<リプレイ>
●嵐の前 「聞いてください、近くで飼われていたペットのワニが逃げ出してしまったらしいんです」 学校帰りの小学生や幼い子連れの母親で賑わう夕方の公園が、にわかに騒がしくなる。その発端は慌てて駆け込んできた片瀬・雛(野苺の夢・b41587)の告げた一言だった。 立て続けにジークリンデ・マッケンゼン(若き希望の炎・b45212)がまくし立てる。 「確かワニって聞いた気がするんですけど、オオカミだったかも? とにかく危険なので、避難してくださ〜い!」 皆、突然の事に顔を見合わせている。信じるべきか否か迷っている様子の親子らに雛は追いうちをかけるように叫んだ。 「危険ですから、早く避難して下さい! 大事なお子さん達が怪我をしたら危ないですから」 その必死な様子に心を動かされたのか、一人、また二人と頷く母親が増えていった。最初の何人かが動けば、後は連鎖するようにみんなが動き出す。 「章ちゃん、来なさい。帰りましょう」 「どうしよう、怖いよ」 「早く行こう、逃げよ!」 慌しく駆け出していく親や子ども達が多い中、けれどそれでも気にせずに砂場で遊んでいる少年らがいた。ジークリンデはすぐ傍にしゃがみこんでお願い、と言うように手を顔の前で合わせる。 「ね、危ないから早く逃げて?」 「……でも、別にワニなんかこわくねーよな?」 「うん」 「お願い、危ないのよ」 根気よく言い聞かせると、やがて少年達の方が折れた。仕方なさそうな顔で立ち上がり、友達の名を呼ぶ。 「いこーぜ」 公園の外へ駆け出してゆくその背中が、最後。 「うまくいって良かったですね」 「ええ。あとは霧生さんと黒賀さんが周辺を見回ってくれているはずですから」 丸川・マルコ(中学生青龍拳士・b43202)はほっと胸を撫で下ろして雛とジークリンデを労った。最後の手段として王者の風を使う事も考えていたが、穏便に済ませるにこした事はない。 公園の外では霧生・要(焔摩天・b45683)と黒賀・重太郎(蠢く影・b45633)がぎりぎりまで人払いをして、新たに公園を訪れる者が出ないように尽力していた。 「あ、この先の公園な。今ヘビが出てあぶねーから、近寄んなよ」 ボールを抱えて公園へ向かおうとしていた子どもを呼び止めて、要はそう声をかける。彼の後ろに隠れるようにしていた重太郎はその手際の良さにひとしきり感心していた。 「す、すごい……です、ね」 「いや、俺だってそんな口がうまい方じゃねーし」 「そ、そんな事ないと、お、思います」 人付き合いの苦手な重太郎からすれば充分尊敬に値するらしい。携帯を開いて雛とジークリンデに状況を報告しながら、彼は一生懸命それを伝えた。 公園内には既に他のメンバーも揃っている。 「そろそろ……ですね」 「ええ、最善を尽くす事に致しましょう」 里佳子と接触する役目を負う桜井・龍華(陰陽秘めし者・b42519)は、やや緊張した面持ちでブランコに腰を落ち着けた。鶴城・深雪(白雪に舞い降りし雛鳥・b45364)は言葉少なに頷き、龍華とジークリンデをそこに残して自分は植木の陰に身を隠す。公園の状況は大体把握した。ブランコから入り口までの距離を目測して、最短距離を導き出す。 (「歪んだ命は貴女の命を蝕み続けるだけ」) そうしながら、何も知らない里佳子を想った。本当に愛するという事は何か……今日、これから起きる出来事が彼女に悲しみ以外の物を与えてくれるよう願う。 「準備はいい?」 皆月・弥生(誰が為にその剣を振るうのか・b43022)は既に腰を落とし、いつでも駆け出せる体勢を取っている。深雪は無言で頷いた。 雛とマルコは学校帰りの学生を装って公園内を散策し、重太郎はベンチに座って文庫本を開いた。神経を張り巡らせ、里佳子とロビンがやってくるのを待つ。 龍華はブランコをこぎながら確認するように言った。 「ちゃんと眠らせてあげないと駄目、ですよね」 「うん」 ジークリンデは真っ直ぐな瞳で答え、公園の入り口へ視線を向ける。 ――その瞳に、公園へ入ろうとする少女と飼い犬の姿が映りこんだ。
●少女とロビン 「あ……どうしよう」 いつも通りの時間に公園へ辿り着いた里佳子は、ブランコに先客がいる事に気づいて立ち止まった。けれど、ブランコに座る龍華に手招きされるとロビンと一緒に駆け出す。同じ年頃というのが功を奏して、今のところ里佳子が警戒するような素振りはない。 けれど、龍華に誘われた里佳子は彼女の言葉を聞いて困ったような顔をした。 「犬とばかりと遊んでないで、一緒に遊ぼう?」 「え、でも……」 里佳子にとってロビンは大事な家族であり、友達でもある。龍華の誘いは里佳子の意に沿うものではなかった。もう少し仲良くなってからであれば里佳子の心も動いただろうか。遊びに夢中になるあまり、ロビンから意識が逸れるといった状況に持ち込めたかもしれない。 「……ロビンも一緒じゃ、駄目?」 「それは……」 今度は龍華が口ごもる番だった。ちらり、と物陰からこちらの様子を窺がっている深雪に視線を送る。 「仕方ないですね……」 呟き、深雪はその場で眠りの歌を紡いだ。少々強引だが、このまま里佳子の不信感を煽って逃げられたら堪らない。歌声によって里佳子がその場にくず折れるのと同時に龍華は空にヘリオンサインを描く。 ――戦闘開始。 公園の各所に散っていた能力者達が一斉に行動を開始する。里佳子の異変に気づいたロビンが唸りをあげた。歌声の主――深雪へ向けて咆哮を放つ。小さな悲鳴が公園内に響いた。 「だ、大丈夫ですかっ?」 「私が行きます」 雛と重太郎が相次いで声を上げる。けれど、どちらの回復も接近しなければ使えない。より近い位置にいた雛が深雪と合流するため駆け出した。 「平気です」 まだ、と呟いた深雪は物陰から飛び出して里佳子の体を抱き上げる。ロビンが再び唸った。自分の主人をどうするつもりだ――そう、非難しているように聞こえる。 けれど、ロビンの前にひらりと舞い降りた影がある。 「……イヌの扱いには故郷で慣れてるわ。何故か兄にばかり懐くのが癪に障るけど……とにかく慣れてるの! ――さぁ、わたしを、楽しませて?」 ブランコから勢いよく飛び降りたジークリンデは勝気な笑みと共に挑戦を叩きつける。握る刀剣に凍気をまとわせて一気にフロストファングで切り裂いた。騎士の名に恥じない戦いを見せる事が、自分に課した誇り。 「これが……わたしの、力! 希望の炎、人狼騎士ジークリンデが……わたしの、名前っ!」 ジークリンデがロビンの注意を引いている間に弥生と要も駆けつけた。ロビンの前に滑り込み、行く手を阻む。 「悪いけど、お姫様を取り戻したいならまず私達を超えて行く事ね」 「ああ、犬っころ風情に負けるつもりはねーよ」 既に起動を済ませた2人はジークリンデと共に壁を作る。彼らの背に守られて、深雪は里佳子を抱えたまま駆け出した。そのまま公園の入り口へ向けてひた駆ける。 呪髪に黒燐奏甲を纏わせながら重太郎は柵の外に視線を向けた。まだ、来るな。その願いは叶わず、すぐに柵の隙間から大量の蛙リビングデッドが姿を現す。 「き、来ました!」 「いかせませんよ……っ!!」 重太郎の合図を受けて、雛と龍華ははその背に光り輝く十字架を具現。一斉に放たれた光が次々に蛙リビングデッドを飲み込んでいく。 重太郎の提案でロビンが北側の柵を背にするよう布陣が組まれている。よって光の十字架はロビンすらも巻き込んでほぼ全ての敵を薙ぎ払った。次いで弥生のバレットレインが無数の弾丸を霰のように放出、残る蛙リビングデッドは最早数えられる程にまで減っていた。 「今のうちに、早く!」 「感謝致します……!」 仲間の援護を受け、深雪は無事に公園の外まで退避した。その背に里佳子を庇い、癒しの歌で今度はこちらが仲間を助ける。蛙リビングデッドによって受けた傷はそれでほとんどが癒された。 「おっと、俺らが相手だって言っただろ」 「ええ、手加減はしませんよ」 雪だるまを纏ったマルコは余裕でロビンの攻撃を受け流す。龍顎拳よりも龍尾脚の方が効く事に気がついて、以降はそちらを中心にロビンを追い詰めていく。要はマルコと視線を交わして連携を取り、ロビンの死角へと回り込んだ。 「天に送ってやるぜ、できるだけ苦しまないようにな!」 移動を挟んだ分攻撃の機会は半減する。だがロビンの攻撃を受ける事なく自らの長剣を掲げた要は、その剣先より立て続けに銃弾を発射――ロビンを捕らえた十字架の照準の中心へとクロストリガーを発動させた。周囲に蛙リビングデッドがまとわりついて来るが、そちらは仲間に任せる。すぐさま重太郎の黒燐蟲が飛来し、要を取り巻いたそれを食い尽くした。 重太郎はロビンを見つめて、辛そうに目を細める。 「き、君に罪はない。で、でも君の居る場所はこっちじゃない」 「このままじゃ、行き着く先には不幸しかないんですよ……」 出来るだけ直線状に並ばないよう声を掛け合いながら、マルコは沈痛な面持ちで告げる。それでも生きようと、戦おうとあがくロビンに弥生が吼えた。 「大切な人を食い殺して、そうまでして生き延びたいか!」 ジークリンデと共に距離を詰め、両手の長剣を激しく薙いだ。氷と闇の競演――双撃。ロビンに逃げ場はない。その両方を受けたロビンは誰かを呼ぶように鼻を鳴らして、そのまま静かに動きを止めた。
●別れ 「いきなり倒れたけど、大丈夫?」 「え……?」 龍華に揺り起こされた里佳子は目をぱちぱちと瞬かせた。膝の上に里佳子を抱きかかえていた深雪は、彼女を安心させるように微笑む。差し出された手を掴んで起き上がった里佳子ははっと気づいたようにロビンの名を呼んだ。 「ロビン、ロビンは?」 「どうやら逃げてしまったみたいね」 弥生が冷静に答える。重太郎が赤い散歩紐と、お揃いの色をした首輪を差し出した。 「あ、あの……これ。そ、そこに落ちてました」 それは嘘だ。 ロビンの遺体は見えない場所に隠してある。あとでこっそりと、自分達で弔うつもりだった。 首輪を受け取った里佳子は泣きそうな顔で立ち上がる。 「ロビン、探す。探さなきゃ」 「あ、それじゃ、て、手伝います」 重太郎が立ち上がるのと同時にそれまで黙っていた要も動いた。持って来ていた饅頭を里佳子の手に握らせて、やや乱暴に頭を撫でる。渡したのは彼も好きな、もふもふ饅頭の犬型だった。 「腹減ったら食えよ」 「あ、ありがとう」 「がんばれ」 ジークリンデはたった一言だけを伝えて里佳子をぎゅっと抱きしめる。入れ替わりで、雛も里佳子を励ますようにその小さな頭を撫でた。 言いたい言葉は全部飲み込んで。 (「ロビンは、里佳子ちゃんが笑顔でいることを望んでいるはずだよ」) 雛の隣で深雪もまた、無言で微笑む。 落ち着きを取り戻した里佳子は重太郎とともにロビンを探しに行く。懸命にロビンの名を呼んで、公園を駆け出して行った。 「こんな出会いでなかったら友達になれたのかな?」 「でも……ロビンがあんな事になってしまったから、私達はここに来たんですよね」 龍華の問い答えるマルコの口調はどこか寂しげだ。蛙リビングデッドの亡骸は川へと返した。ロビンもこれから埋葬を行う。……土へと還すのだ。 「……どうして、世界はこんなにも理不尽なのかしら」 ロビンの埋められた地面を見下ろして、弥生は誰に聞かせるともなしに呟く。 「なんだか、吠えたい気分だわ」 想いを同じくして、ジークリンデが後を次いだ。 戦いに勝った喜びと同居するロビンへの哀悼。 寂寥を表すかのような黄昏はやがて公園の全てを包み込む。長く伸びる彼らの影はしばらくの間ずっと、そこに佇み続けていた――。
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参加者:8人
作成日:2008/06/29
得票数:せつない18
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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