薫の誕生日@我慢大会


<オープニング>


「……興味ねえな」
 田辺・薫(興味不本位・bn0095)は斬って捨てるように返答する。どんな誕生日にしたいか、に対する答えだ。
「この歳になるとわがままを聞いてもらえる機会なんてこの日しかないんですよ?」
 その返答には慣れているのか、奥・弓木(高校生運命予報士・bn0073)はなんでもなく続ける。
「だから、聞いてもらいたいわがままがそもそもねえって」
 気のない返事に、弓木は考え込む。ふぅむ……。
 折りしも、残暑は厳しく、外で話している二人の額には汗が浮かぶ。
「……暑い中で、熱くて辛い物を食べる……」
 ぽつり、弓木のつぶやきに薫の視線が一瞬反応した。
「我慢大会。どうですか?」
「きょ、興味ねえよ……」
 思いっきりそらされる薫の視線。にっこり笑う弓木。
 我慢大会の開催が決定した。

 開催は、校内の教室。内容は、鍋。
 こたつや、暖房器具、携帯式コンロは参加者の協力を仰ぐことになりそうだ。
 もちろん、鍋の具材も。
 そう、要するにこれは被虐嗜好くすぐる自己紅蓮地獄である。
「あ、私は外で救護班やってますから」
 弓木は、早々に逃げた。
「人は多い方がいいですよね。少し、募ってみます」
 そういう彼女の手にはマジックで手書きされたポスター。
「あ……、服装によってハンディがありますよね」
 ポスターに「参加に際しては水着をご着用ください」と書き加えられた。
「……で、いつやるんだよ。俺が参加してないと意味ねえんだろ?」
 薫は、そわそわしていた。

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参加者
NPC:田辺・薫(興味不本位・bn0095)




<リプレイ>

●教室−開会式もどき
 貸切の教室、窓という窓は開け放たれ、風が入って来る。それでも残暑は厳しく、9月の太陽はまだまだ現役とでも言わんばかりに夏の隆盛を誇っている。
 全員の前で弓木が言う。
「田辺さん誕生日記念・我慢大会を開催いたします」
 水着を着ている者が21名。救護やイベントの補佐のために集まってくれた人を合わせると30名にもなる。
「……段取りなどは、特にないので、えっと、始めましょう」
 割となあなあだった。

●校庭−救護班スタンバイ
 教室の窓が一つ、一つと閉められていく。
 救護班の一人、朝日はそれを外から眺めていた。救護班の待機場所は教室の外。何もせずこの炎天下にいるのもそれはそれで我慢大会の体を成すだろう。
「救護班の務めはここにおあしすを作ることじゃな」
 朝日持参のパラソルが立った。
 水着姿の羅偉がそこへやって来る。サングラス装着でバックにはパラソル。ここが学校であることを忘れてしまいそうだ。
「弓木ちゃん、薫君にケーキ焼いて来たんだが預かっといてくれねぇ? 中、あれだし」
 箱を渡す。弓木は思案顔。
「困りましたね。外も暑いですし……」
「私のクーラーボックスなら大丈夫。素敵なプレゼントなのね」
 ルナが、小さな体躯につりあわない大型のクーラーボックスを下ろす。羅偉のケーキ箱はその中へ収納された。

●教室−『善意の』プレゼント
 こたつを組み立てていた薫に、救護班の由樹翔が笑顔で近寄る。
「田辺さん、誕生日おめでとうございます」
「あ、ああ。……これは?」
「プレゼントです」
 由樹翔がモーラットのぬいぐるみを渡す。
「……なんだ、その、悪いな」
 二人のやり取りに気づいてか、ロイトも笑顔で二人のもとへ寄る。
「俺からはこれだ」
 手触りのいい蟹のぬいぐるみ。
「ふわふわもこもこで見てるだけで暑いから、是非抱っこして鍋をかっくらうといいよ」
「あ、ああ。……あぁ?」
 薫はそのぬいぐるみも抱え、ようやく何かに気づいた。そして、気づいた時にはすでに貴峰も近くで自分の持参したプレゼントの包みを開けていた。
「薫、誕生日おめでとう」
 貴峰のプレゼントは薔薇色マフラー。まいてあげるサービスつき。
「……お前ら、もしかして」
 すぐ逃げたロイトと貴峰には薫のつぶやきは届かなかった。

●教室−辛い鍋のできるまで
 窓が完全に締め切られ、各種ストーブに火が入る。掛けられた温度計の表示は32度。すでに本日の最高気温を上回っている。
 鍋の準備は進んでいる。
 律が、率先して手早く野菜を切って入れていく隣で、実通が持参の蛸を取り出した。
「もう入れてよろしゅう御座いますか?」
「ああ、頼む」
 律が頷くと実通は蛸を入れ、蓋をする。
「煮えるまで少し時間がいるな。さて、辛味を入れるならここだな。何かあるか?」
 ざざっ! たくさんの手が律に差し出される。手に手に唐辛子をはじめ、わさび、シシトウに、果ては豆板醤やキムチ鍋用の味噌まである。
「食えるものができるのかー……」
 だきにはそう言いながらお湯を沸かす。特に意味はないらしい。
 ……不快指数を上げる以外は。
 さあ、あとは鍋を待つだけという段になり、リディアがすっと立ち上がる。露出度の高い派手な、もっと言えば目のやり場に困るような水着だ。
「せっかく水着を着る機会があったのだから披露しないとね♪」
 くるり、ステップを踏む。おぉ! という感嘆の声が聞こえた。
「15番、リディア・クライトン。踊りまーす♪」
 扇情的なダンスは、暑さを忘れさせ、そして参加者を熱くした。

 21人存命。我慢大会が始まった。

●校庭−涼しげな応援
 白衣を着た白都が、ひょいと日陰から立ち上がる。
「『それなりにがんばれ★田辺くん』か……」
 座った状態では横断幕の文字が見えなかったらしい。教室へ向けて掲げてあるその横断幕は、レイデルの作だ。
「誕生日だしね。折角だから優勝狙ってもらおうということで、さ」
 それなりでいいらしい。白都が肩をすくめる。
 水道の方を見ると、弓木がホースをつないで水を出していた。空へ向けて霧状に噴霧すると、裸足のルナが舞い降りる水滴に首をすくめる。
「ひゃっ! 冷たい」
 留美はマラソン給水所並の設備をそろえながら、教室の中を眺めていた。
「まだまだ平気そうだね。もう少し面白いことになんないかなぁー」
 留美の言う面白いこと。例えば燃え尽きた吉国先輩が散り際に介抱してくれたガイ先輩に愛を……
 ネタになるかどうか、頭の中で一通り吟味してから隣を見る。朝日が机に向かって筆を走らせていた。
「なにしてるのー?」
「表彰状を作るのじゃ!」
 朝日が作業から目をそらさずに笑う。『たいへんよくがんばりました』と書いてある。
「難しい漢字は解らぬゆえ、名入れは頼めるかの?」
「うん、いいよー」
 留実は面白そうな試みにくすりと笑った。

●教室−鍋攻勢
 掛けられた温度計の表示は38度。
 じっとしていれば耐えられないほどではない。鍋もようやく煮えたところだ。
「「いただきます!!」」
 食前の唱和が響く。
 悟は、ちょっとしたことを画策していた。
「薫さんこっちへどうぞー」
「これだと、狭くないか?」
 小さめのこたつに薫を誘導。あとは……と悟が目を走らせる。
 汗を滴らせながら、持参の石油ストーブの設定温度を上げるガイの姿が映った。
「ガイさんガイさん、こっちで食いませんか?」
「おう。今行く!」
 返答を聞いて、悟が心で笑みを浮かべる。
 そう、狙うは薫のそばをアニキたちで囲うこと。薫の早期の脱落と、さぞかしいい絵が撮れるだろうことを考えてだ。
「なんだ、いっぱいじゃねえか」
「え?」
 が、それは失敗に終わった。悟が離れた一瞬に、薫のそばに3人の女性が座っていたからだ。
「ま、仕方ねぇ。どこかに混ぜてもらおうぜ」
 そう言うとガイは、悟の肩に自分の腕をみっちりと組む。
「あ、いや、はは……」
 悟は乾いた笑いを残す。ガイの体温が熱く感じられたのは、彼が石油ストーブの前にいたからだけではあるまい。
 薫は薫で、別段おいしい思いをしているわけではない。3人、若葉と、結那と真理は薫を早めに潰してしまおうと、鍋攻勢を掛けているのだから。
 結那は自分の皿に鍋を盛ると、そのまま薫に差し出す。
「ハイ、主役っ」
「お、おう……」
 薦められるまま箸を取る薫。とんでもなく辛いものの、熱い鍋は美味しかった。
「うまいな」
 薫の言葉に、真理が頷く。
「暑いときに、熱いものを、みんなで食べる……、えへ、へ、いいですよ、ね」
 真理も、煮えた具材を取っては薫に渡す。結那同様、大盛りだ。
 が、真理は自分でもどんどん食べていた。
 若葉は薫にというより、回りの人間に構わずよそっている。勤勉な鍋奉行のようだった。
「はい、田辺君も。……あ、田辺君は誕生日だから大盛りね」
「……あ、ああ」
 受け取り、薫は苦笑した。

●教室−脱落した勝者たち
 ロイトの目の前には、蟹鍋があった。
 隣では、きとりがまるでおあずけをくらった犬のような顔でうずうずしている。
「よし、いいだろ」
「ごはんだ……っ!」
 二人が同時に箸を取り、ロイトはついでに唐辛子を取った。
「おっと……」
 キャップを外されたビンは、きとりの皿にさかさまに落ちる。あっという間にきとりの皿が真っ赤に染まる。それを確認し、ロイトはいい笑顔で立ち上がった。
「じゃ、頑張れよ!」
 謝罪もなしだ。きとりが涙を流しながら言う。
「そうかそうか君はその為にいたんだね……」
 背中にその声を聞きながら、まだろくに汗もかいていないロイトは、脱落第一号となった。

 軋之は、無我の境地にいるかのような姿勢だった。
「……漢は無形の名誉の為に地獄に挑むのっす」
 座禅を組み、辛い鍋を食べ続ける彼は、事前に大量のスポーツ飲料を飲んで参加していた。
 なるほど確かにいい戦略ではあるのだが。
「……むむ」
 すくりと立ち上がる軋之。そのまま救護班のいる窓ではなくドアに向かう。
「……人の尊厳は如何なる時も守られねばならんのです」
 どうも、あまり水を取りすぎたせいでトイレが我慢できなかったようだ。

 一通り鍋を堪能して箸を置いたのは貴峰。
「今回は負けるが勝ちってことで……、我慢すんの嫌いだし」
 貴峰はそう言うと、さっさと救護班の水遊びに加わりに行ってしまった。
「ずりぃ……」
 羅偉がつぶやいた。

 自分の席で鍋をつついていた龍麻が、異常に気づき立ち上がる。
「大丈夫か? リタイアした方がいいんじゃないか?」
 リディアが、その場に座り込んでいた。よく考えれば無理もない。あの気温の中で踊り続けていたのだから。
 朱鷺も立ち上がる。
「こりゃやばいな。おい、生きてっか?」
 リディアは起き上がろうとしてよろめく。朱鷺が肩を貸して、窓まで連れて行った。
「要救助者一名だ。頼む」
 看護婦の格好をしたソフィアが、保冷材片手にリディアを抱きとめた。

 17人存命。我慢大会は続く。

●教室−汗一つかかない危険
 弓木とルナ、仕事を終えた朝日。そこにロイトと貴峰も加わって、水遊びは盛況だ。
 楽しげ涼しげなそれを横目で見ながら、高斗は赤いマフラーを巻き直す。
「それじゃ、気合入れて行くか!」
 薫はマフラーを外そうかと手を掛けたものの、高斗を見て巻き直した。
 高斗と薫の視線が交差し、火花が散る。
「いい気合じゃねえか」
「……負けねえ」
 薫を見ながら、李鶴が笑う。
「田辺先輩すごいです。俺は、もうダメかも知れません。ぐるぐる回ってます」
 高斗が李鶴に近寄る。
「大丈夫か? 弓木さん、この人をよろしく」
 李鶴を立たせ、窓の外へ連れ出した。

 鍋の手もだいぶ止まり、あとは持久戦といった様相だ。
 皓が薬缶を持って立ち上がる。
「飲み物欲しいやついねぇか」
 手を上げたきとりのコップに飲み物が注がれる。さっきの唐辛子山盛り鍋はきっちり食べたようだ。
「他は?」
 皓がそう問う間に、きとりがコップを仰ぎ、
「きゅうっ……」
 倒れた。
 皓に疑いの目が向けられる。
「なんだよ、ただの焙じ茶だぞ?」
 100度近い熱々の焙じ茶だ。それ自身はなんともないだろうが、激辛の鍋を食べた舌に一番乗せてはならないものでもある。
 きとりは立ち上がると、ふらふらと窓に歩いていき。がん、といい音を立てて窓に鼻をぶつけた。

 静かに鍋を堪能していた律がまわりを見回す。
「……何やら皆が死にそうに見えるのは気のせいか?」
 そういう本人は汗の一つもかいていない。そして、
「実通は平気そうだな?」
 実通もまったく汗をかいていない。
「いえ、暑いですよ? とて……」
 も、と同時に実通が倒れる。
 汗は大事な体温冷却機構だ。人間は体温が42度を超えては活動できない。例え、暑さを感じていなくても身体が動かないのだ。
 それを、熱中症という。
 律が慌てて立ち上がり……
「……暑さで参るとは、初めての経験、だ」
 極度に暑さに強い二人は、それが故に己の限界に気づかぬまま、倒れた。

 13人存命。我慢大会、大詰めへ。

●教室−極限状態を越えて
 掛けられた温度計の表示は49度。
 悟はいまだ、ガイに肩を組まれた状態にあった。困っていると言うより、残念がっている。
 その隣では、朱鷺が裂帛の気合でガイの肩を組もうとする腕を押し戻す。
「くっつくな暑苦しい!」
「我慢大会ってのはそういうもんだろうが! なぁ?」
 話を振られた悟がうんうんと頷く。ガイが朱鷺と肩を組めばいい絵が撮れる。
 それらはみな上半身裸の水着姿で行われているのだからまた暑苦しいことこの上ない。が、温度の話だけをするならば実のところ室温より体温の方が低いので、戦略的にはくっついているのが正解だ。
 気分的暑苦しさは最高レベルだが。

 アリスティアは、自分の目が回るのを感じていた。こうなれば……
 荷物から缶詰を取り出す。
「ああー、そういえばこのようなものもありましてよー」
 辛すぎて食べられない鍋を作り直し、もう少し辛さ控えめにしていただきにの新鍋に、開けて入れる。
「なんてことをー……」
 だきにが抗議するが、どうにも棒読みだ。
 だが、その具材の強烈さは、臭いとして一気に教室に広がった。
「スーストレミング。私の故郷の料理ですわ」
 結那が最初に反応する。
「うわっ、何この臭い!」
 窓に走り、急ぎ開けるが、それは我慢大会としては失格だ。
 だきにもそれに続いた。
「せっかくの鍋がー……」
 至近距離で浴びたのはさすがに辛かったのか、鼻を摘んでいる。
 アリスティアの反撃は、ここまでだった。
「み、皆さん、屈強ですのね……」
 倒れるように、涼しい外へ出るアリスティア。
 実のところ、鍋を食べていた面々はすでにとっくに鼻をやられていた。唐辛子にである。
「ふふ、ふふふふふ……」
 笑い声は、どうやら若葉のものだ。
「ここまで来て臭いくらいどうだと言うの? 私は認めないわ、暑さ以外のものに負けるなんて」
 その言葉に、朱鷺も笑い出す。
「ははは。同感だぜ。俺も田辺がギブアップするまで絶対に……」
 ははは、ふふふ。という笑い声は他の面々にも伝播する。
 それを見ながら、薫は思った。
 ああ、こいつらに勝つのは、無理だ。
「……参った。俺は、リタイアだ」

 薫がリタイアし、9人存命。我慢大会は決着した。
 掛けられた温度計の表示は大台を超え、53度になっていた。

●校庭−やっと誕生日めいてきた
 最後まで残った9人には、朝日が作った表彰状が与えられた。
 ルナが全員にアイスを配っている。
「たくさんあるから好きなの選んでね」
 ルナの天使の微笑みに、参加者がふらふらと引き寄せられて行く。
 気絶していた実通が目を覚ますと、レイデルのひざの上。
「お目覚めかな?」
 レイデルの言葉に実通は儚げに笑う。
「アヴェイソンさん……逆……です」
 本業がら、ひざまくらなら実通がする側だ。そう言いたかったのだろうが、実通はそれだけ言うとまた眠ってしまった。
 由樹翔が、まるで枯れ木に水を遣るようにホースで参加者に水を掛ける。
「お疲れ様」
 ゾンビのように水を浴びにやって来る勝利者たちに、由樹翔は心からそう言った。
 白都はスポーツドリンクを配っていた。
「田辺、朱童、大上も一応おつかれ」
 白都に飲み物をもらい、羅偉が疲れた笑顔を作る。
「さんきゅ。……くーっ、うめぇ!」
「一応ってなんだよー」
 貴峰が文句を言う。
 羅偉がふとボトルを下ろす。
「薫君、ケーキ作ってきた、あとでルナちゃんから受け取ってくれ」
「ああ。悪いな」
 薫の返事に、羅偉が不満そうな目をする。
「あのな、ありがとうだろ普通?」
 薫は、眉をひそめてから目をそらし、
「そうだな。ありがとう」
 そう言った。

 誕生日パーティーのような夕涼みはしばらく続き、笑い声もしばらく続いた。
 この後には我慢大会第二ラウンドのような教室の片付けという作業が控えているのだが、あまり誰も思い出したくないようだ。


マスター:寺田海月 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:30人
作成日:2007/09/20
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
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