<リプレイ>
●パーティ 散りばめられた星が、続く世界を見下ろしている。 月明かりさえ、窓越しに溢れる人々の生活を羨むように眺めていた。 年の瀬、クリスマスシーズンに催されるダンスパーティは、温かなひとときを与える。 煌く光の粒も、跳ねては消え、消えては弾む音の流れも。その度に足を動かし、手を取り合う声も。 「ダンスパーティーは何時の世も、華やかで良いものだね」 徐に手の甲を口元へ寄せる。嬉々とした感情が零れてしまうのを防ぎ、河盛・ロンド(全力で踊れ・b41758)がそう呟いた。 襟元を正しふと傍らを見遣れば、彼と一緒に行動するリオン・テイラー(どこでもいっしょ・b04317)の姿がある。先ほどから何やら指を折りたたみ、祈るような仕草でまぶたを伏せていて。 ――しーちゃん、ごめんね。 心の中で、遠くにいるであろう誰かに謝っていた。 会場の賑わいも刻々と過ぎる時間の中で増し、一組のきょうだいもまた会場へ足を踏み入れる。 よそ行きのワンピースが少々落ち着かないのか、水瀬・凛華(彩雲を告げる水の華・b39893)が若干浮つく。会話を弾ませる感じでいいのかな、と不安げに仲間へ視線を移せば、九重・倭(淡光・b20966)が薄く微笑むのが見えた。 「ルイージさんがイタリア人ってこともあって、二人が一層華やかですね」 並べられた食事へ手を伸ばしつつ、倭は話のきっかけを生む。さすがにホテル開催のダンスパーティということもあってか、口へ運ぶ料理も美味だ。 二人と一緒に訪れた藤野・沙羅(夜桜に抱かれる恋色の華桃・b02062)は、ドレスを汚さぬよう気を遣いながらいた。 (「ちゃんとお姉ちゃんっぽくしなくちゃ……」) 仮にもきょうだいでの参加を装っているのだから、と張り切って会場内を見回す。ルイージらしき青年のノリにつられている女性が、恐らくリョーコだろう。ルイージに至っては満面の笑みがこぼれてばかりで、それを愛おしそうに見つめる女性の眼差しもまた、冬を忘れてしまう程に温かい。 嗚呼、と思わず出かけた嘆きを沙羅は飲み込んだ。心苦しいと表現するには、あまりに切なすぎる。青白いリョーコの指先や顔色を見れば、やはりリビングデッドなのだと思い知らされているようで。 ――彼との二度目のクリスマス……か。沙羅と同じ……。 ふと腕時計へ視線を落とし、沙羅が瞳を闇に隠す。このまま何事もない生活が続けば、ルイージとリョーコにとっては幸せなのかもしれないと、叶わぬ望みさえ抱く。 けれど、二人がこのままでいられないことは、能力者の誰もが知っていた。
「お二人もカップルですか……?」 スーツ姿の薔薇・茨癒(月夜の微笑み・b25129)がおずおずと、休憩のためホール中央から離れたルイージとリョーコへ声をかける。内心パーティの緊張で弾けてしまいそうな茨癒は、僅かに胸元を抑えて。 ショールを羽織った氷采・陸(瑠璃色ニュートラル・b28712)も、そんな彼に寄り添っていた。 声をかけられたルイージが、若き二人に目を瞬かせた後、表情に花を咲かせて。 「ジャポネーゼ、やっぱり可愛い!」 挨拶としての褒め言葉を投げたルイージの腕を、リョーコがぐいっと引き寄せる。 「さっきからココにいる女の子みんなに目がいっちゃってもう。困ったもんよね」 茨癒や陸に同意を求めた彼女に、ルイージが母国の言葉で何事か囁いている。彼女もやきもちゆえか口を尖らせてはいたが、本気で嫌がっているようには見えずに。 そんな二人のやり取りに、茨癒も陸もくすくすと笑うしかなかった。 思いのほか賑やかそうな二人とは、会話も少しばかり弾む。リョーコは何処となく茨癒たちから離れたがったものの、ルイージが気さくに話すものだから、なかなか距離を保てずにいる。 不意に、二人のスタッフがそんな彼らの許へ目を輝かせ近寄ってきた。一人のスタッフが、結い上げた銀の髪をふわりと揺らし四人の顔を覗き込む。 「すみません、協力していただけませんか?」 久遠寺・紗夜(光龍の蒼月姫・b05369)だ。スーツを纏った彼女に、四人の視線が同時に振り向く。 「おお、またカワイイ子が来……」 「ほら話の途中でしょ」 リョーコがルイージの口を咄嗟に塞いだ。唐突すぎて首をかしいだ紗夜も、すぐに我へと返り、天浦・雨禅(リベラリズム・b03384)へ視線を流す。 「ベストカップルを決めるアトラクションをやることになりまして……」 雨禅の一言に、ルイージとリョーコがまばたく。 「見たところ素敵な恋人同士。是非、ご参加いただけないでしょうか?」 声を弾ませて続けた雨禅は、ノリが良さそうなルイージを見遣った。 「ふふ、こんな催しがあるだなんて。楽しみね」 くすぐったそうに笑みを零したのは陸だ。砕けた口調で、寄り添う茨癒へ反応を求める。 僅かに戸惑った素振りを見せ、茨癒はすぐに提案を受けるべくルイージたちを誘う。 「僕らも一緒ですし、記念に行きましょう……?」 でも、と渋ったのは案の定リョーコだった。ルイージの方はといえば、ベストカップルという響きが気に入ったのか、何やら歌を口ずさんでいる。 「是非、あなた方ならと思いまして」 念を押す紗夜に、リョーコもそう長くは続かず折れた。 そこで漸く雨禅はバッジを手渡し、紗夜が先ずルイージと茨癒を誘導する。 「準備の都合上、男女別々にご案内いたします」 ぴくりと、微かにリョーコの眉が釣りあがる。極力離れたくないのだろうか、歩き出そうとしたルイージの袖を摘み、うつむいてしまった。 立ち止まってしまったルイージを知り、能力者達に緊張が走る。そして、次にリョーコの発した声は、彼らの耳朶を冷たく打った。 「……いかないで」 今にも消えてしまいそうだ。 声どころか、彼女の存在さえも。 「私も彼と離れてるのは嫌ですから、早く合流するようにしましょう」 自分より年下の陸に諭され、リョーコは思わず苦笑いを刷いた。 ルイージもそんな恋人の頬へ口付けを寄せ、 「終わったらすぐ飛んでくるよ。リョーコが何処にいても」 太陽の下が似合う明るさを帯び、彼はリョーコの元を離れていった。
●断つ 相変わらず、会場内の流れは一定だ。 他者を気にかけるでもなくそれぞれが自分と、そして自分と共に過ごす相手にばかり意識を傾けている。ダンスパーティとはいえ、夫婦や恋人同士、家族連れなどが多いのも理由の一つだろう。 まるで能力者達やリョーコの存在だけ、切り取られたかのようだ。 「では、準備がありますのでこちらへ」 先ほどの出来事もすっかり消えうせたのか、平然としているリョーコを雨禅が促す。陸もその誘導に従い、ホールを抜けていった。 行き来する人も珍しくない入り口を見遣り、きょうだいを演じていた倭たちが顔を見合わせる。 「……そろそろ、だね」 凛華が倭へそう呟き、沙羅がそんな二人を導くように歩き出した。 片隅で雰囲気を味わっていたロンドとリオンも、仲間の足取りを追うようにそれぞれ離れていく。リオンは細い胸が締め付けられる感覚に、無意識に眉根を寄せる。 ――大切な記念日になるはずだったのに、楽しみにしてたはずなのに……ごめんなさい。 こうすることでしか救えないもどかしさは、誰が持ってもおかしくないものだ。そして、掻きむしられる痛みを振り払いゴーストに立ち向かわねばならないことも、頭では理解している。 生前愛した大切な人を、理不尽な蘇り方をしたその手で殺してしまう前に。
案内するには不自然な場所だった。 非常階段という空間に、ルイージが忙しなく視線を彷徨わせる。 紗夜はそんな彼が目を逸らした隙に、カードを掲げ起動を終えた。恰好が一変した彼女に目を見開いた刹那、ルイージは暗闇に呑まれていった。呪符のもたらした深い眠りが、彼の身を崩したのだ。 倒れて怪我をしてしまわぬよう、紗夜と茨癒が彼を支える。そのまま座り込ませれば、二人だけの世界にも、或いは介抱している光景にも思える。 「ルイージさんを……よろしく……ね」 茨癒は静かに頭を下げ、仲間達の待つ庭園へと駆け出していった。 ふと、紗夜は夢に包まれたままのルイージを見遣る。 「貴方から、リョーコ様を奪ってしまう事になりますけれど……」 もう並んで生きることはできないからと、少女は天を仰いだ。
●私とともに死の踊りを 散歩のため造られた庭園は、雑木林に囲まれ独特の静けさを漂わせていた。 昼であれば陽射しもよく、まさしく散歩に相応しい情景が広がっていただろう。今の時間帯なら、蛍などが舞えばまた違った趣もあっただろうか。鼻がツンと痛むほどの外気の冷たさは、長居する場所ではないと伝えているようで。 息が白く昇っていく。もはや己の体温にも疎くなったのか、手をこすりもせずついてきたリョーコは、後背の気配に振り向いた。 「ごめんなさい、リョーコさん」 道を塞いでいたのはリオンだ。物憂げな瞳が、雨禅たちの傍にいる女性を射抜く。 雨禅もすかさず白燐蟲の煌きを武器へ宿し、準備を整えた。 「依頼じゃなかったら、パーティに普通に参加していきたいところだわ」 軽い空気を吐き出した彼を、リョーコがじっと見据える。 刹那、何処からともなく一羽の鳩が飛び出す。くるっくー、と威嚇するかのように鳴き、飛ばないまま羽をばたつかせ、リョーコに近かった雨禅をつついた。 到着したばかりの茨癒も、肩を上下させたまま白燐蟲の光を得物へ灯して。 「ルイージさん、を、殺してしまう前に……貴方を、止めさせて下さ……い」 リビングデッドと化した彼女や鳩を哀れみ、吐息を零す。二人の紡いできた過去のためにも、そしてこれから続く未来のためにも、これで終わりにしなければならない。そう、強い決意を噛み締めて。 「私を倒さなければ、ルイージさんに会えませんよ」 陸の宣言に、リョーコが瞳を眇めた。不愉快だとでも言わんばかりに殴りかかり、道を切り開こうとする。そんな彼女を、陸も雨禅が押さえ込む。 「離して! 離せッ!」 ルイージ、ルイージと叫びが木霊した。けれど、彼が助けに来る気配は無い。 庭園の入り口では、魔法陣を生み出したロンドと、光を指先に紡いだ倭が行く手を阻む。さすがに雑木林を塞ぐことはできないが、出入りを難しくしただけでも効果はある。 震えた拳は迷わない。沙羅が光り輝くコアを旋回させて守りを固め、リョーコを視界に映した。 ――恋人の傍にあり続けたい気持ちは、わかるの。わかるけど。 沙羅の想いは、喉から上へ迫らない。 「ボク達がすることは、間違ってない。でもこれは、彼女達を傷つけることだから」 先ほど謝罪の言葉を向けたリオンが、術式を編みこむ。言い訳ではない。否、リョーコからしてみれば言い訳かもしれない。それでも、気持ちの整理をつけるには瞳を濡らすしかなくて。 魔弾は雷を伴い、鳩を叩いた。 直後、丸まった凛華の身体が半ば囲う形を保ったままリョーコへ突撃する。着地と同時にリョーコを見上げれば、苦痛に歪む表情が見えた。 「……ごめんね。ボクは強くなって大切な人たちを守りたいの」 リョーコが死してなお恋人の傍を離れなかったのと同じように、凛華もまた譲れないものがあるのだ。 その時ごうと音を立てて、滾った炎が空に舞う。 「クリスマスだが、鳩のローストはもう間に合っているよ」 ロンドの手を離れた魔弾が鳩を焦がし、短い命を終わらせた。 倭と沙羅の細い指先が光を結い上げ、リョーコ目掛け撃ち出される。 「思い出とともに、もう眠って下さい……!」 沙羅の訴えは閃光に乗り、相手の命を貫いていく。 「……じ、ルイージ……っ」 膝を折り庭園へ沈んだリョーコが、這うように何処かへと腕を伸ばす。そこには無いはずの姿を求め、あるはずのない温もりを願う。 「血が、血を……もっと、ルイージ……」 生者の血肉に喰らいつき、縋り、平穏の中で生き延びようとするリビングデッド。 リョーコもまた、その性に違わなかった。
●私とともに死の踊りを 供えられた花が月明かりに映え、雑木林の合い間を抜ける風に遊ばれる。 ――彼とのダンスは楽しめましたか? それが最期の手向けとなるならと、沙羅が引きつっていた頬の筋肉をようやく緩めた。 「ルイージさんを傷つけたりはしないから、大丈夫だよ」 リオンもまた、向こうの世界があるのなら安心してそこへ旅立てるよう、永き眠りについた命を見下ろす。 「会場で見たお二人、とても幸せそうに見えました」 ほんの少し前の光景をよみがえらせて、倭が呟く。 リビングデッドにさえならなければ――そう考えてしまう心は、当然あるものだろう。いずれにせよ彼女の死という現実を思い知らされる。とはいえ、意味に微妙な差があるようにも思えた。 どうか安らかに。祈りを零す凛華の唇は穏やかに、そしてきゅっと結ばれる。 立ち去り際、ロンドは一度人の温もりに触れた青い薔薇を差し出し、弔った。 「君の愛した人が絶望の闇に沈まない様、君も祈っていてくれるね?」 思い出は穢れない。誰かの手で荒らされることもない。 だからこそ、ルイージの前途は明るくなければならないのだ。
駆けつけた雨禅からの知らせを受け、紗夜はルイージの傍をそっと離れた。 押し上げられたまぶたの奥、真実を知らないルイージの瞳が茨癒と陸を捉える。状況が把握できず肩を震わせて、寒そうに腕をさすった。 「何か、あった?」 「それが……姿の見えなくなった貴方を探しにいったっきり、彼女を見ていない」 苦そうに眉根を寄せ、雨禅がそう伝える。 彼女、と聞いて気付かぬほどルイージも呑気ではない。いなくなったと知れば尚更驚き、そんなまさかと笑い直す。 「きっとホテルかパーティへ戻ったんだネ。自分で探すよ」 悪いことが彼女の身に起こったなどとは考えない。気楽な思考は性格ゆえか、それとも。 一人で大丈夫かと尋ねてみれば、ルイージが迷わず頷く。 「何処にいても飛んでくって言ったから。アリガトウでした?」 何故か疑問系で礼を述べ、彼はさっさと居合わせた能力者達に背を向けてしまった。 足早に賑やかな場所へ舞い戻る彼を見送り、残された側は溜め息すら零せずにいる。 「……大切な人が急にいなくなるなんて、考えたくもないけど」 雨禅の喉が震えたのは、寒さの所為だけではない。 「考えもしないことなのかもしれないわね、彼にとっても」 青年が奏でていた靴音も、言い終える頃には聞こえなくなっていた。
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参加者:9人
作成日:2008/12/31
得票数:せつない17
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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