愛しのベティー


<オープニング>


 その家は近所でも有名なゴミ屋敷だった。
 縁側からベランダから漏れたゴミは庭を覆いつくし、役所へ苦情が届いたほどである。
「…………」
 男はパソコンを操作して株の売買を行う。それで生活費の全てを工面していた。
 三台並んだパソコンの隣には水槽が幾つか置かれている。
 その全てに、かさかさと蠢く蜘蛛の姿があった。

「今回倒して来て欲しいのは蜘蛛――タランチュラのリビングデッドよ」
 甲斐原・むつき(高校生運命予報士・bn0129)が言うには、ゴーストとしての力は弱いらしい。従って、戦闘それ自体に苦労する事はないだろう。
「問題は戦闘に入る以前ね。飼い主の男は二階建ての一軒家に住んでるんだけど、この家がゴミで溢れかえってるのよ。しかも男は引きこもりで、誰かが訪れても玄関に出るのを渋るわ」
 強引に侵入しようとしても、道を塞ぐゴミのせいで容易くはいかない可能性が高い。男の私室が何階のどこにあるのかも不明なため、何か策を講じる必要があるかもしれなかった。
「しかも、男は5匹のタランチュラを飼っているの。そのどれがリビングデッドになっているのかは血を与えている男にしか分からないわ。名前はベティー。五分の一の確率ね」
 タランチュラの攻撃は毒を持った牙による噛み付きだ。
 また、戦いが始まるとゴミの隙間からゴキブリのリビングデッドが二、三十体ほど現れる。齧りつくくらいしか出来ないが、数が多いので油断はしない方がいいだろう。

「一応、イグニッションを解けば汚れは匂いは取れるわ。だから気にしないで頑張って……というのも難しいかもしれないけれど」
 頑張ってね。
 運命予報士は励ましの言葉を二度ほど繰り返した。

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参加者
一橋・さくら(絶対乙女・b17513)
アルヴィス・ルナフォード(破滅と再生の白き奏世謳・b27429)
姫神・くくり(小学生白燐蟲使い・b36996)
日向・紗輝(ロードランナー・b38948)
マグ・パラベラム(橙眼白狼・b41287)
古鷹・聖(鋼鉄の右足・b42446)
皆月・弥生(誰が為にその剣を振るうのか・b43022)
石野・小枝子(小さな花・b44000)



<リプレイ>

●ゴミ屋敷にて
「これは強烈だな」
 問題の一軒家を前にして古鷹・聖(鋼鉄の右足・b42446)は思わず呟いた――否、うめいた。一緒に偵察をしている日向・紗輝(ロードランナー・b38948)は同意するように長い髪の毛を指先でかき回した。
 視線の先にはありとあらゆる場所がゴミで埋め尽くされた家。ベランダ、縁側、玄関脇……悪臭は2人のいる塀の外まで漂ってくる。
(「まったく酷い有様だこと……本当に人が住んでいるのかしら?」)
 闇纏いによって人の目を誤魔化した皆月・弥生(誰が為にその剣を振るうのか・b43022)は、一階部分を重点的に観察していた。――だが、家を取り囲むゴミの山と閉ざされたままのカーテンに遮られて中の様子は窺い知れない。
 弥生の視線がつと上に向けられ、一生懸命ゴミの山を登っている猫の姿を見つけた。
(「うわ、うわ……」)
 それは猫変身して同じく偵察に精を出しているアルヴィス・ルナフォード(破滅と再生の白き奏世謳・b27429)だ。しかし、分別もされていないゴミ袋は足場にするには不安定でうまく登りきる事が出来ない。それでも頑張って登頂を果たしたアルヴィスはベランダに伝い降りた。
 きょろきょろと辺りを見回して、雨戸の無い窓から中を覗き込んだりして。……2階に人気のない事を確認する。
「どうでした?」
 姫神・くくり(小学生白燐蟲使い・b36996)と一緒にゴミ山の陰に隠れていた石野・小枝子(小さな花・b44000)は、偵察から帰って来たマグ・パラベラム(橙眼白狼・b41287)が狼変身を解いたのを見計らって尋ねた。
 小学1年生が1人と、2年生が2人。
 小さな彼らの姿はすっぽりとゴミ山の後ろに隠れてしまう。臭いが服につくのを避けるため、既にイグニッション済みだ。
「うむ……。どこの窓もしっかり閉じられとるようでな。潜入するのはちと骨が折れそうじゃ」
 つまり、家の中に入るには玄関を開けてもらうか、もしくは。
 ……多少乱暴だが、窓や扉を強引に壊して入るしかないという事である。
「んー、飼い主がいる部屋は多分1階の奥だと思うんだけどねー」
 そこへ一橋・さくら(絶対乙女・b17513)がやって来て、ちょこんとしゃがみ込んだ。夜のうちに部屋の明かりを調べておいたところ、1階の電気は朝まで消えなかったのだという。
 以上を踏まえた上で、作戦は次の段階に入った。
 全員が合流するのを待って、今度は聖だけが玄関の前へ堂々と出て行く。

●ベティー
「ごめんくださーい」
 聖はツナギに帽子を被り、まるで作業員のような扮装をしていた。出来るだけ大人びた声を出して役になりきる。
(「これが失敗すれば強行突破か……」)
 穏便に潜入出来そうな場所がなかっただけに、強行突破となれば大きな騒ぎとも成りかねない。その事態を未然に防ぐための方策は自分の肩にかかっていた。
 すぐ近くでは、さくらがいつでも出て行けるようにこちらの様子を窺っている。
 男はなかなか出て来ない。
 聖はもう一度インターホンを押して名乗りを上げた。
「こんにちは。電力会社の者です。配電盤の保守点検の為に参りました」
 二度、三度。繰り返し鳴らされるチャイムの音。ようやく扉の向こうで誰か人の気配がする。
 がちゃり、と半分だけ開けられた扉の奥に痩せた男の顔が現れた。
「……勝手にやってくれ」
 それだけ言って男はまた家の中に引っ込もうとする。だが、すぐさま飛び出して来たさくらがそれを許さなかった。ぶっこめとばかりに玄関から中へ滑り込み、男の前に仁王立つ。
 と同時に王者の風を発動。まるでそこにヤクザか殺人犯を見たかの如く、男は腰を抜かしてゴミの上に尻餅をついた。
「ひっ……」
「さぁ、ベティーはどこだー吐けー吐くのだー」
 何とも唐突な問いである。男は目を白黒させた。
「な、なんでベティーを……? あ、あの子をどうするつもりだ!?」
「いいから吐けっつーの!」
 更に脅せば、男は奥の部屋へと這うようにして移動する。さくらと聖が後を追うと、男は5つあるうちの一番左側にある水槽を指差していた。
 ――ビンゴ。事前に目をつけていたのと同じ部屋である。
 さくらと聖は一瞬で視線を交し合った。前者は男が大人しくしているよう脅しつけ、後者は仲間を呼びに玄関へと舞い戻る。
「ひじりおねえさん、さくらおねえさん、おつかれさま……なの」
 くくりは自分の役目を果たした2人を見上げて、少しだけ恥ずかしそうに口を開いた。聖は相好を崩さないまま、大きく頷いてみせる。
「わふ……きついな……」
 悪臭は外よりも中の方がきつい。マグは顔をしかめながら奥の部屋へと踏み込んだ。後へ小枝子が続く。
「あっ、こら逃げるなー!?」
「ひいいいい……!!」
 さくらがベティー以外の水槽を動かしている間に、飼い主の男は逃走を試みる。それを止めたのは小枝子の悪夢爆弾だった。
「ご、ごめんなさい……。目が覚めたら、きっと全部終わってますから」
 飼い主の男はさくらの持って来たロープで縛られ、後方へと匿われた。水槽の中では異様な空気を感じ取ったベティーが忙しなく動き回っている。
 ――やがて、それまでとは打って変わった動きでこちらへと襲い掛かって来た!
 来るぞ、と視線でそれを伝え合う。ベティーの動きと呼応するように部屋のそこかしこからカサカサと何かが蠢く音がした。
 手にした詠唱兵器を構える。旋回、白燐蟲の発光、古に生きた魂の降臨――。
「むし……さん、わるいの……だめ。たおされて……なの」
 先制を取ったのはくくりの光だ。
 浄化の十字架は彼女が『敵』と見なした存在を飲み込み、食らい尽くしていく。

●いとしの
「ごめんなさい、あまり長くは持たないかも……主に私の理性が」
 部屋の中は山と化したゴミのせいで非常に狭い。うまく陣形を組むのは難しく、弥生は後衛を庇うように前へ出た。頭上で斬馬刀を旋回させながら――沸いて出た黒物体を見て血の気を引かせる。
「早く終わらせるに限るな」
 弥生の隣に並び立った紗輝はぶっきらぼうに言う。
「平気なの?」
「まあね」
 問いに答える紗輝の手元に水刃が生まれた。ベティーに先んじて近寄ってきた別の虫リビングデッド……巨大なゴキブリ目がけてそれを放つ。同様に聖は炎弾を射出、脆弱なリビングデッドは一発で難なくその動きを止めた。
「まるでゲリラだな」
「同感っ!」
 アルヴィスの構えたマジカルロッドの先へと炎が生み出される。彼はそれを振りかざしてゴミから這い出してきた黒い虫を焼き払った。
「僕に触る前に、全員撃ち抜いてやる!」
 彼女の役目は前衛がベティーに集中出来るよう、後から後から湧いてくるゴキブリをいち早く駆逐する事だ。
「汚らわしい、私に触れるなァッ!」
 普段は冷静な弥生も、戦闘中……もとい大嫌いな虫を相手にしては烈火の如き気性をむき出しにして戦う。闇を乗せた斬馬刀がリビングデッドを次々と切り捨てた。
「虫はこわいですけど……がんばります!」
「うん、がんばろー!」
 さくらとともに飼い主を背後にした小枝子はゴキブリの密集地帯へナイトメアランページを発動。さくらのパラノイアペーパーとの相乗効果で、姿を現していたゴキブリのほとんどが倒された。
 新しく這い出てきた1体へとアルヴィスの炎が迫る。くくりの手にある銀色の蟲籠が揺れて、開放された白燐蟲が仲間の傷を癒した。
「ちょっと……かわいそう……。でも……!」
 既に動かない死骸達を前に、無意識で目を逸らしそうになる。けれどくくりは攻撃を止めなかった。
 再び光の十字架が室内を支配する頃には、残るリビングデッドはベティーだけとなる。
「愚かなことじゃ」
 毒の牙を受け止めた紗輝へとマグがすぐさま祖霊を下ろす。「ありがとう」と呟いた紗輝の掌がベティーを捉えた。黒曜石が鮮やかに閃く。
 ――ゴーストが関わっている限り、どんな愛の形だろうと諦めてもらうしかない。
「じゃあね」
 直後放たれた爆水掌はベティーを直撃。吹き飛ばすには至らなかったものの決定的なダメージを与える。間髪入れず、弥生の刃がその背を串刺しにした。
 ベティーは幾度か脚を痙攣させて、やがて……ぴたりと動かなくなった。

●そして、終わり
「わふ……掃除って大事なんじゃな……」
 ベティーの死をゴミの崩落による事故と見せかけるため、彼らは軽くゴミの山を崩して回った。ベティーの暮らしていた水槽はゴミに埋もれて、外からは既に見えない。
 訪れた時よりも更に汚くなった室内を見渡して、マグは感慨深そうに呟いた。こんな部屋に引きこもる男の気持ちなどまるで理解不能である。
「飼い主さん……どうしましょう?」
 小枝子はくくりと一緒に男を拘束する縄を解いた。幾つか言いたい事があるのだが、目覚める前に家を出た方がいいのかもしれない。
 自分達が現れたのは夢で、ベティーの死は偶然だと思ってもらうには。
「お家からでてきて、もっと人とおしゃべりしてみてって言いたいです……」
「だね。血を分けてまでタランチュラと一緒にいるなんて、本当は寂しかったのかも」
 アルヴィスは腕を組んだまま、どこかドライに言い放つ。縄から開放された男は寝返りを打つようにして軽くうなった。覚醒が近いのだろう。
「さっさと退散するかの」
 マグの言葉を皮切りにして、能力者達はゴミ屋敷を後にした。
「いっそ火をつけて全部きれいさっぱり……なんでもないわ」
 弥生が言うと冗談に聞こえない。聖と紗輝が突っ込む前に自分でオチをつけて、行きましょうと促した。
「そだ、皆で銭湯とかどーでしょー?」
「賛成!」
「うむ、妙案じゃ」
 さくらの提案に頷く声多数。匂いや汚れは消えるといっても気分の問題だ。
 彼らの後ろを小走りについて行きながら、くくりは一度だけゴミ屋敷を振り返る。
「くもさんのこと……かなしん……で……おうち……きれいにすると……いい……ね」
 途切れ途切れに呟かれた言葉に仲間達は目を瞬いた。

 ――それは確かに、有り得るかもしれない未来。
 願わくば、ベティーの死が彼に哀しみ以外の何かを与えてくれますように。


マスター:ツヅキ 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/05/31
得票数:カッコいい5  ハートフル20  せつない1 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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