首吊りアパート


<オープニング>


 ギイ、ギイ、と。
 重たいものが揺れる音が響く。
 この廃アパートは首吊りアパートと呼ばれており、近づく者すらあまりいない。
 ギイ、ギイ、と。
 吊り下がった死体が揺れる音が響く。
 アパートの中には風など吹いておらず、明らかに吊り下がったばかりであることが分かる。
 ギイ、ギイ、と。
 何かが嗤う音が響く。
 アパートの中には吊り下がる死体と、もう1つ。縄に首を巻きつけた異形の姿。
「ん、集まったな」
 運命予報士はそう言って全員の顔を見回した。
「今回事件が起こっている場所は、とある廃アパートだ」
 その廃アパートの3階のとある部屋で、男が1人殺されたのだという。
 その男はいわゆる廃墟マニアで、その日も廃墟巡りをしていたのだという。
「最近はその手の情報に簡単に触れられる時代だからな……どうも今夜、廃墟マニアの女性がアパートに入り込もうとしているようだ」
 つまり、放っておけばその女性は殺されてしまうということだろう。
 何としても、第2の被害者となる前に解決しないといけない。
 その廃アパートは老朽化が進んでおり、区画整理を機に住人が退去して廃アパートになった……という経緯のあるアパートだ。
 しかし、同時にとある噂のあるアパートでもあった。
「なんでも住人の退去がスムーズに進んだ背景には、アパートの一室で首吊りがあったせいで他の住人が気味悪がったから……とかいう噂だ」
 夜にアパートの3階の部屋に首を吊って揺れる死体が見える……などという噂が広がり、誰も気味悪がって近づかなくなった。
 近辺も区画整理が進んで人気があまり無くなったが、その区画整理も現在、諸般の事情とやらで一時中断してしまっている。
「地縛霊に関してだが……夜に3階の部屋に誰かが1人で踏み込むと出現するようだ。部屋は303号室……真ん中の部屋だな」
 異常に力が強く、持っている縄で首を絞めて殺そうとするのだという。
「まともに受ければ気絶するかもしれないな……その他にも、呪いの魔眼のような力も持っている。気を付けてほしい」
 地縛霊の登場と同時に、同じように縄で首を絞めようとしてくる男のリビングデッドが1体現れるのだとも運命予報士は語った。
「まあ、こちらは油断しなければ問題ないだろう」
 そこまで語ると、運命予報士はため息をついた。
「廃墟めぐりか……俺には理解できんが、ゴーストさえ退治してしまえば、ただの廃墟に過ぎない。もし、その気があるのなら……だが、その辺りを回ってくるのもいいかもしれないな。幸いにも、今夜は月が綺麗だそうだ」
 最後に、運命予報士は全員の顔を見回して語る。
「……無事で帰ってこい。俺に言えるのはそれだけだ」

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参加者
丘・敬次郎(悪いツインテは良くないサンタ・b25240)
西村・絵里(水鏡の幻術士・b26459)
ブルース・レイ(白い紫陽花王子・b30727)
龍薙・我妻(漆黒のナイトバトラー・b39971)
皆月・弥生(誰が為にその剣を振るうのか・b43022)
影弥・京(嘘が歪む鎮魂歌・b43628)
黒崎・秀一(水龍蒼牙・b52037)
釣・克乙(風来坊・b52353)



<リプレイ>

 そこにあったのは、もう誰も住まないアパート。
 区画整理が中途半端に進み、ぽつんと残されたアパート。
 人はそれを「時代から忘れられた」という綺麗な言葉で飾り、時として廃墟マニアをも呼びよせる。
「人の住まなくなった建物なんて、寂しくて怖いだけだと思うんだけど、何でわざわざそんな場所に行くんでしょうね。私なんか、こんな仕事ででもないと絶対行きたくないのに……」
「廃墟巡りか……人が成長する上で好奇心は大切だと思うけど分別を弁えるべきよね。世界の全てが人の領域という訳ではないのだから」
 西村・絵里(水鏡の幻術士・b26459)の言葉に、皆月・弥生(誰が為にその剣を振るうのか・b43022)が頷く。
 人でないものの領域。確かに、この場はそうだ。そうである事を、彼女達は知っている。
 この世界の裏にあるもの。シルバーレインが生み出すものを。
「廃墟巡りかぁ……。ま、こういうトコ探検するのは俺も嫌いじゃないんだけどな」
 黒崎・秀一(水龍蒼牙・b52037)に、釣・克乙(風来坊・b52353)が成程、という顔をする。
 つまるところ、それが一般人の感覚なのだ。
「あ、あれって……」
 龍薙・我妻(漆黒のナイトバトラー・b39971)が見た光景は、アパートの外観を懐中電灯で照らしている女性の姿。
 何やら動きやすくも肌を出さない服装をしている辺り、かなり本格的な廃墟マニアと見える。
 腰に差しているのはスタンガンか催涙スプレーといった護身具だろうか?
 いざという時の対策のようだが、今回に限っては実に的外れだ。
 そもそも、そんなものが必要になる場所には近づかないのが一番なのだが……この状況では、そんな事を言っている場合でもない。
 秀一は覚悟を決めると、少年らしい笑顔を無理矢理形作り、女性へと走り寄って話しかける。
「ねぇおねーさん、何してるの? ここは怖いとこだよ?」
 こんなの自分のキャラじゃない。
 そう思いながらも、秀一は女性を足止めする。
 これも女性を助けるための演技なのだ、と自分で自分を納得させながら。
「ん? うわっ! な、何?」
 驚く女性は懐中電灯を落とし、慌てて拾う為に転がった懐中電灯を追いかける。
 どうやら、本当に驚いたらしい。
 その女性が秀一と懐中電灯に気を取られている間に、影弥・京(嘘が歪む鎮魂歌・b43628)達の他の仲間は素早くアパートへと潜入を開始する。
 万が一、の可能性を潰し、女性を平和的に追い返す為に。
「一人ではいったらあぶないよ? おうちに帰った方がいいよ?」
「そ、そうかな。そんな気もしてきたなあ」
 秀一の言葉に女性は、上の空な返事を返す。
 どっちにせよ、人に見られたら不味いなあ、などと呟いているのが分かる。
 彼女は、人に見られずにこっそりと廃墟を堪能するつもりだったようだ。
「ね?」
「そ、そうだね。んー、そうする。お姉さんが此処にいたことは内緒だよ?」
 どうやら、廃墟巡りとは彼女にとって、あんまり人に見られるのは不味い趣味のようだ。
 人に見つかってしまった以上、早々に帰った方が無難……と判断したのだろう。
 じゃあね、と言いながら。しかし、少し名残惜しそうに廃墟を振り返って去っていく。
 足早に消えていく女性を見届けると、秀一がふう、と溜息をつく。どうやら、絵里にブロッケンの魔物を使って貰うまでも無かったようだ。
 万が一の時には気絶させるという案もあっただけに、一番平和的な手段で解決できたのは実に理想的だった。
 一方、廃墟の中に入ったメンバーは3階へと向けて歩いていた。
 暗い廃墟のアパートの階段は空しい音を立て、如何にもといった雰囲気を醸し出している。
「しかし廃墟マニアと云う方も居られるのですね……」
「そんな巡りは昼ぐらいにやりなさいよって話ですよね」
 克乙とブルース・レイ(白い紫陽花王子・b30727)は互いに顔を見合せて、溜息をつく。
 暗いアパートの中で、ブルース達は明かりを頼りに上へと登る。
「女性、追い返しといたぜ」
 それさえ聞けば、もう障害は何もない。
「女性も無事ということですし、オイタはそろそろ終わりなのですよ♪」
 京の言葉に、全員が頷く。
 目の前にあるのは、鈍く光る303のプレートの貼り付けられたドア。
「よし、じゃあ行ってきます」
 丘・敬次郎(悪いツインテは良くないサンタ・b25240)が部屋に入ると、部屋の中の異常さな風景に目を見張る。
 部屋中に散乱する、何かの紙片……その全てに「憎い」と書かれている。
 古いものらしく変色していたが……それだけに、そのむせ返るような異常さをう感じた。
 そして、何かの音が響く。
 ギィ、ギィ……と。
 何かが吊り下がるような。
 何かが哂うような。
「出ましたか……!」
 そう、それは現れた。
 髪の長い女性の地縛霊と、縄を手に持った男のリビングデッド。
 ゆっくりとした動作で地縛霊は敬次郎の方へと近づき……再び開いたドアの方角へと、目を向ける。
「どんな最期だったかは知らないけど……、この世に留まり続けるのだって幸せじゃ無いだろうに……っ!」
 秀一の言葉に、答える者は無い。
 だが、このような姿になって幸せだと思う者が、一体何処にいるというのだろう。
 そう、答えなど聞くまでもないことだ。
 絵里の前に大きな霧のレンズが現れ、弥生が旋剣の構えを取る。
 敬次郎が爆水掌を地縛霊に繰り出すと、吹き飛びはしなかったものの地縛霊は大きく揺らぐ。
 だが、それで終わりはしない。そのまま敬次郎の首を絞めようと縄をかけ、締め上げる。
「う……くっ……!?」
 予想を更に超える強い力で締めあげられ、敬次郎は苦悶の声を漏らす。
「丘さん!」
 我妻の爆水掌が叩き込まれ、警戒するように地縛霊は敬次郎から離れる。
「死にぞこないが……気安く私に触れるなっ!」
 リビングデッドの攻撃を弥生が回避すると、京が炎の魔弾を放つ。
「炎に焼かれて消えゆくがいいのですよ」
 放たれた魔弾はリビングデッドを貫き、炎に包まれたリビングデッドは一撃で息絶える。
「まずは一匹、ですね……!」
 克乙の浄化の風が敬次郎を癒し、秀一の水刃手裏剣が地縛霊を斬り裂く。
「いきます……!」
 強大なエネルギーの風を纏ったブルースの攻撃がタイミングよく命中し、地縛霊は大きく揺らぐ。
 だが、それでも今度は我妻を絞め殺そうと近寄り……その身体に、無数の傷が出来る。
 そう、絵里の瞬断撃が地縛霊を斬り裂いていたのだ。
「全力で……援護します!」
 克乙のジェットウインドが地縛霊を空中に固定した、その時。
 弥生の黒影剣が地縛霊を斬り裂き……声にならない断末魔と共に、地縛霊は消滅したのだった。
「これで今度こそ、静かな廃墟になった訳か……」
 秀一はそう言って、部屋の中を見回す。
 ……まるでこの世の全てに呪いをかけていたような……そんな部屋だった。
 散乱する怨嗟の言葉の書かれた紙、あちこちの破壊の跡……。
 此処で一体何があったのかは知る術も無い。
 だが、恐らくは……首吊りは、あったのだ。
「あんまり周りたくは、ないですねー」
 ゾクリとするような何かを感じて、京は明るい所で待っていると言い残してサキュバス・キュアと共にそそくさと303号室を出ていく。
 此処にはもう、何も無い。地縛霊は退治された。
 此処にはもう、人を脅かすものは何もない。
 だが、人の残した怨念の残り香というものは理由もなく人を怯えさせるものだ。
 京が感じたのも、あるいはそういった類のものだったのかもしれない。
「一人で散策するには怖い所ですよね、確かに……」
「かも、しれませんね」
 ブルースに頷くと我妻は、自分も外で待っていると言い残して部屋の外へと出ていく。
 ちなみに我妻の場合は、彼女へのメールである。
「綺麗な月ですね……。こんな日には廃屋の上で月を眺めたくもなりますか……」
 そう言うと克乙は、アパートの一番上へと登るべく歩いて行く。
 残った面々も、ただの廃墟となったアパートを思い思いに廻っていく。
 どの扉にも鍵はかかっておらず、303号室以外は「引っ越した後」というのがよく分かる閑散とした様子だった。
「……こういうのもたまには悪くないですね。侘しさ、って言うんでしょうか」
 壁に貼ってあるシールを見て、絵里はノスタルジックな感情を呼び起こされる。
 全てのものには、想いが残る。
 絵里達が普段相手にするものがネガティブなものであるのを思うと、実に微笑ましいものだと笑みが浮かぶ。
 このシールの高さからすると、子供がいたずらか何かで貼ったのだろう。
 そんな光景が、目に見えるようだった。
 あるいは、あの女性もこういう感情を抱く為に来たのだろうか、と絵里は思う。
 まあ、それでも正しい事ではないのだけれども。
「力は化け物、心は人。……思えば能力者も半端な存在よね」
 月を見上げ、弥生は物想いにふける。
「廃墟の退廃っぷりに惹かれるのは、ゴーストタウンを巡る能力者としてはわからんでもないのですが。『廃墟にはこういう危険がある』と、廃墟マニアの人に呼びかけたいところなんですけどねえ」
 敬次郎は、そう言って溜息をつく。
 確かに、それが出来たならば理想だろう。
 ゴーストタウンや、ゴーストの居る場所に迂闊に踏み込む廃墟マニアも居なくなるかもしれない。
 しかし、世界結界の事を思えば……それは出来ない事だ。
 やってはいけないし、やったとしても信じる者などいないだろう。
 つまるところ、こうして被害者が増える前に倒して回るしかない。
 それを改めて感じたからこそ、敬次郎は溜息をついたのだ。
 ふと下を見ると、ぼーっと月を見上げる克己と、メールを一生懸命打っている我妻の姿。
「……何やってるんですか?」
 やって来た絵里に、弥生は無言で眼下を指さす。
 空には、凍るような冷たい色の月。
 眼下には、火照るように熱々の関係の片鱗を見せる我妻。
 思わず漏れた笑い声に彼が空を高速で見上げるまで、あと数分である。


マスター:じぇい 紹介ページ
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楽しい 笑える 泣ける カッコいい 怖すぎ
知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:8人
作成日:2008/12/01
得票数:カッコいい13 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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