天にて


<オープニング>


「集まってくれてありがとう」
 ――それじゃ、説明を始めるわね。甲斐原・むつき(高校生運命予報士・bn0129)はそう前置きしてから本題に入る。
「ある場所に強力な残留思念が発生している事が分かったの。これがゴースト化してしまったらとんでもない事になるわ。だから、そうなる前に先手を打って欲しいのよ」
 即ち、詠唱銀を振りかけて敢えてその場で実体化させてしまうのだ。そして、生まれてすぐの所を全力を持って叩く。
「場所はとある山の山頂。雲よりも上、標高は2000m以上よ」
 雲海に浮かぶ山頂――切り開かれた展望台からの眺めは素晴らしいものと聞く。だが、そこに渦巻く思念は酷くおぞましい。

「展望台は戦うのに十分な広さがあるわ。小細工無しの正面勝負よ」
 詠唱銀を振りかけると、その場に計5体のゴーストが現れる。それらはちょうどVの字を作って布陣。中央の先端をこちら側に向ける形で隊を成している。
「中心にいる地縛霊が最も強力よ。視界内への範囲攻撃――バレットレインに似ているかしら。無数の矢を放って攻撃して来るわ。それと強力な打突ね。単体近接だけど、これを食らったら凄く痛いわよ」
 随分昔の霊なのだろう。地縛霊は合戦に赴く武将のような鎧に身を包んでいる。詠唱銀を振りかける役目の者は彼と正面から対峙する事になるだろう。
「そして他の4体は妖獣ね。地縛霊の斜め後ろ、左右に控える2体は熊と猪を合わせたような姿をしているわ。熊の上半身が猪の背から生えているような形かしら。近寄れば全周近接攻撃、遠くにいる敵には直線状の射程を持つ範囲攻撃を仕掛けてくるわ。ナイトメアランページが近いかしら」
 そして、V字の末端に位置する2体は白翼を生やした鹿だ。全周範囲の麻痺と同じく全周範囲の回復技を持つ。この2体は戦闘が始まるといったん後ろに下がり、地縛霊が回復の射程に入るぎりぎりの位置に布陣しようとする。

「障害になるような物は無し。詠唱銀を振りかけたらすぐに戦闘になるわ。くれぐれも油断はしないで、準備は十分にお願い」
 説明は終わりよ。
 そう言ってむつきはゆっくりと手帳を閉じた。

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参加者
赤札・櫟(鬼土竜・b01421)
死守・真人(貌無・b01887)
闇無・陽(蝶ト嘯・b09187)
雨夜・銀(半人半霊の魔剣士・b12558)
衣笠・圭太郎(高倉式ドジ侍・b21391)
響・琴璃(孤独を謡う青い鳥・b21577)
驫木・一驥(千載不磨・b24882)
相庭・蒼烏(ひきこもり鋏角衆其の壱・b32706)
涼月・楓(孤独の猟狼・b37789)
皆月・弥生(誰が為にその剣を振るうのか・b43022)



<リプレイ>

●天上戦場
 そこはまさに、雲上に設えられた合戦場。
 眼下に雲海を従えた山上は人気なく、佇む能力者達の他に在るのはただ――この世に残された悪しき思念。
「さぁて、ひと踏ん張りといくかねぇ」
 決して退けぬ戦いであると知りながらも滾る思いに嘘はつけない。驫木・一驥(千載不磨・b24882)は不敵に笑い、両の拳を打ち合わせた。
 布陣は作戦通り、一驥を頂点とした逆V字型で挑む。詠唱銀を振りかける事で現れるという敵隊と鏡合わせにしたような形になるはずだ。
 遠い眼差しで蒼穹を眺めていた響・琴璃(孤独を謡う青い鳥・b21577)がその視線を正面へ移した。足元で風花――琴璃の使役するスーパーモーラットが今か今かと前足をかいている。
 彼女が立つのは涼月・楓(孤独の猟狼・b37789)とほぼ同じ後方。近くには死守・真人(貌無・b01887)が立っている。
 真人は額に手をかざして一通りの景色を眺めた。
「いやはや、山の上とはなかなかいい趣味をしている地縛霊ではないか」
 声音からすると随分冗談めいた口調である。ただし、その表情は読めない。仮面の下に隠された真人の素顔を窺い知る術はなく、彼はただ飄々と笑い声をあげた。
「最も、奴らに風情など理解出来るとは思えんがな」
「まあ、倒した後は天国まで迷わなくていいんじゃないか?」
 応じる赤札・櫟(鬼土竜・b01421)は淡々とした様子で語る。見上げた空はいつもより近い場所にあるような気がしてふと手を伸ばしてみた。対して、一番はしゃいでいるのは雨夜・銀(半人半霊の魔剣士・b12558)である。彼は展望台から身を乗り出して雲海を眺めた後、ようやく配置について両の長剣を引き抜いた。その刀身は真紅のコートによく映える。
「こんだけ天に近ぇなら、超特急便で送ってやろうぜ」
「そうだな。……にしても、これだけの雲海を素描する暇がないのが残念だ」
 やるなら終わってからか、と相庭・蒼烏(ひきこもり鋏角衆其の壱・b32706)もまた起動を済ませた。瞬時に彼の蜘蛛童がすぐ傍に現れる。蒼烏は蜘蛛童に銀の後ろにつくよう顎で示した。蜘蛛童は大人しくそれに従う。
「さて、と。それじゃ準備はいいですか?」
 まるで空に溶けてしまいそうなセーラー服の襟をはためかせ、闇無・陽(蝶ト嘯・b09187)は掌の上で念動剣を回転させる。戦いにおいて目的が分かり易いというのは重要だ。陽の問いに人数分の頷きが返る。
「ゴーストも何処にでも現れるでござるな、呆れるぐらい」
 ちょうど中衛の位置に佇んだ衣笠・圭太郎(高倉式ドジ侍・b21391)がつくのは浅いため息。楓はライフルの銃口を構え、いつでも技を繰り出せるよう腰を落とした。蒼烏の前、銀の隣に布陣した皆月・弥生(誰が為にその剣を振るうのか・b43022)は濃紺のコートを風に任せるまま翻す。
「いつでもいいわ」
「んじゃ、いくぜ」
 全員の準備が出来た事を確認して、一驥がその手より詠唱銀を放つ。それは撒かれた瞬間、残留思念と反応して異常な空気を生み出した。ゴーストは瞬く間に実体を得て能力者達の前に姿を現す。
 ――影は全部で五。
 その先頭を担う鎧武者姿の地縛霊が、腰から剣と無数の矢を抜き去った。

●幕開け
「おーおー、ご立派な武者鎧だこと。手加減してもらいてェなァ」
 自らの役目はこの地縛霊を縫い止めておく事。振りかざされた刀を一驥は真正面から受け止めた。あまりに重い一撃に息が詰まる。だが、続けて二撃を受けるのは危険だ。
「任せて下さいな」
 旋剣の構えで回復を図る一驥の背後に滑り込んだ陽が身の内に抱く白燐蟲を解放させる。――だが、それでも全快には至らない。今はまだ抑え切れるものの、幾度かの攻撃を受けた後は一度下がる必要がありそうだ。
「では、いくぞ」
 その場に留まって遠距離攻撃に徹する弥生に守られた蒼烏は、赤く明滅する弾を熊猪型の妖獣めがけて撃ち込んだ。主に合わせて彼の蜘蛛童・爆もまたオトリ弾を放つ。左右の熊猪妖獣はそれぞれ怒りに捕らわれ、地縛霊の後ろから突出を始めた。
 直線的に蒼烏と蜘蛛童を狙う妖獣の前へ、けれど銀と櫟が立ちはだかる。
「させねぇよ!」
 蜘蛛童を守るように身を投げ出した銀は妖獣の眼前で旋剣の構えを発動。怒りから立ち直った妖獣はその場で回転するように爪を躍らせる。受けた傷は自分で癒すか、陽に頼るしかない。後方で援護に回る真人は後衛へ順繰りに白燐奏甲をかけている。それが終わるまで治癒符による援護は期待出来ない。
「ゴーストがギムレット陣形とは生意気な」
 魔弾の射手を展開した櫟は蒼烏を守りながら水刃を投擲する。地縛霊と熊猪妖獣2体に対して一驥、銀、櫟がそれぞれ1体ずつを相手取る形だ。攻撃を出来るだけ集中させたい所ではあるが、この状態では少し難しい。
「1体ずつなんて面倒くせぇ。こいつで纏めてぶっ飛べ!」
 焦れた銀の暴走黒燐弾が弾けるも、オトリ弾によって左右それぞれに離れた熊猪妖獣は地縛霊とも密接するほどの距離にはいない。自然、当たるのは目の前にいる物のみ。ちっ、と舌打ちをして再びの攻撃を試みた。
「攻撃を集中させて!」
 立ち止まり、ダークハンドのみにて攻撃を繰り出す弥生が叫んだ。
「心得たでござるよ!」
 中衛から圭太郎の返事が返る。ほぼ同時に最後方から戦況の把握に努めていた琴璃の指示が飛んだ。櫟と弥生、そして蒼烏の攻撃を受ける左側の熊猪妖獣の疲労が激しい。
「狙うなら、左よ」
「左でござるな!」
 圭太郎は即座に水刃手裏剣を放つ。琴璃はリフレクトコアによって強化された光の槍を、そして弥生の闇と櫟の水、蒼烏の逆燐が相次いで熊猪妖獣を貫いた――だが、敵後方に座する鹿妖獣がそのダメージを半ばまで癒してしまう。もう1体の熊猪妖獣も然り。
 敵の数こそ少ないものの、その分1体ずつが侮れない力を持つ。かなりの精度で攻撃を集中させない限り倒しきるのは至難の技だ。
 そうしている間にも、残る鹿妖獣が麻痺の音色を奏で始める。
「く……!」
 鹿妖獣へと炎の魔弾を繰り出していた楓はその射程範囲に足を踏み入れており、麻痺を余儀なくされる。そこへ地縛霊の放つ矢が襲いかかった。仕方なく、いったん下がってライカンスロープを使用する。傍に寄った風花が舐めて楓の傷を癒した。琴璃は熊猪妖獣の直線攻撃を予期して身構える。完全に避けるのは難しいが、それでも不意をつかれるよりははるかにマシだ。
「両方受けるのは……遠慮したいわね」
 万が一、地縛霊と熊猪妖獣2体の攻撃を一度に受けるような事があれば琴璃の体力では耐え切れない。その懸念は蒼烏にも通じる。しかも彼の場合、妖獣からの距離が近い分狙われる可能性が琴璃よりはるかに高い。
「!」
 怒りの切れ間、熊猪妖獣の攻撃が弥生と蒼烏を襲う。陽の手は一驥に割かれていてそちらまで回らない。蜘蛛童が祈りを捧げるが、地縛霊の圧倒的な一斉射撃の前には力不足を否めなかった。
「……すまん」
「無理するな」
 すぐさま櫟がフォローに入り、下がる時間を稼ぐ。蜘蛛童は一瞬動きを止めて蒼烏の様子を窺うも彼の鋭い眼差しにその意を汲み取る。再びオトリ弾を放ち、熊猪妖獣を引きつけた。
「ち、辛ぇな」
「代わるわ」
 一驥が下がるのと同時に弥生が布陣の頂点を担う。だが、そこはぎりぎりで鹿妖獣の攻撃が届く範囲でもあった。けれどオトリ弾によって前に引きずり出された熊猪妖獣はようやく鹿妖獣の回復範囲から足を踏み出す。
 ここぞ、とばかりに圭太郎は水刃を投じた。
「脇が甘いでござる。そこでござる!」
 真人がかけて回った白燐奏甲によって後衛の攻撃力は通常より更に増している。続けて放たれた琴璃の光槍が遂に熊鹿妖獣の1体を仕留めた。だが、同時に楓の体力が危険信号を点している。先に奥手の敵へ攻撃を始めた彼女は麻痺に捕らわれる確率も高く、自力での回復が困難だった事が災いした。
「涼月!」
 それは真人が後衛全てに白燐奏甲をかけ終わる直前の出来事である。1人での攻撃では鹿妖獣を落とす事ならず、楓はその場に膝をついた。
「くっそ、なかなか当たんねぇ!」
 複数を巻き込めればこちらが有利、しかし敵と敵との隙間は開くばかりだ。代わりに蜘蛛童を背後に庇っているため敵の直線攻撃はほぼ2人分食らう事になる。真人が後方より声をかけるが、どうしても1人、2人は射線上に被ってしまう。
「間に合わない、なんて言いたくないですね」
 前衛の後ろを行ったり来たりしながら、陽は白燐蟲を纏わせてまるで蝶のように舞う。
「死守さん、驫木さんをお願いします」
「承知した」
 ようやく足を落ち着け、後方より真人が治癒符での回復に専念を始める。時間をかけただけあって後衛の火力は凄まじいものがあった。瞬く間にもう1体の熊猪妖獣を撃破、続けて残る地縛霊と妖獣の討伐に移る。
 圭太郎は鹿妖獣から撃破せんと中衛より前衛に並び立つ位置まで布陣する場所を変えた。琴璃も同様に、鹿妖獣へ攻撃が当たる位置まで風花とともに前へ出る。
「……厳しいわね」
 だが、幾ばくも攻撃を与えないうちに琴璃の口をそんな台詞がついて出た。2体の仲間を失った妖獣はさきほどにも増して回復に力を注いでいる。代わりに麻痺を受けないで済むものの、2体分の回復を受ける地縛霊と妖獣の耐久力は目をみはるものがあった。
 少しずつ削っているが、まだまだ弱っているそぶりは見せない。
「しぶてぇな」
 呟いた櫟はここぞとばかりに温存しておいた雷の魔弾をお見舞いする。銀の黒燐弾、一驥の黒影剣、弥生のダークハンド。これだけの攻撃を受けてなお地縛霊は猛威を振るい続ける。
「駄目か……!」
 戦いが長引けば強撃を受ける可能性も高まる。攻撃を受け止め切れなかった弥生が呻いた。それでも反対側から、一驥が白の二刀を渾身の力で振り下ろす。
「そろそろ終わっとけやァ!!」
 だが、それはこちらも同じ条件だ。必殺の一撃を受けた地縛霊の動きが遂に止まった。そしてそのまま霧散するように体が弾ける――撃破だ。
「このまま一気に行くでござる!」
 圭太郎は休まず鹿妖獣のわき腹へと爆水掌を叩き込む。もちろん、と頷いた陽がここに来て攻勢に転じた。光の十字架で鹿妖獣2体を同時に巻き込む。真人は労うように一驥へと治癒符を飛ばし、銀と櫟がほぼ同時に鹿妖獣へと迫った。尽きた技の代わりに直接刃を突き込む。
 怒涛の攻撃はまだ止まない。琴璃の光槍が最後の1体の胸部を貫き、それが先駆けとなって残る攻撃の全てが殺到。
 冷たい風が戦場を薙ぎ、雲を裂いて行く。
 ――そしてようやく、全ての敵が姿を消した。

 再び平穏を取り戻した山頂にやまびこを楽しむ声が響く。
 雲海は全てを見ていながら、ただ無言で風に流されるままそこに在り続けた。


マスター:ツヅキ 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2008/10/31
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冒険結果:成功!
重傷者:相庭・蒼烏(ひきこもり鋏角衆其の壱・b32706)  涼月・楓(孤独の猟狼・b37789)  皆月・弥生(誰が為にその剣を振るうのか・b43022) 
死亡者:なし
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