<リプレイ>
● 「和の小物を見立てて下さい!」 澄み渡る青空をも突き抜ける声。ホーリィ・ランプフィールド(インビジブルスマイル・b18301)のものだ。 繁華街の喧騒にあっても衰えない明るさに、井伏・恭賀(運命予報士・bn0110)は意識せず頬を緩めた。約束の日を今か今かと待ちあぐねた青年にとっても、彼女の声に混じる興奮は手に取るように解ってしまう――彼も、彼女と同じ状態にいるからだ。 本日の催しは『わがまま対決』だ。そう称して町へ繰り出した二人は、交わした約束の通り、今日は何でもないただの人間だ。能力者でも運命予報士でもなく。 ――その一日だけは、能力者として、運命予報士としての自分を、忘れること。 そう切り出したのはホーリィだった。此度の対決に関連性は無いように思える条件。しかし、これが思いのほか難しい。少なくとも恭賀にとっては。 弾む足取りを隠さず歩くホーリィを一瞥した。参考になればと思い至ったところで、彼女は平時となんら変わらない。 「……参考に、ってのがおこがましいよなぁ」 「え? 何か言いました?」 ひとりごちたものであったが、しっかり拾われてしまい、恭賀は慌ててかぶりを振る。 「えーと、その、小物って言ったよね? 例えばどんな?」 この辺りではそこそこ広く、品揃えの良い和雑貨の店へと足を踏み入れた。自分も時折来る店だと恭賀が話すと、興味津々にホーリィが店内を覗き込む。手拭から箸まで綺麗に陳列された店だ。訪れる客層も、どちらかというと若者寄りで、和雑貨の店に慣れていなくても、気兼ねなく入ることができる。 そこで不意に、ふわりと橙の髪を揺らして首を傾けたホーリィが、ぽんと手を叩く。彼女が徐に懐から取り出してみせたのは。 「これです、これ」 「……携帯?」 恐らく新品なのだろう。傷も汚れも見当たらず、純白と喩えてもおかしくないほど綺麗な携帯電話だ。飾り気も無い生まれたてのような白に、恭賀も思わず微笑んでしまう。 その携帯を弄りだすのかと思いきや、ホーリィは携帯を片手に、笑みを浮かべて。 「これにストラップをつけようかなって」 なるほど、と合点がいき恭賀は頷いた。 若者向けのデザインや品も扱っている店だ。早速恭賀も、こっちこっち、とホーリィを手招く。すぐさま駆け寄った彼女は、数十種類に及ぶストラップたちが並ぶのを知った途端、うわあ、と感激が零れ始める。 「たくさんありますねっ」 「ねー。どれがいいかなぁ」 これだけ異なるデザインが存在すれば、選ぶのにも一苦労だろう。 顎に手を添え眉間にしわを寄せていると、その表情を逃がすことなくホーリィに目撃されていた。難しい顔がおかしかったのか、くすくすと肩を震わせている。なんで笑うんだよー、と詰るでなく軽い調子で訊ねてみれば、なんででしょう、と一枚上手の言葉が返った。こう言われては、気になって仕方が無くなる。 ならば気を紛らわすためにも、早急に選ばなければ。 「えーと。ホーリィさん、とんぼ玉のもあるし、和風な四葉のクローバーとか、桜と……」 「どれも綺麗っ!」 店内の照明から注がれる光を受けて、ストラップがちらりと煌く。トンボ玉のような滑らかな肌は、まろい光を流していき、装飾に拘った形状の肌には、光も四方八方へ反射してしまう。 「見てください今日がさんっ、だるま!」 「おおっ、ほんとだー」 「こっちには大判小判のストラップまで……っ」 「金運が上がりそうだよねー」 ホーリィは、組紐の根付、硝子細工、蒔絵を模したものなど、気に入ったものを一つ一つ摘み、掌へ掬うように乗せては、わあ、と恍惚の息を漏らしている。 彼女の握る白い携帯電話を一瞥し、恭賀はふと、前々から気になっていた一つを手に取る。ホーリィの名を呼び、さっと振り向いた少女の前へ垂らしたのは、ちりめん素材でできたフクロウが付いたストラップだ。橙や黄色の混ざったちりめん素材のフクロウは愛らしい顔立ちで、ホーリィを見つめている。 「真っ白い携帯になら、これとかいいんじゃないかなー?」 彼女の手へと乗せた拍子に、ちりんっとフクロウが鳴いた。鈴が入っているのかと問うホーリィに、こくりと頷く。 「音で居場所を報せるから、無事が判るしねー」 それでいてフクロウが福を招くのであれば、それはきっと幸運なことだろう。 だからこそ恭賀はこれを選んだ。すると少女の眼差しが、何事か訴えかけてくるように射抜いてくる。暫くは意図が読めずにいた恭賀も、時間をかけて漸く、彼女の内で燻る念に勘付いた。 「……能力者さんとか、運命予報士とかとは違うよ」 まったく関係ないとも言えないけど、と付け足せば、二人して噴き出して笑ってしまう。 「よーし! 気を取り直して、次は俺のわがままだね」 「はい! 待ってましたよ、どうぞ」 どんと来いと言わんばかりに構えたホーリィに、引きずっていた笑いを残しながら恭賀は食器のコーナーへ首を巡らせる。 「アイスティーを飲むのにね、コースターを買おうと思って」 選んで欲しいんだ、と願いを傾ければ、ホーリィは胸を張って食器のコーナーへ急いだ。 食器の取り揃えも好評な店だ。日常使いから贈答用にまで、テーブルウェアや食器も用意されていた。ゆっくり少女の後を追った恭賀がそのコーナーへ着く頃には、既に吟味したらしい彼女から、ぐいとコースターを胸へ押し付けられた。落とさぬよう注意を腹って受け取ったのは、ガラス製のコースターだ。異なる緑の葉が集まったそれは、透明感に溢れた涼しげなものだった。 へえ、とつい恭賀も唸ってしまう。 「ここ、重なりで出来る溝が水滴を受けるから、アイスティーに丁度いいと思ったの」 促されるがままコースターを撫でてみれば、溝に当たる部分で皮膚が引っ掛かる。 「うん、じゃあこれにする」 「即決?」 もう少し悩むと思ったのだろうか、ホーリィが吐息だけで笑った。だから恭賀はこう返す。 ホーリィさんが選んだものだからね、と。朗らかに笑って。
● 腹の虫がお昼時を報せた頃、ランチにしようと二人でやってきたのは、繁華街から外れた場所にある公園だ。 ベンチから眺める公園は、夏らしい照り付けるような陽射しに芝の緑、草花が揺れて、木漏れ日がちらちら光る、目に楽しいものだった。時折子どもたちの声や、散歩の途中らしい犬の鳴き声こそ混じるものも、風は終始穏やかだ。 強いて言うなら、暑いというぐらいで。 じゃーん、という効果音を自ら口にして、恭賀が膝の上で開いたのは弁当箱だ。ハーブとレモンの爽やかな香りが広がるチキン、サラダはもちろん色鮮やかなオムレツ、動物を模ったウインナーなど、子どもの運動会にでも持っていくような量と可愛らしさがある。 すべては、いま正に携帯電話で写真を撮っているホーリィの希望に沿って。 「ほらホーリィさん、これも作ってきたよ!」 「あ! ぐーちゃんおにぎり!」 次に恭賀が取り出したのは、ぐーちゃんを模ったおにぎりだ。モーラットの白さを表わす米も、木漏れ日のように煌いている。 顔とか作るの楽しかったよ、と気の抜けるような声で笑った恭賀へ、ホーリィは身を乗り出して。 「食べるのが勿体無いです、けど……!」 葛藤の唸りを噛み殺すように抑えるのはホーリィだ。その様子が微笑ましくて恭賀が目尻を下げていると、突然、彼女からこんな願い事が届く。 「……後でぐーちゃんにもあげていいですか」 囁きがあまりに彼女らしくて、堪えきれずに恭賀は笑いを転がり落としてしまった。
「これが食べ終わったら、商店街辺りで食べ歩きでもしましょうか。何がいいですか?」 尋ねられて記憶を掘り起こした恭賀は、お焼きが食べたいなぁ、と呟く。すっかり温くなったベンチから腰を上げた。引っ張られるようにホーリィも席を立ち、私は飲み物を、と手を控えめに挙げる。 どうやら、飲食物に関するわがままは、互いにすんなり決まったようだ。
● 次に二人が訪れたのは、町外れの高台、昼でも地元の人すら殆ど近寄らないという、古びた展望台だ。長い時間を経て重力に逆らえず、撓んだロープが張り巡らされている。放置された雑草は活き活きと背を伸ばし、植物の陰を好む虫たちは人の手が入らない場所で安住している。 何がしかの思念があってもおかしくないが、不思議なことに、展望台の周りを覆う静寂は、恭賀にとっても心地良いものだった。恐らく、安心感が先に出るためだろう。 「ちょっと内緒のお気に入りの場所なんです」 人差し指を口に当ててホーリィが言う。そのままくるりと身を翻し、展望台を駆け上がっていく少女を、慌てて恭賀も追った。草と土と、埃と錆の匂い。あらゆるものが混ざった寂しげな匂いのする場所だと、恭賀は思う。それでもむず痒くはならなかった。 帰りのバスの時刻を心配してしまう程、人気がないためやや落ち着かない恭賀へ向けて、ホーリィは心強い援軍――相棒の名を呼んだ。 「さあ、援軍の出番!」 ぐーちゃん、と呼びかけた柔らかい声に、きゅ、と甲高い泣き声でぐーちゃんが姿を現す。待ちあぐねたかのように輝くつぶらな瞳で、ぐーちゃんはホーリィと恭賀を交互に見遣り、もう一度鳴く。展望台の柵に肘を乗せたホーリィの傍らで、ぐーちゃんも夕陽を眺める。 空気を多分に孕んでふんわりした毛が、目の前にある。恭賀は疼く気持ちを胸に秘めたまま、そろりとぐーちゃんへ手を伸ばした。そんな恭賀の心境を読んだのか、直後ホーリィが高らかに宣言する。 「もふもふ突撃ー!」 「きゅーっ!」 「うわぁ!? っははは、もふもふだねー」 突然のことに一瞬驚いたものの、しがみつくように飛び込んできたぐーちゃんを抱きしめて、真夏にも関わらず恭賀はその温もりを堪能した。 そんな恭賀とぐーちゃんの様子を、ホーリィはただただ黙って見守る。 やがて、構うのに飽きたらしいぐーちゃんが、ホーリィへとひょいとしがみついた。名残惜しむように、恭賀が眉尻を下げる。けれども離れたら離れたで追いかけはせず、そのまま一人と一匹を長め始めた。 傾く陽は変わらず在り続ける唯一のものであるのに、眺める場所や歳によって、こうも違って映るのは何故だろう。尽きない疑問の海へ意識を浸す前に、恭賀の耳朶を打ったのは心地良い声だった。 「私、昔は、何もかも連れて行ってしまう夕日が嫌いだった」 昔日の景色を思い返しているのだろう。ホーリィが細めた目は、夕陽と同じ橙色を濃く映している。 「でもね。この子と出会って、学園で沢山の人に触れて、夕日の先の闇も、闇の先にある夜明けも知って……」 彼女が挙げたのは、自身が体験した数え切れないほどの思い出だ。 この子、という単語に反応したのか、ぐーちゃんがきゅうと短く鳴く。そんなぐーちゃんが愛おしいようで、ホーリィは抱え込んだぐーちゃんの毛に指先を絡めて遊び始めた。感触が好ましいのだろう。時折こうした手遊びを、ホーリィは何気なくしてみせた。特にじっとしていることの多い場面で。 稚気が滲むとはこういうことを指すのだろうかと、恭賀はふと考える。けれどその思考もすぐに、彼女が紡ぐ話の続きに持っていかれた。 「いつの間にか、夕日を眺めるのが好きになってた」 彼女は柔い陽射しから視線を外すことなく、くたびれた柵を掴んだ。人気のない展望台の柵は、多くの人に握られてきたのだろう。ホーリィが掴んだだけで軋んだ。よくよく見れば、塗装も剥がれて錆びがむき出しになっている。 くたびれたまま、それでも崩れることなく存在する展望台。太陽とはまるで反対の存在に立ちながら、少女は口をはくりと開けた。微かに呼吸の音が届きそうなほどの、温い風が彼女たちを包む。 「……私ね、恭賀さんが好き」 胸が凪ぐような穏やかさで、夕陽を遠目に彼女は言った。想いを受けた恭賀の思考が一瞬で固まる。だから固まった思考を解すように、口を開こうとした。 しかし命令を受け取った恭賀の唇が動くよりも早く、ホーリィがかぶりを振るう。好きと告げたときと同じ唐突さで。 「答えは、無くていいんです。困らせたくないから」 少女は無邪気なままだ。初めて会ったときから、ずっと。 答えは無くていい。そう先手を打たれて困惑を隠せずにいる恭賀は、彼女の無邪気さに振り回されていた。今も、もちろんそうだ。 「好きになれたことが幸せで、沢山の力をくれた、だから……」 ――これが今日最後の、わがまま。 囁くホーリィが振り返り、背中を柵へ預ける。胸に抱えたぐーちゃんが、不思議そうに彼女を見上げた。 「恭賀さんを好きになって強くなれた人間が居たこと……それだけ、覚えていてくれますか」 混ぜ物が存在しない彼女の言葉は、止まず降り注がれる。それは、己を守る言葉ばかり知り過ぎた大人を恥じ入らせるものだ。その美徳を失わずにいるホーリィから、恭賀は視線を逸らさない。 ふ、と吐ききった息は笑みを含んでいて、吐いた恭賀自身も少しばかり驚く。 「……そっか、そうだよね」 何かを確かめるように呟いて、恭賀は彼女の前へ小指を差し出した。 「忘れないよ、忘れられるわけがないよ。だから君も……覚えてるって、指切りしてくれるかな?」 突然指切りを求められたことにきょとんと目を瞬かせたホーリィも、直後にはくすくすと肩を震わせる。断る理由なんてないわと言わんばかりに、彼女も小指を繋ぎ合わせた。いい年して指きりは子どもっぽいかな、と頬を赤らめた恭賀へ、ホーリィは頭を左右に振るだけで。 彼女との指切りが済むと、ぐーちゃんも、と恭賀は短いぐーちゃんの腕をそっと掴んだ。 「わがまま対決は、恭賀さんの勝ちですね」 これもわがままだから、と約束に使ったばかりの小指をホーリィがくいと動かす。そんな彼女に恭賀は緩く首を振って。 「……おあいこ、だよ」 「え? 引き分けですか?」 「きゅっ!」 甲高い声で鳴いたぐーちゃんにくしゃりと表情を歪ませて、引き分けだね、と恭賀はホーリィとぐーちゃんの姿を、伏せた瞼で隠す。見えるはずのないものを夕陽と共に送るかのように、薄い笑みを唇へ掃いて。 「今日はありがとう。楽しかったよー」 礼を述べた恭賀へ、ぱっと笑顔を咲かせたホーリィが軽く頭を下げる。 「こちらこそ、今日は付き合ってくれてありがとう!」 晴れやかで清々しい言葉と表情は、いつだって眩いものだった。 それを目の当たりにしながら、わがままを振りかざす日も悪くないと、恭賀はめいっぱい空を仰ぐ。 陽は、いつのまにか沈んでいた。
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参加者:1人
作成日:2012/08/04
得票数:楽しい1
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ハートフル6
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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