舟木修一(25)が生きる希望を見つけた理由


<オープニング>


●一つの恋の終わり
「ただいま。今帰ったよ」
 六畳一間のアパートのドアを開けたのは、真新しい背広に身を包んだ、20代半ばの細身の男。飾り気の無い銀縁の眼鏡が、気弱そうな雰囲気を漂わせる。
「あ、お帰りなさい、修一さん。早かったですね」
 出迎えたのは、肩で切り揃えられた黒髪と青白い肌を持ち、触れたら壊れてしまいそうな程華奢な身体付きをした、儚げな印象の女。背丈や顔つきから、少女と呼んでも差し支えない年の頃に見える。
 修一、と呼ばれた男は、女に微笑みかける。
「当然だろ。だって今日は、僕の初めての給料日なんだから」
「あ……、そうでしたね」
「君には、感謝してもしきれないよ。君と出会わなかったら、僕はきっと、今も自堕落な生活を送って、自分を、社会を、全てを憎んで一生を終えていた筈だからね。丁度、明日は休みだから、二人で街に出ようよ。せめてものお礼に、欲しい物、何でも買ってあげるからさ。服でも、ネックレスでも、ケーキでも……」
 眼を輝かせて捲し立てる修一に、女はかぶりを振る。
「ううん、何も要らないわ。私……」
 と言って、女は修一を抱きしめる。
「遠慮しなくても、いいんだよ」
 どこまでも甲斐甲斐しい女に底知れぬ愛おしさを感じ、優しく抱き返そうとする修一。
 だが、彼はある大いなる違和感に気付く。腕がピクリとも動かないのだ。
 彼女の細腕とは思えない、すさまじい力。いや、人の腕というよりも、縄のようなものが締め上げるような感触。
 修一が自分の身体を見ると、胴回り20cmはあろうかという大蛇が、彼の腰に巻きついていた。
「え……? な、何なの、コレ……!?」
 女は、修一の問いには答えず、耳元で囁く。
「私のお願いは、たった一つだけ……」
 そう女が言うと、大蛇が、修一の首筋に噛み付く。
「ただ、あなたに、死んで貰いたくて……」
 噴き出す鮮血を浴び、女は、彼に一度も見せた事が無い、妖艶な笑みを浮かべた。
 
●リリスと、そのリリスを愛した男
「今回お前達に頼みたいのは、男と同居しているリリスの退治だ」
 教室に集まった能力者達に、門倉・志津奈(高校生運命予報士・bn0038)はそう切り出した。
「リリスは、その美貌を活かして、舟木修一という男の恋人となり、アパートで同棲している。修一はそれまで無職だったのが、リリスに出会った事で一念発起し、定職に就いたらしい。だが、未来視をした所、リリスは、修一の初任給の日に、彼を殺害しようとしているのだ。そこで、お前達には何とかその前にリリスを倒し、修一を助けて欲しい」
「となると、二手に分かれて、修一を外で足止めしている間に、別働隊がアパートに乗り込んでリリスを倒せばいいわけだな?」
「所が、そうもいかんのだ」
 一人の能力者の提案に、志津奈はそう返答する。
「理由は二つある。一つはタイミングの問題だ。ここからどんなに急いで駆けつけても、お前達がアパートに到着するのは、リリスが修一を殺害しようとしている直前になる。つまり、二人が接触している状態から、何とかしてリリスの撃破と修一の救出を両立させねばならんのだ。どうするかについては、工夫が必要だろう」
 難しい事を頼むようだがな、と述べて、志津奈は眉を寄せ、腕を組む。
「もう一つの理由は、状況というより、リリスの性質的な問題だ。皆もよく知っているように、リリスは能力者の素質を持つ者の存在する方向を感知する能力を持つ。ただ、人数までは判らぬから、能力者がリリスに接触する際は、皆で一塊になって行動するのがセオリーだ。と言う事はつまり、能力者達が分散して行動すれば、リリスは能力者の資質を持つ者の存在を複数感知してしまい、結果として不自然に思ったリリスが逃亡してしまう危険性が高まる、というわけだな。以上により、お前達には、一塊となって、リリスと修一の居るアパートに乗り込んで貰いたいのだ」
 まるで生徒に向かって講義を行う教師のように、志津奈は滔々と説明を行った。
「次に、リリスの能力についてだが。リリスは、衝撃波を掌から出す他、自らの身体に纏わせている大蛇で、毒を持った噛み付きによる攻撃を行う。ただ、戦闘力についてはそれほどでもないから、油断さえしなければ苦戦はしないだろう。ただ、多くのリリスの例に漏れず、そのリリスも、生命の危険を感じれば、命乞いや泣き落としや色仕掛けを仕掛けてくるだろう。特に今回のリリスは、小柄で大人しめな雰囲気で、思わず庇護欲を掻き立てるような姿をしているので、惑わされぬようにな。それに、修一を人質に取ろうとするかも知れんから、その対応も考えておく必要があるかも知れん」
 見た目と違い狡猾なリリスなので注意するようにな、と、志津奈は釘を刺す。
「それと、これもまた重要な事なのだが。リリスを倒した後、修一に対するフォローもお願いしたい」
「と、言うと?」
「最初に説明した通り、修一は、リリスに出会う事で、彼女の為にと無職を脱出したのだ。当然、彼はリリスを最愛の恋人だと思い、希望に満ちた一歩を踏み出そうとしている。そんな時に、自らの目の前で愛する者を失うとなれば、彼が味わう悲しみや喪失感や絶望感は計り知れないだろう。再び無職に舞い戻るだけならばまだしも、それ以上の行動に出る恐れすらある。リリスも恐らく、命乞いの際にそこを突いて来るかも知れん。『私が居なくなったら、彼はどうするの?』みたいにな。だから、ただリリスを倒すだけでなく、その後に何とかして修一を勇気付け、再び生きる希望を与えてやって欲しいのだ」
 どうやって、修一に危害を加えないようにするか、リリスとはどう戦うか、リリスの誘惑にどう対処するか、そして全てが終った後、修一にどう接すれば良いか……。能力者達が考えねばならない事は多いようだ。
「個人的に、色々気になる事はあるのだが……、今はとりあえず、目の前の問題を片付ける事に全力を傾けて欲しい。どうか頼んだぞ」
 そう言った後、運命予報士の少女は軽く頭を下げ、能力者達を送り出すのであった。

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参加者
椎名・悠(深緑のねぼすけ娘・b20132)
綾川・鈴(アサルトメディック・b26419)
志野・ゆうら(小夜啼鳥・b40735)
佐々・風(凪の空・b41049)
暗都・魎夜(滅び或いは破壊の申し子・b42300)
桜井・龍華(陰陽秘めし者・b42519)
上森・翔(暗闇を歩く只人・b46066)
紫翠・沙織(青陵流水光輪麒麟児・b50113)



<リプレイ>


「ううん、何も要らないわ。私……」
 と言って、リリスは修一を抱きしめる。
「遠慮しなくても、いいんだよ」
 と、舟木修一がリリスを抱き返そうとした、その時。
 バン! という、ドアが開け放たれる音と共に、三人の少女が駆け込んでくる。
「えっ!?」
「っ!!」
 修一は、何が起きたのか判らないといった風に呆然と三人を見つめるが、リリスは三人を憎々しげに見つめ、小さく舌打ちする。
 そして、修一が三人に気を取られている隙に、背後から、自身が使役する蛇を、彼の首筋へと伸ばそうとした所で――、
「それまでです」
 それよりも速く、優雅な、それでいて無駄の無い動きで、紫翠・沙織(青陵流水光輪麒麟児・b50113)は、眠りの力を込めた符をリリスに飛ばす。
「しまっ……」
 とっさに、胸元に貼り付いた導眠符を剥がそうとするリリスだったが、すぐにとろんとした目になり、頭を垂れて崩れ落ちた。
「ね、ねぇ、どうしたの急に? 君達は一体……」
 急に意識を失った恋人をゆり起こそうとした後、修一は三人に困惑した視線を投げかける。
 だが、彼の問いかけに答える事無く、志野・ゆうら(小夜啼鳥・b40735)は、険しい表情で修一を見つめ返し、つかつかと歩み寄ると、
「ごめんなさい。全てが終わるまで、眠っていて下さい」
 とだけ告げ、彼の額に、沙織がリリスに放ったものと同じ符を貼り付ける。
「ぅ……」
 抵抗する間も無く、修一は弱々しく目を閉じ、ゆうらにもたれ掛かるように倒れ込んだ。
「修一さんはひとまず確保ね。今だよ、出てきて!」
 その様子を見届けた椎名・悠(深緑のねぼすけ娘・b20132)が合図をすると、彼女の体内から這い出てきた、光り輝く無数の黒い蟲たちが、漆黒の聖職服と漆黒の黒髪を持った少女の姿へと変わる。
「上手く行ったみたいね。二人共、早く修一さんを連れ出して」
 出てくるや否や、早速漆黒の刃を頭上で高速回転させて臨戦体勢を取る佐々・風(凪の空・b41049)の言葉に、ゆうらと沙織は小さく頷いた。


 ゆうらと沙織が修一を抱えて部屋へ飛び出したのと入れ替わるように、外で待機していた能力者達が部屋へと駆け込む。
 上森・翔(暗闇を歩く只人・b46066)は、その長身に似合わぬ素早い動きで、一気に奥の窓際へと移動する。彼のすぐ後ろにくっつくようにして、綾川・鈴(アサルトメディック・b26419)もその長い黒髪を翻して、部屋の奥へと行く。
 修一とリリスが住んでいる、この六畳間は、質素ながらも、掃除が行き届いた部屋だった。おそらく、修一が仕事で外出している時は、リリスが欠かさず掃除をしていたのであろう。
「偽りだったとはいえ、他人の幸せを壊すのは心が痛みますね」
「能力者の務めとはいえ、な……」
 ゴーストから一般人を守るという大義名分があるとはいえ、見た目だけならば、能力者達は、男女の愛の巣に侵入した押し掛け強盗にしか見えない。
 僅かに生まれた良心の呵責を、翔は能力者として、そしてゾンビハンターとしての使命感で掻き消し、自らの前方に魔法陣を形成させる。その手助けをするように、土蜘蛛の巫女の少女は、彼が構える『黒鍵』と『白鍵』の二丁拳銃に、光り輝く白燐蟲を纏わせた。
「ぅ……、くっ……」
 リリスが、意識を取り戻した。時間にして、僅か十秒足らず。だが、能力者達が体勢を整えるには、充分すぎる時間だった。
「あなたたち、よくも……」
 リリスが柳眉を吊り上げ、自らを取り囲む能力者達の姿を見渡す。彼女の華奢な身体に巻きついている蛇は、「シャー」と耳障りな声を上げ、周りを威嚇していた。
「倒れて貰うよっ」
 先陣を切ったのは、玄関側に立つ悠の黒影剣だった。まるで影そのものが質量を持ったかのような、黒のオーラを纏った『八影』の漆黒の刃は、リリスを切り裂こうとする。
「ふうん、中々やるじゃない。餌が来るのは判っていたけど、こんなに大人数とは思ってなかったから、油断したわ」
 だが、その攻撃を最小限にくい止めたリリスは、悠に向かって、ついと目を細める。
「生憎、今狩られる立場に居るのは、あんたの方よ」
 その間に、風はゆらりと玄関前へと動いて、禍々しい怨念を込めて、リリスを睨み付ける。
「綺麗な瞳ね。齧り付いたら、甘酸っぱい味がしそうだわ」
 しかし、リリスは風の呪いの魔眼を軽くいなすと、蛇が彼女の腕に噛み付いた。
「っ!」
 体内を毒が巡ったのだろう、全身と走る鋭い痛みに、風の体勢が一瞬崩れる。それを見届ける間も無く、リリスは踵を返して、翔と鈴の居る窓際へと駆け出そうとする。玄関には距離がある上、ゆうらと沙織も居る事から、窓際の方が逃げるのに適していると判断したのであろう。
 だが次の瞬間、窓を開けて現れたのは、『黒炎剣【紅蓮】』を構えた暗都・魎夜(滅び或いは破壊の申し子・b42300)と、術扇の『月華晶』を携えた桜井・龍華(陰陽秘めし者・b42519)の姿だった。
「逃がしゃしねぇよ。独りの男の人生がかかってるんだ!」
 魎夜はそう言った後、
「魎夜ブレイド! 最速モォォォド!」
 と叫んで、炎の刻印が刻まれた刃を目にも止まらぬ速さで振るう。中空に向かって放たれたかのように見えたその一撃は、霧のレンズを通して、離れていたリリスの脇腹を深々と切り裂く。
「なっ……!?」
 まさか外に見張りが居るとは思わなかった驚きと、届くと思わなかった攻撃、そして一瞬遅れてやってきた脇腹の痛みに、リリスは僅かに混乱した様子で、数歩後ずさる。
「逃がすわけにはいきません」
 龍華が、スッと『月華晶』をかざすと、そこから真っ直ぐに影が伸び、腕の形として具現化し、リリスに追い撃ちをかける。
 戦闘力の無いリリスに対し、室内及び玄関と窓の外に8人もの能力者達が取り囲んでいる状況。一部運の助けもあったが、人質となるかも知れない修一を素早く確保し、リリスの逃走を阻止するという能力者達の作戦は功を奏し、戦闘が始まって間もないながらも、大勢はおおよそ決したようなものであった。


 しかし、それでもリリスは諦めようとはしなかった。翔に接近して衝撃波を放つ。
 だが、翔はそれを真正面から受け止めた。かわせば、背後の窓ガラスが割れ、近所に気付かれる可能性がある事を考慮した上での防御行動である。
「もうお前に勝ち目は無い、諦めろ」
 翔は不敵に微笑む。その後すかさず、鈴は厳かな舞を踊り、翔と、先程毒に侵された風を治療した。
「あんたは彼のこと、本当はどう思ってたの?」
 立ち上がった風は、そうリリスに問いかける。今回の事件の背景を一応は知っておこうという、彼女なりの考えからだった。
「何故、今までは一緒に過ごしていたのに、急に修一さんを……その、殺そうだなんて……」
 リリスの行動が真意なのか、それとも違う意図があるのか量りかねていた龍華も、同じくリリスに訊ねる。
「…………」
 能力者の突然の問いかけに、リリスは一瞬、不審に思うような表情を見せる。だが、突然、弱々しい表情になり、その場に座り込む。そして小さくかぶりを振ると、顔を手で覆い、語り始めた。
「始めは、修一さんを、ただの食糧としか思ってなかったわ……。でも、彼はあまりにも真っ直ぐに私を愛してくれた。最初はどうしようもない人だったけど、私の為にって、必死で仕事を探して、仕事に就いてからも、毎晩夜遅くに帰って来ても、疲れた顔一つ見せなくて……」
 リリスは、しゃっくりを上げつつ、涙声で続ける。
「気が付いたら……、彼を、一人の男性として好きになっちゃった自分が居たの。修一さんは、荒んでいた私の心を、優しく癒してくれた。殺そうだなんて、とんでもないわ。むしろ、人間らしい心を取り戻させてくれた彼に、これから私が恩返しをしようと思ってたのに……」
 静かに泣き続けるリリス。蛇さえ居なければ、その姿はまさしく、一人の男を健気に愛する女の姿にしか見えなかった。
「そう……だったの? 最初から食料としか思ってないばっかり思ってたから、意外だわ」
 予想外のリリスの言葉に、風の力が、一瞬緩む。
「そうよ。ね、だから今は、見逃して……?」
 そう言って、風に向かって、リリスが顔を上げようとした時。
「五月蝿い、囀るな」
 無表情の翔が、リリスに容赦無い雷の魔弾を叩き込んだ。顔を覆ったリリスの指の間から覗く鋭い悪意の視線と、鎌首をもたげて風を攻撃しようとしていた蛇の挙動を、ゾンビハンターの少年は見逃さなかったのである。もっとも、彼にとっては、リリスの発言が演技でなく真実だとしても、結果は同じだっただろうが。
「ふぅ、危うく、騙される所だったわ」
「あなたの真意は判りました……。修一さんの為、あなたは消えて下さい……!」
 リリスの愛が結局偽りだった事を知って、風はさして表情を変えずに斬馬刀の『鬼喰』でリリスに斬りかかり、龍華は僅かに悲しげな表情を見せ、光の槍でリリスの胸を貫く。
「男が女の子を好きになる気持ちが、てめぇに判ってるのか!? その気持ちを利用するのは許さねぇ!」
 修一の心を弄び、能力者達を欺こうとしたリリスに剥き出しの怒りを向け、魎夜は霧のレンズを通す事無く、接近して直接黒影剣でリリスを貫く。
「がっ、ぐ……!」
 最早反攻する力も残っていないのか、血塗れになったリリスは、苦しげに呻いて蹲る。その小さな身体に、最早生命力が殆ど残っていない事は、誰の目にも明らかであった。
「私が……死んだら、彼は……、修一は、どうするの? 私、無くして……彼が、生きて、いけるとでも……?」
 血に染まった口を開き、息も絶え絶えに、リリスは最後の抵抗をする。それは、己の保身から来る言葉というよりは、自分が死んだ後、修一と能力者達に少しでも後味の悪い想いをさせようとする、歪んだ怨嗟の情から来る言葉のようであった。
 そんな彼女の目の前に、悠は『八影』の切っ先を突き刺し、リリスの目を真っ直ぐに見つめ、静かに言葉を紡ぐ。
「貴女がいたから、今の彼がある。貴女がいないと彼が生きていけないってのは……否定はできないね」
 悠の言葉に我が意を得たりとばかりに、リリスは口の端を歪める。
 だが、悠は一切の動揺を見せる事無く、『八影』を両手で握りしめて床から抜き、刃の先をリリスに向けたまま、胸の前に掲げる。
「……でも、貴女がいても彼は死ぬ」
 悠の言葉に、リリスはハッと顔を上げてその黒い刃を一瞥した後、悠を悲しげな瞳で見つめる。
「他ならぬ貴女の手で命を絶たれて、どちらかしか選べないのなら……貴女はどっちを選ぶ?」
 そう告げた後、リリスの返答を待たずして、悠はその刃を、一気にリリスの胸に突き刺した。


「ん……あれ?」
 修一が目を覚ましたのは、それから暫くしてからであった。
 導眠符で眠った後、玄関前に居たゆうらと沙織がずっと彼の様子を見ていた為、彼は全てが終わるまで目を覚まさなかったのである。
「大丈夫ですか、修一さん?」
 部屋に一人残った沙織が、コップに水を入れて、修一に持って来る。
「えっと……、確か、家に帰って来てから……、疲れてそのまま眠っちゃったのかな?」
 ぼんやりとして頭をポリポリと掻いた修一は、眠る直前の記憶を思い出し、起き上がる。
「そうだ! 彼女は……彼女はどうしたんですか? それと、あなたは誰?」
 『彼女』とは、彼を殺そうとしたリリスの事であろう。修一は慌てた様子で、沙織に詰め寄る。
「えと、私は彼女の古い知り合いです。彼女は舟木さんが帰ってきたのと入れ違いに外国に旅立ちました。成功率の低い手術を受けに行くそうです」
「手、術……? そんな、彼女はそんな事一言も……」
「はい、あなたに心配をかけないように、ずっと秘密にしていたんだそうです」
「そん、な……」
 その『事実』を知り、修一はガックリと肩を落とす。
「考えてみれば、僕は彼女の事を何も知らなかった。まさか、そんな難病を抱えていて、それに気付かなかったなんて……。僕は、何て馬鹿だったんだろう」
「それで、彼女から、伝言を言付かっています」
「で、伝言って、彼女は何と……!?」
 修一を落ち着かせるように水を飲ませ、沙織はその『伝言』を伝えた。
「『苦境から立ち直り、一生懸命頑張る舟木さんを見て、あなたに生きる希望を貰いました。私も、自分の弱さで伸ばしていた手術を受けようと決心しました』」
 修一は、まるで彼女自身が話しているかのように、じっと、沙織の『伝言』に耳を傾ける。
「『手術が無事終われば、またお会いしたいと思っています。でも、もし戻って来られなくても、あなたには幸せになって欲しい』。以上です」
 その言葉に、修一は俯き、涙を零す。
「そう、だね……。彼女が頑張ってるんだから、僕も……頑張らないと」
 そんな修一の肩に、沙織はそっと手を置いた。
「彼女は去ってしまいましたが、希望があなたを待っています。それを掴む為に、もう一度前を向いてくださいね」

「難しいことを任せちまったが……ひとまずは、上手くいったみたいだな」
 その様子を窓の外から眺めていた魎夜は、ホッと胸を撫で下ろす。彼がこっそり、修一の携帯電話に残していた別れのメモが、今回の話の裏付けをなってくれるだろう。
「この分だと、馬鹿な事をするような心配も無さそうだな」
「ええ、修一さんは、何とか前を向いて進んでくれるでしょう」
 翔が用意した救急箱を所在無げにカタカタと振る姿を見て、鈴もにっこり微笑む。
「強すぎる愛情は諸刃の剣、なのかしらね」
 今回は大した傷が生まれなくて良かったけど、と言って、風はひょいと肩をすくめる。
「修一さんの心の傷が癒えて、前に進める日が来ることを祈りたいですね」
「ええ、願わくは、修一さんがこのまま、生きる意志を失いませんように……」
 心配そうな龍華の隣で、ゆうらは静かに祈りを捧げる。
 愛の罠から放たれた一人の男の新たな旅立ちを、能力者達は静かに見守るのであった。


マスター:柾木みなと 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/08/28
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