<リプレイ>
●廻り、廻る カルーセルは子を求める。 もとより子を乗せ、幻想へと誘うのが目的の馬や籠だ。そこにある以上、夢と希望に満ち溢れた子どもの眩さはカルーセルの役割として間違っていない。 古びた機械音が曲を奏でている。光が失われて久しいメリーゴーランドに、若者達の足が踏み入った。華やかな音と煌きが降り注ぐ舞台は、くるくると動き続けている。周りに広がるのは暗闇ばかりだというのに。 「ユキくん、次のアトラクション行こうか!」 一番身軽な玖田・時那(グリーンラヴェイジ・b16160)が、軽やかなステップを踏み馬に乗った少年ユキの顔を覗き込む。その指先で魔法陣を生成しながら聞いてみるが、少年は耳を傾けようともしない。 これが流れる音楽の力なのだと、時那が眉根を寄せた。 イグニッション済みの能力者だからこそ味わうことは無いが、メリーゴーランドに延々と流れる曲は侵入した者達の心を奪う。この夢の虜と化し、一人ずつ命をじっくり奪っていく。それが今回の地縛霊だ。 抗う術を持たない少年を見つめ、時那はすぐさま彼をひょいと抱えあげた。 「人力メリーゴーランドー!」 ユキへ触れた刹那、突然の乱入者に戸惑いもしていなかった二体の地縛霊が視線を重ねる。少女と少年は、メリーゴーランドを楽しむ年頃の見目で、しかし透き通るように白かった。 視線の先を知り駆けた小此木・亮太(風の遊び手・b50002)が、咄嗟に少年の懐へ蹴りを入れる。三日月の軌跡が、煌く世界に凛とした色を放つ。 「これ以上……殺させるもんか!」 亮太がギリと噛み締めた奥歯が、苦味を伴った。 はじめ、特殊空間へと訪れた能力者達はそこに消え行くひとつの命を見た。予報士からも告げられていた現実だ――どんなに必死になっても、彼は救えないと。 そして絶望へ落ちた命は、そのまま空間内に放置されている。ぐったりと、それこそ人形のように四肢を伸ばして。 「この子のためにも、他の子は絶対助け出してみせる!」 決意で音楽を掻き消し、亮太が敵を見据える。 「……悪鬼よ止まれ!」 リチャード・ツァオ(異端英国紳士・b49826)の宣言と共に、戦場を渡る気の流れが乱れた。気流は眼に見えぬ壁となって行く手を遮り、二体の地縛霊が小首を傾ぐ。 救出に走るのは、時那だけではない。本堂・茜(静剣・b03346)は嘗ての己を悔いながら、ロロ・フォルティランス(風語り・b29003)とともにカナメとショウのいる馬車へ乗り上げていた。 茜の脳裏に蘇る記憶は、決して拭えぬ証となって刻み込まれているようだ。だからこそ、今回は必ずと握る拳にも力が篭もる。 「カナメくん、ショウくん。遊園地は閉園です。お家に帰りますですよ?」 ゆったりと和みを含んだロロの言い方に、二人の少年が応じる気配は無い。遊戯に囚われた子の心が、少年達の笑顔となって綻ぶ。そこに、意志らしい意志はなくとも。 すかさず茜がカナメの手を引いたのを合図に、ロロもショウを抱き上げ踵を返す。 直後、微笑ましそうに一部始終を眺めていた少女の地縛霊が、まるで遊び相手を奪還するかのように子ども達を振り返った。 「かえして」 はじめて少女が口を開く。 「かえして。あそぶの。かえして」 震えた声は無邪気に懇願し、離れてゆく温もりを辿るかのように、黒い馬の幻影が疾走する。追い縋る影からロロと茜が庇うのは、二人の少年だ。身を挺して護る代わり、防御に割く手を取られる。 けれど二人は躊躇わなかった。肌を打つ神秘が、鈴の音を響かせ容赦なく体力を削る。 それでも構わなかった。ひとつ失った命を思えば、疼痛など何の痛みにもならない。 「斬って捨てよう。必要なことならば」 得物を手に少女の許へ飛び込んだ斎宮・鞘護(魔剣士・b10064)が、闇に紛れてしまいそうな色で全身を染め上げ、鮮やかなメリーゴーランドの中に黒を落とした。 やや大袈裟な振りで刃を携え、轟々と滾る赤の加護を得る。炙った赤越しに、鞘護が地縛霊の少女を見遣る。幼い眼差しと目が合った。 そこに映るのは生気でも純粋さでもなく悪意だ。息吹きある全ての存在を奈落へ引きずりこむのを望む、果てのない悪意。 表情を動かさず、鞘護が胸の内で呟いた――答えは出ている、と。 「あなたの遊び相手はこちらです……!」 ふと、山吹・奏(天然田舎娘・b47644)の叫びが響く。幼い彼女の声は流れるメロディにも負けず、地縛霊の意識を惹くように伝わる。 ゆるりと顔を動かした地縛霊が彼女を捉える頃、奏は既に少女の身へ息を吹きかけていた。凍える吐息が、地縛霊の少女が自由気ままに動かしていた手を、魔氷で侵食する。 刹那、気の迷宮に取り残されていた少年地縛霊が、亮太の胸元へ馬の人形を叩きつける。耳障りな甲高い笑い声も、嘲笑にしか思えない。 しかし、斬撃に特化した亮太のナイフが乱暴な人形を受け止めていた。じわりと染み入る衝撃が、その威力を物語っていて。 「でも負けないからなっ」 日頃太陽のように明るい亮太の顔に、敵と戦う際に映る炎が宿る。 そんな彼の後背で、詩群・音駆(動物の森の王子様・b07274)は真グレートモーラットの白吉と共に、少年へ狙いを定めた。手に集わせるは雑霊たちだ。幾重にも連なった雑霊が、ひとつの塊と化す。 ――これじゃ、せっかくの荒んだ雰囲気が台無しだね……。 残念そうに息を吐き、音駆が手にある塊を撃ち出した。主のタイミングに合わせて白吉も火花を散らす。 くたびれた漆黒のマントをひるがえし、久郷・景(雲心月性・b02660)が突き出した腕で魔法陣を生成する。すぐにでも飛びかかれる距離まで詰めた少女の地縛霊を、魔法陣越しに見遣って。 「せめて生き残っている三人だけは……」 帯びる微笑でも隠せない想いが、ぽろぽろと零れそうになった。守りたかったからこそ今救わねばと心が願う。 ゆえに、敵を射抜く眼差しに慈悲の言葉は無い。 「お帰りは馬車でございますね」 そのとき仲間達の耳に届いたのは、ロロの声だった。僅かに意識を向ければ、ロロや茜、そして時那も少年達を出口となる馬車へ押し込もうとしている。 しっかり施錠された馬車の扉は、彼女達の到着と同時に崩れ去った。構えていたリチャードが、ゴーストと出口を巻き込むように無数の吸血コウモリを解き放ったのだ。 「……出口は空けておきました。急いでください」 リチャードの言葉に頷き、手際よく三人の少年を馬車へ乗せる。すると、まるで底へ沈んでいくかのように三人の姿が溶けていった。 「冒険したい気持ちはわかるけど、廃遊園地なんか来ちゃダメだよー?」 諭す時那の想いさえも呑みこんで。
●カルーセルは子を求める もう何度馬が跳ねるのを見たことか。 メリーゴーランドという小さな舞台で、ひたすら同じ動きをし、一定のリズムを違わぬよう踏んでいく。流れる音楽も相まって、空間内を支配する空気は何処となく切ないようにも思えた。 本物のメリーゴーランドが動いているわけではない。そのため、馬や馬車の動きは至って滑らかだ。それこそ全盛期を思わせるかのように。そして、佇む地縛霊はこの光景を喜ぶように笑う。 「そんなに遊びたいなら、俺が遊んでやるよ!」 だん、と力強く蹴った地が一瞬で遠ざかる。浮いた亮太の足は残像美しく弧を描き、少年の肩へとめりこんだ。肩から伝わる衝撃に、少年が苦悶の色を顔へ浮かべる。 二体の地縛霊を瞳だけで追い、リチャードは少女を捉えたところでそれを止めた。 「……子供が喜ぶ為の場所で殺すなんて言語道断ですね」 銃身の長いガンナイフの照準を合わせた瞬間、少女を狙撃する。しかし弾は少女の身軽な舞いでひらりとかわされてしまう。くるくると楽しんでいるかのような少女の足取りは、揺るがない。 同じ頃ロロは、オルゴールのような場所だと一度だけ辺りを見渡していた。瞳に映るメリーゴーランドの景色ひとつひとつが、特殊空間であることを勿体無いと思わせる。 「……現実で動いている姿を見たかったですよ」 ぽつりと漏らした本音は誰に拾われるでもなく、ロロが纏っていた気高き狼の力を連れ、回転により生じる勢いを乗せ、地縛霊へ蹴りを叩き込む。 変調がもたらされたのは時だ。 空間内へ入ってから止むことなく注がれる曲。起動中の能力者達は、その曲が招く感情に溺れたりなどしない。 だが、変わったメロディが混ざるのは地縛霊の技だった。優雅に駆け回る馬車たちはびくともせず、ただ能力者達だけが奇妙な音楽に思考を奪われる。深い眠りが、彼らの身体を重たく包み込んだ。 「っ、うるさーい!」 襲う睡魔を時那は自力で吹き飛ばし、叫んだまま術式を編みこむ。形を成した魔弾が雷を伴い、少年を更なる苦痛へ沈めていく。 霞みかけていた意識を、音駆が引き戻す。彼もまた睡魔に打ち克ち、淡い輝きを灯す雑霊たちを集め少年へと放っていて。 「白吉……もう起きてよね」 眉尻を下げ願いを込めてみれば、ハッとしたように白吉がつぶらな瞳を瞬かせた。忙しなく周囲を見回して主の姿を確認すると安心したように飛び跳ねる。 「きゅっ」 予め指示されていた通り、白吉は亮太を舌でぺろぺろと舐め癒しを施す。 直後、まぶたを閉ざしたままの亮太へ少年の強打が振るわれた。馬の人形は眠る亮太を容赦なく叩き、肌を伝った痛みで彼は目を覚ます。亮太はその流れのまま、体力を懸念し咄嗟に力強い風をまとう。 「あなた達は遊んでるつもりかもしれませんが……」 奏は震える指先を隠すように拳を作り、地縛霊へ言葉を手向けた。 「メリーゴーランドは、そうやって遊ぶものではありません」 震えは恐怖からくるのではない。だから奏が吐いた息に秘める魔氷もまた、しかと地縛霊の少女を捉えたのだ。 ――お役に立てるよう頑張らないとですね。 大きな瞳を一度だけまぶたで覆い、奏は散りばめられる数々の音を拾っていく。そうしたことで、本来ここは楽しいはずの場所だ、と巡っていた想いで胸が掻き乱されそうになる。 個人的に気が進まないのか、嫌々と細められた茜の瞳は武器から視線をそらしていた。蟲を武器へ宿した上で、更に旋剣の加護をも得ようとする。 ――早急に討たねばならん。 多くは語らずも黙したまま、鞘護が息を整える間も捨てて紅蓮の炎昂る一太刀を、少女へ浴びせた。しかしすんでのところで少女の腕が、刀身を滑らせ威力を削ぐ。 異様な音楽を奏でているだけあって、少女は強敵だ。すぐには倒れてくれそうもない。 「かわせるもんならかわしてみろ!」 威勢良い挑発が響く。軽快な音と共に意志を貫いた亮太の足が、まとう風のたくましさの中で少年を蹴っていたのだ。鋭い一撃に少年は成す術もなく膝を折り、そのまま消滅する。 少年がいなくなったことで、少女と対峙していた仲間達にも更なる活気が蘇った。 「さぁ、お嬢さん。貴女の相手は私達ですよ」 景が不敵な笑みを浮かべ渡したのは、魔法陣を貫通し飛んだ魔弾だ。熱を孕んだ赤き魔弾が少女を焦がす。 刹那、魔弾を追うように突撃してきたロロが少女を一蹴する。 「見た目に反して悪趣味な奴らです。お休みの時間ですよ」 波打つ紫の髪を背へ払い、ロロがはっきりと言い捨てた。 ぱくぱくと唇を開けたり閉じたりした少女が、再び眠りへと誘うメロディを混ぜてくる。けれどふらつく足は隠せず、拘束服の戒めも手伝い音を遮断した時那が、その場で踏ん張る。 「さっきの綺麗な馬だったね。遊びたかったのかな。でも……」 許さないよ。 茜が飛ばした腕を模った闇も手伝い、時那の魔弾は少女を打ちのめす。背中から床へ叩きつけられた少女の細い体が、陸にあがった魚のように跳ねる。 それっきりだった。少女が空気に溶けこむ形で消えていく。 さらさらと砂と化したかのように、跡形もなく。
●終 あれ、と誰かが素っ頓狂な声を出したのがきっかけだった。 静寂に包まれた夜の世界、見守るように黙ったまま横たわるメリーゴーランドから降りた能力者達は、すぐ傍にユキ達の姿が無いと気付く。 「……意識がはっきりしたから、帰っちゃったのでしょうか……?」 奏が首を傾げる。彼女の言葉で、仲間達もああと思い出したように唸った。 眠らせるなどして外へ運び出したのならまだしも、空間内に流れる音楽の所為で意識が半ば朦朧としていただけでは、我に返ったあと動いてしまってもおかしくない。 彼らをのことを、誰が見守っていたわけでもないのだ。 状況は把握できていなくとも「何かあった」と怯えるか焦るなどして、廃遊園地を飛び出した可能性もある。 「とりあえず、彼に関しては事故に見せかけられるが……」 鞘護がリチャードら数名と協力し、メリーゴーランドから下手に転落して頭を打ったと見せかける体勢を、亡くなった少年にとらせた。少々窮屈な体勢のため、一言「暫く我慢してくれ」と宥めながら。 「説教したかったが、これで懲りてくれてるならそれで良いか」 茜が長いため息を吐くと、時那やロロも応じるように息を吐ききる。 「軽い気持ちで遊びに来てあんな目にあったら……きっと」 懲りるはずです、と奏が言葉を付け足した。 そこまでの仲間達の話を聞いていて、景はふとあることに思い当たる。 「友人を探してる気配が無いということは、助けを呼んでる可能性もありますね」 地元の子どもであれば、近所の人を連れてくるかもしれない。いずれにせよ、長く居座る理由は無いと景は遠回しに帰還を促した。 暗闇の中でぽつんと佇むメリーゴーランドと、そこに落とした命のもとへ挨拶を残し、能力者達は廃遊園地に背を向ける。 「助けてやれなくて……ごめんな」 亮太の呟きが掬われることもなく地面へ転がった後、不意に足を止めた音駆が振り返って。 「これで、元通りだね……」 徐に紡いだ声は、すぐ欠伸へと変わり仲間達の足音を追う。
カルーセルは子を求めていた。 けれど求めた存在を失った今となっては、ただ朽ちるのを待つ色あせた舞台でしかない。 そんなメリーゴーランドも、地縛霊から解放されてようやく眠りにつく。 数多の想いと、笑い声を連れて。
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参加者:9人
作成日:2009/01/30
得票数:ロマンティック4
せつない13
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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