<リプレイ>
身を切るほど冷たい一陣の風が、ごう、と木々を揺らし、曇天の空へと舞い上がった。夜の闇に身を委ね、黒く染まりきった山影は、まるで余所者を拒むかのように重々しく鎮座していた。 時刻はまもなく亥二つ。 「さて、九時半よ。それにしても」 腕時計を見遣った甲子園・純(美女が野獣・b21225)の唇から呆れたような白い息が零れ出る。 「ゴーストも年末年始ぐらいは休んでくれてもいいものよねぇ。ま、もちろん、一度受けた仕事はちゃんとキッチリこなすわよ?」 そう言って彼女は心底寒そうに肩を竦め、首もとのマフラーを握り締めた。 「直に年も暮れるな。これが今年の依頼収め、無事に片付けるとしようぜ」 集まった八人の仲間たちの中で一際背丈の飛び抜けた男、驫木・一驥(千載不磨・b24882)が、その屈強な体躯を山に向け、小さくも不敵な笑みを浮かべていた。 そんな彼の隣に佇んでいた短髪の少女、月島・眞子(トゥルームーン・b11471)は、頭に取り付けたライトを点灯し、独り言のように呟いた。 「ただの噂話ならいざ知らず、本物のゴーストが現れたとなれば対処しないわけにはいかないよ。好奇心は猫をも殺す、とは良く言ったものだよね〜」 「あぁ、それは私も同じことを考えていたわ」 少々低めの、落ち着いた静かな声が眞子の言葉に同意を表した。皆月・弥生(誰が為にその剣を振るうのか・b43022)の透き通るような白肌に開く赤い瞳。弥生の同心を喜んだ眞子が振り向いた刹那、彼女のその瞳は白色LEDによって貫かれていた。 「うわぁ、ごめん! いや、これ、もしかすると結構危険物?」 「せ、戦闘時に気を付けるべきことが増えたわね」 じぃんと痛み眩んだ目を押さえ、弥生はしばらく丸い光の残像に苛まれていた。 「おらっ、月島、皆月、遊んでねェで行くぞ、行くぞ」 仲間たちが次々と山へ踏み込んでゆくなか、良き兄貴よろしく一驥はふたりの背中を押し出すのだった。
山裾から寺までの道程は順調だった。月光などの御零れに与れないなか、それぞれが手にした灯りで慎重に足元を照らし出し、暗闇に沈んだ山中でも進むべき道を外さず目的地へと辿り着いた。 そして八人の眼前に広がったのは、木立に囲まれるようにして崩れ、朽ち果てた寺と思しき残骸だった。一方からの光は瓦礫の陰影を強め、殊更闇を強調するかのようである。 「見えた。アレが例の鐘楼だな」 眼鏡の奥の柔和な瞳をすっと細め、立風・翔(風吹き烏・b02208)は懐中電灯の光を投げ掛けた。 寺の残片脇、夜陰に浮かぶは件の鐘撞き堂、地縛霊の根城でもある小さな鐘楼だった。
時刻はやがて亥三つへと差し掛かる。 懐から懐中時計を取り出した痩躯の青年、赤井・三牙(彌赤衆・b32587)は、ゆったりとした足取りで鐘楼へと向かった。この短針がもう一回りする頃、無謀な学生ふたりが麓に現れるはずだ。三牙はそんな彼らを慮り、白い溜息をついた。 「力を持たない者が恐れをなくした時が一番危険なんだ。村のご老人たちは自然と我が身を守っていたんだね」 「しかし住職さんの地縛霊ですか〜。よほどこの鐘に思い入れか未練があったんですかね〜」 頭頂部で結い上げた長い黒髪を揺らし、木嶋・栞(兇ツ祓・b03097)は吊り下がる鐘を眺めながら愛らしく小首を傾げた。 「住職さん、梵鐘をとっても大事にしていたんだろうけど……、鐘は撞くためのものだよ。撞く人が居なくなって雨風に晒されて朽ちていくのは、誰も願っていないんじゃないかな」 凍てつく寒さの中にありながら春の如く柔らかな空気を纏った綾瀬・律(日日是事無・b18293)が、そっと語りかけるように囁いて、古びた撞木を見つめていた。 「何はともあれ、年明けの鐘は生きている人間に撞いて貰いたいんでな。新年をすっきり迎えるためにも、きっちり依頼をこなすとしようぜ」 冷えた鼻先を掻きながら紡がれた翔の言葉に皆が頷いた。
栞と純の視線が手元の腕時計に落ちる。 「十時回りました〜」 「皆、灯りは消したね」 起動を終え、準備は万端。 一驥が口元をニヤリとつり上げれば、三牙はそれを引き結ぶ。 「さあて、連れて行って貰おうか」 「…………」 ふたりは同時に古い撞木へと手を伸ばした。
『……サ、……ワ、ル……ナ……』
ぞ、くり。 唐突に、寒さよりも尚凍えるような怖気が空間を蹂躙した。 ふたりの指先が撞木に触れた刹那、闇の奥から押し寄せてきたのは大量の羽音。細波は一気に津波へと変貌し、八人の能力者たちは音の洪水に飲み込まれていった。
耳障りな雑音と闇、生温い空気に満たされた閉塞感――至当、ここはまさに外界からは閉ざされた空間である。姿は見えども圧倒的な数の異形に囲まれていることは嫌でもわかった。 「眞子! 栞! ライトだよ!」 純の号令に、三つの目映い光が現れた。 周囲を廻っていた羽音のリズムが一瞬にして乱れ狂う。 「こっちですっ、投げてください!」 栞の手元から灯りが離れた。続けざまにふたつの灯りもそれを追うようにして転がってゆく。 周りを囲むようにして飛んでいた音の正体、リビングデッドと化した蛾の大群が一斉に光源目掛けて円陣を崩し、川の流れのように連なった。 栞が細い腕を振り、紙の白刃を撒き散らした。無数の白が閃く度、ごそりごそりとその影を削ってゆく。 「一網打尽ですっ」 「死に損なった蛾なんかより、アタシの蟲たちの方がよっぽど強力……さ、行くよ」 そう言ってまさに蠱惑的に微笑んだのは純。光源を中心に渦を巻くようにしてうねる蛾たちに向け、威勢良く声を張り上げた。 「消えて、なくなれっ!」 黒に覆い被さる白。放たれた白燐蟲が猛火の勢いで蛾を貪り散らす。 続けて眞子が轟音と共にバレットレインを撃ち放った。黒の塊に容赦なく銃弾が降り注ぐ。 「蛾なんて剣の錆にするのもお断り。黒燐よ、喰らい尽くせ!」 弥生から撃ち出された暴走黒燐弾が、ざわめく影をさらに深い闇色へと覆い尽くす。 息もつかせぬ彼女たちの猛攻は、確実に蛾の姿を駆逐していった。
「だいぶ減ったが、蛾の数は百八匹だったらしいな。煩悩を仮託して払うにはちょうどいいじゃねェか」 群れからはぐれた蛾を確実に二刀で討ち払いながら、一驥は軽口を叩いていた。気魄攻撃力は上昇済み。今や遅しと真打の登場を待ち構えるばかりである。 「煩悩の数と同じとは凝っているよね」 一驥と同じく前衛を担った三牙も彼の言葉に頷き、朱の番傘で薄暗闇の中から飛翔する影を払っていた。 「そろそろだろうな」 見るも強靭な甲冑の上に魔狼の気を纏い込み、周囲を警戒していた翔が呟いた。蛾の姿は今や十指に余るほど。初めの百八から見ればすでに掃滅されたに等しい。 同じくライカンスロープに身を包み、龍撃砲で蛾の殲滅を援護していた律も引き締まった表情で腰を落とす。 「いつでも大丈夫だよ」 果たしてその声が振鈴の代わりとなったのか。 刹那、空気の密度が増し、鳥肌が立つ程の悪寒が走る。はっと目を上げた彼らの前に、見上げるほどの巨大な影が現れていた。 右腕がすでに振り上げられている。大きな拳はそのまま勢い良く己の胸目掛けて打ち下ろされた。 「ぐ、っ……!」 鳴り響くのは禍々しい梵鐘の音。凶悪な衝撃波が最も近くに居た一驥と三牙のからだを突き抜ける。時待たずして各自の灯りが点けられた。
山の如き地縛霊の巨体が照らし出される。闇色の袈裟の下、黒の法衣から剥き出しになった胸元には鐘の吊り下がった大穴が開いていた。 「先手必勝たぁ、やってくれるぜ」 自らも懐中電灯に光を灯した一驥はそれを足元へと放り、どっしりと二刀を構えた。 「行くぜ、赤井」 「あぁ、上手く引っ掛かってくれるといいけど」 痛みを意識下へ追いやり、三牙もライトを灯す。 そのとき地縛霊の足元から獰猛な唸り声が上がった。野犬と思しき腐乱したリビングデッドが二匹、鼻を衝く臭いと共に嗄れた咆哮を放つ。だが地縛霊班に最も近かった一匹が突如苦悶に呻き、湧き起こった上昇気流に巻き上げられた。翔のジェットウィンドだ。 「本命がお待ちかねなんでな。前座の相手は手短にさせて貰うぜ!」 地上から引き剥がされた野犬は動けない。そこへ律の龍尾脚が竜巻の如き速さで炸裂する。 間髪を容れず、旋剣を済ませていた眞子がライトの光跡を引き、弾丸の如く突っ込んだ。それは見事もう一匹の野犬へと命中し、地縛霊との距離が開かれる。そこに追随した弥生が闇のオーラを纏い、旋剣で強化した力と共に長剣を一閃した。 これで野犬どもの茶々はない。となれば――。 「坊さんよ、しばらくはオレらの相手をしといてくれねェかな」 一驥の黒影剣が地縛霊に振り放たれ、同時に三牙のオトリ弾が撃ち出された。しかし地縛霊は再びその太い右腕を振り上げる。 「……っ、効いてないか」 「気にすンな、どんどん撃ち込め」 直後、激しく響き渡る梵鐘。音に似た衝撃は躱し難く、ふたりは再び激痛の走ったからだで踏み止まった。 「回復ならアタシに任せな!」 駆け寄ってきた純が三牙の番傘に白燐蟲を移らせる。彼女の念動剣に纏わるそれと同じものだ。 「ありがとう、……えぇと、ジュリアさん?」 「ジュリア様、と呼んでくれたら満点よ」 ルージュを差した口元が艶然と微笑んだ。純はすぐさま身を翻し地縛霊との距離を取る。 「赤井ー!」 二刀を器用に旋剣させる一驥が声を上げた。三牙は目前の地縛霊を睨み上げ、片手を掲げた。指の先には赤く不愉快に点滅する光。 「その職に申し訳ないけれど、煩悩に塗れてもらおうか」 それは瞋恚、――怒りを誘発させる弾丸だ。気合と共に下手投げされたオトリ弾は、寸分違わず地縛霊の眉間に命中した。 暗く落ち窪んだ眼窩の中で、そのとき確かに瞋の焔が燃え上がった。 「来るぞ」 地縛霊はその巨躯を確実に三牙へと向け、彼に狙いを定めていた。一驥がすかさずその間へと割って入る。掴み掛からんと振り下ろされた右腕はふたりの得物によって受け止められた。防いだとは言え、その打撃は重い。圧倒的な援軍が俟たれるところだった。
再び野犬班。既にあと一息だった。二匹の四肢にもはや滾る気力はない。最期のひと噛みとばかりに揃って牙を剥いた野犬へ、こちらも揃って迎え撃つのは眞子と律。 「綾瀬先輩、行きますよっ」 「うん!」 ふたりは同時に地を蹴って獲物へと飛び掛った。 斬――、と眞子の長剣が一匹の首を刎ね、律の龍顎拳がもう一匹の喉元に喰い込みこれを粉砕する。 二匹の野犬はようやくその身を地面へ投げ出した。 「次、行くぞ!」 勝利の余韻に浸る間もなく、野犬班は翔の掛け声で残る敵、地縛霊へと向かって行った。 その一寸の間隙を使い、後援の栞が不可視の和弓を引き絞る。 「撃ち抜きますっ!」 ヒョゥ、と宙を切る破魔矢が未だ怒りの醒めやらぬ地縛霊の肩口に突き刺さった。 「でかい坊主だこと。胸の鐘といい、ずいぶん人間離れしてるわね」 近接した弥生が両刃の長剣を下段に構え、闇と共に斬り上げた。 意識外からの二撃に地縛霊の瞋が醒めたようだ。能力者たちに囲まれている様を見るや左腕を懐へ入れ、黒く濡れ光る数珠を取り、――それを振り向きざまに豪速で撃ち出した。 赤い瞳をカッと見開いた弥生の横腹を、高速回転する珠が抉る。 「ぁ、ぐ……」 幸い直線攻撃を警戒していたお陰で後方の者が巻き添えになることはなかった。突き立てた剣でからだを支える弥生の元に純が走り寄り、その長剣に白燐蟲を纏わせた。 「大丈夫ですかっ?」 栞も慌てて栄養ドリンクを放り投げる。片手でキャッチした弥生は小さく笑った。 「……悪いわね」 一方、三牙のオトリ弾は容易に効かなくなっていた。憤怒に囚われるのも僅かの間。しかし彼は諦めず、隙在らば赤い光を放ちつつ、番傘で地縛霊の体力を削っていた。 「往生際が悪ィぞ! とっとと成仏してくれってんだ!」 一驥の得物、駮角と駮牙が闇を纏い柔靭に地縛霊を斬り捌けば、続けざまに眞子のロケットスマッシュ、純の光の槍がそれを屠る。 地縛霊はその身に多くの痛手を受けながらも右腕で梵鐘を乱れ打ち、左手に握った数珠の珠を撃ち飛ばしていた。
躱し躱され、撃ち撃たれ、地縛霊との戦闘はじりじりと、だが確実に能力者たちの側に優勢となっていた。 と、そのとき不意に黒袈裟の巨体が両腕を虚空へと広げた。 刹那、一際大きな鐘の音が空間内に木霊する。それこそ魂を抜き取られるかのような爆音に、その場に居た全員がごっそりと気力を奪われた。 だが――。 「甘い。オレたちがこんなもンでくたばるわけぁねェ!」 勝鬨にも似た一驥の叫び。 然もありなん、誰ひとり膝を折るものは居なかったのだ。 「あと僅か、堪えましょうっ」 栞が長い黒髪を揺らし、優雅に赦しの舞を舞う。 「手の内は出し尽くしたろう、もう一息だよ!」 純が輝く槍を投擲し、魔狼の気を纏った律が神速の脚を振り下ろした。 右腕を振り上げていた巨躯がぐらりと傾ぐ。 好機、翔が叫んだ。 「今だ! 叩き込め!」 出し惜しみなどしない。能力者たちはそれぞれが有す力の全てを一斉に注ぎ込んだ。 地縛霊の顔が苦悶に歪み、それでもなお梵鐘を打たんと拳を振り上げる。が――。 「死んじまったらそれで終わりなんだ。悪いな、……迷わず成仏してくれよ」 翔の柔らかな癖毛が舞う。 彼自身の名にも在り、力を預けるのはいつでもそこにある、――風。
『――オ、オオオオ……!!』
地縛霊の足元に生み出された風の激流は、霊の怨念、呪縛諸共を引き受けて飲み込み、ただの一片も残さず流し去っていった。
目を開ければ夜陰。 激闘を終え、八人は元の崩れた寺の傍に佇んでいた。 起動を解き、静かに佇む鐘楼を見つめていると、不意に聞き慣れぬ声が背後から上がった。 「あれ、先客が居るじゃないか」 振り返れば登山姿の若者がふたり。 律が安堵の溜息をついて微笑んだ。
「それじゃ、皆で一回ずつなら問題ないわよね?」 住職の弔いに来たという説明をすんなり受け入れたふたりを加え、彼らは純を先頭に鐘を撞いていった。 澄み切った夜の闇に、力強い確かな梵鐘の音が響き渡る。 「彼の未練もこの鐘の音で解放されると良いのだけれどね……」 目を細めた三牙がぽつりと呟くと、暗い曇天を見上げた眞子が片手を差し出した。 ひらり、ひらり。 白い雪の欠片が舞い降りてくる。 「和尚さんの無念の気持ちも、きっとこんなふうに融けていくよね」 掌で姿を消す小さな白を見つめ、眞子はそっと笑みを浮かべた。 肩を竦め、一驥も天を仰ぐ。 「月でも出てりゃいいんだが、ま、雪も悪くはねぇな」 鐘を撞くことに困惑していた弥生も最後にはそれを打ち鳴らし、どこか晴れやかな表情で振り返った。 時刻は子の中刻。 まさに新しい年を迎えようとしていた。
「よいお年を。……縁があれば、また会いましょう」
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参加者:8人
作成日:2009/01/02
得票数:カッコいい28
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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