因白うさぎ 〜七つのお祝い〜


<オープニング>


「そう言えば、うさぎの誕生日が近かったな」
「…………」
 因白うさぎは答えない。
「どうした。そう言う日は家に帰って、家族とお誕生会とかするもんだろ」
「…………」
 因白うさぎは答えない。
「……もしかして、しないのか?」
 因白うさぎは答えない。
 答えずに、ほんの小さく、俯いた。
 
 因白うさぎ。今年の8月15日で、やっと7歳になる女の子だ。
 彼女は、あまり多くの人とコミュニケーションを取らずに過ごしてきた子でね。
 だからか、彼女は「友達」や「仲間」と言う感覚をあまり知らないんだ。
 そして、誕生日を祝われると言う感覚もね。
 だが今は、君達がいる。
 君達のお陰で、うさぎ君は少しずつだが周囲に心を開き始めている。
 そんな君達にお願いだ。
 どうか、彼女の誕生日を祝ってやってはくれまいか。

 近くにある公共施設に和室を借りてある。
 時間は昼間から夕方まで。飲食は自由。
 あまり広くはないが、静かに過ごすにはいい場所だ。
 だが、部屋を借りただけで他の物を何も用意していないから、座布団以外は君達の持ち寄りに頼る事になる。
 いいアイデアを期待しているよ。
 あ、そうそう。
 彼女にはお誕生会のことは伏せてある。
 ちょっとしたサプライズのつもりでね。当日この場所に来てもらうように言ってあるんだ。
 その後の事はよろしく頼むよ。

 あの子の誕生日を、是非良いものにしてやってくれ。
 それじゃあ、頼んだよ。

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参加者
NPC:因白・うさぎ(小学生運命予報士・bn0074)




<リプレイ>

●とうめいなこころ
 因白うさぎは、今日と言う日にあまり期待をしていなかった。
 だから。
「…………ん」
 ここに呼ばれたことも、きっと関係は無い。
 指定された建物を見上げて、無意識にそう考える。
 8月15日。
 今日は、彼女の誕生日だった。

「めーでめーで、ターゲットの到着を確認。これより実行に入る、どうぞ」
 影に隠れて、のもじが虚空に向かって喋っていた。
 その後ろで施設職員に頭を下げるジェニファー。
「すみません、あの子の誕生日の為なんです」
「そういうことならよかよぉ。程々にな」
 温厚な職員に感謝しつつ、ジェニファーは顔を上げる。
 そして、自動ドアが開いた。
 今だとばかりに飛び出すのもじ。
「お待ちしておりました因白お嬢様♪」
 びくうっ!
 そんな効果音が聞こえそうなくらい驚かれた。
 職員に再度頭を下げるジェニファー。
 逃走経路を探そうとするうさぎに、のもじは『こちらへどうぞ』と手を出した。
 うさぎは、彼女の顔を見て、次に手を見て、もう一度顔を見て。
「……はい」
 とりあえず、頷くことにした。

 くす玉が割れた。
 続いて鳴り響くクラッカーの音。
「誕生日おめでとう!」
「おめでとうございます」
「7歳の誕生日おめでとうなのさー」
「おめでとうです!」
 突然の出来事にうろたえるうさぎの前に、向日葵の花束を抱えたリヴァルが現れた。
「因白さん、お誕生日おめでとうございます」
 花束を受け取って、まじまじと見下ろすうさぎ。
「……誕生日、ですか?」
 顔を上げる。
 くす玉から下がった幕には、『うさぎさん、お誕生日おめでとう』と書かれていた。
「……ぁ」
 小さく呟く。
 その時、うさぎは何を言えばいいのか分からなかった。
 分からないまま、咲夜に手を引かれる。
「今日は吾達が全身全霊をもって祝わせて頂きますっ!」
 あれよあれよと言う間に上座へ連れて行かれる。
 そこからは、部屋中の装飾がよく見えた。
 白いリボン。白い花。
 兎さんやシャーマンズゴーストのぬいぐるみ。
 きれいに並んだジュースのビンに、星やハートの書き添えられた紙皿。
 膝に乗ってくる猫(猫変身した幸)。
 うさぎは自分の知識を総動員してやっと、これが自分の誕生会だと言うことに、気が付いた。
「どうだ、楽しめてるか?」
 永治か顔を覗き込んで来る。
「うさぎ、お誕生日おめでとう。大人になっても忘れられないくらい、素敵な一日にしてあげるからね」
「このお礼は……うさぎちゃんが笑顔でいることデスネ〜」
 織葉やゼイム。文月たち。
 彼らだけじゃない。広くも無い和室だと言うのに、沢山の人がうさぎの回りに集まっていた。
「……ん」
 うさぎはその光景に、こそばゆさを感じる。
 何故かは、分からなかった。

●みたされるきもち
 綺麗な形をしたビンが、トレーの上でカチカチと当たる。
「人数が人数なだけに重いな」
 割と涼しい顔をして、悠はトレーを床に置いた。
 そこからビンをつまみ上げて、千絵がテーブルに並べていく。
 テーブルの上には既に沢山の料理が並んでいる。
 ヨーグルトアイスにフルーツジュース。錦糸卵に稲荷寿司と色とりどり。
 これが全て持ち寄りだと言うのだから、大変なものだった。
 ちらりと、うさぎの方を見る。
「皆に囲まれて、忙しそうね」
「狼狽してるようにも見えるが」
 千絵がくすくすと笑う。
「いいのよ。慌しいと、寂しいことも忘れるわ」
「……なるほど」
 その言葉に、悠は口の端を上げた。

「ど、どうだったかな?」
 日本舞踊を踊り終えた陽姫が、うさぎの所に戻ってきた。
 うさぎは、拍手でそれに応えようと思ったが、両手は既に塞がっていた。
 両手どころじゃない。
 バースデーカード。大きなうさぎのぬいぐるみ。コサージュ。花束。ストラップ。ガラスランプ。帯飾り。ストラップ。ハンカチ。万華鏡。
 その全部にうさぎは埋もれていた。
 とりあえず、頷いておくことにする。
 因みに、右手に持っているのは紙コップ。
「はい。もう一杯どうぞなのよ」
 そのコップに、オレンジジュースが並々と注がれた。
 黙って頷くうさぎ。現在何度目になるかは、あえて言わないことにした。
「おいしい?」
「……ん」
 もう一度頷く。
 ふわりはわざとらしく胸を張った。
「ま、まぁ。私が作ったんだから美味しくって当たり前だけどもねっ」
 そんな彼女を押しのけて、ルナと椎菜がうさぎに詰め寄る。
「うさぎちゃん、今日は可愛い服とか沢山用意して来たのっ」
「因白さんには、どれも、似合いそうですね……」
 着々とアクセサリーで飾られていくうさぎ。
 終始硬直状態のうさぎだったが、二人がよしと言った頃には随分と様変わりしていた。
「ぅ……」
 鏡を前に、うさぎは目をぱちくりする。
 その様子に得意満面の二人。
 デジカメを取りだして皆を集めた。
「皆でお写真、記念に撮ろ!」
「お、いいな」
 うさぎを中心に人が集まってくる。
 ここに来てまたうろたえ始めたうさぎの肩に、棘の手が置かれた。
「因白はんがここに居て、俺とお話してくれて、ほんま、嬉しいんどす。ありがとう」
「……ん」
 どう答えていいか、うさぎには分からない。
 向こうで椎菜がカメラを構える。
「……はい、チーズ」
 シャッター音。
 うさぎは胸の奥に、またこそばゆいものを感じた。
 やっぱり、何故かは分からなかったけれど。

●こえのないねがい
 妙なことかもしれないが、うさぎは自分の誕生日ケーキというものを見た事がなかった。
 別に特別なことではない。無数にあるそういった家庭のひとつに、うさぎの家があるだけのことだった。
 少なくともうさぎは、そう思っていた。
「誕生日ケーキに、こうやって火を灯した蝋燭を年齢の数だけ立てて……これを息で吹き消すんです」
 倭が蝋燭に火を灯した。
「……ん」
 照明の消えた部屋で、七本の蝋燭が揺れている。
 ケーキにはチョコレートで『ハッピーバースデーうさぎ』と描いてある。
 それだけの光景が珍しくて、うさぎは目を大きく開けた。
「せーのっ」
 刹莉の合図と共に、演奏が始まる。
 リヴァルのバイオリン。トロのクラシックギター。織葉のキーボード。深柑のフルート。双一のオカリナ。刹莉のサックス。
 演奏するのは定番の、あの曲。
 うさぎは、その音楽を聴きなれているつもりでいた。
 でも、その日の音楽は、産まれて初めて聴いたかのようだった。
 蝋燭の火が、揺れている。
 うさぎの横で、雛乃が囁いた。
「蝋燭を消す時にね、こころの中でお願い事をしながら吹き消すの……」
 何かを思い出すようにして、続ける。
「そうするとね、願い事が叶うの」
 曲が終わる。
「さ、うさぎさん」
 琴古がケーキを指差した。
「…………ん」
 うさぎは、こころの中で何かを呟いて、蝋燭の火を吹き消した。
「おめでとう!」
「うさぎちゃん、おめでとう!」
 沢山のおめでとうが聞こえる。
 そんな中で、うさぎの頭にそっと葵が手を添えた。
「今まで無事に過ごして来れた事に感謝を。そしてこれからの一年がよい年でありますように」
 何度目だろう。
 うさぎは小さく、俯いた。

 ケーキを切り分けている間、うさぎは万華鏡を覗き込んでいた。
 光の中で、さらさらとうつろう景色。
「……きれい」
 と、うさぎは呟いた。
 その様子を見て微笑む斗輝。
「運命予報をしていれば、時には見たくないものを見ることだってあるだろう」
「……」
 万華鏡から、うさぎは目を離す。
「だからせめて、この時だけはきれいなものを見せてあげたいと思ってね」
「……ん」
 うさぎは、沈黙でそれに応えた。
 瞑目する。
 すると、背後から声がした。
「歌、嬉しかったか?」
 振り返る。
 そこにはアキラが居て、仏頂面でうさぎを見下ろしていた。
 少し考えて、小さく俯くうさぎ。
 アキラは暫く逡巡した後、『じゃあ教えてやる』と言って腰を下ろした。
「今度はお前が誰かに歌ってやれよ。いるだろ? 好きな奴」
「……」
 好きの意味を考えて、うさぎは小さく頷く。
「ん、上出来」
 アキラはうさぎを抱きしめた。
 沸き立つ一同。
「ずるいっ! こつもそれやりたかったのに!」
「あ、私も」
 葵達が駆け寄ってくる。
「だっ、違ぇ! オレの地元じゃハグは挨拶なんだよ! 笑うんじゃねえぶっ飛ばすぞ!」
 不特定の誰かをどやしつけるアキラを押しのけてうさぎの回りにまた人が集まってくる。
 両側から抱きしめられたり、頭を撫でられたり。
 暫くそれに身を任せながら、うさぎは別のことを考えていた。
 今のこの場所で、皆に向けて歌おうか。
 そう考えたが、はやりやめておこう。
 なんだかそれは、とてもこそばゆい。
 理由は……また、分からなかったけれど。

●こころのかけら
 パーティーが終わって、後片付けも終えた。
 建物から出たうさぎは、胸のこそばゆさことを考えていた。
「うさぎ」
 不意に、声をかけられる。
 振り向くと、そこには永治達がいた。
「貴女に会えて良かったです」
「よければ来年もまた祝わせてくれよな」
「来年は今日以上に楽しいお誕生会にしますので、今から期待してて下さいね」
 ん、とうさぎは答える。
 他になんて言えばいいのか、分からなかった。
 『ありがとう』と言う言葉ですら、この時には相応しくないように思える。
「帰ろう、因白。送っていくよ」
 根室が、大きなうさぎのぬいぐるみを抱えてそう言った。
「じゃあ僕達も」
 その後ろから、紙袋を抱えて顔を出す幸。
 いや、他の皆も一緒だった。
 紙袋の中身は、うさぎが受け取った沢山のプレゼント。
「……ん」
 また胸のこそばゆさを感じて、うさぎは俯く。
 そして結局、皆一緒に帰路につくことになった。

「ねえ、うさぎ。楽しかった?」
「ん……」
 横から顔を覗き込んで来る幸に、小さく答える。
 構わず話を続ける幸。
「ねえ、実家に帰ったらアピールしてみたらいいよ。お父さんやお母さんも、きっと祝ってもらえるから」
 うさぎはまた、少しだけ考えた。
「アピール……」
「そう、アピール」
 アピールしたら、どうなるのだろう。
 今日みたいなことを、両親がしてくれるのだろうか。
「ぁ……」
 立ち止まる。
 前を歩いていた皆も、後ろを歩いていた皆も、それに気づいて立ち止まった。
 ソフィアがはっとして声をあげた。
「うさぎさん……っ」
 頬に手を当ててみる。
 そこには、雫が伝っていた。
「どうしたの? どこか痛いの?」
「俺何か悪い事言ったかな!?」
 深柑や太郎がうさぎの顔を覗き込む。
 その時やっと、うさぎは自分が泣いていることに気づいた。
 何かに気づくのは、いつも遅い。
 そう思いながら、顔を覆う。
 うさぎちゃん。うさぎ。うさぎさん。
 皆が自分を呼ぶ声がする。
 胸がとてもこそばゆい。
 とてもとても。
 とても。
「わたしは、今……」
 いま、分かった。
 こそばゆい理由。
 泣いてしまった、理由。
 雫を零しながら、顔を上げる。
 そこには皆がいた。
 自分を心配する人。
 自分を慰めようとしてくれる人。
 おろそろしてこちらを見ている人。
 うさぎは微かに……いや、満面の笑みを浮かべて、こう言った。
「今、うれしいです」

 日が沈みかけた住宅街。
 沢山寄り集まった影は、長く長く、伸びていた。


マスター:空白革命 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:31人
作成日:2007/08/26
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
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