<リプレイ>
●雪童子と鬼ごっこ 溶ける白が世界を覆い、鮮やかだったはずの緑はすっかり姿を隠してしまっている。 山に人の足跡はなく、獣達が戯れたであろう痕跡だけを落として薄い雪に敷かれていた。吐く息さえ白くて、山道を登りゆく能力者達は鼻と喉を痛くさせる冷たさに思わずまばたく。 実物見ないと何とも言えないなぁ、と桐村・水姫(徒花・b53635)が肩を竦めた。まるで雪女だ。地縛霊であることに変わりなくとも、胸をくすぐる疑問は拭えない。 「あ」 短く声を発したのはカナン・ミオノ(春霞の人形姫・b24443)だった。しかと着込んだ防寒着の隙間から、霞が買った前方を見据える。 立ち並ぶ木々は凍えるように縮こまり、その太い幹からひょこっと顔を覗かせる子どもがいた。 「鬼ごっこしよ」 子どもが発しているはずなのに、まるで脳へ直接響くかのようだ。 和服姿の子どもは、少年とも少女とも取り難い声で淡々と言葉を紡ぐ。 「捕まったら負け。捕まったら負け」 踵を返し、子どもの姿が山奥へ紛れる。 「こっちだって負けないぜー。よっし、いくぞ!」 唇に笑みを刷いて、神吉・鎬(闇の蟲使い・b44813)が地を蹴った。顔へぶつかる冷気などには目もくれず、仲間達も立ち位置を調整しながら走り始める。 白い布をかぶった子どもは、茂みや葉に触れることなく駆け抜けていた。 「鬼はあの子か、俺達か……どっちかな?」 ぼんやりとした表情の夜船・静流(薄花雨・b38800)は、紡ぐ言葉に凛とした意志を乗せる。 そんな子どもの背を見つめる雪・雹(ピーカンクリームパッション・b10523)は、遠い記憶を懐かしむように口を開く。 「昔は『俊足の雪』と呼ばれたり呼ばれなかったりしたこともありました」 どっちなんだろう、と周りの仲間達が内心疑問に思ったとか思わなかったとか。 刹那、先頭を走っていた十六夜・蒼夜(インフィニティゼロ・b44935)が、開けた世界に息を呑んだ。広がる銀はなだらかで、彼らを出迎える視界に邪魔となる存在は無い。思う存分、戦いに集中できるであろう場所だ。 「雪山で鬼ごっこは好きですが……」 その名に違わぬ言葉を吐いて、雹は魔法陣を宙へ浮かべた。 「人を殺める地縛霊さんは許せませんね」 彼女の意志に、仲間達の頷きが返る。 「そうだよ、追いかけっこは嫌いじゃないけど、誰かを道連れにするなんて……」 四楓院・雛(月喰い・b25383)はかぶりを振り、黒燐蟲の輝きを銀のヨーヨーへ這わせ、地縛霊を戒める。 「そんなの、ダメだよ……?」 けれど地縛霊は耳を貸さず、能力者達を威嚇する二体の妖獣の傍らでうつむいた。シャキンシャキンと、ハサミを模った兎の耳が鳴りやまない。 すぐさま鎬が黒燐蟲を呼び、カナンの榊と術扇へ寄せた。彼へ軽く頭を下げると、カナンは己の力が最大限振るえる地点へ立つ。見極める彼の眼差しは、ただ真っ直ぐに前を向いていて。 先ほどまで肩を擦っていた蒼夜も、すぐさま魔法陣生成に取り掛かる。 リボルバーガントレットの心地を確かめ、氷楼・鏡(拳に生きる孤狼・b44373)がそこで、猛々しい魔狼の力を宿す。 「何があったのかは知らない……だが、人に害する貴様を許しはしない」 きっと地縛霊と白兎を睨みつけた鏡は、それが自分のしとめるべき敵なのだと意気込む。 不意に、戦場を氷雪が舞った。水姫の白い指先が招き起こした、寒波にも似た勢いの竜巻だ。氷雪は地縛霊と妖獣を叩き、同じ色で侵食する。けれど彼らは揺るがない。 朱森・舞華(お庭のディアボロス・b36419)は構えた布槍を後ろへ引き、激しく身体を回転させ宙を舞った。 「とりゃ!」 今にも零れそうなほど大きな瞳に映ったのは妖獣だ。真っ白な兎を、突撃した舞華がその足捌きで一蹴する。 直後、仕返しとばかりに突きつけられたハサミが、彼女の腕を切りつけた。走る痛みに眉根を寄せると、苦痛を和らげる優しい幻夢の守りが、彼女と仲間達を包み込んでいく。静流が広げたものだ。 その頼もしい守りを背負い、真神・瑞貴(氷の人形・b45562)は幼そうな見目の地縛霊を瞳に映す。 「ん……雪童子……親近感を感じなくも無いけど」 瑞貴は雪女である自分と、雪ん子と地元の人に称される相手を交互に見遣った。 「捕まったら負け」 唐突に地縛霊がはしゃぐ。 その声は木の葉や雪をざわめかせ、周囲一帯を吹雪で満たした。
●戦 静寂に包まれていた山へ、戦の音が轟く。 擦れる金属音が耳をつんざき、踏みしめた足がざくっと積雪を抉った。吹雪が、山を飲み込むほどの氷雪で能力者達を凍えさせる。 外見こそ愛らしい白兎の妖獣が、本来の役割を失くした鋭利な耳で鏡を裂く。虎の名を冠するリボルバーガントレットがその刃を食い止め、直撃だけは免れた。しかし腕を伝う衝撃はびりびりと鏡を襲う。 ――さすが妖獣、というところか。 余韻は痛みでも痺れでもなかった。ただ、感じた一撃の重さは鏡の胸を震わせる。秘める起伏の激しさが、戦いの最中で昂り始めていた。 鎬もまた妖獣の凶刃を剣で流そうと試みたが、その隙を突くように向けられた刃が鎬の腕へ傷を生む。痛みを取り払うべく黒燐蟲の加護をもたらせば、改も奥義も冠することのない術では完治しないほどの威力と知れた。 「これ以上の凶行は、食い止めますよ」 声音こそ高々と掲げ、しかし冷静さを保ったままの雹は色の異なる二種類のナイフで風を切り、一瞬のうちに蹴りを兎へ入れる。 矢継ぎ早、舞華が身軽さを利用し踏み込み、青龍の力を宿した拳で妖獣を殴り挙げた。 「仲良くできるならそれでいいけど……人を襲うのはダメだよ」 か細い声が舞華の唇から零れる。 同じ頃、攻めに没頭する仲間達を援護するべく、カナンは銀の髪を風に遊ばせていた。繊細な身でくるりと舞えば、赦しを祈る彼の想いが仲間達から痛みを払い、撫でるように魔氷の呪縛を解いていく。 ――何処か……寂しいね。 視界いっぱいに映る白銀は、カナンの感覚にもその美しさと神秘さを知らせる。 それなのに何故だろうか。 純白の榊を握るカナンの指先は、寒さとは違うもので揺れていて。 「鬼ごっこは楽しいけど、負けたら命が無くなるのはちょっと困るよね……」 ゆるりと僅かに肩を竦め、蒼夜は両の手の天輪をかざし術式を編みこむ。前方に浮かぶ魔法陣を突き抜けた魔弾が、痺れの力を伴い地縛霊を襲う。 かぶっていた布を翻し、和服の地縛霊は魔弾の威力を削いだ。ひらりと、それこそ舞い散る雪のように。 そこへ、叩きつける音が響き渡った。雛の放った蹴りが、三日月の軌跡を描き地縛霊へ決まったのだ。着地と同時に、雛は振り返らず次の構えを取る。 ――背中の心配はしない。大丈夫っ。 橙の羽を耳元で揺らし、雛は不敵に微笑んだ。 大柄な鏡の体躯が、そんな雛から離れたところで飛び込んでいた。蹴りは、彼の回転の勢いと重なり妖獣の白を清める。鋭利な一撃によって、白兎がよろよろとふらつく。 覚束ない足取りはそのまま彼の者の状態を表し、妖獣は跡形も無く消滅した。 「妖獣一体、しとめた」 鏡の報せに、仲間達が沸き立つ。 「……さすがだな」 鎬も手際よい仲間達の流れを感じ無意識に口角を上げ、優勢に高揚を覚えた。片手は、掲げた長剣へ旋剣の加護を纏いながら。 地縛霊と対抗する吹雪は、水姫の腕から解き放たれる。見目こそ酷似しながらも全く異なる、能力者の技とゴーストの能力。その差を味わってもらうかのように、水姫の氷雪はゴーストの群れを叩きつけた。 ふと、瑞貴は棒のように佇む地縛霊を見遣り、呟き始めた。 「ごめんね。地縛霊じゃなかったら、友達になれたかもね」 白兎めがけて光を紡ぐ彼の瞳が、悲しげに濡れる。隔絶され眠りについていた自分も、銀誓館にいなかったら雪童子のようになっていただろうか。そう考えてしまうと、ぞっとする。 刹那、幾度目になるかわからぬ吹雪が世界を埋め尽くした。起動しているとはいえ寒さを覚えるのは、侵食してくる魔氷の所為もあるのだろう。 ぐらりと、瑞貴の身体が揺らぐ。そのまま崩れ落ちた彼へ駆け寄ってみれば、どうやら意識はあるようだ。 「……そう簡単に負けられないよね?」 がんばろう、と発破をかける静流の言葉さえ、幻夢のオーラに抱きしめられる。静流の呼び出した幻夢の守りは、魔氷に痛めつけられた仲間達の傷を塞いでいって。 自然を恐れる気持ちは大事だけど、この銀世界に地縛霊は必要ない。 静流は、そう地縛霊の子どもを見据えた。
●猛攻 連なる戦いは、両者の体力を徐々に奪っていくようだ。その外気で、その時間で。 その攻撃は通せませんよ、と雹が微笑む。 流れる足が三日月の軌跡を宙に描き、ハサミを振り回していた妖獣へのめりこんだ。間髪要れず、鏡が青龍の力を借りて妖獣を殴打する。 「もう、この場所に縛られる必要はないんだ」 向けた眼差しは、妖獣でなく地縛霊を見据えたまま。 ハサミで前衛へ襲い掛かる妖獣を、舞華がぐっと低く踏ん張る姿勢で狙う。自然が有する偉大さを衝撃波へと変え、龍顎拳からの連携を駆使し白兎を地面へ放り出させる。 「さようなら。次は、友達いっぱいできるといいね」 溶けるように消えゆく妖獣へ、舞華は手をひらひらと振って見送った。 「みんな、二体目も倒せたよ」 少しばかり声を張り上げ舞華が伝えれば、仲間からの返答が届く。 能力者達の言動に抗おうとでもしたのか、地縛霊は布を外れぬようかぶったまま、雛の首へするりと腕を回す。 「捕まえた」 抱きしめる地縛霊の身体に、もはや温もりなどない。地縛霊が吹きかける吐息は、雛から体温を奪うかのように魔氷で侵した。 けれど雛は歯を食いしばり、幼い姿の地縛霊を突き放す。 「僕は魔氷なんて怖くないっ。ミオノがいるんだから……!」 仲間を信じて己の役目を全うする。そんな雛の瞳は、轟々と燃え上がる紫で染まっていて。 そうか、とカナンは先ほどから抱いていた疑念を辿り、顔を上げた。そして迷わず祖霊を召喚し、息を整える間もなく仲間達を癒すため忙しなく動く。 「……寂しいからかな……地縛霊が生まれたのは」 ここで何があったのか、想像することは容易だが答えを明確にするのは難しいだろう。ゆえにカナンも一度だけまばたき、意識を切り替えた。回復の切り替えタイミングをしかと見極めるべく、仲間へ向ける集中力も途切れない。 そこへ飛び込んできたのは、蒼夜が撃ち出した魔弾だ。雷を連れた魔弾は地縛霊を痺れあげ、手足の自由を奪う。 雪ん子に二体の白兎――そうとだけ聞くとかわいいシチュエーションだと、鎬は頭を掻いた。 「今までの鬼ごっこ、楽しかったかい?」 不敵な笑みで唇を模り、鎬は剣で地縛霊を斬り裂く。刀身を這った漆黒の影が、沸々と起こる力を乗せて重たい一太刀を浴びせた。 息継ぐ間も与えぬよう、そこで水姫が氷雪の竜巻を発生させ、周囲の環境を一変させる。 「……終わりのない遊びはないよ」 ふと、真っ直ぐな意識を向ける静流に気付き、地縛霊が振り向く。 次の瞬間、地縛霊の視界に迫っていたのは――気高き白のナイトメアだった。
●冬山に 静謐が還る。しんと透き通った空気は、再び彼らに寒さを思い知らせた。 誰かの訴えだったのだろうか。自分がここにいると伝えたくて、残ってしまった想いがあるのだろうかと、雛は瞳を眇める。 小さい子どもが雪山で亡くなったのかと考えれば、過去には様々な事情があったのだろうと予想できる。鎬もまた、遭難が多いという山へ黙祷を捧げた。 鏡がそっと積もった雪を掴めば、浅い積雪だったためか解け始めていると気づく。 「春は来るから、ここで眠るのもきっと寂しくはないと思うんだ」 祈る仲間達へ渡す静流の言葉は、薄い笑みに模られて。 今度生まれ変わったら一緒に雪遊びができたら――瑞貴は一言ごめんねと頭をうなだれ、去った地縛霊へ想いを馳せた。 一方、舞華とカナンは二人でせっせと雪だるまと雪兎を作っていた。冷えた手を懐のカイロへ滑らせ、舞華はカナンと並んでしゃがみ、上出来な雪人形に微笑みかける。 「人を傷つけちゃダメだよ、そうしたら結局誰も遊んでくれなくなるよ」 「……春まで……逝ったあの子を見守っていてね……」
鬼ごっこがしたいと言っていたあの子へ。 きっと寂しがりだったのであろうあの子へ。 それは彼女たちからの、優しく温かな置き土産。
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参加者:10人
作成日:2009/01/15
得票数:ロマンティック8
せつない13
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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