水森奇譚へようこそっ


<オープニング>


 高校一年生の夏休み。
 大概の寄宿生が帰省し、やんごとなき事情で寄宿舎に残っていたのは、私とヒバリちゃんとルリちゃんくらい。皆、家に気兼ねなく帰れたのは、ホントいいよ。羨ましいねっ。
 もーすぐ他の寄宿生達も戻って来る頃。
 一方的に皆の土産話を聞かされるなんて、実に屈辱的だよね。嘆息。
 それなら夏休み最後くらい、私達仲良し三人組で無人の寄宿舎生活を満喫してみない?
 舎監長も夜間の見回りをしないし、学期の間の規則より大目に見てくれる今だからこそっ。
 多少遅くまで起きて騒いでたって、いつもは苦情を云う上下の階の上級生達も今は居ない。
 私達だけの最後の楽園だよーっ!
「水森奇譚?」
「毎年、夏休みに居残っていた先輩達が体験したという話なの。この寄宿舎の『秘密の庭』に不思議な大樹の森が現れるんですって。そして白いベールを被った乙女達が森の中央の十本並んだ樹木の蝋燭を灯した時、五人の美しい精霊達が現れて、乙女達の願いを叶えてくれるのよ」
 三人集まった恒例の朝の食堂で、ヒバリちゃんが前に先輩から聞いたという話を持ち出した。
 私には、まだ知らなかった寄宿舎の不思議な伝説が、あったのか。
 そりゃすごいや。
 戦前に建てられたこの大好きな寄宿舎は、まだ木造の洋館風の名残もあり、本物の不思議な世界が本当に広がっていそう。
「白いベールなんて持ってないよ。どうしてベールが必要なの?」
「精霊達はね、乙女達に直接顔を見られると、恥ずかしがって姿を見せないんですって」
「各部屋の白いレースのカーテンで代用出来ないかしら?」
「あ、それいいねっ」
 ──ね? 行ってみない? 真夜中の秘密の庭へ。
 ──去年やっぱり居残っていた先輩達も同じように体験したんだって。
 私達の瞳は、鮮やかな輝きを放っていた事だろうっ。


「よっす。夏休みもあと僅かだけど、元気にしてるかな? 暑い暑い云ってちゃ、残暑を乗り切れねぇぜっ。ま、ちょっと依頼があるんで、いっちょ頑張って来てくんねぇ?」
 小此木・エドワード(小学生運命予報士・bn0026)が汗だくの能力者達を前に、ニカッと笑いながら話し掛けて来た。
 ある女学院高等部の寄宿舎で、奇譚になぞらえた地縛霊が出現してしまったのだと云う。
「真夜中0時になった時、白いベールの乙女達が立つ『秘密の庭』に、外国の絵本に出て来そうな大樹の森が本当に出現する。規模は学校の体育館くらいの地縛霊の特殊空間だ。足下は水気を多く含んだ苔と草に覆われていて、涼しそうだぜ」
 そこに錫杖を手にした五体の地縛霊が、灯火の儀式の後に姿を見せるらしい。
 現実は精霊等と呼べる様な神々しいご面相ではなく、森に招かれた乙女達は、その顔を直視した途端、恐怖に怯えたまま血肉を喰らわれてしまうだろう。
「そんな悲劇が起こる前に、絶対に皆の力で三人の姉ちゃん達を護り、退治してくれ」
「敵が姿を見せた後は、ベールを取っても構わねぇ。いや、むしろ邪魔だから取ろうぜ。攻撃法は主に水なんだけど、三つの技はヘリオンの使うソレに酷似している。一体だけ月桂冠を被ってるヤツが居て、こいつだけが後方から単体の回復とアンチヒールを掛けて来るぜ。そいつを集中的に狙おうと思っても、他の四体が盾となり護ろうとするから気をつけてな」

 しかし女子校の寄宿舎かー…、どうやって潜入したらいいものか。
「まだ新学期間近の今も寄宿生が帰省したままで、残ってんのは、秘密の庭を見に行く三人だけ。舎に潜るだけなら、建物の侵入は簡単だから安心してな」
 問題は、白いベールは男でも女でも被る偽装だけで済みそうだが、肝心の『秘密の庭』の場所は、寄宿生である三人しか知らないという事。
 三人から場所を聞き出すか、真夜中に三人の跡を追うしか、場所を特定する事は難しいだろう。
 勿論、一般人である三人の安全を守る事は、必須である。
 他者から見れば何の変哲もない花壇が、少女達にとって『花園』であるように、何を指して『秘密の庭』と呼ぶのか判らないから……。
「まあ、潜入時間も方法も皆に任せるけど、もし三人に接触しようと思うなら、丁度帰省を終えた他学年の生徒を装う方法で十分通ると思うぜ。三人とも全寄宿生の顔と名前を覚えてる訳じゃねぇから、誤魔化せば大丈夫! けど、えーと、さすがに男は……ま、いろいろ何か方法あるんじゃね?」
 てへ。と、エドは笑って誤魔化した。
 おおいっ!!!!!!!
 方法はそれなりにある筈である。
 うーん……。

 そういえば毎年、先輩達が体験したとか云う水森奇譚は本当に存在したのだろうか?
「さあ。でも不思議話は真偽がどうとかじゃなく、あると信じる方が楽しいと俺は思うんだけど?」
 そして今年、奇譚は現実になった。
 最もそれは最悪の恐ろしい形で、現実になってしまった事が残念だけれども。
 真夜中の水森に灯される燭台の灯りは、幻想的な森を見せてくれる事だろう。涼しい夜になりそうだよなっと、エドは笑って能力者達を送り出したのだった。

マスター:ココロ 紹介ページ
夏休み残り最後は、女子学院の寄宿舎潜入で行ってみよう〜少女小説(?)テイストでお届け予定です。
寄宿舎生活に憧れてました。(しみじみ)

成功条件は、地縛霊5体の退治+被害者の保護
失敗条件は、能力者の敗走or被害者の死亡

【寄宿舎潜入】
三階建ての洋館風。潜入は容易いです。
夏ですから廊下の窓も開き放題ですよ。物騒ですね(何)舎には冷房がないんですって。怪盗気分を味わうも、皆様のお好みでどうぞ。

【三人との接触】
女性の場合は、いろいろな言い訳が通り易いでしょう。
男性の場合は、女装するもよし、ただ寄宿舎内で人知れず潜伏して蚊に食われるもよし。
ご自分の年齢や性別のキャラに合った方法を考えてみて下さい。何かしら方法はある筈です。

【三人】
皆様が訪れる日には、寄宿舎の敷地からお出かけする予定はありません。
常に三人一緒。
食事時は1階の食堂。他は2階の自室や談話室に居る事が多いでしょう。お友達になれたら、ささやかな茶会を開いてくれるかもしれません。

参加者
森川・華月(無彩色の昏夢・b01910)
董院・紗響(色事大好きパブリックエネミー・b03881)
御堂屋・蒼子(あおよりあおし・b04723)
柳澤・澪(無為を薙ぎ往く・b05594)
瑚宵・莱鵡(月影鳴華・b06200)
姫咲・ルナ(三日月の夢見る桃色しっぽ・b07611)
シャルローネ・クレイトー(神閃・b16015)
神崎・輪(風待ちの告天子・b18918)
芹・すずな(跪いて足をお嘗め・b19674)
麻生・椎菜(小学生白燐蟲使い・b25980)



<リプレイ>

●私達、姉妹になりましたっ
 秘密の庭から、月の光が降り注ぐ大樹の森に招かれる乙女達へ。
 ごきげんよう、ごきげんよう。
 今宵、貴方と語り合えますように。

 塔屋を戴く古き洋風建築の寄宿舎のある女子学院。
 緑の木々が敷地内を溢れる生命力で彩り、煉瓦の正面門を潜り抜ける少女達を出迎える。
 玄関ポーチに立ち、そっと丸い金ノブを回して戸を開くと、吹き抜けホールを囲む階段と広い廊下に、御堂屋・蒼子(あおよりあおし・b04723)は憧憬を抱いた。
 傍らの白のキャスケット帽に合わせたフェミニン姿の神崎・輪(風待ちの告天子・b18918)へ、水色のワンピースの裾を翻し、きらきらと笑顔を向ける。
「洋風の寄宿舎。夏休みの一夜に語り継がれる秘めやかな儀式……其処に訪れる私達姉妹。乙女心をこれ程迄に擽る物があるでしょうか…?!」

 今夜、三人の少女達を屠らんとする地縛霊を退治する為、夏休みの帰省から戻って来た寄宿生を装い、憧れの寄宿舎に侵入を始めた能力者達。

 互いに見合わせる眼と眼は喜びに輝いた。
「蒼姉さん。僕も依頼なのに、少し不謹慎かもしれないけど……」
「ドキドキしてしまいますね! さ、参りましょう!」
「あ……ん、この格好、ちゃんと妹らしく、ぼ…私に似合いますか? どうかな」
「似合いますよ。輪さんは、とっても可愛い妹です♪」
 ふと、心配顔に戻っていた少年の手を取って、蒼子は舎内中を駆け巡る夏風の様に颯爽と、賑やかな少女達の声が響く食堂の方へ歩き出した。
 
「こんな素敵な場所で、私も暮らしてみたいな♪」
 この学院の寄宿生である三人の少女達は、目を瞠っていた。
 一番に会った董院・紗響(色事大好きパブリックエネミー・b03881)に付いて来たという、妹の姫咲・ルナ(三日月の夢見る桃色しっぽ・b07611)も、素直で可愛くて。
 紗響の艶やかな髪も魅惑的に揺れた。
 本日、舎に戻って来た先輩達は、どの方も魅力的。
 こんなに素敵な先輩が居たかな?
「え、二人とも一年生?」
 柳澤・澪(無為を薙ぎ往く・b05594)と瑚宵・莱鵡(月影鳴華・b06200)に、三人は首を傾げる。
 寄宿内や学校でも自分達と同学年は、最も接触機会が多い。
「二年生、ですね。二人とも夏休みの間に、一年生気分に戻ったのでしょうか」
「「そ、そうっ」」
 蒼子がフォローを入れて微笑むと澪と莱鵡が頷き、場にいた全員が、どーっと疲れた事を、少女達は気付かない。
 皆、何を慌てたのかしら?
「…おや。皆で集まって何を話してるんだ?」
「御機嫌よう」
 また、素敵な先輩達がっ。
 最後のシャルローネ・クレイトー(神閃・b16015)と森川・華月(無彩色の昏夢・b01910)が上級生顔で徐ろに入室して来る姿にときめく。
 厳粛で異国の顔立ち。
 プラチナブロンドに華奢なスタイル。
 華月の方は外見は女だが、紗響と輪と同じく男。
 内心「アタイ、オカマやからスカートなんか痛くも痒くもないけどねっ」と開き直っている事は内緒。

 夏の思い出話をしましょう。
「今年の夏は、なーんにも面白い事なかったよ」
 ぶーたれる澪に同感。
 オシャレに好きな菓子、恋話、花火の思い出に、お喋りは、いつまでも尽きなかった。

 でも、何と云ってもこの学院で夏の話と云えば…。
「…そこの貴女…今夜、秘密の庭で何か重大な事をしようとしてますね…フフフ、図星ですか…?」
「あ、水森奇譚の事っ」
「すごいです。よく判りましたね、先輩」
 芹・すずな(跪いて足をお嘗め・b19674)が78枚のタロットカードで、三人の占いをしていると、大人しく見ていた麻生・椎菜(小学生白燐蟲使い・b25980)が興味を示した。
「秘密の庭……すずな姉様、それって何ですか」
 すずなに届けに来たノートで顔を隠し、遠慮がちに呟く。
 秘密の庭の場所。
「それはね──……」
 笑みが零れる少女達の口から語られるその物語を、長く脳裏に書き留めておきたい。

●秘密の庭へ
 夜の帳が落ち、世界が眠りに深くつく頃。
 秘密の庭へ行く前に、月の音楽の調べはいかが?
 談話室のソファーで三人の少女達は、輪の奏でるキーボードの演奏に耳を傾けていた。
「ごめんなさい。危険な場所に連れては行けないから……」
「折角、水森を楽しみにしていたのに、眠っただけでは可哀想。終わったら素敵なお茶会を皆で開くのっ」
 輪と紗響の歌が、シャルローネが見守る中、三人を眠りに誘う。
「精霊がゴースト等でなければ良かったのにな……」
 暫し眠りの国で夢を見ていて──どうか。

 寄宿生達の各部屋の窓から、白いレースのカーテンを人数分掻き集め始める。
「これを被ると西洋の花嫁って感じ」
「くのいちさんの花嫁姿やね」
 カーテンを纏った澪は華月達と、くすりと笑いあった。
 床板に敷かれたカーペット、アイボリーの装飾壁紙、ホワイトブルーの二段ベット、並べられた木机達に囲まれた中に立つ澪は、日常世界ありのままの女子高生の姿。
「食堂からキャンドルを拝借しました」
「アタイ達、後でカーテンを返さないとだね」
「…どっちが西で東ですかね…」
「皆、こっちなのーっ☆」
 三人の少女達が眼を覚ます迄、時間はない。
 全員合流し本館を飛び出して、今行く。
 秘密の庭へ。

 西館の渡り廊下の傍に、一本の合歓(ねむ)の華奢な幹が地に刺さっていた。
「ここが秘密の庭……」
 八月末頃に再び咲き乱れる真白き毛房の花、夕刻と共に閉じる葉の見る夢は、どんな物なのだろう。

 少女達の話。
「昔ね、戦時中に、この学院の理事長が女学生だった頃、一本の苗木を植えたのよ」
 ──もしも、この場所が戦火の中で無傷で残ったら、私は生きて大人になる事を信じていよう。
 華月や皆で語り合ったオシャレや遊びや恋の話。
 自由も叶わなかった。多くの乙女達が夢を閉ざされた。
 一人の乙女が望んだ夢と願い。
 そして終戦を迎える日迄、この木は生き残った。
「迷う時、悲嘆にくれる時、涙は合歓の木に捧げるのよ。木が全ての涙を受け止めてくれるから」
 水森は乙女達の流した涙から生まれた心の森で、そして乙女達は美しい水森を見て笑顔を取り戻すのだと。
 水森奇譚は、そこから始まった。
 乙女達の心の中で、水森はもっともっと素晴らしい森になってゆくの。

 ね、聞こえない?
 夏の夜に森の葉擦れの囁きの歌が。
 水が葉脈を通り、命を育む大地の賛歌が。
 生きて。
 大人になって乙女達。

 紗響が両手を天に捧げる。目を閉じると耳元で葉擦れの囁きが聞こえる。
 夏の夜風が清涼に変わり、肌を撫でていく時、遠く離れた学舎の鐘が鳴り始めた。
「これは……幻想でしょうか」
 椎菜とルナが小さな頭を巡らす間に、辺りの風景が変わり始める。
「真夜中の0時になると、幻想の森へ誘われるのね」
 白いベールを頭から被る。
「行こうじゃないの、水森へ。地縛霊達に夢見る乙女達の心を踏みにじらせたくないからね」
 華月の声が響いた時、舎も合歓も消え、全ての風景が変わった。

 乙女達よ。ようこそ、水森へ。
 森が囁いた。

●幻想の森へ
 北欧の森へ迷い込んだかと思えた。
 天に聳え立つ大樹の群れ、地に生える苔と草が、足元に柔らかい浮遊感を与える。
 まるで妖精と風の精霊達が木々の間を飛び、夜の女王が森を抱く姿が見えそうな幻想風景。
「素敵、ですね」
 ベールを少し持ち上げ、暫し見惚れる莱鵡と乙女達は、広い円に囲んだ低木の頂点に五枚の葉が輪生し、その上に芯を差した蜜蝋の塊の前に一人一人立ち並ぶ。
 厳かに聖なる火を灯す儀式。
 一…二……。
「こういう不思議がすごく好きです」
 子どもの時、別世界に繋がっていると信じて覗いたタンスの中、真夜中の薔薇園。
「え? も、勿論、今はもうやってないですよ?」
「私も見てみたいです…」
 ベールの下で顔を赤らめる隣の輪に、椎菜が微笑みかけた。
 仄かに森全体に広がる灯火が十人の乙女達の影を、木々の幹に映し出た時。
 
 オお……おオぉ……ォぉ…。
 肌が粟立つ怨嗟が地を這い、辺りに響いた。
 燭台の影が伸びゆく先に、樹木の合間から浮かび上がる白き衣姿。眼窩と口腔が陥没し、混沌の闇に繋がれし煉獄の鎖を鳴らしながら、足音無く近付く者達。
 その姿に戦慄する。
 シャン……。
 五体の地縛霊達が持つ錫杖の輪形の遊鐶が一斉に鳴り響く。
「…精霊を装うなんざ性質が悪いですね…乙女の信心を利用した手口…こりゃめちゃ許せんよなぁ……」
 すずながベールを取り去り、凶の地縛霊達を見据えた。
「出来るだけ短期戦闘を目指して、各個撃破狙うのっ」
 刹那に紗響の歌声が伝令となり、儀式の場の中央で前、中、後衛の陣形を整え、自身の力を高める仲間達に次々と指示が行く。
 ゾロリと精霊達の歩が進み、射程内に侵入して来た。
 日本刀を両手に携えたシャルローネが、白燐蟲使いの椎菜と華月に白燐光を望むと、更に二人の体に宿る光が影を森の隅へ遠く押しやった。
 月桂冠を抱く一体を囲む四体の精霊達。
 髑髏に皺皮が張り付き、怨念の咆哮を響かせ続ける其の姿。
 錫杖を振ると、水の衝撃連鎖が対峙する能力者達を瞬時に襲う。
「女の子の憧れは、キレーなままじゃないとダメなのっ。私達で女の子の夢も希望も守るの!」
「伝説に揺れる乙女心、ボクが守ってやろうじゃないの!」
 ルナが蟲を華月の武器に宿すと、澪が術扇を開き、蒼子、莱鵡、シャルローネと共に一気に、先行に走った紗響の示す一体へ間合いを詰め、取り囲む。
 紗響が操る紅玉が鏤られた短刀『鏖殺三昧』を振る刹那に、鋭き水刃が迅く肉を裂いた。
 敵の各個体の周囲に、水塊が盾となり浮遊する。
 月桂冠の一体の投げる回復の追随を許さぬ前衛五人の炎、水刃、黒影が集中的に個体を襲う。
 華月の渾身の力で叩き付けた詠唱ガトリングガンが、敵の治癒を一時停止させた。
「さ、いい子だからそこ退いてくれるかな……!?」
 澪の体内で水気迸る。
 地縛霊の懐へ刹那に潜り、涼やかな音を鳴り響かせる術扇『紗鳴』を通して、地縛霊の体内に一気に練り上げた水の気力を注ぎ込んだ。
 破邪の気に禍々しき肉体が吹き飛ばされ、大樹の幹へ衝突すると同時。
「ゴーストには退場して頂くとしましょうか」
 莱鵡の水鏡月華から放つ炎、後衛すずなからの一斉砲撃が浄火となり、地縛霊の身を包み込む。

 怨嗟の鎖と共に、消失していく躰。
 滅される個体が四、三、二……『断命剣・散』『断迷剣・瞬』鈍き光、白き光に影が宿る二刀の閃きが少女の茶の瞳に映る。椎菜とルナの霧散する眠り技、飛び交う炎。
 斬る、断つ。
 乙女達と精霊達の影が、大樹の森に踊り続ける。
 この世界から迷える魂を天地へ帰す。

 椎菜の治癒の脈を月桂冠に断ち切られたシャルローネが中衛に下がり、呼気吸気を繰り返し呟いた。
「もしも三人の少女達がこの森に入っていたら……大事な事を忘れていたな」
 今回の敵は、『遠距離と視野内の範囲攻撃を主体とする』という事。
「…万一の時には背に庇うだけじゃ…彼女達に及ぶ攻撃を防ぐ事は難しかったですね…」
 能力者の体一つ分の防壁など、無きに等しい。
 一般人は、攻撃を受ければ即死。
 最後の一撃、すずなのストーンヘンジ砲の回転動力炉が回転を増すと翔る炎を噴き、輪の気の塊が放たれる。
「彼女達から敵を射程外へ引き離す戦法を考えていなければ、とても無理でした」
 楽しい会話は、秘密の庭の場所を導き出し、彼女達の運命を変える事になった。
 それで良かった。
 この水森を見せてあげられなかったのは、とても残念だったけれども……。
 ──生きて。
 ──大人になって乙女達。
 乙女達が生きる願いこそが、合歓の見る真実の夢。

「…消えて下さいよ、精霊さん…」
 滅び行く最後の一体。
 頭に抱く月桂冠が千切れる様。
 幻想の森に抱かれて、眠れ──永久に。
「御機嫌よう、そして、さようなら」
 華月の玲瓏な声が禍々しい存在へ手向けの言葉となる。
 乙女の願いを叶える何かが、再び幻想の水森へ訪れるように願う。

 燭台の中央に、夜の帳に抱かれる道標、合歓の木が現れた。
 今宵、眠る合歓が見た夢はどんな物語だったろう。
 すずなの瞼に、消え去る森と合歓が重なり合う姿が焼き付けられていた。
「……来年、また来て…見てみたいですね……水森奇譚を……」
 きっと、この森より美しい物に違いないから。

●素敵なお茶会
 夏の夜は、何故こんなに空が高く、粛々と星々が輝くのだろう。
 風が合歓の眠った葉を鳴らし、吹き抜けていった。アーチを描いた渡り廊下に、三人の姿が見えた。
 見せてやりたかったな……幻想の森を。
 シャルローネは髪を払い、合歓に振り返り呟いた。

 談話室の大テーブルの上には、輪が用意した揺り籃型の硝子の器に盛られた多種多様のチョコレートを中心に、蒼子のパウンドケーキ、澪のクッキーも並べられ、ティーポットから注がれたルナのラベンダーティーは仄かな芳香を放ち、美しい紫色がカップの中で揺れていた。
「スコーンが焼けました♪」
「私も少し……輪さんのお手伝いをしたのです」
 輪と一緒にスコーンをのせたトレイを運んで来た椎菜の照れた表情に、「…可愛いのですっ…」と、すずなが、ぎゅーっと抱きしめた。
「お招き有難うございまーす♪ お姉様方」
「ようこそおいで下さいました」
「ひと時の月夜のお茶会を楽しみましょうね」
 くすくす。
 どちらが主賓か判らないけれど、蒼子と莱鵡に少女達はスカートの裾を摘み、礼をする。
(「すぐにお別れになっちゃうけど、袖振り合うもナントヤラだし♪」)
 楽しみましょう。
 澪と紗響がお皿にお菓子を取分けると、華月がフォークを配る。
 魔法の砂糖菓子、魔法のティースプーン。
 語り合い、笑い合い、魔法が解ける時間まで。

 そしてお別れの時間。
「美味しいお茶会を、どうも有難う! 私達、今夜は紗響お姉ちゃんのお部屋に泊まって、朝にはちゃんと帰るのね」
 だから、舎監長様にはナイショね☆
 もちろんっ♪
「元気でね。ルナちゃん、椎菜ちゃん、輪ちゃんが大きくなったら、この学院に入学してくれると嬉しいな」
 沢山の乙女達の思い出を護り続けた場所。
 交わした握手は、約束の印。
「先輩達は、また明日遊んで下さいっ」
 おやすみなさいーっと、手を振りながら自室へ戻っていく三人の背。
「明日ですか……」
 莱鵡は溜息をついた。朝には自分達は、もう居ないのだ。
「今度こそ、素敵な伝説に出会えるといいね」
 澪の言葉にシャルローネは、ふっと笑みを零した。
 しかし彼女達は、後にこう云いはしないだろうか。
 今年の水森奇譚は、不思議な十人の可愛い姉妹の精霊に会えたのだって。
 来年に語り継がれる夏休み最後のきらきらの一夜に思ってくれたなら。

 遠くで合歓の木が風に揺れていた。
 ごきげんよう。
 ──今宵、貴方の元へ、素敵な夢の雫が降り注ぎました。


マスター:ココロ 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2007/09/11
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