際、リリスを早めに片付ける事ができればもっとゆっくり探索できるかもしれないね。長引けば相手に気づかれる事もあるかもしれないし」
 しかしリリスはパフュームの力を所持しており、それらを四体も相手にするのに容易な事ではないだろう。
 どうやって戦うか、十分に作戦を練る必要がある。
 決して相手の剣技に見とれる事のないよう、自分の気をしっかりと持って戦いに望んでくれ。
 扇は真剣な表情で、そう言って送り出した。

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参加者
真壁・伊織(水底の蛟龍・b01637)
羽杜・悠仁(鏡映宮・b13821)
天羽・十六夜(闇に囚われし者・b21674)
対馬・藤十郎(舞ワズ弁天・b38735)
皆月・弥生(夜叉公主・b43022)
フィル・プルーフ(響葬曲・b43146)
ナス・ドゥルジ(双刃砂舞・b60023)
麻多・狂夜(はすはす・b74760)
NPC:毒島・修二(紅龍拳士・bn0013)




<リプレイ>

 五月の深夜は、まだ肌寒い風が流れていた。羽杜・悠仁(鏡映宮・b13821)がランプを灯すと、ぼんやりと橙色の光が林を照らして包む。
 その明かりの色は、緊張していた皆の心を少しだけ癒してくれた。
 天羽・十六夜(闇に囚われし者・b21674)と対馬・藤十郎(舞ワズ弁天・b38735)もまた懐中電灯を付けると、邪魔にならぬ用に腰から下げた。藤十郎はライトの先をフィル・プルーフ(響葬曲・b43146)の方へと向ける。
 連れ沿いあったフィルの家族であるリラは、前足をギシギシと動かしながらこちらの様子をうかがっている。
 そっとその頭を撫でると、藤十郎は楽しそうにふと笑みを浮かべた。それを見守るフィルもまた、穏やかな表情であった。
「なぁ毒島先輩、闘る前に一発、俺の横面に気合い入れてくれね? 皆の命を預かってるんだからさあ」
 藤十郎の表情は真剣だった。
 四体ものリリスとの戦い……しかも、どうかすると全員手も足も出せないまま殺されてしまうかもしれないという恐怖がある。
 彼女達に心を奪われては、お終い。
「わかったよ、俺は男にゃ遠慮はしねぇよ!」
 修二の拳は、重くずしんと響いた。

 滝から落ちる水しぶきは、霧のように滝壺を霞ませていた。それは月光を浴びて美しく幻想的に輝いている。
「正面から挑むか…ならば良し、相手を致そう」
 腰の二刀に手をやり、ワダツミが言った。
 カムド、そしてシラヌイが武器を抜いて前に一歩出る。すう、とナルカミはワダツミの背に回った。
 重々しい大刀が振り上げられると、その頃には総員滝壺のシラヌイ達へと突っ込んでいた。ぶうんと振り下ろされた大刀が、受け止めようとした修二のガントレットごと薙ぎ払う。
 見た目以上の、その破壊力にやや後ろにいたナス・ドゥルジ(双刃砂舞・b60023)は思わず目を見張った。
「な、なんて威力だコイツ」
 にやりとシラヌイは笑い、ふたたび上段に振り上げる。彼女が刀を振るたび、その刀が帯びた炎は残像のように尾を引く。
 滝の前で暴れるシラヌイの炎が、目に焼き付く。快楽に囚われ、快楽の為に身を落とした彼女達の…その本能が身を焦がす。
「それがあんたの狂気、あんたの炎かい?!」
 麻多・狂夜(はすはす・b74760)は声をたてて笑いながら、シラヌイをにらみつけた。魔眼の力がシラヌイを捕らえるが、シラヌイはそれを振り払う程の勢いで声をあげる。
「そうさ、テメェも見せてみろ!」
 ぎらぎらとした目で、シラヌイは叫んだ。拳で降りかかるしかない修二に、魔眼とチェーンソーを振りかざすしかない狂夜とナス。
 力と力のぶつかり合いは、シラヌイの方が優勢であった。
 圧倒的な力は、こちらの攻撃をも受け止めてしまう。その炎が、あまりにも美しく…縛り付けられたように、足が動かなかった。
「しっかりしろ!」
 立ち止まった狂夜に、真壁・伊織(水底の蛟龍・b01637)が叫ぶ。
 うなりを上げるチェンソーを刃で受け止め、シラヌイがそのまま押し返す。体勢を崩したナスには、太い刃が容赦なく振り下ろされた。
「立て直せ!」
 修二の声が聞こえ、ナスはくらくらする頭を抑えて後ろに這うように下がった。黒燐蟲の力も、傷を治癒しきれていない。
「こっちだ! 見せてやるよ、僕の炎ってやつを!」
 狂夜は吠えるような声をあげ、正面からシラヌイをにらみつけた。じわり、とシラヌイの体を呪が侵し始める。
 視界に、藤十郎の舞が目に入っていた。だが、ここにいる半数が自己を治癒する方法が無い上に他者まで治癒していられるのはナスと十六夜、藤十郎、皆月・弥生(夜叉公主・b43022)の四名だった。
 十六夜は手が空かず、藤十郎は舞に専念している。弥生は自己治癒を持っていない仲間の方で手一杯であった。
 やむなくナスは、剣を取り直して突っ込んでいった。
「…ホントはそうなんだろうさ」
 つぶやくようにナスが言った。
 従属種としては、原初に従うべきなんだろう。だが、自分には大切な人が銀誓館で待っていた。だから、そのたった一つの輝かしい存在の為に原初に刃向かうのだ。
「なンでもいいんだよワシらは! 戦いだ! てめぇらの中の炎を見せろ!」
 狂ったように振るうシラヌイの炎と刃は、剣と拳で斬りかかる修二とナスを削っていく。
 シラヌイの炎がナスを巻き込み、そして焼いていった。
 意識が薄れる中、修二が大刀を受け止めたのが見えた。狂夜の声、そして伊織がその背後から手裏剣を放つ。
「炎だ…もっとっ」
 ぐらりとシラヌイの足が崩れ、水しぶきをあげて倒れた。

 さあ、ゾンビハンターとリリス、『獲物』同士仲良くしましょう。
 スパナを握り込み、悠仁が淡々とした低い声で言った。カムドは背後のやや離れた位置にいるワダツミに視線をやり、ふうっと息を吐く。
 握った拳、そして腕の筋肉は引き締まっていて隙も全くない。
「来い」
 短く、カムドが言った。
 動きは悠仁と弥生の方がやや早く、悠仁は開幕と同時にファンガスの力でカムドを押さえ込もうとしたが、カムドのスピードがそれを許さなかった。
 気付けば、カムドの体が間近に。
 はっと構えてその拳を受け止められたのは、幸いであった。一瞬遅ければ、おそらくまともに喰らったであろう。
 悠仁が視線を上げると、弥生が横からカムドへと獣の爪で殴りつけた。悠仁がファンガスを使う隙を作る為、弥生がカムドの意識を引くようにじりじりとその視界に立ちはだかる。
「手合わせ願えるかしら、戦闘狂さん」
 カムドの攻撃を、弥生は真っ向から受けた。
 その動きはこちらの動きを確実に見極め、回避し攻めるバランスのとれた戦いだった。魔眼の力で追う弥生であったが、どうしても接近戦へと持ち込まれてしまう。
「そこまで極めるには、相当時間がかかったでしょうに……それ以外のすべてを捨ててでも、戦いを追求しなければならないったというの」
 弥生は眉を寄せた。
 求道的といえば聞こえはいいが、それでは暴れ回る獣と何一つ違わないではないか。それを聞くと、今まで黙々と攻めていたカムドがにやりと笑った。
「ふふ」
 ぴくりと弥生が手を止めると、カムドが両拳を上げてかまえた。余裕のある笑みをたたえたまま、弥生を見返す。
「『そう』でなくては、こんな体にはならぬよ」
「そのせいで…」
 そのせいで、泣く人がいるという事を弥生は知っている。何度も何度も見てきた、その悲劇は一体どうして起こらねばならなかったのだ。
 自分は戦う獣には…なれない!
「…かかった」
 カムドの背後に立った悠仁が、つぶやいた。
 ファンガスが頭部に咲いた時、カムドの動きは完全に停止したのだ。悠仁はふっと息をついて、押されているナス達シラヌイ戦へと…。
「終わってはいない」
 低い声で、聞こえた。
 戦いを求める狂気が、すうっと姿勢を低くして足を踏み出してきた。水しぶきをあげ、ソレは笑みをうっすら浮かべて駆け込む。
 戦いは狂気。
 獣と獣。
 そこにある美しい獣に、悠仁と弥生は一瞬で目を奪われた。
「まだ終わるには早い」
 間近に見えた彼女の顔は笑っていたが、悠仁の体は強烈な衝撃を受けて口をきく事も出来なくなっていた。追い詰めるより先に、カムドは振り向きざまに弥生の方へと手をかざした。
 残像のような突きが、風と水を切って弥生の体を走り去る。
 最後に立っていられて初めて、剣技といえるのだ。確かにカムドの動きは美しいが、ゾンビハンターである自分にとって完殺出来なければ意味がないのである。
 だから、そこに見るべき技などあるはずがない。
「羽杜、超えてみせろ!」
 藤十郎の声が、悠仁に掛けられた。
 今は舞が止められぬ、藤十郎は意識を奪われる仲間へと声を掛ける。
「見惚れるか、見惚れさせるかどっちかだ。テメェもカムドの力を振り払う位の戦いをしやがれ!」
 視界の端で、ナスが倒れるのが見えた。
 これ以上はボヤボヤしていられない、攻めるしかない。悠仁はスパナを構えると、単身カムドへと突っ込んでいった。
 カムドの連携攻撃が、次々悠仁の体力を削っていく。
 だが、ここで引けば黒燐蟲で治癒してもらわねばならない弥生が倒れる事になる。渾身の力でカムドを殴りつけるが、その体はぴくりとも揺らぐ事はなかった。
 ゆるり、と足が上がる。
 その揺ゆるやかな蹴りが悠仁の頭部を蹴り上げると同時に、弥生の視線が放つ呪がカムドを喰らった。
 じわりじわりと浸食していった毒が、カムドから力を奪う。カムドが倒れるのを見届けると、悠仁もゆっくりと水に倒れ込んだ。

 いつのまにか、あと2体になっていた。
 後方からたたき込まれるナルカミの弓矢は水面に水飛沫を上げて着弾し、周囲に居る者に雷を落とす。
 その雷は戦いの後一息ついていた修二と弥生を次々と襲い、追い込んでいった。
「下がって、治癒するわ!」
 弥生が修二を連れて一端後衛にまで下がるが、雷は止まない。治癒を受ける前に修二の覚醒は尽き、弥生の前で崩れ落ちた。
 水に突っ伏した修二に、岸辺で息も絶え絶えの様子の悠仁。ナスは後ろの陸で倒れたままであった。弥生は、それでもなお戦うワダツミの姿に目を奪われていた。
 背後で弓を引くナルカミもまた、ワダツミの姿を栄えさせている。
 それが美しいと思ってしまえば、自分も彼女達に負けた事になってしまう。
 藤十郎は、ひたすら舞で仲間の意識を自分の方へと引き戻そうと試みる。
「どちらが優れているか、ゴーストにすら分かろうに」
 撫でるようにワダツミが刃をリラにかざす。
 ぎちぎちと動かす前足は、ワダツミに捧げているようにも見えた。フィルの声も、聞こえてはいないのであろうか。
「わたくしはそんな、欲望のままに振るわれる暴力には興味はございません! 大切なものを守るために奮われる想いの方が、よほど魅力的ですわ!」
「興味ではない、これはどちらの本能が勝つかの戦いだ……なぁ」
 目を細めたワダツミの刃が、リラを貫いた。
 自分達を繋いでいた赤い糸、そして黄金の鎧が必死にリラを繋ぎ止めようとしていた。横から切り込んだ十六夜の刃をするりとかわすと、左手の刃で伊織の手裏剣を弾いた。
 ざあざあと降り続くしぶきが、彼女をぬらす。
 美しい…しなやかな動きだった。
「真壁!」
 藤十郎が叫ぶも、伊織の体は金縛りにあったように動けなくなっていた。そこにある戦いに、目を奪われる。
 かろうじて耐えた十六夜が、怪我を負ったリラをかばうように前に立つ。
「確かにお前の剣技は美しい。……しかし、どれもこれも血の臭いがする。そんなものには、魅力など感じない」
「何を言う、お前とて気付いておろう?」
 ワダツミは、すうっと身を引くような動きを見せると、片手の剣から水撃を飛ばした。鋭い刃のように、その刃が伊織の胸を貫いて鮮血をこぼす。
 それでも伊織は、自分の体から流れる血を見ているしかなかった。さらにナルカミの放った雷が、伊織に直撃する。
「…血の流さぬ戦いなど、ない。戦いとはお互いの命を削るもの、剣技の美醜とはすなわち命を奪う強さに他ならない。だがお望みなら、おぬしに見せてみようか」
 すうっと笑うと、ワダツミを十六夜と剣を合わせはじめた。受け流しては刃を返し、それはまるで水に花が舞うような柔らかくて美しい。
 すでに美しいと感じてしまったのだ。
「天羽頼む、戦え! ……俺を見ろ!」
 叫ぶ藤十郎も、視線を奪われていた。
「俺が舞で負けるはずがねぇ、俺は皆の命を預かってんだ! 傷抉ってでも期待に添わなきゃ、役者が廃るじゃねえか!」
 藤十郎が唇をかんだ、その時背後から聞こえて来た。
「僕は…見てるよ」
 細い声で、林間から蛍の声が聞こえる。
 ざあっと風がふき、藤十郎の肌を撫でる。撫でるようではなく、しっかりしろと頬を叩くような風であった。
「…ありがとよ」
 藤十郎は薙刀を握りなおすと、しっかりと足を踏みしめた。水流で足を取られないように、腰を据える。
 俺が舞ってりゃ、皆が戦える。
 敵が何様でも、どうせなら俺に見惚れさせてやる!
 藤十郎が舞い始めると、リラが動き出した。とっさにフィルが鎧で覆うと、力を得たリラはまっすぐに十六夜の元へと向かっていった。
 ワダツミの刃から放たれる水撃の前に、リラが飛び出す。
 声なき慟哭の十六夜、伊織はそれを感じて拳を握りしめた。この戦いに魅了されるなら、なおさらこのまま戦えずに終わるのは屈辱だった。
 魅了されるなら、最後まで足掻く方が良い。
 きっ、と伊織はナルカミへと視線をやった。ワダツミとは相性が悪いが、ナルカミなら話は別だ。水の流れに逆らい、伊織はナルカミへと突き進んだ。
 小太刀を右手に握り締め、ナルカミの視線を跳ね返す。
「…この先にあるのが原初の従僕では、とうてい受け入れられない」
 残った力を振り絞り、伊織は小太刀ごとナルカミに組み掛かった。雷を至近距離で受け、体が衝撃で震える。
 震えた手は、わずかに急所を外れていた。
「退け!」
 払いのけると、ナルカミは伊織へと雷を放った。倒れた伊織にさらに弓を向けるナルカミに、伊織が手裏剣を放つ。恨みのこもった目で、ナルカミはらんらんと伊織をにらみつけていた。
 ワダツミを守るのがこの身の使命。
 後方に残るフィルと狂夜にターゲットを絞ると、矢を次々と空へと放っていった。頭上から打ち下ろされる雷が、二人にも襲いかかる。
 雷に打たれて倒れた狂夜に、フィルが駆け寄った。
 もう、これ以上仲間に倒れるのを見てはいられなかったのである。だが狂夜は、フィルに抱えられながらもにやりと笑った。
「笑えよ、あいつはもうじき終わりだ」
 彼女が指したナルカミは、背後から伊織に貫かれていた。伊織はまだ倒れておらず、立ち上がったのである。
 体力を回復する事の出来ない伊織は、再び彼女の矢を受けて意識を失う。しかしその時はすでに、狂夜の毒が全身に回っていた。
 伸ばした手の先には、ワダツミが…。

 最後にぽつん、とワダツミが川の中に立っていた。
「…最後はあなたですね」
 静かにフィルが言うと、ワダツミはこくりと頷いた。
「…ふむ、それでは見せてもらおうか。おぬしらの戦いを」
 ワダツミは冷静なまま、両手に刃を構える。
 魔眼と弾丸を弾き返し、藤十郎が矢を構える様子を見守るワダツミ。その体を十六夜の刃が切り裂いた。
「…これが…終わったら…」
 終わったら、本当に美しいものを見に行きたい。
 十六夜がつぶやくと、ワダツミが空を仰ぎ見た。
 そこにあったのは、美しい月であった。大きく弧を描いた藤十郎の矢がワダツミを貫くと、立て続けにフィルの弾丸が撃ち込まれた。
 じわり、と体に魔眼の毒が広がる。

 美しいものなら、とうにあるではないか。

 全身に返り血と自らの血を帯びたまま、ワダツミはすうっと笑って逝った。


マスター:立川司郎 紹介ページ
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いまいち
参加者:8人
作成日:2011/05/25
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冒険結果:成功!
重傷者:真壁・伊織(水底の蛟龍・b01637)  羽杜・悠仁(鏡映宮・b13821)  ナス・ドゥルジ(双刃砂舞・b60023)  麻多・狂夜(はすはす・b74760)  毒島・修二(紅龍拳士・bn0013)(NPC) 
死亡者:なし
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