<リプレイ>
● 予てから北海道をゆっくり周りたいと考えていた神谷・轟(真ゴーストチェイサー・bn0264)へ、神居坂・縫(碧き風炎・b67463)の誘いはすんなりと受け入れられた。 そうして二人が訪れたのは北海道。縫の故郷でもある。 縫が時折口にしていた故郷の話を、轟は気に入ってくれていた。だから行ってみたいと、迷わず話してくれたのだろう。故郷を離れ鎌倉の地で奔走する縫にとって、それは嬉しい反応でもある。 旅のガイドは縫が担っていた。地元ゆえの知識や土地勘は旅をする側にとって貴重で、頼もしいと轟も称賛してくれている。 「おすすめの店があると言っていたが、なるほど、趣があるな」 腹ごしらえに縫が案内したのは、彼に食べて欲しいと常々思っていたラーメン屋。決して大きいとは言えず、派手からも程遠い内装だが、味は保証できる。 心なしか嬉しそうな轟の言葉に、聞いている縫もぱっと表情を明るくさせた。 「はいっ、何度か来たことがあって……轟さん何にしますか?」 店主が待つカウンターに腰掛けると、椅子が軋んで音をたてる。湯やスープの匂いと、奏でられる店の音。縫は帰ってきたのだと実感しながら、店内上部に掲げられたメニューを目で示す。 メニュー数も限られているためか、縫と並んで腰掛けた轟も、対して悩まず口を開いた。 「そうだな……俺は醤油を」 「じゃあ、あたし辛味噌!」 「はいよ! いつものだね!」 店主の生きの良い返事が響く。覚えててくれたんだー、と嬉々として身体を揺らす縫に、轟も頬をゆるめる。 まろい眼差しをサングラス越しでも感じられ、無難に塩とかのほうが印象よかっただろうかと、今更ながら縫は不安を抱き、彼を一瞥する。 「か、辛いの好きで……」 色気がない。そう残念がって肩を落とすと、言い訳めいた呟きにも轟は小さく笑う。 「ああ、俺も好きだ。鎌倉に戻ったら、辛いもんを一緒に食べに行くか?」 「は、はい、喜んで!」 約束をまた一つ取り付けることが叶って、少女の声がぽんと弾んだ。
● もう少し経てば目の前に広がる丘陵地帯も、紫の絨毯で一面華やかになるだろう。ラベンダーが見頃を迎える時期が迫ってきていた。 過ぎ行く時間の早さを体感しつつも、時間に追われることがないよう、縫は時計の類をすべて鞄にしまっていた。 ――もったいないし。 遠路遥々やってきて、時間を気にしながら旅をするのは避けたい。そう考えていたのはどうやら轟も同じだったようで、彼は携帯の電源を切り、腕時計は置いてきている。些細なことではあるが、縫にはそれが嬉しかった。 湿気を孕まない風が、さらさらと髪を弄んでいく。鎌倉では感じられないものだ。からっとした風が雲を流し、残雪深い大雪山から、冷たい風を運んできてくれているようにも思える。春から初夏への移り変わりを、北国では遅く知る。 「山越えたら帯広ですね。豚丼が有名なんですよ」 食べ物の話ばかりですみません、と苦く笑った縫に、耳を傾けていた轟は口端を僅かに上げた。 「美味いもんの話ができるのは、健康な証拠だ。他にもあるなら聞かせてくれ」 「はい。じゃあ、機会があれば。……あ、あった、桜!」 ほらほらと縫が指差したのは、大雪山連峰に薄っすらと浮かぶ優しい白。一足後に訪れる北国の桜は、二人を待ちわびたかのようだ。 「残っているもんだな」 ほうと吐いた轟の息に感心が乗る。 「この時期でも桜が楽しめるって、ちょっと嬉しかったりするんです」 小さく肩を震わせて縫が笑った。本州で春を過ごし、休日北へ戻ってみれば、まだ桜が待っていてくれている。優越感にも似た喜びを、縫は唇へ刷く。 そんな彼女を見たからだろうか、轟は持参したカメラを取り出して、暫し撮影に明け暮れた。
陽の傾きに伴い、影を生んでいた人の数も疎らになっていく。 家路へ急ぐ者、宿へ戻り羽を休める者、そういった人々の営みが感じられる時間帯だ。連なる山々の輪郭が朱を帯びている。山が燃えるようだと昔の人は言っていたことを、縫は思い出した。実際、澄み切った夕空で沈んでいく陽の色にあてられて、確かに昔日の人が話したように映っている。 縫は眩しげに目を細めた後、くるりと首を巡らせて人がいないのを確認し、イグニッションカードを取り出した。 どうした、と尋ねた轟へ吐息だけで得意げに笑い、縫はカードで留守番をしていた真ケルベロスベビーのラメトクを呼び出した。一際元気良く鳴いたラメトクが、すんすんと鼻を轟へ寄せる。 「一番いい顔でご挨拶ね」 相棒に促され、窺うような素振りだったラメトクが轟の顔を覗きこんだ。ケルベロスベビーらしいあどけない顔つきに、夕陽の淡い光が鏤められている。ラメトクも轟も、そして縫も、まるで盛る薪の横にいるかのように、片頬にばかり光を受けていた。 だからだろうか。一層勇猛さを兼ね備えた表情をラメトクは浮かべている。 ――使役連れのGCってどう思うだろう。 そういえば、とふと抱いた疑問を縫は眼差しに乗せた。彼女の視線に気付いた轟も、そこへ含まれた意図までは解らず、ただじゃれてくるラメトクに触れている。柔らかなラメトクの毛並みの隙間を、骨ばった手が思いのほか優しい手つきで撫でていた。無意識に縫も笑みを零す。抱いた疑問の答えは、聞かずとも既に知れている。 ラメトクが轟と触れ合う間、縫は心地よさに目を細め、しばし口を休めることにした。 静かな時間が続く。 日常の中では、人々によって多くの色と音が作り出されている。それは店に流れる音楽であったり、お喋りであったり、雑踏の賑わいであったりと様々だ。しかし声帯を休めたままの世界では、大自然の音しか聞こえてこない。風の囁き、鳥の羽音、草花の擦れる音。 静寂に浸ったまま縫はうっかり眠ってしまいそうになり、少し掠れた声で言葉を綴る。 「……轟さん」 胸に痞えて取れなかったものを、縫は今になって理解した。大いなる災いとの戦いを経て、ゴーストチェイサーと銀誓館学園が運命の糸で繋がったと人伝に聞いた日から、ずっと痞えていたものだ。 ――あたしはたぶん、一緒に戦いたかったんだ。 縫は大いなる災い戦の一部始終を、自分の目で見たわけではなかった。当時そこで戦っていた仲間たちの話を耳にする度、或いは当時を彷彿とさせる単語や事件を知る度に、少女の胸は縮こまるような感覚に苛まれた。 上手く合致する言葉が見つからない。ただそれを言葉に嵌めるとすれば、疎外感と喩えるのが近いだろうか。しかし当てはめてみても尚、複雑な心持ちに変わりは無く。 ――我ながら呆れる理由。 縫はどこか消沈したように項垂れた。 平時なら繕える笑み。このときばかりは、笑顔を作る術を忘れてしまっていた。 「一つ、お願いしていいですか」
● 詰められた距離を認めるより先に、眼前に伸びてきたのは轟の手。遠慮なく固めた拳を喰らう寸前、乾いた音と共に掌で縫は拳を打ち返した。 回避の流れを殺さぬうちに縫は身を屈め、轟の懐へ踏み込む。下から顎を狙い掌打を放てば、まるで彼の輪郭を沿うように一撃が滑った。上空へ空振りした腕は、そのまま轟の手首で弾かれる。 「ふっ、さすがだな」 跳ねて後方へ下がった轟が不敵な笑みを浮かべる。 手合わせをと願った縫自身、滾る情熱と興奮に笑わずにいられない。 ――真剣なのに変わりはないけど、でも。 楽しい。 心の底から湧き上がる情に、少女は嘘を吐けなかった。 「まだまだ、いきますよッ!」 瑞々しい草をも爪先で弾き、後退したばかりの轟へ縫は突進する。蹴りを見舞うには体勢が心許なく、筋は柔らかくも捩れぬよう固定した手首を武器として、叩く。 叩くと言えど、相手も立派な体格を有している。縫の掌がびりりと撓んだ。打った重みで衝撃を成すよりも、速度に任せて威力を上げる方が。縫の性に合っているのだろうか。少なくともこの手合わせでは。 お互い本気で当て合う気など毛頭無い。しかし、余力を残して戦えるほど器用でもなかった。轟の拳が迫ったため身を屈めやり過す。 ふ、と息を吐いて肘を引いた轟の呼気は、乱れつつある。それを縫は、音ではなく感覚で知った。無論、彼女自身も同じだ。これだけ激しく動けば、多少なりとも呼吸のペースは崩れる。 呼気が乱れれば五感も乱れる。そして、五感が乱れれば反応が遅れる。 息継ぐ間もない連撃を繰り出されれば、轟とて総ては防ぎ切れないだろう。 「はぁっ!」 だから気の流れを掻き乱すべく、縫は掛け声に合わせて拳を突きつけた。掛け声と同時に繰り出される拳へ、轟の意識が外れた瞬間を狙い定め、彼の視界の外から、尖らせた膝を入れる。脇腹めがけて、容赦なく。 突きこまれた膝の直撃を避けようと、やや身体の位置を変えていた轟だったが、その一蹴は案外ずっしりと彼をえぐった。衝撃に竦む彼の首筋へ手刀を差し込むと同時、縫は自らの腹部に同じように手を突き立てられ、ぴたりと止まる。 「……やはり、強いな。神居坂」 あっさりと負けを認めた轟に、縫は手を引き、深々と頭を下げた。
● 「確かめたかったんです。ずっと、知りたかった」 真っ直ぐにしか突き進まない自らの拳は、力任せのものだと縫は告げる。だから、数々のものを背負った拳のすべてを、受けきることはできない。それが悔しくもあった。 それでも、何も知らずにいるよりかは、重みがどれほどのものなのかを理解していたかったと。 罪の意識や喪失の痛みは、心を死に追いやる凶器だ。それらも背負った拳を、しかと目に焼き付ける。 「いつか同じ戦場に立つ時、背中、預けてもらえますか」 続けて綴った縫の想いもまた、彼女の拳と同じように曲がらず轟へと届けられた。 「俺はとっくに、背中を預けている。たとえ同じ戦場に居なくてもだ」 返った答えに縫の瞳が揺れる。 轟にとって信頼できる仲間が多い学園だ。戦場が異なろうと、背中を預けることに、もしかしたら躊躇いを見せないのかもしれない。それほどまでに信頼していることは、確かに喜ばしいことでもあるが、僅かに寂しい。 けれど胸が透くというのは、こういう感覚を指すのだろう。すっきりした余波か、縫がのびのびと背を伸ばす。 轟も小さく笑んだ。何処か充足した笑みで。だから縫も、これ以上は望まない。 「……へへ。ラメ、もふもふアタック!」 それまで暇を持て余していたであろうラメトクを、再び轟へ突進させる。 考え込むのは向かない。最終的に至った縫の結論はそこだ。彼女はそれで十分だった。 ――真っ直ぐに戦おう、これからもずっと。 北国で咲いた少女の願いを祝うかのように、轟が握った拳を突き出してくる。 だから縫は、その拳へ自らの拳をこつんと押し当てた。
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参加者:1人
作成日:2012/06/18
得票数:カッコいい6
ハートフル6
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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