飛沫をあげた、その先へ


<オープニング>


 冬の空気が、跳ね上がる水飛沫で潤う。
 駆ける呼吸は三つだ。先ほどまでは四つだった。しかし、一つを何処かへ置き去りにしている。整える暇さえ与えられず走り抜ける男性の呼気は、もはや限界に達していた。
 岩や砂利を這うように登り更に上へと向かう彼を追うのは、不運にも遭遇してしまった二匹の獰猛な牙。巨大なナメクジが背負うのは殻ではない。否、正確には下半身がナメクジになったカマキリだ。
 融合した不気味な姿は人間を驚かせ、巨大な鎌を振りながらナメクジとは思えぬ速さで迫る。
「っひ、ぃ……た、すけ……!」
 絶望をもたらす鎌が、男性の背を貫いた。


「……ということで、急いで現場へ向かってもらいたいんだ」
 井伏・恭賀(高校生運命予報士・bn0110)は、起こりうる未来を話してすぐ、本題に入った。
「川の上流付近に出た妖獣がね、一組の親子を見つけちゃったんだよ」
 うち父親の方は、恭賀が見た近い未来で命を落としてしまう。彼を助けることは叶わない――まずそこだけは解って欲しいと、恭賀は苦そうに顔をしかめ念を押した。
 だが、子どもの方はまだ希望がある。そう付け加えて。
「そもそも親子が遭遇したのは、父親が襲われたとこより結構下った場所なんだー」
 森へ子どもを逃した父親が、大袈裟に走り出したことで妖獣の気を惹きつけ、犠牲になったのだ。子どもはただただ恐怖に苛まれ声も出せず、親に言われるがまま森へ逃げ込んだ。
 そのため、妖獣にさえ発見されなければ子どもは助かる。
「渓流は一箇所だけだよ〜。だからそこをずっと上っていけば、父親が襲われた近くに辿り着く」
 妖獣は男性を殺害した後、今度は子どもを捜すため遭遇地点へと戻ってくる。人間を殺すことを覚えた妖獣は厄介さを増し、執拗に目撃した人物を追いかけるだろう。
 少なくとも寄り道せずに急げば、子どもが発見される可能性は無くなる。親子と妖獣が遭遇した現場で、今度は能力者達と妖獣が鉢合わせするからだ。
「子どもはレン君って言うんだけど、その子は森の中で隠れたまま怯えてるからねー」
 戦いの最中であれば子どもも隠れたままなので、意図的に誘導しない限り心配しなくて良い。

「で、肝心の妖獣は上半身カマキリ、下半身ナメクジって感じだよ。二匹いるんだ」
 鋭い鎌を素早く振るい相手を切り裂く他、ナメクジ部分から粘着性の高い体液を放り出す技も使う。体液は視界内に入った者全てへ飛び散り、付着するとまともに身動きが取れなくなる。
 結構しぶとく絡みつく体液だが痛みは無い。実質、痛みを伴う攻撃方法としては鎌を用いたものしかないのだ。もちろん、単調な攻撃だからといって油断は禁物となる。素早さと確実さに特化した一撃は充分強力で。
「戦場は、妖獣を誘導しなければそのまま川岸になるよ。起動した状態で山に入るの一番だね」
 能力者たちが妖獣と真っ先に遭遇する地点は、川岸にも川底にも荒い砂利が多く、流れもそこそこ緩やかだ。反対に、父親が襲撃された上流は大きな岩ばかりで、川の流れも速い。
 もちろん、川を挟むように岸も続いているため、無理に川へ入る必要もない。入ったとしても起動していれば戦闘に支障は出ないだろう。

「……妖獣を倒した後の子どもは、どうする?」
 一人の能力者が、確認するように口を開く。
 恭賀は微笑んで頷き、できれば山の麓まで連れて行って欲しいと告げた。
「その子、まだ10歳ぐらいだし。遭難したら大変だからね」
 父親の遺体に関しては、どう対応しても構わない。
 放っておいても、下山した子どもの報告で誰かに見つけてもらえるだろう。
「森の中って言っても、木の上にのぼっちゃっててさ。名前呼べばきっと応えてくれるよ」
 それなら救助も容易そうだと考えた能力者達へ、恭賀は僅かに眉尻を下げて笑った。
「ただ、必死で登っちゃって下りられないかもしれないから……そこは頼んだよ〜」
 話を聞いた能力者達は、少しばかり肩を竦めてすぐ出立の準備に取り掛かった。

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参加者
高木・誠(黒猫の帰還・b00744)
死返・愉烏(白鴉の怪盗・b01161)
クガネ・イリネ(歓びの奏者・b06009)
レイヤ・ストラフィール(白き静謐・b14350)
杉浦・莉那(フェリーチェカンタリーナ・b18446)
有月・優斗(天攫めぬ氷翼の器・b25449)
鳶尾・アイリ(雨後虹色・b29561)
左護・結叶(カサゴサゴサゴミノカサゴ・b45837)
氷蜜・リュート(ナイトギガフォートレス・b49251)
土本・朱未(ぷちハリケーン・b51380)



<リプレイ>

●渓流を辿って
 晒された外気は凍てつき、熱を発する存在を容赦なく撫でていく。
 そこそこ緩やかな流れが川の形を成し、開けた川辺には武器を手に立ちはだかる若者達の姿があった。
「見つけたわっ!!」
 土本・朱未(ぷちハリケーン・b51380)の声が水音に反射する。レイヤ・ストラフィール(白き静謐・b14350)もまた妖獣二体を視認し、仲間達へそれを告げた。
 踏みしめた足場が固いと解るや否や、鳶尾・アイリ(雨後虹色・b29561)が奇妙極まりない妖獣の懐へと飛び込む。
 ――先ずゴーストをどうにかしないと……。
 父親のところへも行きたい。苦い想いを噛みながら、アイリは独鈷杵へ纏った氷の力を振り絞り、カマキリを叩く。
 鋭利な鎌を有するカマキリは下半身にナメクジを敷き、異常さを示す唸りを轟かせていた。
 そんな妖獣を切り裂くべく、有月・優斗(天攫めぬ氷翼の器・b25449)が恍惚の溜め息を落とし、踏み出す。
「素敵な外観ですねー……」
 ほぅと零した息に合わせたかのように、大自然を味方につける深呼吸を繰り返した。
 ナメクジのようなカマキリのような妖獣への興奮が収まらぬ優斗もいれば、黙したまま指先に生んだ白燐蟲の輝きを絹の術扇へ這わせる杉浦・莉那(フェリーチェカンタリーナ・b18446)もいて。
 きたきた、と嬉々として口角をあげたクガネ・イリネ(歓びの奏者・b06009)は大きく伸びをし、黒き梟の名を冠する斬馬刀を頭上へ掲げ、眠る底力を湧き上がらせる。
「さあ、戦うぞーっ」
 零れんばかりに輝く瞳が、クガネの心境を露わにしていた。
 同じ頃、左護・結叶(カサゴサゴサゴミノカサゴ・b45837)は茶に染まった髪を波立たせ、三日月の軌跡で妖獣の胴体へ蹴りを入れていた。
 刹那、妖獣の鎌が持て余す素早さを活かし、刃を振るう。鎌が切り開くは朱未の腕だ。しかし朱未は、山に紛れてしまいそうな忍装束が秘める加護を受け、術式に優れた鎌をすんでのところで後退し避ける。
 飛び込む前衛の流れを見届けたレイヤは、両手の剣を高々と掲げ回転力を得る。
 ――父親は……もう、助けられない。ならばせめて。
 せめて彼が守った子供だけでもと、レイヤの拳がきゅっと握り直される。
「ナメクジだかカマキリだか知らないけど……」
 怨みの言を凝縮させ、朱未が長槍へ宿す。矛先は違わず妖獣を突く。
「そんなのに怯えてらんないのよ」
 吐き捨てた言葉に、彼女の真っ直ぐ尖った感情が篭もる。
 朱未の槍が引き抜かれるまでの僅かな間に、高木・誠(黒猫の帰還・b00744)と死返・愉烏(白鴉の怪盗・b01161)が魔法陣を生成する。互いにひるがえしたマントは色が異なれど、高める力に迷いは無く。
「さぁダンスの開始ですよ」
 愉烏が不敵に笑めば、妖獣の鎌が彼めがけ得物を振るう。
「おっと」
 風を切るほどの一撃は、しかし愉烏には当たらず赤黒い刃が幾重にも重なったチェーンソー剣とぶつかっていた。
 頬がにやつきに上がり、チェーンソー剣を構えた氷蜜・リュート(ナイトギガフォートレス・b49251)が口を開く。
「お前らの相手は俺達がしてやるぜ?」
 ねめつける眼差しに、妖獣が狂いを唸りへと変えた。

●飛沫の先へ
 助けを求めている人がいる。助けてと、予報された光景で彼は確かに救いを願っていた。しかし、どうにもならない時間の流れは能力者達の手からは遠く離れている。
 悔しいと唇を噛むのはアイリだ。彼女だけではない。悔しさを抱え、ここへ立っているのは。
 すぐさま大袈裟に首を振り、アイリは渦巻く念を払いきった。
 ――後悔や反省に思いを巡らすのは、この依頼が終わった後。
 決意と同時に柄をかざし、両端についた刃へ透き通る氷の力を寄せ、妖獣を裂く。魔氷の呪縛が、妖獣の身をじわじわと侵食していった。
 刹那、妖獣の下半身がぶるりと震え体液を辺りに飛び散らせる。粘着質な体液で痛みや傷は受けないものの、行動が阻害されてしまう。
 「げ、っキモ……!!」
 手足を取れてしまいそうな勢いでリュートが振り回した。余程嫌なのだろう。
「カサゴっ頼むよー?」
 体液に無理に抗わず優斗が訴え、声を聞き届けた結叶が清らかな風を戦場へ吹かせ、絡みつく液の効力を拭い去っていく。
「左護、さんきゅ!」
 すっかり自由を取り戻した手を振り、リュートが礼を述べる。
 彼女の風が舞う間、莉那はせっせと白燐蟲を仲間へ宿して回った。忙しなく駆け回る少女の息は弾んだままだ。疲労など感じている場合ではない。守らねばならぬ光があるのだ。
 その時、術式を編みこむ誠の照準が妖獣へ定まった。
「……せめて、父親の想いは果たせてあげたい」
 雷を伴う魔弾が誠を離れ魔法陣を貫き、攻撃が集中していなかった片方を撃つ。痺れが妖獣へ染みいることこそ無かったが、徐々に体力は削れている。
 乗り継ぐリズムを崩さぬよう、轟々と滾る紅蓮で宙を裂いたレイヤの一太刀が、続けざまにもう一体の妖獣を叩く。朱未も前へ前へと突き進み、念を乗せた武器で妖獣を串刺しにした。
「ちょろちょろとうざい! ヴァッカじゃないのっ!」
 荒々しく敵を蔑む彼女の傍ら、回転し飛翔してきたリュートが妖獣を力で押す。
「親が子を思う気持ちは、何事にも代えられない。それを……」
 着地と同時に、彼の意識が妖獣を射抜く。
「ただの快楽で壊すなんてこと、俺は許さない」
 低い声音が、忌々しげに喉を焼いた。
 愉烏もまた、親と子の繋がりを脳裏へ過ぎらせ、魔弾で魔法陣を突破させる。
「いやぁ、確実に倒していきたいですねぇ。失敗はできませんから」
 空を駆ける炎は、闇を焦がす赤に染まっていた。
 戦いが始まって以来ぴょんぴょんと身軽に跳ねるクガネは、その無邪気さを表情へ浮かべ、斬馬刀に紅蓮をもたらす。
 ――おとーさんを殺されて一人ぼっちのレンと、一人で死んでくおとーさんと。
 振りぬいた刀は、その赤で妖獣を斬る。
 一人は寂しいからいやだな、と微かにクガネの心が溢れて。
「ん! さっさと、ナメキリ&カマクジと遊んで、寂しいのは終わりにしよ!」
 尻込みもせず、ひたすら前向きに宣言を振りかざした。

●奪われた命、奪った命
 アイリの一撃が、妖獣へ魔氷の苦悶を与える。アンチヒールのリスクなど構ってはいられなかった。それを承知の上で、アイリは我武者羅に戦う。続けて結叶の足技が、弧を描く鋭利さで妖獣を抉った。
 テンポの良さは途切れを知らず、直後、誠の結い上げた魔弾が魔法陣を貫通する。
「いい加減、撃ち抜かれて、消えてなくなれ」
 想いを乗せた魔弾が、浮かぶ陣の後押しを受け妖獣を痺れさせた。
 ――早くレン君を迎えに行ってあげたいにゃ。
 莉那が少年のことで頭をいっぱいにさせ、指先の蟲が招く癒しを朱未へ這わす。与った気持ちと癒しを抱き、朱未が再び魔を退ける呪言の技を見せ付ける。
「これでも喰らいなさいっ!!」
 念に裂かれた妖獣がふらつく。息遣いももはや縮こまり、優斗が矢継ぎ早に獣爪を振るった。猛々しい野獣の輝きを纏い、叩き込まれる。
「時間をかけずにぱぱっとね! ああ、このぶよぶよ感がなんとも……っ」
 うっとりと瞼を閉じ、彼は今しがた突いた感触を堪能するべく余韻に浸った。
 攻撃された方は、跡形も無く消えていく。二度と同じ感触は味わえないだろう。
「くそう強いなあ、すばやいなあ、かっこいいなあ……!」
 相変わらずの煌きを瞳に散らし、クガネが妖獣を見つめる。しかし、君と遊んでるわけにはいかない、とすぐさま呼び戻した現実をクガネは刀へ宿す。寒さを紛らわすような紅蓮がその音を零し、妖獣へと突きたてられる。
 ――最後の遊びで相方を失った君が。生まれ変わったときは、他人の寂しさを理解できますように。
 祈りは、風にさらわれ天へと昇る。
「人を殺した罪は償わないと……って、ヒトじゃないもんな。わかんないか」
 僅かに振ったかぶりを止め、リュートの眼差しが残った妖獣を射抜く。身体を丸めた瞬間、彼の身体は激しい回転と共にカマキリの胴体へ突撃していった。
 鎌がそんな彼を斬って押し返し、そこへ咄嗟にレイヤが踏み込む。青い残光を生む剣が、レイヤの動きに沿って妖獣へ深々と斬りつけられる。彼が刀身を引き抜いた直後、後方からの魔弾が舞いこんだ。
 弱ってきた敵を見逃さず、雷を帯びた魔弾で。愉烏はその魔弾が息の根を止める様を、黙って見つめた。
 消滅は訪れた。命をひとつ奪った闇の、消滅が。

●背負うべくは
 草を揺らして駆け抜ける。愉烏やレイヤのレンを呼ぶ声が、平穏を取り戻した山を走っていた。応えたのは深い緑が折り重なった木々の上、どうやって登ったのかと問い詰めたくなるほどの高さにしがみつく、一人の少年だ。
 あどけなさの残る顔立ちが、人の姿を見つけ瞳を濡らす。
「一人で降りられますか?」
 見上げた愉烏の問いに、少年は大袈裟にかぶりを振った。
「ユウカがんばって! ボク下で構えてるよっ」
 腕を広げ落下に備えたクガネに結叶が微笑み、承諾と同時に幹へ手足をかける。レイヤも念のためにクガネと共に待機し、行く末を見守った。
 震える手を伸ばすことも侭ならずにいた少年を、結叶はすぐさま抱きしめる。
「もう大丈夫。私にしっかり捕まっててくださいね」
「う、ん……」
 おずおずと頷くレンの腕が背へ回ったのを確認し、結叶が再び幹を蹴る。エアライダー特有の重力に囚われぬ世界は、二人に衝撃を残すことなく着地を成した。
「お怪我はないかにゃ?」
 駆け寄ってきた莉那の小さな手は、殆ど歳が変わらないレンの指先を包み込む。きっと少年の父親はそうしたかっただろうと、優しい温もりで、そっと。
 平気、と鼻をすすり涙を堪えたレンの表情が、能力者達の視界に映る。思わず、リュートがそんな彼の頭へ手を添えた。
「頑張ったな」
 短い言葉にリュートの想いが詰まり、囁きと化す。向けられた温もりに、けれどレンはやはり唇をきゅっと結んだまま耐えていた。
 山を降りようと能力者達が促せば、当然のように少年の足が止まる。
「お、とう、さんが」
 訥々(とつとつ)と零れた震えに、結叶が真っ先に目線を合わせた。
「お父さんは仲間が探してるから、危なくない所でお父さんを待っていましょう?」
 ね、と瞳を眇め彼女が微笑むとレンの唇が何かを紡ぎかけ、それを飲み込んだ。返ってきたのは、ただ「うん」と頷く声ばかりで。
 結叶はそのまま山を降りる仲間を見送り踵を返した。別行動中の仲間へ合図を向けるべく、急いで戦った現場へ戻っていく。
 不安そうに彼女の背を見つめるレンへ、リュートの手の平が伸びた。
「大丈夫だ。きっと見つかるって」
 ぽんぽんと宥めるような触れあいは、僅かにレンの口元を緩ませる。流れを失わぬままおぶってやるよと提案するリュートへ、レンがきょとんと目を瞬かせた。
「女の子の背中じゃないけど、よければどーぞ」
 軽い調子でクガネが続けた途端、レンがくすぐったそうにまぶたを伏せ、リュートの背へ身体を預ける。
 浮かんだ笑みを絶やさぬよう、ここで話を続けたのは莉那だ。
「レン、ってとってもステキなお名前にゃね」
 発したのは、少年を示すひとつの言葉。突然歳の近い少女に褒められたためか、レンの頬が朱に染まった。
 音になった名をいとおしむように、それが大切な音であると教えるかのように、莉那が彼の名前に弾みをつけながら歩き始める。何度も繰り返される光景を仲間達も和やかに見守り、レンが徐に口を開く。
「きみはなんていうの?」
「莉那は莉那にゃよ」
 そっかぁ、とすっかり瞳に明るさを取り戻したレンが、リュートに背負われたまま莉那の名を呼び返した。彼女がそうしたように、軽やかなリズムで。
 幸せはきっと訪れる。名前を呼んだ数だけ、呼ばれた数だけ。
 誰かの名前を知った数だけ。

 大自然の壮大さを横たわらせた川をのぼり、優斗たちは同じ頃、レンの父親を探していた。
 確認だけでもと口を閉ざしたままの優斗が、倒れた存在をじっと見据える。ゆっくりとかぶりを振ったアイリが少しばかり離れ、そこにあったはずの命と息吹きをしかと脳裏へ刻み込む。
 その間、朱未が断末魔の瞳で父親の最期を知るべく身を屈めていた。絶命の瞬間は映ったものの、妖獣から逃げていたこともあり、そこにあった景色はたった一つ。ぐらりと揺らぐ、地面だけで。
 けれど彼は息子を守ったのだと、朱未が顔を逸らす。散らかってしまった命の破片を、無言のまま誠が整える。
「妖獣は倒した。レンも、仲間が探してるから……」
 大丈夫だ。そう、囁くような声で誠は報告を手向けた。
「……さすがに子どもあてのメッセージみたいなものは、無いよね」
 あるとしたら遺品にしかならないと、優斗が息を吐く。
 一拍の間を置き、彼らも下山し始める。寒空の下、勇敢な父親だけを残して。数少ない言葉が交わされることもなく、足取りも少し重い。
 ――大切な人を守るのは、すごく難しくて、大変なことなのに。
 親の愛情という、目に見えず受けた覚えも無い感覚を胸に、アイリは真っ直ぐ前を向く。
「レン君のお父さんは、命をかけてそれをやってのけたのよね」
 どう泣けば良いかわからず、ただ想いを巡らせる。

 はびこる非日常を理解できぬまま、父親はここで、確かに命をかけて息子を守った。
 そして、命をかけて戦い少年を守りぬいた能力者達もまた、確かにそこにいるのだ。


マスター:鏑木凛 紹介ページ
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知的 ハートフル ロマンティック せつない えっち
いまいち
参加者:10人
作成日:2009/01/21
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