そのドアを叩けば


<オープニング>


 単に部屋を間違えただけだった。
 ピザの配達に訪れた青年は、幾度目かになる呼び鈴を押すものの、中から反応は無い。せっかくのピザが冷めてしまう、と今度はドアを叩いてみる。
「安村さーん、ピザをお届けに参りましたー」
 間延びした言葉に反応は無く、鈍い金属音が聞こえた。施錠されていたはずのドアが独りでに隙間を見せ、生温い空気が溢れ出てくる。招き入れるようなドアに、青年は失礼しますと元気に挨拶を告げ、足を踏み入れた。
 直後、隣の部屋のドアが開く。
「そこ空き室だよ……って、ありゃいない」
 住民らしき中年の女性は、空耳かしらと小首を傾げドアを閉めて戻ってしまう。
 青年は二度と、その空き室から出てくることはなかった。


 地縛霊が出たんだ、と井伏・恭賀(高校生運命予報士・bn0110)が開口一番に告げる。
「ビル街にあるマンションでねー。長い間空き室になってる部屋があるんだよ」
 マンション自体は十数年前に建てられている。ある事件を機に、曰く付きの部屋として同じマンションの住民に敬遠されている部屋――704号室が、今回ゴーストのいる部屋だ。
 配達する部屋を間違えたアルバイトの青年が一人、その少し前にも清掃業の老人が一人、その部屋に入り行方不明になっている。
 地縛霊の風貌は若い青年だ。外見こそ爽やかな好青年を思わせるが、その首には縄が絡み付き、両腕は血で真っ赤に染まっている。
「ノックして部屋に入れば特殊空間に行けるよ〜」
 704号室のドアをノックしてから侵入することで、特殊空間へと移行する。
 特殊空間内は、実際の部屋と異なる構造だ。広々とした正方形の部屋で、家具も柱も無く、真っ白な壁に囲まれている。唯一奇妙なものといえば、部屋の奥にある壁の一部が、爪で引っ掻いたかのように赤く傷ついていることぐらいで。
「その傷ついた壁が、特殊空間の出口だよ」
 万が一、空間から脱出する場合、その傷へと飛び込む必要がある。
 また、地縛霊さえ倒せば特殊空間は消滅すると、恭賀は補足した。
「地縛霊はさっき言った男の人だけ。あとは地縛霊に殺された人のリビングデッドが二体出るよ〜」
 リビングデッドは、モップを振り回してくる老人と、遠くまでピザを投げつけてくる青年だ。リビングデッドだからといって、油断ならないゴーストであることに変わりは無い。
 そして肝心の地縛霊が使う攻撃手段は二つ。一つは、敵を見定め、首の縄を伸ばし相手を締め上げる。一撃一撃が重たいため、縄とはいえ油断は禁物だ。また、赤く染まった両腕で空中を掻けば、甲高く耳障りな音が空間内に響き渡る。この不快な音は、受ける傷こそ小さいものの、怒りで我を忘れてしまう。
「……ところで、ある事件って?」
 集まった能力者の一人が、始めに予報士が話していた『704号室が曰く付きの部屋として住民に敬遠されている』理由を尋ねる。予報士は顎を撫で、徐に話を紡ぎ始めた。
 まだマンションが建ったばかりの頃、その部屋で一人暮らしをしていた若い実業家が、仕事に失敗し首吊り自殺を図ったことがある。以降、幾人かその部屋を借りることはあったが、不幸にも何らかの形で命を落としていて。
「人が亡くなったのは偶然だとしても、そこに溜まった思念が地縛霊を生み出すきっかけになったことには変わりないから……頼んだよ、能力者さん」
 気をつけていってらっしゃい。
 恭賀は最後にそう告げて、彼らを見送った。

マスター:鏑木凛 紹介ページ
お世話になっております。鏑木凛です。
マンションに現われる地縛霊退治をお送り致します。

成功条件は地縛霊の撃破。
情報はOPにある通りとなっております。

それでは、ご武運を。

参加者
天城・舞夜(蒼龍に仕えし心清らかな巫女・b00761)
久遠・彼方(橙の永葬華・b00887)
森月・糺(紺青の氷輪・b01909)
鳥井・将弘(闇夜の守護賢士・b04238)
姫咲・ルナ(三日月の夢見る桃色しっぽ・b07611)
外道院・桃太郎(高校生ヴァイスリッター・b12983)
海部野・さつき(はぐれヘリオン純情派・b13651)
熊葦・骨太(塗り壁純情派・b17055)
式守・冬緒(凍蜘蛛・b34940)
白花・栄華(本体はきっとマフラー・b37341)



<リプレイ>

●そのドアを叩けば
 ビル街に建つマンションは、どうしてこうも風が冷たいのか。
 これからの戦いの予兆か、それとも戦場がいわくつきの部屋故かと、熊葦・骨太(塗り壁純情派・b17055)は、どうも気持ちの良いものではないらしく静かに瞼を伏せた。
 壁一枚で隔たれた隣人にも、何が起こっているかわからない。それが姫咲・ルナ(三日月の夢見る桃色しっぽ・b07611)にとって不思議に感じる。
(「自殺した人も、身近な誰かがつらさに気づいてあげられてたら……そしたら」)
 結末は違ったのかもしれない。優しさを含む桃色の髪が、空気を連れて儚げに揺れた。
「ちょっと間違えて入っただけなのに殺されちゃうなんて、納得できないよぅ」
 海部野・さつき(はぐれヘリオン純情派・b13651)の幼い感性に憤りの火が灯る。ピザ屋の青年と清掃業の老人。彼らは何も知らず、この部屋へと足を踏み入れてしまっただけで。だからこそさつきの眉根も寄る。振り返ったところには、彼女が手伝いに招いた加賀谷・深凛の姿があった。
「ええ、これ以上……被害者を出す訳には」
 表情に色は帯びず、式守・冬緒(凍蜘蛛・b34940)が同意を示す。その青き瞳は、真っ直ぐドアを見据えたまま。
「こんな身近なとこにもゴーストらが現れる時代、ってことかな」
 何の変哲も無いマンションの一室が、よもや死人の彷徨う場となるとは思わない。久遠・彼方(橙の永葬華・b00887)は銀の懐中時計を確認し、先頭に立つ外道院・桃太郎(高校生ヴァイスリッター・b12983)へと目だけで合図を送る。地縛霊の特殊空間へ入る条件――ノックを真っ先に担うのが桃太郎だ。ゆるりと一手を挙げ、拳を作る。
「縛るのも縛られるのも、実にその、好みですね」
 地縛霊の様と攻撃を想像しながら、彼は不穏な考えを口にした。しかし、と言葉を付け足して。
「度が過ぎます」
 手の節がコツコツと冷たくそびえ立つドアを叩き、静かに開いた室内へと足を踏み入れる。侵入に関する各々の考えに微妙な差が生じていたが、幸い遅れを取ることもなく、全員が突入を果たした。
 視界に広がる広々とした正方形の部屋で、森月・糺(紺青の氷輪・b01909)はすぐに部屋の奥を見遣った。爪で掻きむしったような壁の傷。赤いそれは、予報士に拠ると空間からの脱出口だと言う。地縛霊を倒せば消えるものの、万が一に備えて確認は怠らない。使う機会は無い方が良いがな、と糺は銀の髪を散らしてかぶりを振り、大自然の息吹を全身で感知する。彼だけではなく、自己強化の術を持つ能力者達は、身体に秘めた力を解放すべく、それに時間を費やした。
「来る。です。全て。穿つ。ですよ」
 暖かそうなコートを纏った白花・栄華(本体はきっとマフラー・b37341)が、隙を見せぬ態勢から沸き上がる魔狼の力を宿す。わん、と気合の篭もった叫びが、全身を奮い立たせるかのようで。
 さっさと終わらせましょうか、と鳥井・将弘(闇夜の守護賢士・b04238)の銀縁の眼鏡が空間内の灯りを受け、光を伴う。武器を掲げて構えを取れば、その横を過ぎるように、後方から呪符が飛んだ。天城・舞夜(蒼龍に仕えし心清らかな巫女・b00761)が放ったものだ。仲間が強化に専念している間、時間を稼ぐため、佇む地縛霊を眠りに侵す。若い風貌の地縛霊は、首に縄を括ったまま身を揺らした。
 きっかけはいつも誰かの犠牲だ。ただ、それが自殺であろうと新たな犠牲が伴うのなら。決意を篭め、舞夜は護刀をぎゅっと握り締める。
 ――私は、弔う。
 今はもう見ることも叶わない、彼らの真実と共に。

●704号室
 和の柄が舞った。桃太郎の動きは相手を翻弄し、三日月の軌跡を描いてピザを持ったリビングデッドを叩く。間を置かず続いたのは骨太だ。後衛からなるべく離れぬよう気を遣いつつ、青年のリビングデッドに超高速の蹴りを入れる。
 そう、能力者達が逸早く倒すべきと考えたのが、遠距離攻撃を得意とするピザ屋のリビングデッドだった。故に次々と集中砲火を浴びせる。
 仲間との距離が極端に開かぬよう、糺は地を蹴る際に後衛へ、往くことを告げた。無闇に散らばることは避けたい。それを念頭に、ピザ屋の懐へと飛び込む。具現化した妖気が赤々と燃え上がる。宝剣を突きすかさず獣爪で掻き切ろうとするが、リビングデッドは腕で防ぎ凌いでしまう。振り抜くように態勢を戻した糺の後方、さつきの手元で紡がれた光が、槍を模り宙を舞う。
「貫けっ!」
 言葉に違わず、ピザ屋の身を光が通過した。しかし倒れない。
 さて、と一呼吸を置いて、将弘の足元から影が伸びた。仲間同様、ピザ屋へと向かった影は、腕を模して引き裂きにかかる。しかしリビングデッドはそれを振り払うように避けると、振りかぶりピザを一寸の狂いも無く投げつけた。真正面からピザの直撃を受け、将弘の身体がぐらりと傾く。ふわりと武具飾りが揺れ、そのまま彼は背から仰臥した。
 どさりと倒れる音を耳にしながら、栄華が握った日本の長槍が風を切る。
(「誰かが悪いというわけでは、ないのです」)
 巻かれたマフラーが口元を覆い、彼女の動きに沿って波打つ。
 ――だから私は同情などしません。
 矛がピザ屋の身を抉るように突き刺し、リビングデッドは足元から崩れ落ちた。
「まず。一匹! わふ!」
 栄華の一声が仲間の背を押す。
 頑張りましょう、と自身に言い聞かせるかのように冬緒が頷き、モップを振り回す老人のリビングデッドをじっと見据えた。氷のように透き通る鉤爪が、腕の流れに倣って老人を掻く。美しくも残酷な余韻が響き、リビングデッドが苦痛そうに呻いた。
「蟲さん出番だよ。力を貸してね!」
 薄紅色の箒を握りながら、ルナが内に潜む白燐蟲を呼び寄せ続けた。仲間の武器に這わせれば、淡い輝きが力となる。少女の瞳は、リビングデッドを映し心なしか苦しげだ。苦しかったのかもしれない。けれど、他の人を巻き込むのは良くないこと。そう小さな胸を痛め、ルナがゴーストが早く安らかな眠りにつけることを祈った。
 ほぼ同時に、舞夜が暗黒の塊を撃ち出す。着弾した途端、実体化した悪夢が弾けてリビングデッドを襲う。ぐらりと一度は睡魔に囚われた老人だったが、次の瞬間には踏ん張って身を起こし、モップで前衛を薙ぐ。
 もういいよ、と宥めるような声音を含めて、彼方の指先が術式を編みこむ。
「ちゃんとしっかり、倒してあげるから」
 主の瞳を思わせる橙の炎が、老人の身を燃やし尽くす。
 直後、地縛霊の青年が目を覚まし、赤に染まったもろ手を挙げる。宙を引っ掻く仕草は、空間内に甲高く耳障りな騒音を轟かせた。思わず耳を塞ぎたくなる音は、能力者達の脳を、神経を、尽く支配し狂わせる。不快感が全身を巡り、微かながらも痛みを伴って。
 せぇ、と荒く息を吐いたのは桃太郎だ。深凛の舞いに拠る助けも借りて、頭を襲った怒りを振り解き、緩く構えた後、地縛霊目掛けて地を蹴る。血塗られた手、そして首を締め付ける縄。まったくもって不粋だと、桃太郎が口角を上げる。
「縛りは、殺傷するものではありませんよ」
 駆け寄り与えた蹴りは、三日月の軌跡を描いた。
「虜になるよう、少しずつ締め付け快楽を加える……これぞ、プロ」
 彼の示したポリシーが、地縛霊へと不敵な笑みを向ける。唸るように足掻き、青年は向こう見ずに縄を飛ばす。首の縄は能力者達の合間を縫い、仲間を癒し続けていた少女を絡め取った。
「っ……ん、ぅ……」
 四肢を、喉を、その全てを締め上げる縄は、呼吸すらも奪う。酸素を求め喘ぐルナに、我に返った糺が地縛霊を冷たき獣爪の餌食にする。
「招かれざる客人で悪いな」
 ざっくりと傷を施した爪は、紅蓮の魔炎を纏っていて。留まり続けるのにも飽きたんじゃないのか、と皮肉めいた調子を乗せ、糺の一撃が地縛霊をふらつかせる。崩れる音が後方で響いた。縄に苦しめられていたルナが、床に落ちたのだ。咄嗟に舞夜が少女を抱える。
 その間に、骨太が瞬時に地縛霊の元へ駆けていた。
「もう終わりにしたいだろう」
 表情は変えず淡々と告げた骨太の足が、素早い蹴りで地縛霊を叩く。
 葬ってあげるとの意志を乗せ、彼方が魔弾を射出した。隙を作らぬよう続いたのは栄華で。生み出した水の流れが、鋭い手裏剣となって振り投げられる。茶に染まった瞳で見据えれば、手裏剣は確実に地縛霊を刺し、体力を削って。
「直ぐに治すよ〜♪」
 さつきの手も休みを知らずに、癒しの力を齎す呪符を仲間へと与え続けていた。
 す、と静かに近寄る冬緒の視線が、纏う青で地縛霊を射抜く。
「……君たちのいるべき場所はここじゃない……」
 ――消えて。
 最後は言葉に成るよりも早く、地縛霊へ振るわれた獣爪の音で遮られる。力強い線を描いて、爪が傷を生む。青年は、何故か喉元を掻きむしるように呻き、仰け反った。
 誰が見ても判断がつく。地縛霊の命が、風前の灯であることは。
 寂しかったんでしょう、と舞夜が優しい声で語りかけた。漆黒が帯びる柔らかさが、地縛霊から逸らされずに。
「その寂しさや、心の苦痛から解き放ちましょう」
 柄に彫られた龍が煌くかのように、舞夜の護刀が地縛霊へ突き立てられた。徐々に、青年の身体が色を失う。やがては苦しむ素振りも無く、空気に入り混じるようにして昇華されていった。同時に、壁にあった赤い引っ掻き傷が溶け消える。
 能力者達が瞬いた刹那、そこに広がっていたのは704号室の空き室で。

●終
 お疲れさん、と骨太が仲間を労う。何か証拠を隠滅すべきかと考えた舞夜だが、隠す必要のある跡は一つも無い。終わったね〜、と緩くさつきが伸びをすれば、仲間達にも漸く笑みが零れる。
 同情はしないと思ったけれど――そう、栄華の視線が住まう人の無い部屋を漂う。せめて安らかに。祈りは、彼女の瞼を徐に伏せさせる。
「次に来た人は、安らげるおうちとして、暮らせるといいな」
 たくさんの想いと記憶が詰まった部屋だろう。人が亡くなった場所だとしても、悲しみだけに覆われた場所ではないはずだ。ルナの言葉は、未来の住人を思って優しく零れた。
 静寂を取り戻した部屋を後にし、能力者達は再び冷たい外気に身を晒す。ビル街に建つマンションの冬は、異様に寒く感じられる。
 ふと、ドアを閉めた糺の足がそこで立ち止まる。何の感情も無く存在するドアを、コンコンとノックした。黙ったままのドアに、自らノブを回し室内を覗き込めば、今し方居たばかりのがらんとした空き室が佇むだけで。悲劇も、縛られ続けた思念も、もうここには無いのだ。改めて実感した平穏に、思わず頬が緩む。
 糺は左手でそっとドアを閉めた。
 カチャン、と心地よく響いた音が、全ての終わりを彼らに知らせる。


マスター:鏑木凛 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2008/03/09
得票数:カッコいい14  知的6 
冒険結果:成功!
重傷者:鳥井・将弘(闇夜の守護賢士・b04238)  姫咲・ルナ(三日月の夢見る桃色しっぽ・b07611) 
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。